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シナリオ詳細

再現性東京1980 汚されたラーメン

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●昼下がり
 暖簾を潜ると湯気と脂の気配が出迎えた。
 店主が読んでいたスポーツ新聞を下ろす。
 丸みを帯びたブラウン管は店の隅で野球中継を映し、日に焼けた扇風機が店の空気をかき回していた。
「いらっしゃい」
 店主がカウンター席を示す。
 椅子まで見事に磨き抜かれていて、衛生面にも気を遣っているのが分かる。
「これを頼む」
 レイニー・ブルーが大きな指で、壁にかかったメニューを指差す。
 店主は無言でお冷やをレイニーの前に置き、たっぷりの麺を熱湯で茹で始めた。
「1980か」
 手に取りやすい位置に、分厚い漫画雑誌が並んだ棚があった。
 店名とご自由にという単語が書き込まれているので読んでも良いのだろう。
 興味深げな目をして、レイニーは情念を感じさせる絵と物語をしばし楽しんだ。
「どうぞ」
 大きなドンブリが静かに置かれた。
 塩と油の香りが湯気とともに立ち上る。
「頂こう」
 雑誌を元の位置へ戻す。
 レンゲでひと匙すくってスープを味わい、割り箸を割って麺を一気に啜る。
 鉄騎種の中でも特に逞しいレイニーは、咽せることも熱がることもなく味と香りと噛み応えを楽しんだ。
「お客さんは観光で?」
 少なくなったお冷やに新しい氷と水が注がれる。
「観光と商談だ。店で使う野菜は近場の農家に頼んでるが、それだけって訳にもな」
 舌でラーメンの味だけでなく材料も推測し、メニューにある値段を見て目を細める。
 ここの店は、技術も経営もなかなかのものらしい。
「……混沌生まれの方には、この街はどう見えますか」
 店主は炒飯と餃子にとりかかる。
 レイニーはアルコールを頼むかどうか悩んでいる。
「俺の趣味とは違うが」
 店主の手元から目を離して店内を見渡す。
 一般的な練達より過去を感じせ、しかし全てが調和している。
「少なくともこの店は気に入った」
 店主が軽く頭を下げ、どっしりとした大皿を2つ並べた。
「あんたも日本出身なのか?」
「はい。詳しいですね。箸の扱いもお上手で、啜るのにも慣れてなさる」
「知り合いに出身者がいる」
 箸で複数の餃子をつまみ、残りのラーメンを汁ごと飲み干す。
 店主はすぐには応えず、冷やしたジョッキに適温の麦酒を注ぎ、空のラーメン丼と入れ替えた。
「きっと貴方のお知り合いとは違う日本です」
「そうか」
 深くは聞かない。
 店主は戦士の体格ではない。
 なのに微かに戦地の気配を漂わせている。
 きっと色々なことがあり、この地を訪れたのだろう。
「む」
 レイニーがレンゲを止めて炒飯の皿に下ろす。
 店の奥にいた客に、不審なものを感じとったのだ。
 店主は気付いていない。
 無銭飲食程度なら骨を砕いて止める訳にも……とレイニーが考えたタイミングで、怪しい客がよれよれの白衣から大きな瓶を取り出した。
 レイニーは誰よりも速く動く。
 他の客を入り口へ押しやり、店主にも退避するよう促しながら怪しい客を警戒する。
「へっ、へへっ」
 顔には見覚えはない。
 だが、捨て鉢な悪意と未熟な殺意は何度も見たことがある。
 学者崩れのテロリスト。
 近くに魔種がいれば使い捨てにされる程度の、小物だ。
「へっ?」
 瓶を取り落とす。
 床に落ちる前に蓋が外れ、怪しげな光を纏う粉が店内の一角を襲う。
 食べかけのラーメンに粉が吸い込まれる。
 数秒して、ラーメンのどんぶりから容量の数十倍の麺がのびて、形を為した。
「ふへ、へ、見ろぉ! これが私の研究成果だぁ!!」
 どんぶりを被ったラーメン触手の異形。
 要するに、ただのモンスターだ。
「どうして怪人が。あんな、あんな世界とは縁が切れたと思っていたのにぃっ!」
 店主が混乱する。レイニーは彼を守るだけで手一杯になる。
 彼の名は五郎坂三郎(42歳独身)。
 特撮番組に悪として登場しても違和感がない組織が暴れる日本出身の、ただの料理人である。

●1980へ
「再現性東京って知ってるです?」
 お昼時、ちょっと腹減りな表情で『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が説明する。
「イレギュラーズが仕事してもいいってことになったです」
 ユーリカは1枚の写真を取り出した。
 実験室らしき場所で何かを混ぜている、不健康な顔色の研究者だ。
「食べ物をモンスターに変える薬? の開発者なのです」
 薬は完成した。
 薬によって生み出されたモンスターは命令をほとんど聞かず、数時間で崩壊してまうのに高コストという形でだが。
 勤め先である企業から開発の中止と部署異動を命じられた研究者は、予算を使い切って作った薬を持って逃亡中だという。
「薬を使って騒ぎを起こすかもしれないです」
 危険な勢力への薬の売り込みや、恨みを晴らすための突発的な行動をする可能性もある。
「1980街での目撃情報があるです。見つけて、捕まえて、無事に帰って来てください!」
 そう言って、ユーリカはイレギュラーズを送り出すのだった。

GMコメント

●再現性東京(アデプト・トーキョー)とは
 練達には、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地区がある。
 主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、『東京』を模した特殊地区。
 その内部は複数のエリアに分けられ、例えば古き良き昭和をモチーフとする『1970街』、高度成長とバブルの象徴たる『1980街』、次なる時代への道を模索し続ける『2000街』などが存在している。イレギュラーズは練達首脳からの要請で再現性東京内で起きるトラブル解決を請け負う事になった。


●成功条件
 ラーメン怪人達の討伐。
 首謀者は逮捕でもOK。


●ロケーション
 敵がいるラーメン屋は、住宅地にある店としては大きいもののイレギュラーズが全力を出すには手狭です。
 店は再現性東京1980街の住宅地にあります。
 入り口から出ると、坂に通じる大きめの道があります。
 勝手口から出ると、住宅が密集した場所に出ます。
 時間は昼下がりです。子供は学校で勉強中、ご両親は出勤中なので人口密度は低いです。
 ラーメン屋も付近の住宅も適切な保険に入っているので、火災や人死にが発生しない限り、住民は元の生活に(多少時間はかかるかもしれませんが)戻れます。


●エネミー
『ラーメン怪人』×10
 元気にうごめくラーメンで出来た、成人男性サイズのモンスターです。
 目はチャーシュー、帽子の代わりにラーメン丼を被っています。
 『道を外れた科学者』を襲うことはありませんが、『道を外れた科学者』の言うことをほとんど聞きません。
 肉食で、特に生きているものを好みます。
 2時間で力尽きて崩壊します。

 <スキル>
 ・麺パンチ :物近単【必殺】 大威力。
 ・抱きつく :物至単【毒】【痺れ】【乱れ】 低命中。

『鶏ガラスープスライム』×1
 『薬』と鶏ガラベーススープが反応して誕生したスライムです。
 全高2メートル、幅は3メートル近く、大きな鍋が中心で浮いています。
 入り口か勝手口に到着するとそこで詰まる可能性有り。
 人間を食べはしませんが、自らを息継ぎなしで飲ませようとするので人間を窒息死させる可能性があります。
 知能なし。3時間で力尽きて崩壊します。

 <スキル>
 ・スープ飲み強制:物近単【呪殺】【窒息】【ブレイク】
 ・美味しい息  :神遠範【怒り】【無】【恍惚】

『道を外れた科学者』×1
 マッドサイエンティストになれなかった研究者です。
 本人は『ラーメン怪人』や『鶏ガラスープスライム』に命令を出して資金調達(強盗)や憂さ晴らしをしているつもりです。
 空になった薬瓶を、得意気に振り回しています。

 <スキル>
 ・なし


●他
『薬』
 既に使い尽くされました。
 開発を継続しても、これ以上の改善は不可能です。

『『雨宿りオーナー』レイニー・ブルー』
 戦闘力はありますが、他の一般人が危険にならない限り『店主』の護衛を優先します。
 店の中に、新品種の野菜サンプルが入った箱を置き忘れています。

『店主』
 危険な世界出身の旅人で、苦労の末に1980街に店を構えました。
 過去の辛い記憶が甦り冷静な判断と行動が出来なくなっています。天涯孤独。

『店員&客』
 店の外へ避難済みです。

『地域住民』
 既に家から出て、道を通って避難してる途中です。


●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 再現性東京1980 汚されたラーメン完了
  • GM名馬車猪
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年07月28日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

フェリシア=ベルトゥーロ(p3p000094)
うつろう恵み
武器商人(p3p001107)
闇之雲
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
風巻・威降(p3p004719)
気は心、優しさは風
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥
ステラ・グランディネ(p3p007220)
小夜啼鴴
ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)
あいの為に

リプレイ

●避難誘導
 夏の日差しで熱せられたアスファルトが、避難中の人々の体力を容赦なく奪い取る。
 消耗は判断力の低下に繋がり、使い慣れた道で迷ってしまう者までいた。
「こちらには、来ないでください」
 耳が痛くないのが不思議なほどの大音量が届く。
 若い母親の動きが止まり、危機感が刺激された幼子が泣きもせず母を安全な場所へ引っ張ろうとする。
「ラーメン店で事件が発生しています。わたし達、ローレットから派遣された特異運命座標が鎮圧中です。慌てず、走らず、喋らず、確実に遠ざかって安全な場所を目指して下さい」
 『うつろう恵み』フェリシア=ベルトゥーロ(p3p000094)が口を閉じて喉を触る。
 普段とは違うはきはきした喋り方はちょっと疲れる。
 ラーメン屋の入り口から転がり出て来たサラリーマンを見つけ、覚悟を決めて喉の酷使を再開した。
「表に出た方は、走って逃げてください」
 男達は1980街にはいないはずの海種を見てぎょっとして、しかし麺で出来た異形とは違って友好的であることに気付く。
「またここで……ご飯を食べれるようにします……から」
 フェリシアは戦闘するよりも疲れ、普段の口調が出てしまう。
「わ、分かった」
「店主をを助けてやってくれ。頼むっ」
 足手まといにならないことが最大の貢献だと判断し、男達は早足で戦場から離れるのだった。

●救出
 『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)の鋭敏な知覚は、店内に漂う香りから麺の素材や鶏ガラの質まで正確に捉えていた。
 2000年どころかはるか未来まで経験している彼女が凄まじく久々に感じる味だ。
「あァ? 誰だァ?」
 研究者崩れが間延びした声をあげる。
 汰磨羈の凶悪な視線に気付けないほど、精神の均衡が崩れていた。
「食べ物を粗末にするとバチが当たる。そんな言葉を知っているか? 更に言うと……食い物の恨みは恐ろしい、だ!」
 木行のマナを自由電子に変換。
 暴れようとするエネルギーの方向性を与える。稲光が宙を蛇行し外を目指していたラーメン状の怪人に直撃、吹き飛ばした。
「俺の店がっ!?」
 店主の顔色が死人同然になる。
 金銭的には保険があるとはいえ、店内の備品はもう一度手に入るかどうか分からないのだ。
「安くない土地とコストをかけてでも、かつていた場所の面影を求めたいって事かね」
 『闇之雲』武器商人(p3p001107)は店主のこだわりを正確に見抜く。
「安心おし。たとえ店が無事でも店主が怪我をしていては無意味、店は極力壊れないように取り計らう」
 前髪で眼を隠した美貌が妖しく微笑む。
 徹頭徹尾普通の人間でしかない店主は、これまでとは別の理由で混乱した。
「手を打つのはアタシじゃないけど、ね」
 武器商人は店主の横を通り過ぎて『雨宿りオーナー』レイニー・ブルーの横に立ち、恐るべき高速で放たれた麺を危なげなく防いだ。
 遠慮も容赦もない銃声が連続する。
 久々に聞いた音に店主がパニックになりかけ、しかし硝煙の臭いがないことに気付いてますます混乱する。
「ふふふ……不幸中の幸いでしたね、銃撃戦に巻き込まれてお店が壊れる……というのは、ある種のお約束ですのに」
 『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)は弾倉交換はせず、弾倉に魔力の弾丸を直接再生成する。
 麺の怪人からの反撃はない。
 流れ弾などのコラテラルダメージを防ぐ結界はかなり広く展開可能であり、外から入り口を通して怪人に弾を当てることも可能だった。
「ここはアタシ達に任せてアンタ達は安全なところに落ち着いて動いて、ネ?」
 『Ende-r-Kindheit』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)が至近距離からの上目遣いで店主にお願いする。
 1980基準で未成年に見えるのに体のメリハリは素晴らしく、まだまだ枯れていないラーメン職人の欲が刺激される。
 メルヴィは気付いた上でほっとする。
 生き延びる気がない人間を助けるのは困難だ。この状況では、どんな欲でもないよりはあった方がマシだ。
「はいこっちに来てー」
 触れられそうで絶対に触れさせない距離を維持しながら、ミルヴィは巧みに店主を操り入り口から外へ連れ出した。
「俺が何言っても動かなかったのにな」
 男ってそんなもんだよなと、『雨宿りオーナー』レイニー・ブルーが呆れと共感が混じった苦笑いを浮かべる。
「おやっさん?!」
 普通の少女の要素と魔性の色香が違和感なく混じった気配が入り口から現れた。
「リカ?」
 レイニーが油断なく警戒する。
 身内のふりをして油断させて襲ってくる敵など何度も経験しているからだ。
 『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)は冷たささえ感じる眼で観察され、照れたように微笑んだ。
 夢魔の色香に惑わされない強靱さと、利香が本物なら謝らないとなというお人好しな部分が以前会ったときのままで嬉しい。
「ローレットの仕事中ならおやっさんはよせ」
 本物と判断してレイニーの目元が柔らかくなる。
 利香の悩みも身の上も知った上で受け入れてくれる、彼女が色抜きで尊敬する男であった。
「なかなか帰って来ない薄情者はおやっさんで十分ですよ!」
 魔剣を握る手から無駄な力が抜け、充実した気力より桃色の雷が刀身だけでなく利香自身も彩る。
「さあ、出てった出てった! あ、おやっさん。ちゃんとそこの野菜を忘れちゃダメですからね!」
「応、リカも油断するなよ」
 大きく重い箱を指の力だけで掴み上げるレイニー。
 元の世界の記憶の無い利香は1980の店内を興味深げに一瞥し、飛び抜けて気配の強いものに視線を固定する。
 スライムにしか見えない鶏ガラスープが、美味そうな匂いを撒き散らしてにじりよる。
「食い気より色気ですよ! いひひ♪」
 濃すぎて実体化しそうな色気を纏う彼女がウィンクすると、桃色の煙がスープの体にじわりと染みこんだ。
 スライムの巨体が動き出す。
 戦歴豊富なレイニーが外でおっと声を出すほど、捕まれば最後の雰囲気がある。
 敵は他にもいる。
 住宅地の店としては広くても戦場にするには狭い店舗の中に、麺製の怪人が10体も蠢いているのだ。
「ローレットから参りました。撤退を支援します」
 『小夜啼鴴』ステラ・グランディネ(p3p007220)が立ち止まり怪人を待ち受ける。
 怪人は互いが邪魔でステラを包囲することは出来ないが、麺の長さを弾力を活かしたパンチを2つ重ねることは可能だった。
 ステラが後の先をとる。
 最も見事なラーメンパンチを放った個体に、カウンターで掌底をぶつけて机のある場所まで跳ねとばす。
 保護結界がなければテーブルと椅子がそれぞれ複数買い換えになっていたはずだ。
 ステラの反撃は止まらない。
 次の個体のラーメンパンチを左腕で払って右の肘を打ち込む。
 遠くまで跳ぶことはなくても、怪人を怪人たらしめる要素が大きく削られた。
「武器商人さんに助けられましたね」
 8体の怪人が武器商人を執拗に狙っている。
 創造主である白衣の男が別の者を狙うように喚いているのに、どの個体も聞く様子はない。
 武器商人を倒さなければ死ぬより酷い目に遭うと確信しているかのように、全ての力を振り絞って殴り続けている。
「必殺の拳も、通らなければ微風を生む扇風機と変わらぬものよな?」
 武器商人は目の前の怪人を評価している。
 未熟な意図と技術で創られた割りには出来が良い。
 だからせめてもの礼儀として手を抜かない。
 その結果、怪人は命が終わるときまで武器商人に苛まれることになった。

●ラーメン完食
「参ったな」
 『気は心、優しさは風』風巻・威降(p3p004719)は無意識につぶやいてしまった。
 古風な割り箸も安全面で難がある扇風機も、風巻にとっては懐かしく感じられる。
「まるで……」
 世界すら異なる故郷を強烈に思い出す。
 そんな彼に、奇跡的な確率で武器商人の意識誘導に抵抗したラーメン怪人が襲いかかる。
 否、襲いかかる前に待ち構えていた分厚い刀身に刺し貫かれた。
「さすがに頑丈ですね」
 全身を痙攣させながら麺で出来た拳が繰り出され、風巻は特に焦る様子もなく右に半歩動くことで躱す。
 切っ先の動きがわずかに変化させることでラーメン怪人の動きを誘い、怪人の防御動作を的外れな行いに変える。
「まずは1つ」
 頭部ではなく、比較的強い気配のする胸を突き刺し奥をえぐる。
 麺と麺の結合が解け、地面に落ちる前に全ての力が使い尽くされ細かな塵と化す。
 空気の流れに乗り、換気扇から外へ排出されていった。
 麺と銃弾が飛び交い刃が振るわせる戦場で、フェリシアが時間経過を計算している。
「掛け直し……ます」
 命の一部をエネルギーに変えて味方へ供給する。
 詩に魔力を込めて戦う人々の体を活性化させる。
 1つ1つは小さな効果でも、多数相手に攻防を繰り広げる前衛と攻撃担当にとっては大きな援護だ。
「もう……休んで下さい」
 わずかな命を戦いのみに費やす怪人へ子守歌を唄う。
 フェリシアは善意でも術の効果は残酷で、歌はセイレーンの如く麺怪人を惑わせ一部に同士討ちを起こしてみせた。
 金と銀の輪が武器商人を囲んでいる。
 直径で2メートルほどもあるのに驚くほど緻密な装飾で、何故か天文学的サイズの惑星環を連装させる。
 累計で3桁はされた攻撃を完全に無効化し、武器商人を無傷に保っていた。
「私の怪人がぁ!?」
 科学者崩れが騒ぐ。
 怒っているだけで怪人に対する愛情等は皆無だ。
「たまたま当たりを引いて、勘違いしたのかね?」
 兵器としてもテロの道具としても使い勝手が悪いとはいえ、ただの食べ物を戦闘員に変えるというのは強力な効果だ。
 一生に一度の幸運で作れた薬を自身の実力と勘違いした結果が、居住区での凶行だった。
 戦闘ではイレギュラーズが圧倒的有利だが依頼面では停滞している。
 暴力へ強いトラウマを持つ店主が、入り口を出た所で限界を迎えて座り込んだのだ。
 目つきが明らかに危険で、不用意に触れるとまともな精神状態に帰って来られないようにも見えた。
 ステラは意識して戦いの気配を消した。
 剣も銃も持たず身につけた白衣も清潔にしているので、余程注意深くない限り非戦闘員に見えるはずだ。
「穏やかな暮らしをされていたのに、急にこんな事になって怖かったでしょう」
 柔らかな表情を意識して浮かべる。
 演技ではあるが嘘は言っていない。被害にあった人間に対する同乗は確かにあるのだ。
「人為らざる者……私達も含めて、歓迎されていないかもしれませんね」
 店主はステラが戦っている様も見た。
 だが、怪人やマッドサイエンティストもどきとは違って、ステラには意思疎通可能な理性と倫理観がある。
 敵意に近い警戒をステラに向けたことを謝ろうとして、しかし心に負った傷が深すぎて店主の口は動いてくれない。
「任務とは言え、みんな店主さんをお守りしたいという気持ちは変わりませんから、そこだけは信じて頂きたいです」
 BGMは連続する銃声だ。
 教会の礼装にしか見えない装束を着込んだライが、堂に入った構えで銃を保持して店の中を銃撃する。
 魔力で形成された弾丸は金属と火薬製の銃弾に負けない威力があり、怪人の麺の筋肉を貫通し、血の代わりにスープを流させる。
「ああ……流石に人を撃つのとは勝手が違います……」
 結界を維持しながら微かに俯く様は、力不足を嘆いているようにも見える。
「人なら一発撃ち抜けばくたばるというのに……」
 ライの言葉が銃声に掻き消されたのは、店主にとっての幸運だった。
「くぅぅー……食べ物が勿体ないなー!」
 ミルヴィが怪人の間に飛び込み、床に手を突いたままの体勢で回転蹴りを放つ。
 麺の足を砕く程ではないが、足先を深くめり込ませ複数体に痛打を浴びせる。
「少し疲れましたね」
 錬月の銘を持つ刃が怪人を貫き、続く一太刀で止めを刺す。
 風巻の技はますます冴え、しかし精神力はともかく体力の面ではそろそろ危ない。
 対照的に、ライはあまり消耗していない。
「攻撃はお任せ下さい。今はまだ大した戦力とも言えぬ身ですが、困っている方を見落とす事はしませんよ」
 店主を庇う位置へ移動し、安全な場所から店内への銃撃を続ける。
「人が困っているところには必ず金づる……こほん、私達に出来る人助けがある筈ですから」
 もともと強力な攻撃力を、神秘に関わる本能を覚醒させることで強化し続ける。
 つまり、それ以上のコストを少し払うだけで非常に強力な攻撃を続けることが出来る。
 ライは風巻達が追い詰めた怪人達を次々穴だらけにして、あの世に送り込んでいった。

●スープスライム
 店から人の気配のない道までスライムを誘き寄せてからが長かった。
「しぶといですね」
 桃色の剣閃で刻んでも平然とするスライムを見上げ、利香がうんざりとした表情になった。
「まさかとは思うが、中の鍋が核か? まぁ、斬れば分かる!」
 汰磨羈は積み重なった疲労を精神力で押さえ込み、魔刀と妖刀を左右の手に構えて食欲誘うスライムの至近に迫る。
 ただのスライムでは視認も認識も出来ない速度と軌道で切り刻む。
 1度目、2度目の2刀はスープの中に漂う鍋に逸らされたが、3度目の2連撃が防御が乱れたスライムに突き刺さる。
「鍋は防具か。なら」
 可視化した水行のマナを散らす。
 大渦に飲み込まれたスライムは、朦朧として無防備な隙を晒した。
「横殴り、と言うのでしたか。失礼します」
 とぼけたことを言う風巻だが、油断も敵に対する慈悲もない。
 当たれば窒素の末の死もあり得るスープ粘液には出来るだけ近づかずに、汰磨羈の攻撃に自らの斬撃を重ねてスープの半分以上を切り裂いた。
「倒してもいいぞ。私も楽が出来る」
「虐めないでください」
 風巻は柔らかく微笑み、手負いのスライムの体当たりをなんとか防いだ。
「たまさんアレ!」
「任せよ!」
 最も大将首に近かった汰磨羈が何もない場所へ飛ぶ。
 窓ガラスを外から網戸ごと引いて、腕を伸ばして汚らしい白衣を中身ごと捕まえた。
「言ったろう? "バチ"が当たるとな!」
 科学者崩れを片腕の力だけで引きずり出し、そのまま地面に抑えつけた。
「後はこいつだけ。鶏ガラは好きだケドスライムはお断りだよ!!」
 曲刀の斬撃が速さと鋭さを増す。
 ミルヴィの気合いに反応して刀身が夕闇色に染まり、斬撃は幻想的な剣舞にも花吹雪にも見える。
「そこかっ」
 頑丈でも防具ではない鍋が砕け、他のスープと同じ色の格が無防備になった。
 スライムの核が怯えるように震え、己の体も創造主も見捨てて逃げようと、飛んだ。
 息を止めた風巻が、上段に構えた脇差の向きをわずかに変更する。
 動きを読み切られていた核は、自ら当たりにいくかのように脇差しに向かい、真っ二つに切断され地面に落ちて飛散した。
「味は、良かったです」
 風巻はただの料理に戻った口の中のスープを飲み込み、ほっと息を吐くのだった。

●閉店前の一杯
「安全が……確認……されました。戻ってきて……大丈夫……です」
 フェリシアの仕事はまだ続く。
 2000街のような情報伝達手段が存在しないので、直径100メートルまで届く彼女の声が、非常に重宝されていた。
「もういい」
 ミルヴィは情報収集のための態度を止めた。
「個人での犯行。犯行の動機も手段の選択も思い込みだけ、なんてね」
 怒りより呆れの感情の方が強かった。
「情状酌量の余地はあると思いますよ」
 ステラの態度は尋問のときと変わっていない。
「まあ食べ物を粗末にして人に迷惑を掛ける人間は社会人以下なのですけどね」
 ロープによる固定を完了。必死に自転車を漕いでくる警官に手を振り、受けとりを要請する。
「しかし食べ物を魔物に変える薬なんて企画、一時でも通す企業はさすがに潰した方がいいのでは?」
 今回の犯人は小物でも、犯人に開発環境を与えていた企業は小物とはいえない。
「雨宿りの旦那?」
「さて、な。俺が知ってるのは種の権利を握ってるのもその企業ってことだけだ」
 保存用の箱を開け、武器商人と一緒に中身を見る。
 南瓜の数が多く、どれも奇妙なほど質が良い。
 武器商人の笑みが濃くなる。
 レイニーは無言で取引窓口をメモに書き込む。
 そのメモを武器商人に袖に放り込む動作は異様に手慣れていて、警官も地域住民も気付けない。
「おやっさん! 他のお野菜も貰いましょう、どうせ宿に持ちこむものでしょうから! たまには南瓜以外のスープを作りたいんです!!」
 利香の機嫌は良いが発言内容は切実だ。
 レイニーの南瓜好きはそれほど強烈だった。
「いくつか調理しましょうか?」
 怪人やスライムが壊した家具が運び出され、受け入れ可能な客が半減した店から店主が顔を出す。
 複数ある冷蔵庫の1つも壊れていて、傷む前にイレギュラーズへの炊き出しにしている最中である。
 具体的には、煮卵とチャーシューがみっしり詰まったラーメンだ。
「この尖った味もなかなかじゃの。しかし食べたかったのはこれと違うのじゃ」
 汰磨羈の猫耳と猫尻尾も喜びきれていない。
 味には満足して見る間に半分食べきったが、満たされない思いは思いとして別にある。
「堪能できると思って来たというのに……っ。店が直ったら、またすぐに来るからな! 絶対にだ!」
 焼き南瓜1串を追加注文する汰磨羈の隣に風巻が座った。
 店主が分厚いチャーシューを示す。
 風巻が頷くと、既に適度に熱せられた麺とスープとチャーシューが組み合わせれ風巻の前に並べられる。
 味の懐かしさと体の疲れで、いくらでも食べることが出来た。
「美味しい……これならきっと大丈夫だねっ」
 ミルヴィが口元を拭いて笑顔を浮かべる。
 店主が、無言で頭を下げていた。

 1980街ラーメン店、お盆の頃に営業再開予定です。

成否

成功

MVP

ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)
あいの為に

状態異常

なし

あとがき

 お見事でした。

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