PandoraPartyProject

シナリオ詳細

赤く染まる廃教会 アンデットの恋人

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――アンデット、あるいは恋する死体。

 それがボク。
 いつのころからか、仲間と一緒に王都郊外の森深くに建つ廃教会に住みつき、人を襲っては食べて暮らしていた。自給自足の平和な暮らしってやつ?
 名前はロミオだ。
 つい最近、大好物の脳みそを食べて記憶と一緒に手にいれてたものだけど、すごく気に入っている。
 本当の名前は忘れた。そもそもボクに名前があったのかすら覚えていない。生きていたことがあるかすら、とても怪しいんだから。
 でも、いまはロミオという名前だ。
 そしてロミオの美しい恋人、ジュリーを愛している。
 足からばりばり食べちゃいたいぐらい愛してる。
 でも食べないよ。
 彼女は人間、餌だけどボクが守る。
 死が二人を分かつまで……って、ボクもう死んでるけどね。


「デフォーリア家からの依頼だ。ジュリーお嬢様を連れもどしてくれ」
 『黒猫の』ショウ(p3n000005) はテーブルに依頼書を投げ出した。
「森から出てきたアンデッドに攫われた、というよりも目撃した使用人によれば自らアンデットについていったらしい」
 数日前から、夜な夜なジュリーの部屋の下にアンデットが現れ、なにやら窓に向かって囁いていたという。彼女のシルエットが窓辺に現れるまでずっと。
 当然、デフォーリア家は夜警隊を作り、屋敷の周りを警戒させていたのだが……。
「アンデットはジュリーの恋人と同じ名前、ロミオを名乗っている。食ってロミオの記憶を『恋心』ごとまるっと盗み取ったんだんだろう。ついでに口のうまさも」
 ロミオは吟遊詩人で、「身分違い」を理由にジュリーの親から交際を激しく反対されていた。
 思いつめた挙句、駆け落ち騒ぎを起こした末に捕らわれ、アンデットの討伐隊に無理やり入れられたのだ。
 ジュリーの親は森でロミオがアンデットに襲われ、死んでくれればいい、とでも思ったのだろう。
 思惑通り、ロミオは命を落とした。
「まさか、アンデットがロミオの代わりとなってジュリーに恋するなんて考えもしなかったんだろうな。さらに、ジュリーがそのアンデットに心を奪われて恋に落ちるなんて、神さまもビックリの吟遊展開だ」
 ショウは皮肉に口を歪めた。
 テーブルの上に身を乗り出して依頼書に指を置き、イレギュラーズたちの前へずいっと滑らせる。
「引き受けてくれるよな?」
 イレギュラーズたちが依頼書を手に取ると、ショウは体を起こし、満足げに息を吐きだした。
「よし、そうこなくっちゃ。森の廃教会を根城にしているアンデットは6体~8体。情報に乏しく、数が確定されていない。なにせ、向かった討伐隊という討伐隊がすべて全滅してるからな。狩人の目撃証言だけなんだ。で、アンデットは討伐隊から奪った武器で武装していると思われる。短剣と木の盾……ふっ、魔物相手にやけに粗末な武具じゃないか。ま、ヤツラの本当の武器は鋭い歯だ。噛まれると酷く出血する上に毒が回るから気をつけろ」
 毒と聞いて何人かが微かに身を引いた。 
 ショウがくすり、と笑う。
「噛まれてもアンデット化することはないから、それは心配しなくていい。ただし、肉を食いちぎられるわけだから、めちゃくちゃ痛いだろうがな」
 どうやって死体が意思を持ち、動き回れるようになるか?
 悪魔に憑りつかれた者が邪悪な儀式を行うことによって、だとか、終焉による悪影響だとか、さまざまな説があるがはっきりとした原因はまだ解明されていない。
「ああ、わかっているだろうけど、アンデットは焼いて炭にしない限りすぐに復活するぜ。油と松明は忘れずに持っていけよ。じゃ、頼んだぜイレギュラーズ」

GMコメント

●依頼達成条件
・人食いアンデット『ロミオ』の撃破
・『ジュリー・デフォーリア』を屋敷に連れ帰る

●情報確度
 想定外の事態が起こる可能性があります。
 討伐に向かった者の中に生存者がいないために、森の廃教会に出没するアンデットの個体数が定まっていません。

●人食いアンデット……6体~8体
 歩く死体です。人間の脳みそが大好物。
 夜、森を行く旅人を襲って殺し、食べていました。
 蘇生力が高く、焼いて炭にしない限り倒してもすぐ(2ターン後に)復活します。
 ・噛みつき……物至近/毒、出血。肉を食いちぎられます。
 ・短剣……物近

●戦場
 森の奥深くに建っている廃教会です。
 窓は割れていますが、屋根や壁はしっかり残っています。
 イスなどの備品はとっくに朽ちています。
 夜になると、どこからともなくアンデットたちが集まってくるといわれています。
 日中、アンデットたちがどこに身を潜めているかは分かっていません。
 ジュリーとロミオは教会の一番奥、かって祭壇があった場所にいます。
 他のアンデットは柱などの影に隠れているようです。
 目撃されているのはほぼ20代男性のアンデットばかりです。

●その他
・このシナリオは、『エクソシスト』『ネクロマンサー』『葬儀屋』がいると判定が有利になります。

 エクソシスト:ただいるだけでアンデットを弱体化します。
 ネクロマンサー:アンデットの発見率が高まります。味方全体に『不意打ち無効』の有利補正が与えられます。
 葬儀屋:死体処理技術により、倒したアンデットが復活するまでのターン数を2から3ターンへ引き延ばします。

・ギルドからランタンや松明、油が貸し出されます。
・必要であれば、束縛用の縄も貸し出されます。
・森外れまではデフォーリア家が行きも帰りも馬車を出してくれます。

●そうすけより
PPP版「ロミオとジュリエット」です。
ジュリエットはロミオと引き離され、家に戻ることを望んでいません。
無理やり連れ帰ることになるでしょう。
うまく説得できるとよいのですが……。

よろしければご参加くださいませ。

  • 赤く染まる廃教会 アンデットの恋人完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年01月27日 21時50分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラバン・ロイシュナー(p3p000036)
徒浪
クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
江野 樹里(p3p000692)
ジュリエット
ユーリー=マニャーキン(p3p000951)
天籟のミーシャ
ノワ・リェーヴル(p3p001798)
怪盗ラビット・フット
万城目 モクズ(p3p002125)
呼吸するノロイ
ルチアーノ・グレコ(p3p004260)
Calm Bringer

リプレイ


 雲間から久しぶりの青空が調いた。雪面に日光が反射してきらきらと輝いている。
 朽ちた教会の入口で、『ジュリエット』江野 樹里(p3p000692)は修道女服の裾を枯葉の混じる雪の上にふぁりと落とし、胸の前で指を組んだ。
 耳を覆いたくなるような静けさの中、松明が爆ぜた。煙と輝く火の粉が風にたなびいて樹里の頬を掠める。
 さくり、と雪を踏んで『呼吸するノロイ』万城目 モクズ(p3p002125)はほとんど崩れてなくなったファザードから、教会内部を見通した。
「くひひ……それで隠れているつもりですかねぇ」
 冬の厳しい冷たさも、生きた死体が発する独特の匂いをネクロマンサーから隠しきれなかったようだ。
「正面入ってすぐ右手、地面が陥没した辺りに二体潜んでいますね。もしかして、ただ寝ているだけかもしれませんが」
 モクズは丸眼鏡を外すと、笑った拍子に白く曇ったレンズを拭いた。
 日はまだ木々の遥か上にある。
 烏が一羽飛んできて、雪原に突き出た杭の上に止まった。首をかしげて興味深げにイレギュラーズの背中を見つめる。そして、これからおこなわれることを察したかのように、禍々しく鳴いた。
 祈りを終えて樹里が立ちあがり、雪を払い落した。
「死を忘れた屍に引導を渡す――”死神”の初陣にしては洒落が利いてるじゃないか?」
 では、行こう。双剣を構え、『双刃剣士・黒羽の死神』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)が先陣を切って教会の中へ。翻ったマントの後ろに、烏の黒い目があった。
「待ってください」
『天籟のミーシャ』ユーリー=マニャーキン(p3p000951)はクロバを呼び止めた。
 静かな笑みを口の端に浮かべながら、腰に下げた鞘から剣を引き抜く。
「共に参りましょう。モクズ君の話では入ってすぐのところに二体いる。単騎で突っ込むのは危険です。シスターたちは私たちの後ろから……フォローを頼みますよ」
「我は陰に声をひそませし黒き露。芸術家にして書の中に生きる沈黙の暗殺者。故に――支援する」
 『芸術家』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)を成す痩身巨躯な影の中で、下弦の月が赤く開いた。

 一方、その頃――。

 『怪盗 ラビット・フット』ノワ・リェーヴル(p3p001798)は奇襲班に志願した仲間たちとともに、膝の下まで雪に埋もれながら道なき道を進み、教会の裏手に回り込んでいた。
 気配を殺し、教会の庭にめぐらされた壁にそって歩く。溶けた雪の間から、朽ちかけた落ち葉と湿った土の匂いが鼻を突いた。
 華麗なる登場……も楽ではない。
 ガラスがすっかり落ちている二階の長窓を見上げて、ノワは白い息を吐いた。
「陽動班は?」
「ちょうど中に入ったところのようですね」
 壁に背を押しつけて中の様子を窺っていた『徒浪』ラバン・ロイシュナー(p3p000036)が、戦闘の音を聞きつけて報告する。
「それにしても、中央祭壇が信徒席を見下す二階にあるとは……規模といい、凝った建築様式といい、どうしてこの教会は廃れてしまったのでしょうか」
 物書きとして純粋に興味が引かれた。生きる屍たちが住みつく以前にも、いまだ語られぬ物語がありそうだ。
「あ、手伝いますよ。これを足掛かりにすると楽に登れると思います」
 『メルティビター』ルチアーノ・グレコ(p3p004260)は火のついていない松明を壁に立てかけた。
 幸いと言うべきか。教会の裏手はちょっとした丘になっており、内からみた二階が外から見ると階の半分ほどの高さでしかない。
 怪盗の身軽さを見せるように、ノワは松明の先に足をかけて体を上へ押し上げた。ラバンの肩を利用して、さらに上へ。手を切らないように、皮手袋をした手をそっと窓の縁に滑らせる。手のひらを刺すガラスが残っていないことを確かめたのち、軽々と窓に登った。
 ついでラバンが、最後に足場にしていた松明をラバンに渡してから、手を借りてルチアーノが窓へ登った。
 三人は息を殺して教会内部を見回した。
 屋根が半壊して落ちているとはいえ薄暗い。夏であればあちらこちらに草や花が生えていてもおかしくはないが、いまは雪が吹き溜まっている。
 剣が風を切る音、低い詠唱が聞こえてくる方へ自然と三つの顔が向けられた。途中から壊れてなくなっている両翼の階段の先が深く陥没しており、暗い底にキラキラと光る水の流れが見える。その先で陽動班が生きる屍たちと戦っていた。
 では、肝心の恋人たちは――。
「あ、いました。すぐそこ……大理石の祭壇の裏です」
 巨大といっていいサイズの大理石の祭壇の裏に、粗末な身なりの男が胸で指を組んで横たわっていた。生気のない青い顔は、恐らくロミオだろう。
 毛布にくるまった金髪の、恐らく女性が、祭壇の上に顔をだして信徒席の戦いを見ている。後ろ頭しか確認できないが、こちらはジュリーでまず間違いないはずだ。
 祭壇の脇でうろうろしていた屍が一体、階段を降り始めた。
 三人で顔を見合わせ、立ちあがる。
 名乗を上げようと口を開きかけたところで、かっと見開かれたロミオの目と視線があった。


 クロバは水しぶきを散らして襲いかかってきた生きる屍に向かって突進し、一体、さらにもう一体の頸動脈を切り裂いた。相手が熱い血の通った人間であったなら、間違いなく致命傷だ。
 だが、連中は違う。体を大きく揺らして仰け反ったものの、倒れることなく背の後ろへ回り込んできた。
 視界の端に光るものが見えた。
 切られる、と思ったそのとき、何か背中に固いものが当たった。パニックにならならったのは、死臭の中に凛とした、上品な香りを微かに嗅ぎ取ったから。
 背後で戦い、死角から突きだされた屍たちの短刀を切り払ってくれたのはユーリーだった。
「なかなかやりますね。見事な一撃でした」
「倒せなければ意味がないがな。……貴族のたしなみか。いい香水をつけている」
 どうも、と笑ってユーリーは背を離す。剣先を屍の一体へ突きつけた。
 オラボナは黒衣に手を差し入れると、体の中から黒いシルエットの楽器を取りだした。
「終幕の時だ。盲目的な脅威とは娯楽に堕ちる物体よ。鮮度は死んだ。人間が殺したのだ」
 勇者の登場。道化は袖へ退くがよい。指揮者然と腕を振り上げ、勇壮のマーチを上奏する。
 生きる屍たちは尖った歯をむき出しにして侵入者たちに迫った。
 オラボナたちに互いに背をあずけて三角をつくり、襲撃に身構える。そこへ、さらにもう一体、側廊に残る柱の影からも飛び出してきた。
 突進する腐肉の前に、凍りついた骸で身の回りを固めたモクズが立ちはだかる。
「あなた達のお仲間さんになるはずの人達ですよぉ~、攻撃しちゃっていいんですかぁ?」
 モクズがくひひ、と笑って指を繰ると、骸の骨に残っていたわずかな肉がパキパキと音を立てて剥がれ落ちた。素材の産地は教会のすぐ傍に広がる墓地だ。だが、訪れる人が絶えて久しいらしく、鮮度は見ての通り。
 生きる屍たちは意思なく踊る骸に戸惑い、ぴたりと動きを止めた。だが、長くは続かない。「ただの屍」と自分たちは似て非なる者と断ずるや、再び動きだした。
 ネクロマンサーが骸の盾を動かして一体を封じ込める横で、クロバとユーリーが流れるような剣裁きで水の滴る屍のうち一体を切り刻んだ。
 松明の火がゆらゆら揺れて、雪を踏みしめる音がかすかに聞こえてきた。
 倒れたアンデッドの傍に樹里がしゃがみこむ。
 恍惚のまなざしで動かぬ肉に火を押しつける。
「肉の焼ける……いい匂いがします……」
 しばらくすると生きる屍が纏っていたぼろ布に火が燃え移り、赤々とした光を廃教会の中に広げた。
「神よ、どうぞ焼きたてをお受けとりください。ああ、でも、私も少し味見をしてよいでしょうか?」
 樹里の胃が空腹を訴えて大きく鳴る。
 仲間を焼かれたことに腹を立てたのか、死者の盾を構えて挑発するモクズに腹を立てたのか。生きる屍たちの動きが激しくなった。
「くひひ。あなた、変わったシスターですね。さすがの僕も焼いた腐肉を食べたいと思ったことはありませんよ」
 生きる屍の腕が骨と骨の隙間から刺しこまれ、長く伸びたツメの先で丸眼鏡の下を引っ掻かれてしまった。傷は思いのほか深く、斜めに走った三本線から鮮血がしたたり落ちる。
 すぐさまオラボナが書を広げ、低く唸るように詠唱する。
「我、彼のものを滅亡の淵に導きて回復を斬り、或は死せる『物語』を贄に深淵より救い守る。贄『ニエ』……にぇひひひひ……ッ!」
 ネクロマンサーは頬の血の筋に指をあてて赤く染めると、盾の隙間から血弾を飛ばして屍の頭を吹き飛ばした。
「さて、ここからどう再生していくのか……興味深いですね。ひひひ」
 クロバはユーリーがフェイントをかけて転ばせた屍の上に足を乗せて動きを封じると、双剣を交互に振るって首を飛ばした。
「シスター! さっさと焼いてください。こっちのも頼みます」
 ユーリーが叫ぶ前に樹里は動いていた。手際よく生きる屍に火をつけて回る。
 屍たちは生の割によく燃えた。
 身廊に立った三本の火柱が、湧き出る地下水の川を越えて中央交差部手前の崩れた階段をオレンジ色に照らす。
「ああ……なんて素敵なトーチ。この教会の在りし日も、こんなふうに輝いていたのでしょうか」
「さあな」
 クロバは奥の祭壇へ目を向けた。かつては色鮮やかなステンドグラスが輝いていたであろう割れ窓に、奇襲班の姿を認めて軽く頷く。
「右の階段から一体、降りてきている。モクズ、他はどこだ?」
「祭壇の脇に二体、それと裏に一体……奇襲班にお任せしましょうかね。もう一体、右の階段下でうずくまっていますよ。腹でも下しているんでしようか、くひ」
 ロミオを名乗る生きる屍を含め、廃教会に巣食う七体。どうやらこれが全てのようだ。
 ユーリーは樹里を抱え上げた。
 松明から火の粉が散り落ちる。
「さあ、川を渡りましょう」


「怪盗 ラビット・フット、『死してなお褪せぬ恋心』頂戴しに参りました」
 ロミオの冷たい目に射抜かれてなお、不敵な笑みを凍らせることなく浮かべ続けたのはさすがと言うべきか。
 ノワはクロスボウに矢をつがえると窓から飛び降りた。ラバンとルチアーノも続く。
 ラバンは火のついていない松明を見てチッ、と舌打ちした。
 まったく面倒くさい。手っ取り早く火をつけようにも、火種になるものがない。陽動班がここへ来るまで待つか、それとも自ら降りていくか……。
「援護を頼みます」
 ラバンは意を決すると、松明を持って走りだした。
 横から短刀を振り上げて襲い掛かって来た生きる屍を、ルチアーノがガンマンスタイルの早撃ちで仕留める。
 屍は口からかすれた音を出しながら、手すりの外側に上半身を乗り出して落ちた。
「邪魔だ。どけ!」
 ラバンは振り返った屍の胸に蹴りを入れて階段から突き落とした。
 とたん、軸足を冷たい手が掴む。
 ルチアーノに落とされたやつが早くも復活したか。いや、また別の個体だ。
 生きる屍の力は凄まじく、あっさりと引き倒されてしまった。
「うっ!」
 太ももに焼けつくような痛みを感じて、歯を食いしばる。
 屍に噛みつかれたのだ。
 頭の上で甲高い悲鳴が上がり、続いてドス、と鈍い音がして一瞬だけ屍の歯が離れたが、また太ももに噛みつかれた。
 苦痛に顔を歪めながら体を起こし、抜いたナイフで屍の左目をえぐった。
 やっと屍が足から離れた。
「大丈夫か、ラバン君! すまない、一撃で倒せなかった」
 ジュリーの腰に片腕を回したノワが、二階から顔をのぞかせる。
 いやいやと体を振るジュリーを片腕で抱いたまま、矢を的に命中させただけでもすごいことだ。
 ラバンは大丈夫、と手を上げた。
 ふと、気配を感じて首を回すと、階段下へ蹴り落とした屍が這いあがって来ていた。
 松明を棍棒代わりにぶん回して殴るがまったく効いていないようだ。一段、一段と近づいてくる。
「ラバンさん、これで殴ってください!」
 樹里が火のついた松明を投げて寄越した。
 火がついていないほうを投げて屍を牽制し、腕を伸ばして燃える松明を掴み取る。 噛みついてきた屍の口に燃える先端を突っ込んだ。
 頭が火で包まれた屍が階段を転がり落ちていく。
 オラボナの低い声が聖堂にこだまして、足から痛みが引いた。
 下で川を渡った陽動班が、屍たちに切りかかる音がする。
 ラバンは松明を手に二階へ引き返した。
 ルチアーノは松明から火種を取ると、ランプの芯に火をつけた。煌々と光を放つランプをそっと大理石の祭壇に置く。
 そうして唸るロミオに向けて広げたのは、ジュリーと二人で幸せそうに微笑む姿を描いた水彩画だ。
「ねえ、ロミオ。ジュリーに恋したのなら彼女の幸せを願ってあげなよ。このまま幸せになれる訳がないって本当は解ってるんじゃないの?」
 そう。この先けっして二人に幸せな未来はこない。どんなに願っても、ロミオの冷たい体に血が通うことはない。どんなに願っても、ジュリーの老いを、死を阻むことはできないのだ。
「それでも! この気持ちが時の流れにさらされても色あせることはない。ジュリー、愛しのジュリー! キミが冷たいこの体に消えることのない愛の火をつけたんだ」
 ノワの腕を振り切って、ジュリーがロミオに駆け寄る。
 恋人たちが手と手を取りあう前にルチアーノが間に割って入り、ジュリーを抱き留めた。
 涙で頬を汚し、髪を振り乱しながらジュリーが叫ぶ。
「おお、ロミオ!」
「良く聞くんだジュリー君!」
 ノワはジュリーの腕を取って引っ張り寄せると、頬を平手で張った。
「ロミオ君はもう死んだんだよ。そこのアンデッドはロミオ君を殺し、食ったのさ? つまり君の愛しい人の敵と言う事になる。私が嘘を言っていると思うならそちらの彼に聞いてみれば良いさ。『いつから貴方はロミオなの?』とね?」
 よろり、後ずさったジュリーの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
 カァ、と不吉な鳴き声が木霊した。
 ノワはジュリーへ手を差し出した。
「それが望まぬ答えだったとしても、残された者として君は受け入れるべきだ」
「聞くな! ジュリー!!」
 ロミオがナイフを振り上げて切りかかって来た。
 ルチアーノはすかさず銃を抜いて屍の太ももを撃ちぬいた。
「ダメだ、止まらない。ノワさん、逃げて!」
 その時、白いマントを羽織った体が躍動し、キラッ、キラッ、と刀身が二度光った。すばやい体捌きで反転し、短刀を持ったロミオの右腕を切り落とす。
「死人の恋を否定はせん。だが、アンタの想いが”誰”のものか、確かめさせてもらう。
――クロバ=ザ=ホロウメア!! その”恋”を護りたくば、この死神(オレ)を超えてみせろ!!」
 落ちた腕を蹴り飛ばし、大きく口を開けてロミオが突進する。
 横手からシールドがつきだされて、恋に狂った屍を突き飛ばした。
「諸君、ある程度の被弾は覚悟してもらいたい。その代わり、お嬢さんには一撃も届かせないことを誓おう」
 ユーリーと骸の盾を従えたモクズがすばやくノワたちの前に防衛線を築く。
 その間にラバンがジュリーの身柄を確保した。抵抗する体に縄をかけ、ジュリーの耳に口を寄せる。
「少しの間です。我慢しててください」
 舌を噛まないように口には外した皮手袋を押し込んだ。
 前衛の二人がロミオの攻撃をうけ、クロバが切りかかる。
 ざざっと、ぼろ衣が飛ぶ音をたてて屍二体が手すりの上に飛び上がって来た。
 振り返りざま、ノワは矢を放って一体を撃ち落とした。
 頭が炭になった一体にウサギの耳を強く掴まれて、思わず悲鳴をあげる。
「ノワさんの耳を離せ!!」
 ルチアーノが肩を吹き飛ばした。
 耳から手が離れたところで下から樹里が聖なる気を飛ばし、墨頭をこなごなに砕いた。
 屍が落ちた後、ジュッと肉の焼ける音と匂いがし、煙が立ち上った。
「我等『物語』は否定する。物語の延長が齎す娯楽は無粋なのだ。恐怖の後に要るのは驚愕に在らず」
 さあ、幕を下ろせ。
 オペラ歌手のように。影の楽団が演奏する勇壮のマーチに乗せて、オラボナが高らかに『終焉』を歌いあげる。
 天で合わされた二つの刃が、ロミオの頭の上にまっすぐ振り下された。


「恋に恋するという、その偽りの感情は人を不幸にする災いです。忘れてしまった方が、双方の為でしょう。もし覚悟があるというならば……私は祈りましょう。二人を祝福する、幸いを……私のギフト、祈り花に掛けて」
 真っ二つになったロミオの体の上に、樹里の祈りの言葉が光る花となって振り落ちる。
「我等『物語』が物語に冒涜の炎を齎すべき。遅延された娯楽は美しく散るが好い。其処に恐怖が無い。故に神など廃れた愚物。破滅への導きは人間の掌で成すが最善。さあ。燃え盛れ。衰頽よ。屍よ」
 再生が始まった体に火がつけられた。
 ユーリーがジュリアの腕をそっと手に取り、立ちあがらせる。
「お嬢さん。貴女の本物のロミオへの想いが真実であったのか……本当にアンデットの別人に愛情を抱き、ロミオを捨てたのか――」
「彼が自分の言葉で愛を歌ったとき、私は彼に寄り添い微笑むロミオの影を見ました。ロミオを殺したのは……お父様とお母様です。彼ではありません。彼は……彼もまた犠牲者だったのです。そして私は再び、愛する人を失ってしまいました」
 ジュリーは昏い瞳をユーリーへ向けた。
 交霊を終えたモクズがそっとジュリーの背後に回りこむ。
「二人のロミオさんから伝言ですよ。『生きて、戦え。自分のために』だそうで。お節介でしたかねぇ~、くひひ♪」
「いいえ、ありがとう」
 ジュリーは壮絶に危険で魅惑的な微笑を浮かべた。

 燃え上がる教会が雪原を赤く照らし、月を隠す煙の前を烏たちが群れ飛ぶ。
 イレギュラーズたちはジュリーとともに森を後にした。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

生きる屍たちの討伐を終え、無事にジュリーを屋敷に送り届けることができました。
最後に。
ジュリーは微笑みながら、自らの足で進んで屋敷に入ったことを付け加えておきます。

ご参加ありがとうございました。

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