PandoraPartyProject

シナリオ詳細

喪失を是とするのなら

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 呼吸は荒い。
 走り、戦い疲れた身体は既に音を上げ、ともすれば今この瞬間にもへたり込んでしまいそう。
 けれど、それを許さないと。
「っ、侵入しゃーー」
 声を上げようとした警備員に飛びついては、その喉を掻き切った。
 吹き出す血液。それに目もくれず、僕は再度、嘗ての『家』へと直走る。
「なんで、なんで……!」
 自由を奪われた場所だった。
 誰かの欲望のために利用され、普通の人が送るような、そう言う真っ当な日常から切り離され、ただただ搾取され続けるだけの場所だった。
 そこから、這い出ようと。ただ人並みの生活を求めようと、たった一歩を踏み出した、それだけのことで。
「……何でだよ、畜生!」
 僕たちは、全てを奪われなければならないと、そう言うのか。
「目標を確認」
「まともに相手をするな。ヤツの『餌』になるだけだ。
『ローレット』が来るまで時間を稼ぐことだけを考えろ!」
 嗚呼、大人達の声が聞こえる。
 自分達を縛り、閉じ込め、浪費させた悪魔の声が。
「……邪魔を、するな」
 片手を挙げて、背後を覗く。
 振り返れば、其処には僕が殺した悪魔達ーー今や、僕の操り人形となった、骸の姿が。

「奪ってきたんだ。食らい続けてきたんだ。
 だからこそ、お前達も……僕たちに、全部を返せ!」


「……今、何名って」
「49名。それが、今回依頼を受けたあなた達の守る施設。
 ……其処で殺処理される、実験体の数よ」
『猫鮫姫』燕黒 姫喬(p3p000406)の視界が、くらりと歪む。
 彼女に依頼の説明を行う『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)も、浮かべる表情は憂鬱そのものでーーだからこそ、その未来を避けうる術など無いのだと言うことが、明確に理解できてしまった。
「量産が可能な生物兵器を生み出すことを命題とするその施設は、少し前から50名の子供を集めてそれを兵器に転用する術を模索していたの。
 けれど、今回そのうちの1名……凡そ『成功例』と言える実験体の子供が逃走したことから、プロジェクトは中止されることになった」
 能力があっても、手に負えない兵器を研究し続けることはしない。見切りの早さは長いこと『そう言う研究』を行ってきたが故の経験則によるものなのだろう。
「それにしても、即殺害とは随分思い切る……」
「研究者である彼らは理解しているのよ。自身が非道な目に合わせた相手をただ解放すれば、いずれその復讐を受けるであろうことを」
 人心を、感情を理解している。ただ、其処に自らの心を寄り添わせることがないだけ。
 より性質の悪い話だ。鼻を鳴らした姫喬に対して、プルーは一呼吸を置いて再び説明を始める。
「問題は、此処から。
 件の研究所は、現在逃走した実験体によって襲撃を受けているの」
「そいつぁ朗報だ」
 皮肉たっぷりの相槌を、今だけは聞かなかったことにして。プルーは表情を変えることなく続ける。
「実験体の子供は……彼は、極限定的な状況下に於いて、死者を操る能力を獲得している。
 それによって操られた死者と、彼自身。合計10名ほどが、今回あなた達が戦わなければいけない相手よ」
 気鬱を隠せない。それでも、受けた依頼に対して、其処から背を向けることはハイ・ルールに背く行いだ。
 溜息を吐きながら席を立つ姫喬が、自身の仲間へとそれを伝えに行くーー前に。
「一つ、だけ」
 プルーが、彼女を引き留めた。
「先にも言った実験体。彼を殺す必要性は、絶対ではない」
「……どう言うことだい?」
 そのままの意味よ。そう言ったプルーは、何処か、希望を湛えた瞳で、姫喬を見返す。
「研究所は、その施設が今後被害に見舞われる事が無ければ、その実験体を見過ごしても構わないと言っている。
 逆に言えば、それが叶わなければ、確殺を視野に入れろ、とも」
 要は、説得によって少年が施設を襲うことを思い留まらせれば、殺す必要はないと言うことか。
 暫し、思案した姫喬はーーそのままプルーに背を向け、仲間の元へと歩み出す。
「『シアンブルー』、貴方は一体、どうするの?」
「決まってるよ」
 シニカルに笑った海種の少女は、手をひらひらと振りながら去っていく。
「欲しいものを見過ごすことは、どうにも出来ない性分でね」
 その瞳に、確固たる意思を込めながら。

GMコメント

 GMの田辺です。
 この度はリクエストをいただき、誠にありがとうございます。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・施設の防衛
・『実験体』の殺害(下記に例外あり)

●場所
 幻想(レガド・イルシオン)某所に存在する研究施設。周囲は広大な森に囲まれております。
 下記『実験体』は施設内入り口付近の廊下にて『警備員』と交戦中。戦闘が開始された段階で『警備員』は撤退し、これ以上の侵入を防ぐための妨害工作に移ります。
 時間帯は昼。場所が廊下であるため横幅にはさほど広くなく、戦闘に於いてはあまり広がった陣形を取りにくいと言うデメリットがあります。

●敵
『実験体』
 戦場である研究施設にて、非人道的な実験を受け続けた50名の子供達のうち一人です。年齢は10歳前後、性別は男性。
 研究の一環で大人が受ける程度の高等教育も習っており、その為同年代よりは利発、会話に際しても言葉を選ぶ必要はないでしょう。
 現在、研究施設にて殺処理されつつある仲間達を救助する為、同施設を襲撃。戦況は6対4程度の割合で『実験体』の側が有利です。
 戦闘方法は、自身が殺した上で、尚且つ複数条件に合致する死体を短時間だけ操る死霊術の倣いと、それに応じた幾つかの賦活能力。本人の戦闘能力は高くありません。
『実験体』は、この能力を使うにあたり、少なくとも研究施設に関わる人間を殺害することに躊躇はありません。
 そういう意味では、彼の善悪のブレーキは耐えかねる怒りによって既に外れ掛けている状態です。
 
『アンデッド』
 上記『実験体』によって殺害され、現在操られているアンデッドです。
 現在は『実験体』の指示により、研究施設の警備員と戦闘中。『実験体』の指示がどこまで具体的に適用されるかは不明です。
 攻撃方法は近距離に踏み込んでの単体格闘攻撃か、遠距離から元々装備していた銃器での単体攻撃かの2種類。
 特殊な能力を持たない反面、フィジカル面が元となった『警備員』より遥かに強化されております。

●その他
『警備員』
 上記研究施設を警備する人員です。シナリオ開始時の人数は5名。
 元々は異常事態を施設内に報告することが主な役目である為、その戦闘能力はあくまで一般人に優位に立てる程度のもの。
 PCの皆さんが参加した時点で、彼らは『実験体』達がこれ以上侵入しないよう、妨害工作に移る為、戦場からは撤退します。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、どうぞよろしくお願いいたします。

  • 喪失を是とするのなら完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年07月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

燕黒 姫喬(p3p000406)
猫鮫姫
ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年
フーリエ=ゼノバルディア(p3p008339)
超☆宇宙魔王
夜式・十七号(p3p008363)
蒼き燕
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
ニャムリ(p3p008365)
繋げる夢
フォークロワ=バロン(p3p008405)
嘘に誠に

リプレイ


 曇天はその在り様をより濃くし、今にも雨を零すかと思うほど。
 静かな森。その只中にある研究所へと向かう人影は――総計八つ。
「こういう依頼は、私自身初めてではありませんが……」
 陽の光の無い森の中はより鬱蒼とした灰暗さを感じさせる。
 それに感化されたわけでもなかろうが、『嘘に誠に』フォークロワ=バロン(p3p008405)は、忸怩たる感情を隠し切れぬ面持ちで、小さく頭を振って呟いた。
「いつもいい気にはなりませんね。どの世界でも人は変わらないもの、と言うことですか」
「同感だな。まあ、俺の感情はアンタ達のそれとは若干趣が異なるだろうが……」
 応じ、がしがしと頭を掻いたのは『魔剣鍛冶師』天目 錬(p3p008364)。
 より良き魔道具を作るべく日々修練を積み重ねる彼からすれば、此度の依頼人が行う『外道働き』に因っての兵器研究は唾棄すべきものと同義だ。
 それでも、彼がそれに加担する今回の依頼を受けたのは――悪しきを知らねば良きを創れぬという、自らへの試練が故か。
「一度は逃げ出した場所に仲間のために戻るか。
 心意気は買うし、その行動の是非についても論ずるつもりはない。が……」
 ――退かぬというなら、殺すまで。
 普段の快活さは鳴りを潜め、冷静に敵への処遇を考える『超☆宇宙魔王』フーリエ=ゼノバルディア(p3p008339)の言葉は、それそのものが即ち今回の依頼における特異運命座標達のスタンスをそのまま表している。
 此度受けた依頼は一つ。生物兵器を創る研究所に「仲間」を助けるため乗り込んだ実験体の阻止。
 それは即ち、実験体の「仲間」が殺害されることを助長するのと同義だ。尚且つ、情報屋曰くその数は49名に及ぶとのこと。
「――ああ、くそったれ」
『蛸髭』プラック・クラケーン(p3p006804)が呟いた。苦々しげにそう言って、自身の得物――『BBG』を嵌めた拳を、固く固く握りしめる。
 罪もない命を救おうとした。そうして彼らと希望を育もうとしていた――嘗て海洋に凪を取り戻すべく戦った、自分と同じように。
 それを妨げる者が居たとしたら、自分はどんな感情を抱いたのかと考えて……その思索を、止めた。
 これ以上は、これからの争いに対する癌になると考えて。
「ぼくにとって、死はどうしても避けたいものじゃないから……いざ『彼』を殺す事になっても、戸惑いはしない」
 だけど、と。
 金の瞳を眇めながら、『いつもすやすや』ニャムリ(p3p008365)が言葉を続ける。
「可能性を、示してあげるくらいは……してあげたいよね?」
 それは、この依頼に臨んだ大多数が抱いた感情だ。
 頷く者、応えぬ者、或いは唯笑みを返すだけの者も。
「何れにせよ、我々がすべきことは最早決まっている」
『倶利伽羅剣』夜式・十七号(p3p008363)の言葉は、言い換えれば「今更情に流されるものが居るまいな」という問いかけだ。
 誰かがそれに応えるより早く、聞こえたのは銃声と、何れかの勢力が発した叫び声。
 戦場は近い。つんと匂う血の香りに、笑んだ『猫鮫姫』燕黒 姫喬(p3p000406)は――無論と。
「そうでなくちゃあ、申し訳が立たない」
 それが、誰に対しての想いか。解らぬ者は居ないだろう。
 抜いた厚味の刀身。『八尋火』と名付けられた宝刀を手にした姫喬は、終ぞ見えた少年に放つがごとく、その言葉を呟いた。
「あたしらが引くわけにゃあ、いかないんだ」


「『ローレット』……!!」
 告げた言葉は警備兵のものだ。
 徐々に押されつつあった戦況を打開しうる存在が現れたことに警備兵は安堵し――対する少年の側は、その声色だけで闖入者たちが何方に就く存在かを理解し、忌々しげに表情をゆがめる。
「やあ、君は今どんな感情だい? 怒り? 苦しみ?」
「それを、聞いてどうする!」
「いやあ、よくも自分からそんな修羅に身を落とせるな、とね」
『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)が笑いながら開口一番呟けば、次いで弾いた指先から放たれた衝撃の青を以て、少年のそばに位置する死者を吹き飛ばす。
「ま。その辺りは後でいいや。今は大人しく負けておくれよ」
「その、身勝手を」
 返された言葉は、どこまでも平坦だった。
「僕が叶える義理が、何処にある!」
 ――命令、一点突破。
 指示を受けた数体のアンデッドが、退く警備兵たちを追う形で走る……否、走ろうとする。
「無駄だ。お前には何も出来ねぇよ」
 前衛型のうち、比較的反応速度に優れたプラックが先ずアンデッドの足止めに回れたのは自然な帰結と言える。
 舌打ちをした少年が指先で独特の印を結べば、手にした銃身を全力で振りかぶった死者の殴打に、プラックの身も少なからず拉いで。
「何も出来やしねぇ。今のお前じゃ、何も救えねぇ」
「この男……プラックの言うとおりだ。今のお前に確実に事を成す冷静さを欠いている」
 言葉に続いたのは錬。自身に始まりの赤を織り込むことによって、平時、鍛冶に使うそれとは明らかに異なる魔炎を発露させた彼に、少年も、意思なきはずのアンデッド達すらたじろかせるほどで。
「復讐は何も生まない、なんてありきたりなことを言うつもりはない。
 だが、何を為すにしろ、それを叶えるだけの力量がなければ、それは唯の無為にしかならないぞ」
 ピューピルシール。打ち込んだ簡易封印術式を引きちぎる様にレジストした少年は、ハ、と言う単音を返答の代わりとする。
「まったく、頑固な子供ほどあやすのが難儀なものじゃな!」
『超☆宇宙魔王のオーブ』を介して精錬した魔力を、賦活の方向性だけ与えて自身と仲間に「叩きつける」フーリエ。
 自身へのブラックジャックと合わせて、僅か一度の挙動で有する気力の4分の1以上を消費した彼女の呼吸は荒いものの、これが今後の戦闘の趨勢に大きく寄与するであろうことを考えれば、それとて安い買い物と言えるだろう。
「……ぼくらの言う、実験体。君にとっての仲間達は……もう処分が実行されている頃かもしれない」
 両の前足に抱えた天球儀が回転すれば、其れを起点に柔らかな星明りが放出される。
 状態異常を伴う攻撃を持たない敵を相手にする以上、自身のリソースを純粋に癒術のみに注げるニャムリが微かに鳴き声を上げれば、それは前線で傷む仲間たちにとってはこの上ない支援となる。
「されてなくても、ぼくらが君をいかせない。
 それでも。君は諦めそうにはないよね」
「お前らは、何を、他人事のように……っ!!」
 咆哮が、その場を満たした。
 それが挑発を目的としたのなら、間違いない奏功と言えるだろう。普段眠たげで感情を顕わにしないニャムリが、感情の発露に怯んだ。
「引き際を知りなさい、少年。今引けば君はもう奪われることは……」
「『もう奪われない』!? ああそうだろうよ、何もない僕からこれ以上を奪えるものか!」
 ――だからこそ、この無軌道に身を任せられるのだ、と。
 少年は尚も吠える。吠えて、口元に指をあてては甲高い指笛を鳴らす。
 それが単純な指示ではないことは、伴う魔力を知る者には直ぐにわかったろう。特異運命座標たちによって受けた傷の幾何かを自己修復する死者たちが狂乱の叫びを放ち、それに並々ならぬ脅威を感じ取ったフォークロワが、一時説得を諦めアンデッドへの攻撃に集中する。
「……お前はもう何も知らない子供でも、人間でもない」
 十七号が呟き、その口の端から血を滴らせた。
 戦闘開始から現在、仲間に代わりその攻撃を一身に受け続けた彼女のダメージは、ニャムリの援護、自身の自己回復を介してもなお深い。
 それでも、未だと彼女は倒れない。
 未だ立てていられる。未だ仲間たちが為したいことを為すまでは、と。
「お前は"失敗作"だよ。ここに現れたのも仲間を救うためでなく、唯此奴らを殺したいだけだ」
「……それが、お前の本音か」
 少年までの距離は『遠い』。
 戦闘開始直後に接敵を試みた彼女の考えは、その間に立ちふさがる死者たちによって防がれはしたが、敵方が有する大多数の攻勢リソースを自身に割けているなら御の字というもの。
 ――現状展開範囲が限られた戦場に於いて、前後衛の構築はバランスよく、各々の役割も綺麗に分担できている。
 が、それはあくまで方向性を戦闘に絞った場合だ。
 説得自体は全てを終えた後と決めておきながら、それでも現在に於いて僅かにすら兆候が見えない翻意に、特異運命座標たちが焦燥を覚えるのも無理からぬこと。
「――さぁさ御立会! 黄泉平坂、千引石、向かいにゃあたしが御連れ致す!」
 しかしそれを、莞爾と笑い飛ばす者が居るなど、少年すら思いもよらず。
 姫喬が名乗りを上げ、それと共に宝刀を薙ぐ。柳風崩し。態勢を傾いだ死者の眉間へ、更に打ち込まれた一撃が其れへと二度目の死を齎した。
「ま――運が悪かったね!」
 敵味方、双方互いに整った戦況は戦いを二極化させる。それはつまり膠着か、迅速かだ。
 今回に於いてはそれが後者に偏る。現状、敵方からの攻撃を一身に請け負うのは十七号だが、殊に防御技術が秀でた彼女が倒れれば、加速化した戦いは次々と倒れる者を増やしていくだろう。
 ……戦いの決着は、直ぐ其処まで迫っていた。


 ――一を弾けば、二が身を削いだ。
 ――一を返せば、三が身を叩いて、
 ――一を癒せば、四が身を倒した。

「……っ」
 舌を打ち、十七号が膝を着いてから幾許か。
 死者は戦闘開始時よりその数を半数以下に減らしていた。それでも尚、特異運命座標たちが目的とする少年の無力化は、寸でのところで叶っていない。
 だが、それも間もなく。
「悪ぃ、なんて言うつもりも無ぇが」
 衝撃は二度。心臓の部位を叩いた死者と、それに打撃を返したプラックの。
「俺はもう、絶対に負けられねぇんだ」
 カウンターを主軸とし続けたが為、肩で息をするプラックもまた満身創痍。ガードナーが倒れたことによって泥沼化した前線で傷を負っていない者はもう居ないほどだった。
「……降伏勧告はせぬよ。うぬにその心算も無かろう?」
「――――――」
 帰る声はない。度重なる指示と賦活の術技で気力が枯渇し掛けている少年には、その余裕はもはや無かった。
 近づく死者に超⭐︎魔王剣を打ち込むフーリエ。倒れ切らなかった死者が返す刀とその首筋に喰らい付いたが――彼女の表情に、少年を見るその瞳に変化は無く。
 それをランドヴェラが吹き飛ばしたのもまた幾度目か。二次行動を伴って放ったショウ・ザ・インパクトが初めて少年にダメージを与えれば、苦悶する彼へと緩く笑んで。
「すまないな……って言ったところで、君にとっては憐れまれているように見えるのかな?」
「解って、る癖に……!」
 呼気を整える些少の挙動が、戦いに決着を着ける確たる隙であることに、少年は気付くのが遅すぎた。
「勝負は、決しました」
 残る二体のアンデッドのうち、一体がフォークロワのファントムチェイサーに倒れた。
 見えざる悪意に苦しむ死者を見下ろす彼へと、もう一体のアンデッドが手にする銃を向け――
「あとは、貴方だけです」
 その側面を、錬のエメスドライブに貫かれる。
 ぐらり、揺らいだ身体が地に伏せば、残った敵は少年一人で、
「何の、つもりだ」
 だから、少年にとって。
 そこで特異運命座標が攻手を止めたのは、予想だにしていないことだった。
「……研究所はな、この施設が今後被害に見舞われる事が無けりゃ、お前を見過ごしても構わねぇって言ってんだ」
「……ははっ」
 プラックの言葉に対し、少年が、初めて笑った。
 その表情が、何を意図してかは、特異運命座標たちにとって簡単に解ったけれど。
「それが確約出来なければ、お前を殺せともな。
 いずれにしろ、この条件はあくまで"お前が被害を出さなきゃ"の話だ」
「それに、僕が応じると?」
 予想できた返答だ。それでもプラックは膝をつき、立ち上がれない彼に目線を合わせて言う。
「なら、そのまま無意味に何も為せず、後悔とお前だけしか知らない友人達の思い出を抱いたまま死ぬのか?」
「………………」
 押し黙る少年に、言葉をかけたのはフォークロワだった。
「先の話の続きですが……引き際を見極められないなら、残っているすべてを失いますよ。
 失ったものは戻らずとも新たに得ることはできるのですから」
「多分だが、逃亡の際には他の実験体の助けがあったんじゃないか?
 お前は足枷を解いた後の一歩目を間違えた、それがこの戦闘だ」
 続けて言葉を畳み掛ける錬のそれには、逆説、今の行いは『一歩目』に過ぎないのだと告げている。
 叶うならば、次に踏み出す足の向かう先が今とは違う方向であれば、とも。
「うぬに生きたいという意志があるのならば、冷静になって己の生と自由を仲間の死と秤にかけて比べてみよ。
 一度は手に入れた自由と生を捨てるか否か、衝動ではなく理性で選択するがいい」
「あの研究所の人達は、魂までは滅せない。そんな力は彼らにないよ。……でも、君は死に干渉する力がある。
 その力の行先によっては…彼らの魂を、連れ歩けるようになって、楽しい思い出を作ってあげる事が……できるかもね?」
 軈て、フーリエが諫め、ニャムリが彼女なりに見出した希望の可能性を提示する。
 忘とした表情で、特異運命座標を見る少年へと。そうして姫喬が。
「君は生きてる。
 あたしらの知らない、あの子たちを知ってるんだ。君だけは」
 姫喬が、言葉を重ねる。
 その想いが、彼に伝わること。ただそれだけを願って。
「どの道、全員は助けられない。ああそうだ。それが君と、あたし達のどうしようもない弱さの証左だ。
 それを認めてでも、残された君が生きなくてどうする! 強くならなくてどうするんだ!」
 届け、届けと。幾重にも想いを言葉に込めて。
 ――それに対し、少年は。
「お前らは、何を」

「何を言ってるんだ、お前らは!?」


「は――――――」
 凡そ、彼と出会ってから、最も強い激情に対し、姫喬が一瞬、発する言葉を失った。
「今僕の友達が殺されているといったその口で、お前だけは希望を持って生きろだと!?
 自分の家族を目の前で殺した相手が人道を説いて、賢しらぶった顔で遺された者の怒りを諫めて、そうすればお前らは相手が矛を収めると、本気でそう思ってるのか!?」
 誰かが、息を呑む。
「正直すぎた」、そして「突き放し過ぎた」。特異運命座標達が説得に際し犯したミスはこの二つだ。
 単純に戦意を奪うだけなら、最早仲間は皆殺されたと言えば良い。
 その心に希望の芽を残したいなら、嘘でも仲間は殺されないと言えば良い――それを信じさせるための行動は、また一筋縄では行かないだろうが。
「あなたの仲間は今現在も殺されている」。それを告げた上で、尚少年への足止めを身を以て伝えた特異運命座標達の行いは、間接的ではあれど、正しく先に少年が言った「人道を説く人殺し」のそれと大差ない。
 何よりも。
「……ならば、お前はこのまま復讐を諦める事はない、そう言うのだな?」
「お前が! 最初にそれを言ったんだろう!?」
 反駁する少年の目は、確かに十七号を捉えていて。
「『救いに来た』僕への他の奴らの言葉と、『殺したいがために来た』僕へのお前の言葉、お前らが相手をしている僕がどちらかも決めていないまま、良くもそんなことを言える!」
 言葉を返された十七号が、その時ばかりは目を見開く。
 ――そう、彼はまだ「少年」なのだ。
 知識が、知恵が大人と同じそれと情報屋は言っていたが、ならば心は、感情はそれに伴うのかと言う問いに、特異運命座標達は何の答えも導き出してはいない。
 たかだか10に至るか否かの子供に、お前の行いは無駄死にで終わると、仲間の命を諦めて一人で生きろと、大の大人たち今言い放っているのだ。
 十七号は、「お前はもう子供ではない」と言った。
 そして、それを当の少年自身が否定することも先ず無いだろう。
 だが対等な大人として扱うことと、幼さゆえの無軌道な行いを甘えや愚かさと蔑んで切り捨てることは、全く別の話だ。
 或いは、唯一人でも。
 想いを受け入れなくともいい。彼の過去と現在に、そして未来を、真っ向から憐れんでやれる存在が居たとしたら――
「………………」
 そうかい。そう、姫喬が呟いた。
「不満があるならあたしを斬りな。頸動脈はここさね」
「お断りだ。お前らが救えなかったと嘯くための自己満足に、如何して僕が付き合う必要がある?」
 少年の瞳は、既に特異運命座標たちと初めて相対した時のそれに戻っている。
「僕はお前らを恨まない。罪の意識を持たせない。
 怨嗟や悔恨すら、何一つ、お前たちに残してなんかやるものか」
 恨まば恨め。そう言おうとしたプラックは、少年の言葉に何も返すことはなく。
 ランドウェラもまた、静かに頷いた。それも否定せざる選択だろうと。
 元より説得を他に任せていたフーリエと錬も、少年の確たる意志を確認すれば、それ以上を語る口を持たず。
 そして、ニャムリは悲しそうに眦を伏せた。
「……せめてあなたが、あなたのまま眠ることを」
 最後に、口を開いたのはフォークロワ。
 無為と知りながら、それでも立ち上がった少年に、十七号が刀を構えて。
「向こうで彼らと会えることを、祈っておりますよ」

 さん、と言う音が、総ての終わりを告げた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加、有難うございました。

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