PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ばいばい、ラーラ

完了

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●戦場のメリー・バースディ

 二人で自転車に乗って、夏草の茂る原っぱへ。
 入道雲に手を伸ばし突き抜けるような青空に二人の手形を残した。

『――おいっ!』
 無線からの声に女は飛びかけた意識を起こした。
「なんだぁ? 柄でも無い声だしやがって」
 周囲は呻きと煙に満ちていた。数時間前まではメインコントロールルームとして機能していた場所だ。
 肩にかけていた骨董品のAK-47は辛うじて閂の役を果たしているが、長くは保たないだろう。
「死んじゃいねェ。煙草吸ってただけだ」
 壊れかけた扉に背を預け、言葉を真にするために燐光の火を点ける。流れた血が閉じかけた瞼の上から床へと垂れた。
『本艦の受け入れは星に拒否されました。二十分後、撃ち落とされます。君だけでも逃げてください。その地点なら小型艇で脱出できますから』
「バーカ、傭兵が護衛対象を見捨てて逃げられるか」
 焦った声を聞き流しながら、深く肺に煙を満たす。
 救護船に繁殖期の食人生命体が潜んでいたなんて、誰が想像する?
「それに逃げるならテメェも一緒だ。今から迎えに行く」
 無意識の内に女は薬指の指輪に触れていた。
 宇宙の掃溜め、ブラックマーケットで医者の男が買った『願いの叶う指輪』は婚約指輪と名を変え女の指に嵌っている。
『患者を置いてはいけませんよ。……ああ』
「どうした?」
 雑音が酷い。音が聞き取れない。
 本当は怖いのに無理をして笑う時、男はいつだってこの声色だった。
 幼馴染だからこそ女は知っている、不吉な予感。
『愛してます』
 ――プツリ。
 悲鳴は無かった。
 一瞬の内に第一医務室からの通信は途切れた。
「畜生、あの野郎。呪いかよ。余計逃げにくくなったわ」
 食いしばった歯の隙間と腹から血を滴らせて、女は立ち上がる。
 幽鬼のように笑い、とうに刃の折れたコンバットナイフを千切った布で手に縛りつけた。
「よし決めた。今からあの糞生物どもを殺す。んで、本星からのどでかいビームを撤回させる。そんで結婚する」

 それは死の間際にみる無謀な20分間の夢物語。
 けれども幽かに彼女の指輪は、輝いた。


●めざせ、エイリアンバスター
「あの、あのっ」
 人の気配を感じた境界案内人TEC(テック)が駆け寄って来る。
「時間が無いのですが、時間に余裕があれば一緒に来てくださいませんか」
 相当焦っているのだろう。
 堂々と矛盾を言い放ちながら、彼女は一冊の本を掲げた。
 

NMコメント

全二章予定。

・目的
エイリアンに襲われている巨大な救護船を助けます。
冒頭に登場する二人の生死は問いません。「本星に戻ったら結婚しよう」とか言うから。
参加人数が増えるごとに、船内施設を奪還できます。

・舞台
戦争下の一般市民や病気の人間を人道的観点から避難させるために母星から派遣された巨大な医療艦でしたが、エイリアンを持ち込むくらいなら多少の犠牲はやむを得ないという考えです。
第一章開始直後は
【メインコントロール・ルーム】か【第一医務室(重症患者収容)】がスタート地点として選べます。

●第一章『守勢』
 食人生命体からの攻撃を防ぎ、人々を守りながら陣地を取り返して体勢を立て直します。
 敵は弱っている獲物より元気で新鮮な肉を求める習性があり
 混沌世界から召喚に応じた時点で標的を変更して襲いかかってきます。
 重傷者が多数、広範囲に存在しているとの情報があります。

●第二章『殲滅』
 攻勢に転じます。船内には敵母体が巨大な巣を作っていると考えられますので破壊してください。
 敵生命体は弱いですが船内が広いため、捜索に時間がかかるかもしれません。
 交渉術に長けた人間がいれば本星に時間の引き伸ばしができます。

・敵
タンパク質を糧、住処として成長する繁殖期の生命体。卵生。食物として人間を好む。
体温と声で獲物を認識しています。
生まれたばかりでも2mほどの巨体で、船内のどこかに母体が存在しています。

特異運命座標であればレベル1でも素手で殴り殺せるほどの弱さですが、
気持ちの悪い生命体に集団で襲われる、生きたまま食べられそうになるという観点から
視覚的ダメージが凄いです。

・NPC
冒頭のカップル
傭兵(女)は戦闘経験者に、医者(男)は技術者や一般市民から信頼されている存在です。

TEC(テック)
境界案内人。宇宙船のシステムや本星に詳しいため案内役として随行します。

  • ばいばい、ラーラ完了
  • NM名駒米
  • 種別ラリー(LN)
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年07月30日 20時04分
  • 章数2章
  • 総採用数19人
  • 参加費50RC

第2章

第2章 第1節

●第二章『殲滅』
 攻勢に転じます。地下のどこかに敵母体が巨大な巣を作っていると考えられます。
 敵生命体は弱いですが船内が広いため、捜索に時間がかかるかもしれません。
 交渉術に長けた人間がいれば本星に時間の引き伸ばしが要求できます。

・敵の情報が更新されました
 タンパク質を糧、住処として成長する繁殖期の生命体。卵生。食物として人間を好む。
 力仕事を得意とし、巣に餌を持ち帰るパワータイプ。
 諜報活動を得意とし、母体に情報を持ち帰る触手タイプが存在しています。

・開始可能地点が増加しました
『第一エリア/メイン・コントロールルーム』
『地下/進入禁止エリア』
『第一エリア/第一医務室』
『地下/食料倉庫』

●面倒な人のための第二章
 地下に行く→全力でエイリアンなぐる。


第2章 第2節

ティスル ティル(p3p006151)
銀すずめ

「ほーら反撃のチャンスが来た」

 インカムからの情報に、ティスル ティルはにんまり笑った。
 待機していた傭兵に目配せ一つ。
「じゃあ一気に飛び込もっか!」
「応っ」
 装備を構えてみんなでジャンプ。
 不思議の国のアリスと違ってティスルはたちまち地下へと着いた。
 腐臭と粘液が部屋中に纏わりつき、床には洋服だけが散乱している。
「地獄かよ」
 傭兵の一人が呟いた。この場にいる全員の総意だろう。ここは、地獄だ。
「地獄だからこそ笑って行こうよ」
 一歩。
 食人生命体が新たな肉を歓迎する。
「私たちはここで終わりじゃないんだし」
 また一歩。
 やることは変わらない。 
 人助け。その為に白雀は道を切り開く。
「TECさん、人間っぽい反応あったら教えてね!」
『早速ですが三時の方向です』
「了解!」
 光を帯びた羽吹雪。白菫の羽根は敵を切り刻み、呻く人々には淡雪のような癒しを与えていく。

「ところで傭兵さん。ティティって私のこと?」
『そうだ。気にいらねえか?』
「ううん。良い感じの響きだし、嬉しい!」
 ハミングまじりに進むティスルの後ろ姿に傭兵たちは励まされながらも「無邪気なお嬢だ」と苦笑する。
 彼らは気づいていない。
 ティスルの胸元を飾るペンダントが、先ほどよりも一層眩く輝いていたことに。
 その効力は心を壊さない。
 痛みを感じない、では無いのだ。

 ティスルの活躍により避難民が発見されました。
 生存者の数が増加します。

成否

成功


第2章 第3節

ラムダ・アイリス(p3p008609)
血風旋華
ブラッド・バートレット(p3p008661)
0℃の博愛

「さて、ほかのみんなも向かっているみたいだしボクも地下へ向かうかな」
 コントロールルームで状況を報告すると、ラムダ・アイリスは蝶のように手を振って踵を返した。
「俺はどうも口下手なので」
 ブラッド・バートレットがその後に続く。
 政府高官を言いくるめるような器用さは生憎持ち合わせていないと、口数少なく目を伏せた。
「敵の排除に専念しましょう」
「ということであとよろしく~」
 プシュンとエアー音を残して扉が閉まる。
 二人が向かう先は食料倉庫。
 靴音も無く、廊下の上を滑るように二つの黒衣が翻る。
「……さぁ征こう、速く鋭くいかなる障害も貫いて。時間はボク達を待ってはくれないしね」
「ええ」

 攻撃は最大の防御。
 その言葉通り、地下エリアは苛烈な戦場と化した。
 物陰に潜んだ影を不可避の雹が貫き、逃走をはかった個体の首を蛇腹の剣が刎ねる。
 黒雷の如き殲滅速度。
 無駄のない二人の連携は、薄暗く狭い地下空間においても優美さを失うことは無い。
 観客の代わりに醜悪な怪物を相手取り、互いに見惚れる事もなく、ただ淡々と美しき死の舞いを踊る。
「向こうも状況を理解しているのかな」
「そのようです」
 敵の数が増えている。
 熱烈歓迎だなぁとケラケラ笑うアイリスの言葉を真面目な顔でブラッドが肯定した。
 二人の襲撃を警戒しての行動か。
 それとも何か思惑があるのか?
 不気味にうつる行動の中、ブラッドの碧玉が異変を捉えた。
「アイリス」
 短く名前を呼ぶ。
 どこかから、くぐもった悲鳴が聞こえていた。
「あの個体の内側から聴こえるね」
「巣に持ち帰るつもりかもしれません」
「させないよー」
 疾走するブラッドに合わせてアイリスは刃を振るった。
 鞭のようにしなやかな刃が肉壁を切り裂き、強制的に最短距離を生み出していく。
「ブラックパージ」
 至近距離からの、一撃。
 異質な生命は黄色の粘液を撒き散らしながら、ぐらりと大きくその身を横に倒した。
 力の抜けた触手の隙間から、次々と人が這い出してくる。
 彼らは二人の姿を見つけると必死の形相ですがりついてきた。
「頼む、他のやつらも助けてやってくれ! むこうへ連れていかれたんだ」
 ブラッドは手を差し伸べながら顔の無い神へと祈りを捧げた。
 命の喜びに、魂の眠りの為に。
 どのような結末にせよ、助けてくれと請われたからには全力を尽くすしかない。
 そんな不器用な青年の元にアイリスが駆け寄った。
「この辺りは一掃できたね」
「ええ。襲撃を受け、餌を安全な場所へ移動させようとしたのでしょうか」
「それか、自分たちの主の元へと運んだ」
 いずれにせよ辿り着いた先に答えがある。
「追いかけよう。ラストダンスに間に合うといいんだけどね」
 語尾に音符がつきそうな弾んだ口ぶりで、アイリスは三日月のように目を細めた。 

 ブラッドとアイリスの活躍により食料倉庫が解放されました。追跡結果が共有されます。

成否

成功


第2章 第4節

三國・誠司(p3p008563)
一般人

「こんなスリリングな展開、ラノベ掲載サイトでもないって」
 三國・誠司の研ぎ澄まされた視聴覚が襲撃の予兆を捉え、挨拶代わりに殲滅の大火力を放つ。
「どうせなら巨乳の美少女とハーレムがよかったんだけどなー」
 瓦礫の影に身を隠し、共に室内に閉じ込められた生存者の護衛を続ける。
 増援はまだ来ない。しかし着実に気配は近づいている。
「ん?」
 犠牲者の物だろうか。靴に触れた物体を誠司は拾い上げた。

「信じられません。『コンテントメント』から急速に敵影が消えていきます!」
 地上コントロール室に驚嘆と歓声の声が満ちた。
「生存者がいるのか」
 立ち上がった開拓大臣は馬鹿なと続けたい声を必死に飲み込んだ。誤魔化す為に緊急回線を開く。
「何だ、今はいそがし」
『あんたが元凶?』
 静寂。
「誰だ。どこでこの番号を知った」
『その反応は当たりかな。難民救助を隠蓑に生物兵器を輸入していた事をバラされたくなかったら言うことを聞いてよ』
「……要求は」
『砲撃の中止。それと傭兵への報酬を3倍に引き上げ。あんたへの見返りは撃墜を待ち生存者を信じた名誉と食人生物のデータ。どう、悪い取引じゃ無いだろう?』
 一オクターブ低くなった声は告げる。
『交渉も妥協もしない。決裂の場合は僕の知った情報を流す。後は遺族への賠償金額とよく相談して、5分後に連絡頂戴ね。なければ決裂とみなす。じゃあね』

 誠司の活躍により本星からの攻撃が一時中断されました。
 

成否

成功


第2章 第5節

イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って

『おい!!』
「……ここは?」
 通信からの声。薄暗い部屋でイーハトーヴ・アーケイディアンは目を覚ました。
 衝撃で一瞬意識が飛んでいたようだ。あ、と落ちてきた穴を見上げる。
「そっか、俺、落ちてきちゃったんだ。一緒にいた彼は無事かな」
 周囲にそれらしき青年の姿は見えない。はぐれてしまったのだろうか。
『あちらも無事だ。動けそうか?』
「うん、俺は大丈夫。これから怪我人の手当てをするね」
『お前なぁ』
 今はただ自分にできることをしようとイーハトーヴは起き上がる。敵の本拠地がどこかは分からないが、穴の規模を考えるにそう遠くは無いだろう。急がなければ。
 イーハトーヴは意識の無い者から順に癒していく。幸いにも一緒に落ちた敵や積まれていた保存食が緩衝材となり、新たに重傷を負った者はいないようだ。
「おお、痛くねえ!? イヴだっけ。お前スゲェなぁ!」
「よかった。でも」
 生存者の中には傭兵の姿もあった。
 しかし互いの無事を確かめあう暇もなく出入口に不穏な黒い影が射す。
「ここだけまた防衛戦か?」
 若い傭兵の悲しげな声。背中に子供たちを隠しながらイーハトーヴは頷いた。
 
「先に自分を回復しろ!」
「俺は後回しでいいっ。大丈夫、痛くない」
 巨大な顎に腕を捕まれたまま、イーハトーヴは青の衝撃を放った。
 守りたい。一人でも多くを。
 肩で息をしながら扉を睨みつけた。

 イーハトーヴの活躍により第二医務室の生存者が増加しました。

成否

成功


第2章 第6節

イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って
三國・誠司(p3p008563)
一般人
ラムダ・アイリス(p3p008609)
血風旋華
アシェン・ディチェット(p3p008621)
玩具の輪舞

●00:11:48
「まぁ」
「いままでお世話になりましたディチェットさん」
 アシェン・ディチェットの片目に映る『母体発見』の文字。
 文字を透かした向こう側には、部屋と統合した鉛色の触手と巨大な肉塊が見える。
 エンジンルームの大半を覆いつくす粘液の糸巣は濃く、中にどれだけの人間が閉じ込められているのかも分からない。
「これ、全てが母体なのかしら。こんなに浅瀬にまで範囲を広げていたなんて」
 諦念の笑みを浮かべた若い傭兵をかばいながら戦闘ができるほど、生半可な相手ではなさそうだ。
「みんなと合流しましょう。その前に、あなたを安全な場所に避難させないとね。この近くだと……」
 白い痩身がゆらり、影の中へ溶けこんだ。

●00:10:38
 宙を駆ける蛇時雨の刃が天つ河のように煌めき、食人生命体の体液で軌跡を描く。
 弾けるような笑顔を浮かべ、ラムダ・アイリスはようやく床へ踵をつけた。
「本星からの攻撃が一時中断? それは朗報だね~」
「僕も、我ながらよく頑張ったと思うよ。盗聴記録が見つかったおかげかな」
 三國・誠司はしみじみと告げた。
 一音、一殺。威力を極限まで集約した一射が、世間話がてら次々と敵の頭に空洞を刻みつける。
「じゃあ、本星にいるお偉方の気が変わらないうちに此処の本丸を墜とさないとね~♪ あっ、あれかな?」
 アイリスが明るく言う。敵の中に、扉が見えた。

●00:10:48
「ねぇTEC」
 イーハトーヴ・アーケイディアンは途切れない敵から、少しだけ視線をそらした。
『なんでしょう、イーハトーヴさま』
「敵は特異運命座標を標的にするんだよね」
『肯定します』
「そうなると、標的になりやすい俺が離れた方がここは安全になると思うんだけど……TECはどう思う?」
 案内人は少しばかり考えた。
『はい。その作戦はとても効率的です』
「じゃあ」
『ですが、作戦開始は2秒後をおすすめします』
「えっ、2?」
 疑問、そして轟音。
 扉近くの敵がまとめて吹き飛ぶ光景をイーハトーヴは橙色の瞳を大きく開いてぽかんと見ていた。
「生存者は……いるいる。君が上手いことカバーしてくれたんだな。いやー、助かる助かる」
「お待たせー、迎えに来たよ~」
「この子をこちらで預かって頂ければ幸いなのだけれど」
 扉の向こうに、三つの影が並んでいた。

●00:09:47
『良い知らせと悪い知らせだ。本星からの攻撃は回避できたが艦が保ちそうもない。てめぇらの全力が出せるのは、あと十分ってところだ』
 通信機越しに女傭兵は言った。
「では私からは良い知らせを。母体に捕われた人はまだ生きていたわ。繭のようなものに包まれていたけれど」
「よかったぁ」
 ディチェットからの情報にイーハトーヴが胸を撫でおろす。
「今までの情報を統合すると母体の弱点は頭部かな。正確に言えば脳」
「身体に意思が伝わる前に消しとばせたら、拍手喝采雨あられってとこなんだけどね~」
 銀色の少女は腕を組み、蠱惑的な笑みを浮かべる。
「もう少しだから皆で頑張りましょう」
 オートマタの少女もまた、励ますように笑顔を浮かべた。
 誇るように華やかに、月光花のように柔らかに。二人は顔を見合わせた。
「傭兵さん達はどうするの?」
 イーハトーヴの疑問に傭兵たちは示し合わせたかのように頷いた。
「俺たちは、ここの奴らをコントロールルームまで連れていく」
「皆さんのおかげで今なら敵もいませんからね!」
「決まりだな」
 星堕を抱えた誠司が腰を上げ、それを合図に全員が立ち上がる。
「そんじゃ、反撃開始(ペイバック・タイム)と行きますか……!」

●00:06:25
 進軍・進軍・進軍(マーチ)。
 秒刻みの殲滅速度。
 怯み無き行軍速度。
 彼らの前に敵は無く、ただ累々と肉塊が重なり続ける。
 至る所に粘糸が垂らされた不気味な神殿を拝する事無く、侵入者たちは扉を開いた。
「行くよー!」
 エンジンルームの生暖かく、腐臭に満ちた空気にも恐れることなく、アイリスは飛び出した。
 天井を、床を、宙を。縦横無尽に飛び回る。
 簡易飛行と気配消失を繰り返し、敵の視界から消えるアイリスの真の目的は『陽動』。
 疾風へ至る俊足を生かした超高速の攪乱。それを捉えきれる肉眼などこの世にあろうものか。
 怒れる母は目障りな銀惑を周囲の空間ごと捕獲しようと背骨から数多の触手を生やした。
 重い腹を揺らした拍子に、中へ閉じ込められた生餌たちの姿が影絵のようにうかびあがる。
「……させないっ」
 しかし、禍々しき漆黒の立方体が阻む。
 あらゆる苦痛が詰め込まれた贈り物に耐え切れず、母体は仰け反り悲痛な叫びをあげた。
 緩と急。
 アイリスとイーハトーヴの連撃は母体に餌を食べるだけの余裕を与えない。
 母なる存在の悲鳴を聞きつけ、外の生命たちが二つの影を敵と認識した。

「こちらの準備は完了です」 
「僕も位置についた。カウントを開始するよ」
 暗がりに閃く大小二つの銃口。
 アイリスとイーハトーヴが動だとすれば、ディチェットと誠司は静であった。
 二地点からの十字砲火(クロスファイア)。同時着弾により対象の脳を完全に消滅させる。
 時間は少ない。母体が腹に閉じ込めた人間をいつ消化するか分からないからだ。
 神経が研ぎ澄まされる。
 僅かに、空気が揺れた。
 ――キシャァァァァァ!!
 本能か。はたまた影に潜んだ何者からの殺意に気づいたのか。
 震える喉を反らし、舌を突き出した母体が天を仰いで怒りを叫んだ。
 ――ようやく食料のある平和な惑星へ行けると思ったのに。
 それはまるで、神へと恨みを告げるように。
 茶と黒の瞳がスコープの向こう側を捕らえる。
 カウント、ゼロ。
「……カルネージ」
 二人のマエストロは死を手繰り寄せ、終焉の弾丸を放つ。
「カノン」


 最大火力による着弾地点は灰も残らず、断末魔すら赦さず。
 首を失った虚無なる神殿は自壊する其の身を重力に任せ床へと崩れた。

成否

成功


第2章 第7節

「ねえ、おばあちゃん。おばあちゃんってば!!」
「……なんだい?」

 微睡みに浸かったまま、白髪の老婆は孫たちの頭を撫でてやった。
 今日は朝から眠い日だった。
「あのね。屋根裏でお手紙を見つけたの」
「出さなくてもいいの?」
「こりゃあまた、懐かしいものを見つけてきたね」
 老婆は小さな老眼鏡を鼻の上に乗せ、あて先の文字を目で追うと懐かしむように微笑んだ。
「これはね。結婚式への招待状だよ」
「誰の?」
「おじいちゃんと、おばあちゃんの。世話になった恩人を呼ぼうとしたんだが、あて先不明で却ってきちまったんだ」
「ふぅん。恩人ってこんなに沢山いたんだね」
「そう、大勢いた。けどねぇ。結局、誰一人、見つけられなかったよ。もう覚えているのは名前だけ。昔、むかし。おばあちゃんがまだ宇宙で傭兵をしていた頃のお話さ」
 遠くからケーキの焼ける香りがする。
 左手の薬指にはめた指輪を撫でながら、老婆は椅子を揺らした。
「え”?」
 孫たちは絶句した。
 目の前で安楽椅子をゆらゆら揺らす、小柄な老婆を上から下まで眺めた。
「おばあちゃん、傭兵してたの?」
「そうだよ。この恩人たちはね、エイリアンと戦ったり、汚職大臣を牢屋にぶち込んだり。そりゃあすごい人たちだったよ」
「嘘だぁ」
「ふふ、今度話してあげようね」
 幸せの風の中、ゆっくりと瞼を閉じる。
「おばあちゃん?」
「ねえ、ラーラおばあちゃん」 
「ダメだ。起きないや」
「きっと疲れてるんだよ」
「ケーキが焼けましたよー」
「わーい、おじいちゃんだー!」
「ケーキ!」
 子供たちが駆けていく。
 幸せな笑い声の中、ラーラは穏やかな眠りについた。


 ――緊急通信回線を開きます。
『隊長ー! ラーラ総隊長、たすけてくださーい!! もう無理ー!!』
「あ”? こちとら孫の帰省に合わせて作戦終了させたばかりなんだよ。もう少し仮眠させろや、馬鹿野郎ども」

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