PandoraPartyProject

シナリオ詳細

やぶれた青春

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ながら暮らし
 八人の男女がその小部屋にいた。
 年は十代後半といったところだ。同じ制服を着崩し、思い思いにだらしなく座りこんでいる。彼らは小貴族の嫡子で、ここは彼らの通う学校の体育倉庫だった。
 学年も種族もてんでばらばら、だが彼らには共通する点があった。その背にべっとりとへばりつく倦怠感だ。そう、彼らは倦んでいた。くりかえされる日常に、未来に、その果てに。三流貴族の嫡子として、産まれ落ちたその時から彼らの将来は、はっきりとくっきりとかっちりと、彼らをがんじがらめにして、外れることができない強固なレールとなって、彼らを束縛していた。両親から受け継いだ高すぎるプライドと、それに見合わない貧しい生活。理想と現実。凍った未来ともてあます熱量。
 だから彼らは抗おうとした。
 定まった未来像からほんのすこしでいいから外れたくて、自分の意志のありかを確かめたくて、溺死しそうな退屈から抜け出したくて、刺激を求めた。
 酒を飲んだ。
 煙草を吸った。
 薬をやった。
 同級生を虐めた。
 まぐわった、犯した。
 最初は楽しかった。刺激は興奮をもたらし悦楽を供した。だが熱に浮かされていられる日々は短く、しばらくすれば興奮は冷め、刺激はものたりないものとなって日常に埋没していった。彼らが求めるものはいつもその手をかすめて飛んでいってしまうのだ。まるで幸せの青い鳥のように。
 そして気がつけば「体育倉庫に巣食う不良」という平凡な存在に堕していた。彼らが最も嫌う平凡な、あまりに平凡な。
 誰かがぽつりともらした。
「……行きたかったなあ、『シルク・ド・マントゥール』」
 彼らの威厳たっぷりの長い名前と裏腹に薄い財布は、話題のサーカスのチケット代にもなりはしなかった。もっともそんな金があれば後先考えず酒と煙草と薬代に消えてしまっていただろうが。
「……きっとすげぇんだぜ。噂に聞くだけでもヤベェもんな」
「いいなぁ、いいなぁ」
 噂の切れ端とポスターのイメージでしか彼らはサーカスを知らない。由緒ある貴族の子女は庶民の娯楽になど興味はない、ということになっている。それはある種の不文律として彼らの上にのしかかっていた。
 だがしかし、サーカス! なんて素敵なんだろう。それは非日常の代名詞だ。この病んだ腐ったくだらない日々をつかの間忘れさせてくれるに違いない。すばらしい響き、サーカス!
 けれどそこへは行けない。スポットライトすら彼らは見ることができない。自らを縛る鎖は、そこから逸脱しようともがけばもがくほど太く固く冷たくなっていく。そして結局平凡でいつもどおりの日常を送るしか無いのだ。

 ――本当に?

 本当にそうなのだろうか。何一つ彼らの日常を揺るがすものなどなかっただろうか。この監獄じみた学校生活を、真綿で首を絞めるような日々を、根本から揺るがすような出来事が。
 ああ、そういえば。
 彼らが『財布』にしていた生徒のひとりが屋上から飛び降りた時は、すこし、たのしかった、かな。
 学校中が、ざわざわ、して、いつもは、あわてて目をそむけるやつらも、とおまきにしせんを、おくって、くれて、注目、されて。事情徴収とやらも、いちおう、きぞくだから、かたちだけだったし、それにしたって、ふつうのがくせいだったら、ぜったいに、おきることがないできごとで。だから。つまり。
「ひとごろし?」
 誰が言ったのだろう。その一言を。
 そんなことはどうでもよかった。その一言が堰を切った。
「ひとごろし」
「ひとごろし、する?」
「ひとごろし、する」
「しよう」
「したい」
「したいしたい」
「したいしたいしたい死体したい」
「あはははははは」
 はじける。いっそ無邪気なほどの笑い声。どこか乾いたそれは哄笑となって輪唱する。
 行く先は決まっていた。この学校生活で最もうざったい存在。自分たちをレールに押し込める尖兵。やつらの集まる部屋だ。

●朝のニュース
「た、たすけて、たすけてくれぇ! たすけて!」
 ギルドへ駆け込んできた男は壊れたレコードのようにそれだけをくりかえしつづけ、要領を得ない。しかたなく、あなたは彼のために冷たい水を頼んでやった。それを一気飲みすると、男はようやく人心地ついた。耳からぶら下がっていたメガネをかけなおす。
「お、俺、いや、私はハイスクールの用務員を、して、しています。今日もいつもどおり校庭の清掃を終え、ふと顔を上げたら……」
 嫌な記憶が脳裏を走り抜けたのか、男は身震いする。
「教官室の窓に、生首が! 朝礼中だった教官が全員殺されて、く、首がっ、窓辺にずらりと……!」
 状況説明としてはそれで十分だった。
 あなたは恐慌で壊れそうな用務員をなだめつつ情報を引き出す。
 学内でも札付きの不良として恐れられていた八人組が教官室へ押し入り、殺戮の限りを尽くしたらしい。そして犠牲になった教官の首を見世物のように窓辺へ飾っているのだそうだ。見せしめではなく見世物なのは、その生首一つ一つにピエロに見えなくもないペイントが施され、顔面が外から見えるように並べられているからなのだそうだ。
 八人組の内訳は、男が五人と女が三人。内訳は男のうち三人が人間種、残る二人が鉄騎種と獣種。女のうち二人が幻想種、そして飛行種が一人。
 男は接近戦に長け、女は補助や回復の魔法を好んで使うという。
 いまのところ八人組は教官室へたてこもっているらしいが、時間をおけば部屋を出て生徒を襲い始めるだろう。場所は二階の角部屋。部屋の広さは縦横ともに10メートル。ひとつしかない出入り口にはバリケードが築かれていて、まずはそれを突破せねばならないようだ。
「お願いします! どうか奴らを倒してください! 生徒はまだ避難しきっていません、このまま放っておけば奴らに殺されてしまう!」
 蒼白な顔で用務員は言い切った。

GMコメント

みどりです。
サーカスが好きです。

学校の設備はあまり派手に壊さないようにしてください。
ドアが壊れたり窓が割れるのは青春の範囲内です。

不良達を生かすも殺すもイレギュラーズ次第です。
方針は相談で固めてください。また、方針の結果によって成功度が変化することはありません。あくまでプレイングを元に判断します。

  • やぶれた青春完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年04月12日 19時50分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
シェンシー・ディファイス(p3p000556)
反骨の刃
グレイ=アッシュ(p3p000901)
灰燼
Remora=Lockhart(p3p001395)
Shark Maid
リジア(p3p002864)
祈り
ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
アマリリス(p3p004731)
倖せ者の花束
鳴神 香澄(p3p004822)
巫女見習い

リプレイ


 ――どん。
 扉が強く叩かれている。彼らが築いたバリケードが揺れるほど力強く。
 教官室に立てこもっている不良たちは、喜色満面で入口付近へ集まった。
「お客か? お客だな、ひゃはは」
「やっぱり窓際に首を並べたのが良かったのよ」

 ――ドン。

「準備もできたしそろそろ呼び込みに行こうかと思ってたけど、向こうから来てくれるなんて」
「俺らの渾身の作だしな。歓迎してやろうぜ」
 おうと息を合わせてハイタッチをしあう不良たち。そこだけを見れば充実した青春を送る若人に見えただろう。


 ――ドンッ! がらん! ガンガンガラランッ!

 扉がバリケードごと吹っ飛んだ。
 同時に窓が割れ、三つの人影が教官室内へ飛びこんでくる。不良たちは窓と入り口側から包囲される形になった。
 さあ本番だ。
 この程度の強襲でうろたえるような不良たちではなかった。もはや彼らの心は喜悦の一色に染まっていたからだ。彼らは凶暴な笑みを浮かべた。

「うっ、なんだこりゃ。最近の悪ガキはセンスまで最悪になっちまったのかよ」
 扉から突入した『ボクサー崩れ』郷田 貴道(p3p000401)は濃い血臭にむせかえりそうになった。壁には飾りのように腸がはりつけられ、そこから臓腑がぶらさがっている。どれもまだ湯気を立て鮮血で壁を濡らしていた。教官室の真ん中には、はらわたを抜かれた体がでたらめにつぎはぎしたものが飾られている。見ようによってはその死体の山へ芸術的価値を見出すこともできなくはないが、それは死と背徳の抱き合わせを絶賛するに等しい。そしてイレギュラーズたちはそこまで退廃的な感性は持ち合わせていなかった。
 リーダーらしき人間種が両手を広げて叫ぶ。
「ハレルヤ! 俺達のサーカスへよーーうこそーーー! お代は見てのお帰りだよ!」
「何がサーカスだ。自分たちのしたことがわかってるのか。見過ごせる度合いを超えてるぞ。アンタらはやり過ぎだ!」
 貴道はボクシングの構えをとり、その人間種を躊躇なく殴り飛ばした。
「ぶべぇっ!」
 豚のような悲鳴をもらし、その不良はたたらを踏む。
「うひ、うひひひ、いいなあいいなあ。大感激してくれちゃってますよ。うれしいなあ」
 頭のネジが飛んでいるのが影響しているのか、不良は貴道の渾身の一撃にも耐えている。
「これが、サーカスですって……。なんと猟奇的な。このような事件がなぜ連鎖するのでしょうか。殺意が増幅しているような。それもサーカスを見てない人が特に……?」
 部屋の中をぐるりと見回して『戦花』アマリリス(p3p004731)は唖然とした。床も壁も、天井まで赤く染まっている。特に中央のオブジェの醜悪さは嗅覚にまではたらきかけてきた。死を迎えた体はその瞬間から腐敗がはじまるという。
「何に起因するかはわかりませんが、原因究明よりまずは事態に収拾をつけねばならないでしょう。責任は親御様にとっていただくとして、折角暴れる以上握れる弱みは多い方が良いですね」
 アマリリスの言葉を受けて『Shark Maid』Remora=Lockhart(p3p001395)が応える。小柄な彼女の、その鋭利な視線はオブジェを一撫でし、悪趣味の一言でも表現できない状態の教官室を値踏みするように睥睨した。そしてリボルバーのセイフティをはずすと存外に澄んだ声音で歌いだした。勇壮のマーチ。どこからともなく聞こえてくる伴奏は精霊たちの唱和によるものだ。
「とりあえず私に出来ることは少しでも悲劇を無くす事!!」
 すり足で奥へ進んだアマリリスは幻想種の女を一刀両断。無防備な柔肌へ戦鎌が食い込んだ。
「きゃーはははは! いたいいたい! 痛いってすごいわ。これが生きている実感ってものなのね!」
 娘は自分の傷跡を見せびらかすようにくるくると回り始めた。踊っているつもりらしい。上機嫌なその体が突然、炎に包まれた。
「きぃやああああ! 熱い、あついあついいたいいいい!」
「何度も何度も、留まることを知らないな。好き勝手に『殺し』を撒き散らしてる。そのうえ、意図も何も読めないときた……」
 魔法の炎はすぐに輝きを消し、残ったのは無残に焼け焦げた娘の姿。中途半端に燃えた制服が体に絡みついて凄惨な雰囲気をまとっている。
「おれは手加減なんかしないからな。アンタたちも思い通りに好き勝手やったんだから、悔いはないだろう?」
 冷たい視線が刃のように不良たちをねめつけた。『反骨の刃』シェンシー・ディファイス(p3p000556)は場違いなほど静かに、狂気の部屋の出入り口でたたずんでいる。
「とはいえ、方針は不殺です。てやっ!」
 窓から飛びこんできた『巫女見習い』鳴神 香澄(p3p004822)が両手を突き出した。肌が焼け焦げたままくるくる回る娘は、そのまま香澄の威嚇術をくらい、失神して人形のようにぱったりと倒れた。メイクの落ちた娘の顔はまだあどけないといってもいいほどだった。早々に人生へ倦んでいなければ健全な学校生活を送っていたことだろう。それが……。香澄はちらりと後ろを振り返った。
「教官を全員殺害して生首を飾るとは……恐ろしいことを考えつくものですね。やはり今回の事件も原罪の呼び声が関わっているのでしょうか」
 なるべくその生首を踏みつけないようにしたつもりだが、突入の衝撃に巻き込まれたらしく、いくつかは床へ落ちてしまっていた。香澄はその生首を痛々しげに見つめる。
「ぼうっとするな。格下相手とは言え気を抜くとやられるぞ」
 その隣から姿を表したのは『生誕の刻天使』リジア(p3p002864)。神秘の力で増幅させた魔力をもうひとりの幻想種へ叩きつける。幻想種の肩のあたりがわずかに歪み、次の瞬間、シャボン玉が弾けるように散った。鮮血がぼたぼたと周りへ落ち、酸化して赤黒くなりかけた床に新たな色を重ねていく。
「いった~~~い、やだあもう何すんのよお~~。服が汚れちゃったじゃないのよぉ~~!」
「悩むところはそこなのかね」
 リジアは呆れてため息をついた。教官室の中をざっと見やる。この部屋は破壊の爪痕に満ちていた。
「破壊が絶えない。生き物の事は未だに不明が多いが、最近の騒がしさはイレギュラーによるものか。物が理不尽に破壊されるのは不愉快ではあるが、これが原罪の呼び声の影響なのか……だとしたら魔種はいずこに」
 今はなんともいえない、そう彼女はつぶやき、自分の思考を保留にした。
 二人に減った女たちをかばいにきたのか、鉄騎種と獣種の男がイレギュラーズたちとの間に割り込んできた。
「お兄さん楽しんでるぅ?」
「このサーカスどうよ。いけてるっしょ。なにせ俺たち全面プロデュースだからな」
「挑発ならやめとけ。ガキだろうと殺す時は殺すぞ俺は」
 『聖剣使い』ハロルド(p3p004465)は彼らを一瞥すると短く息を吐いた。
「どうせ“原罪の呼び声”とやらが原因なんだろう? 外的要因で凶行に及んだガキを殺すのは俺のルールに反する。だから殺さない、それだけだ。そもそもただの意気がったガキどもに自分の手で人を殺す度胸があるとは思えんからな」
「なにそれ、お兄さん俺たちのことなめてかかちゃってる?」
「やべえ、この期に及んでやべえ、自分の立場わかってない。俺たちサーカス団、アンタはただの客。オーケー?」
「わかってないのはそっちだ。悪いがこの悪夢みたいな部屋ごと叩き潰すぞ」
 閃光が走った。聖剣リーゼロットの魔を討つ力が鉄騎種へ打ち込まれる。
「ひはっ」
 鉄騎種はすばやく身を引いた。裂けた胸から体液がもれる。
「痛ぅ! やばくね? やばくねこのお兄さん、ひゃはは、やべえ。テンションあがるぅ!」
「理性的な会話は成立しないようだね、煤猫ちゃん」
 みゃおん。足元の黒猫に向かい、『灰燼』グレイ=アッシュ(p3p000901)は話しかけた。同時にメイジスタッフで、転がっていた生首を杖の先でつつく。生首から血管を束にしたような触手が生え、ごぼりと起き上がった。アンデッドですらないなりそこない。使い捨ての盾だ。アッシュはそれの背後から飛行種を狙うべくメイジスタッフを伸ばした。だが射線を鉄騎種と獣種に遮られている。アッシュは不敵に笑った。
「どのようなきっかけであれ、彼らは自分の道を選んだ。僕はそれを好ましく思う。魔種が絡んだ今、僕が為すべきは一つだけれど……構わないさ。彼らの今後に期待しようじゃないか! さぁ、刺激的な青春の幕引きだ」
 メイジスタッフの先端が青い光に覆われ、威嚇の光球が鉄騎種へ向けて放たれる。待ち構えていた鉄騎種は正面からそれを受け、恍惚とした表情を浮かべた。

「癒やしの対局に位置する力よ、全てを焦がし灰に返す力よ、新たなる命の苗床に通じる力よ、いざ顕現せよ。焔式!」
 シェンシーの魔法が鉄騎種へ命中した。さすがに今のは効いたのか、鉄騎種はぐらりと体を傾ける。
「おいどうしたよフリス、その程度でくたばんのかくたばんのか、カカカッ!」
「うるせえぞジェームズ! 俺の舞台だ、そっちはすっこんでろ!」
 フリスと呼ばれた鉄騎種とジェームズらしい獣種は、頑健な体を盾に背後の飛行種と幻想種を守っていた。事態は消耗戦の様相を呈していた。包囲には成功したイレギュラーズたちだったが、士気が高い……というよりも恐怖を忘れてしまった不良たちは、攻撃を受けてもなおも前へ前へと出てくる。まるで傷つき傷つけられることが至上の喜びだとでも言うように。そこを女たちが支援するものだから始末におえない。シェンシーからすれば愚行でしかない。
「これがアンタたちサーカス団の芸ってわけ? 命をかけて戦うことが? まあ、スリルに溢れてるって点でいえば、空中ブランコやらと同じカテゴリーかもしれないけれど、どっちかといえばこれはコロシアムじゃないか?」
 バカバカしい命のやりとり。こんな奴らを生かしておいて何になるのか。シェンシーの腹の底がふつふつと煮えたぎりだした。鋭い視線で手負いの鉄騎種をマークする。
「狂わされたから無関係だとほざくなよ。生きたいのなら勝手に生きろ、命乞いなんて吐き気がする」
 もっともっととねだるような彼らの動きは、まるでだだをこねる赤ん坊のそれだ。嫌気がさす。シェンシーは唇をかんだ。
 入り口側では貴道が人間種三人と引きつけている。
「ヘイ、クソガキども。鉄拳制裁タイムだぜ」
 ただし、その動きに慈悲はない。後衛への攻撃の障壁となる前衛、そこへ風穴をあけるために彼は積極的に人間種たちへ攻撃を仕掛けていた。
「ほらほら、脇が甘い。踏み込み遅い。そんなパンチがミーに当たるとでも思ってるのか?」
 軽口を叩きながら重い一撃を不良達の体へ刻んでいく。
「なめてんじゃねえーーーぞオルァアアアア!」
 リーダーが我流らしきボクシングの構えをとった。そこから熾烈な反撃がくりだされる。貴道は軽く口笛を吹いてステップを止めた。
「オリャア!」
 最後のストレートが貴道の頬へ深々とめり込んだ。その衝撃に、しかし貴道は微動だにせず、深く長く吐息をこぼした。
「……惜しいな」
「アアン?」
「惜しいって言ったんだ。いい打ち込みだぜ。性根がまっとうなら、ユーへボクシングを教えてやりたいくらいだ。……だがな、もうとっくに、許されるラインを踏み超えてるんだよ!」
 ためからのボディブローがリーダーのみぞおちへ吸い込まれるように入った。
「ぐほぁっ」
 たまらずヘドを吐き、昏倒するリーダー。残った二人は狂喜して手を叩いた。
「やっべ、ショーちゃんダセえ!」
「ダッセエ、マジダサすぎショーちゃん、ナイスピエロ! カッケエー!」
 白目を向いている「ショーちゃん」へはもはや見向きもせず、人間種の男たちは貴道へ押し寄せる。殴打。殴打。殴打。単純故に確実に体力を削り取っていく攻撃だ。貴道も二人から同時に攻められ、回避が間に合わない。
「さて、後片付けの時間です。Remora=Lockhartの名において命ずる。あるべきものをあるべき姿に。失くしたものをあるべきところへ。ライトヒール」
 Remoraが手をかざすと、貴道の体が淡く輝き全身の殴打痕が消え失せる。
「劣勢になれば逃げだすかと思いましたがなんのなんの。その無謀とも言える蛮勇には敬意を評しますよ。それだけですがね。貴方たちがどれだけ奮闘しようと私がすべてなかったことにしてさしあげます。絶対の防壁を相手にしている気分はいかがですか?」
 冷ややかなRemoraの言に、人間種たちはげらげら笑うばかり。理解しているのかいないのか、それすらも怪しい。
「こんな不運な形で、終わってしまってもいいのですか!? 貴方たちの青春が!」
 アマリリスが不意に声を上げた。その心は哀しみと怒りと、やるせなさで満ちていた。
「駄目よ、これ以上は! 思い出して、殺意に抗って、その殺意は貴方たちのものでも誰かの命を背負うことは、とても悲しいものだとその覚悟はしてはならないことを!!!
 私はあなた達とは戦いたくない。確かに今までは、貴方たちが楽しさを求めて少しでも罪なるものを犯していたとしても、それでも人の命を取ることだけは最上級にしてならない!!」
「なんかセンコーみたいなこと言ってる~~」
「あいつウザイ、あいつ先にやっつけてよ」
 壁際から回復を飛ばしていた女二人が顔をしかめる。聞こえてはいるのだ。その事実がアマリリスの心を強くした。
「せめて大切なものを思い出して欲しい! 人が生きて行くうえで、忘れてはならないもの、それは理性と倫理。そうでしょう?」
 お願い届いて、と切なる思いでアマリリスは言葉を紡ぐ。だがしかし、返ってきたのは下卑た笑いだった。
「それはりせいとりんり、そうでしょう、だって~~~~いひひひひ」
「マジウザすぎ死んで。脳みそぶちまけて死んでよ。そのあとで私たちが素敵なアートにしてあげるからさあ!」
 アート、部屋の中心にあるオブジェ。そして、この死体の山をアートと言ってのける神経。アマリリスは己の無力を感じ奥歯を食いしばる。せめて一刻も早くこの戦いを終わらせることが彼らのためと、彼女は心を切り替えた。
 ハロルドが吠える。
「いい度胸だ! 人の背中に隠れることしかしてないやつらにしちゃ上出来な言い草だぜ!」
 突撃する彼へ向かい、鉄騎種が立ちはだかる。
「ははははは! おら、かかって来いよ! 俺の首を獲れるもんなら獲ってみやがれ!」
 ハロルドは聖剣をくるりと回し格闘を仕掛けた。一瞬のすきを見逃さず、柄で鉄騎種の喉を突く。
「ぐぅっ!!」
 亀裂が入るほどの強烈な一撃に、鉄騎種は吹き飛ばされ、壁へ叩きつけられた。そのままずるずるとしゃがみこむ。立ち上がってこないのは失神しているからだろう。
「きゃ~~ははは、やられちゃった。やられちゃった! ……づぁっ!」
 肩をかばっていた幻想種に光球が食い込む。衝撃のせいか、もんどりうって倒れた。
「えっ、ノーラも退場? うそでしょ!!」
 飛行種が舞い上がり天井へへばりつく。
「それで逃げているつもりなのかな? 僕がこのスタッフをちょいと上側に傾けるだけで、君は床へまっさかさまなわけだけど? ついでに言うとせっかくかばってくれているジェームズくんの好意を無にしてるわけだけど?」
 メイジスタッフをずいと突きつけたまま、あくまで飄々とグレイは言う。
「さらにそちらの攻撃はこの死骸盾に防がれるってワケさ。亡くなった先生方の体をお借りするのは心苦しいが、これも生徒指導の一環だと思えば許してくれるだろう」
 悪気のかけらもない笑顔を浮かべ、グレイは死刑宣告にも等しい言をくりだした。
 イレギュラーズたちの包囲網が功を奏し、不良たちはひとり、またひとりと気絶させられていった。


「起きてください」
 香澄がちょっと強めにリーダーの肩を揺する。鎮圧後、ロープで捕縛した不良たちから聞きたいことがあったのだ。
「ふへ?」
 目を開けたリーダーは相変わらず目の焦点が定まっておらず、喜びに彩られただらしない笑みを浮かべている。Remoraがずいと前へ出た。
「犯行に及ぶ前、あなたたちはどこでどうしていましたか?」
「体育倉庫でーだらだらしてた。はは、そしたら気がついたんだ、胸の奥から声が湧いてきたことに。今は最高にハイだぜ! ははははは!」
 笑いすぎて過呼吸になったリーダーを見下ろし、Remoraは首を振ると血で汚れた名簿へ目を通した。
「家族構成も問題なし。突発的な通り魔的犯行、というわけですか」
 それを聞いていたグレイとハロルドは両手を組んだ。
「ローレットで関係者全員のカウンセリングを依頼したほうがいいだろうね。“原罪の呼び声”……アレは狂気を伝播させると聞く。それぞれの経過はよく観察しておくべきだと思ってね。事件後の精神のケアも兼ねて、だ。他の生徒達にとっては、些か刺激が過ぎただろうから」
「俺も依頼人が親の八つ当たりに巻き込まれないようにローレット経由で手を回してもらうか。こいつら、腐っても貴族のガキだからな」
「さて」
 リジアがリーダーをのぞきこむ。無表情ながらも、いぶかしげな様子だ。
「私に楽しいなどという感情は漠然としか把握出来ないが、ソレはお前達が抱いた感情なのか? つられているわけでもなく、誰かに依存するわけでもなく、本当に、お前が楽しいか? それが仮面か真実か…道化でないなら告げてみせろ、生き物」
「楽しいに決まってるだろ! 何度も言わせるな、今が最高なんだよ! いひひ、ふははははは!」
 うつろな笑い声が血塗られた教官室にこだました。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでした。
不良たちの狂気がどうなったのかは今後の展開次第です。乞うご期待。
またのご利用をお待ちしています。

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