＜月蝕アグノシア＞おてんばメープルと草色の凍土

オープニング

●全ては氷の中
「みんなはあっちに逃げて！」
「メープルは！？」
「私は大丈夫、それよりあいつらがすぐ近くまで来てる！」
　常春の王国、妖精卿アルヴィオン。その首都とも言える妖精の大都市、湖畔の町エウィン。
　おとぎ話の中にしか存在としないと思われていたその幻想的な自然の街には今、不可思議な冬が訪れていた――
　明らかに不自然な速度で広がりきりかぶの家を、花畑を、憩いの大樹を、全てを呑み込んでいく氷の波は妖精達をも無慈悲に呑み込み、彼女達をただの氷柱へと変えていく。
「お願いだから、私は大丈夫だから！」
　茶髪の妖精が大きく手を振って助かった仲間を誘導し、逃がしていく。凍った仲間がどうなるか、自分が助かるのかすらわからないが、メープルと呼ばれた妖精は勇気を振り絞り仲間を励まし誘導する。
「イレギュラーズのみんなならこんなところで逃げないんだから……！」
　せめて一人でもこの脅威から逃がして、『敵』の正体を掴まなければ――そう震えを必死に抑えるメープルが見た物は、あまりにも予想外な物であった。
『驚いたのです、てっきり凍ったか逃げたかのどっちかと思ったのですが』
『ええ、逃げるならはようせいって感じよね』
「え……え……！？」
　始めは恐怖の余り、来るはずのない仲間が来たのかと思った。あるいは敵が見せた幻覚か。でも違った、奴らは確かに質量を、呼吸を、そして存在を持っていた……色だけが無い彼らは間違いなくそこにいた。
『どっちにせよ、捕まえてこの子もフェアリーシードにしてあげればいい話です、Sさんお願いします』
『ええ、こお、りっぱな感じに氷の像にしてあげるわ！』
　寒い、物理的にも精神的にも。メープルはそう思った。だが白い人間のダジャレに続くように冷気の渦が迫ってくるとなれば冗談でも洒落になる様な状況ではあるまい！
「ひ、ひやああっ……！？」
『おっと、逃がさないのです』
　一目散に逃げだしたメープルを逃がさないと男のハーモニアの口から放たれたのは歌と認識する事すらおこがましいほどのガラガラ声。メープルはすぐに、自らの四肢が不自由になる感覚を覚えた。仲間が中々逃げなかったのはこの為か――
「でも、逃げなきゃ……伝えなくちゃ――そうだ！」
　一歩、また一歩、妖精は必死に宙を蹴ると、唯一自由に動く羽根を動かし、湖畔の町の傍らにある小さな泉へと身を投げる様に飛び込んだ――！

●「……もう、ぎぶ……」
　深緑の更に森深くに位置する妖精の門、『空色の泉』――そのそばでぐったりと横たわるメープルが『協調の白薔薇』ラクリマ・イース(p3p004247)と『初日吊り候補』セリア・ファンベル(p3p004040)を見た第一の言葉がそれであった。
「メープルさん！？　すぐに治療するのです！」
　イレギュラーズ達の必死の回復の後……メープルはゆらりと立ち上がる。
「……ああ、色があるね……やっほ……」
　弱弱しくほほ笑むメープルの姿と彼女が話した体験にイレギュラーズ達は顔を曇らせる。
「色があるって、まさか……アルベドかしら」
　イレギュラーズ達の『細胞』と妖精達の『命』を使った魔種の玩具『アルベド』……メープルを襲ったのは彼らに違いない。あの白い怪物達は親玉である魔種の意に従い妖精卿中を滅茶苦茶にして回っているのだろう。
「うん、確かにそんな奴らだったよセリアさん、ラクリマさんみたいなのもいたよ、見た目はね」
「そう、それは災難だったわねメープル」
　セリアは話を聞くと、深くため息をついた。
「それにしても私をベースにしてる割には変な性格ね、自我が芽生えて苦しんでるのもいるって話もあるべど」
「……セリアさんだからじゃないかな……」
「それどういう意味かしら」
　二人の口論はさておき、とラクリマは『いねむり星竜』カルア・キルシュテン(p3n000040)へと声をかける。
「メープルさんの話が本当なら、俺達のアルベドを放っておくのはまずい気がするのです」
「……そうだね、材料にするって言ってたみたいだし」
　イレギュラーズ達の目的はエウィンの塔に幽閉された女王を救う事――とは言え、そのアルベドを放置しておけば仲間が増える事になってしまう。何より、あの妖精の同郷の友達を放っておくわけにはいかないだろう。
　これからの憂いを断つためにも、そのアルベド二人を何としても見つけ、叩かねば。
「私も手伝う……道案内は得意だから」
「メープル、大丈夫なの？」
　イレギュラーズへ道案内を名乗り出たメープルに対し、心配そうにカルアが尋ねると……うん！　とメープルは頷いた。
「だってこんな時に私がへばってられないもん！　それに奴から逃げる必勝法はもう知ってるから！」
「……それって？」

「奴らの気を逸らすぐらい大きな声で叫べばいいの。とっさに思いついたんだ、『布団が吹っ飛んだ！』って！」

参加者 : 8 人

冒険が終了しました！　リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧（8人）

リプレイ

●草色の凍土
　穏やかな空と高くそびえ立つ塔の下には、一面の草色の氷。
　湖畔の都、エウィン。ミニチュアサイズの可愛らしい家々が立ち並ぶその領域は一転し、絶対の冷気と無数の氷晶が支配する魔境と化していた。
　辛うじて道と分かるその足場の両脇には、恐怖の表情で氷の結晶の中に閉じ込められた妖精たち――イレギュラーズ達が辿り着く頃にはその何人かが丸くくりぬかれ、どこかへと連れ去られたであろう事がはっきりと見て取れる。
「ひどい――」
　メープルのかすれるような声。妖精たちは既にフェアリーシードとしてその命を燃料とされ始めているのだ。
「ええ。これは全く笑えません」
　そうはっきりと『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻（p3p000824）が断言すると、凍り始めている自らの足元をじっと眺めた。
「全くよ、冷気を使うなんて幻想種の風上にもおけないわ……閉じ込められている妖精さんを酷使するのはよーせーよ！」
『初日吊り候補』セリア＝ファンベル（p3p004040）は凍らないようにすり足で移動しつつ、そう悪態（大体がダジャレ）を突きながらちんまりと移動を続けている。
「わ、わわ、凍るの早すぎ……こんなんじゃ冬眠にもならないよ……」
『いつもすやすや』ニャムリ（p3p008365）は大切な抱き枕を落さぬ様抱え込みながら慌ててタップダンス、魔法で何とか浮力を確保した抱き枕にしがみつくとふうと一息ついた。こんな状況下では気持ちの良い夢など見られるはずもない、この原因を除去して一刻も早く皆が安らげる街を取り戻さなければ。
「うん、早く倒さないとね、早く――」
『Dáinsleif』ライセル（p3p002845）は決意を固めながらも心ここにあらずといった様子で俯く。
「大丈夫です？　ライセルさん」
「大丈夫、大丈夫だよ、ラクリマ」
　ライセルは『協調の白薔薇』ラクリマ・イース（p3p004247）に肩をそっと叩かれるとすぐに振り返って微笑みを見せる。どこか上の空といったライセルを励ますようにラクリマは大げさに振る舞って見せた。
「気にしないでください。自分のコピーと戦ったのは1度や2度じゃないですから……むしろ無駄に作り込むなら歌声も完璧にしろって思うのです！」
「うん……そうだよね」
　ラクリマの言葉に頷くライセル。これから対峙する影は魔種の邪法が生み出した偽りの命。
「アルベドですか。味方と同じ容姿をした敵というのはどうにも不思議ですね……」
　それは一体どういう代物なのか。『嘘に誠に』フォークロワ＝バロン（p3p008405）はこの街のどこかにいるであろうその魔物について考察しながら歩みを進める。
「本人より強いって話でしょ？　となると噂に聞く三十路以上の大人のみが使えるという大人魔法(ダジャレ)のマスター……相手にとって不足は無いわ～！」
『劫掠のバアル・ペオル』岩倉・鈴音（p3p006119）は事前に聞いていたメープルの話に完全に浮足立ち冷気も気にせずに歩みを進めていく。
「うん、二人には悪いけれどイレギュラーズの有力者とホンキでやりあえるなんてラッキーだね！」
　鈴音に『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン（p3p002377）がウキウキで拳を握りしめ、笑みを見せると凍りついた草色の結晶の一つに練習がてらと打撃を決めた。しかし草色の結晶はイグナートの衝撃を受け止めびくともしない。
「やっぱり、オニの居ぬ間にとはいかないね、ニセモノを倒さないと」
「妖精達は助けられないって事ですか……」
　頑丈な氷にラクリマは面倒そうな表情を浮かべると周囲を見回す。フェアリーシードを回収するアルベドとやらはどこにいるのか？
「今はおおかた、親玉の所に納品しているといったところでしょうか――」
　ラクリマが前方へと足を進めようとしたその瞬間、イグナートの殴りつけていた水晶が輝き、草色の剣と化して彼の足を傷つける！
「くっ！？」
「ラクリマ！」
　ラクリマをとっさに庇い周囲を警戒するライセル。咄嗟に反応し、奇襲に対応するイレギュラーズ達の背後から直後、無数の魔弾が雨あられの如く襲い掛かる。
「きゃっ！？　こ、こんな秘境の地で不意打ちなんて……」
『卑怯、かしら？　いいじゃない。こっちも多勢に無勢たぜーってね』
「！」
　受け身を取ったセリアは、自身の背中の感覚が急速に失われるのを感じ同時にそれがみるみる凍り付いているのだと察した。
『なんて運がいいのでしょう、さっきの妖精がイレギュラーズを連れて戻って来たみたいです』
『一石二鳥でうんめーわね。産んでくれだ恩を仇で返すのは癪だけど、これも運命ってやつかしら』
「アルベド……！」
　冷気の中から現れたのは無数の草色の氷を身に纏い、虚ろな瞳でこちらを睨みつける白いセリアとラクリマの姿……。
『命令されています。フェアリーシードを回収して、イレギュラーズと接触した場合は死力を尽くして戦えと』
『絶対なのよね。そんなわけで私たち、これから命がけで戦うからよろしくね』
　丁寧な口ぶりで自己紹介をしながらも身構える二人の幻想種のアルベドからはおぞましい量の魔力が迸る。
　挟み込まれたイレギュラーズたちはもう逃れられない……立ち向かわなければ、ここの氷像たちの一部にされるだけである！

●偽りの命
『あなた達の狙いは月夜の塔の女王でしょうに、私達を狙った時点で運のつきよ！』
　セリアの――S型のアルベドが白い魔導書を手に詠唱を唱える。空気が凍り、それは固体の酸素や窒素と言う刃となりイレギュラーズを切り裂かんと勢いよく振るわれる。
　それにしても言霊は神秘の要とはいうが、本当にダジャレで冷獄魔法を操るとは！
「うっひゃあ！　ホントの大人魔法だヨ！　でも負けてられないよね！」
　鈴音は襲い掛かる無数の刃を受けてなお一歩踏みとどまると、仲間を勇気づける支援の術を即座に展開する。文字通り冗談の様な攻撃。でもこんな威力、支援や回復抜きでは冗談で済まされない！
「生温いダジャレに付き合ってる暇はないネ！　早く終わらせてみんなでようかんを食べようかん♪　ってね！」
『言うわね、あなた……っ！』
　後方へと下がった鈴音に気を取られた瞬間……S型の目の前に飛び込んできたのはイグナートの電撃の拳。
『ふべっ！？』
「あら、自分の顔が潰されるのを見るなんて珍しいわね」
「ワルいね」　そうイグナートはセリアに軽く謝りながら、アルベドにファイティングポーズを取る。例え見た目が可愛い女子であろうと相手が強敵であればヨウシャはしない。それがイグナートの強敵に対する礼儀であった。
『あーいってー……でも、気に入ったわ。まず貴方から相手してあげるわ！』
　頬をさすりながらセリアの何倍もの魔力を集め、周囲にアルベドは光弾を作り出す。その光弾をかき消すかの様にニャムリの黒い悪夢が次々と絡みつき、食らいつくとその光を黒く呑み込んでいく――
「悪夢って、心にじわじわくるよね……つまらないシャレも考えられないよね……それにしてもつまらないシャレって、こういう魔法の効果の事だったんだねえ」
『う、煩い！　そんなのが無くたって！』
　ニャムリの絡みつく言葉に苛立ちながらイグナートに魔弾を放つアルベド。その隙を狙うように、フォークロワの仮面から放たれた黒い棘がアルベドの腕の下を潜り、彼女の顔面を黒く染め上げた。
「流石にアルベド、完全にハマるとはいきませんでしたか」
　まるでどこまでも深い、強欲の暗黒をたたえる仮面を手にフォークロワは張り付いた様な笑みを見せる。相手はアルベド、そうやすやすと術にハマる相手ではあるまい。でも今はそれでいい。時間稼ぎに使える時間はたっぷりとある。
「味方と同じ姿といえど手加減はいりませんね……さあ、始めましょうか」
『っ……R！　何やってるのよ！』
　いらだつS型は舌打ちをしながらR型を睨みつける。
『今やってるのです、あまり急かさないのです』
　応えたR型、ラクリマのアルベドは本人がやるようにタクトを華麗に振りかざし、歌でその草色の剣を振るう――その歌声はしわがれ、大きく、歪んでいる。
　歪んだ唄に無数の草色の剣は素早さを増し、まるで宙を自由に回る車輪の様に連なると飛び回りイレギュラーズ達の肉を蹂躙する！
「こっちもシャレにならないわよ……太陽もいたいようって嘆いてるわ！」
　セリアはアルベドの背後に回り込み、その魔力を束ねた一撃を解き放つ――足を止めて打てればより安定して顔に当たらない様に狙えるというのに、足元からせりあがってくる冷気が本当に嫌らしい。セリアは辛うじて胸元に命中したのを眺めながら真剣に魔力を練り上げる。
「本当にひどいですね、歌はこうやって紡ぐものです！」
　聞くに堪えない雑音を切り裂くかのようにラクリマのテノールボイスが響き渡る。紡がれた蒼き剣は本数こそアルベドのそれに劣るが負けじと草色の剣をへし折り、その白い身体を切り裂かんと飛び掛かる。
『オリジナル――まずは貴方からです！』
「そうはさせない」
　自らに傷を付けた敵を睨みつけ再びタクトを振るうR型、その行動を食い止めたのはライセルであった。
　目を見開き、詠唱を中断したR型の肩にライセルの真紅の魔剣が振り下ろされるが……それはわずかにアルベドの肩に食い込んだ所でその手に止められる。ライセルはそのまま斬り降ろそうとするが、力が入らない。
『何故、加減をするのですか？』
　見抜かれていた。動揺するライセルを揺さぶる様にアルベドはラクリマの声で話を続ける。
『そんなに怖がらなくても中の妖精は無事なのですよ？　フェアリーシードを作ってる俺達だからわかります』
　ほら、もっと強く。アルベドの声がライセルの心を揺さぶり、その言葉とは裏腹に彼の剣を更に鈍い物とする。
「……なんで、君は敵の俺にそれを教えたんだい？」
　どうして、本物のラクリマじゃ、本当の命じゃないはずのそれは俺に――思わずライセルの心に生まれたのは、迷い。
　思わずその目の輝きが鈍くなった瞬間、ライセルはアルベドの振るった剣に大きく吹き飛ばされた。
『なんとなく、です』
　R型のアルベドはそう静かにつぶやくと向きなおり、自らの懐に飛び込む蒼い影をその剣で食い止める。
「なるほど、そう簡単に行きませんね」
　幻は振り切ったステッキの仕掛けを切り替えると、その先端に眩い銀の輝きを走らせる。アルベドが目を見開いた瞬間、振るわれるのは光速の刃。
「種も仕掛けも御座いません。これが私の奇術でございます」
　月夜の狼の様に獰猛で鋭く食らいつくその刃は夢か現か幻か――アルベドの剣が振り下ろされたその時にはすでにその姿は遥か彼方。永遠に捉える事の出来ない幻影の刃が、アルベドを翻弄していく。
　強力なアルベドを捕らえたのは無数の攻撃、幾多の強力な一打は次第に凍り付かぬその足の動きを鈍い物として、そして――
「今だヨ、Rの動きが鈍くなった！」
　よろめいた。鈴音は幻と目くばせをして勝利を確信。再び勇者たちを奮い立たせる歌を奏でると、R型のアルベド目がけて指を刺すのであった。
「全力で押してケー！」
　そう、時間はない。こうして自分やニャムリが相手を阻害し、仲間を癒していなければあと二、三十秒戦えるかも怪しかった。ならば今、ここで全力で押し込まねばなるまい！
『させない！』
　仲間に喝を入れる鈴音の言葉にS型が目を見開き、光弾を放とうとする……しかし、その数は先程よりも圧倒的に少なく砕くには心細い。
「もうダジャレを言うヒマがないくらい、アクセンクトウかい？」
　彼女を決死の思いで食い止めるイグナートにそう心境を悟られ、焦りを抱くほど――彼の拳を受け止めながらも、敵の悪態は止まらない。
『……チッ！　何なのよ！　あの蝶女はさっきから無視するし！』
「もしかして僕の事を言っているのでしょうか？」
『そうよ！』
　幻に対しS型は苛立ちながら頷くと、あーだこーだ言い出す。それに対する幻の回答は短く。
「それなら単純な話で御座います――そのギャグ滑ってて、つまんないんです」
『～～！』
　ド直球。耳から白い筒の様な物を引き抜き、トランプカード状に形を戻して彼女に示して見せた幻の挑発は流石に効いた。
　怒り狂い、全ての魔力を解き放とうと力を行使するセリアに幻はふうと息を吐く。
「まったく、魔力任せで戦い方もつまらないです」
『なっ！？』
　アルベドの氷の魔弾を受け、その蒸気の中から現れたものは倒れた彼女ではなく、彼女を庇ったカルアの姿。
「……あと、ちょっとだから……！」
　必死に槍で立ち上がり、攻撃を受け止め続けるカルアにラクリマは半ば茶化すように励ましの言葉を投げかける。
「ちょっとカルアさんも無理しないでくださいよ！　カルアさんが倒れたら壁になってくれる人いないじゃないですかー！」
「どうだろう……ね、誰かさんがびったりくっつくよりは、戦いやすいけどね」
『戦場で煽情的にいちゃつくな！』
　S型は荒々しく息を吐き、再び魔力を取り込もうと両の腕を天へと広げる――しかし彼女が得たものは魔力ではなく、フォークロワの呪いの一打であった。
「やっと通りましたか」
　よろめき、身動きが取れなくなったS型に淡々と呟くフォークロワ。彼女が攻撃に夢中になるこの一瞬を待っていた。
「あなたの相手は私達ですよ、あまりそちらの方ばかり相手にしていると嫉妬してしまいます」
「そうそう、君の相手はぼく達だから……」
　大切そうに抱き枕を抱きしめながら、ニャムリは寝言を呟くかのように癒しの術を呟き続ける。あとちょっと、仲間が来るまでに自分達が立っていれば負けはしない。あと、少し。
　出せる能力は出し切った。あとは仲間達の合流を、ラクリマ達が決着をつけるのを待つだけ……！

「セリアさん！」
　ラクリマがよろめいた自らのアルベドを前に残る魔力を振り絞る。無数の蒼の剣は4つに分かれ飛び交うとアルベドの四肢を貫き、エウィンの街並みにある大樹へと突き刺さる。
「失敗したら後でお尻叩きですよ！」
「失敗なんてしないわよ！　私にはウルくんがついてるもの！」
「誰ですかそれ！？」
　セリアもまたその身に残る魔力を振り絞り、ラクリマのアシストを無駄にしない様に――最大最強の一撃を、解き放ち――発射。
「これで終わりよ！」
　魔力が指先から出た瞬間、セリアはその場に座り込む……やったか？
『アッ、アア……！』
　迸る無数の魔力がアルベドの体組織を怖し、その四肢を泥に変えていく。崩れた眼帯からは、アルベドの……魂たるフェアリーシードが露出する。
　勝負は決した。ライセルは決意を固めると、大きく叫び――全力でアルベドの腹部へと自らの魔剣を突き刺した。
『クッ――』
　アルベドの白い肉体をライセルの赤い魔剣が深く貫き、体の崩壊が始まっていく。震える手に力を籠め、ライセルは魔剣を静かに引き抜くと崩れ落ちるアルベドの体を受け止めた。
『何、してるんですか、情けのつもりですか』
　アルベドは弱弱しく、嘲笑うような笑みを浮かべるとライセルの目を見つめる。
『あの人を冒涜した偽物が朽ちるんです、もっと喜んでくださいよ』
　ライセルは静かに横に首を振る。喜べるものか、俺は君を魔種の玩具に産んだ奴を許せない。
「ごめん、俺に君を救える方法は――」
『いいんです……死ぬのは嫌です。でも、俺は所詮道具、俺の心はあの人の血と妖精の魂が見せた幻覚。だから』
　ライセルは言葉を口に出すのもできないほどの苦しみを必死に噛みしめ涙を流す。自分に出来る事は何もない。何も彼に与えてやる事は出来ない。これでいいものか。

　でも、一つだけ。神様が贈ってくれたこれだけは――

『……花』
　ゆっくりと地面に寝かされたアルベドの手に握られていた物は紫のスイートピー。それはライセルが色のない命に捧げる、唯一の色。
『まったく相変わらずですね。ライセルさんは――』
　ラクリマの姿をしたそれは静かにその一輪の花を胸元に当て目を瞑ると、形を喪い白い泥へと還っていく。
　そして、たった一つの言葉を残して、ガラスの様な美しい音を放つ翡翠色の宝玉が零れ落ちた。

●私の生まれた意味
『……ベタすぎるわよ』
　戦う手を止め、アルベドだったその白い泥を眺めながら、セリアの姿をしたアルベドがぽつりと呟く。
『羨ましい。所詮妖精と一緒に朽ちる定めの捨て駒が、ありがとうですって？』
　絶対零度の街に暖かい空気が流れ込んでいく、周囲の凍土が何かが割れるような音を立て時と共に水へと変じて流れていく。
「すぐにあなたもそうさせてあげるわ」
　セリアの魔力が迸る。残ったアルベドはじっとセリアの瞳を見つめると、自らの両手に魔力を込めて突きだし凄まじい衝撃と共に相殺、その魔力の奔流その物を凍らせ巨大な氷の壁を作り出した。
『敵らしくチリチリに散りたいのは山々だけど、あれを見て気が変わったわ。あの人にばっかりいい思いはさせない――私もこの命を、最高のダジャレを作る事に費やすのよ！　だから闘争心を抑えて……逃走シーンと行きましょう』
「それは中のヨウセイにいいなよ！」
　イグナートの鉄拳が氷壁へとめり込み、アルベドの顔面目掛け超音速で突き進む。しかし既にそこはもぬけの殻。
『ええ、感謝するわ、オリジナル。あなたの魔力のお陰でこの子も結構長生きできそうだから』
　逃がさないとフォークロワの放った一撃を辛うじて避けると、胸に手を当てたアルベドは微笑み後方へ跳躍――町の影へと消えて行った。
「逃がしましたか」
「俺たちにとっては、そうなりますね」
　シルクハットを深くかぶりなおす幻の隣で、片膝をついたラクリマが静かに息を吐く。アルベドのダジャレもそうだが、恐るべきはその底力。
　ここで逃すのは惜しいが、あのアルベドの体力は想像以上。これ以上の戦闘は……どちらに転んでもおかしくなかった。
「無事かい、ラクリマ」
「ええ、でもライセルさんの方が――」
「ありがとう、でも今は妖精達の方が心配だ」
　静かに震える手を差し伸べたライセルの手をゆっくり取り、ラクリマが立ち上がる。今はあのアルベドを追うよりも妖精達を助けねば。そう考え直した時、ニャムリがラクリマたちの肩を叩いた。
「大丈夫。ぼくの布団で暖まってるから……みんなも一緒」
　見れば先程吹っ飛んだ布団がいつの間にか道端の上に敷かれ、フェアリーシードや氷の中に閉じ込められた妖精達がぐったりと横たわっていた。見つかった最後の一人を大切そうに抱えたセリアがその布団の上にゆっくりと寝かせ、毛布を掛けてあげるとこれで一安心と胸を撫で下ろす。
「うんうん、妖精さんも放置したら、凍るどだもの」
「へくちっ！」
「あら、戻って来てたのメープルさん」
「あ、色が付いたんだ、アルベドさん」
　相も変わらずセリアには冷たいメープルと涼しい顔のセリア。そんな二人の喧嘩？を眺めながら、鈴音は一人、再戦の意志に燃えるのであった。
「凄かったわ大人魔法……再戦の時には絶対負けないんだからー！」

　数分もしない内に、幻想的なエウィンの街並みは再び活気を取り戻し、どこかから鳥の鳴き声が響き出す。
　ああ、もうここには不愉快な音は何一つ存在しない――イレギュラーズたちは妖精の手当てをメープルに任せると、エウィンに這い寄る魔物たちを殲滅するべく他の地区へと急いで駆けだすのであった。

成否

成功

ＭＶＰ

状態異常

あとがき

　塩魔法使いでした。色々温度差で風邪をひきそうです。
　かなり厳しい戦いでしたが、セリアさんの姿をしたアルベドがどこかへと身を隠した事でリプレイは終了となりました。
　ラクリマさんのアルベド討伐と妖精の救出には成功したため、リプレイは成功判定となります。

　MVPは二人のアルベドに心という変化を与えたあなたに。
　お疲れさまでした。体をしっかりと休ませてください。