PandoraPartyProject

シナリオ詳細

神は空にしろしめし

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 真っ白なシーツが風を孕んではためき、燦々と注ぐ日光を照り返す。安普請の教会の庭で、年若いシスターは汗を拭った。孤児院を兼ねるこの教会。子供たちに手伝ってもらって尚、シーツの洗濯だけでも半日作業だ。仕事を終えた子供たちを遊んできなさい、と解放し、元気よく走り去る背中を見送って、自分はそのまま宿舎へと向かう。昼食を作り終えたら、次は掃除だ。いずれも子供たちが手伝ってくれるとは言え、全て熟すには骨が折れる。けれど。宿舎の扉の前で振り返り、駆け回る子供たちを見て、笑顔を浮かべる。そんなもの、苦ではない。
 ここに居るのは、皆、孤児達だ。シスターとて例外ではない。この時代、子が親を失くす理由など幾らでもある。死別か遺棄か、理由に程度の差こそあれど、こうして孤児院に流れ着く事は珍しい事ではない。世に災いの種は尽きまじ。縦しんば尽きたとしても、路頭に迷う子供たちが居なくなると言う事は無いのだろう。
 けれど、この孤児院に世を儚む様な子供は居なかった。皆が皆、仲良く手を取り合って、笑い合いながら生きている。暮らしぶりは清貧なれど、文句の一つも零さない。炊事も掃除も洗濯も、薪割りや菜園の世話だって、日毎に当番を決め、平等に行っていた。
 それは悲劇に見舞われた子供たちにとって確かな救いであり、報いであったのかもしれない。新しい家。新しい家族。喪ったものは戻らず、悲しみは容易に癒えるものでは無くとも、前を向いて生きる事は出来る。心身共に未発達。華奢な体の細腕で、シスターは子供たちを優しく抱き留めた。……子供たちにとってのシスターは、紛れも無く“母”だった。
 苦難の先で手に入れた、穏やかな場所。神を信じる事さえ知らない子供たちにとって、けれどもここは楽園だった。

 あの日、サーカスが来るまでは。


「良いから大人しくしろっつってんだろ! なあ……おらッ!」
 響く、打撃音。尊大な男に殴り飛ばされたシスターの体は、勢い良く床へと叩き付けられた。「大丈夫?」と駆け寄ろうとした小さな男の子が、横合いから伸びた足に蹴り飛ばされる。上げようとした悲鳴は、しかし腹を踏み付けられて掻き消えた。苦悶の表情で見上げたのは、下卑た笑顔を貼り付けた男の顔だ。
「何も取って食おうって訳じゃあねえんだ。ちょっと静かにしてくれれば、すぐに終わるからよお」
 何がおかしいのか、げらげらと笑う男達。いずれも見覚えのある顔だ。去年の暮れ、雪の降る前に冬供えを手伝ってくれた村の若衆。
 それがどうして、とは思わない。否、もう、思わなくなってしまった。これが初めてではないからだ。冬が去り、春を迎え、緑の芽吹く頃……そう、丁度村の皆とサーカスを見に行った後から、少しずつ様子がおかしくなって。一度殴り付けられた日から、堰を切ったように暴行が激しくなって、気が付けば毎日のように教会へ押し入られ、そして。
「きゃっ……!」
 乱雑に衣類を破り捨てられ、シスターは小さく悲鳴を上げる。最早出来る抵抗も無く、後は自分の身に降りかかる暴力が行き過ぎるのを待つしかない。揺れる視界の隅、怯えた様子でこちらを伺う小さな男の子に、大丈夫、と微笑みかけ、彼にこれ以上暴力が振るわれない事を神に祈った。

 やがて男達が去って行った後。シスターは呆然と天井を見上げていた。何故。何故、こうなったのか。何処で何を間違えてしまったのか。分からない。自問は空虚な心の中を反響するだけで、明確な答えなど導いてくれなかった。涙の一滴が汚れ切った頬を流れ、床に染み込んで消えていく。
 物音が聞こえた。視線だけをそちらへ動かす。小さな男の子が、瞳に恐怖を宿し、恐る恐る近付いてくる。一部始終を見られていた事に、しかしシスターは何の感慨を浮かべる事も出来なかった。醜いだろう。汚いだろう。最早この自分に、恐怖を払う為に頭を撫でてやることすら許されないのだ。慚愧の念のみが胸中を渦巻き、絶望が脳内を支配する。
 やがて頬に柔らかな手が触れ、髪を梳くように頭を撫でられる。
 ――ああ。
 慰められているのだ。そう理解した瞬間、胸の中に愛しさが溢れた。起き上がり、無我夢中で抱きしめる。自分だって怖かったろうに。泣きたいだろうに。人を慈しむ事が出来るとは! 瞳から涙が次々に溢れ出し、音を立てて床に落ちる。「痛いよ」と言う声に腕を緩め、体を離して顔を見た。小さな顔。小さな手。恐怖に揺れていた目は、抱きしめられた安堵に穏やかさを取り戻していた。
(私が守らなきゃ)
 この愛おしい子を。愛おしい子らを。決意を新たに、再度その体を抱き寄せ、頬に口付けを落とす。
 ああ。
 愛おしい。
 愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。
 愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。
 愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。愛おしい。こんなにも。
 愛おしくて――――だから――――
「ああ、ああ」
 ――私が――
 この世全ての暴力から。この世全ての悪意から。
 頬を舐め、耳を食み、くすぐったそうに身を捩る体を抱きしめて。
 ――守ってあげなくては――
 シスターはゆっくり首筋へと歯を突き立て、勢いよく喰い千切った。



「なあ、本当に良いのか」
「良いに決まってる。こいつらは、シスターに酷い事をしたんだ」
 大地に倒れ伏した男を見つめる少年が、投げかけられた質問に応える。底冷えするような、温度を全く感じさせない声。見開かれた目は、男ではない、何処かを見ているようだった。
「まずは一人、たった一人だ。何とか一人だけ誘い出して殺せたけど、残り全部が上手くいくとは限らない。皆を集めろ。作戦会議だ」
 手にした薪割り用の斧を、折れんばかりに握りしめ。
「皆で力を合わせれば、きっと出来るさ」
「アルフレッドは?」
「……あいつはおれ達の中で一番小さい。あいつは良い。今何処に居る?」
「多分、シスターと一緒だ。こいつらに酷い事されてなきゃ良いけど」
「そうか。……行くぞ、ディーン。エイベル。ジェシカ」
 短く告げ、宿舎へと足を踏み出す。う、と小さな呻き声。振り返った少年が見たのは、僅かに身じろぎする男の姿。ああ、と少年の口から吐息が漏れた。何だ。生きていたのか。
「待ってろ。今殺してやる」
 高々と掲げた斧を、男の脳天目掛けて振り下ろした。びしゃり、と湿った音が響く。



「――と、言う訳なんだけど」
 『黒猫の』ショウ(p3n000005)が一通りの事情を終えた後、気だるげに嘆息する。
「依頼内容は簡単。近頃孤児院に向かった若衆が死体になって帰って来たから何とかしてくれ、だってさ」
 指先で卓上に広げられた書類を弄り、
「何でもそこのシスター、人を食べるって噂でね。……涙ながらに訴えられたよ。『アレは悪魔の所業だ、自分達がどうして理不尽な恐怖に晒されなくてはならないのか』ってね」
 真偽の程は定かではないにしても。そう付け加えるショウのあからさまに不機嫌そうな様子に、話を聞いていたイレギュラーズの一人が疑問を呈する。
「いや、侮られたものだ、と思ってさ。いかにも被害者然と依頼して来た割に、話がどうにもあやふやでさ。調べた所、孤児院に手を出したのは若衆が先だ。だからある意味では、殺されたのは正当な報復だ、とも言える」
 しかし。
「依頼は依頼だ。請け負った以上速やかにその孤児院を制圧する必要がある。これ以上被害者を出さない為にもね。その上で、子供達やシスターをどうするかは、君たちに任せたいと思う」
 殺したければ殺せばいいし、助けたければ助けると良い。
「ま、何が救いかなんて、俺にも分からないんだけどさ」
 それじゃあ、宜しく頼むよ。そう言ってショウは話を締めくくった。

GMコメント

 こんにちは。へびいちごです。狂気に囚われたのは誰か。
 と言う訳で孤児院焼き討ちシナリオです。焼かずとも良いですが。
 参加抽選投げ込む前に、OPはしっかり確認しておくことをお勧めします。
 では、今回のシナリオですが。

・村はずれにある教会兼孤児院が舞台。広さはそれなり。小さな礼拝堂と宿舎、小さな菜園の揃ったごくごく普通の孤児院です。
・子供たちは総勢20人。最早誰も信用せず、孤児院に近付く人間を無差別に襲います。
・子供たちの直接的な戦闘能力は高くありません。ただし、地の利は完全に向こうに有ります。罠を仕掛けられている可能性もあるので、十分注意してください。
・シスターに戦闘力は有りません。
・孤児院の立ち退きと破壊がシナリオ目標です。主要犯は殺害が好ましい、とされますが、どういう対応を取るかは一任されています。

 以上。皆さんの創意工夫溢れるプレイングをお待ちしております。

  • 神は空にしろしめし完了
  • GM名へびいちご(休止中)
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年05月01日 21時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オフェリア(p3p000641)
主無き侍従
リノ・ガルシア(p3p000675)
宵歩
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
ミスティカ(p3p001111)
赫き深淵の魔女
刀根・白盾・灰(p3p001260)
煙草二十本男
ラデリ・マグノリア(p3p001706)
再び描き出す物語
グリムペイン・ダカタール(p3p002887)
わるいおおかみさん
アンネリース(p3p004808)
炎獄の魔女

リプレイ


「騎士様に言う事なんざ何もねえよ。他を当たってくれ」
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の目の前で、ドアが冷たく閉められる。傍に立つ『屑鉄卿』刀根・白盾・灰(p3p001260)は「これで三件目ですな」と、化粧で整えた顔を歪めてうんざり顔だ。
「次に行くわよ」
「へい」
 奇異の眼で見られぬよう、視線だけを巡らせる。村人は全員、彼女の姿を見た途端に目を逸らした。中には家へと身を隠した者も居る。見た所観光資源は無く、人の往来も少ないだろう。となれば、余所者を受け入れるという土壌そのものが育っていない。そしてそれ以上に。
「後ろ暗いのね」
 いっそ剣を抜けば良かったか。物騒な思考を頭から追い出し、次の家の前に立つ。覗いた隔意のある面持ちに、またか、という言葉を飲み込んだ。



「……中々ふるいませんね」
 嘆息と共に、『主無き侍従』オフェリア(p3p000641)が零す。商売が、ではない。情報収集の方だ。待って居ては中々埒が明かず、家々を回る事になったのだが。初めは警戒しながらも話を聞いてくれる村民たちだが、孤児院の話題を出すと露骨に顔を曇らせる。商売の為だ、と言葉を次いでも「あそこにそんな余裕はない」だの「行っても無駄だ」だの。商売の為と理由を付けている以上、あまり食い下がる訳にもいかない。
 無論収穫が無い訳では無いのだが、ギルドで提供された情報と大差はなかった。裏付けを取れただけ十分と見るか否か。
 まだ諦める段階ではない。気合を入れ直し、淀んだ空気の中歩き出す。



「ねえちゃんみてえな美人に酌して貰えるたぁ、俺もツイてるもんだぜ」
「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない」
 吹きかけられる酒臭い吐息に嫌悪感を抱きつつ、『宵歩』リノ・ガルシア(p3p000675)は体へと伸びる男の腕をやんわりと払いのけ、艶然と微笑んだ。そそくさと逃げる村人の中、昼間から飲んだくれているこの男に出会えたことは幸運なのだろう。上手い事男の家に上がり込み、思う様酒を煽らせて判断力を奪い去った。すっかり出来上がった男は、多くの情報を齎してくれた。
「受け入れ先、っつってたがな、あそこだけはいけねぇよ。何てったってあそこのシスターは人を食うからな」
 知っている。
「昔は可愛げも有ったんだがなあ、前のシスターがおっ死んじまってから大人になっちまったってえか。愛想笑いばっかりするようになってよお」
 まあ、体の方は俺が大人にしてやったんだがな! 下卑た笑い声に、成程この男がこちら側の実行犯か、とリノは得心する。
「おじちゃん、おじちゃんって言ってたあのガキがよお、体の方はすっかり大人で…昔とは……見違えて……」
 次第に途切れがちになっていく言葉。酒が回ったか。リノは窓の外へ目をやった。情報は得られたが、時間は失った。雲の向こうの陽はどれだけ傾いただろうか。
「あれ……何で……俺……あんな事……あれ……」
 様子がおかしい。視線を戻せば、顔面蒼白となった男が体を震わせていた。視線は何処にも合わず、眼球は痙攣するように落ち着かない。息を呑み、体を掴もうと伸ばした手が乱暴に振り払われる。男はそのままテーブルナイフを掴むと、
「おれはああああああああアア!!」
 自分の喉に、深々と突き立てた。
「チッ!」
 舌打ちと共に、うつ伏せに倒れた男をひっくり返す。息は無い。狂った。否、正気に返ったのだ。
 リノは悪態を一つ零すと、男の死体をそのままに、仲間と合流する為に家を出た。



 孤児院の上空を、鳩と烏がゆっくりと旋回する。『赫き深淵の魔女』ミスティカ(p3p001111)と『炎獄の魔女』アンネリース(p3p004808)の呼び出したファミリアーだ。ミスティカ本人は村で情報収集を行い、アンネリース本人は孤児院の近くまで人質確保の為近付いている。
(敷地面積はそれ程広くなく)
(礼拝堂も宿舎もオンボロだ)
 互いに意思の疎通こそ図らないものの、同じ視点から同じ知見を得ていた。古臭い礼拝堂。古臭い二階建ての宿舎。菜園も二十人分を賄うには狭すぎて、僅かに実る野菜では全員の腹を満たす事は叶わないだろう。防護設備と言えば、村に面する側に設えられた木製の防護柵くらいの物だろう。それ以上は、上空からでは分からない。
 視界に『信風の』ラデリ・マグノリア(p3p001706)の姿が映る。『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887)のファミリアーも。ラデリは菜園から、グリムペインのファミリアーは孤児院の周囲をぐるりと走り、それぞれ偵察を行っていた。
 巡回していた子供達五人が、宿舎から出て来た五人と合流。軽い問答の後、巡回していた子供達が宿舎の中へ入って行く。代わりに出て来た子供が巡回を始める。
(呆れた周到さだな。本当に子供なのか?)
 見れば分かる体躯の小ささだが、先を尖らせた木の棒を長槍よろしく構え、整然と歩く姿は無邪気さとは程遠い。それに何より、
(これはまた。凄い面相だね)
 特徴的なのはその顔だ。皆一様にドス黒い隈取の様なものを顔に拵え、ぎらぎらとした目で周囲を伺っている。尋常では無い。
「雨、降りそう?」
「駄目よディーン、休んでないと」
 宿舎の窓から顔を出した子供が声を掛け、巡回中の子供の一人が嗜めるように言う。
「ごめんジェシカ、でも何だか眠れなくてさ」
 苦笑する少年が、空を見上げる。「待ってて」と彼は窓を閉めると、やがて勝手口から姿を現した。
「ディーン!」
「ごめん、ってさ!」
 ぐしゃり、と鈍い音。少年の足が、屋内へ侵入しようとしたファミリアーを踏みつぶしていた。それだけには留まらず、尖った木の棒を執拗に突き刺す。動かなくなった事を確認し、ぐるりと周囲を見渡した。後ろから、ぞろぞろと子供達が外に出る。武器を持つ者は少数だが、それでも皆尖った木の棒を帯びていた。中には石を抱える者も居る。紐のようなものは、恐らく投石紐だろう。それが、全部で二十人。
 ラデリは悪寒に身を震わせた。拙い。アンネリースは近くにいる。二人で切り抜けるか。否。万が一にも、共倒れは避けなければ。
 結論から言うならば。数分後にはラデリは子供達に捕まっていた。勿論抵抗はした。が、数の力で押し負けた。子供達には負傷者は出たものの、大きな損害を被るに至っていない。
「どうして分かった」
 投石紐に骨を砕かれ、あちこちから木の棒を生やしたラデリが吐き捨てる。自棄ではない。未だ魔女二人のファミリアーは健在だ。伝えられる情報は、少しでも伝えねば。
「悪い魔女には、使い魔が居るものでしょ?」
 と屈託なく笑った。



 想定以上に状況が悪い。外周部の罠の配置、逃走経路、内部構造、孤児の人数と名前の把握は出来たが、偵察を看破された上、人員の一人が捕縛された。数日は警備も強化されるだろう。が、厳戒態勢が解けるのを待つ程の時間の余裕は無い。日もとうに暮れている。
 それぞれマスクで顔を隠し、孤児院へと向かう。月の光のひとかけらさえ無い夜を、僅かな光源を頼りに。
 やがて視界に入った孤児院から、空を切って礫が飛ぶ。カンテラの光目掛けて飛ばされたであろうそれは、狙いを外してイレギュラーズの前の大地を抉った。視線を交わして頷き合い、大地を蹴って走り出す。連続する、礫の飛来する音。幾つかが体を打ち据え、額を打った。しかし、止まる訳にはいかない。防護柵を蹴り倒し――柵の無い部分に落とし穴が掘ってあるのは、事前の偵察で既に判明していた――全速で駆け抜ける。
「中へ!」
 近付かれる前に仕留め切るのは無理だと判断したのだろう、五人の子供の内、四人が宿舎の中へと駆け込んだ。残る一人はミスティカのマジックミサイルを背に受け、ドアの中へと吸い込まれて行った。広がる爆風に、ドアが煽られてばたりと閉まる。攻撃の為一歩出遅れる形となったミスティカが叫ぶ。
「気を付けて!」
 外での戦闘を放棄し、早々に宿舎の中に引き挙げた。で、あれば。そこは虎口だ。鬼も蛇も巣食う、胃の腑への入り口。開け、遮蔽の無い空間よりそちらを選ぶのは自明か。彼らとて、ただ蹂躙されるだけの獲物では無い――
「ッ!」
 それはすぐさま形を持って証明される。
 気が逸った、と言う訳でも無いだろうが。扉を蹴破り、我に続け、と屋内へ駆け込んだ刀根の姿が掻き消えたのだ。何てことはない。落とし穴だ。誰にでもすぐに気付けただろう――直前に、子供たちが駆け込むのを見ていなければ。
(思考誘導!)
 防護柵の間の落とし穴にしてもそうだ。悪辣だ、とドアの横に捨て置かれた裏返しのままの机を見てイーリンは歯噛みする。自分たちが駆け込んだ後に蹴り押し、穴を露出させたのだろう。
「アンネリース! ドア横三人!」
「了、解ッ!」
 言葉に、アンネリースは両の肩を掻き抱いた。そのまま爪を立て肉を抉り、引き千切る。傷口から零れ落ちる血が螺旋を描き、宙に真紅の槍を形成。カンテラの明かりを受けて艶めく槍が狂おしく捻じれながら飛翔し、ドア横の壁を撃ち抜いた。同時に、残るメンバーが入口へと飛び込む。
 壁だった物の残骸と子供達の死体を踏み越え、素早く視線を巡らせる。刀根は。
「ッ……してやられましたな」
 引き攣れた笑い声を発しながら、自力で穴から這い出して来た。
 眼球を穿った木の棒を引き抜いて捨て去り、喉に刺さった棒も抜いて咳をする。早々にパンドラを切らされるとは。しかし、その眼はぎらついた光を帯び、口元は凶悪に吊り上がっている。加減などするつもりも無かったが。これで言い訳も立つという物だ。
 床の軋む音。頭上に落ちる埃に、気付いたのはオフェリアだった。
 この臓腑の中、包囲を警戒していたのが功を奏した。天井を突き破って落下する子供の奇襲を間一髪で避ける事に成功したのだ。
 鼻先を手斧の刃が霞め、髪の幾束かが宙を舞う。反撃に振り回したサイズは柄で子供の体を殴打するに留まり、致命傷を与えるには至らない。
 反対側、個室から飛び出した子供が、イレギュラーズへと手を差し向ける。
「させないよ」
 しかし彼が何かをする前に、外から窓をぶち破って侵入したリノが後ろから首根っこを捕まえた。人質として運用すれば良いだろう。もがく子供にナイフを突きつけ、その手から放られた何かを首を傾げて回避する。顔の横を掠め、
「――――!?」
 驚愕に目を見開く。廊下の奥へと回転しながら飛んでいくそれを、止める術は持たない。いつの間にか姿を現していた子供がそれを受け取ると、改めてリノへと黒々と輝く銃口を向けた。
 発砲。
 弾丸はリノの腕を貫き、僅かに弾道を変えながら胸部へと吸い込まれた。何故、との疑問も浮かばない。あの銃は見覚えがある。ラデリの物だ。反撃に放とうとしたナイフは人質の子供に指ごと食い千切られ、叶わない。傾く視界に、奪い取られたナイフが振り下ろされるのを見た。
「させないよ」
 グリムペインの手によって、頭上に橋の幻像が結ばれる。実体を持った一部が子供の頭部を殴打し、その首を圧し折った。リノと子供。二人の姿に射線を遮られ、銃撃を認識する事さえ出来なかったが、致命的な一撃だけは妨げる事が出来た。平静を装う裏で、ひっそりと冷や汗をかく。
「逃げろ! ジェシカ!」
「……ごめん、エイベル!」
 先に確保されていた子供が叫ぶ。刀根が盾で人質の子供を殴打し口を塞ぐが、同時に銃を持った子供が身を翻して駆けていく。
「この子を見捨てるの!?」
 声は虚しく響き、遠ざかる背は止まらない。グリムペインの術式も間に合わない。駆け付けたミスティカとアンネリースがそれぞれマギシュートを放つが、距離が遠い。離脱が先だ。
「後を追うわ。残りはお願い」
 イーリンがラムレイに跨った。子供の足だ。そう遠くへは行けまい。すぐに追いつく事だろう。
「他に逃げだす子供は……いないようだね」
 マスコットに反応が無い事を確認し、グリムペインが零す。だとすれば、残りは上階か。蹄鉄の音を見送りながら、さて、と気合を入れ直す。
「ざまあねえ」
 腫れた顔で笑う子供を、再度刀根が殴り付ける。静かにさせようか、とアンネリースがギフトを発動。
 子供の目が見開かれ、顔が苦悶の色に染まる。叫び声こそ上げなかったものの、その顔は青褪めていた。視線は彷徨い、冷や汗が滝のように流れ落ちている。
「死にたくないのなら、逆らわない方が良いですよ」
 オフェリアの言葉への返答は、は、と短い笑い声だった。
「死ぬさ。どうせ死ぬ。あんたらに殺される」
「そんな事は」
「そうかい」
 言葉と同時。人質の子供が思い切り身を捻った。関節が外れ、骨の折れる音が響く。落ちていた手斧へ手を伸ばし、
「がッ――」
 刀根に殴打されて転がった。当たり所が悪かったのか、ぴくりとも動かない。
「不可抗力ですから。仕方ありませんよね?」
 にこやかにそう告げる刀根に悪びれた様子も無く。残る面々は溜息を零すと、次の一歩を踏み出すのだった。




「追いついた」
 宿舎から少しだけ離れた位置で、イーリンは逃げた子供と向き合っていた。
「駄目、か」
「ええ。駄目ね」
 やり取りは短く。意味だけは多重に。
「今頃はもう、制圧も済んでいるでしょう。諦めなさい」
 そっか、と零すその顔は何処か晴れやかで。
 だから彼女が自身のこめかみへと銃を押し付けるのも、何ら不自然では無かった。
「ごめん、ディーン、エイベル。今行くからね、ジノ」
 銃声が闇夜に響き、命の灯がまた一つ零れ落ちる。




「追い詰めた」
 宿舎の二階で、イレギュラーズは最後の一人と向き合っていた。
「駄目、か……僕は頑張った方だよな、ジノ」
 片腕を負傷した少年は、降参とばかりに手を上げる。殺したければ殺せばいい、と言外に言う彼を縛り上げると、一行は礼拝堂へと向かう。
 外で死体を抱えて戻ってきたイーリンと合流。「残りは?」と問う彼女に、大概は死に、生き残っている子供も縛り上げて転がして有る、と誰ともなく答える。
 一行は礼拝堂の扉に手をかけた。最早、何も起こるまい。一息に開け放つ。
「あら?」
 そして、信じられない物を見た。
「ああ、良かった。私ではどうにも出来なくて」
 蝋燭の明かりが灯る礼拝堂の中央。嫋やかに微笑むのは、襤褸切れの様なシスター服を纏った女性だった。痩せ細った手。湶の浮いた体。土気色の顔には、未だ少女の様なあどけなさが残っていた。
「ほら。言った通りでしょう? 信じる者は救われる、って」
 囀る様に笑うと、シスターは膝の上の頭を撫でる。そこにあるのは、縛り上げられたラデリの姿だった。充血した目で、枯れた声で、ひたすらに呻いている。
 仲間達が駆け寄り、まずは猿轡を解いた。無事か、と問う声にも構わず、ラデリは「頼む」と小さく零す。
「頼む」
 頼む。頼む。譫言のように、それだけを。
「私では力不足で。不安を除いてあげられなくて。御免なさいね」
 眉尻を下げて微笑むシスターの体が、唐突にくの字に折れた。嘔吐し、粘つく水音が礼拝堂に響き渡る。ああ、と吐瀉物を前に、シスターが表情に慈愛を浮かべた。
「もう、アルフレッドったら。はしゃいじゃって。ジノも年長者なんだから、いい加減になさい」
 苦しそうに喘ぎながら、シスターは吐瀉物を掻き集める。時折見える白い何かは、恐らく骨だろう。彼ら、子供達の。
 掻き集めた吐瀉物を飲み込むシスターを前に、誰もが言葉を失う中。おお、とラデリが吠えた。目の前で幾度となく繰り返されたその光景に、悍ましさなど最早無い。

 この女は、人食いなどでは、無かった。
 ただ愛した子供たちを守ろうとする一心で、その胎に彼らを収めたのだ。
 羊水の中、微睡む子供たちを慈しむ様に。
 狂っている。何処までも。優しいままに、狂っていた。

 拘束を解かれたラデリが駆ける。シスターの首に手をかけ、そのまま締め上げた。
 終わらせねば。こんな地獄は、終わらせねばならない。
「御免なさい」
 締め上げられるシスターが、掠れた声で、それでも優しく微笑んだ。
「貴方の苦しみ。貴方の悲しみ。私にはどうする事も出来ないけれど」
 大丈夫、と。子供達に捕まってから、ずっとラデリが聞き続けた言葉を吐いて。
「貴方の道に、祝福が有りますように」
 骨の折れる音が響き、シスターの体が弛緩する。



 夜が明け、生き残りは村人の前に差し出された。
 初めは遠巻きに見るだけだったの彼らだったが、誰か一人が石を投げると、続けざまに石が放られる。こうなれば、最早止める術も無い。彼らが生き残る事も無いだろう。
 子供たちの中でただ一人、イーリンに確保された少女だけが、それを眺めていた。
 シスターは正しかったのだと。嬲り者にされ、死体を曝されるくらいなら。初めから。
 その耳には、最早誰の声も届くまい。地に伏し、砂を噛み、涙を零して呪詛を吐き散らす、彼女には。
 イレギュラーズは孤児院へと引き換えし、各々破壊活動を開始する。
 家屋を壊し、畑に塩を撒き、油を撒いて火を点け、青空へと吸い込まれて行く黒煙を見送った。やがて火の消える頃、そこには何一つ残っていなかった。
 子供たちの笑い声も、如何なる狂気の欠片さえも。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

リノ・ガルシア(p3p000675)[重傷]
宵歩

あとがき

  ご参加有難う御座いました。へびいちごです。
 好きと得意は違うのよ! と言いたい所ですがそれはさておいて。
 狂気シナリオと言うだけあって色々盛れるだけ盛ったのですが、文字数に負けて書ききれない部分も多々ありました。脳内で補填して頂ければ幸いです。ジノ君とかジノ君とかジノ君とか。
 あまり色々言うのもなんなので、この辺りで筆をおかせて頂きます。
 機会が有ればまたお会いしましょう。

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