シナリオ詳細
泡沫メルトヴォイス
オープニング
●泡沫の泉
遥か高みにある太陽は、蒼い世界を暖かく照らす。
少年は、木漏れ日の中を縫うように空を泳ぎ、その場所へと向かう。
木々が途切れ、開けたその場所には沢山の魚が空を漂っていて――えい、と飛び込めば、身体中を泡が包んだ。
――大好きだった、おばあちゃんが死んじゃった。
名前を呼ぶ、少し掠れた優しいその声。
背が伸びたね、と頭を撫でてくれたその手。
遊びに行くと、必ず作ってくれたあの焼き菓子の味。
――でも僕は、お兄ちゃんだから。
妹がわんわん泣いて、それを慰めて、タオルで涙と鼻水を拭いてあげなきゃいけなかった。
だから、すっと泣けなかった。けれどここなら、誰もいない。
思い出がどんどんと浮かんでは消え、目からあふれる涙は止まらない。
おばあちゃん、と叫んだ声は――こぽり、泡になって溶けた。
●やさしい蒼
「どうしたの? 眉間に皺が寄ってるわよ」
境界案内人のシーニィ・ズィーニィは、不安気な表情で得意運命座標たちの顔を窺う。
外の喧騒とは離れたこの場所――境界図書館で過ごす彼女達にも、どうやら昨今の情勢は耳に入っていたようで。
彼女なりのせめてもの労いなのか、一息ついていけば、とシーニィは傍らの椅子を手で示す。テーブルに人数分のカップを並べると、湯気が立つ紅茶を注ぎ入れ、どうぞと告げた。
「……大変だった、とは聞いているわ」
自身も椅子へと腰掛け紅茶を飲みながら、それだけを零すシーニィはかける言葉を考えあぐね――そうだわ、と呟き書架へと消える。
戻ってきたシーニィの手には、ブルーの表紙に金色の文字が書かれた大判の本。
「私の居た<ヒュド・リュトン>って世界。水に覆われているのが特徴」
蒼い街並みが描かれたページを捲ると、ここ、とテーブルに本を広げる。
森の中の開けた広場のような絵が描かれている。
ただし、その広場にはふわふわと魚が浮いていて、幻想的な光景を見せていた。
「泡沫の泉。ここでは何を口にしても、言葉が全て泡になって消えるの。
……ここなら、言いたいこと思いっきり叫んでも大丈夫だから」
だから、そんな顔しないで――シーニィはその言葉を、紅茶と共に呑み込んだ。
- 泡沫メルトヴォイス完了
- NM名飯酒盃おさけ
- 種別ライブノベル
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年07月05日 22時10分
- 参加人数4/4人
- 相談4日
- 参加費100RC
参加者 : 4 人
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参加者一覧(4人)
リプレイ
●物語を、これからも
「まあ。まあ。とっても青くてキラキラなのね!」
『謡うナーサリーライム』ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)は空を『泳ぐ』。自然も、森も、たくさん親しみはあるけれど――こんな風に泳ぐ世界は、はじめてのこと。
知らないことは、楽しいことで――とってもわくわくしちゃうわ、と足取りは軽く。
泉を目の前にいざ爪先をと踏み出せば、夜を纏った街灯がくい、と引かれる。
「まあ、クララ。泉に入るの、こわいの?」
ふわふわの毛で包まれたクララ――仲良しの砂妖精、クララシュシュルカ・ポッケは、どこか不安そうで。ここでお留守番していてもいいのよ、と告げるとクララはいやいやと首を振る。
「ふふ、それじゃあいらっしゃいな」
優しい夜の中に居れば、きっとこの子も水だって怖くないから――そうして二人、ぷかぷかと泉の中へ。
水に身を任せてしばらくすれば、その穏やかさに優しい眠気すら降ってきて。ポシェティケトの意識には、ぼんやりと元の世界――混沌の海を思う。
(森で育ったワタシには、あの海も馴染みがなくて)
先の海戦も参加していない彼女も、結果を聞けば思いもぽつぽつと浮かんで来るもので――
(戦うって、むずかしいことだわ)
ほう、とついた溜息は一つの泡になって消える。
(鹿は、運命に呼ばれてからもしばらく、ずっとずっと、よく分からないままでいたの。
けれど、友人や、大切な人達を『いってらっしゃい』と見送るだけでなく――一緒に立っていたい)
「そういう力をね、持てたらいいと思ったの」
小さな鹿の、小さくて、大きな決意は泡になって――けれど、決して消えないもの。
(色々な物語にふれること、物語を最後まで見届けること。それをできるだけの、立派な鹿に――)
「なりたいなあ、ワタシ……あら?」
言葉と共に口に入った水は、無色透明なのにどこか甘い気がして。
懐かしいわ、と思わず笑ってしまう。
かつて共に暮らした魔女がくれた薬の、かすかに優しい記憶のようなそれは、掴めなくてもとても懐かしく、優しく――
(溶けた言葉は、見えなくなっても、一緒にいる、と思うから)
心の中には、残る。記憶も、この決意も。
「まあ、クララ。こわくないの?」
外套から顔を出した妖精の手を引いたら、もう少し遊んで行きましょう。
知らないこと、知っていること、忘れていたこと――その全てを教えてくれる、大好きな境界世界の物語の中で。
●わたしのこえ、わたしのうた
(この世界にお邪魔する、のも……2回目です、ね)
『うつろう恵み』フェリシア=ベルトゥーロ(p3p000094)は、ゆらゆらと銀糸を泉に揺らす。
前回この世界に来た時は、友人達と賑やかな時間を過ごしていて――口元が緩んでしまう。
(本当に、不思議な世界……です)
フェリシアにとっては当たり前に傍にある水、けれど、この泉が違うのは――
こぽん。
魚達への「こんにちは」は、声にならずに泡と消える。
(今日は、何を話しても、誰にも聞こえない場所……なのです、ね)
聞いてはいても、やはり不思議なもので。フェリシアは恐る恐る泡へと伸ばしていた手を胸に当てると、小さく頷く。
(それなら、悩んでいることを、ひとつだけ……)
悩みは言葉にするだけでも気は楽になると聞いている、ならば――小さく口を開けると、ぽつり、ぽつりと話し出す。
「あの、ですね」
細く白い手は、服の胸元を掴んで――小さく震えている。
「わたしの話し方、ずっと、気になっていて……他の人みたいに、しっかりとお話、できないから……」
フェリシアの紡ぐ言葉に合わせた泡は、ひどく頼りなく揺れる。
いつだって、頭の中では、話したい事は浮かんでいる。「楽しいね」と言われれば「楽しい」と。どちらがいいか、と聞かれれば「こっち」と浮かんでいるのに――声だけが、出ない。
「うまく、言えなくて……『次は、何を言おう』って考えて、しまって。どうして、こんな話し方しか……できないのでしょう、か……?」
もしかしたら、記憶にないかつての自分の名残かもしれない。けれど、周囲の弾む会話を見れば、水底に気持ちが沈んで行きそうになる。
「どうして、わたしは、と……思って、他の方が羨ましく、て……っ!?」
つん、とフェリシアの頬に何かが触れる感触。見れば、小さな魚がフェリシアの頬を突いている。
「あの、その……ごめん、なさい。こんなお話、しても……仕方ない、のに……ありがとう、ございます」
違う世界でも、どうやら同じ水中で生きる彼等にはきっと何かが伝わったようで。
「お話、聞いてくれたお礼、ですが……歌を、ひとつ。聞いていただけたら……」
話す事は苦手だけれど、歌なら――ちゃんと、話せるから。
「……楽しい歌、ひとつだけ。歌わせてください、ね」
胸元を掴んでいた手は解いて、そっと胸に当てて――小さな観客達へ、セイレーンの泡のコンサートのはじまり。
●恋するうさぎの胸の中
こぽこぽと、沢山の泡が弾けては消える泉の中心――そこには、ゆったりと泳ぐ『お茶会は毎日終わらない』有栖川 卯月(p3p008551)の姿。
フリルにリボン、アンティークゴールドのボタンが付いた赤いワンピース。裾に金糸で刺繍された筆記体の言葉は読めないけれど、きっと愛の言葉なはず。最高に可愛い一着を纏った卯月は、ゆっくりと泉を泳ぎながら、声にならない歌を歌う。ステージで踊って、歌い続けたあの歌を。
「皆の三月ウサギ、三月うさぎてゃんだよ! お茶会しましょ?」
間奏でこうして名乗れば、沢山名前を呼ばれて、私の色のペンライトが振られて――けれど、声にもならない、観客が魚だけのここではそんなことはない。
「だって私、今はただの恋する女の子だもん」
――大好きな彼の方、紅茶が大好きなあの人。
一目見られたら、と足を運んだあの国。彼の方を見られて飛び上がりたくなったのに、いつものあの胡散臭い笑顔の世話係じゃない人と一緒にいた。誰。
気晴らしに行ったお気に入りのカフェの月替わりメニューが、人参ケーキになった。チェリーパイに戻してよ。
ストックしていたいつもの銘柄の紅茶が売り切れてた。海洋のトラブルで入荷待ち!
立て続けのことに、あまりにもブルーな気持ちがどうにもならないのだ。
「……三月うさぎてゃんは、この世界に来るまで割と人気なアイドルで」
アイドルは偶像だから、どんな時でも笑顔で一生懸命じゃないといけなくて――この世界でただの恋する女の子になってもそれは変わらなかった。
見せたいのは笑顔だけ、あとは可愛い表情。いつだって魅力的な私を魅せてたい。世界から授かった贈り物だって、その為のもの。
「なのにさぁ……」
零す溜息は、泡と化す。溜息ばかりついてしまう自分なんて、合わせる顔がない。
だから、今日くらい――アイドルの三月ウサギてゃんでもなく、恋する強くて可愛い女の子でもなく、不安定でダメダメで弱いヒトでいさせてほしいのだと。
(この世界から混沌に戻ったらいつもの、可愛くて一生懸命でお茶会狂いで誰にも負けないくらい彼の方が大好きなオンナノコに戻るから)
歌い慣れた曲は、声にならなくて、でも声になってしまえばアイドルとして失格な涙声で。
(この涙みたいに、全部消えてなくなってしまえばいいのに)
アリスでも三月ウサギでもなく、人魚姫になれたらよかったのに――なんてね。
●『青』に誓う
『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は、森を駆ける。
目深に被った大きな海賊帽は、その表情を一切見せず。そうして辿り着いた泉に、ウィズィは目を丸くした。
頭上から漏れる光は、水中だというのに辺りをあたたかく照らし。魚達は穏やかに、楽しく辺りを泳いでいて。
(やさしい水……だな)
つい先日まで居た海――かつての『絶望の青』とは大違いのその光景に、眉を不格好に歪め、ウィズィは足を踏み出す。
魚すらを眼下に置き、ひとり太陽をより近くに見据えたウィズィは――大きく胸いっぱいに息を吸い込むと、その太陽へと声を張り上げる。
「ありがとう。
ありがとう、ありがとう、ありがとう!
『偉大なる』ドレイク!」
口に出した瞬間に、目からは大粒の涙が流れだしては止まらない。
この言葉を口にしてしまえば、陳腐な終わりを迎えてしまいそうで。
叫びたいのに叫べなかった想いは、全て泡に溶かしてしまえ。
泡と涙は、水に溶ければ誰にも見えないから。
「あなたに庇われた瞬間、私は“光栄”という感情で胸がいっぱいで死んでしまいそうだった」
ドレイクと呼べとさえ言われ、あの戦場の最中で何度も会話を交わし。
そのフックで、庇ってくれた人。
「あなたは本当に……私をエリザベス妃のように想っていてくれた」
冒険を夢見て、その為に生きて。
黄金の果実を得てまでも、死を拒絶してその生命を冒険に捧げた人。
なのに、だというのに。
「あなたは、あなたは!」
最後には、愛のために──てしまった。
『私と同じ』愛に生きる冒険者だった人。
「何で私なんかを庇ったんだ、なんて思わなかった」
ぼろぼろと零れる涙は、最早涙以外も混ざってどろどろで。
何で私なんかを庇ったのか、なんてものを理解『でき過ぎ』てしまうのだから仕方がない。
――夢に生きて、愛に眠った
不器用で不運なキャプテン・ドレイク。
私はあなたの代わりにはなれないけれど、あなたのように生きることはできるから。
「できると、信じて、生きるから」
手で乱雑に拭った目元は腫れ上がり、紫苑の君には「酷い顔よ」と言われるかもしれないけれど。
約束を乗せた海賊帽を被り直し――太陽へと、指を突き付ける。
「突き進むよ、迷わない!
見ていてよ、これが私!」
あなたのように、想い人と高らかに吠え合いながら。
私“達”は、歩き続けるから。
届け、あの海へ。
成否
成功
状態異常
なし
NMコメント
飯酒盃おさけです。
海での戦い、お疲れ様でした。
こちらの海に、少し身を任せてみるのはいかがでしょうか。
●目標
泡沫の泉でのひと時を過ごす。
●舞台
空まで全てが水で覆いつくされ、全体が淡い蒼に染まった世界<ヒュド・リュトン>。
この世界では、地面を歩くのと同じように、宙を『泳ぐ』ことができます。
地面を蹴れば、ふわりと身体は浮き上がります。泳げない人は、少し怖いかもしれませんね。
世界を埋め尽くす水は、呼吸にも支障はありません。飲んでも安全。
普段の服のままでも、水着でも構いませんが全裸はダメ絶対。
既出シナリオ:
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/2907
●泡沫の泉
一見するとただの開けた場所ですが、そこには魚達が漂っている『泉』です。
不思議な力が働いているようで、ここではどれだけ大声を出しても全てが泡と化し、誰にも聞かれることはありません。
魚達にはその言葉は伝わりませんが、楽しい声には共にはしゃぎ、悲しい声にはそっと寄り添ってくれるでしょう。
ただし、声を発している人に触れている場合は触れた側にだけその声が『聞こえる』ようです。
(複数でのご参加の場合、この事を案内人から聞いている、聞いていないはお任せします)
●注意
指定がない場合、完全個別での描写になります。
非参加者PCに関するプレイングの場合、リプレイでは名前をぼかしての描写となりますのでご了承ください。
●サンプルプレイング
・ソロ
おばあちゃんが死んで悲しいから、一人で思いっきり泣きに来た。
思い出に浸って、おばあちゃんって叫んでもここなら大丈夫。
魚が心配そうに近寄って来てくれたら、ありがとうって言って一緒に遊ぶよ。
・ペア
親友のアンちゃんと!声が聞こえないって不思議だね。
アンちゃん、顔を真っ赤にして何か叫んでるけど……あれ?(手が触れた)
あ、アンちゃんあたしのお兄ちゃんの事が好きなのー!?
よーし、帰ったら協力するね!
キャラの過去の掘り下げや言えなかった想い、新たな決意からダイエットの意気込みでも、自由にどうぞ。
短いSSの発注だと思って、プレイングを書いてみてくださいね。
それでは、ご参加お待ちしております。
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