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シナリオ詳細

再現性東京2010:とてくあかまえ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●呼び声
 ポニーテールの少女が、泣きながら夜道を走っていた。
「何よミノルのバカ、ミノルのバカ、ミノルのバカぁ!」
 ぬぐってもぬぐってもまつ毛が濡れる。目尻にたまる。頬が冷たい。
 こんな顔、誰にも見せたくなかった。だから彼女は走り続けた。右も左もわからないまま。
 気が付けば寂しい四つ辻に出ていた。
「……ここ、どこ?」
 真っ暗闇の中、場違いに街灯、ポツン。近づいてみると錆びついたバス停。かすれた時刻表は、はがれかけたガムテープで目隠しがされている。
 少女はスマホを取り出しGPSを照会した。
「は? いやいや、ないわ。どこよ、ここ……」
 位置情報は彼女がついさっきまでいた繁華街のど真ん中を示していた。うそだよねと、誰にともなく彼女は問いかける。当然、返事はない。
 少女はスマホのライトを強にしてバス停の看板へあてた。せめて駅名を知ろうと、風化した文字を読み漁る。
「……と、て、く……あ、か……まえ?」
 このエリアにそんな駅あったっけ。少女はスマホをネットへつなぎ、戦慄した。引っかかるのはどれもオカルトサイトばかり。肝心の駅の情報はどこにもない。わかるのはただひとつ。『バスに乗るな』。
 重いエンジン音が聞こえ、少女は振り向いた。ヘッドライトのまぶしさに手をかざす。それがバスだと気づいた時、少女は恐怖のあまりその場へ縫い留められた。
「とーてくー あーああー かーまえ」
 乗客へ向けてのアナウンスだろうか。くぐもった不明瞭なボイスが耳朶へじわりと侵入した。バスは速度を落としながら少女に近づいてくる。
「とーてくー あーまかー かーまえ」
 バスが近づいてきた。少女の前でブレーキ音を響かせて止まる。ドアが開いた。旧式の、乗降口が階段状になっているバスだ。その運転席に誰も乗っていないと気づき、少女は悲鳴を上げて逃げ出した。
「たすけてミノル!」
 少女の背後でバスから闇があふれ出す。触手にも似た闇が少女の足を取り、腕へ巻き付き、胴をかっさらった。
「ミノル! ミノル! ミノ……ぐっ!」
 ビデオを逆回転させたように、闇の手はバスの中へ戻っていった。少女を取り込んだまま。何事もなかったようにドアは閉まり、バスは発車した。
「とおてくう あらまかあ かえまえ」
 バスは夜へ消えていく。

●夕暮れ

 なんだろう。
 とても大事なことを、忘れている気がする。

「よっ、ミノル! テツヤんち、寄ってく? あいつ、新作ゲーム買ったってよ」
 悪友が声をかける放課後。教室内はがやがやと騒がしい。逢坂ミノルは、悪友へぼんやりした顔を向けた。新作ゲーム、異能の能力者たちが己のプライドを賭けて戦う対戦格闘ゲームだ。アーケードで一世を風靡したそれがようやくコンシューマーで発売された。やらない手はない。だけど。
「……いいよ。今日は」
「はあ!? マジでか!? どうしたんだよ、塾増えたのか?」
「そういうわけじゃ、ないけど」
「じゃ、なんだよ。ワケありかー? このこのー!」
「いや、そうじゃないんだけど。なんか、上手く言えない」
 しつこく勧誘する悪友を振り切り、ミノルはまっすぐ家へ帰った。共働きの両親のために米を炊き、自分の部屋へ戻って学生カバンをベッドの上へ放り投げる。その拍子に、ちゃりんと、場違いに涼やかな音色がした。気になってカバンを調べると、小さな包みが出てきた。
「なんだこれ」
 上品に光る包装紙。でも、覚えがない。
 ミノルは悩んだ末、それを開いた。中から出てきたのは、華奢でかわいらしいネックレス。どう見ても女物だ、自分用じゃない。ふっとミノルの脳裏を影が横切った。ポニーテールの、泣き顔が。
(今のは……?)
 ミノルはネックレスを見つめ、考えに考え抜いた。どうして自分がこんなものを持っているのか。悪友のいたずらか。いや、あいつはこんな趣味じゃない。クラスの女子の仕業か。いや、そこまで仲のいい相手なんて……その時、また幻がミノルの胸を走り抜けた。
「……マナ?」
 つぶやいた名前に自分で驚く。誰だろう。頭の中をひっかきまわしても、答えは出てこない。それでいてまるで、白うさぎを追いかけるがごとく、泣き顔がチラつく。
「マナ」
 もう一度、呼んでみる。虚空に響いた声はそのまま溶け消えたけれど、ふつふつと何かがこみあげてくる。
 そうだ、たしか。このネックレスを、渡そうと。バイトする暇なんてないから、こっそりパン代を削って、プチプライスのジュエリー店へ。男一人で入るのは恥ずかしかったけれど、一世一代の覚悟でこれを選んで、そして、それで、それから……。
『ミノルのバカ!』
 幻聴が耳を打つ。
「マナ……」
 ああ、そうだ。どうして忘れてたんだ。なんだか気が合って、話が合って、いっしょにいると心地よくて、いつのまにか一番そばに居たいと願って、だから。告白しようと、あの晩、景気づけに、このネックレスをカバンに入れた。それから? 泣き顔で、泣き顔で頭がいっぱいで。いや、おちつけ、思い出せ。何があった、あの時。

『ミノルのバカ!』

 そう叫んでマナは走り去った。塾の帰り、いつも通る繁華街を。
 どうしてそうなった? 思い出せ、思い出せ。冷汗が背を濡らす。
 言ったんだ。僕は。『おまえとだけはない』って。気が動転して。あまりに不意打ちで。すっかり混乱して。心にもないセリフを吐いた。

『あのね、あたしね、ミノルのこと好き。つきあって』

 うれしいとか以前に、思春期の男心は、臆病すぎた。自分で決めた台本通りにいかなかったからと、癇癪を起こした。
「マナ!」
 思い出した。すっかり。桂木マナ。僕のクラスメート。隣の席の女の子。家が近くで、体が弱いくせに気が強くて、学校を休みがちで、ノートの貸し借りをしているうちに仲良くなった。長い黒髪を、いつもきゅっとポニーテールにしていた、強がりで、泣き虫な子。
 謝らなくちゃ。
 ミノルはスマホを取り出し、すぐに違和感に気づいた。ない。何もない。アプリの通話記録も、一緒に取った写真やショートムービーも。アドレス帳からさえも、彼女は消えていた。矢も楯もたまらず、ミノルはマナのマンションへ押しかけた。沈みかけた日の中、インターホン越しにマナの母親の声が聞こえた。
「あら、いらっしゃい。逢坂くん。今日は何の御用?」
「マナはいますか!?」
「え? どうしたの? マナって誰?」
 心臓が凍りついた。母の声はあくまで自然体だった。
「……誰って、マナさんですよ。えっと、あの、同じクラスの、逢坂ですけど、あの、その、マナさん、いないんですか?」
「ごめんなさい、なんの話かしら。マナってどこの子? それより、いつもどおり、ケイタと遊んで行ってちょうだいな」
「あ、はい、とりあえず、あがってもいいです、か?」
「もちろん! 歓迎するわ。今鍵あけるからね」
 オートロックが開錠する。ミノルは失礼にならない程度に急いで扉を開けた。
「ミノルにーちゃん! いらっしゃい!」
 小学生のマナの弟が出迎えに来る。キッチンからいい匂いが漂ってきた。
「ごめんなさいねー、たてこんでて。逢坂くん、ご飯食べてく?」
「……今日は、遠慮しておきます」
「あらそう? 残念ねえ。ねー、ケイタちゃん。せっかくミノルおにいちゃんが来てくれたのにねー」
「うー。ミノルにーちゃん、一緒にマリカーやろうよう」
「うん、あとでね」
 嫌な予感が喉元までせりあがってきた。ミノルは靴を脱ぎ、つきまとうケイタを押しのけるように奥へ突進した。廊下をまっすぐ行って、右。そこが、マナの部屋……。
「……うそだろ」
 開いた先は、どう見ても夫婦の寝室だった。整った寝台がふたつ並んだ落ち着いた部屋。見慣れた学習机も、ぬいぐるみでいっぱいなベッドも見当たらない。
「やだあ、逢坂くん。そこはプライベートルームよ」
 茶化した声が制止をかける。ミノルは振り向いた。リビングの壁には、マナが金賞を取った夏休みの自由研究の表彰状が飾られているはずだ。
 ない。
 テレビの上はどうだ。たしか中学の修学旅行で買ったという、ぶさいくな木彫りの熊が置いてあったはずだ。
 ない。
 真夏、なのに冷え切った胸の内そのままにひゅうひゅうと呼気を吐いて、ミノルは玄関へ戻った。靴箱を覗き見る。
 ……なかった。靴箱からは、少女の靴だけが、拭い去られたように消えていた。
「ごめんなさい。急用を思い出したので、おいとまします」
「えっ、そうなの? また遊びに来てね、逢坂くん。はい、ケイタちゃん、バイバイしようねー?」
「うん。ばいばーい。ミノルにーちゃん」
 マンションを飛び出したミノルは、ネックレスを握り締めて繁華街へ向かった。覚えている限り、たしか、あの、ハンバーガーショップの前、広い四つ辻の交差点で、自分はマナと始まる前に別れたのだ。
「すみません、桂木マナって子を見ませんでしたか。女の子です。僕と同じ年で、ポニーテールの」
 道行く人を次々捕まえ、必死になって行方を捜す。だがかんばしい答えは得られなかった。
 実の親と弟でさえ、マナを忘れている。覚えているのは自分だけ。ネックレスを握りこむと、拳に痛みが走った。絶望が陽炎のように立ち込め、ミノルは押しつぶされそうになった。
「諦めるしか、ないのか……」
「……その必要はないわ」
 ぎょっとして振り返った、最初に見えたのは大きなリボン。そこから視線を下げていくと、ハニーグリーンのワンピースを着た黒髪の少女がいた。絵本のような装丁の分厚い図鑑で顔を隠している。
「……スペシャリストがいるの。あなたみたいな人のための」
 少女は図鑑を胸元までおろした。陶器の人形のような無表情があらわになる。少女は図鑑を開くと、挟み込まれていた紙片と地図をミノルへ渡した。
「……一週間後に、ここで会いましょう。それまで、できるだけ聞き込みをしておいて。何を聞きこむかは、あなたが一番よく知っているはず」
 少女は開いたページをミノルへ見せた。ミノルはそれを目にして、乾いた笑い声をこぼした。たしかにそれは、ミノルも耳にしたことがあった。
「冗談だろ? あんなのただの噂だよ。都市伝説だってば」
「……さよならにならないことを、祈ってる」
 少女は夕映えの中へ消えていった。
 時間にしてわずか数分。だが、夢幻ではないという強烈な印象が、何より地図と紙片がミノルの手に残っていた。紙片は『カフェ・ローレット』のショップカードだった。
「あんなの、ただの噂……」
 だけど、とミノルは自問自答する。もしもが、あるとすれば? それがこのショップカードであり、少女から渡された地図だろう。地図はミノルが立っている繁華街の詳細図だった。
 しばしの逡巡をした後、ミノルは覚悟を決めて道行く人へ聞き込みを始めた。

「『人食いバス』の噂を聞いたことが、ありますか?」


●執念
 いつのまにかあなたのaPhoneへメッセージが入っていた。
『簡潔に、「夜妖<ヨル>」発生』。
 アイコンにはハニーグリーンのインクで書かれた『L』のカリグラフィ。それを見たあなたはいつもの足取りでカフェ・ローレットへ向かった。
 夜。蒸し暑く、生ぬるい夜。

 人気のない店内では『無口な雄弁』リリコ(p3n000096)と、と希望ヶ浜学園の制服を着た少年があなたを待っていた。
 少年は逢坂ミノルと名乗った。やつれた印象だが、目だけはギラついている。

「用件だけ言います。『人食いバス』を倒して僕の友達、マナを助けてください」

 もしかすると、あなたも耳にしたことがあるかもしれない。夜、繁華街を歩いていると、とつぜん寂しい通りに出る。そこのバス停に長居すると、この世ならぬ場所から来たバスにさらわれ、その人が生きてきた痕跡が消滅してしまう、そういう都市伝説だ。
 少年は机の上にくしゃくしゃになった地図を広げた。それには手書きで大量の×印が書き込まれている。
「リリコさんに言われたとおり、この一週間、『人食いバス』の噂を聞きこんで回りました。その結果、ここが震源地だとわかりました」
 ミノルは地図の一点を指さした。幾つもの車線が交差する広い四つ辻だ。ついでミノルは華奢でかわいらしいネックレスを取り出した。プチプライスのジュエリーだった。それでも学生には値が張る買い物だろうことが一目で見て取れる。
「どうして僕が女物のアクセサリーを持ってるんだろうと考えて、考えて、考えているうちに、思い出したんです。マナのこと。あの晩、僕は塾の帰りにマナへ告白するつもりでした。でも、どうにかいい雰囲気にもちこめてほっとしてたら、逆にマナの方から好きだって言ってきて、僕、気が動転しちゃって、つい「おまえとだけはない」なんて、ひどいことを、言ってしまったんです……」
 その後は記憶があいまいだという。マナが走り去るのを茫然と見送ったのだけは、かろうじて思い出せたそうだ。
「気づいた時には遅かったんです。誰もがマナのことを忘れてしまっていました。それだけじゃありません。マナに関する記録が悉く消えてしまっていたんです。だけど、僕は思うんです。マナはまだ生きてるって。このネックレスが、その証です」
 リリコもゆっくりうなずいた。
「……その推理は当たっていると思う。だって被害にあった人全員がこの世からきれいさっぱり消えていたら、都市伝説そのものも存在できなくなるもの。なんらかの理由で生還した人、あるいはミノルさんのように気づいた人が噂を広め、新たな犠牲者が生まれる、そういうサイクル」
 ですよね、とミノルは食い気味にうなずく。マナが生きている可能性に少しでも賭けたいのだろう。
「……この、『人食いバス』。こいつはおそらく本物のバスのように移動はしてない。クモのように結界内へ自分の巣を作り、そこへ迷い込む被害者を待っている。どうか一縷の望みをかけて、『人食いバス』を倒してほしい」
 それから、とリリコは前置きした。
「……ミノルさんを、連れて行ってあげて」
「お願いします! マナがこんなことになったのは、僕のせいだ! 正直、いまだに『人食いバス』の噂は信じられません。だからこそどうなるのか、この目で見届けたいんです!」
 あなたは渋い顔で少年を眺めた。どう見ても戦力になりそうにない。ぶっちゃければお荷物だろう。だが、この一週間、足を棒にして歩き回った彼の想いを無下にするのも気が引けた。
 リリコが地図をあなたへ渡す。
「……マナさんが消えた時間帯に、この四つ辻へ向かえば、事件が起きるはず。時刻は24時ちょうど。今日と明日が重なる時間」

GMコメント

みどりです。ダァシェリエス。

やること
1)人食いバスをやっつける

●エネミー 人食いバス 大きさ:長さ10m、幅3m、高さ3m
BSは使ってこないのですが、とにかくタフで固く一撃が痛いパワーファイターです。あと意外と反応が高いです。バスだからね。
なつかしの格ゲーボーナスステージかなってくらい気合い入れて殴りましょう。
・轢き逃げ 物超 移・飛・万能 至列と同等の巻き込み効果を持つ
・闇の手 物至範自分以外 ※上記の大きさに注意
・マーク・ブロック無効

●戦場
真夜中の四つ辻
バスが走り回れるレベルの広い交差点
灯りは街灯が一つだけ 対策がない場合、回避・命中へペナルティ
足元ペナルティは特になし

●他
NPC逢坂ミノル
執念でマナの手掛かりを探し出した少年。
ただの学生です。自衛できません。バスの巻き込まれに注意。

無事人食いバスをやっつけたら、マナちゃんは帰ってきます。

●再現性東京2010街『希望ヶ浜』
 練達には、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地区がある。
 主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、『東京』を模した特殊地区。
 ここは『希望ヶ浜』。東京西部の小さな都市を模した地域だ。
 希望ヶ浜の人々は世界の在り方を受け入れていない。目を瞑り耳を塞ぎ、かつての世界を再現したつもりで生きている。
 練達はここに国内を脅かすモンスター(悪性怪異と呼ばれています)を討伐するための人材を育成する機関『希望ヶ浜学園』を設立した。
 そこでローレットのイレギュラーズが、モンスター退治の専門家として招かれたのである。
 それも『学園の生徒や職員』という形で……。

●希望ヶ浜学園
 再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
 夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
 幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
 ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
 入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
 ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

  • 再現性東京2010:とてくあかまえ完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月11日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
シグ・ローデッド(p3p000483)
艦斬り
武器商人(p3p001107)
闇之雲
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
桐神 きり(p3p007718)
アシェン・ディチェット(p3p008621)
玩具の輪舞

リプレイ


「素敵! 心から大事な人のために体を張りたいわけなのね。ミノルさんて、いい人ね。安心して、エスコートは私達にお任せするのだわ」
『玩具の輪舞』アシェン・ディチェット(p3p008621)が両手を頬に添えて高らかに言った。言われた方は照れてしまったのか「いや、まあ、その」とうつむいて不明瞭な返事をするのみだ。
「でも!」
 アシェンは片手を腰に当て、人差し指をずいとミノルへ突きつける。
「守る人のそばを絶対離れないこと。私達が確認するまで近づいたりしないこと。お兄さんに何かあったら、せっかく助けてもその子が辛い気持ちになるわ」
 一気に緊張したのか、ミノルは「はい」とうなずいた。その肩を灰色がかった銀髪の青年が手を置く。
「あれ、たしか英語と……」
「物理だ。廊下ですれ違うくらいはしたかもしれんな、逢坂ミノル君」
「最近噂になっている先生ですよね」
「ふっ、そうか。……怪異と言うならば、私も或いはその分類かも知れんな?」
『Knowl-Edge』シグ・ローデッド(p3p000483)はいつも生徒へそうしているように物柔らかに微笑んだ。
「お前さんの身の安全は私が賭して守る。傍を離れないように」
「……はい」
 時刻は23時55分。あと少しで、この繁華街のど真ん中が戦場へ変わる。どこか不安げなミノルに、『双色クリムゾン』赤羽・大地(p3p004151)がやれやれと話しかけた。
「マナという子が心配なのは、とてもよく分かる。これから目の前で起こる事も、きみの日常からかけ離れていることかもしれない。だけど、どうか、気を強く持っていて欲しい」
 大地、いや、赤羽がすっと顔を寄せ、囁いた。
「……でねぇト、お前も『食われる』ゾ」
 黙り込んでしまったミノル。彼相手に桐神 きり(p3p007718)が安心しろと背中を叩く。
「人々の記憶から消えるなんて面倒な怪異、よくここまで情報集めましたね。これも愛のなせる技ってやつですかねー、ふふふ。まぁ、やれるだけ頑張って守ってみますよ」
 きりはにっこり笑って、くるくるとミノルの顔の前で指先を回した。
「わっ」
 そこから美しい燐光がもれて、ミノルに降りかかる。驚きはしたものの、けして不快なものではなかった。
「今のはねー、ミリアドハーモニクスってんですー。どんな怪我でも回復してのけちゃうんですよ、私。だから安心して轢かれてください」
「いやいや、彼は一般人だ。轢かれるのはまずいだろう」
『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が苦笑する。きりはミノルに聞こえないよう、小声で本音をもらした。
(本当は戦いに一般人を連れてくなんて面倒なことしたくないんですが……)
(そりゃあわかるよ。だがまあ、真面目に生徒のために戦うのも良いだろう。やる以上は全力で取り組むのが私の信条なのでね)
(はいはい、私だって心にもないことを言ったあげく、それが今生の別れになるなんてキツイって知ってますよ。来たいと言うならとめられませんね)
(意外と面倒見がいいじゃないか)
(背中が痒くなること言わないでください)
(素直じゃないなキミは)
 ゼフィラはきりにウインクすると、ミノルを振り向いた。
「キミの執念には感心したよ。よくここまでの情報を集めてくれた。なら、あとは私達の仕事だ」
 いずれ教師として接する機会もあるかもしれないしな、とゼフィラは腕を組んだ。

 そこから離れた場所で、『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)は口元に手を当てていた。さっきからタクシーやバスがひっきりなしに目の前を通っていく。雑多な繁華街の中で、セーラー服を着た彼女は美しすぎた。だが周りの視線を気にせず、ヘイゼルは客を吐いては乗せて走り去るバスを目で追う。
「乗合馬車のような物の怪異ですか。存在しない停留所というのは直接的に害がないなら、一度は行ってみたいものですが、今回のように襲ってくるというのは風情がありませんね」
「変な夜間バスは『定番』っちゃ定番だよな。しかしこれはバスってよりは……蜘蛛だな」
『雨夜の惨劇』カイト(p3p007128)が隣に立ち、誰に言うともなく呟く。
「蜘蛛の巣をぶち壊しに行くのは巣がデカイほど快感になりうるが――この『巣』は、果たしてどれくらいのモンだろーな?」
「この広い四つ辻すべてがバスの行動範囲というなら、さぞ大物でしょう。そこで依頼人を守りながら怪異の解決とは中々にヘビィですが、一度は怪異の作用で忘れかけてしまったと云うのでしたら、他人任せには出来ないですよね」
 そうだね、と『闇之雲』武器商人(p3p001107)も応えた。長い上着に制服のボトム、一見すると男に見えなくもないが、見れば見るほど惑わされていく。ヘイゼルとは逆に人々から避けられているも、武器商人は頓着する様子はない。最初から気にもしてないのだろう。
「気に入りの娘の持ってきた依頼だ。縁を繋ぎ直す依頼というのも、たまには悪くなかろうて」
 腕時計が、車載時計が、四つ辻の大時計が、ハンバーガーショップの壁掛け時計が、同時にカチリと音を立てる。明かりが飲み込まれるように失われていき、一同は寂れた十字路に立っていた。街灯だけがぽつんと、誘蛾灯のように立っている。
 武器商人は明かりを取り出し、軽く投げ上げた。人魂じみたそれは武器商人の周りをくるりと回った。


「下準備は入念に」
 ゼフィラを中心に保護結界が広がっていく。万が一このヨルの闇から怪異があふれたならば大惨事になるだろう。ゼフィラの心配はもっともだった。ただでさえこの再現性東京は自分たちが混沌へ召喚されたことすら認めずに暮らしている人々なのだ。モンスターを野へ解き放つわけには行かない。
 やがて、ヘッドライトが闇を切り裂き、ゆっくりとバスが現れた。旧式だがよく手入れされている大型バスだ。小さかった影がみるみるうちに近づいてくる。アシェンは後衛たちとミノルに声をかけ、バス停から離れた。残されたゼフィラ、武器商人、ヘイゼル、大地が身構える。
「とおてくう あらまかあ かえまえ」
 重い音を立ててバスが停車した。途端、ゼフィラがテトラビブロスをホルスターから抜いた。
「悠長だな随分と! それともお客が多くて喜んでいるのか? 残念だったな、お前という夜は今日で終わる」
 一発の銃声。不吉を乗せた弾丸は、しかし効果を見せない。扉と窓が次々開かれ、中から闇の手があふれだしてきた。ぞろりとした闇の塊がゼフィラを包み込もうと大きく広がる。
「なっ!」
「チッ! 下がってろゼフィラ!」
「その足、泥濘を往く亀の如く成り給え、急急如律令!」
 大地が鳳仙花の栞をバスの下へ叩きつける。じりじりと燃え盛った栞は、一気に開花し、バスの足元に底なし沼が現れた。だが、バスは頓着せず前方へ急発進した。ヘイゼルがゼフィラを、武器商人が大地を抱えて横へ飛び退く。辛くも初撃を交わした一行は、アスファルトの上を転がり距離をとった。
「もしや」
「みたいだねえ」
 ヘイゼルと武器商人が顔を合わせる。
「あのバス、抵抗もなかなかにあるようだ」
 武器商人の視線の先でバスが急カーブした。身をゆすりたてる姿はまるで巨大な猪を思わせる。
「あんだよそレ、聞いてねぇゾ!」
「タフで頑丈でひたすら殴る、そういうことか」
 大地はバスのホイールを泥が侵食しているのを目に止め、まったく効いていないわけではないと気づいた。どるん、エンジンが鳴る。悲鳴にも似た音を立てて、バスはまっすぐにミノルへ向かっていく。
「か弱い相手から狙うのは定石ではあるが……ちとあからさまに過ぎんかね? それとも、桂木君が呼んでいるのかな?」
 ミノルへ後方にいるよう命じ、シグは彼とバスの間に堂々と立った。ライトがまぶしい。すさまじい速度のはずなのにスローモーションに見える。それは生死を前にしたシグの極限の集中力がなせる技か。
「今は乗車するつもりはない。彼を乗せてやるつもりもない。……諦めたまえ!」
 手のひらに半ば融合した血晶『Blood Rage』を強く握り込む。全身に『力』が迸り、シグはそれを練り上げ、利き手へ集中させた。そのまま正面からバスへ拳を叩きつける。インパクトの瞬間、バスは衝撃で曲がりくねり、余波が衝撃波と化して周囲を覆った。
「かはっ!」
 バスからの攻撃を正面から食らったシグは、血を吐きながら吹き飛ばされた。すかさずきりが治癒に入った。手にしたカンテラがぼうと明るさを増す。きりはそれを振り上げた。まっしろな小鳥がカンテラから生み出され、きりの肩に次々と止まる。
「千年の理、万年の癒し、溢れ出す生命はとうとうと大河のごとく。友を帯びて、知を速水、進む進む大海へと。帆を上げよ、風を聞け、すばらしきかな人生、喜びをここへ謳わん」
 小鳥たちがシグへ集まり、その傷口へ溶け込んでいく。しかしシグは苦痛に満ちた顏で腹を押さえている。その影を覆うかのようにじわじわと血が。きりはすぐに声をあげた。
「私の回復だけじゃ足りません! 援護を!」
「おう!」
 ゼフィラが同じくミリアドハーモニクスを歌う。あと一歩のところで命をつないだシグに、駆け寄ろうとするミノル。
「ダメよミノルさん。気持ちはわかるけど、イレギュラーズでさえこの大ダメージなら、あなたじゃ即死するわ」
 アシェンが強い口調でミノルの腕を取り、さらに奥へと引っ張っていく。
「シグ先生……」
「なぁに、心配はいらんよ逢坂君。生徒が居てこその先生だ」
 軽口をたたきながらシグは起き上がった。いまだ体の芯に残る痛みからは目をそらして。
「クソッタレ、とっととぶっ壊さねえととんでもないことになるぞ」
 危機感を抱いたカイトが己の愛弓をかまえた。ロビン・フッド、異世界の英雄の名を冠したそれは怪異相手に通じるか? カイトの手に悪意が集まっていく。周囲の闇にもなじまぬどす黒い其れはそれは一本の矢を形成し、ロビン・フッドにつがえられた。スコープの内側に対象までの距離と分析内容が表示される。ひっきりなしに流れていく情報を眺め、カイトは今だと確信した。限界まで引き絞られていた弦が勢いよくたわみ、ノッキングポイントに添えられていた悪意の矢が飛んでいく。そしてそれは、『必ず命中する』。バスの側面へピンポイントに突き刺さった矢は、バチバチと火花を散らし、災厄じみた執念でもって内部機構をショートさせていく。
「よーしよしいい子だ。おとなしく痺れたままでいてくれよ」
 唸りをあげたバスが尻を振って方向転換する。今度はカイトへ向けて、すさまじい速さで突進。ガリガリとアスファルトを削り迫りゆく。避ける暇はない。吹き飛ばされるのを覚悟し、両腕をクロスさせて衝撃に備えたカイトは、目の前をふらりと影が横切るのを見た。
「おいでおいで、生まれたてのかわいい坊や。力を振り回すしか能がない哀れな坊や。我(アタシ)が抱きしめてあげようね」
 武器商人だった。その身を守るように、こがねとしろがねの惑星環が漂っている。危ない、と叫ぶ暇もなかった。カイトの前で武器商人がバスと接触し……何事もなかったかのようにふわりと後方へ舞い降りる。獲物を食い損ねた野獣のようにバスの駆動音が響いた。
「誰も我(アタシ)には触れられないよ。かわいい小鳥以外はね、ヒヒヒヒヒ!」
 バスからあふれだした闇の手が武器商人へ迫る。そのひとつひとつの波を、足元から伸びた細い手がつかみ取っていく。まるで鍔迫り合いのように、根比べが続く。キャハッ、キャハハッ。ゆっくりと、ゆっくりと影は闇の手を食らい始めた。水へ落したインクのように、影が重なる夕暮れのように、じわりとひとつになっていく。危険だと判断する知能が、バスごときにもあったのだろうか。それとも見た目こそ乗り物だが、仮にも夜妖だからだろうか。バスは大きく後退した。ずるりと影が引きちぎれ、武器商人の足元で不満そうに踊る。
「そうせくもんじゃないよ、おまえたち。あとでたっぷりと死骸を貪らせてあげようね」
 嘲笑とも慈愛ともつかない笑みが語尾へ宿った。
「今ならば、私のこれも通じるのでは」
 ヘイゼルが魔力で赤い糸を編み上げる。カイトによるダーティピンポイントで、バスの抵抗は大きく落ちている。そこへ叩き込むことができたならば……。
「善は急げというやつでしょうか」
 短く呼吸をし、ヘイゼルは赤い糸をバスへ向かって投げかけた。一撃、二撃、たぐりよせ、投げかけ、さらに撃ち込む。フロントガラスに大きなヒビが入った。ライトがヘイゼルを映す。無機物にも怒りはあるのだろう。まるで飛びかかるように突き進むバス。
「マタドール、と言うには牛が大きすぎるのですが」
 ひらりとヘイゼルは身をかわした。四つ辻に盛大なクラッシュ音が響く。ビルを背にしていた彼女がバスの轢き逃げを避ければどうなるかは自明だった。ビルへ突っ込み、間抜けな姿をさらしたバスは、しかしすぐに後退し、またもヘイゼルを狙いクラクションを鳴らした。
「おびえていらっしゃる? 私の後ろにはもう何もありませんよ」
 くくっと笑ってのけたヘイゼルは、さらに赤い巣をバスへ撃ち込んでいく。ものともせずに迫りくるバス、その速度からインパクトを計算していたヘイゼルは突然の急加速に対応しきれなかった。
「きゃうっ!」
 バスにしてみれば会心の一撃だったのだろう。ヘイゼルの細い体が跳ね上げられ、アスファルトへ頭から落ちた。額が割れ、流れ出た血が彼女の顔を汚す。そのまま彼女をひき肉にしようとしバスを、横合いから誰かが殴りつけた。
「俺の前で、仲間を死なせはしない!」
「てめぇのバッテリーの回線をチョン切ってやろうカ!? それともエンジンがいいカ、ガソリンタンクがお好みカ!?」
 大地だった。巨大な鋏が闇夜にギラリと輝く。
「おおおお!」
「やっちまエ、大地!」
 鋏を窓へ突っ込むと、殻を割ったかのような感触がして闇の手が溢れてきた。構わず鋏を開き、無明の空間めがけてガチンと。何かがぶつりと千切れる感触。闇の手がしおれ、混乱したように奥へ引いていく。そのまま大地は鋏をねじ込んだ。限界ギリギリまで闇の中へ鋏を押し込み、利き手に魔力を集める。
「地べたを這いずれ!」
 利き手が爆発したかのような感覚。ショウ・ザ・インパクトをぶち込まれたバスは車体をひねって吹き飛んでいく。外装が弾け跳び、むき出しになった機構の合間で闇色が揺れる。
「この程度の攻勢で参ったなんて言わないでほしいのだわ」
 不敵な笑みを口元に塗りつけ、アシェンが追撃した。暗視に加え、超視力を持つ彼女はすばやく、しかしじっくりと標的の急所を見定めた。
「ロマンティックな夢は好きよ? 幸せな気持ちになれるもの。目覚めた頬はまっかっか、目覚まし時計はバラバラ」
 サプレッサーの下、ライフリングから発射される弾丸。ヘッドライトの片方が破壊され、バスはきしんだ音を立ててドリフトした。
「とおてくう あらまかあ かえまえ」
 ボロボロの車体、それでもなおバスはアシェンめがけて突進した。ひとつしかないヘッドライトがアシェンを照らし出し、長い影を描いた。アシェンは身じろぎ一つせず狙いすます。そしていつもの唄を口にした。
「終いの詩はいつも悲劇ばかりで好きではないわ。でも悲しくなると解って頁をめくるのは喜劇のようね」
 弾丸が宙を駆ける。フロントガラスが破砕され、粉々になって飛び散った。場違いに美しい、雪の結晶をばらまいたような。
 ――きぃぃぃやあああああああぁぁぁぁぁ!
 高い、高い悲鳴を上げて、バスから闇がはずれ、天へ昇って行く。がしゃん。依代であったバスは、自壊するように砕けて壊れた。


 騒がしい繁華街に一同は立っていた。
「桂木君はどこだね?」
 マナを案じるシグの声が鋭く響く。手分けして探すと、すぐそこの路地裏で、マナは背中を壁に預けて眠り込んでいた。
「一件落着、でしょうか」
 ヘイゼルは薄く笑い、カイトはミノルの肩へ手をやった。
「さーて、これは『警句』だ。ひとりきりの『帰り道』には気を付けろ。……ま、ひとりきりになることなんざ、もうねーだろうがな。な、勇敢な王子サマよ」
「今度は手放してはいけないよ。言の葉は、キミの思う以上に強いものだから」
 武器商人も言い添えた。
「ふう。思ったよりめんどくさい相手だったのです」
「ああ、ともあれ、夜妖は片付いた。もう二度と現れないだろう」
 髪を整えるきりにゼフィラが安らかに返す。
 大地はミノルと共にマナに近づき、かるく身体検査をした。
「外傷はない。よかったな」
「もう離すなヨ、さんざ言われてるけド」
「はい、本当に、ありがとうございました皆さん……」
 感極まった様子のミノルを、アシェンはにこにこしながら見つめていた。
(甘いケーキも好きだけれど、甘い恋物語はもっと好きなのだわ!)
「マナ……」
 ミノルが少女を優しくゆすった。小さなうめきをあげて、少女はまぶたをあけた。茫漠とした瞳がミノルを捉えた。
「あんた誰?」
 熱帯夜特有のじっとりした風が吹いた。くしゃくしゃになったチラシが踊りながら通り過ぎていく。ミノルの手からあのネックレスがこぼれ落ち、頬を涙がつたった。
「……それでもいい。それでもいいよ。お帰り、マナ」

成否

成功

MVP

カイト(p3p007128)
雨夜の映し身

状態異常

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)[重傷]
旅人自称者
シグ・ローデッド(p3p000483)[重傷]
艦斬り

あとがき

おつかれさまです。いかがでしたか。
ゆっくり体を休めてください。

MVPはBSマシマシ計画を全面的にバックアップしたあなたに。
それではまたのご利用をお待ちしてます。

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