【コンフリクタ】ああ素晴らしき、文化的世界

オープニング

・平和


　剣、槍、斧、弓、銃。更には、その果てにあるミサイル兵器、そして生物兵器。幾千万の人々を殺戮し尽くしたであろうそれ等が、何の意味も為さなくなって既に１世紀が経過した。
　ヒトは文明を、科学力を、そして何より倫理観を発展させた末に、遂に野蛮な武器、兵器の数々を無効化することに成功した。この【コンフリクタ】において、野蛮でおよそ「文化的」では無いモノをヒトに分類される知的生命体へ行使し、傷つけることは不可能となったのだ。
　2XXX年初頭に開発され、コンフリクタ全域を半永久的に展開する恒常平和結界【ハモニカ】によって。


　およそ武器に分類されるモノは何であれ、ヒトと【ハモニカ】本体に対する効力を完全に失った。建造物の破壊等による間接的な殺傷すらも無効となる。
　100年も経った今では文化として、スポーツとして、あるいは狩猟用に残されたのみ。武器は、旧時代の遺物と成り果てたのだ。


　こうして世界は平和になった……という風にはいかなかったが、大量破壊兵器の数々を封殺することには成功した。開発者達の目論見通りに。
　その後、少なくない混乱の果てに人類は今までよりほんの少しだけマシな世界を手にすることになる。
　ただそれでも、争いが絶えることは決して無かった。


・拳を握れ！


「ハァイ、イレギュラーズ諸君！　今日はヨロピクねぇー！」


　境界案内人のフライデー松本。軽薄極まりない雰囲気の胡散臭い男だ。天然なのかふざけているのか、それさえ分からない。
　案内人である以上敵ではないが、手放しに信用するにはガワも中身も胡乱が過ぎた。


「ワァオ、そんなに警戒しなくても良くなァイ？　お兄さん哀しいぃ〜！　泣いちゃうかも！　あ、OK、OK！　分かったって、分かったから武器を下ろして？　ね？　ね？？」


　やれやれ……と肩を竦めるが、こちらの台詞だと誰もが思う。


「どうせこの先に進んだら、その物騒で文化的じゃない得物は使えないんだからさぁ？　ここで置いてっちゃった方がマシだよぉ？」


　どういう意味か、と訊ねれば。


「キミらに行ってもらう世界、【コンフリクタ】ではね？　科学文明の発達した……ほら、旅人の出身地に多い地球なんかと近い世界なんだけどね、なんとまあ世紀の大発明でありとあらゆる武器や兵器が使えなくなった世界なんだ、もちろん魔法もね。およそ文化的では無いものは全て、例外なくね」


　ならばどう戦えばいい？


「そりゃ決まってるじゃなぁい！　ここと、こいつにさ？」


　心臓の辺りを親指で指差し、拳を握って見せられた。


「武器と兵器の脅威が無くなった世界でも、争いだけは無くならない、哀しいよねぇ。要するに素手なら問題ナッシングってわけね。あとは……衣服とかを使う絞め技なんかも概ねOK、ジュードージュードー！」


　などと軽々しく言ってくれる。今回はその武器兵器を無効化する装置【ハモニカ】の破壊を目論むテロリスト集団を排除して欲しいらしいのだが、それには問題が一つ。


「いきなり素手で戦えって言われても無理だって？　まあそうだよね、そんなのは一部のクレイジーな連中だけだよね！　だいじょーぶだいじょーぶ、お兄さん分かってるから。はい、じゃあ自信ない子はコレ付けて？」


　松本はそう言ってタトゥーシールのような物を手渡してきた。


「それね、向こうの世界のなんだけど、貼ってる間は一時的にあらゆる格闘技術の達人の動きを再現できるから。モチのロンそれだけじゃ一般ピーポーは大して戦えないんだけど、キミらは心も身体もそれなりに頑丈だろうし、実戦経験もあるだろう？　ならもう怖い物無しだよね！」


　コンフリクタに居る間だけの効果らしいが、便利なものには違いない。


「さあ、準備が出来たら早速いってみよー！　ああ素晴らしき、文化的世界！」


　今更ながら、素手の殴り合いを推奨する世界の何処が文化的なのか……と苦笑気味に漏らせば、松本は律儀にそれを拾い上げた。


「パンチ１発で人を殺せる人ってそうは居ないよね。でもさ、剣を、まして銃を持ったら下手すりゃ子供にだって可能なんだぜ？　僕ぁそっちの方がよっぽど野蛮だと思うけどね？」

---

第1章

第1章 第1節

　テロリズム。政治目的のため、暴力を是とした行為。ヤクザの恐喝と大して変わりない。
　今日集まった連中など最たる例。数に物を言わせて市民に暴力を振るい、止める警官を嬲り倒す。
　嫌な笑みが見え隠れしている。信念など窺える余地は無かった。


「なんだガキ。あっち行ってろ。殺されてぇのか？」


　歩みは止めず。前へ前へと間合いを詰める。


「イカれてんのか？」
「あ、ここです！」
「っ！？」


　一閃。痛烈なサイドキックが局部へ刺さる。そして泡を吹いて倒れる男には見向きもせず。


「貴方達に正義はありません、鉄拳制裁の時間です！」


　ビシッと指差す『自称！正義の味方』蔓崎紅葉（p3p001349）。ヒーローを志す彼女の目にテロリストどもはどう映るか。
　決まっている。今すぐぶっ飛ばす悪党だ。


「野郎っ！」
「乙女ですが！」


　拳を振り上げる暴漢に対し。後出しでも尚、紅葉の拳の方が速い。ストレートリードと呼ばれる技術だ。
　紅葉が操るのは超短期戦を得意とする近代格闘技、截拳道。混沌ではこの名前の方が分かりやすいだろう。
　そう、瞬刻拳だ。


「まだまだっ！」


　軽量級の紅葉に一撃は無い。故に数を叩き込む。流れるような……否。強制的に流し込むかのような連打もまた截拳道の本領。
　振り切った右拳を開き髪を掴んで頭を下げさせ、すかさず左フック。浅い。再び右に移った重心を利用して更に頭を下げさせ右膝を入れて初めて相手を離す。逃した訳では無い、必要だったのは距離。
　たたらを踏んで下がる男の頭蓋を、強かに蹴り抜いた。


「さあ、次は誰ですか！」


　ダウンした男の頭を踏みつけ、威勢良く言い放つ。


「このガキ、無茶苦茶やりやがって……！」


　尻込みするテロリスト達。だが楽観できる状況でも無い。
　今は脅しが効いているが、截拳道は短期戦で実力を出し切る性質も含め、数を相手にするのは得意ではない。実際ピンチと言える。
　もっともそれは、一人で戦っていた場合の話だが。


「もう、先行し過ぎだよ！」


　『繋ぐ命』フラン・ヴィラネル（p3p006816）。小柄な幻想種の少女だ。


「またガキか、そいつの仲間だな！」


　学びもせず、警戒も無しにフランへ掴み掛かる。油断ではない、面子を保つ為の代償行動だ。あっちは駄目でもコイツなら、と。
　無論、短絡は仇となる。フランが額に張り付けた鷹のシールが俄かに輝いた。
　肩を掴もうとした手が空を切る。柔らかな肩の動きと体捌きによる回避。
　ゼロレンジコンバット。その特徴はウェイブ。肩甲骨の特殊な操作で波のように力を伝え、受け流し捌く技術を指す。攻撃にも用いるがフランの体格、筋力ではダメージには繋がらないだろう。
　だが、それで諦めるなら武術・格闘技など不要。攻撃の術はある。
　不用意に前へ出た左腕。フランは右腕を相手の二の腕に絡め、その前腕を首と左手で抱え逆関節を取る。ヘシ折る訳ではない、彼女の腕力では無理だ。
　腕を極めたまま、倒れ込む。前傾になっていた相手は前のめりになるが、倒すにはまだ不足。故にそこから勢いをつけて引き倒す。体勢の崩れた今なら可能。


「何しやがる、このペチャ――」
「痛いよ？」


　体重を用いて、肩を外す。


「〜っ！？」


　脱臼と、言葉にすれば簡単だがその痛みは想像を絶する。戦うどころじゃない。


「フランちゃん、今ちょっとおこじゃなかった？」
「おこじゃないよー！　ふんっ！」


　触らぬ神に祟りなし。いつの間にか現れた『Go To HeLL！』伊達千尋（p3p007569）はこれ以上ツッコむのをやめた。


「かわい子ちゃん達相手に遠慮無しなんていよいよ終わってんなぁ、やられてっけど。俺の相手もしてくれよ？」


　千尋が頬に張ったシールから会得したのはシステマ。徹底した脱力が特徴であり、決まった型を持たない軍用格闘術だ。
　脱力とは即ち、瞬発への布石。放たれる拳はまさに強力無比。
　一撃では終わらない。左右の腕を交互にしならせ、三人の男を殴り飛ばした。


「ヒューッ、ハマるね！」


　脳を揺らされながらも、中には反撃に出る者が。しかし脱力は防性でも活きる。拳の威力を殺しつつ、腕を取って投げ倒した。優れた体技は攻防一体を実現するのだ。
　しかし誤算も一つ。


「いったいんだなコレが！」


　システマ式呼吸は乱れた心身を整えるが、痛いものは痛いのだ。痛みに慣れる訓練がカリキュラムに入るほど痛い。「ちょっと刺されたくらいから動くのがシステマだ」と言う猛者も居るが。


「向こうは片付きました、あとは彼等だけですね」


　返り血で濡れた手をハンカチで拭いながら『ファンドマネージャ』新田寛治（p3p005073）が合流した。
　仕草も相まってやたら強そうな雰囲気を醸し出している。


「本日は早番でしたから、この辺りで終わりにしましょう。残業は敵です」


　寛治は近場に居た男に掌底を放った。ガードされるが、それこそ狙い通り。
　受けた腕を掴んで強引にガードを開くと、当身を捻じ込んで怯ませる。そこからは一方的なもので、掴んでいた腕を極めながら引き寄せると、顎に膝を入れて瞬く間に昏倒させてしまった。


「おっと、スーツに血が」
「なに気にしてやがるてめぇっ！」


　怒りに任せて襲いかかるテロリスト達。しかし寛治は取り合わない。徹底して噛み合わせず、翻弄する。


「失礼。勝負服ですので」


　人を食ったような寛治の言動にますます怒りを募らせるが、彼は忘れている。


「残るは貴方一人のようですね？」
「なに！？」


　紅葉の蹴りで、フランの関節技で、あるいは千尋の拳で。振り返れば、のこのこと寛治に引き付けられた者達は例外無く全て倒されていた。


「ところで耳大外刈りって知ってますか？」
「へっ？」


　片耳に指を突っ込んで三半規管を狂わせて投げる、所謂喧嘩技だ。


「新田さんなんであんな技知ってるの？」
「大学でヤンチャしてた学生に聞きました、使うのは初めてでしたが」


　丁度いい距離に居たものだから、つい。

成否

成功

---

第1章 第2節

「……困りましたね」


　『群麟』只野・黒子（p3p008597）はテロリスト達の主張、論理の破綻を突いてやろうと構えていたのだが。


「……〜〜ッ！」
「〜〜っ！？」
「――……っ！！？」


　思った以上に支離滅裂で、内容が全く頭に入ってこない。黒子自身、この世界の在り方に思うところはある。が、それを踏まえてもまるで会話にならない。
　特に痛いところを突いたという訳ではないのだが、一言二言交わしただけでこの有り様だ。


「猿……」


　むしろ猿の方がマシか。猿の鳴くのには意味がある。野生は合理的だ、目前の烏合の衆と違って。
　だが、耳は良いらしい。黒子の呟きを目敏く拾っていたようだ。
　有無を言わさず殴りかかってきた。素人目にも分かるテレフォンパンチ、怒りに我を忘れている。言動通りチンピラだ。


「正直拍子抜けですが」


　努めて冷徹に。迫る右拳を左に交わし、体の外から手首と二の腕を取る。そして関節を決めながら引き倒し、顔面を思い切り踏みつけて意識を断った。合気道とは少々流れが異なるが、仕留めるには手っ取り早い。


「……数だけは多い」


　拙い連携だが、隔絶した差が無ければ数はそのまま力になる。捌き切れず、打撃が2発3発と重なっていく。
　少しずつ数を削りつつ、イモータリティによる回復で凌ぎ切ること約10分。他所に回っていた警官隊が駆けつけてきた。
　屈強な制圧部隊のなんと頼もしいこと。


「どうやら、何とか守り切れたようですね」

成否

成功

---

第1章 第3節

「ねえ、君達さぁ？」


　クスクスと笑いながら、『流離の旅人』ラムダ・アイリス（p3p008609）は人差し指を立て。


「力無き正義は無力、正義無き力は暴力って知ってる？　知らないなら……今から教えてあげるよ」


　挑発。招くように立てた指を折ると、テロリストの一人が掴みかかってきた。アイリスの言葉に対するリアクションではない、ただ女一人で立ち塞がる彼女に苛立ちを覚えた為だ。


「ふふっ、ば〜か」


　不用意なその行動に、アイリスはほくそ笑む。掴み掛かるその手を躱すと、喉元へと一閃。


「っぁ！？」


　一本貫手。拳に比べ、細く鋭い打撃面による急所攻撃。むしろ刺突という方が正しい。仮に道を極めた達人が使ったなら槍と化すだろうが、アイリスのそれは異なる。
　言うなれば、針。弱点を通すように打ち込む一刺しだ。
　目を突いたなら眼球を抉り、喉を突いたなら気道を潰す。


「ちょっとぬるいんじゃない、君達？　自分の正義を通したいならさぁ、もっと強くなきゃあね？」


　喉を押さえて喘ぐテロリストの鳩尾へ、今度は指四本の貫手。深く刺さり、横隔膜への痛打に呼吸は更に困難なものとなる。
　ひとえに、苦しい。
　そしてそれはアイリスの予定調和だ。彼女にとってこれは、倒すためではなく苦しめるための……言わば、折檻であり教育なのだ。


「分かるまで、続けてあげるよ。ふふふっ」


　アイリスの行動は当然注目を集める。ヘイトは彼女に向くだろう。
　だが『双色クリムゾン』赤羽・大地（p3p004151）には、その方が都合が良い。


（魔術の類も無しかぁ、マジかよ……）


　大地は細身で、体格も並の域を出ない。彼の本領は魔術戦だ。素手の肉弾戦など以ての外だろう。
　しかしそんな不安を他所に。大地の付けたタトゥーシールは、十全に効力を発揮した。
　テロリスト達に接近した大地は手近な一人、その顎先へ右ストレートを叩き込む。体重を掛けた威力重視の物ではなく、速度優先の軽い当身。倒すためではなく崩すためのものだ。重くはない、しかしまるで効かない訳ではない。
　勝負所だ。片腕を取り、劣った体格を逆に利用するように懐に入り込むと、一気に投げる。
　即ち、一本背負い。
　大地が読み込んだのは、バリツ。西洋格闘技と東洋武術の融合体。日本の武術にボクシングのエッセンスを加えた異色の格闘術だ。
　フットワークは折り紙付き。大地の打撃力は常人の域を出ないが、それを補うのが技だ。
　打撃で倒せないなら投げで、関節で、絞め技で倒せば良いだけの話。


「は、はは、やれるもんだな」


奇襲気味に仕掛けたとはいえ、瞬く間に仕留めた自分に、大地は驚きを隠せなかった。


「ほら、ぼうっとしてないで。まだまだ居るよ、連中？」
「あ、ああ。分かってる。慣れない感覚だが……まあ、倒せることは倒せるみたいだな」


　のちに警官隊が駆けつけた時には、二人も無傷ではなかったが、テロリストの大半を戦闘不能に追い込んでいたという。

成否

成功