PandoraPartyProject

シナリオ詳細

眩闇のアブグルンド

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『罪』を語りき
 身贔屓と言われるかも知れませんが、とてもいい子でした。
 産まれた時はとても小さく……壊れそうな程に脆く、同時に何よりも愛しく思えたものです。
 ……妻は産後が悪く、あの子を産んだ後、程無くして亡くなりました。
 聖職という身の上で、神に嘘を吐く事は出来ません。自身の過去を受け入れぬような醜悪な真似は出来ません。そして何より、同時に私の『大それた願い』に今、耳を傾ける貴方方にも嘘を吐く事は相応しくないでしょう。
 ……ええ、私は大いに世界を呪いました。私から愛する妻を奪った運命を、神を、ひょっとしたら――あの子自身をも呪ったかも知れません。
 長く、永く、果て無く、無為に。私は私の未熟さと向き合う事を余儀なくされ、あの子はそんな私から感じるものがあったかも知れません。私はとても愚かな父親だった。
 しかし、敢えて自惚れるならば、私はその罪をきっと乗り越えたのです。
 信仰を取り戻し、運命を受け入れ、あの子を心から愛する事が出来た。
 時間は必要でしたが、懊悩の時間は無駄ではなく――歯車は正常に戻されたのです。
 あの子は、とてもいい子でした。
 母親の居ない自身の境遇を恨む事はなく。自身に何処か冷ややかな視線を向ける父親の愚を責め立てる訳でも無く。幼い、幼気なその全身に背負った重荷を感じさせない、健気な子でしたとも――親馬鹿と謗られようとも、ね。
 ……全ては上手くいく筈だったのです。
 取り戻した長くて短い穏やかな時間の先。
 あの子ははとある富豪の息子に嫁ぐ事になりました。
 聖職の私は――必ずしも肯定し難いが、狩りが趣味の逞しい二枚目でね。
 中身も外見も、家柄も整った実直な好青年でしたよ。
 彼は私に「必ずアリーチェを幸せにする」と誓ってくれました。
 彼は愚かな父親には勿体無い、そしてあの子には相応しい――立派な男でした。
 ……でもね。どうしてでしょう。何故なのでしょう。
 私は兎も角――神はあの子には幸せになる資格がないと言いたいのか。
 何をどうしたら――おお、かのような無慈悲を行う事が出来たのか!

●『罰』を語りき
「――依頼は、私を彼――マリウス・シェーナーの元に到達させる事です。
 いや、もう少し厳密に言うと『この計画に従い、マリウス邸の邪魔者を排除し、私に彼を断罪させてくれる事』です」
 黒いカソックを身につけた壮年の神父は、丸眼鏡の奥の温和な瞳を曇らせる事は無く――実に恐るべき計画を躊躇なく口にして見せた。神父は歳よりも若く見える風貌をしていたが、縛った長い銀髪には心労の為か白髪が混ざっている。その内面を表すかのように雰囲気は酷く老けているようでもあり、比較的若々しい外見と相俟ってその年齢不詳感、底知れなさを演出しているかのようでもあった。
「……何故、彼を?」
 イレギュラーズの当然の問いに神父は静かに返答する。
「……あの子は山狩りの共に出た時に死にました」
「まさか……その男が?」
「広義ではその通りと言えるでしょうね。狭義ならばそれは事故と呼べるでしょう。
 マリウスの趣味に付き合ったあの子はその現場で命を落としたのですから」
「事件の可能性は?」
 考えたくない可能性をイレギュラーズは考えた。
 その男が実は周りを欺いているだけの外道だったならば――神父の娘を弄んだだけなのだとしたらば。醜悪極まりないが、幻想ではそういう事件が無い訳では無い。
「ありませんね。イレーヌ大司教にも協力をお願いして、徹底的に調査いたしました。
 この数ヶ月――可能な伝手を全て使い、全ての労力を傾けました。
 彼に『悪意』は無く、娘の身を襲ったのは唯の不幸だった。それは間違いない。
 あれは確かに事故だった。『彼が獲物と間違えて彼女を射ただけの事故だった』」
 嗚呼、何と不出来な喜劇だろうか――
「……『断罪』とは穏やかじゃないな。
 念の為に聞くが、『おかしな声が聞こえた』とか。『衝動が起きた』とか。
 そんな事は無かっただろうな?」
 昨今の狂乱事件の数々がイレギュラーズの脳裏に掠めたのは当然だ。
 神父からは静謐な狂気、凪のように穏やかな殺意が伝わってくる。
「嗚呼、羽虫のように煩い声は聞こえましたとも。
『そんなものに我が憎しみを汚させる訳もありませんがね』」
 ……今の言葉は彼の発した中で最も恐ろしげに響いていた。
 彼はその本心を隠していないし、隠す心算が無いという言葉は嘘では無かろう。
「随分と努力はしたのです。毎夜、一晩中神に祈り、我が不徳を恥じ、妻を永らえさせる事が出来なかった己を顧みました。あの子を幸せに出来なかったのは父親とて同じではないかと、必死に言い聞かせたのです。
 しかし、この憎しみは怪物だった。一度深淵より這い出たそれは、光り輝く全てを呑み食らう、貪欲な魔獣のようでした。不可能だったのです。もう私にそれは飼い切れず、倒す事は叶わず。かつて信じた全てのものが今の私には褪せてしまった。
『そんな事に意味がない事を何よりも理解しながら今の私はそれ以外目に入らない』。
 ――御理解頂けましたかな。故にこれは酷く身勝手で醜悪な復讐なのです。
 心より謝罪いたします。貴方方を、かくも醜い依頼に付き合わせようとしている事を」
 イレギュラーズは苦笑し、言葉を失わざるを得ない。
 至極冷静に狂っているとはこの事である。
 少なくともこの神父自身は己を『悪』と断じたいようだが、それすらも難しい。
 迷宮の果てに善悪の彼岸は遠く――正義の客観視は元より凡そ誰にも不可能だ。
「邪魔者、と言ったよな」
「ええ。先にイレーヌ大司教に協力を願った、と申し上げましたが……
 結果としてこれがいけなかった。彼女は非常に頭の切れる才媛だ。
 若い頃から見知っておりますが……いえ、もう少しハッキリ言うのならば、彼女を『教えた』のは私という事になりますか。兎も角、彼女は私の様子から何かを察してしまったのでしょう。
 教会に属する聖堂騎士を三名、僧兵を十二名もシェーナー邸の警戒に当たらせている。
 マリウスが事態を把握しているか、またどう考えているかは不明ですが、敬虔な信徒である彼は一先ずこれを受け入れているようです。
 私一人で騒ぎを起こせば事を仕損じるかも知れませんし、助力が必要です」
「成る程な」
 概ねの事情を察したイレギュラーズは最後に神父に一つを問うた。
「彼は――マリウスは、貴方に謝罪を?」
「勿論」
 神父は温い笑みで言葉を結んだ。
「私が、その場で彼を縊り殺さなかったのは――長い信仰が無意味で無かった事の証明だ」


 ――深淵を覗く時深淵もまたあなたを覗いている

                 ――フリードリヒ・ニーチェ

GMコメント

 YAMIDEITEIです。
 プレイング次第の部分が大きい造りです。
 以下、詳細。

●依頼達成条件
・神父がマリウス・シェーナ―を『断罪』する事

●神父
 依頼人にして同行者。戦闘能力は高いです。
 黒いカソック、丸眼鏡、縛った銀髪の年齢不詳の気がある男。
 若い頃、イレーヌを師事した事もあるとのこと。
 一人娘の死を切っ掛けに再び懊悩し『眩闇の獣』に敗北した、との事です。

●あの子
 亡くなってしまった神父の娘。
 婚約者に誤射で殺されるという不幸な結末を望んだのは何処の邪神か。

●マリウス・シェーナ―
 富豪の息子。二枚目、実直、好青年とほぼ非の打ち所の無い人物。
 神父が認める程に誠実で敬虔であり、件の誤射に悪意や事件性は絶対にありません。
 深く苦悩し、心より事故を後悔し、神父に謝罪をしています。
 現状はシェーナー邸で神殿勢力に護衛をされている状態です。

●シェーナ―邸
 マリウスと家人、使用人が合計で十数人暮らしています。
 シェーナ―の両親、姉夫妻、その子供が二人。それから使用人です。
 神殿勢力が合計で十五人警戒に当たっています。
 大きな屋敷です。見取り図等はありませんが、普通のお屋敷です。

●神殿勢力
 エリートである聖堂騎士が三名。
 僧兵が十二名シェーナ―邸を警戒しています。
 シェーナー邸の正門には二名の僧兵が居り、外壁を二名一グループの僧兵が警邏しています。内部の配置は不明ですが、イレーヌに心酔している彼等は『マリウス・シェーナー及び家人の無事を優先して考え、非常に忠実に仕事を行います』。
 イレーヌの人望が高い為、妨害者として有能になってしまっているパターンです。

●情報確度
 Bです。依頼人の言葉に嘘はありません。
 シェーナ―邸内部の情報はありません。

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

 超長いOPになってしまいました。
 以上、宜しければご参加下さいませませ。

  • 眩闇のアブグルンド完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年04月29日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シェリー(p3p000008)
泡沫の夢
アムネカ(p3p000078)
神様の狗
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
ボルカノ=マルゴット(p3p001688)
ぽやぽや竜人
HaL(p3p002142)
Dr.
アーデルトラウト・ローゼンクランツ(p3p004331)
シティー・メイド
Svipul(p3p004738)
放亡
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ

リプレイ

●理不尽I
 月の無い夜に九つの影が踊る。
 何かが起きるには似合いの夜で、何かが起きないとしても――それは確かに不吉な夜だった。
 信仰を志さぬ者なら、神の存在を疑った事はあるだろう。
 世の中は有史以来常に無慈悲な運命に溢れており、例えば生まれの一つであるとか。例えば運の良し悪しであるとか――
 凡そ公平というものからは程遠く、善行を積んだとて不幸は時に容赦なく襲いかかるし、その逆であっても幸福に満ちて一生を終える事も少なくない。
 因果応報という言葉はあるが、その言葉は理不尽の溜飲を下げ切るには到底遠く及ぶまい。
 信仰を志さぬ者ならば、神の不在――或いは『当てにならなさ』は道理である。
 その体現とも呼ぶべきこの幻想(レガド・イルシオン)で人々は溜息を吐きながら――それでもあな遠い空の神に祈りを捧げてきたのである。
「どの様な依頼であろうと受けた以上は遂行するのみ――なにより、その想いは他人に否定できるものでもありませんから」
 溜息にも似た言葉を漏らしたのは『泡沫の夢』シェリー(p3p000008)だった。
 彼女は『この依頼の後』の事をちらりと頭に思い浮かべ、何とも微妙な顔で頭を振った。
 今日イレギュラーズが請け負った依頼は『信仰を志す者が神の不在を確信したならばどうなるか』という何とも後味の悪いものであった。
 敬虔な神の信徒だった『神父』が憤怒なる眩闇に呑まれたのは余りにも不幸な娘の死が切っ掛けだった。
 事故とは言え、自身の最愛の娘を――その婚約者に殺されるという運命は彼をしても受け止め切れるものではなかったのだ。
 かくて、信仰と情愛、冷静な理解と暴走する憎悪と憤怒に懊悩した彼は復讐を最後の結論としたのである。
 至極冷静に狂った彼はイレギュラーズを前に言ったのだ。

 ――自身の『断罪』に力を貸して欲しい、と。

「仮面を付けて、衣装も男性的なものに着替え……気分は暗殺者であるな! 付き合わされる側の身にもなってほしいのであるが」
 それ程本気の口調では無く、しかし苦笑い混じりに言った『放亡』Svipul(p3p004738)に依頼人たる『神父』が「申し訳ありません」と頭を下げた。
『結果的に娘を死なせた男』への復讐へ赴かんとしている銀髪の神父は皮肉にも全身を黒いカソックに包んでいた。
「非常に申し訳ない、とは感じております。しかしながら、私は必ずやり遂げなければならない」
「まま、しかし。私も……善人では無い故。その仄暗くも眩い熱意は、確実に送り届けようぞ」
「例え解っていても、そうしないと終わらないのであろうな。
 それなら、我輩達が連れて行くだけであるよ。どうか、良い終わりを」
「ま、これも仕事だ。『完璧な善人』ばかりじゃ――俺が生きにくいってのもあるがな」
「そう」
 フォローするでは無いがそう続けたSvipul、『ぽやぽや竜人』ボルカノ=マルゴット(p3p001688)、『アニキ!』サンディ・カルタ(p3p000438)の二人に『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)が頷いた。
「善悪の判断は、ナンノブマイビジネス。
 依頼人に寄り添うのはビジネスの基本、この局面――重要なのはそれだけです」
 夜に影を探すようなもの――成る程、この寛治の内面を探すにその言葉は良く似合う。
 現代地球で言う所のクラシカルなビジネススーツを着こなした寛治は温和なビジネスマンの顔でにっこりと笑った。
 商談の成立に握手の一つでも求めて来そうな彼が今夜請け負ったのは神父の『断罪』の片棒である。
 様々な便宜が図られる特異運命座標の仕事とはいえ、どんな言い訳も立たない裏稼業であるのだから彼の鉄面皮は大概のものと言えるだろう。
「『主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する』……ンー、随分と敬虔な神父サマじゃあねーか」
「皮肉さ、諭す仕事はもう辞めたんだ」と冗句めいた『Dr.』HaL(p3p002142)の言葉に表情を変えず『神様の狗』アムネカ(p3p000078)が続けた。
「意思を持って罪を犯せばその時から、人は列に並ぶことになる。
 いつか自分が復讐されることになる、終わらない葬送の列に。
 ……先に並んだ人間として、神父さんが並ぶところを見届けることにするよ」
 抑揚こそ余り篭っていないものの、アムネカの言葉はぞっとするような響きを帯びていた。
 中性的(ユニセクシャル)な彼が月下に並ぶ神職(ごどうはい)に向ける言葉はこれより始まる復讐へのエールのようでも、断罪のようでもあった。
 今宵、葬儀人(しまつにん)を気取る彼は僅かばかり目を細め、咥えた煙草から紫煙を燻らせるばかりである。
「さて、準備の方は如何程でしょうか?」
 至極冷静な調子で問うた『シティー・メイド』アーデルトラウト・ローゼンクランツ(p3p004331)にボルカノが頷いた。
「作戦通り、我輩のファミリアーで邸宅内を探り済みなのである。
 まぁ、余り派手にやる訳にもゆかぬから、神殿側の配置を完璧に探れたとは言い難いのであるが」
「まさに、闇夜を嗅ぎ回るネズミという訳ですな」
 ボルカノと五感を共有した使い魔(ネズミ)は今回の襲撃に少なからず役立つ情報をパーティにもたらしている。
 シェーナー家の出入りの業者に『鼻薬』を利かせた寛治のコネクションと合わせて、事前準備としてはかなり上等なものになっている。
「まずは外戦力の優先排除。その後は二手に分かれて一階を制圧、合流後ターゲットを中心に探索――と。
 重要なのは兎に角、神父が例の男の所に到達する事だ。最終的には『臨機応変』ってヤツになるが、積極的に足止めだな」
 サンディの言葉に面々が頷く。
 パーティは効率的で素早いミッションクリアの為に戦力を二つに分ける事を決めている。A班をHaL、アムネカ、Svipul、ボルカノの四人。B班をシェリー、アーデルトラウト、サンディ、寛治、そして連絡役にボルカノの使い魔、本命の神父に分けるという寸法だ。
 そして、少なくともこの時間、一階にユリウスや家人が居ない事はボルカノのファミリアによって確認されている。
 寛治の情報と照らし合わせても、一般的な邸宅の造りを考えても居室は二階に集中していると考えても良さそうだった。
「こんな事を言うのは――間違っているかも知れませんが」
 丸眼鏡の奥の瞳を暗く輝かせた神父はイレギュラーズに言った。
「ありがとうございます」
「なあに」
 HaLは神父のそんな『重い』言葉を敢えて軽妙に受け流す。
「『オレ達が神父を唆した』って体で動くつもりだ。
 神父がキレてトチ狂ったってコトは相手方も知ってっし……
 原因も明確だが、その『後押し』みてーな存在があると分かりゃ、神父一人の醜聞にはならねーだろ」
 HaLの言葉に微笑む神父はその言葉に答えを返さなかったが――復讐の時は来たれり。惨劇の夜は今まさに幕を開けるのだ。

●理不尽II
 奇襲を仕掛けるという意味でパーティは非常に優秀な集団だった。
「恨みは無いが、これも鎧袖一触というものぞ」
 余りにも圧倒的な反応速度はSvipulの前に誰の手番も認めまい。
 当然の如く最速で先手を打った彼女の蹴撃は敵影を確認するより早く僧兵の頭部を強かに蹴り叩き、そのSvipulには及ばないとはいえ、十分な反応速度を誇る寛治、アムネカ、HaL、シェリー、サンディといった面々は隙を見逃す事無く刹那の勝負でこれを制圧にかかっていた。
(出来れば無駄な死人は避けたい所ですが)
 シェリーがちらりと考えた『適度な加減』はある種の余裕でさえある。
 偶然か必然か――極めて『素早い』パーティは怒涛の勢いで場を制圧せしめていた。
 実戦経験を積み、強靭なイレギュラーズを相手に無勢では見張りの僧兵が出来る事はほとんど何も無かったと言える。
 事前の調査で邸外の見回りを行う僧兵が二人である事、その動き方を把握していたパーティは電撃的な奇襲で彼等を圧倒したのである。
 とは言え、外の見張りの強襲は多勢に無勢。強敵たる神殿騎士の姿もないのだから圧倒出来て当たり前の部分も小さくない。
 首尾よく見張りの戦力を静のままに無力化したパーティはここからが正念場と気合を入れ直した。
「さてさて、昔みたいに三秒で出来ちゃうかな……っと」
『神様の狗』としては何とも評価が難しい鍵開けのスキルを発揮したアムネカがそう言った時には既に正門の鍵を開けていた。
「おー、お見事」
 アムネカにしてもこのサンディにしてもその手癖の悪さは折り紙つきだ。この仕事には十分に役に立つ。
「罠も無さそうであるな」
「神殿勢力なら当然であるか」とSvipul。
 僅かに金属の軋み音を立てる背の高い正門を潜り、九つの影が邸内を目指す。
 先述した通り、ここから先は二班による一階の制圧だ。退路をある程度保持し、増援を防ぐ為の方策だが、この先は時間と目的意識との勝負にもなる。
 敵は多く、仮に全員を倒せたとしても――神父がマリウス・シェーナ―を逃せば依頼は失敗するのだから一筋縄でいく話ではない。
 お互いに目線を送り、頷きあったイレギュラーズ達はそのまま邸内に侵入。
 誇り高くはない――さりとて失敗する訳にはいかない仕事の本番を迎えていた。
「貴様等――何者だ!」
 玄関から続くホールでイレギュラーズを迎え撃ったのは一人の騎士に率いられた四名の僧兵である。
 広いホールは暴れ回るに十分なスペースがある。奥のドアが食堂に続いているのはボルカノが確認済みだ。
 パーティは抜け目無く、瞬時の判断で階段の位置を目視で確認せしめている。
 二手に分かれる『敵』に舌を打った騎士は、しかし目前のA班を放置する訳にはいかず、B班の動きを止める術は無い。
「さて、御免であるが――一気に制圧するのである」
 神殿側が構えを取る。
 やはりこの場でも最速で先手を打ったのはSvipulで、一気に間合いを詰めた彼女の格闘戦は麗しき戦場の鏑矢となっていた。
「戦闘は迅速にな。まぁ、たまには――拙速も重要ってこった」
「そっちも仕事だろうけど、こっちもお仕事だからね。義はないだろうけど、通らせてもらうよ」
 HaLの奏でる支援を受けたアムネカが低い姿勢で間合いを詰め、唸る蹴撃をお見舞いした。
 先制攻撃に幾らか動揺した僧兵だが、すぐに倒し切るには到らず彼等の反撃も猛然としたものとなった。
 まさに『彼等も仕事』とはその通りで――大司教イレーヌ・アルエへの忠誠心に裏打ちされた神殿勢力の士気は決して低くはない。
「おっと……神父も随分と良い師匠過ぎたようであるな……!」
 それぞれ得物での格闘戦を挑んできた僧兵達に先手を打ったSvipul、アムネカが幾らか手傷を負っていた。
 中距離のHaL、零したボルカノの元へも数に勝る敵側の攻撃は及んでいる。
「なれば、出し惜しみは無しである――!」
 ボルカノは吠えてボルカニックライフルを構え直した。
 室内での戦いは完璧な得手ではないが、この竜人は近接戦も良くこなす――

●理不尽III
「ちょっとばかり派手で、悪いけどな――」
 サンディナイトスペシャル――不良魔術師仕込みの火焔魔術が敵を煽る。
「――はっ!」
 裂帛の気合と共に床を蹴ったシェリーがビートを刻むかのように加速し、神殿騎士を翻弄せんとする。
 体力を減じた敵を射抜くのはメイドらしからぬ絶大な破壊力を見せるアーデルトラウトの格闘だった。
「これはお見事」
「不本意ではありますが」
 寛治に零す彼女の本来の得手は距離戦闘だ。
 しかしながら他のイレギュラーズを上回る威力を持つ彼女はあっさりと僧兵の一人を沈黙せしめた。
「負けてはいられませんな」
 手にした紳士用の長傘を駆使する寛治が器用に神殿騎士を叩く。
 よろめいた神殿騎士が血の線を引いて崩れ落ちた。
 イレギュラーズ側と異なり、長剣を振るう神父には不殺の心算は無いらしく――返り血を浴びたその顔は温和なまま幾ばくかの狂気を湛えていた。
 幾らかの手傷を負い、被害を受けつつも一階の戦力を押し切ったイレギュラーズだったがまさに二階での攻防は正念場となっていた。
 神殿勢力は必死の抵抗を見せ、拙速を尊ぶパーティも幾らかの時間のロスを余儀なくされていた。
 騒ぎは確実に邸内全てに伝わっており、或いは窓から等――マリウスが逃走を図ってもおかしくはない状況となっている。
(時間のロスを考えれば、急がねばなりませんね)
 表情一つ変えないアーデルトラウトだが、その分析は的確と言えるだろう。
 パーティの動きは決して悪いものではなかったが、この依頼はまず持ち込まれた時点で条件が良いとは言えまい。
 敵の数は味方に倍するものであり、ターゲットを神父に仕留めさせなければならないという付帯条件は中々厳しい。
「ああ、また新手みたいだぜ!」
「……っ!」
 サンディの声にシェリーが視線を向ければそこには新手の僧兵の姿がある。
 敵の増援に集中打を浴びた彼女が遂に倒された。
「クライアントに念の為、確認しておきますが――撤退は判断の内には?」
「ありません」
「結構です。では『あくまで貫徹』のプランでいきましょう」
 実に不敵な寛治が増援に相対し、敵の勢いに立ち向かう。
 そして、そんな混戦の中、やがてB班に転機が訪れた――
「連絡がありました。想定されるターゲットの居場所は――」
 声を上げたアーデルトラウトに神父の表情が変わった。
「――お急ぎ下さい」
 メイドは趣味の嗜みだが、鉄火場においても彼女は全く彼女だった。
 情報共有の為の楔としてB班に配置されたボルカノの使い魔が仕事を果たしたのだ。
 A班もB班と同様に多数の敵を相手取る苦しい展開だが、こうなればやる事は一つである。
 神殿勢力がこれまでしていた足止めというべき動きを、パーティが果たすのみである。
「ま、しっかりやんなよ」
「ご武運を」
 サンディ、寛治が敵をブロックし、足止めに回る。
 無論それは神父をこの場から離脱させる為の行為であり、彼は迷わずに完璧に――復讐へと邁進を始めていた。
 パーティの持てる力全てが彼の復讐の成就に注がれていた。
 結果的に一人では絶対に為し得なかったこの『悪』は数奇な運命の先に結実を迎えようとしている!
 居室の一の扉を蹴破り、銀髪を額に貼り付けた神父がマリウスの前に立つ。
 震える唇は上手く言葉を紡がない。彼を睥睨する目は爛々と輝き、血走ってさえいる。
 マリウス・シェーナ―は椅子に座っていた。部屋にある大きな窓は閉じており、彼が逃れようとした形跡は何処にも無かった。
「やはり、貴方でしたか」
「逃れなかったのは、贖罪の真似事だとでも?」
「とんでもない」
 マリウスはやや生気のない瞳で首を振る。
「これは『断罪』だ。貴方ならぬ、この僕の。
 いや、貴方は僕が自刃しなかった事を笑うでしょうね。
 だが、僕が『贖罪』すべき相手はアリーチェだけでは無かった」
 復讐劇はここに在り。
 罪が故に罰。罰が故にそれも又、罪――
 振り上げられた白刃の煌めきに、マリウスは一言だけを漏らした。
「最後にお伝えしたい。アリーチェは最後の時、僕に伝えて欲しいと約束した――」

●眩闇のアブグルンド
 仕事を果たしたイレギュラーズはシェーナー邸を何とか離脱するに成功した。
 仕事柄、余り派手に目立てば彼等とはいえ『タダで済まない』案件である。
 一先ず『無事』に仕事が終わったのは何より僥倖だったと言えるだろう。
「お疲れさま……並んじゃったね。終わりのない、葬送の列に」
 同じ聖職として――僅かな憐憫を込めてそう言ったアムネカに神父は穏やかに微笑んだ。
「私は恐らく――もうずっと『神父』等では無かったのでしょう」
「ああ。信仰っつー糸を切っちまったら、神父もただの人だよな」
「人、なれば良かったのですがね。これは既に唯の獣だ」
 HaLに神父は告げる。
「お気遣いは痛み入りますが、此度の凶事、皆さんの名は余り出さない方が良いでしょう。
 無論、数は誤魔化せませんが――そんなもの、この幻想の何処にも悪事を働こう者は居る筈ですからね」
「『もう糸はいらない』って話か」
 血濡れた彼は静謐なまま。狂気はそこに蟠り、しかしその激しさをこの一瞬だけは吐露しない。
「彼は最期に何と?」
 ボルカノの問いはイレギュラーズの代弁に近かった。
「『ありがとう』――もっとも、それは彼の言葉では無かったが」
 それは――の、言葉か。
 吐き出した『彼女』の心象を察すれば、悲劇の悪意は絶筆そのものだ。
「……神父様、『眩闇の獣』は消えたであるかな。それとも」
「さて」
 答えは返らず、神父は一礼をして踵を返す。
「さようなら。良い目覚めを、神父」
「神父様、お名前をお聞かせいただいても? 次に貴方とビジネスをする時のために」
 その背中をSvipulの、寛治の言葉が追いかける。
「『次』は、敵か味方か判りませんがね」――言葉の後半を口にしなかった寛治に一言だけが返された。
「最早この名に意味はない。ですが、貴方方にだけは伝えておきましょう」

 ――パスクァーレ・アレアドルフィ。それが私の信仰の墓標です。

成否

成功

MVP

ボルカノ=マルゴット(p3p001688)
ぽやぽや竜人

状態異常

シェリー(p3p000008)[重傷]
泡沫の夢

あとがき

 YAMIDEITEIっす。

 MVP悩んだので称号出しときました。
 内容が重くて複雑だっただけに字数が非常に不安でしたが、何とかギリイン。
 神父はこの後、メフ・メフィートから姿を消した模様です。

 シナリオ、お疲れ様でした。

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