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シナリオ詳細

再現性東京2010:エトランゼの向こう側

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●situation
 深、と静まりかえったその場所は再現性東京、希望ヶ浜地区の中でも異質な雰囲気を纏っていた。『異』を恐れ普遍の澱を好む人々にとってそのような場所が存在するのは街を作成する上での雰囲気作れであったのかも知れない。人気無く大口開いたかの如く、トンネルは存在した。
『希望ヶ浜XXトンネル』と書かれた文字には深く生い茂った植物が重なり上手く読み取ることは出来ない。蛾がぶつかり続ける街灯もジイ、ジイと酷い音を立てその存在をより強く感じさせた。
『幽霊トンネル』と称されたその場所を通りかかり、スリリングな体験が出来るのではと考えたのは鳥渡した気まぐれだ。屹度、心躍る英雄譚として友人達にも伝えられる筈だと気持ち逸るままに足を踏み入れたのだ。
 耳朶を擽る蜩の鳴き声がやけに五月蠅く感じた。じっとりと滲んだ汗でシャツが張り付いてくる。

『夜中に幽霊トンネルを通り過ぎると、女の子の幽霊が出て……』

 それを思い出しながら、aPhoneに繋いだイヤホンから流れる流行曲を聴きながら歩き続ける。
 ぐに、と何かを踏んだ感触がした。靴裏から伝わったそれは弾力を感じさせ柔らかだ。視線を下げることが出来ないままに男は動作を止めた。思うように動けないで居るその足を叱咤した。動け、と何度も念じる。

 ――どうして……?

 ソプラノの声が、先程までうざったいほどに響いていた蜩の声に重なった。気付けば、蝉時雨は消え去り、aPhoneからも何の音楽も聞こえない。何かが足を這いずる気配がした。

 ――どうして……あたし、しんじゃったの?

 そうだ、あの噂には続きがあった。男は自身の体を這い上がってくる『何か』を直視できないままに天蓋を眺める。コンクリートの天井には無数の蛾が張り付いていた。


「都市郊外の無人トンネルって言えば肝試しの舞台にうってつけ……だと思うけどさ」
 現代日本の出身である『サブカルチャー』山田・雪風 (p3n000024)にとって再現性東京<アデプト・トーキョー>は居心地が良い。慣れ親しんだ様子でaPhoneをすいすいと操作した彼の指がぴたりと止まる。
「カフェからの指令。噂が夜妖<ヨル>につけいる隙を与えたんだってさ」
 現代日本を模した再現性東京の中でもこの希望ヶ浜は夜妖<ヨル>と呼ばれる都市伝説や幽霊が存在するそうだ。ローレットのイレギュラーズはこの夜妖討伐のプロフェッショナルとして希望ヶ浜学園に通うこととなったらしい。忘れたような、日常を謳歌することなく『非日常』側に没頭するのに慣れてしまったと雪風は笑った。
「深夜3時丁度、今から地図を送るトンネルに入って。風景に何の変化もないだろうけれど、『確かに引き込まれる』筈だ。……試したかって? やだな、俺が死んじゃうじゃん」
 皆ほど、戦えないんだから、と茶目っ気を滲ませてから雪風は静かな声音で願った。
「『どうして、あたしは死んでしまったの?』――だって。
 偶然の事故、偶然の死亡、偶然で偶然。全部が全部運がなかったで済まされるような命だそうだけど。そんな都市伝説に誰かが殺されるなんて嫌じゃん」
 無数の蛾と、一人の少女。悍ましい呪いに身を包み殺されていったいのちの成れ果て。
 それが噂となって流布し日常に差し込むように現れた夜妖は噂を喰らう物好きに『お前も死ね』とでも言うのか。
「噂をさ、食い物にするヤツも悪いよ。けど――……俺はね、命を奪うヤツの方が許せないんだ」
 噂だけじゃない。偶然通りかかった者だって命を失ってしまう。
 それを、どうか――止めて欲しい。

GMコメント

 日下部あやめです。現代伝奇の記念に初めて書いたシナリオのオマージュをさせていただければ。

●成功条件
 夜妖の討伐

●場所
 深夜三時前。人気のない希望ヶ浜に存在するトンネルです。
 3時に丁度にトンネルに踏み込めば『夜妖』の住処に引き込まれます。
 風景には余り変わりはありません。
 灯りも心許なく人通りはありません。蛾が幾度も街灯にぶつかり音を立てています。

●夜妖<ヨル>

・怨嗟の少女
 事故に遭い死んだ少女の霊だと噂されています。
 無数にあった噂が形を結んだ所謂『都市伝説の怨霊』です。
 主な攻撃方法は肉弾戦です。近接攻撃を主とします。

・夜蛾
 怨嗟の少女の傷口より無数に飛び出す蛾です。毒々しいカラーリングであり、蝶々と見紛うかのような存在です。

●再現性東京2010街『希望ヶ浜』
 練達には、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地区がある。
 主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、『東京』を模した特殊地区。
 ここは『希望ヶ浜』。東京西部の小さな都市を模した地域だ。
 希望ヶ浜の人々は世界の在り方を受け入れていない。目を瞑り耳を塞ぎ、かつての世界を再現したつもりで生きている。
 練達はここに国内を脅かすモンスター(悪性怪異と呼ばれています)を討伐するための人材を育成する機関『希望ヶ浜学園』を設立した。
 そこでローレットのイレギュラーズが、モンスター退治の専門家として招かれたのである。
 それも『学園の生徒や職員』という形で……。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。


 どうぞ、宜しくお願いします。

  • 再現性東京2010:エトランゼの向こう側完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月25日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
羽住・利一(p3p007934)
特異運命座標
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
アシェン・ディチェット(p3p008621)
玩具の輪舞
二(p3p008693)
もうまけない

リプレイ


 騒めく風が音立てる。日々の営みから切り離されたかのような静寂は大口開いた獣を思わせる暗闇の前にのっぺりと倒れていた。「もぉ」と唇を尖らせた『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は不服げに、薄いメイクを施した美しいかんばせに隠しきれない疲労を滲ませた。
「全くもぉ、古文教師として赴任して今日は同僚と週末の一杯、なぁんて思っていたのに!」
 希望ヶ浜学園――再現性東京<アデプト・トーキョー>の一区画に当たる希望ヶ浜地区に設立された『悪性怪異』へと対抗しうる者の育成を目的とした学園である。招致されたイレギュラーズ達は各位が生徒、講師として学園へと参入することになったのだが……。
「ねぇ、先にお店入って席確保しておくから別行動……だめ? 私お化けとかそういうのだめなのよぉ!」
 悪性怪異と呼ばれるモンスターはその外見から幽霊やその類いに思えてならない。そうした超常現象が起る事こそがこの地域の特異的な特徴なのかも知れないが。
「まあまあ。さて、課外授業と洒落込もうじゃないか」
 唇を三日月の形に。『希望ヶ浜学園高等部理科教師』伏見 行人(p3p000858)が揶揄うような声音で「アーリア先生」と呼び掛ければ彼女はつん、と唇を尖らせる。
「課外授業。成程、確かに希望ヶ浜の教育カリキュラムにはぴったりだ」
 成程、と頷いた『特異運命座標』羽住・利一(p3p007934)はジャージ姿の体育教師を思わせる。aPhoneで時刻を確認する仕草を見せて、丁度、脳裏に過ったのは丑の刻と呼ばれる古来の刻数え。噂にするにはうってつけ――幽霊や怪異はそうした人気のない曰く付きに訪れるとも称される。古来奥ゆかしきその状況にそう、と彼女は肩を落とす。
「噂に留まらず人の命が失われているわけだ。これ以上被害が出る前に何とかしたいな」
『何とか……何とか眠らせてあげて欲しいのだわ。ちょっと夜妖(あのこ)がかわいそうなのだわ』
『章姫と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)の腕に抱かれた可愛らしいビスク・ドール。金糸の髪を揺らして楽しげに囀る金糸雀の娘、章姫は都市伝説を思わす少女の事を案じるように不安げ。愛しい嫁殿――章姫に「そうだね、章殿」と鬼灯は柔らかにそう言った。
「彼女には同情するが擁護は出来ない。けれど、最善の終わりに出来ればいいな」
『ええ、ええ、鬼灯くんと皆ならきっと出来るのだわ!』
 応援の響きを聞きながら二(p3p008693)はじいとトンネルを眺める。のっぺりとした闇に、招き入れるかのような独特な気配は夏の温い温度とは違う冷ややかなる冷たさを孕んでいる。
「たまたま。ぐうぜん。うんが、ない。じじつ。かも、しれない。
 ……。でも。それ。つらい。かなしい。きっと。とても。みんな。とても。かなしい」
『二番目』の球体関節人形は記憶なくとも屹度と人が心に抱いた思いを案じるようにそう言った。背の巨大な腕が小さな音を立てる。背を撫で付けるような気色の悪い空気感等、気にする素振りもなく二は不可思議極まりないこの世界を進むように「いく」と仲間に問いかけた。
「ええ、行きましょう。少しだけ可哀想、って思ってしまうのだわ。
 不幸を受け入れて死んで頂戴なんて、頷けないではないかしら……。
 けれど、同情して擁護して、夜妖を許してしまったら――その先に何が有るか、嫌というほど分かるもの」
 緩やかに銀糸を揺らして。冷ややかな月の輪郭の色をしたその髪を夏風に揺らがせながら『玩具の輪舞』アシェン・ディチェット(p3p008621)はそう言った。
「だから、もう、きちんと割り切ったわ。夜までに心を決めておかなくてはならなかったのだもの」
「夜……そうだよ! 夜だ! 真夜中のトンネル! 昏くて怖いんだけど!
 でも、会長も心に決めたよ。解決しよう。会長は風紀委員長だからね! 街の平和だって会長が護るよ!」
 学ランに風紀委員の腕章を飾って『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)は自慢げにそう言った。風紀委員という言葉にぱちりと瞬いた『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)に「嘘じゃないよ! ホントに風紀委員長だもん!」と茄子子は明るい声音でそう言った。
「草木も眠る丑三つ時…には若干遅めですが!
 暗いですねぇー……完全に良い子は寝てる時間なので……しにゃは滅茶苦茶眠いです……が、風紀委員長という余りにびっくりなトピックで起きてしまいました」
「そんなに!?」
「そんなにです! 夜ふかしは美容にもよくないですし、しにゃは何時もは寝てるんですよ!」
 ぷん、と頬を膨らませたしにゃこはaPhoneのアラームが振動したことに気付く。時刻まであと1分。覚悟は決めた、心は決めた、あとは『暗闇に踏み込む勇気』をもう一歩。
「どっかの酒豪先生は朝まで飲んでるみたいですけど……お酒はほどほどに……!」
「けど、これが終わったらお疲れ様で飲むわよぉ!」
 楽しそうなアーリアに「付き合おう」と行人は頷いた。そこに存在した日常が、非日常へと変化する――一歩、トンネルに足を踏み入れれば体を包み込んだのは穏やかな恐怖であった。


 aPhoneのライトを頼りにゆっくりと進む。行人の白衣がひらりと生ぬるい風に揺らされる。灯りの有無などこの際必要はなく、『女の子』を受け止めるのは自身だと伺うように振り向いた。
「……皆、着いてきてるかい?」
 こくり、と頷いた二はその丸い瞳で闇を見詰める。風景には変わりはない。3時を約10秒過ぎただけの世界はあまりにも単調に日常を謳歌している――様に見えた。じとりと背に這うような気色の悪さが拭えやしない。
「だから。これ、いじょう。ふえない、よう。にいたち、がんばる。から。まよわないよう。……いっしょに、ここから、でよう」
 じとりと掌が湿った気がしたのは気のせいではない。先程まで茹だるような暑さを感じていた世界から隔絶されたかのような冷たさが周辺へと広がった。暗がりを見据えていたアシェンは「来たわ」と小さく囁いた。ずるり、ずるりと引き摺るような音立てて何者かが近づいてくる。
 そうして進んでくる夜妖を眼前に見詰めて行人は小さく溜息を吐く。こうして出会うのは初めてのことではない。だからこそ『何故』発生して『どうして』今頃で始めたのか――態々外部から自身らを呼ぶ様な事態。希望ヶ浜も、練達もそれは重く受け止めての招致なのだろう。
「さ、怖い人は手を繋いでも良いぜ? どうやら奴さんのお出ましだからな」
 大きな『手』でそう、と行人と前へ行く二は敢えて自身を追い込む構えを見せた。aPhone10の灯りに映り込んだ夜妖に「わあ」と思わず声上げたしゃにこはライフルを手にびくりと肩を跳ねさせる。
 地を這うように現れた少女のソプラノボイスは耳朶を撫で付け冷ややかな空気と共に特異運命座標へと手を伸ばす。その白魚の指先から連なる肢体に刻まれた傷跡より蛾がぞう、と姿を現せた。
「ベタなタイプの都市伝説さんだと思っ呈したが、大量の蛾だけはぞわぞわしますね!?」
 ひ、と息を漏らしたしゃにこの長い桃色野上が揺れる。鋼の驟雨降り注ぐは堅いコンクリートの洞の中。ちか、ちかとリズミカルにも点滅した電灯で『少女』の姿がその輪郭を表すようにくっきりと浮き上がる。
「恨み事、辛かった事、悲しかった事。俺が受けてやっから。吐き出すだけ吐き出してみな」
 おいでとハンドサインを送り蔦草の纏わり付いた刀の切っ先を向けた行人へ怨嗟の少女の手が伸ばされる。その腕よりもぞわりと姿を現した蛾は蝶よりも尚、美しい――美しいからこそ汚らわしいとでも言うのだろうかアーリアは僅かに目を細める。
「ねえ、噂話を調べたのよ。ふふ、貴女って沢山の噂が形を作ったのかも知れないけれどぉ……。
 ここで死んだ女の子の話、名前も、部活も、好きなものも。酷いのね、インターネットって。誰のことだって面白半分冗談半分で教えてくれるんだもの」
 肩竦めるアーリアの指先飾った気まぐれ魔女。琥珀色の雷撃がびりりと味覚を麻痺させるよう凶悪に刺激を伴い雫を落とす。その指先が掴んでいた行人の白衣より離れたその向こう側へと踊り出すように利一は落ちた小石を拾い上げる。指先で弾けば蛾は飛び立つ方向を彼女へと定め大仰にもその翅を振わせる。
「人に害を及ぼす蟲共が。害をなさねば美しき蝶にも慣れたかもしれないというのに」
 溜息一つ。軍用サイリウムをゆらりと揺らして鬼灯はポケットに入れっぱなしのaPhoneのノイズが掻き消えたことに気付く。章姫は『鬼灯くん、携帯電話がお口にチャックをしてしまったのだわ』と詰まらなさそうに呟いた。
「ああ、章殿、それが『霊障』というのだろう」
 蛾も、そして、恨みに溺れた少女だって。どれもが霊と呼んでも差し支えはない。無限の紋章をその身に顕わし破壊力を呼び覚ました鬼灯は熱砂の精による砂嵐に踊る蛾をまじまじと見詰める。
『私は蛾さん嫌いじゃないのだわ、でも人を傷つけるのはダメなのだわ!』
 章姫のその言葉に茄子子は「蛾って結構怖い顔してるよね!」と小さく笑った。癒やし手として立ち回る茄子子が卸した天使の福音は救いの音色をトンネルの中に響かせる。
 顔を上げたアシェンの指先がライフルの引き金に添えられる。お茶会ドレスのフリルとレェスを大きく揺らし、淑女が放つは特殊弾。ロマンティックな夢見せるように幸福なる麻痺が傷口より溢れ出す夜妖を包み込む。
「悲しいのは解るのだわ……。だから、ごめんなさい……」

 ――どう、して。

 その声に二は応えることはなかった。答えようがない堂々巡りの中でこてり、と首を傾げて目を丸くする。悲しくて、切なくて、只、恐ろしい。その『手』で殴りつけ蛾を地へと落とした二は「ゆきと。そっち」と首傾ぐ。
「ああ、そうだな。こっちだ」
 地を踏み締める。ステップ踏んで振り返る酔おうに、蛾へと乱撃放つ行人は決して夜妖には攻撃を放ちはしなかった。
 その様子にアーリアは「そうね、そっちが先で……けれど、こっちも見逃せないのね」と目を伏せる。痛い、苦しい、悲しい。沢山の後悔を背負って泣いている小さな娘。ちっぽけな彼女が大口開いた闇の中で人を待っていたのは怨嗟だけなのだろうか。恨みと悲しみとさみしさが、怪異としての彼女の心に疵を与えたのならば。
 指先でなぞった先の空間の裂け目。鳥渡した『悪酔い』は月の雫をぽとりと落として。そっと苦しみなんてないようにと願わずには居られない。
 その様子に胸痛めたような章姫に「大丈夫だ」と鬼灯はそう言った。傷口から羽ばたく蛾はどうした意味があったのだろうか。その存在の誇張か、果たして――首を振る。舞台の幕を上げたならば、静かに降ろすのも演者の役目。
「君の嘆きを面白おかしく扱う人達へ憎しみを抱くのは分かる。
 だが、それは他人の命を奪っていいということにはならない。
 君の哀しみは私が受け止めよう――安らかに眠ってくれ」
 利一がその脚に力を籠める。翅をもがれた蛾は地へと転がり落ちるだけ。涼やかに頬を刺したその気配を受け止めて距離詰める。
「丑三つ時に現れると怖いですけど! 無念も沢山有ると思います!
 大丈夫ですよ、特異運命座標は優しい人がいっぱいですからッ――ね!」
 にっこりと微笑んだしゃにこが放つラブリービーム。なんたって可愛くって可愛くって仕方ない。そうして愛らしさを与えてウインク一つ。顔上げた夜妖に唇を噛みしめてアシェンは飛び込んだ。
 悲しいでしょう。無念でしょう。

 ――どうして。

 その言葉を聞く度に、夜までに割り切った心が悲鳴を上げた気がした。不幸を受け入れて、それでも尚、求めるための指先を振り払う。唇が奏でたごめんなさいの空音はコンクリートに少女の身がぶつかる音にかき消された。
「どうしてキミは死んでしまったんだろうね。分かんないや。
 運命、偶然。私は嫌いだな。
 だって、キミみたいな子が、過去の噂に縛られるのも、また運命だって言うんでしょ?」
 異邦人。きっと、死した人が向かう場所でも誰そ彼と問われても彼女が自身を見失うのも運命だというのだろうか。茄子子は静かに息を吐く。アーリアは「ゆみちゃん、でいいのかしら」と地に伏せ、今にも掠れる夜妖へと微笑んだ。
「可愛い名前ねぇ」
「ゆみちゃん……。ゆみちゃんも、ゆみちゃんと一緒の怨霊も。運命だから死んだって、そんなの、悲しいよね。
 私はキミ達のこと、忘れないよ。忘れてあげない。
 だからキミ達は、私のことをずっと恨んで下さい」
 此処に免罪符なんて必要なかった。鮮やかな夜の色の髪が頬を撫でる。冷たく感じた周囲は生ぬるい夏へと変化した。五月蠅いほどの蝉の声もいつかは止んで秋が来る。そんな、刹那の時間に、少女が問うた小さな言葉。

 ――どうして……あたし、しんじゃったの?

「問いには答えられない。これが救いになるとも思わない。
 でも、これ以上命を奪うヤツにはなって欲しくないな……。ごめんね――」
 茄子子の唇が震える。先生に任せて、とアーリアは小さく彼女の名を呼んだ。

 ――ゆみちゃん、それから、みんな。おやすみなさい。また……学校で。


 じい、と夜妖が存在した場所を眺める茄子子はその大きな目をゆっくりと伏せった。どうして、なんで、と問われても答える術を持たない自身は首を振ることしか出来なかった。
「……私なら、受け止めてあげるから」
 手を開いて、まるで翼のように。その思いを受け止める。その背を眺めて鬼灯の腕の中、章姫は『救われたのかしら』と静かに問いかける。優しい優しいビスクドールの頬を擽って、鬼灯は小さく頷く。
 事故によって突如してこれからの生きる道を失った少女。彼女に哀悼を捧げてから利一はさて、と掌を打ち合わせた。
「場が湿っぽくなってしまっているかもしれない……気持ちを切り替えたいな。こんな時間だが、仕事終わりの打ち上げといくか!」
 利一の明るい声にぱあ、とアーリアの眸が輝いた。仕事前から打ち上げに飲みに行きたいと考えていたのだろう。「羽住先生ナイスよぉ」と手を打ち合わす。
「もうこうなったら朝まで飲むわよぉー! 生徒諸君はノンアルコール、先生が奢りましょ!」
「ああ。財布は大人の役目だ。店を探すのは任せたぞ。
 ……補導されねえように注意しねえとなあ……」
 行人がくつくつと笑い、地を見詰めたままの茄子子に「どうした?」と伺うように振り返る。は、と肩を跳ねさせて掌をひらひらと踊らせた茄子子は「なんでもないよ!」と常の通りの快活な笑みをそのかんばせに貼付けた。
「会長お酒飲めないや!ㅤ下戸だからね!ㅤ違った会長学生だった!!」
 慌てた風紀委員に「風紀委員なのに」としゃにこの揶揄う声が降り注ぐ。
「あいてる、おみせ。あった。どやぁ」
 aPhoneを大きな『手』で辿々しく操作していた二は誇らしげに胸を張る。希望ヶ浜でも老舗となったその店はこじんまりとしているが朝も近づく夜更けでもまだまだ食事が取れるらしい。
「帰りに食事? に行くのなら喜んで行くのね。
 少ししんみりしてしまっていたので、楽しく時間を過ごしたいのだわ!
 お酒は飲んだら怒られてしまいそうだけれど……」
 アシェンは「ご一緒にいかがかしら?」と鬼灯と――その腕に抱かれた章姫へと微笑んだ。
『いいのかしら?』
「章殿が行きたいなら」
 共に行こうと頷いた鬼灯に章姫は嬉しいとそのサファイアの眸を煌めかせる。
「一人ならあまり気乗りできなかったかもで、皆さんに助けられた気分なのだわ」
 ほうと息を吐いたアシェンや仲間達を見詰めていたしゃにこは「え?」と首を傾げる。
「も、もうすぐ4時ですよ!? さぁ、早く帰って寝ましょう! くそねみです!!」
「ごはん」
「いや寝ましょうよ!? まぁ……奢りなら……少しくらいは付き合いますか……」
「あ、もう、だいじょう、ぶ。いっしょに、いこう」
『虚空を見詰めて』そう言った二の言葉にぎょっとしたしゃにこはぽそりと呟いた。トンネルを去って行く希望ヶ浜学園関係者達の最後尾を歩きながら彼女はくるりと振り返った。
「可愛い盛りに死んじゃうなんてつまらないですよね………。
 手だけでも合わせていきましょうか……ナムナム! 次はもっと可愛く生まれ変わりますように!」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加有難うございました。
 とても楽しい飲み会になったら嬉しいなあ、と思います。

 又ご縁がございましたら。是非、宜しくお願い致します。

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