シナリオ詳細
<禍ツ星>或いは、彷徨える骨肉の呪具…。
オープニング
●塊
はじめ、それは小さな肉塊だった。
人の皮膚……おそらくは赤子のものだろう……をなめし、縫い合わせて作った革袋。
長い年月が経過したことで、瑞々しさは失われ灰褐色に変色している。
樹皮のような手触りのそれは、けれどしかし生きていた。
硬化した革の下、小さく一定の間隔で跳ねる鼓動。
内部には、臓器や骨、筋肉に神経といった人体を構成する部品が一緒くたに詰め込まれているのだ。
制作者は、かつてこの国に居た異国からの旅人だという。
旅人は、その肉塊を“封”と呼んでいた。
長い年月をかけて“封”は様々な人の手を渡り歩くことになる。
工芸品として、美術品として、またある時は祭具や神体として……。
けれど、その本質は正しく“呪具”であったのだ。
長い年月、人々の願いや欲望を吸い続け、歪ながらも意志を宿した。
ぼろ布をまとった小さな子ども。
その子どもは、古く小さな社の前に立っていた。
子どもを見つけたのは、祭り会場へ向かおうとしていた1人の男。
こんなところで子どもが1人。
少々の薄気味悪さを感じながらも、男はゆっくりとその子どもに近づいていく。
「おう、こんなとこで何してる? おっかさんとはぐれたのかい?」
子どもの肩に手を触れて、男はそう言葉をかけた。
直後、男の意識は暗転する。
男が意識を失っていたのは、ほんの数分ほどだろう。
目を覚ました時、子どもの姿は消えていた。
狐狸の類いに化かされたのか? と、男は顔に手を当てて、瞬間小さな悲鳴をあげた。
手のひらに伝わる、つるりとした肌の感触。
男の顔からは、目鼻も口も消えていたのだ。
●解
夏祭りに『怪しげな呪具が出回っている』
どうやら、夏祭りに使用される祭具の中に呪具が紛れ込んでいたらしい。
中には、手にしたものを殺人や窃盗といった悪行に走らせるものもある。
夏祭りを楽しむために、そしてカムイグラの平和のために。
イレギュラーズたちは呪具の回収や破壊に奔走することになる。
「最初の事件発生から1時間。今も被害者は増えるばかりだよ」
そう言って『黒猫の』ショウ(p3n000005)は、集合したイレギュラーズたちの顔を見渡す。
それから「にぃ」と口角をあげ、自身の顔を指さした。
「分かるだろうが、どいつもこいつも顔を奪われている。だがな、犯人の姿については皆、違うことを口にするんだ」
はじめに目撃されたのは、小さな子どもであったという。
2人目の被害者は、けれど犯人は中年の男性だったと言った。
そのほかにも、若い女性であったり、少年であったり、老婆であったりと、目撃情報は一貫しない。
「顔を奪った者の姿を真似ているんだろうな。さて、今はどんな格好をしているのか……」
“封”が他者になりすまし、悪さをしないという保証はない。
また、これは呪物でもある。顔を奪うという行動はあくまで副次的なもの。
力を集めるための手段であった。
「“封”は怨霊を発生させる。これは元々の能力ではなく、疫病の影響を受けた結果得た力だな。怨霊たちは女性の姿をしており、優し気に笑っているそうだ」
肉腫と化したものは、例外なく……人であれ道具であれ……狂暴化するという。
今回の騒動は、社に祀られていた〝封〟が肉腫と化した結果、引き起こされたものである。
「一般人の顔を奪った程度なら大したことはないが、たとえば……」
すい、とショウの視線がイレギュラーズたちへ向く。
彼はどうやらイレギュラーズが顔を奪われた場合の被害を懸念しているらしい。
「今のところ怨霊たちは“封”の護衛に動いているようだ。“封”の力がまだ弱いからだろうな。怨霊たちによる【足止】や【暗闇】には警戒しておくべきだろう」
怨霊の相手をしている間に“封”を取り逃がせば、その間に被害者は増え、怨霊の発生も加速する。
可能な限り、早期に決着を付けてしまいたいところだ。
「依頼の内容としては怨霊を駆除しながら“封”を発見。破壊することだな……あぁ、そうだ。“封”が必ず人の姿を取っているとは限らない」
もともとは肉の塊だからな、と。
口元に薄く笑みを浮かべて、ショウは静かにそう告げる。
「見分けるコツはな、表情だ。〝封〟の表情は、一切変化しないそうだよ」
- <禍ツ星>或いは、彷徨える骨肉の呪具…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年08月05日 22時30分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●夏祭り
並ぶ屋台に人の群れ。
熱気に煽られ、誰もが笑顔で道を行く。
そんな祭りの会場に、厳めしい顔の男が1人。
「兄ちゃん、こっちは気張って仕事中なんだ。それに祭りの会場で喧嘩なんぞするもんじゃねぇぜ」
数名の男に囲まれたスーツ姿の偉丈夫は、静かな声でそう言った。彼の名は『義に篤く』亘理 義弘(p3p000398)という。外見からもわかる通り、いわゆる任侠者である。
口では若者たちを諭しつつも、その身に纏う暴力の気配は隠せやしない。
「まぁ、やるってんなら軽くもんでやる。あっち行こうや」
と、そう告げて祭り会場の外れ、薄暗がりを顎で示した。
人混みを掻き分け進む義弘を見送りながら『魔剣鍛冶師』天目 錬(p3p008364)
は小さなため息を零す。
彼の手元では、自作の絡繰り「リヴァイアサン」がゆらりと宙を舞っていた。小さサイズとは言え造りは精巧。それを見て、子供たちは目をきらきらさせる。
「さっそく絡まれてるし……まぁ、あの兄さん方の引き攣った顔を見る限りじゃ〝封〟とは無関係っぽいな」
〝封〟
それが、祭り会場に紛れ込んだ呪具の名だ。
封は人の顔と姿を奪い、祭りの会場を歩き回っているらしい。
それを探し出し、破壊することが今回イレギュラーズたちに与えられた任務であった。
封の見分け方として、表情が固定されているというものがある。
つまりは、否応もなく表情に変化の出るような〝出来事〟を起こせれば、封を見つけやすくなるということだ。
とはいえ、しかし……。
「……拙にはその術が思いつかぬ」
通りを行く人の群れを見つめつつ『任侠道』豪徳寺・芹奈(p3p008798)はそう呟いた。
じっとりと睨みつけるような彼女の視線を受け、時折誰かが短い悲鳴を上げるまでがワンセット。芹奈にとっては慣れた反応であり、今更何かを思うことはないのであった。
「メリー殿、そっちはどうじゃ?」
と、芹奈は問うた。
傍らに立つ『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)は無言で小さく首を振る。
「片っ端からエネミースキャンで見てるけど、それらしいのは見つからないわ」
なんて、言って汗で頬に張り付いた金の髪を指で払った。
ところかわって場所は空中。
翼が空を打つ音が響く。
『小さき者と共に』カイト・シャルラハ(p3p000684)と『魔術令嬢』ヴァージニア・エメリー・イースデイル(p3p008559)の両名は、高い場所から会場全体を見下ろしていた。
「人々の中に紛れる魔物とは厄介ですね……すぐに見分けることができればいいのですが」
「〝封〟はともかく、怨霊の方は空から探したほうが見つけやすそうだけどな」
ヴァージニアの呟きに、カイトはそう言葉を返した。
カイトの額には狐の面が乗せられている。そんなカイトへじっとりとした視線を向けて、ヴァージニアは低い声で問いかける。
「……あの、カイト様。そのお面は何なのですか?」
「ぬっ!? いや、遊んでいるわけじゃないぞ、顔を奪われないようにするための防具だ!」
さぁ、鷹の目の真価を見せてやる、なんて。
誤魔化すようにそう言って、カイトは幾分高度を下げた。
祭り会場の外れ、路傍に座った『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)は苦笑を浮かべ、肩を竦める。
「赤ん坊を使って作ったなんて、聞くだけでロクなもんじゃあないよね。そりゃ呪いのアイテムにもなるってものさ」
「んだなぁ。随分とまぁ悪趣味な物もあったもんだぁ」
言葉を返す『『元』獄卒』喜久蔵・刑部(p3p008800)は、ある種異様な雰囲気を纏う男である。縫われた片目に、張り付いたような笑顔。両手両足に呪具を嵌められていることもあり、見る者が見れば彼が囚人であることが分かる。
「まぁ、オイラに考えがあるだぁ。見ててくれ、先輩。オイラが顔を向けりゃあ大抵の生き物は顔をしかめんだ」
と、そう言って。
刑部はゆっくりと立ち上がり、人混みへ向け歩き出す。
刑部が明かりの下に出た、その瞬間……。
「へぇ?」
一変した空気を肌で感じて、ヴォルペは感嘆の声を零した。
刑部の顔を見た者たちが、一様に顔をしかめたのだ。見る者に不快感を与える……それが、刑部に与えられたギフトの効果だ。
けれど、しかし……。
「あぁ、いたね」
人混みの中、刑部を見て表情を変えない子供が1人。
その子供こそが、顏を奪う呪具〝封〟に違いない。
●大山騒動
風を切っての急降下。
空を見上げた人々が、歓声とも悲鳴ともつかぬ声をあげた。
「見つけたぜ! てめえは俺の獲物だッ!」
「見つけたのはヴォルペ様と刑部様ですが……いえ、誰でも構いませんね。被害が拡大してしまう前に急ぎましょう。今ならまだ、最小限で済むはずです!」
〝封〟の元へと急ぐカイトとヴァージニア。
けれど、封もまた2人の接近を察知したのだろう。周囲に潜ませていた怨霊たちを呼び出して、自身は逃走の構えに入った。
突如現れた怨霊に、人々は大きな悲鳴を上げる。
逃げ出そうとする者、それに巻き込まれ転ぶ者、恐怖に立ちすくむ者、騒ぎを聞きつけ現場へ駆けて向かう者。
阿鼻叫喚とはこのことだ。あっという間に祭り会場の一部では、大きな混乱が巻き起こる。
宙を舞う怨霊の手が、カイトの胸を貫いた。
瞬間、心臓を直接つかまれたかのような悪寒がカイトの全身を駆け巡る。一瞬、翼が停止し姿勢を崩すカイトの元へ、さらに数体の怨霊が集う。
「うぉっ……な、なかなか情熱的なアプローチだが、俺は彼女持ちだからな! 浮気はしないぞ!」
「軽口を叩いている場合ではありません。すぐに解除しますので、まずは怨霊を薙ぎ払ってくださいませ!」
迫る怨霊を回避しつつの大号令。
言葉に乗せた魔力の波動が、カイトの身体を蝕む異常を取り除く。魔力の残滓を散らしつつ、カイトは翼を身体に巻き付け、その場で勢いよく数回転。
翼を広げる動作と同時に、周囲に火炎の渦を放った。
低空を飛ぶ小鳥に導かれ、芹奈とメリーは人混みの間を駆け抜ける。
「あれはヴァージニア殿の使役する……」
「ファミリア―ね」
駆ける2人……腰の刀に手を置き、正しく鬼の形相でかける芹奈に驚き、人々は左右へ道を開けた。
直後、2人の前方で大きな悲鳴があがる。
「封はあの辺りか?」
「っ!? 違う!」
緊張を孕んだ声音で、メリーはそう注意を告げた。
メリーのエネミースキャンは、前方を封鎖する十にも迫る敵……怨霊の影を捉えていた。
怨霊が2人の接近に気が付いた。刀を抜く芹奈の背後では、メリーが術の行使に移る。
メリーを中心に展開される白い輝き。
解き放たれた閃光が、範囲内にいた怨霊たちの身を焼いた。怨嗟の声をあげる怨霊の傍へ、芹奈は接近。
「せっかくの祭りが散々じゃの……全く……無粋にも程がある」
伸ばされた怨霊の腕を掻い潜り、その懐へと潜り込む。
そして一閃。鋭い斬撃が怨霊を切り裂き、霧散させた。
直後……。
「む!?」
芹奈の頭頂部から跳ねたひと束の髪が、ひゅおん、と何かに引っ張られるように背後を示す。慌てて背後へ目を向けた芹奈は、そこで多数の怨霊に襲撃を受けるメリーの姿を視認した。
どうやら2人の背後にも怨霊は潜んでいたらしい。
スーツの胸元を緩めながら、義弘と錬は並んで通りを進む。
「赤ん坊の肉や皮、骨で作られた代物なんて、碌なもんじゃねえぜ」
「あぁ、まったくだな………おおかた趣味の悪い物に更に悪い物が感染したってとこか?」
錬は自身の胸に手を当て【リジェネレート】を付与。走る速度を僅かに上げる。
回復力を高めた状態で、戦場となる祭り会場の端へと辿り着いた錬は義弘へと視線を投げて前へ出た。
2人の視線の先では、無数の怨霊を相手に立ち回る刑部とヴォルペの姿があった。
「うぉぉっ!?」
呻き声をあげたのは刑部であろうか。
見れば、その顔には怨霊の手が張り付いている。【暗闇】の状態異常でも受けたのか、蹈鞴を踏む刑部の傍へ、1人の子供が近づいた。
仮面のような無表情。
翳された手が、まるで蝋のようにどろりと溶けた。
「あいつか……仲間の顔を奪わせるわけにはいかないな」
疾、と短く息を吐き、錬は空に紋を刻んだ。
展開された簡易の結界が、封の動きを封じ込める。表情を変えないままに、封は錬へと視線を向ける。その視線を追うように、何体かの怨霊が錬へと攻撃対象を変えた。
けれど……。
「そこだな! おぉい、誰が来てくれた分かんねぇけどさっさとぶっ壊しちまおうぜ!」
視界を奪われた状態で、刑部はその剛腕を振るった。
空気を割る太い腕が怨霊の1体を殴りつけ、その身体を真っ二つに引き裂く。霧散する怨霊は、消える間際に怨嗟の声を吐き出した。
がむしゃらに振るわれる刑部の剛腕が、次々と怨霊を消していく。その攻撃に巻き込まれまいと、子供……封はゆっくりと踵を返し、逃走の姿勢へと移った。
「おう、任せときな! 元よりこういう祭りを邪魔する無粋者にも腹は立ってるし、何より地元の稼ぎにもなるもんだ。ヤクザとしちゃ黙っていられねえからな」
拳を強く握りしめ、義弘はまっすぐ通りを駆けた。
義弘の進路に数体の怨霊が割り込むが、彼はそちらに視線を向けることもない。
怨霊のうち1体は刑部の拳が、さらにもう1体は錬の放った陽光が、そしてさらに1体は怨霊に纏わりつかれながらも振るわれたヴォルペの拳が打ち砕く。
空いた空間に身を潜り込ませるように義弘は駆ける。その顔には、獣のような笑みが浮かんでいた。
「おぉっ!!」
気合一声。
義弘の拳に、黒い靄が纏わりついた。
それは自身の生命力を犠牲に放つ呪いの拳。
逃走の姿勢に移った封の背後で義弘は跳躍。振り返った封の頬に、握りしめた硬い拳を叩き込む。
義弘の拳を受けながらも、封はさらに逃亡を続ける。
そんな封を守るように、周囲には怨霊が集まっていた。
怨霊に進路を阻まれていては、封を見失ってしまうかもしれない。
思案は一瞬。ヴォルペは空気を吸い込むと、周囲に向けて言葉を放つ。
「やぁ、怨霊のお姉さん方。ちょっと、おにーさんと遊ぼうか!」
威風堂々といった様子でヴォルペはそう名乗りを上げる。
発声に引き寄せられた怨霊が、ヴォルペへと攻撃対象を変えた。次々に襲い来る怨霊の攻撃を、時に手甲で受け、時にその身を捻って交わし、まるで踊るかのように相手取る。
「皆は先へ行ってくれ。怨霊はおにーさんに任せてさ」
「いや、だけんど……」
ヴォルペの提案に刑部は戸惑うような声を零した。
けれどヴォルペは困ったように笑みを浮かべて、追い払うように手を振って見せる。
「いや、だって、呪いのアイテムより怨霊の方がまだ理解出来るじゃん?」
なんて、告げながら。
迫る怨霊の顔面に、鋭い拳打を叩き込む。
●呪いの行く先
トン、と掌を怨霊の胸へと押し付ける。
瞬間、怨霊の身体が内から爆ぜた。体内に送り込まれた気によるものだ。
にぃ、とヴォルペは薄い笑みを顏に浮かべる。
体力の減少に伴うものか、ヴォルペの顔色はひどく青白い。だが、その身に滾る戦意はますます増していた。
「はは、楽しくなってきた!」
さらに一撃。状態異常回復を伴う殴打を繰り出し、ヴォルペは姿勢を低くした。
人混みの中に紛れ込んだ封と、その周辺を漂う怨霊。
逃げ遅れた人々や野次馬がごった返す中、人混みに押されて屋台の一つがミシと軋んだ音を鳴らした。
いち早くそれに気づいたのは刑部である。
「こんな祭りの日に〝恐怖〟や〝怒り〟の感情なんて抱く必要はねぇだろうによ」
頬を引きつらせ、呻くようにそう呟く。
その顔を見て、進行方向にいた人々は足を止めて悲鳴を上げた。だが、おかげで刑部の目の前には、屋台までの道が開いた。
屋台の前には、泣いて地面に座り込む子供が1人。
さらにもう一度、屋台は軋み傾いた。
刑部は駆ける。
屋台の崩落に、その子供が巻き込まれるのを防ぐため。
「目の前で怪我ぁしそうになってる子供がいたら、無視は出来ねぇんだよなぁ」
刑部はその両腕を頭上へ翳す。一瞬、両の手から血の滴る様を幻視する。
困ったような笑みを浮かべ、加速したその瞬間。
轟音と共に、ついに屋台の柱が折れた。
大きな音がした瞬間。
その子供は自身を覆う巨大な影に気が付いた。
視界に映る人影と、落ちてくる屋台の屋根。
それを受けとめたのは、恐ろしい笑みを浮かべた巨躯の中年だ。
血で顔を朱に染め彼は言う。
「怪我ぁ、ねぇかぁ?」
低く唸るかのような……けれど優しい声だった。
胸を貫く冷たい腕と、虚ろな女性の表情と、身を苛む苦痛にメリーは短い悲鳴をあげた。
「……後は頼んだわね」
と、そう呟いて。
怨霊を切り払い、こちらへ向かう芹奈へ向けて回復術を行使する。
芹奈の傷を癒すと共に、メリーの意識は闇に飲まれる。
意識を失うその直前、切り伏せられる怨霊の虚ろな顔を見て笑う。
メリーの身体を物陰に横たえ、芹奈は周囲へ視線を巡らす。
そんな彼女の頭上から、ヴァージニアが舞い降りた。
「む、ヴァージニア殿か。封の方は良いのか?」
「もちろん、そのためにここへ来たのです。まったく、人々の中に紛れる魔物とは厄介ですね……」
と、そう言ってヴァージニアが取り出したのは法螺貝だった。
法螺貝に口を付け、空へ向けて吹き鳴らす。
鳴り響いた法螺貝の音。
仲間たちに、自分の居場所を伝えたのだろう。
しばらくすると、通りの先から1人の女性と、仲間たちが駆けてくるのが視界に入った。
仮面のような無表情の女性。なるほど、あれが封だろう。
「貴様の様な輩がこのようなハレの日に闊歩するなど言語道断。疾く消え失せろ、愚かな呪具よ」
しゃらん、と涼しい鞘鳴りが響く。
刀を引き抜き、芹奈は通りの中央に立った。
芹奈の刀を、その身を挺して怨霊が受け止めた。足を止めた封の周囲に、次々と怨霊が湧きだした。
どうやら移動しながらでは、一度に多くの怨霊を生み出すことはできないらしい。
三叉の槍を腰に構えて、カイトは翼を小さくたたむ。
まるで1つの弾丸のような急加速。
封へ向け急降下するカイトの進路に、数体の怨霊が現れた。わずかな翼の動きのみで、カイトはそれを回避する。
「へへん、捕まえられるもんか。このイケ鳥フェイスを奪おうなんて100年早いぞっ……っとぉ!?」
封へ向け、槍を掲げたその瞬間。
新たに発生した怨霊の腕が、カイトの胸部を貫いた。
目の前に湧いた怨霊を、義弘の拳が打ち抜いた。
「足がねえから足音はねえのか……出現するのも唐突と来た」
舌打ちを1つ。
封へ向け前進しようとした義弘の頭上で悲鳴があがる。
「あぁ? ……あ!?」
眉をしかめ、視線を上げた義弘へ向け落ちてきたのはカイトであった。
慌てて義弘はカイトの身体を受け止める。
だが、その直後……接近した怨霊の腕が、義弘の首を貫いた。
もつれあうようにして倒れたカイトと義弘へ、ヴァージニアは手を翳す。
「戦線を崩されるのは厄介ですね。すぐに異常を解除していきますので、回復したら怨霊の掃討を!」
仲間たちへと指示を出しつつ、彼女は胸に絵本を抱いた。
ヴァージニアの言葉と共に、広がる魔力が仲間たちの受けた異常を癒す。
きらきらとした淡い燐光。
降り注ぐそれを浴びながら、頭を振ってカイトはゆっくり身を起こす。
「おう、さっさと退いてくれ」
カイトの下から這い出しながら、義弘はそう呻き声を上げたのだった。
発生する怨霊を、義弘とカイトが蹴散らしていく。
怨霊を回避しながら、封をその場へ縫い付けるのは芹奈である。彼女が攻勢に出ている限り、封には逃げる暇がない。
防御のための怨霊を、膿み続けなければならないからだ。
無表情のまま、淡々と。
一体、何を考えているのか……それは、封にしかわからない。理解できない。
けれど、しかし……。
「お前の製作者が何を考えて作り、何を封じたのかは知らない。だがお前はこの地の人々の祈りを、願いを受けて来たのだろう?」
錬はそう問いかける。
問いかけずにはいられなかった。
一瞬、封の動きが止まる。
「何を問うておる? 拙らがやるべき事はただ一つ。こんな物騒な物は早々に斬り捨てるのみだろう」
瞬間、大きく1歩を踏み出した芹奈の刀が封を斬る。
斬り落とされた封の腕は、腐った色の肉塊へ変じ地面に落ちる。落ちた腕を拾おうと、封は残った左腕を伸ばす。
「疾っ!」
一閃。
左腕もまた、芹奈の刀に斬り落とされた。
よろよろと後退する封の身体を、淡く白い光が包んだ。
それは錬の簡易封印。【ピューピルシール】によるものだった。
多くの願いを聞いて来た。
幸福な願いも、そうでない願いも、数多の願いを。
願いを聞いても、それを叶える力はなくて……。
『いつか、誰かの願いを叶えてやりたいな』
なんて、淡い思いが〝封〟の抱いた自身の願い……。
陽光に胸を貫かれ、封はその場で崩れ落ちた。
地面に散らばる腐肉と腐汁。そして、その中に混じる小さな骨。
それを一瞥し、錬は悲し気に視線を伏せた。
「酸いも甘いも願いも欲望も聞いてきたのに、肉腫なんかに呑み込まれるなよ」
なんて、小さな声は誰の耳にも届かない。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
呪具〝封〟の破壊に成功しました。
また、皆さまの活躍により大きな怪我人も出ていません。
依頼は成功です。
今回はご参加ありがとうございました。
お楽しみいただけましたでしょうか?
また機会があれば、別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ターゲット
封(呪具)×1
人の顔を奪う呪具。
長い年月、様々な人の手を渡り歩いた果てに、カムイグラで祭具として祭られていたもの。
その本質は、赤子の皮と骨肉を用いた悪趣味な造形物である。
顔を奪った者の姿を借りて、祭りの会場を移動している。
〝封〟の表情は変化しない。
怨霊を発生させるという特性から、一所に長くとどまることはないようだ。
怨霊発生の瞬間を捉えれば、表情を確認せずともそれが〝封〟とわかるだろう。
また、常に人の姿を取っているとは限らない。
怨霊×?
〝封〟より発生した怨霊。
女性の姿をしている模様。
人に害をなす存在だが、どういうわけか優し気な笑みを浮かべている。
彼岸の手:神近単に小ダメージ、足止or暗闇
対象を身体の芯から凍えさせる冷たい手。
●場所
夏祭り会場。
多くの人々で賑わっているため、夜間とはいえ光源に問題はない。
反面、場所によっては満足に動けないほど人が密集している模様。
祭りの会場だけでなく、周囲にも屋台が並んでいる。
今回のターゲットである〝封〟は、人の顔を奪うという性質からか祭り会場やその周辺を移動しているようだ。
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