シナリオ詳細
汝、告解せよ
オープニング
●昏の匣
――おおよそ電話ボックスを倍にしたくらいの小さな『匣』だ。木製の戸を引き開ければ蝶番がきいと小さく、油の刺さっていない音を立てる。私はいままさにその匣の中へと足を踏み入れたところだった。
匣の中は昏い。新月の夜よりも暗い箱の中、わずか、戸を開いたときに見えた空間を思い出しつつ座席……ガあったと思わしき場所に腰を下ろす。木材同士が小さく軋んだ音や、吐いた息の音と熱。外では当たり前に雑音で片付けられるものも妙に響くように感じた。
「……ようこそ、――君」
不意に――正確に言えば、知ってはいたが実際に聞こえると思わなかった、が正しい――箱の中、向かいから声が私を呼んだ。箱の向こう側で声をかけてきた人間の姿は暗闇の中、さらに間仕切りの向こう側だ。その姿は見えることはないし、ただ、そこにいることだけがわかる。
「ああ、怖がらなくてもいい。ここに来たという事は解っているのだろう」
私は肯く。そう、ここは『懺悔室』だ。とはいってもただの懺悔室ではない。噂があったのだ。
とある教会のとある懺悔室。そこはいつ訪れても告解を聞く人間が居る。どんな罪も許される。どんな罪も受け容れる。全ての懺悔をただ聞き届けるだけの場所だと。他の懺悔室とは違う、闇より暗い暗闇から響き渡る声。男とも女ともつかないこれは私の『懺悔』を待っている。
「君の罪は私が赦そう。さあ、告解を」
そして私は、懺悔する。ああ、主よ。お許し下さい。貴方ではなくこの化け物へ罪を告解する事を。
●小さな世界
「特異運命座標君達は、赦されたいと願うかい?」
そんな事を宣いながら『故障済の精密機器』白雲クカイは本を一冊取りだした。
「この世界はねえ、そんな人間の『告解』で生きている世界なんだ。世界全体の大きさは懺悔室ひとつぶん。……つまりね、懺悔室なんだけどね。人が来ないんだって」
それの何が困る、といわれたら。非常に困るのだ。何故なら。
「この世界には一人しか生き物がいないんだけど、彼は人々の罪を食べて生きているんだ」
「代わりに赦しを与えるんだけどね。まあ、簡単に言えば『うしろめたい感情』を食べてるってことだよ。話してくれる。ただし、食べ物がないといずれ死ぬ。そして今はそんな中でお腹が随分とすいてきてしまったらしい」
懺悔室はただそこにある。中の存在がお腹をすかせて待っているとは思えない。
「お兄さんからの依頼はもう予想がついてると思うよ?」
汝、告解せよ。なんてね。格好を付けながらクカイは笑った。
- 汝、告解せよ完了
- NM名玻璃ムシロ
- 種別ライブノベル
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年07月20日 22時05分
- 参加人数4/4人
- 相談4日
- 参加費100RC
参加者 : 4 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(4人)
リプレイ
●告解は小さな匣で
崩れないバベルの上で用いるならば、電話ボックス二つ分をもう少し広くしたような。
外開き、かつ木製のドアのうち片方は開け放たれ、僅かに差す光から木製の椅子らしきものの位置が朧気に見える。奥行きはわからず、奥はひたすらの闇だ。もう片方のドアは閉ざされており、何故か外側から鍵がかけられていた。きっとここに人々の罪を食べて生きている、という存在がいるのだろう。
「いやあ、小さい箱ッスね!」
『機心模索』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)がそのようなことを口にするのも当然と言うべきか。奥行きがどれくらいあるのか、どういうふうになっているのか。気にしてしまうのはやはり彼女の性質もあるのかもしれない。
「匣がどれ程小さくても、此処の主は御客尽の運んでくる甘い苹果を待っていらっしゃるのでしょう」
「ここなら……私の願いをきいてくれるのでしょうか」
L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)と『砂漠の冒険者』アイシャ(p3p008698)は、貪欲に人を呑み込まんとする入り口を、一歩離れた所から見守っている。懺悔室の戸は油が刺さっていないのか、僅かな風にキイキイと音を立てていた。
「なら、ワシから行くぞい」
そんな三人の間に割り込むように『危魔道士』キンタ・マーニ・ギニーギ(p3p008742)の巨躯が入り口を遮る。
「なあに、告解とかいうやつもたまの戯れというやつじゃ。それに一番最初に入ってやるのも悪くないじゃろ?」
そう言うが同時、告解室の小さなドアを屈むようにして入り、ドアを閉める。
「君の罪は私が赦そう。さあ、告解を」
キンタがドアを閉めると、告解室は暗闇に閉ざされる。と同時に彼方から男とも女ともつかぬ声が響いた。
「実は――男のタマを握ろうとしたら……相手がおなごだったことがあったんじゃ。
恥ずかしい思いをさせた上にプライドまで傷つけてしもうて……本当にすまんことをしたわい」
「……」
告解室の主は、何も語らない。ただ、続きを促すような沈黙を静寂に流し込む。静寂は暫く続き、恐らくこれが罪の全てだと理解したのち、口を開いた。
「君の罪は私が赦そう。そして――」
「そういや、ワレも男か女か分からん声をしとるのう……どっちなんじゃ? また間違えて握っちまうといかんから教えておいてくれ」
告解室の主は、答えた。
「……私に、そのようなモノは存在しない」
その蛮勇をも、赦そう。その言葉と共に告解室の扉は開いた。さもありなん。
斯くして外に声は漏れ聞こえないこと、そしてゼノポルタの巨躯でさえも普通に入れるくらいの大きさがあることが外の三人にはわかったのであった。
●故に愛は罪へと転ずる
白く細い指を祈りの形に折り曲げ、ブルーブラッドの少女アイシャは口を開いた。
曰く、心の奥に閉じ込めた自分勝手で残酷な罪《ねがい》を聞いて下さいますか……? と。
告解の主は答える、君の罪は私が赦そうと。さすればその唇から紡がれるのは、告解だ。
「私には大切な家族がいます。優しい母と可愛い兄弟達と……行方知れずの父と。
私達の家はボロボロで、お金もなくていつもお腹が空いていて」
それでも私は幸せでした、お母さんの優しい笑顔と兄弟達の明るい笑顔があったから。
そう微笑むアイシャの顔を見れば、決してそれが嘘でないことは明白であった。
「お父さんがいなくなって、お母さんが病気になって。
長女の私が働いて皆を食べさせていかなきゃならなくなって」
働かないとお母さんのお薬が買えないし、兄弟達がご飯を食べられなくなってしまう。
私が頑張らないと皆が死んでしまうと必死になった。たくさん怖い思いをしたし、たくさん痛い思いもした――それでも辛くなんてなかったのは、家族を守れるのが誇らしかったから。大切な家族を失うなんて考えられない。
そう語りながらも、アイシャの組んだ指が震える。白く、細く、柔らかな指は未だ彼女が齢十六のうら若き乙女であることを示すようだった。
「そんな事になったら私は生きていけない。だからどんな事も辛くなかった。
でも……悲しそうに笑って、私に「ごめんね」って言うお母さんを見るのが、辛かったんです」
ずっと痛くて苦しいのに、お母さんだってきっと誰かに甘えたいのに、私を抱きしめてくれる優しさが嬉しくて辛かった。
「代わってあげられなくて、ごめんね」
「病気がすぐに治るお薬を買えなくてごめんね」
「お母さんがいっぱい痛くて辛いのを知ってるのに……生きてて欲しいって思っちゃって、ごめんね」
「お母さん、お願い。死なないで、いなくならないで、私、もっともっと頑張るから……!」
たとえ視界が滲もうと、温かい水滴が床に垂れようと。小さな匣の暗闇は全てを呑み込み、赦す。
無論、少女の――年相応の願い、叫びもだ。
「……母を大切に想うなら、苦しみから解放されるよう願わなくてはならないのに。真逆を望む私は罪深く強欲な娘です」
大好きだから、大切だから。ずっと私の傍にいてほしい。そう願う心は――
「如何なる罪とて、私は赦そう。汝が愛は、人を繋ぎ止める愛だと」
扉は開く、次の人を招くように。口を開けるように。
●夢は忘我のその先に
青い鳥は静かに暗闇へその小さな身体を滑り込ませた。黒い冠も、外套も、暗闇ではないも同じ。
瞼を閉じて、躰を折って、祈るように手を組んだなら。
「嗚呼、嗚呼――其処に御坐すあなたさま、宜しいでしょうか」
「……君の罪は私が赦そう。さあ、告解を」
暗闇に青い羽根が一枚、呑み込まれる。
「ぼくは、多くの事を忘れてしまいました。自分自身が誰なのか、
どんな名前を名乗って、どの様に生きていたのか」
好きな食べ物も、嫌いな食べ物も、愛した景色も、焦がれた筈の憧憬も何もない。
「取るに足らない記憶だったのかも知れません」
何の様に嚥下して、何の様に焦燥して……だなんて事をいちいち覚えていないことも、かつてあった記憶をただ取るに足らない記憶だと判ずることも。それもまた些事である。しかし――
「其れでも、『ぼく』を『わたし』を定義する魂の情報が不足していると気付いた時はさあ、と。血の気の下がる思いでした」
青い鳥を、未散という存在を。全てを忘れ、空虚のように見えるその器を突き動かすのは、此の身――入れ物に詰まった幾数多もの魂だとしても……知っているのだ。
「其の何れもが己のものではないのです」
少女のシャボンが暗闇で揺らめく。だから不意に、酷く曖昧になるのだ、と。
ローズヒップに必ず角砂糖をふたつ入れるのは、誰だったか。
甘いチョコレェトを分かち合ったのは、誰だったか。
あのワンピースを気に入ったのは、誰だったか。
一日の終わりに日記を綴ったのは、誰だったか。
「忘却は恐ろしい罪で御座います。凡ゆる痕跡の抹消、其れは重罪人の証拠に他為りませんから」
そう告解したことでさえ、罪さえ忘れて白々しく新しい『貌』で生きて行く。それが
「少しばかり、罪の意識があったもので告白した次第です」
伏せていた瞼を開き、組んでいた指をゆるりと解く。椅子に座りざま、懐に手を入れれば慣れたような手つきで煙草をひとつ、手に取った。
「煙草を一本吸っても?」
「汝が忘却の罪は、赦そう。然し、此処での喫煙は、赦さぬ」
「……失敬、此処は禁煙でしたか」
「然り。……君は、煙草を好んでいたのか」
「さあ? このやけに甘ったるい味が好きなのも――誰だったのでしょうね」
煙草を吸うような――そのような動作を一つ。しばしの沈黙ののち、
「如何なる罪とて、私は赦そう。汝が忘却は、誰かの夢になるのだと」
扉は開く、次の人を招くように。口を開けるように。
●機械人形は幸福の夢を見るか
最後に告解室へと入ってきたのはイルミナだった。備え付けの椅子に背筋をピッと正して座る姿は彼女が元々――いや、今現在も人間の道具として作られたロボットであるからか。彼女の双眸でも暗闇の中は捉えきれない。しかし、そんな事は関係ないと言ったようであった。
「赦してほしいこと、ッスか。うぅん、難しいッスね……イルミナがやってきた事に後悔はありませんから。
ヒトの命令を聞いて、その通りに動く。それがイルミナたちの使命ッスからね!」
そう、ロボットとは道具である。故に彼女がたとえ過去に何をしていたとしてもそれは使命であり、役割であり、存在意義であるのだ。ナイフで鶏を捌いても、ナイフが殺しの罪を負うことがないように。
「……だから、そう。赦してほしいと言えば。この混沌に来てから、自分の考えで行動していることッスかね。
ふふ、悪いことをしているんスけど、でも……『楽しい』んスよね、今、この瞬間が」
「勿論ヒトのお願い、命令を聞いているのも嬉しいんスけど。それ以上に……イルミナも1つの生命として存在できている、その現状がどうしようもなく愛おしくて」
そう、罪を告白するイルミナの表情は――笑顔だった。
「今は、元の世界に帰りたいと思わないんスよね。あぁ、本当に悪い子ッス、イルミナは!」
「――……それが、君の罪か」
「そうッスね!」
告解室の主――男とも女ともつかぬその声が揺れる。暗闇も少しばかり揺らいだように見えた。
「それはそれとして、何かしてほしい事とかありません?イルミナに出来る事だったら何でもしてあげるッスよ! さぁさぁ遠慮なく……!」
わきわき、と手を動かすイルミナの前に。
「……如何なる罪とて、私は赦そう。汝が耽る享楽は――生の証だ。そして」
告解室の主は、小さく、告げる。
「なら、一つ。此処を出たならば、これを」
イルミナの手の中に暗闇から落とされたのは、小さな鍵。
「これで、反対の扉を開けてくれ。ただ、それだけでいい」
その意味を知らずとも構わない。そう言って、優しく告解室の扉は開けられた。
●
キィ、バタン。
成否
成功
状態異常
なし
NMコメント
※相談期間が短いです、ご注意下さい。
夜中に珈琲を飲む大罪を犯しました、膝毛です。
三本目のLNになります。今回は相談期間短めとなっておりますがご容赦下さい。
●目的
赦して欲しい罪を告白する。
何でもいいです。間食しちゃったとかいう内容でもいい。
赦して欲しいことを告白して下さい、赦します。
●世界『懺悔室』
まさかの引き戸で開けてはいるタイプの世界。
懺悔室サイズです。というか懺悔室です。真っ暗です。
●サンプルプレイング
赦して欲しいことォ……? そんなの思いつか……あっ、あった。
冷蔵庫に入ってた妹のプリン、私が食べちゃったんだよね。
すっごい楽しみにしてた、ての後から聞いてさあ……こんな罪でも赦してくれます?
以上になります。よろしくお願いします
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