シナリオ詳細
みんなのうらみ
オープニング
●断罪
昔はよく他人を蹴落としたモノだ。
善意だけでは回らなかった。時には悪意も用いねば商売やっていけなかったのさ。
何が悪い。彼もやった。あそこのあいつもそうしてきた。俺もやった。それだけの話だ。
「――なんだこの薄汚い本は?」
ある日の事だ。何も書かれていない、汚れだけが目立つ本が倉庫で発見された。
中を開いても特に何か書かれているわけではない。白紙だけが続いている。
ゴミが紛れ込んだか? そう思い、見つけた召使いに捨てさせた。次の日だ。その召使いが死んだのは。
「……はっ?」
ああ、いや。正確にはその召使いが『殺された』のは、か。正しい表現は。
犯人は不明。全身を切り裂かれ、惨い状態で死んでいた。真っ先に喉を裂かれたのか声すら出せなかったようだ、とは調べに来た憲兵が言っていたが。
「旦那様――これはなんでしょうか?」
更に次の日だ。別の召使いが『あの本』を見つけた。
どこでと問えば廊下に落ちていたと。気味が悪いので再度捨てさせた。
そいつが死んだ。
「――」
なんだ? なにが起こっている? あの本は一体なんだ?
次の日。また本が見つかった。今度は確保させた。次の日。また見つけた奴が切り刻まれた。
次の日。今度は本を燃やした。完全に燃やした。次の日。燃やした奴が切り刻まれた。
次の日。本があった。
「なんだ!? 何が起こっているんだ!!?」
憲兵など頼りになるか! 調べた調べた調べ尽くした!
恐らく、の範囲で結果として分かった事は、あれは『呪いの本』という事だ。拾った者を呪う。例えどこまで逃げようが追跡する魔物を召喚する呪具の類。対象に死を。惨たらしい死を。
なぜだ? なぜこんなモノが私の家に。まずい、まずいぞ。心当たりが多すぎて困る!!
恨みを抱いた者がこれを放ったか。邪魔に思った同業者の手か? いずれにせよまずい。このままではいずれ、いずれあの本はやってくる。私の番が、やってくる――!
「ねーおとうさん」
その時だ。ふと、背後から声が聞こえた。
見てみれば、ああ娘だ。愛しい愛しい、まだ十にも満たぬ私の娘、イリス――が。
「これなぁに?」
本を手にしていた。
薄気味悪い、その本を手に――
●アハハハハしね
娘を守ってくれ――そんな依頼がローレットに舞い込んだ。幽鬼の如く、疲れ果てた顔をした男からの依頼を受けた貴方達は、その男……正確には商人の屋敷にいる。今はもう日も暮れ、夜も大分深くなってきた頃合いで。
「しかし、どんな奴がどんなタイミングで来ることか……」
一切の目撃情報が無い。一度、憲兵の護衛を間近に付けた事もあったそうだが。
「喋る間もなく護衛も殺された、って話だったな」
「だから憲兵は信用できなくてローレットに、か。だが憲兵も不憫な話だ。情報も碌にないのに」
商人の娘。イリスと言うのだが――の部屋の中で。
「ただ守れというのも」
君は見た。会話の為に視線を偶々横にずらした、その一瞬。
「些か難しい、はな」
眠りに落ちている、イリスの枕元に。一切の気配も物音も立てずにいつの間にかそこにいた――
今まさに、長剣を突き立てようとしている何者かの存在を。
「――ォ、ォお!!?」
武器を投げた。咄嗟だった。直撃し、その直後に跳躍して叩き込むは、蹴りだ。さすれば、接近に伴って暗闇と言えどもその姿がぼんやりと目に映る。ああ間違いない。人だ。全身をボロ布で纏ったような人間型の――『何か』がそこにいた。
それが、壁に衝撃で叩きつけられれば。
「おいどうした何があった!?」
同じく依頼に来ていた他のメンバーが部屋に駆けつける。部屋の前。あるいは外で警戒していたのだが、その網を『コレ』はすり抜けてここに来たのだ。
「馬鹿な、音は聞こえなかったぞ!?」
「今もだ。コイツ、物音がほとんど……いや、どころか姿も……!」
聞こえ辛く、見え辛く。
深い。コイツがいる場所だけ――闇が深い。そういう能力なのだろうか?
『……』
と、その時、奴が踵を返した。壁をすり抜け隣の部屋へ。成程、こうやって来たのか。
追うか? いや一旦ここで作戦を練るべきだ。音も姿も捉えにくく壁をすり抜ける。あれを一体どうやって打倒するか……さすれば同時。どこからともなく声が聞こえた。
邪魔をするな。
さっさと帰れ。
――今なら『我ら』はお前らを見逃してやる、と。
- みんなのうらみLv:3以上完了
- GM名茶零四
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年04月25日 21時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
「十秒でエントランスとか辺りに――うん、行ける、かな?」
言うは『自称カオスシード』シグルーン(p3p000945)だ。扉を開け、外の様子を伺う。見た所敵の気配は無さそうだが……約十秒の時間で中距離攻撃が充分に可能な間合いがある部屋まで移動。不可能ではないと思う。
「狭所でさえなければ問題なかろう。移動するならば、迅速に」
「……相手には特別な知性が見受けられます。どこであろうと油断は出来ませんね」
であれば早速に。ギフトにて剣の姿となるは『KnowlEdge』シグ・ローデッド(p3p000483)だ。そしてリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)がカンテラの明かりをギフトにて灯せばイリスを連れて。
往く。広き空間へ。奴らを――迎撃する為に。
リースリットのみならずカンテラを身に着けている者は多い。周囲を照らして常なる警戒だ。奴らはいずこから来るのか、一時も気が抜けない故に。
「よしよし……頼むぜ――ジョゼフィーヌ」
であれば『いっぴきおおかみ』クテイ・ヴォーガーク(p3p004437)が用意したのは己が犬だ。ジョゼフィーヌなる名と共に周囲を注意する。
実の所、彼はこの状況に些かの楽しみを見出していない訳ではない。護衛たる人数は多く、己が腕力を前面にて振るえる機会だ。心も踊るという物。無論護衛という本質まで忘れているわけではないが――
と、その時だ。エントランスに踏み込んだと同時。
「……来たか。近いぞ気を付けろ」
多少なり音の増幅になれば、と砂利を巻いていた『イツワリの咎人勇者』レオンハルト(p3p004744)が、気付いた。
連中だ。間違いない。闇の中に溶け込んでいるがすぐ近くまで来ている。凝らす目が、捉えようとする耳が。微かに彼らの存在を捉えて――瞬間。殺気が衝撃の如く放たれた。
その波に犬が怯える。震える身が止まりはせず、喉を鳴らす事すら出来ないのだ。残念だが犬では彼らの探知に有効な手とはなりえないだろう。確たる技能として所持できる物の代わりとするには荷が重かったか。少なくとも戦闘が始まれば無力となってしまうだろう。
来たのか来たのか愚か者共め。見逃してやると言ったのに――
「見逃してやる、だぁ?」
ハッ、と鼻で笑い返すのは『緋色の鉄槌』マグナ=レッドシザーズ(p3p000240)で。
「随分と見くびられたもんだ。御託ぬかしてねぇで掛かって来いよ」
「イリスちゃん。私達が守るから――少しの間、いい子で大人しくしててね」
「……う、んッ」
敵らに闘志を見せるマグナの横で、震えるイリスに声を掛けるのは『サイネリア』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)だ。彼女を常に庇えるように立ち位置を。信仰すら時として集める事が出来る彼女の雰囲気は、イリスを落ち着かせるのに一役買って。
「だいじょーぶだよ。悪者は、すぐに倒しちゃうからッ!」
「やレヤれ。この様ナ存在も世の中ニはイルのだな」
されば子供を殺さんとする悪を滅すべしと七鳥・天十里(p3p001668)が構えるは愛用のリボルバーだ。誰かを守る為の戦いと言うのは慣れていないが、無垢なる子供を守る為にはそう言ってはいられない。『冥灯』モルテ・カロン・アンフェール(p3p004870)も同様の気持ちだ。
かつて『送る』事をしていた。故に『護る』事に慣れは無い。されど今はこの依頼に従事した者として。
「――全力ヲ、尽くソう」
「そうですの――……必ずや、守り切ってみせますの――……!
まだこんな幼いのに、こんな目に遭うなんて――……」
とても看過出来る事ではありませんの――……! と言うは『悪辣なる癒し手』マリア(p3p001199)だ。癒しの力に特化し敵を倒す事には向いていない彼女だが、だからこそ傷を付けさせんとする決意は誰にも負けない。
奴らが更に出てきた。視認しにくい姿だが、既に三、いや四体はいるか? まだ増えるかもしれない。
だが何体出てこようと関係ない。どの道全て倒さねばならないのだから。
往く。悪夢を倒すべく、陣形を組んで。
●
金属音が鳴り響いた。レオンハルトだ。襲い掛かってきた魔に対抗する。交差する二振りの刃。接触すれば鍔迫り合いを繰り広げて。
「拾った者を殺す召喚器、か――商人の業はともかくとしても、その娘や仕えていただけの使用人には罪も恨みもないだろうに」
愚かな。言葉をそう言うなり弾く。
ぐらつく魔の身体。そこへ剣を持つ左とは別に右の拳を。
「――まぁ言っても理解はせんし、出来んか」
炸裂させた。造り出された小型の気功爆弾が魔物の身を揺らがせる。倫理無き魔物に高説垂れても無意味と思ったか。言葉を切り上げ、少女を守る為の行動に移れば。
「ッ! イリスちゃん、危ない!」
瞬間。陣形の微かな隙間を魔物が捉えた。突き出される刃をスティアが素早く弾く。
どこから連中が来るのか。自らの姿を隠すに優れる奴らだが……さりとて常にイリスを庇う様に動いていれば攻撃の瞬間は流石にその姿を知覚できる。見逃すことは無い。
「やぁご同輩――ようこそ」
と。剣の形態をイリスの足元にて取っていたシグがその魔物に攻勢を仕掛ける。待っていたと言わんばかりに。魔の力によって押し付けるは己が『常識』――目の紋様が囲むように繰り広げられる。そして。
「そちらは本……こちらは剣。仲良くしてもらいたい物だな?」
展開後、力を速射。奴らに『己』を押し付けてやる。
――だが。イリスの周囲に一本だけ剣が落ちているのを逆に魔物が不審に思ったか。魔法陣の力に対抗するかのように刃を振るう魔物の動きに、衰えはあまり見えない。警戒していた、という事だろうか。
それならばそれでもよし、と。シグはすぐさま行動。彼もまたイリスを庇う様に布陣する。後は身体強化の魔術も掛けられれば良かったのだが……今回は力の配分上技能を所持していない。やむなくそのまま行動を続行する。
「んん――やっぱり見えにくいね。連中の姿は……!」
ステップを踏み、幻惑の力を身に宿すシグルーンは連中を見た。
闇に紛れているその姿を。カンテラにて照らすも完全ではない。他にも明かりを持っている者総出で試みている為、ある程度揺らめく動きは見えているが。
「薄暗イのは人のウラミの結晶体、でアルからカモしれナイ」
モルテが言う。カンテラを腰に下げ超視力にて補うその目には彼らが映る。
負であるからこそ暗いのだと。照らされる程の正をもっていないのだと。
「……ニンゲンは、かくも恐ろシク、残酷ダ」
このヨウな『モノ』を作ル発想がアルとは――
口を淀ませ展開する魔法陣より魔弾が射出される。着弾。即後、警戒は勿論緩めない。
どれだけの数がまだ控えている事か分からないからだ。皆に声を飛ばし情報の共有をする。そして同時に使うは己がギフトだ。導きの灯り、光源の設定。魔物の位置を捉えられれば――と思ったが。『場所』ではない故か、それが移動するからか。上手く光が定まらない。
「モルテ様――……! 右からまた物音が――……何か、見えますか――……!」
なればマリアも同様に聞き耳によって情報共有を行う。耳と目で奴らを追うのだ。相も変わらず見えにくいが、そこにいるのは確かなのだから。治癒魔術を展開しながらも音を捉える事も怠らない。
――故なるかな。その動きを見て魔も動きを変える。
イリスは殺す。なんとしてもなにがなんでも。しかしそれにはまず捉えようとしている輩を潰す必要がありそうで。
「ハッ――なんだやる気かよ。いいぜ来いよオラァ!」
そしてその中にはマグナも含まれていた。
温度視覚。視覚内の熱源を捉えるその技能は、ほんの微かにだが魔物達の姿を捉えていた。
暗闇の中に見える青き色が目印となる。ゆらめく『ソレ』から放たれる斬撃を。
「第一テメェら気に入らねぇんだよ!」
捌く。左の鋏で斜めに受けて、流せば。
「ガキ一人殺すのにゾロゾロと――根性無しのタマ無し共がァ!」
至近。発生させた魔棘が――魔物を捉えた。幾本もの鋭き棘が貫いて、同時にギフトを発生させる。触れた非生物を赤く染めるソレ。魔物、の纏っているボロ布に影響を及ぼせば。
「見えたッ! そこッ!!」
天十里がリボルバーを装填。悪を倒すべく高めたセイギの心が、暗き闇を直線に視て。
引き金を絞り上げた。集中された一撃は見えにくけれども確かに奴らの胸を穿って――闇が一つ、消失する。
「まずは一体、ですね。これで――」
一歩前進、とリースリットが言葉を紡ごうとした矢先。己が視界に映る、刃を見た。
近い。いつの間に、とは思うが不自然に深い闇を警戒していた彼女は寸での所で体を捻り。
「ッ、暗闇から渡ってきたのかと思いました――よッ」
己がレイピアに魔力を纏わせ、迎撃する。頬を掠める剣撃の下を細身の刃が潜り抜けて胸を貫く。だが倒れない。そればかりかレイピアの刃を掴んで、固定せんとする動きを見せる程だ。すぐさま引き抜いて立て直すが。
「おいおい。やっぱこいつら強ぇぞ」
クテイが言う。魔物の一体に肉弾戦を仕掛け、拳を振るい続けるも倒すのは容易くない。
なれば握り締める力が思わず強くなるものだ。楽しい。そう簡単に倒せぬ者が相手なのは。これで犬が健在で、手に持ったインク――その匂いを活用することが出来れば尚良しだったが。
「まぁ過ぎた事を気にしても仕方ねぇか」
魔物はまだいる。過去を振り返っても未来の役には立たない。イレギュラーズ達はイリスを中心に陣形を組み、奴らを押しとどめている――ものの。
その包囲の輪は、殺意の刃は。中心に近付きつつあった。
●
エントランスに血が舞っていた。
イリスの部屋、ではなくもっと広い部屋に移動したのは良手であったろう。近場の壁から襲撃される脅威は低下した。カンテラやランプなどを用いた事もあって、魔物に対する策はそれなりに揃っていたと思われる。しかし――
「各個撃破、したい所だけど……犬が上手く動いてくれなかったのは想定外だね……!」
シグルーンが刃を受け止めながら呟いた。犬はあくまで各個人が所持できるもの。技能の代わりとするには荷が重く、この点が作戦の一部に穴を開けてしまった事に繋がる。あるいは誰か鋭い嗅覚を持った人材でもいれば別だったが。
魔物の攻勢が強まる。一体倒して、後は……七か八体いる、か? それ以上の数はいなさそうだが、一斉にイリスの首を求めて群がってきた。止めねばならない。
さればクテイが内の一体に背からタックルを当てる。そのまま腰の部分をホールドし。
「もうちっと俺と――遊ぼうぜ!」
持ち上げた――スープレックスだ。背から叩きつけ、その衝撃のまま魔物に馬乗り。殴り続ける。その顔面を。防ごうとする手を強引に払いのけて攻勢だ。今までは無理に一人では攻めなかったがこうなってしまえば話は別。
愚かな――『我ら』の邪魔などして何になるのか。貴様らに何の利が。
「利? おかしなことを聞く。子どもは未来だ。
今がどんなに歪んでいても……正してくれる可能性を秘めている」
だから、とラインハルトは処刑の剣を構えて。
「守る。断たせはしないさ。お前らの様な輩には、な」
護る為に敵を滅する。敵がいなくなれば、結果として誰かは守れるから。イリスに近付かんとする敵を全力なる攻撃で排除を狙う。これ以上は近付けさせないし、己も退かない。それに。
「この子が死ななきゃいけない理由なんて……僕には分からないよ!」
護っているのは彼一人ではない。銃撃から格闘に切り替えた天十里がフォローする。銃の底で叩きつけ、蹴りを放って、遠くから突っ込んでくる者が見えれば再度銃撃。
先述したように彼は決して護りの戦いに慣れてはいない――されど悪い気にはならないものだ。イリスを不安にさせる訳にはいかないと、常に笑顔だけは絶やさずに。
「だいじょーぶ! もうちょっと、もうちょっとだからね! 悪者退治は慣れてるから――」
だから安心して! と言葉を続けようとした――その時。己が腹部に激痛が走った。
視界を下に落とせば闇が伸びている。腹を貫く、闇がある。しまった剣か。一瞬の隙を狙われた。
意識が歪む。声が出せない。身体が痺れる。倒れるその身を。
「こ、んじょ――ッ!!」
気合一喝。パンドラの放出が、彼の足に力を与えた。踏み耐えるッ!
「天十里様――……! すぐに治しますの――……!」
となればすぐさま行動するはマリアだ。癒しの力を彼へと。
しかし段々と彼女の力が間に合わなくなってきている。癒すよりも傷つく方が早く。思わず心の奥底で歯噛みするような気持ちになるが、それでも彼女は癒しの力を続けるより他は無く。
「マリアさん! この、力を――ッ!」
その姿に続くはスティアだ。常にイリスを庇い、傷を肩代わりしているが一瞬の攻勢の隙を突いてマリアへと祝福の囁きを与える。それはマリアに活力を与え、魔力の回復を促すモノ。受け取った力が更なる続行を可能とする。
されどそれ自体は敵の排除には直接繋がらない。故に天上から、あるいは空間を渡る能力があるのでは、と周囲全域を警戒しながらリースリットは攻撃を続けていた。変わらず、武器に魔力を纏わせての一撃を叩き込みながら。
「渡っている訳ではありませんか。天井から来ないのは……僥倖ですが」
流石に跳躍の効果では無かったらしい。しかし天上からの警戒は見事だ。その可能性は十分にあり得た事で、決して無駄な行為ではない。今回はエントランスへの移動に伴って全員が直線的に追ってきたが故にこそ無かっただけ。もしイリスの部屋で戦い続けて居ればそういう事態があったかもしれなかった。ともあれ。
「本は消滅しませんね、当然と言えば――当然です、かッ!」
大上段から放たれた剣を躱して、逆にレイピアを突き上げる。狙いは顔面。直撃すればまた一体消える――が。やはり当然の如くまだ残っている故に本は消えない。
「だが。どうなのだろうなこれは。我らにとってはただ面倒なだけの呪具だ、が」
シグは試したい事があった。イリスが持っていたかの本を渡してもらい、己に襲い掛からんとしてる魔物の前に突き出す。その様子はさながら盾の様で。
「お前さんはこれを攻撃しようとした者を殺してきたが……お前さん自身が攻撃するのならば、どうかな?」
価値はそれぞれに存在する。シグ達にとっては意味無きものでも。奴らにとっては――
しかしその思惑を砕くかの如く、魔物は本を即座に切り捨てた。
それは言うならただの発信機だ。どうせ明日には復活する代物。壊れても誰が壊しても問題ない。攻撃していない者も殺してきた。要は『誰が最初に拾ったか』だけが重要なのである。
「やれやれ……ま、これもまた『新たな知識』としておこうか。ご同輩」
些かつまらぬ結果だが。とシグは呟き、その魔物に斥力の力を叩きつける。
距離を取らせるのだ。試したいことは試した故、この距離は不要とばかりに。
さりとてやはり戦況は覆しがたい事になり始めていた。馬乗り状態で優位な態勢から攻撃していたクテイだが、その背を別個体から狙われた事により無念ながら倒れ。本来の調子を些か出せていないシグルーンも、パンドラの力により踏み止まっているが押されている。
このままではやがて遅かれ早かれ。十人で挑んで難しき依頼。そこで人数が減ってしまえば――
「ざ、けんなッ。テメェら、みたいな奴らに」
退いて、たまるか。負けて、たまるか――!
マグナが歯を食いしばる。まだ倒れる訳にはいかぬと死力を尽くし、振り絞る。
「あァ……」
その時。モルテはふと、どこか懐かしい空気を感じた気がする。
これはなんだろうか。ああ、もしかすると。あそこか。魂を送る事をしていたあの時の。
誰かの――死が近い時の。
「……イヤ、護るト。ソウ決めタ」
だからお前らに魂の運び手はさせない。構える鎌が、空を薙ぐ。魔弾から近術へと戦闘を切り替えて。刃と刃が交差する。魂を狩る為に。魂を護る為に。
「は、ぁ……! こんな、程度で……ッ!」
スティアは倒れない。死なす訳にはいかない。この依頼が失敗するという事。それはイリスの死亡以外に他無いのだから。幼き命をこのような輩共の手に渡してはならないと、スティアは決意を固くする。
されど決意と現実はまた別物。魔の攻勢は鋭く。パンドラの力をもってして――なんとかここに立っている。
……このまま負けてしまうのか?
「まだ……まだ諦めませんの――……! お願い、どうか……!」
死なないで――……! そんなマリアの願いも耳に届く。
そうだ、ならば。
無駄になっても良い。何もせず倒れるくらいならば。
「――私は」
運命の逆転を願おう――
●結末
――だが運命はそう簡単に人を視界に捉えない。
少女の体に剣が突き刺さる。
刺さる。刺さる。刺さる。無慈悲に。感情なく。数多の刃が。
「イリス、ちゃ――」
鮮血が舞う。本が消える。魔物が消える。結末だけを残し。全てが消えて失せる――
運命とは『引き起こす』モノではなく。
あらゆる果てに、確かめに『訪れる』モノである。
●
次の日。本はあった。
依頼主が見つけたのだ。娘を亡くし、魂が抜けたかの如く放心している。
彼の、目の前に。
成否
失敗
MVP
なし
状態異常
あとがき
茶零四です。
今回はこのような結果となりました。
リプレイをご確認いただければ、と思います。
hardですので厳しい条件です。こういう事もあります。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
■勝利条件
イリスの生存+『呪具の魔物』の殲滅。
■戦場
時間帯は夜。そこそこ広い屋敷の中が舞台となります。
現状明かりは、廊下を点々と照らしている程度です。部屋は全て暗い状態。
探せばロウソク程度はあるかもしれません。
また、屋敷の中には商人の娘のイリス以外の人物はいません。
警備の邪魔になってはいけないと商人が使用人含め退去させたようです。
■呪具の魔物
ボロ布を守った人間型の魔物。隠蔽技術に優れ、ターゲットの位置を察知し殺す事を最優先にする存在ですが、邪魔する者がいるのならば話は別かもしれません。OPで一時撤退こそしましたが諦める、という意思は感じられません。
OPで示した通り【物質透過】に似た能力を所持し、己が姿と音を眩ませる能力を有しています。しかし【超視力】【超聴力】など、音や姿を捉えるに優れた能力を持っている場合、彼らをある程度上手く捕捉出来る「かも」しれません。
以下、依頼主が死体の状況・資料などの範囲から調べた攻撃スキルになります。
・突き刺す(物近単:致命・不吉)
・切り刻む(物至範:足止)
・沈黙の死(物至単:麻痺・窒息:大威力)
■呪具(本)
魔物達のターゲットを定める呪具。この本にはそれ以外の能力は一切存在しません。
現在、商人の娘のイリスに目標が設定されており、彼女が殺されるまで変更はされません。
ただし魔物を全て討ち果たすとこの本は砂の様に崩れてなくなるそうです。
■イリス
齢十程度の少女。守護対象です。
呪具の詳しい事は彼女に伏せられていますが、自分を守ってくれる人がいる事は父親から聞いています。移動等には問題ないですが、何分少女で体があまり強くありません。狙われれば碌な抵抗は出来ないでしょう。
Tweet