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シナリオ詳細

再現性東京2010:跫

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ちりちりとした物音を睨む。
 毅然とした態度で、そのように見せかけている表情で、佳代葉は視線を突き刺した。
 何のことはない。
 蛾、である。
 薄ぼけた光にふらふらと引き寄せられ、羽ばたいているに過ぎない。
 時刻は十一時を過ぎていた。
 都会の――この眠らない街≪東京≫は、それでも人足が止むことはない。
 こんな裏路地でなければ、の話だが。

 ――人気は無い。
 時折、通過する列車が背筋を逆撫でするように、鼓膜をひっかくように響いてくる。
 イヤホンをしている訳でもないのに、音が酷く遠く聞こえる気がした。
 ポリバケツに飛び乗った黒猫も、ビル風が奏でるビニール袋の乾いた音色も――
 どれもこれも不意で、不快で、不吉であった。

「良く来たね」
 聞きたくない声に、背筋が凍った。
 より正確には、聞きたくはないが、聞かねばならないと思っていた声がした。
 だから待ち望んではいた。
 そうすれば、この不吉の行脚が早く終わると信じていたから。
 ともあれ、佳代葉の目の前で揉み手をしているのは、中年男性であった。
 スーツを着て、ネクタイを締めて、背筋の伸びたビジネスマンに見えた。
「やめてもらえます? あたしの後つけるのも、変なメッセージよこすのも」
 続けて言ってやった。
「本気で気持ち悪いんで!」
 肩を怒らせ、眉を寄せ、目一杯に声を張ってやった。
 すると。
 男の顔がぐにゃりと歪んだ。
 佳代葉はそれを、一瞬だけ己が目眩だと誤認した。
 伸びてくる無数の影は、けれど決して立ちくらみか何かではなかった。
 肩を打つ衝撃に尻餅をついた。
 痛みに耐え、後ずさりして、必死に考える。

 そも、事の発端はなんだったのか。
 男が後をつけてきたことだ。
 この二、三日、決まって塾の帰りだった。
 初めは偶然と思ったが、歩調を速めれば同じ足取りで付いてくる。
 気付くとスマートフォンのチャットツールに、ここへ来るようにメッセージが残されていたのだ。

 だからといって、まんまとここへ来るか?

 どうしてここへ来てしまったのだろう。
 怒鳴り込むつもりなど、なかった。
 ただ怖くて、気味が悪かっただけだ。
 学校の友人に相談し、親か警察に伝えるように言われていたのに。
 どうして佳代葉はここへ誘い出されてしまったのだろう。

 ――影が脚に巻き付いた。
 男のほうへ――男だったモノのほうへ引き摺られていく。
「いや、いやああ――!」
 叫べば影は口元にまとわりついて、もう声も出せない。
 涙に崩れる視界の中で見えたものは。
 その腹部にぽっかりと巨大な口を開ける怪物――悪性怪異:夜妖(ヨル)の姿であった。


 ドップラー効果と共に遠ざかる列車の警笛。
 風圧が鼓膜をゆさぶり、踏切の音が頭を打ち付ける。
 一両、二両、三両……合わせて十三両程連なっているか。
 列車は去り、向こう側が見えた。
 踏切が開く期待に胸を膨らませるが、そのまま二分。再び反対側から列車が登場した。
 次の列車がどちらから来るかを示すランプの矢印に気付き、それがどちらも点灯していることを把握出来たのは、更に数分後の事だった。

「えーっと。ローレットのイレギュラーズさんですよね」
 ふいに現れた学生服の少女は、そう云うとぺこりと腰を折った。
「あ、ええと。わたしはほむらです。普久原ほむら」
 取り出したaPhoneの学生証アプリには、希望ヶ原学園中等部二年と表示されていた。
「この街は、初めてですか? そこ、開かずの踏切なんです。ここでハマってるかと思いまして」
 一体全体、たしかにもう十五分は待っていたように思う。
 クライアント側から来てくれたのは助かった。
 この街の人達は、一分や二分の遅刻にもうるさいらしいと聞いているから――

 練達(探求都市国家アデプト)には、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地域がある。
 主に地球、日本地域の旅人や、彼等に興味を抱く者達が作り上げた特殊地区である。
 どうやら日本の都市『東京』を模しているらしい。
 中でもこの『希望ヶ浜市』の人々は、この世界(無辜なる混沌)を受け入れていない者が多く暮らしているらしい。
 かつての世界と物理法則は違い、そこには魔物が居て、科学は完全な形では再現されないことを、受け入れず、故郷の世界を再現したつもりで生活している。
 あるいは、そうした場所で生活するのが楽だと思って暮らしている。
 そこで練達は、国内を脅かすモンスター――ここでは悪性怪異:夜妖と呼ばれている――を退治するための機関を設立した。『希望ヶ浜学園』である。
 ローレットのイレギュラーズは、モンスター退治の『専門家』として学園に招かれることになった。
 生徒として、時に教師や学校職員として在籍してもらい、規範となってもらうためだ。
 無論だが、依頼内容にはモンスター退治そのものも含まれている。
 今回のケースも、それにあたるという話だった。

「立ち話もなんですから、あっちのええと。急がば回れってやつで。地下通路通りましょう」
 ほむらに案内されるがまま、イレギュラーズはカフェ・ローレットへと向かう。
 ここは本当に迷路のような街だ。
 カフェ・ローレットとは希望ヶ浜学園の近くにある小さな喫茶店で、多くの人は知らないが、この地域におけるローレットの支部となっている。
 怪異や超常現象に目を閉じ耳を塞ぐこの街で、超人(あるいは怪異そのもの)であるイレギュラーズにとって、学園とこのカフェはオアシスのような存在となるのだろう。

 空調の良く効いたカフェの店内で、ほむらはアイスティーを注文した。
 各々のドリンクがテーブルに並んだ頃、彼女は事件のあらましを語り始める。
 今回倒さねばならないのは、人型の怪異である。
 夜間、学生が街を歩いていると、ビジネスマン風の男に後を付けられるらしい。
 するとスマートフォンと呼ばれる通信端末(aPhoneのようなものだ)に、男からのメッセージが入って来る。
 内容はどこそこへ来いといった物のようだ。
 犠牲者は、なぜか誘導されるままに、その場所へ向かってしまうことがあるという。
 そして――そこで消息を絶つのだ。

「そんな感じの事件です」
 なるほど。タチの悪い怪物らしい。
 分析では『おそらく、物理的に食ってしまう手合い』だと思われる。
 その前に『捉える』のかもしれない。
 他にいくつかの資料が提供されたが、おおよそ、そんな所だ。
 しかしこの資料、aPhoneで読めるとは、なかなか便利なものだ。
「地図とか、通話も出来ますって、それはもう知ってますかね」
 戦いの痕跡は、後で『掃除屋』がなんとかしてくれるらしい。至れり尽くせりだ。
「では行きましょう。一応、私も戦えるんで同行します。戦うのとか割と普通に嫌ですけど……」
 まあ、戦力が多いに越したことはないだろう。
 早速現場へ向かうとしよう。
 まずはおびき出す所からか。

GMコメント

 pipiです。
 再現性東京2010街・希望ヶ浜学園です。
 軽く伝奇バトルしてみましょう。

●目標
 悪性怪異:夜妖(ヨル)の討伐。
 要するにモンスターです。
 ここではそう呼ばれているのです。

 aPhoneを持って街をウロウロしていると、メッセージがもらえます。
 その後、戦闘におあつらえ向きな、人気の無いところに誘導してくれるようです。
 上のほうで催眠っぽい効果が示唆されていますが、イレギュラーズには効きません。
 都合が良い敵ですね!

 やることは単純ですし、せっかく出始めのシナリオソースです。
 いろいろご自身の個人的な心情なんかを掘り下げてみるのもオススメです。

●ロケーション
 再現性東京2010街。駅近くです。
 みなさんは丁度、上の現場近くに来ることができます。
 敵とは都合良い感じに接触出来ます。

 戦闘する場所は、近くの裏路地。
 あたりは暗く、人足はほとんどありません。
 思ったより広いです。
 ごちゃごちゃしていますが、あまり気にせず戦ってOKです。

●敵
『悪性怪異:夜妖(ヨル)』マンイーター×1
 今回の敵の中で、もっともスペックの高い個体です。
 やや鈍重ですがタフで、攻撃力が高いようです。
 触手のような無数の手で攻撃、拘束してきます。物理攻撃です。
 麻痺、呪縛、足止めのBSを保有しています。
 その後、噛みついてきます。こちらはかなりのダメージです。

『悪性怪異:夜妖(ヨル)』シャドウハンド×8
 無数の手です。すばしこく攻撃してきます。
 麻痺、足止めのBSを保有しています。
 どこから出現するか分かりません。

『悪性怪異:夜妖(ヨル)』悪霊×4
 さながら犠牲者を増やそうとするかのように、神秘攻撃を行ってきます。
 中~遠距離を得意としています。
 呪殺や呪いのBSと、Mアタックを保有しています。
 どこから出現するか分かりません。
 悪霊をマーク、ブロックすることは出来ません。

●犠牲者
 佐伯・佳代葉
 普通の高校生でした。

●味方
 普久原 ・ほむら(p3n000159)
 希望ヶ浜学園の生徒で、皆さんの仲間になりました。
 両面中衛バランス型アタッカーです。
 至近~遠距離の攻撃をバランス良く扱います。
 特に命令しなくても、勝手に連携してくれます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●再現性東京2010街『希望ヶ浜』
 練達には、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地区がある。
 主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、『東京』を模した特殊地区。
 ここは『希望ヶ浜』。東京西部の小さな都市を模した地域だ。
 希望ヶ浜の人々は世界の在り方を受け入れていない。目を瞑り耳を塞ぎ、かつての世界を再現したつもりで生きている。
 練達はここに国内を脅かすモンスター(悪性怪異と呼ばれています)を討伐するための人材を育成する機関『希望ヶ浜学園』を設立した。
 そこでローレットのイレギュラーズが、モンスター退治の専門家として招かれたのである。
 それも『学園の生徒や職員』という形で……。

●希望ヶ浜学園
 再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
 夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
 幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
 ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
 入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
 ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

  • 再現性東京2010:跫完了
  • GM名pipi
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月16日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

セララ(p3p000273)
魔法騎士
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
ルリ・メイフィールド(p3p007928)
特異運命座標
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾

リプレイ


 一行が道の端に身を寄せると、人々はいかにもせっかちな様子で通り過ぎていく。

 ――希望ヶ浜だ!?

 なんと懐かしき東京の街並みかと、『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)は感慨に浸る。
 会長はこの街で、あの学園で、果たせなかった青春を謳歌するのだ。
 いや別にまだ若いが、というか東京出身とか嘘であるのだが。
 てか大丈夫? 天義じゃ嘘とか不正義じゃない? 『好きな物は免罪符』 あっ!

「普久原くん今回はよろしくね!?」
 そういえば挨拶がまだであったと茄子子。
「あ、はい。よろしくお願いします」
 普久原 ・ほむら(p3n000159)はココロ達と同じく希望ヶ浜学園の生徒で、練達側の人員だ。
 この街に不慣れな一行の案内役であり、今後はこの街での仕事仲間という事にもなる。
「……あ、会長男の人でも女の人でも『くん』って呼んじゃうんだよね。
 直せないからもし嫌でも我慢して!」
「あ、あ、の。いえ、全然気にしないです。昔はそう呼ばれてましたし」
「社会科教師の新田です……今回は、このカバーは必要無かったですね」
「システムソフ……じゃない、中等部二年の普久原ほむらです」
 茄子子に続き『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)達一行も、手短な紹介を済ませた。

「お弁当あたためますか?」
「しゃす」
 食品や雑貨を売る店――この街ではコンビニエンスストアと呼ばれている――で買い物をしている男の姿が『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)の視界を過ぎる。
 この場所は、この街は――何もかもが海洋王国と違っていた。
 なんだか心の奥底にじっとりと張り付くような不安を感じる。
 男の視線は店員と会話する間もaPhoneばかりに釘付けであった。
 思えば先程、道を尋ねた少女もココロでなくaPhoneばかりを見ていた気がする。なんだか苦手な人達だ。
 そもそも夜中であるというのに、昼とも夜ともつかない白ずんだ奇妙な灯りを街一杯に広げている。
 列車というのも、駅前からずいぶん遠ざかったというのに、未だ時折ごうごうと嵐のような音を鳴らす。
 何より海も、木も、山もちっともありはしない。土の地面は、どこへいってしまったのか――

 けれど、希望ヶ浜学園の制服は好きだと思える。
 可愛いし、スカート丈を短くしても、周囲から浮くことはない。
 貝殻を模した髪飾りをつけて、これならすっかり希望ヶ浜の学生だ。
 塾――おそらく学校のようなものだ――のビルから数名の女生徒達が話しながら現れ、雑踏の中へと消えていった。希望ヶ浜学園の制服ではないが、これもブレザーと呼ばれる装いの一種であろう。
「ところでほむらちゃんに聞きたいのだけど」
 そんな後ろ姿を見て、ココロはふと気になっていたことを口にした。
「え、と。はい、なんでしょう?」
 ほむらが首を傾げる。
「東京には女の子が階段を登ると男性は通信端末を手にしながら階段下で待つ風習ってあるの?」
「あ、あー……えっと。風習はないですが、私もされたことあります……えと、ちょっと待って下さいね」
 ほむらはaPhoneを取り出すと、手近な猫の看板へ向けた。
 画面を指で押すと軽快な音が響く。
「これ、見えますか?」
「もう少し近くに」
 ココロが近づいて画面を見ようとするとほむらはなぜかすいっと身体を遠ざけた。
「見えないので」
「あー、これで」
 もう少し近づくと、ほむらはaPhoneを手渡して視線を逸らした。
 ひょっとして嫌われているのだろうか。
 いや、違う。この反応は――恥ずかしがり屋さんか!
「記録出来るんですが、つまり一部のすごく悪い人がスカートの中を……」
「――ッ!?」
「悪い人は、いますので。あの、手で抑えるとか、気をつけたほうがいいです」
「でもさっきのぴろりんて音は、ならなかったけど」
「音が聞こえないアプリケーションもありますので」
 寛治のフォローにココロとほむらはなるほどと頷き……数秒後に寛治を二度見する。
 いや、まさかね。
 寛治の眼鏡は街灯を照り返し、表情は見えないが。
 ――ほう、ローアングルですか。煽りの構図に定評があるのは……
   でもあっちは魂がおっさんなんだよなあ。
   しかし、こちらは……
 そう言っているようにも思えた(思えた訳ではない)。

 ともあれ、一行は夜の街を歩いている。
 なるほど東京とはこんな地域であるらしい。
 知識としては知る『狐です』長月・イナリ(p3p008096)だが、そうなればタワーやツリーもあるのかと気になる。希望ヶ浜市はいわゆる多摩地域に該当するが、二十三区にはひょっとしたらあるのかもしれない。
 そういえばイナリやココロ、寛治等は、以前この近くの『リトルタチカワ』に来たことがある。
 後から聞いた話だが、あれもどうやら再現性東京の一種らしいが。
「うぉーかーさんの故郷ってこんな感じなんですね」
 ぽつりと『特異運命座標』ルリ・メイフィールド(p3p007928)がこぼす。
「そうだねー。すっごく似てるよ」
「ええ、まるで――」
 学生の身分で、東京の街の暗闇で、妖退治――なんて。
 ――本当にあの頃のままのようで。
 そんな場所で魔法少女をしていた『魔法騎士』セララ(p3p000273)と、まさに『それそのもの』な生活を送っていた『月下美人』久住・舞花(p3p005056)が応じた。
 寛治にせよほむらにせよ、故郷は似たようなものらしい。
 ひょっとしたら同じ世界であるのかもしれないが、それはさておき。
 ルリはそんな世界を観光してみたい気持ちもあるが、プロであるからにはまずはお仕事だ。
「よろしければ、今度ご案内します」
「ありがとうなのです」
 それはその時に任せて、一行には成すべきことがあった。
 夜の街を歩いていると携帯端末aPhoneに不可思議なメッセージが残る。そこへ赴くと怪物に食われるという事件の解決だ。メッセージを捕まえたら誘い込まれたふりをして戦場に向かう手筈となっている。
 出来れば周囲に人影がないことを祈るが、いざというときはほむらに避難誘導を頼む作戦だ。
 こうした幽霊や何かの話はセララの世界にも沢山あったが、それが現実になるとすれば放っておけない。
「『物理的に食う手合い』かぁ……これは野放しにしておけない奴、だねぇ」
 のんびりとした口調ながら、しかし『la mano di Dio』シルキィ(p3p008115)も決意を固めている。
 今日は羽を隠して、新任の養護教諭の出で立ちで登場だ。
 故郷を再現したこの街の人々は、彼等にとっての異質を嫌うらしいから。
「この街ではほむらちゃんが大先輩。あまり気は進まないかもだけど、戦いの時は頼りにさせて貰うねぇ」
「あー、はい。一週間ちょっとですけど……」
「一週間!?」
 そんな訳で――
「ちょっと怖いけどこれも練達の平和を守るため。魔法騎士セララ出撃だよっ!」

 何、大丈夫。
 セララ達は知っている。
 この世界の幽霊とか、剣で殴れば死ぬのだ。

 ともあれ歩き回りながらメッセージの着信を待つ。
 一行がちょうど、アーケード商店街の入り口にさしかかった頃だ。
 幾人かのaPhoneから軽快な音が鳴った。
「お、来たねヨルからの連絡!?」
 茄子子が一同を見回し、aPhoneを覗き込む。
「こんな中年にメッセージが届いてると知ったら、夜妖もさぞかし悔しがるでしょうね」
 寛治もまたaPhoneを取り出して笑った。
 とりあえず茄子子が「私茄子子、今駅にいるの」と返信する。
 そういえばヨルって怖がったりするのだろうか。
 と、すぐになにやら地図が送られてきた。
 押せばナビゲートしてくれるらしい。
 現場へ急ごう。


「良く来たね」
 其れは云った。
 ビジネスマン風の男に見える。
 だが立ち上る瘴気は――悪性怪異:夜妖<ヨル>。
「攫った子を何処へやった」
 シルキィの声音は、普段とうってかわって厳しい。
 話の通じる相手とは限らないが、相手はもう一度「良く来たね」と繰り返した。
 人ならざる様相に、怖気が走る。
 おそらくこいつは『自身が何を言っているのか分かってはいない』のだろう。
 動物や昆虫の一種が他の生物に擬態するように、電波に干渉し言葉の様な物を吐き出すのだ。
 シルキィは素早く周囲に視線を走らせる。遺体や戦いの痕跡が残っていないのであれば、捉えた子はまだ食われていないかもしれないから。
 果たして――風に揺れているものはビニール袋か、あるいは衣類の切れ端か。
「人は、居る?」
 僅かに姿勢を屈めて、ルリは念のために周囲を見渡す。
「大丈夫だと思います」
 良かった。ひとまず戦いに集中出来そうだ。

 突如、街灯に照らされた其れの『影』が膨張する。
 割れた影は、さながら手のように、一行に襲いかかった。
 だがそれより数瞬早く、イナリは二重の防壁を展開する。
「あたらないわ、そんなの!」
 一行は手を切り払い、あるいは衝撃をいなして。数本の手がイナリの眼前で弾けてそれた。
「まずは数を減らそう!」
「もちろん」
 眼前に迫る無数の影手に向けて、セララは一歩踏み込んだ。
 ――クラスカード、インストール!
 希望ヶ浜学園の学生服が輝き、白のセラフィムフォームへと変幻する。
 一閃。放たれた剣撃が数体の影手を撃ち、アスファルトに叩き付けた。
 剣を払い再び構えたセララと背をあわせ、白衣をなびかせたシルキィがその指先で宙を編む。
 ふわりと舞った細い、儚い、光の群れ――
 無数の糸に影手とマンイーター、そして悪霊が触れた刹那、峻烈な雷撃が戦場を駆け抜ける。
 イレギュラーズの一斉攻撃が始まった。

(皆がこいつ以外を倒してくれるまでわたしが抑え込む!)
「良く来たね」
 突如、腹にぞろりと牙の生えた巨大な口をあけた怪異へ向けて。
 最前線に駆けるココロの指が宙をなぞり、虹色の軌跡が打ち付ける。
『グ、グ……ガ』
 怪異は戦慄くようにココロへと肉薄し、その身を捉えようと影手を伸ばした。
 腕へ、足へ。掴むように巻き付く。
 引き摺られるようにココロの靴裏がアスファルトを擦る。
「ココロちゃん!」
 誰かの叫び。
「大丈夫、だから……」
「背中はボクがささえるのです」
 ルリは影手の一撃を振り払い、嵐王は止まらない。
 癒やしの術式を紡ぎ、ココロの背を温かな光が包み込んだ。

 閉じられたままのステッキ傘を振り、寛治が影手を弾く。
 ゴミ箱にぶつかりぶちまけた影手へとその先を向け――マズルフラッシュ。
 驟雨の如き銃弾の嵐が影手を次々に撃ち貫き、怒気と共に迫り来る。
 強い衝撃に脳髄が揺さぶられる。
 二体を打ち、三体目の体当たりへ向けて傘を広げる。跳ね返った影手が戦慄いた。
「引き付けるわ」
「すみませんね」
「来なさい!」
 腰を屈め、刀に手をかけた舞花へ、宙を舞う無数の手が一斉に指を向ける。
 全て引き付け、斬り伏せるまで。
「回復するよ! だから誰も倒れずに会長を守ってくれ!」
 茄子子が紡ぐ調律の癒やしが寛治の背を包み込む。その着実な戦いに、総ゆるミスは完全に皆無。


 幾ばくかの時が流れた。
 敵は数において優勢だが、一体一体はさしたる強さではない。
 イレギュラーズの猛攻は敵の体力を着実に削り、一体、また一体と数を減らしている。
「……っふ。宵闇の皇女たる我が前にひれ伏すが良い――」
 ほむらが影手に剣を構える。
「闇に抱かれて消え失せろ、永遠に儚く――†クリムゾン・ダークキャリバー†」
「!?」
 セララが振り返る。
 なんか魔力撃を放つほむらの様子が少しおかしい気もするが、気にしないでおこう。

「これだけ単調であれば、さすがに慣れるもの」
 一方で敵の猛攻は、しかし舞花に届かない。
 数の優性があった時には幾度も打撃を受けはしたものの、茄子子、ルリによる手厚いカバーが効いている。 減ってきた以上は、余裕も生まれてくる。
 僅か一分強ほどのうちに舞花が『見切った』ことも理由の一つだが、ともあれ現にこの十秒の間、舞花は敵の攻撃をすべてかわしきっている。このまま更にルリが攻撃手に加われば、殲滅速度は更に向上するはずだ。
 マンイーターの巨大なあぎとがココロの眼前に迫った。
 凄まじい膂力で締め上げるあぎとを蹴りつけ、ココロは転げるように脱出する。
 まだ、いけるか。
 踏み込み、視界が微かにぶれる。
「ココロさん、セララさん」
 悪霊共に銀弾の驟雨を見舞った寛治の声。
「ごめんセララちゃん! 手伝って!」
「まかせてよ!」
 マンイーターの追撃より僅かに早く。
 ドーナツの力で反応を跳ね上げている(!?)セララが、飛び退いたココロの前に滑り込む。
「ここから先は、ボクが相手だよ!」
 巨大なあぎとへと果敢に飛び込んだセララが、聖剣ラグナロクを突き込んだ。
 雷撃が迸り、怪物が苦悶の呻きをあげた。
 大きくひらいた牙が閉じる瞬間、セララは剣を一気に引き抜く。
 ワニの玩具のように閉じる口から逃れたセララは、襲い来る手に盾を叩き付けた。
「これで終わりよ!」
 壁を蹴りつけたイナリが跳躍する。
 その剣――魔を祓う≪贋作・布都御魂剣≫が炎を吹き上げ、最後の影手を闇へと還す。
「あとは包囲殲滅ね、一気に片付けるよ!」
 イナリの言葉に一同が目配せし、頷いた。
 踏み込み――閃光。
 暴風のように荒れ狂う舞花の剣嵐が悪霊を裂き、あと一体。
「ボクもお手伝いします」
 ルリが膨大な魔力を紡ぎ上げる。
 神弓から放たれた雷撃が唸りを上げてマンイーターと悪霊を貫き、最後の悪霊が雲散霧消した。
「このまま追い込むよぉ」
 ふわりと放たれたシルキィの糸がマンイーターにふりかかり、黒色の立方体に閉じ込める。
 誰にも見えぬ一瞬に、襲い来る極限の災厄はおそらくマンイーターをずたずたに引き裂いたに違いない!
 果たして、立方体を食い破るように姿を見せたそれは、既に身体を半壊させていた。
 イナリが振るった討魔の炎に全身を焼かれ、狂乱するかのようにセララを責め立てる牙であったが、けれど茄子子はセララの背に向けて寸分の狂いもなく精緻な術式を編み上げる。
「こうなっても、会長のやることは一緒だね!」
 その調和の光はセララの傷を瞬く間の内に『なかった事』に書き換えて。セララはもう一度アスファルトを蹴りつけた。
 再び、雷のカードをインストール。
 雷光を纏う斬撃が、横一文字にマンイーターをなぎ払い。
「まだまだいくよ!」
 剣を振り抜いたセララのかかとがアスファルトに高い音を立て――跳躍。
 マンイーターの頭上から、縦一文字に再び雷撃の一閃を放つ。
 傷を癒やし、逃がさぬよう回り込んだココロが美しい魔道書を掲げる。
 放たれた神聖な光は、マンイーターに裁きを下すかのように貫いた。
 十字を切った剣光の軌跡を貫くに駆け抜けた凶手の弾丸が、巨口の真上。怪異の心臓を貫き、後背の壁までをも穿ち。

 ――裏水鏡、閃雷。

 舞花の一刀がその首を跳ね、マンイーターはそのまま闇に溶け消えた。


「悪性怪異……か」
 刀を振り、鞘に収めた舞花が呟く。
 街灯がちりちりと瞬いた。
 あくまで似せただけとは分かっても、懐かしいとすら感じる街並みだ。
 これを本当に作ってしまった練達というのは、すごいものである。
 舞花は想う。どうみても携帯電話のaPhoneを。精巧に執拗なまでに再現された街並みを。
 暮らしぶりまで元の世界そのままにと掲げ、仮初とはいえ本当に実現しているのだ。
 ならば……妖の類が潜む所まで再現されているのも、また必然なのかもしれない。
 とはいえそうした存在すら受け入れない者達を、忘れてはならないだろう。
 それが現実から目をそらした生き方だとしても、突然『召喚』され、この世界に放り出された以上は、この世界から否定される生き方とまでは想えない。
「ほむらちゃん」
「なんでしょう?」
「さっきの」
「あ、あー! 忘れてください!」
 首を傾げたセララが言葉を続ける。
「これって事件が起きたから怪談が広まったのか、怪談が広まったからそれに合わせて事件が発生したのか。どっちだと思う?」
「あ、あ、そっち。えと、どちらも考えられますね……」
「ボクらで何か噂話を流してみるのも面白いかも。
 怪談の最後に『襲われてもイレギュラーズが助けに来てくれる』って追加した噂を流すとかどうかな?」
「いいかもしれませんね」
 なら『みらこみ! 』の出番だ。

「この街の人々は怪異の存在を受け入れない。彼女が亡くなったことについて、それらしいカバーストーリーを作っておく必要があるでしょう」
 寛治は≪掃除屋≫が来る前に佐伯・佳代葉の遺体、ないしは遺品の捜索をはじめた。
 残されたものは、ああ、あった。この画面がひび割れたスマートフォンと衣類の切れ端だけであろうか。
 肩を落としたシルキィが、布きれを握りしめた。この日、彼女はもう殆ど話さなかった。

「おつかれっす。分かりました」
 スーツの乱れを正した寛治は、現れた地元の友人にそれを託すと天を仰ぐ。
「遺族の悲しみは察します。が、何らかの形で『死』という区切りを付けなければ、そこから前を向くこともできませんからね」

 この地域には『正しい物語(うそ)』が必要だ。
 たとえば『事故に巻き込まれて命を落とし、遺体は損傷が酷かったため直ぐに荼毘に付し、遺品だけが届いた』という、そんな筋書きが――

成否

成功

MVP

楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾

状態異常

なし

あとがき

依頼お疲れ様でした。

MVPは被害をばっちりと抑えた方へ。

それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。

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