シナリオ詳細
鬼女紅葉。或いは、忘我の復讐者…。
オープニング
●鬼に憑かれて
山中の洞窟に居を構え、今年で何年になるだろう。
俗世との関りを断ち、ただ己の武を鍛え続けたその女の名は【サラシナ】と言う。
180に近い長身と、生まれながらの怪力を誇る鬼人種の女だ。
彼女の力は同年代の誰よりも強く、そして気性は荒かった。
彼女が齢15を超えるころには喧嘩の果てに相手を半殺しにすることも珍しくはなく、大人たちでさえ彼女を恐れたのである。
そんな彼女は、自身の怒りをコントロールする術を身に付けるための試みとして山に籠ることを決意した。
当時、彼女の住む村を訪れた剣士から武の道を極めれば、己の心さえも自在に操れるようになると教わったからだ。
以来、彼女は山の奥で1人刀を振る毎日。
軽い刀では、彼女の怪力には耐え切れないため、サラシナの得物は長巻と呼ばれる大刀である。
「ふぅ……」
こんなものかな、と。
サラシナは、切り倒された5本の大木を睥睨しそう呟いた。
一刀のもとに、5本の大木を切断せしめたその一撃を彼女は自身の奥義に定めたのである。
無我の境地に至り、極限まで神経を研ぎ澄まし、そして放たれる一閃は鋼でさえも切り裂くだろう。
「よし、アタシはもう大丈夫」
感情をコントロールする術も身に付けた。
無為に他者を傷つけることはないのだと、自信を持って山を下りたサラシナはけれどそこで絶望を知る。
そこにあったのは血の海と、そして死体の山。
燃え尽きた家屋の下敷きになった両親の遺体。
死体……村の仲間たちは抉られ、斬られ、焼け焦げている。中には喰らわれた跡を残す者もいた。
絶叫と共に村を駆け回ったサラシナは、ただの1人も生き残りがいないことを知る。
そんなサラシナの前に、1人の女性が現れた。
黒い生地に朱の紋様が走った着物。サラシナと同程度の長身と、その背に負った刃渡り5尺の巨大な鉈。
艶やかな赤い髪の生え際からは2本の角が伸びている。
「仇を討ちたいか?」
と、囁くような声音で女性は告げる。
「あんたは?」
「私はモミジ。この度の惨劇を止めることは叶わなかった。それを今も悔いておる」
と、視線を伏せてモミジは告げる。
「誰が……村の皆をこんな目に?」
サラシナの問いにモミジは答えた。
それは「イレギュラーズと名乗る異国の者たちだ」と。
そして、モミジは手を伸ばす。
「仇を、復讐を望むか? 望むのなら、私の手を取るが良い」
しばしの沈黙。
サラシナはモミジの手を握り……。
その直後、彼女の脳裏を埋め尽くしたのは視界が朱に染まるほどの「怒り」の感情。
「あぁぁああああ!」
雄叫びを上げるサラシナを見て、モミジはにぃと笑みを浮かべた。
その口元から覗く犬歯は、ぬらりと赤く濡れている。
●鬼女2人
「その女武芸者2人は、どうも主らを狙っておるようでな」
と、そう告げたのは1人の武者だ。
曰く、彼は仲間と共にサラシナとモミジに戦いを挑んだのだという。
暴れまわるサラシナとモミジを討伐するためだ。
「一戦交えて分かったが、サラシナは正気を失っている。それと、モミジの方だが……あれは鬼人ではなく妖怪の類であろうな」
サラシナは魔に魅入られたのだ、と武者は告げた。
「我らがいくら戦っても、サラシナは正気に戻らんだろう」
それゆえ、事件の解決をイレギュラーズに託したいとそういう話だ。
今のサラシナの目には、イレギュラーズの姿しか映ってはいないようである。
「サラシナは長巻を、モミジは巨大な鉈を得物としておる。どちらも重量のある武器だが、その怪力ゆえか2人はそれを軽々と振るう」
その長さと重さ、形状の関係で剣筋はある程度限られるが重量武器とは思えない速度で攻撃が飛んでくる。
驚異的といって差し支えはないだろう。
「これは戦ってみて分かったことだが、モミジの攻撃には【狂気】が、サラシナの攻撃には【乱れ】の状態異常が付与されるようだ」
リーチで言えば、サラシナの長巻の方が多少長いだろうか。
サラシナは、長巻を振り回し複数の対象を同時に切り裂く奥義を持つ。
一方、モミジは複数を同時に斬るような攻撃を行うことはないが、その身体能力はサラシナのそれを凌駕する。
パラメーターという観点で言えば、モミジの方が上だろうか。
「戦場は村の周辺の山道か、サラシナの修行していた洞窟付近の竹林。或いは、村の畑のいずれかが良いだろうな」
その三か所はとくにサラシナとモミジの目撃情報が多い場所であるようだ。
山間部は足場が斜面となっており不安定。
一方で竹林は視界を遮る竹が生い茂っている。
畑であれば、足場や視界には何ら問題がないだろう。
戦略や技能に合わせて、より有利に戦える戦場を選ぶのが良いだろうか。
「活動時間は主に夕暮れから夜にかけて。この辺りは月が良く見えるのでな、視界に問題はないだろう」
真正面から斬り合うも良し、罠にはめるも良し。
ただ1点だけ、と武者はイレギュラーズたちへ条件を課した。
「サラシナの生死は問わぬ。けれど、モミジ……奴は危険だ。奴だけは必ず、息の根を止めてもらいたい」
妖怪を野放しにはできぬ、と。
頭を垂れて、武者はそう告げたのだった。
- 鬼女紅葉。或いは、忘我の復讐者…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年07月23日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●朱の空
厚い刃。長大な刃渡り。
空気を切り裂く、長巻による一閃が『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)の胸部を深く抉った。飛び散る鮮血が、その白い頬を朱に濡らす。
痛みに苦悶する瑞鬼と、憤怒の表情を浮かべたサラシナ。両者の視線が交差した。
「さぁて……お次はどいつを斬ろうか」
頬に付いた返り血を、舌の先で舐めとってサラシナは静かにそう呟いた。
膝をついた瑞鬼はけれど、血に濡れた右腕を掲げサラシナを呼ぶ。
「おぬしの相手はわしじゃ、馬鹿娘」
右腕に刻まれた紋様が、紅色の幻灯を灯す。炎にも似た魔力の渦が、サラシナの身体を包み込む。
「……っ!」
「せいぜい2人でゆるりと遊ぶとしよう」
強く歯を食いしめたサラシナは、充血した目で瑞鬼を睨む。
サラシナから叩きつけられる殺意の波動に、瑞鬼はにやりと笑みを返した。
時間はしばし巻き戻る。
夕暮れ。
黄昏。
誰ぞ彼。
赤い空に黒い影。長身の女性2人。その表情は窺えない。
「未熟な身ではありますが、止めさせて頂きます」
そう告げて護城 錬士郎(p3p008772)は曲刀を抜いた。
2人の女性……サラシナとモミジという名の武人であった。武人の前で己が得物を抜いたのならば、後は血みどろの殺し合いへと至るのみ。
それを理解しているからこそ、錬士郎の頬には一筋の冷や汗が伝う。
「モミジよ。お前が探しているイレギュラーズは此処に居るぞ!」
と、そう告げて。
『Black wolf = Acting Baron』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は軽槍を構える。
瞬間、黒衣の女武人・サラシナの纏う殺意の気が大きく膨れ上がった。
「ぁぁあああああああ! 貴様ら……貴様らか!」
それはまるで獣の咆哮。
長巻を抜き、サラシナは地面を蹴飛ばした。
そんなサラシナを援護すべく、モミジも駆ける。
酷薄な笑みを顏に張り付け、モミジは大鉈を振り上げた。
モミジの振るう大鉈を、『黒犬短刃』鹿ノ子(p3p007279)の刀が受け流す。
「サラシナさんを正気に戻すには、きっとモミジを倒すのが一番早いッス!」
モミジの得物は、長大に過ぎる大鉈だ。
武器の重さはもちろんのこと、彼女の膂力も規格外。片手で振るうには重すぎるであろう大鉈を、まるでナイフでも操るかの如く軽々と旋回させていた。
チッ、と小さく軽い音。
鹿ノ子の肩に、深い裂傷が刻まれた。
蹈鞴を踏む鹿ノ子を庇うように、姿勢を低くした『踏み出す一歩』楔 アカツキ(p3p001209)がモミジの懐へ潜り込む。
「せめて、無駄と分かっていても説得は試みたいものだが……」
大鉈を手甲で受け止めながら、アカツキは視線をサラシナへ向ける。
そんな彼の耳元で、モミジは囁くように言う。
「あぁ、貴様の言う通り……無駄なことだよ」
「ふん……本当に討つべき敵、その当人に弄ばれているというのは、許せる事じゃないな」
下段からかち上げられた大鉈を紙一重で回避しながら、アカツキは1歩踏み出した。
前進と同時に、その腹部へと鋭い拳打を叩き込む。まるで鉄板を殴ったかのような衝撃。唇の端から血を流しながら、モミジはにやりと笑みを浮かべた。
「同感だ。倒す前にいろいろ聞いておきたいんだがな……お前、何でこんなことをした?」
アカツキから遅れること数秒。
『戦気昂揚』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)の大斧が、モミジの鉈を打ち払う。
エイヴァンの問いに対するモミジの答えは、嘲るような笑みだった。あらゆる悪意を煮詰めたような歪な笑顔。
ゾクリと、エイヴァンの背に怖気が走る。
直後、エイヴァンの胸をモミジの鉈が斬りつける。
白い体毛を赤に濡らして、エイヴァンはギリと歯を噛みしめた。
ほんの一瞬……彼はモミジの狂気に飲まれかけたのだ。
戦場から幾分離れた畑の隅で『優愛の吸血種』ユーリエ・シュトラール(p3p001160)は胸を抑えて顔をしかめる。
「なるほど……理性を復讐心が上回るように惑わされてしまったのでしょうね」
自身に強化を施しながら、彼女は“いざという時”に備えて術を練る。
仲間たちが大きな怪我を負った時、即座に治療を行うための備えであった。
「やっぱ原因はモミジかよ。じゃあアイツは、とりあえずぶっとばす!」
そう言って紫月・灰人(p3p001126)は地面に膝を突いてしゃがんだ。肩に担いだアルキメデスレーザーの銃口をモミジへ定め、砲撃の瞬間を見計らう。
●黄昏に振る紅の雨
渾身の力を込めた薙ぎ払い。
大斧を弾かれ、エイヴァンは数歩後退した。よほどの力で薙ぎ払われたか、その手には痺れが残っている。
薙ぎ払いを回避すべく、距離を取ったアカツキもまた全身に無数の裂傷を負っていた。
「サラシナぁ! いつまで時間をかけている! 仇を討つ気があるのなら、命を捨てる覚悟で臨め!」
夕暮れの空に、モミジの怒鳴り声が響いた。
空気を震わす大音声が、サラシナの戦意と憎悪を増幅させる。より一層、激しくなった猛攻を受け、瑞鬼の身体に無数の裂傷が刻まれた。
「誤解を解くのも一苦労ですね」
そう呟いて、ユーリエは魔力を練り上げた。
その手の中に凝縮された魔力によって、精製されるは1本のポーション。傷を回復させるそれを、彼女は瑞鬼へと放る。
「瑞鬼さん、これを!」
はっしとポーションボトルを掴み、瑞鬼はそれを一息に飲む。
じわじわと、身に負う傷が癒されていく。
「うむ、かたじけない。引き続きサラシナの足止めはわしに任せよ」
血の雫を撒きながら、瑞鬼の腕が振るわれた。瞬間、サラシナの周囲に展開されるは闇の帳。攻撃対象を見失ったサラシナは、ただがむしゃらに長巻を振り回す。
新たに作ったポーションを、ユーリエはエイヴァンへと渡す。
「エイヴァンさんも、今のうちに」
「あ、あぁ……助かるぜ。瑞鬼が危うくなったら教えてくれ。壁役を交替するぜ」
受け取ったポーションを煽りつつ、エイヴァンはサラシナへと視線を向けた。
同じく、前衛から下がったアカツキもまたユーリエからポーションを手渡される。
「視線を合わせられるのなら、俺のギフトで知る限りの真実を伝えられるのだがな」
痺れの残る手を開閉し、アカツキはそう言葉を零す。
アカツキのギフト【目は口ほどに物を言う】は、目と目が合った相手に、口で話さずとも表層意識を伝達できる。
もっとも、怒りに狂うサラシナに果たして現実が見えて言われるかというと、少々妖しいものがあったが……。
「とにかく、サラシナには本当の敵が目の前にいるその女だと伝えたい」
胸に手をあて、自身に【煉気破戒掌】を行使しながらアカツキは言う。
斬撃が、豪雨のように降り注ぐ。
一気呵成。斬撃のラッシュを浴びたモミジは、じわじわと……けれど確実に後退していた。
剣を振るうのは鹿ノ子。
いかにモミジの身体能力が高かろうとも、いかに大鉈を軽々と振り回されようとも、鹿ノ子の剣技はその速度を上回る。
「いつ終わるか分からぬ連撃、耐えられッスか? 躱せるッスか?」
一撃一撃は深くない。頑丈な身体を持つモミジにとって、見た目ほどには大きなダメージを与えられてはいないだろう。
だが、鹿ノ子の連撃は確実にモミジの反撃の手を潰していた。実際、大きなダメージを受けていないとはいえ、進んで身を斬られたいと思うものはいないだろう。
モミジは防御に意識を割いているようだ。
けれど、しかし……。
「鬱陶しい!」
一喝と同時にモミジは地面を蹴り上げる。乾いた畑の砂が舞い、鹿ノ子の目を一瞬潰す。
その瞬間、鹿ノ子の胸に走る重い衝撃。モミジの肘が、肺を打ち、一瞬だけその機能を止めた。
モミジは大上段へ鉈を掲げて力を籠める。
視界を奪われた鹿ノ子では、その技を回避することはできないだろう。
けれど、その鉈が鹿ノ子の身を斬る瞬間は訪れない。
「介入させていただきます!」
弧を描くように舞う曲刀。
その軌跡はまるで空に三日月を描くかのようだ。
「モミジ殿程の妖怪なら牽制にもならないかもしれませんが……諦めずに最後まで全力を尽くします」
後退するモミジへ向けて、錬士郎は魔弾を放った。
威力の低い魔弾を受けたモミジであるが、血を吐きながらも狂暴な笑みを浮かべたままだ。まだまだ余裕があるのか……それとも、自身のダメージなど意にも介していないのか。
「この悲劇、先ずは終わらせねばなるまい」
モミジの攻撃を牽制すべく、ベネディクトは接近と同時に槍を突き出す。
その槍を鉈の腹で受け止めながら、モミジは意地悪く笑む。
「悲劇? 喜劇の間違いだろう?」
何度目かの嘲る笑顔。
その笑顔を見るたびに、ベネディクトの胸中には強い怒りが湧いた。
魔力を固めた砲弾が、モミジの身体を爆炎に包んだ。
「これ以上、俺は大した事はできね。せいぜい全力でぶっとばすくらいだ」
着弾地点にはクレーター。
その中心で、モミジは荒い呼吸を繰り返す。
焦げた皮膚に滲んだ血。
灰人の砲撃が直撃したにもかかわらず、モミジの戦意は未だ褪せず。
「よし! シンプルに力押しだがよーく狙った甲斐があったぜ」
2度目の砲撃に向け、魔力の充填を開始する灰人。ぎろり、とモミジの瞳が灰人を捉える。
ゆっくりと、モミジが鉈を頭上に掲げた。
「っ!? 動くよ!」
誰よりも先に、後衛から戦況を観察していたユーリエが注意を喚起する。直後、地面が震えるほどの衝撃とともに、モミジは砲弾のように跳び出した。
「うぉっ!? は……やっ」
ガードのために武器を構えた灰人であったが、しかし僅かに間に合わない。
「遠くから鬱陶しい!」
振り下ろされる大鉈による一撃が、灰人の肩から胸にかけてを深く切り裂く。ミシ、と骨の軋む音がして、灰人の身体が地面に倒れた。
だくだくと流れる大量の血。
意識を失った灰人へトドメを刺すべく、モミジが鉈を振りかぶる。
「皆、チャンスだよ!」
叫ぶと同時に、ユーリエの周囲が朱に染まる。
彼女の展開した結界は、範囲内の味方の活力を上昇させる。エイヴァンの斧がモミジの鉈を弾き退け、アカツキの拳がその脇腹を強く打つ。
息の詰まったモミジの背後には、紫電を纏ったベネディクトが迫った。
「何者による手引きか……予想は付くが。一つだけ言っておこう。俺たちは決してこの土地の人間を殺戮する為に現れたのではない!」
雷を纏う軽槍が、モミジの腹部を刺し貫いた。
「ぐ……ぉぉおっ!?」
モミジの身体が雷に飲まれ、そして彼女は地に伏した。
●復讐の鬼女
一瞬の静寂。
吹き荒れた突風……否、斬撃が瑞鬼の腹部を抉る。
血だまりに膝を突く瑞鬼を一瞥し、サラシナは舌打ちを零した。
「ちっ……アイツ、やられちまったか。私の復讐はどうするんだ?」
血に濡れた長巻を肩に担いでサラシナは言う。
そんなサラシナへ侮蔑の視線を向けながら、瑞鬼は呵々と笑ってみせた。
「はっ。おぬしは馬鹿か? あんな化生の言葉を鵜呑みにしおって。神使がやったという証拠もなかろうに……やはり、魔に魅入られたか」
白い肌は既に血塗れ。口や鼻からもおびただしい量の血が零れている。
ユーリエによる回復を受けているとはいえ、1人でサラシナを止め続けるのにも限界がある。けれど、それもそこまでだ。すでにモミジは打ち倒し、後はサラシナを倒すだけ。
「……減らない口だね。ま、精々思う存分喋ってるといい。すぐにしゃべれなくなるからな」
「ほざけ。口の悪い娘じゃの。わしが躾けを……いや、あとの処遇は他の者にお任せじゃ」
瑞鬼の鬼紋に光が宿る。
それはサラシナの身を包み、その心に苦悶を与えた。
サラシナの視界が闇に包まれたことで、生まれたほんの僅かな隙。
「……流石にちと疲れたからのう」
後の始末を仲間へ託し、瑞鬼はゆっくり目を閉じた。
ユーリエは急ぎ瑞鬼の治療にまわる。
血に濡れた口元にポーションを近づけ、傷を癒した。そんなユーリエの耳元で、瑞鬼は何かを囁いた。
「っ!?」
それは、これまでの戦闘で瑞鬼が得たサラシナの隙についての情報。
話を聞き終えたユーリエは、仲間たちへ向けそれを伝えた。
「戦闘中に声をかければ、正気を取り戻すかも! 技を放つ瞬間を狙って!」
反撃の隙を奪う斬撃のラッシュ。
鹿ノ子は髪を振り乱し、一気呵成に攻め立てる。
悲しいときは悲しんだらいいし、怒りたいときは怒ったらいい。
抑制すると反動が怖いし、感受性を殺してしまうことになる。
感情の発露は尊いものだ。それが良かれ、悪しかれである。
どうあっても涙を流すことのできない鹿ノ子にとっては、特に……。
「僕を止められるものなら止めてみせるッス! 僕もサラシナさんを全力で止めてみせるっスから!」
サラシナの刀が、鹿ノ子の胸部を切り裂いた。
けれど鹿ノ子は止まらない。
意地と意地のぶつかり合いだ。サラシナは復讐のため、鹿ノ子はそんな彼女を止めるため。
お互いともに、止まれない理由が確かにあるのだ。
「サラシナ! お前が戦うべきは俺達じゃない! お前が戦うべき相手はこの土地に巣食う、罪も無い者達を食い物にしようとする者達だ!」
がむしゃらに振り回される長巻が、ベネディクトの接近を制止する。先ほどまでは攻勢に回っていた鹿ノ子も既に後退済みだ。
怒りのせいか、忘我の境地に至ったサラシナの耳に、ベネディクトの声は届かない。
獣のような咆哮を上げる今のサラシナは、復讐に燃える1匹の鬼に他ならない。
やれやれと頭を掻いて、エイヴァンはゆっくりと前に出た。
「まぁ、部外者の俺が御託を並べてもあれだろうし、怒りをぶつけないと気が済まないのなら全力でぶつけてくればいいい」
肩に担いだ大斧を、エイヴァンは地面に叩きつける。
飛び散る土砂を浴びながら、エイヴァンはサラシナとの距離を詰めた。
「一旦止めるぜ。まぁ、俺は倒れるつもりはないから安心しろ」
背後に控えたアカツキと錬士郎へにやりとした笑みを浮かべて、エイヴァンはその身に冷気を纏う。斧を置き、手にした盾を両腕で支えエイヴァンは前へ。
斬撃による結界の中へ、その巨体を進ませた。
激しい音と、飛び散る氷片。
容赦なく、エイヴァンの身体に裂傷を刻む。
「ぁぁぁぁあっぁあああああああ!」
傷を負いながらも退かぬエイヴァンに痺れを切らし、サラシナは長巻を腰の位置へと引き戻す。
「ぁぁ……」
雄叫びが途切れ、すぅとサラシナは深く息を吸い込んだ。
エイヴァンの口元に笑みが浮かぶ。
両の脚で地面を振りしめ、身体の前面に盾を構える。否、それはまるで小さな氷山のようでさえある。
超重量のそれを支えるエイヴァンの膂力はかなりのものだ。
一瞬の静寂。
そして、斬撃が放たれる。
砕けた氷塊の間を縫って、アカツキはサラシナの懐へと潜り込む。
握りしめた拳の隙間から、暖かな血が滴り落ちた。
「怒りに身を任せるか。その生き方を否定する事は俺には出来ん」
技を放ったその直後、無の境地へと至ったサラシナの瞳と、アカツキの視線が交差した。
ほんの数瞬。アカツキはモミジとの会話の記憶を、視線を通してサラシナの脳へと送り込む。彼のギフトによるものだ。
モミジの瞳に宿る驚愕の色。
「目を、覚ませ──!」
ベネディクトの叫び声が、サラシナの心を激しく揺らす。モミジが倒れたことで、彼女の支配が弱まったのか……。
「そうだ……何で私は、あいつの話を、疑いもせず……」
ポツリ、と。
そう呟いて、サラシナは長巻から手を放す。
戦意の揺らいだサラシナの胸を、アカツキの拳が打ち抜いた。
立っているのが精一杯。
血を吐き、激しく痛む胸を抑え……サラシナはゆっくりとイレギュラーズへ背を向けた。
「自分が知らない間に全てを喪った悲しみ、鍛えた力が大事な時に間に合わなかった怒り……お察し致します」
その背へと、錬士郎が言葉を投げる。
一瞬、サラシナの足が止まったが……。
「…………」
それっきり、黙して語らず彼女は歩き去っていく。
だが、しかし……。
「あーぁ……せっかく面白くなると思ったのにねぇ」
なんて、掠れた声。
それはモミジの声だった。
腹部を血で汚しながらも、モミジは鉈を手に立ち上がる。
一瞬……駆けたモミジはサラシナの元へと接近し、その胸部を鉈で抉った。
「お、前……」
「ここでおしまい。アンタも、私も……村人たちのとこへ送ってあげるんだからさぁ、感謝してくれてもいいのよ?」
なんて、言って。
モミジはそこで息絶えた。
そして、胸を抉られたサラシナもまた……。
「っ……いや、気絶しているだけ。まだ……」
「急げ! こちらへ連れてくるのじゃ!」
サラシナを抱きとめた錬士郎へ向け、瑞鬼は怒鳴るようにそう言った。
武器を投げ捨て、錬士郎はサラシナを抱えて駆け出した。ユーリエは、回復術の行使へと向け魔力を練り上げ待機する。
誤解はとけた。命を繋いだ。
今後の生は、サラシナ次第ではあるが……。
モミジなどにそれを断たれてなるものか、と。
かくしてモミジは倒れ、サラシナの生は繋がれた。
彼女が今後、どう生きるのか。
再び山へと帰っていた彼女を見送り、瑞鬼はふんと鼻を鳴らした。
「馬鹿娘め……二度と利用などされるでないぞ」
なんて、彼女の声は。
サラシナの耳に届いただろうか。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
サラシナを誑かせていたモミジは討伐。サラシナも命をとりとめました。
依頼は成功です。
この度はご参加ありがとうございました。
女武芸者との戦闘、お楽しみいただけたでしょうか。
お楽しみいただけたのでしたら幸いです。
また、機会があればお会いしましょう。
GMコメント
●ターゲット
・サラシナ(鬼人種)×1
長く山中で修業を積んだ長身の女武芸者。
黒い総髪に袴、羽織を身に付けている。
武器として長巻を操る。
村人たちを殺された怒りからか、現在正気を失った状態にあるようだ。
静心一閃:物至範に中ダメージ、乱れ
自身を中心として放つ長巻による一閃。技を放つその瞬間、彼女の心は無の境地へと至る。
・モミジ(妖怪)×1
黒い着物に赤い髪、長身の女武芸者(?)
サラシナに強力し、イレギュラーズへの復讐に加担している。
その背に負った刃渡り五尺の大鉈を得物として操る。
鬼の太刀:物至単に大ダメージ、狂気
数舜の溜めの後に放たれる妖気を纏った大上段からの一撃。
●場所
時刻は夕暮れから夜にかけて。
村の周辺。サラシナの根城である洞窟近くの竹林か、村近くの山道、あるいは村の畑となる。
山間部は足場が斜面となっており不安定。
竹林は視界を遮る竹が生い茂っている。
畑であれば、足場や視界には何ら問題がない。
いずれかの場所にサラシナとモミジは潜伏している。
2人のいない場所であれば事前に罠をしかけることも可能だろう。
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