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シナリオ詳細

再現性東京2010:ダッシュバッハ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●そこのけそこのけバッハが走る
 七不思議。
 学校という区切られたコミュニティでのみ存在すると言われるアレだ。
 所謂都市伝説というものに近いが、どこの学校でもその内容は似通ったものであり、結局は、コミュニティの枠を飛び出して共有された情報に過ぎないのだろう。
 コミックでもあるまいし、それを好んで調べようと言うほど、学生は暇でもなければ日常に飽きてもいなかった。
 問題のひとつもおきてはいないのだ。たまに会話の端にあがるだけで、他愛のない、くだらない雑談のお題目でしかない。
 と、されていた。
「ねえ、知ってる?」
 それは決まってそういうふうに口に上る。
 出どころも不明だが、まるで正であることが当然の様に語られ、生徒から生徒へ、それは形を変えず、あるいは形を変えて伝わっていくのだ。
 数は決まって七つ。人生のごく短い間のみ身近な存在となる時間制の怪異。
「ねえ、ダッシュバッハって知ってる?」
「…………ごめん、もう一回言って?」
 今なんて言った?? ダッシュバッハって言った??? ババアじゃなくて???? いや、そもそもそれだと学校の七不思議じゃないし。
「最近夜な夜な、音楽室をバッハが飛び出して、号泣しながら走り去るらしいよ」
 はあなるほど、そのバッハさんはよほど嫌なことがあったんだな。
「なんでも、『俺の取り柄はなんて小さいんだ』とか『どうせ俺なんて』とか言ってたらしいわ」
 ううん、なんとも卑屈なバッハさんだ。
 偉大な人物とはきっと別物なんだろうな。そうすることで実在者を貶める意図は無いことを明確にしているんだな。
 それで、泣きながら走り去ったバッハさんは一体どんな悪いことや怖いことをしたんだ?
「ううん、走って中庭で朝まで泣いてたそうよ。ハンカチを貸してあげたらとても感謝されて、次の給食で牛乳が二本ついてきたんですって」
 なんで牛乳?
 それはいいとして、怖くないなら怪談でもなんでもないじゃないか。
「それはそうよ。だってこれは学校の七不思議なんだもの。不思議だったでしょう?」
 うん、それには同意するけどもさ。

●ちょいと聞いてよバッハの悩み
「というわけなんだ」
 なるほど、つまりそのバッハが夜な夜な飛び出したりしないように退治すればいいんだな。
 集まった一同はことの経緯を聞いて、まあ聞いてもさっぱり分からなかったが、とりあえずはそういう話なんだろうと次を促すことにした。
「バッハの肖像画は再入手が難しくてね。できるならそのまま音楽室で使いたい。でも、このまま街に出られたら人々の目に留まる可能性も出てくる。そうなる前に、彼の悩みを聞いて、それを解決してあげてほしい。そうすれば、また大人しくなるだろうからさ」
 そう言われて教室に入ってきたのはダッシュバッハさん。
 その見た目はなるほど、まさしくバッハである。それがどのようなものかを事細かに描写するつもりはない。現代モノが久々すぎてどのあたりまで偉人への配慮を行うべきか少々不安が残るからだ。
「実は、自分の能力がショボいことに悩んでいるんだよ」
 語り始めるダッシュバッハさん。何でも彼は長いこと音楽室に飾られている肖像画として鎬を削っていたが、最近アイデンティティというものに目覚め、どうにも仕事仲間と比べて自分の能力の低さに気を重くしているらしい。
 いやいや、肖像画に能力も何も。必要なのは解像度くらいではあるまいか。そんなに言うなら仕事仲間の能力はどうなのか。
「例えば、肖像画並びが隣のヴィヴァルディ君なんかは『季節』を操ることが出来るし、他にも『運命』や『魔王』を操れる人もいるんだよ」
 なるほど、どうやら過去に残した偉業に従い、肖像画たちは能力を持っているらしい。
 しかし君だって大したものじゃないか。その能力のどこがショボいって言うんだい。
「だって、僕の能力なんて『牛乳』を―――」
 OKわかった、その話はそこまでだ。というか君に牛乳のイメージを与えたのは極東の島国の人間だ。謎の罪悪感は胸のどこかへ押し込んで、続きを聞こうじゃないか。
「とにかく、僕は自身を取り戻したいんだ。牛乳にだって、季節や運命を操るくらい凄いことが出来るって、教えてほしいんだ!!」
 …………運命くらいかあ。そっかあ。

GMコメント

このシナリオは以下の説明に状況に準じます。
●再現性東京2010街『希望ヶ浜』
 練達には、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地区がある。
 主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、『東京』を模した特殊地区。
 ここは『希望ヶ浜』。東京西部の小さな都市を模した地域だ。
 希望ヶ浜の人々は世界の在り方を受け入れていない。目を瞑り耳を塞ぎ、かつての世界を再現したつもりで生きている。
 練達はここに国内を脅かすモンスター(悪性怪異と呼ばれています)を討伐するための人材を育成する機関『希望ヶ浜学園』を設立した。
 そこでローレットのイレギュラーズが、モンスター退治の専門家として招かれたのである。
 それも『学園の生徒や職員』という形で……。


音楽室の肖像画が実体化し、夜な夜な走り出すようになりました。
彼は牛乳を操る能力を持っていますが、その能力が仕事仲間と比べてショボいことに悩んでいます。
仲間は『季節』や『運命』や『魔王』を操れるような凄いやつばかり。
牛乳だってそれらに負けないくらい凄いことが出来ると彼に教えてあげてください。

【キャラクターデータ】
■ダッシュバッハ
・学校の七不思議のひとつ。今回の依頼人。
・自分の能力の低さに涙腺が緩み、夜な夜な音楽室を飛び出しては中庭で泣いているところを目撃されている。
・気が弱く、自分に自身がない。人を信じやすい。
・今はまだ再現性東京に住む一般の人々の目には触れていないものの、このままダッシュされてはいつか補足されてしまいます。そうなる前に悩みを解決し、音楽室でまたじっとしておいて貰う必要があります。

【シチュエーションデータ】
■希望ヶ浜学園の教室
・通常の授業を行うような希望ヶ浜学園の教室。
・他の生徒が入ってくることはありません。
・必要があれば、学校敷地内の別の場所に移動することも可能です。
・ダッシュバッハの仕事仲間に合うことは出来ません。
・夕方。

  • 再現性東京2010:ダッシュバッハ完了
  • GM名yakigote
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2020年08月10日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)
炎の守護者
錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
マヤ ハグロ(p3p008008)
クシュリオーネ・メーベルナッハ(p3p008256)
血風妃
ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)
流星の狩人

リプレイ

●悩みバッハ
 第二の人生を異世界で、それも特殊な能力を得るというのは、使い古された手法かもしれないが、一種のロマンである。生前の偉業から、だとか、異世界を救ってほしいから、だとか。理由は何でもいい。特殊な才能を存分に発揮し、活躍するという夢を見られるからだ。自分の能力に気づくまでは。

 貸し切りにさせてもらった教室で、ひとりのバッハが項垂れている。
 重い溜息は、こちらにまで憂鬱が伝染しそうで空気が重い。このバッハの気持ちを、少しでも軽くしてやれれば良いのだが。
 ところで、バッハがどのようであるかは描写しない。バッハはバッハであり、個人を特定させないこともまた必要だからだ。
「わたしは、バッハさんのことも、バッハさんの、音楽についても、よく知りませんけれど……聞くところによれば、牛乳以外にも、すごい曲が、いくつも、あるそうでは、ありませんの!!」
『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)は重い空気を少しでも打破しようと懸命に声をかける。
 しかし悲しいかな。バッハ自身にその曲が牛乳であるつもりはないのだ。
「ほら、どんな名前なのかは知りませんけれど、あの―――」
「バッハってこないだ音楽の授業で聴いた……」
 それがどうして牛乳に結びつくのだろう。それを疑問に思った『魔動機仕掛けの好奇心』チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)は手持ちのaPhoneで検索し、ひとつの動画に行き当たった。
 思わず声を抑えて身を震わせる。これも異世界カルチャーショックと言えるだろうか。
「……替え歌ひとつで荘厳な曲が笑撃的に…しかも本人(の肖像画)にまで影響が及ぶってどういうことなの?」
「季節に、運命に、魔王、他にも惑星だったり子犬だったりの人がいるかもしれないけど、牛乳だって何も負けてないでしょ。漢字2文字だよ。画数なの、画数の問題なの?」
『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)は落ち込むバッハの方に手を置いた。大丈夫だ、牛乳なら運命にも匹敵する。書いていて凄い字面だが。
「少なくとも子犬には勝てると思うよ」
 子犬を操る能力。そう書き出すとなかなか無敵に思えた。戦意を削がれる意味で。
「牛乳に凄い事が出来るかどうかは実は分からない。よく分からないけれど、牛乳を増やせる君は凄いと思う」
『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)もまた、バッハを立ち直らせようと懸命だ。
「だって『季節』や『運命』なんかはそこにあるものを動かしているだけだけど、君は何も無いところから牛乳を生み出している。しかも誰にも気づかれずに。十分凄いよね」
 無から有を生み出す的なアレ。
「依頼を受けてからaPhoneで調べてみましたが、いや、バッハさんめちゃくちゃ凄い人じゃないですか……」
 よくよく考えれば、音楽の基礎を学ぶ教室で肖像画が飾られるほどの人物なのだと、『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は改めて納得する。
「年代的にそんな魔王とか四季とかタイトル付ける時代じゃなかったってことなんですかねえ。そのせいで、牛乳……」
 標的となってしまったことは不憫でしか無い。
「バッハって、確か偉大な音楽家よね? それがなぜ自信をなくしたのかしらね?」
『海賊見習い』マヤ ハグロ(p3p008008)はバッハが偉大だと、誰からも手放しでそう言われるだけの功績を残しているのだと聞いている。
「噂だと、自分の作曲した音楽が変に替え歌にされたとか言われてるけど、それが原因かしら」
 だとしたら、本当に不憫な話だ。後世の某の行いでねじ曲がるなど。
「ここは海賊の度胸で自信を取り戻してあげるしかないわね」
「バッハといえば……」
『血禍美人』クシュリオーネ・メーベルナッハ(p3p008256)はかつて聞いたことのある曲と、そのアレンジと、あとなんかよくわからないブロックが落ちてくるところを思い出した。
 しかし、曲名を知らなくても、作曲家と曲名が結びつかなくても、その曲を知らないというヒトは稀だろう。それくらいに、バッハは世の中に浸透している。
 この牛乳の不憫さをなんとかしてあげられれば良いのだが。
「うーん、バッハさん。あなたの能力についてじっくり考えたみたんだけど、そもそも『牛乳を操る能力』にバッハさんすら気付いてない、未知の可能性があるんじゃないかな?」
『弓使い(ビギナー)』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)は牛乳の新たな方向性を模索する。牛乳に威力はないかもしれないが、もしかしたら量を増やせば牛乳の津波だって起こせるのかも知れないし。
 津波が終わった後、すごく臭そうだけれど。

●落ち込みバッハ
 牛乳だった。周りが魔王だの運命だのなんだか聞くだけで凄いものを操る能力を持っているというのに、自分だけ牛乳だった。どうしろというのだろう。カルシウムたっぷりになればそれらに勝てると思われているのだろうか。悲しみに明け暮れ、肖像画の中でじっとしていられず、外に飛び出してしまった。

「魔王、運命、かっこいいなあ。それに引き換え、牛乳だもんなあ……」
 教室にある椅子の上で膝を抱え、落ち込むバッハ。
 そも、ここにつれてくるのも大変だった。何せ猛ダッシュしているのである。怪我を負わせるわけにもいかず、何とか宥め賺してこの場所に来てもらったのだ。
 さて、そうしたからには、彼を悩みから解き放ってあげなくては。

●励まされバッハ
 今朝方、良い活用法をみつけた。なんと、シリアルに牛乳をかけてもシリアルがふにゃふにゃにならないようにできたのだ。こうすれば毎朝の食事が最後まで美味しくとることができるだろう。ようやく見つけた活用法に小躍りした後、落ちこんだ。違う、魔王や運命に対抗するにはなにか違う。

「あの、お城でかなでられるような、荘厳な、曲。わたしには、見えるようですの。お城に住まう、伝説の勇者の、血を引いた、勇者たちの姿が……」
「どの曲のことだろう……」
 タイトルを知らなくとも、バッハの曲は耳に残る。ノリアは胸を打たれた感動のままに語っていた。
「魔法は使えなくても、武芸にひいでた、王子様。力はなくとも、魔法に長けた、王女様。どっちつかずで、自爆要員扱いの、迷子……」
 確かに感想を述べる上で、思うままに語ることはけして間違っては居ないが、お前それ2だろ。
「どんな曲なのかは、知りませんけれど、なんだか、巨大ロボットの、動力源になりそうな、ものすごいエネルギーの、宇宙線っぽい題の曲!」
 タイトルだけで力説するノリア。バッハも困惑している。
「あの、G線はガンマ線のことでは……」
「きっと、怪獣とかを、そのエネルギーで、倒せたりするんですの。ですので、バッハさんの牛乳は、世界を守る、偉大な牛乳に、違いありませんの!!

「そうだ、牛乳はカルシウムにたんぱく質、その他ビタミンにミネラル……おいしくて栄養たっぷりな飲み物だよね!」
 どうしたら牛乳で強大な能力に打ち勝つことが出来るのか。頭を悩ませていたチャロロは思いついたとばかりに手を打った。
「う、うん、そうだね。美味しいね」
 バッハもそれには納得している。きっと、自分の能力でなんとかできないかと、試行錯誤を繰り返した時期があったのだろう。
「それがいつでも手に入るなら毎日飲んで体力をつけて、暑い季節も寒い季節も健やかに乗り越えていける……かも」
「…………かも?」
「……栄養とるのは大事なことだよ! これで『季節』には勝てるかな」
 勝てたらしい。確かに厳しい冬を乗り越えるには健康な体が必要だ。
「あとは『魔王』と『運命』かぁ……」
 難敵である。何せ、牛乳に限らず生半可な能力では勝利できない相手なのだ。
「おいしい牛乳でしっかり栄養をとって、健康になった体を鍛えて力をつけたら……」
 やはりマッスルが重要であるらしい。筋肉は生涯の友。

「誰だって魔王や運命や季節を操るなんて言われても正直ピンと来ないと思うけど、牛乳は違う。みんな牛乳には親しんでいて、具体的に想像できるんだ、君の強さをさ」
 ルフナは具体的なイメージが定着していることこそ強みだという。牛乳に強さって定着してたっけ。
「牛乳拭いた雑巾の悲哀を。一瓶の、冷蔵庫から出した冷たい牛乳を一気に飲み干す爽快さを。そのままお腹下してトイレの中で何故か神に謝罪をしだすあの時間を。容易に想起できる」
 お腹下したやつは想起できてないからそうなってんだよ。
「ねえ、バッハ。君の牛乳を飲んでごらんよ。誰もが牛乳に『大きくなりたい』の願いをかけるんだ。胸とか身長とか……心とか」
「心……」
 それっぽいワードにバッハが感動しはじめた。今だ畳みかけろ。
「気持ちも大きくなればいい、存在感も大きくなればいい。きっと君の牛乳にはそんな力がある。牛乳を信じて」
 ぐっと拳を握るバッハ。
「キョダイバッハに……なれば魔王とか運命とかより、強いから」
 あれ、そんな話だっけ?

「僕は季節や運命を操ってもらうより牛乳を貰う方が嬉しい」
 ウィリアムは言う。うん、そりゃあ運命を操ってもらうより、冷蔵庫で切らしてる牛乳を補充してもらう方が嬉しいかも知れない。
「この世に牛乳が必要な料理は沢山ある。いや料理以前にバターやチーズを作るのに大量の牛乳が必要だ」
 確かにミルクがなければ作ることの出来ない料理、食材は無数に存在する。牛乳の供給が停止すれば、食生活が崩壊する家庭も少なくはないだろう。
「でも季節を操ったところでそれらが手に入るわけじゃない。むしろ冬にされたら熱々のシチューとかグラタンが食べたくなるね」
 バッハが牛乳を褒められて感動しているが、土俵が違うことに気づいているだろうか。
「運命を操ったら完成品が手に入るかもしれないけど、わざわざ運命を変える必要あるかなって気がするし。えっなに『魔王』? そんなよく分からない存在より牛乳の方が良いと思うよ。カルシウムたっぷりだよ」
 最後、勢いだった。

「バッハさん!」
 突然ウィズィが大声を出したので、バッハの方がびくってなった。
「魔に勝てるのは何だと思いますか。運命に勝てるのは何だと思いますか。それは! 人間です!!」
 やや芝居がかった言い回しでも、強い言葉はひとの胸を打つ。とりあえず、混沌って人間の範囲広いよな。
「運命も魔王も、人間を育むことはできません。そう、牛乳を操る力は、人を育む力。運命にも魔王にも打ち勝つための活力を与える力!」
 人間を成長させるものは困難と食事、適度な休息である。人間は、というより大多数の動物は自身のみで栄養を取ることは出来ない。
「バッハさん、あなたの功績は計り知れない。あなたはその偉大さから、音楽の父と呼ばれているそうですね。そう、あなたは……牛乳を操ることができるあなたは!」
 片手を広げ、ぐるっと回ってみせる。大振りに、大仰に、視線を釘付けにするように。
「音楽の父でありながら! 人類の母でもあるのです! こんなに偉大な存在が他にいますか!」

「えっと、お、親父、ミルクをくれ!」
 バッハが頑張って胸を張り、タフガイに見えるようにしつつ注文する。
 なお、ここは教室なので店の親父はいない。バッハが能力で牛乳を出した。
 瓶の蓋を親指で開けると、カウンター(勉強机)の隣に居るマヤに声をかける。
「の、の、飲めよ、一杯やろうぜ!!」
 飲み比べだ。それは勇ましい者の勝負なのだ。
「わ、私はミルクはだめなのよ! ラム酒でないと体が使い物にならなくなってしまうわ! 勘弁してちょうだい……」
 しかしマヤは牛乳が苦手であるようだ。カルシウムにアレルギーでも持っているんだろうか。
 無理やり飲まされたマヤは気絶する。
 その状態に慌てたバッハはマヤに駆け寄るが、彼女は起き上がると、彼を称賛してみせた。
「やったじゃない! 貴方はこの海賊をミルクで倒したのよ! 季節や魔王はおろか、運命なんか目じゃないわ。もっと自信持って生きなさい。ミルクは最強の能力よ」
 たとえ演技でろうとも、その状況を体感したという事実が、彼に自信を与えることだろう。

「牛乳良いじゃないですか! 美味しいですし、何より栄養があります。特にこう、身体の一部に対して」
 クシュリオーネはバッハの前でこれみよがしに胸部を揺らすと、バッハも思わず唾を飲み込んだ。
 このリプレイは健全であることを守りたいと思います。
「発酵させればチーズだって作れます。ということは、牛乳さえあれば飢えとは無縁ということです。季節や運命を操れたってお腹は膨れません、牛乳の強みはまさにそこだと思うのです」
 まだバッハの目線はやや下に向かっている。
「確かに派手ではありませんが、その分身近で親しみの湧く能力ではないでしょうか。人間はやはり他者と触れ合ってこそだと思いますし、親しみやすさも大事ですよ。ですので……」
 無論、クシュリオーネもそれに気づいている。もう一歩だけ、バッハと距離を詰め、
「宜しければどうでしょう、別室……保健室か体育倉庫あたりでより親密になる儀式をするというのは。私にもミルクを生成することが可能なところ、お見せしちゃいますよ♪」
 このリプレイは健全であることを守りたいと思います。

「バッハさんの能力は『牛乳とそれに付随するある程度のもの』が扱えるんじゃないかと俺は推測したんだ」
 ミヅハにそう言われると、確かにとバッハは頷いた。
 バッハは牛乳だけを生み出してはいない。牛乳だけではべちゃりと地面に落ちてしまうが、バッハは牛乳瓶や牛乳パックもどうじに出現させていた。
「つまり『牛乳』というファクターが含まれるもの、牛乳寒天やミルクプリンとか。そういうものも操れるんじゃないかな? あとカムイグラのお菓子の『蘇』とか100%牛乳で出来たものもある。デザートが操れるとなれば凄い能力だよ」
 最近名前を見かけるお菓子だ。流行をつかめば勝ったも同然である。
「彼らもデザートを操ることはできないはずだ。それにここは学校、『給食のデザートを増やせる能力』として見れば生徒の人気も絶大。他のみんなと比べても勝らずとも劣らない立派な能力だと胸を張っていい。と思う」
 ついでにカルシウムたっぷりで皆骨が強くなることだろう。牛乳を操る能力は、ひとを味方につける能力だったのだ。

●頑張るバッハ
 嗚呼、今日も牛乳が美味しい。

 能力の新しい方向性。
 そして魔王や運命とは違う次元での戦いを可能とする。
 そんな牛乳に自信を掴んだバッハは礼を述べると、音楽室へと帰っていった。
 今日も音楽の授業では、壁にかけられた肖像画が並んでいる。
 彼らは普段おとなしくしているが、それでも時々、どれか足りないことがあるという。
 目撃情報がないため問題視はされていないが、そういうときには決まって、給食の牛乳が美味しいそうだ。

 了。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

一日一歩。

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