シナリオ詳細
月の子らは夜に遊ぶ
オープニング
●承前
「あら。あなた、よく見ると綺麗な顔をしているわね」
よく晴れた月の晩、自分で建てた粗末な墓標の前で俺はその女と出会った。
肩も脚も晒した薄い夜着のような衣を身に着けたその女は、目も髪も春の花のような色をしているのに、可憐さの中には潜んだ凶暴は手にした細剣となって現れている。
俺はその剣に胸を貫かれるのだと察した。父さんみたいに。
だけどその女は構えた剣を下ろすとこう呟いたのだ。
──綺麗
それは知らない言葉だった。
意味は知れども自分にそぐわない言葉として。
だって自分はしがない傭兵の子で、汚れた服を着ていて、ましてや女の子ではなかったから。
「俺が綺麗?」
「そうよ。今は小汚い野良犬の仔みたいですけど」
「俺は男だ」
「そんなの関係ないですわ。リリが綺麗だと言ったら綺麗なの。口ごたえは許しません。返事は?」
「……はい」
「これは誰の墓なのかしら?」
「父さんのです」
「そう、死んだの」
「他の国の貴族に雇われて、戦いに行って、剣に胸を貫かれて……。でも父さんは騎士じゃないから俺は何も貰えなくて……」
気づくと俺はいつの間にか敬語で喋り、亡くなった父の事を話していた。
ラサの傭兵だった父が異国で命をかけて戦っても、その命は幾許かの金になるだけで名誉は雇い主のもの。
戦死しても正規兵ではないという理由で遺族には何ら保障が与えられない。遺品だけが遺体の代わりに戻されただけ。
父は傭兵であることを誇りにしていたが、俺には評価と対価がそれに見合うものとは思えなかった。
「あなたのお父様が何故こんな風に死ななければならなかったのか、何故戦いはなくならないのか、その理由が分かるかしら?」
「……分かりません……」
「王がいないからですわ」
──王
それは知らない言葉だった。
意味は知れども自分の身近でないものとして。
だってこの国に王はおらず、見たこともなく、遠い異国の物語の中でしか聞いたことがなかったから。
「争うのはどっちが正しくてどっちが強いのか競おうとするから。でも強い王が国を治めれば臣民同士が争う必要もなくなりますわ。だって王が絶対なんですもの!」
「王がいれば父さんみたいに使い捨てにされて死ぬ奴がいなくなる?」
「ええ、勿論ですわ! 臣民の命は王のもの……王のために死ぬのは名誉です」
「どうすれば王に出会えるんですか?」
「あら、ここにいるじゃない。あなたの目の前に」
その女は自分のことを『王』と言い、自分が亡国の王女であることを話してくれた。
俺は王女、と聞いて驚くと同時に納得する。
顔立ちこそ可愛らしいのにどこか恐ろしくもあるのは、生まれながらの高貴さが威厳として現れていたからなのだと。
「あなた、リリの臣下になりなさい。そうすれば王の騎士としての名誉が与えられます」
「騎士……俺が?」
「ええ、そうよ。返事は?」
「俺を騎士にしてください」
「いいわ。許します。今日からあなたはリリの騎士。そうね、今からあなたを月狼《アレイスター》と呼びましょう。その髪は月光のように美しいのですもの」
「月狼……。俺の王の名前は?」
「Lillistineよ」
「りりすていーね様」
「下手な発音。リリスティーネでいいわ。月狼、あなたに命じます。私がラサの王になるのを手伝いなさい」
それはとても不思議な異国の言葉で綴られた名だったが、その女によく似合っている気がした。
こうしてその晩から俺はリリスィーネ様を王として崇め、リリスティーネ様の騎士となったのだった。
●月の子たち
「最近ラサ国境付近でMOON CHILDという子どもばかりの武装集団が問題視されているの。ラサに赴き、MOON CHILDについて調べてきて貰えるかしら」
情報屋である『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)はラサ国境に近い小都市の市長からの依頼をイレギュラーズに告げた。
何でも国境付近の街や村を巡って孤児や親から虐待を受けている子を勧誘している男がいると言う。
それがやがて子どもだけの集団を形成。武装して近隣を襲撃しては食料や武器、金品を強奪するまでに至り、看過出来ない脅威となっているという。
最初はただのチャイルドギャングのように思われていたが、計画的な襲撃と訓練された動きで、何かしらの目的があり、何者かが裏で糸を引いている懸念もあると。
それで次のターゲットと見られる街に行き、彼らの勧誘及び襲撃を未然に防ぐと同時、探りを入れて情報を得て欲しいというのが依頼である。
「この集団について少し分かっていることがあるから教えるわね。子ども達の年齢は5歳から15歳くらいまで。剣はもちろんだけど銃や爆発物も使ってくるわ。一人だけ騎士然とした獣種の男の姿が確認されていて、それがこのMOON CHILDを率いていると見られているのだけど……」
プルーはそこまで言うと、長く美しい睫を憂いに伏せた後、言葉を選びながらこう説明した。
「このスターリングシルバーの髪が美しい人狼の青年には他にはない力があるようなの。まるでイレギュラーズみたいにね。例えば目が合ったものを催眠術にかけたり、あるいは攻撃を無効にする超回復を見せたり……」
一方で子ども達は武装していることと統率が取れていること以外に特筆する能力は見受けられない。彼らは最初街や村に入り込んで子ども達を誘い、あらかた勧誘活動に目処が着くと一斉襲撃をかけて強奪、逃走を繰り返すのが手口だ。
大人、特に男や女でも武装した者が近づくと察して逃げていくため、今回の依頼参加者は若者や女性、成人男性でも威圧感のない者が集めたのだとプルーは言った。
「お願いね。幾らラサが武と自由を貴ぶ連合国家だとしても、ペールグリーンの木の芽のような子ども達が洗脳されて兵士として教育されるのは見過ごしておけないもの」
イレギュラーズはプルーの言葉に頷くと、武装を隠しラサへと赴くのだった。
- 月の子らは夜に遊ぶ完了
- GM名八島礼
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年05月29日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「なんぞ怪我をしているではありませんか。拙が治して差し上げましょう」
店先から食べ物を盗み暴行を受けた子に声をかけ、斜めがけしたバッグから薬を取り出す。
『玲瓏の壁』鬼桜 雪之丞(p3p002312)の肩上で切り揃えられた美しい黒髪は半ばをバンダナで隠され、ラサ風の衣装は砂にまみれて擦り切れている。その姿はまるで長旅をしてきた旅人のよう。
だが男装如きで彼女の輝きは隠れるはずはなく、紛れるためにはアノニマスなる隠密の技を要したのだけど。
拙、と言う聞き慣れぬ語に最初は訝しんだ子も、包帯を巻き終えるまでには打ち解けた様子を見せる。彼らは何よりも優しさに飢えていた。
「そう、見慣れない子が彷徨いているのですか。拙と同じく余所から流れ着いたのかもしれませんね。このところ近隣の街や村で子どもを狙った人攫いが出ているそうですから、街の者ではない者に付いて行ってはいけませんよ?」
己を律するのは己一人。安易に惑わされぬようにと雪之丞が諭す。
後は怪しい状況に出くわしたならぶつかるなどして邪魔するのみだ。
●
「こちらの要望についてはご覧になっていただけましたか?」
『花咲みの約束』藤野 蛍(p3p003861)は眼鏡のテンプルを摘まむと、偉丈夫な市長に真剣な眼差しを向けた。
眼鏡は彼女にとって非力さを押し隠す武装であり、周囲に目を配り物事をよく見極めるためのフィルターでもある。先に送った文書の返事を貰うまで一歩も引けぬという覚悟がそこにあった。
彼女の要望とは一つは孤児に関する情報の提供。もう一つは孤児問題解決のための解決策の打診。
「解決策は出来るだけ具体性のあるものが望ましいですね。何も慈善事業って訳じゃなく、長期的に見てこの街の利益になるものでいいと思うの。例えば親のあるなし関係なく子ども達を町ごとに保護、育成するとか」
子どもは学校に行くのが当たり前の世界から来た蛍が提案したのは、学童保育と呼ばれる保護者が仕事でいない家庭の子どもを預かる仕組みを元にしたもの。
普段から町内に子どもの遊びや教育の場を提供。地域社会全体で子を育てる、引退した傭兵を教師役にすれば傭兵育成でも一石二鳥というもの。
「親が死んだら面倒見る人もいない、引き取り手もなく社会から放逐されるのでは親も安心して仕事に出られません。それこそ衰退の途です」
『委員長』と渾名される真面目な蛍に寄り添うのは『司令官』桜咲 珠緒(p3p004426)。透き通るように白い肌と淡き花色はまるで桜の精のようだが、彼女もまた穏やかさの中に強い意志を隠している。
珠緒は異世界では人柱として神に捧げられた身。その壮絶な儀式の名残は未だ彼女の身の内に残っている。
そう、珠緒は知っているのだ。大人の都合で利用され、痛め付けられたり操られる子どもを。
だからこそこの街の子らがMOON CHILDに加わるのを見過ごしてはおけない。
「行政府が動きを見せることで望みが生まれます。ですから孤児となった者の衣食住を保障すると、懸案があることだけでも広めて貰えればいいと思いますがいかがですか?」
珠緒の言葉に押され、市長は二人の案を参考に手を打つことを約束してくれた。
すぐにも実態調査が行われ、孤児に関する調査結果も提供されるだろう。
●
「私はエルカ。あなた達のお話に混じってもいい?」
『Ultima vampire』Erstine・Winstein(p3p007325)はラサではそれなりに名の知れた存在。
偽名を名乗り路地の子に話しかけた彼女だが余所者への警戒は強い。恐らく雪之丞が広めた噂のせいだ。
孤児の保護政策が始まるというのに期待する子もいた。やはり住み慣れたこの街を離れたくはないのだろう。
Erstineがラサの名家・アルバレスト家の紹介状を持って商人に物資の支援を求めたこともいずれ効果が現れるはずだ。
「そう、私みたいな子が増えているの。その子達は今どこにいるの?」
Erstineが人懐こく尋ねるうちに子らは警戒を解いて幾つか手がかりになりそうなことを教えてくれた。
例えば見かけない子らのグループが宝石を扱う店の周りを彷徨いていたこと。それから路地の子に声をかけて回っていたこと。
「教えてくれてありがとう。銀髪で狼耳の男を見かけたらすぐに逃げてね。目を合わせては駄目よ」
Erstineは子らを案じ強く警告するのだった。
●
「私の予想通りですね。やはり狙いは大きな店ですか」
親しいErstineから情報を得た『虹を齧って歩こう』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は、己の立てた襲撃予想があながち間違いではなかったことを知った。
少年兵として教育された者にも心があり、正義の名の下に犯罪を正当化するには、個人経営の小さな店よりも高価な品を扱う大店や銀行を襲った方がいいから。
「でも子どもに内部の偵察までは無理よね……行ってみますか」
一般家庭に育ったウィズィだが、店内に入って役に立ったのは女の子が好きという性癖。
恋人へのプレゼントという名目で商品を品定めし、女性店員と打ち解けて聞き出したのは、フードを被った獣種と思わしき青年騎士の目撃情報。
「昨日来店した……ということは、そろそろ襲撃が近いということですか」
先に愛馬ラニオンに乗って近隣で聞き込みした情報では、勧誘活動と襲撃準備を同時に行い、撤退する直前に襲撃している様子。
勧誘がままならぬ今、敵は焦ってすぐにも行動に移すと新たに予想するのだった。
●
かつて白き梟の神を信奉する教団で悪を粛清した青年、『協調の白薔薇』ラクリマ・イース(p3p004247)にとって誰かを救うのは贖罪なのかもしれない。
蛍が市長に協力を取り付け、珠緒が市場で聞き込みをしたことで、困窮や虐待などに苦しんでいる可能性のある子をある程度絞ることが出来たのは上々。
ラクリマは人助けセンサーで確かに声を聞きとった。例えそれが口には出さぬ心の声であったとしてもだ。
「大丈夫ですか? いつもこんな目にあっているのですか?」
ラクリマの口唇が奏でる大天使の祝福は虐待の傷を瞬く間に癒す。
優しく問いかけると、子は家を出ると行ったら殴られたことを話してくれた。
「最近子どもに子どもを誘わせて誘拐する事件が他の街で発生しています。すぐに付いていかなくて正解だったと俺は思います」
子が月狼に会っていれば操られていたかもしれない。
ラクリマは子どもに思い留まらせると、親には手を上げぬよう少々の脅しを入れる。そして子どもからMOON CHILDとの待ち合わせ場所を教えて貰ったのだった。
●
傭兵を多く排出する武の国では、大人も子どもも戦いの中で死んでいくことを覚悟している。だからこそ兵士として訓練されてもおかしいとは思わないものなのかもしれない。
珠緒はラサの気風とは武だけではなく自由にあると言ったが自分もそう思う。
どんな国、どんな王でも不満や争いは起きる。戦いのない国を目指すなら、自分で作ればいいと。
『なぁごなぁご』ティエル(p3p004975)は子どものふりをし、ラクリマが聞き出した場所の近くで子らに人形劇を見せて接触を待った。
そして十歳前後の子らが声をかけてくると集まった孤児達と一緒にその誘いに耳を傾ける。
「王様……王様がいたら家を貰える? 食べるものも?」
わざと目を輝かせて見せるけれど、それはひどく懐かしい記憶だ。
ティエルは両親亡き後、戦闘集団『白砂』の一員として芸を見せながら戦いに身を置いてきた。
あの時もきっとこんな顔をしていたに違いない。
ティエルは仲間に入りたいと言い、魔操人形を抱きしめてMOON CHILD達が導く先へと付いていった。
●
「ここから抜け出せるなら何だってするよ。王様に仕えれば食べさせて貰えるんでしょう?」
『婚活ファイヤー』夢見 ルル家(p3p000016)の着る襤褸は、《無辜なる混沌》に召喚されたときに着ていたもの。そして腫れた右手はパンを盗んで殴られた時のものだ。
彼女は仲間からの情報とハイセンスでの調査を元にアジトを特定すると、わざと目に止まるように飢えた浮浪児を演じ上げた。
(これが月狼……なるほど、催眠術を使わなくても十分たらしこめそうです)
現れた騎士風の美青年に、ルル家はこんな感想を抱く。だが次に抱いたのは怒り。
子どもらが自ら王に仕えることを選ぶと言うのならそれでいいが、騙されているならルル家の正義が許さない。
勧誘に成功した子はわずか5人。うち二人はティエルとルル家だ。
見つめられると孤児達は惚けた顔を見せる。だが精神異常に耐性を持つティエルには効かなかったし、ルル家にも効かなかった。
(ひょっとして拙者が片眼だから……? ううん、悪運が強かっただけかもね)
ルル家は催眠術にかけられたフリして時を待った。
●
「孤児達を巻き込むのは気が引けます。それに追い詰められると何をしてくるか……俺はそれが怖くて一番心配です」
「襲撃するのに勧誘したばかりで訓練されていない子を連れていかないのでは? 月狼が離れた時が好機かと」
ラクリマが心配するとウィズィの予想を元に雪之丞が二手に分かれる事を提案。
ルル家とティエルは孤児を連れて逃げるのは難しく、自分達だけ逃げれば孤児の身が危ういと見てその場に残っている。
「ボクと珠緒が二人を迎えに行くよ。孤児達を救わないとボク達のしたことが無駄になりますから」
「それならこちらは先回りして迎え撃ちましょう。襲撃ルートと最適な待ち伏せ場所も割り出し済みです」
尾行で拠点を突き止めた蛍と珠緒は孤児達の救出へ。ウィズィは店の被害を抑えるに路上で見えるのを良しとした。
Erstineはしばらく思案したが襲撃を阻むほうに回ることを選んだ。王を崇める男に会うために。
●
「んー、これは番狂わせでしたねぇ」
「仕方ないよ。それだけ向こうも焦ってるってことだから。それより他の子達をどう解放するか考えない?」
ルル家とティエルは見張りに見えないよう小声で話し合う。
勧誘に応じた3人の孤児達は繋がれたり監禁はされていないが、月狼の催眠術により逃走の意志を奪われている。
「頼まれていた服をお届けにきました」
聞き覚えのある声に二人が顔を見合わせる。珠緒の声だ。
珠緒は市中の物流の様子を探るうち、街の外に連れ出すにあたり子供用の衣料品を調達していることを知り一芝居打った。無論こじつけは承知、疑われるのも覚悟。
少年兵が問いただすと、ティエルとルル家も同時に行動を開始する。
「ルル家!」
「わかってる。殺す気はないです」
襤褸となったかつての装束の下の宇宙警察忍者の武器発生装置から取り出したのはハニーコムガトリング。派手に音を立て放たれる弾は煙幕弾だ。
ガトリング砲の銃声が止むと煙が室内に充満する。
「先に子ども達を連れて逃げて! ここがボク達が食い止める!」
蛍が桜界を展開する。桜色は愛する珠緒の色でもあり、彼女の身に刻み込まれた傷への怒り。そして我が身に変えても守り抜くという決意。
晴れゆく煙は桜吹雪の結界となり、少年兵の目を己へと惹き付ける。
その蛍を守るように珠緒が花霞を展開した。蛍の桜吹雪が異世界の追憶ならば、珠緒の花は己が流した血の記憶。二人の桜色が飛んでくる銃弾を凌ぐ。
「ぼーっとしてないで早く、こっち!」
ルル家が棒立ちになっている孤児の手を引っ張る。
ティエルもまた追い迫る少年兵の刃を超反射で交わすとすかさず目潰しの砂を投げる。そして予想だに出来ぬ動きで衝撃を放った。ショウ・ザ・インパクト、非力な彼女が生み出した気迫の技である。
「なぁごなぁご。痛い思いさせてごめんね」
少年兵を気絶させて唱える言葉はまるで痛みが飛んでいくおまじないのよう。だがMOON CHILDもまたラサの子だ。
●
「今日の計画は筒抜け。ここから先は行かせない。子どもを危険に晒して何かを成そうなど、大人としては失格ですね。それは貴方の意志? それとも他の誰かの?」
寝静まった夜の街。宝石店に向かう道の途上で待ち伏せたウィズィは、銀髪の獣種の男を追い詰めて尋ねた。
彼女が愛馬と共に市中を駆け回り、市街戦となっても被害が少なく地の利が有利になる場所を選べたことは大きい。
「退け、女。貴様に用はない」
月狼がウィズィに視線を向けようとした矢先、庇うようにErstineが割って入る。
元より魅了の技は彼女に通じない。ましてや吸血鬼の能力ならば。
「子どもを使うなんて……吸血鬼の私ですらおろかしいと思うことよ!」
「なに!? 吸血鬼だと? 我が王と同じか……。確かにその光輝、リリスティーネ様と同種のもの……」
「リリ……スティーネですって……?」
月狼が驚愕を見せ、Erstineが奮える。
父と母を欺いて殺し、王位を簒奪した男の娘。義理の妹、Lillistine。
自分がこの《無辜なる混沌》に呼ばれたように、彼女もまたこの世界のどこかで生きていることは感じ取っていたが。
しかも王を名乗るなど、ラサと傭兵たる男に惹かれるErstineにとって許せるはずもない。
「やれ!」
月狼は行く手を塞がれ、魅了も通じぬと悟ると武装した少年兵をけしかけ武力突破に出る。
その時チリリン、チリリンという音が路地に響いた。
「おいでませ、おいでませ。その程度の腕で拙を殺めようと思うのならば」
新月の香りを纏い、夜の静寂に同化していた雪之丞の声が響く。鈴の音に似た拍手・火鈴によって鬼の威風を纏って顕現させると少年兵の銃口が一斉に向いた。
雪之丞が身軽に交わすとラクリマの威嚇術が少年兵の手に当たり銃口を逸らす。ウィズィもまた名乗り口上で惹き付け、ノバディエットで少年兵を確実に重圧に屈させる。
何があろうが子ども達は殺さない、殺させない。そんな想いがウイズィの中に、それから雪之丞とラクリマの胸にもあった。
「Lillistineは……義妹はどこにいるの……!」
「義妹だと!? そうか、貴様が嫉妬からリリスティーネ様が受け継ぐはずの王位を簒奪したという愚かな姉か!」
Erstineの変幻邪剣は人を惑わすもの。だが月狼には通じない。それは彼がLillistineにより吸血鬼の力を与えられたことを意味している。切っ先が掠めても瞬く間に傷は癒える。
立ちはだかるイレギュラーズを退ける最後の手段に出たのは地に屈した少年兵の一人。
「王様、バンザイ!」
「いけない!」
ラクリマは咄嗟に決死の盾でウィズィと雪之丞を爆発から庇い、同時に自身は子どもに向けて走った。
彼はMOON CHILDに加わった子らも救ってやりたかった。彼らは少し道を違えただけ。話をし、出来れば孤児院などでもいいから子どもらしく暮らせる場所で生きていて欲しかった。
こんな風に大人によって歪められ、操られ、囚われそうになったら自爆するのではなく──
大量の血片があたりに飛び散り白い薔薇が真紅に染まる。
ラクリマは爆発物を持っていると聞いてこうなることも覚悟していた。いざとなったら身を挺してでも庇うと。
その決死の覚悟が少年兵の手から爆薬を奪い、その二度と誰も死なせぬと誓った癒しの技が深手を負っても一命を取り留める。
王様バンザイ。
王様バンザイ。
王様バンザイ。
子らの悲しい合掌が響く。
ウィズイが、雪之丞が、自爆の連鎖を阻止せんと走った。
「子らを捨て駒とするのがあなたの王のやり方なの……」
「王の為に死するは名誉。月の子らも本望であろう?」
Erstineの呟きに返す声は最早遠く、振り返ったときにその姿はなかった。
●
「何もしてくれない政府への不満は分かる。だけど王を名乗る者に付いていっても捨て駒にされるだけ。ラサの傭兵は自分の思う『正しい』に付けるのよ。仕事は選ぶものだからね」
「拙者のいた世界は何もかもが決められ、何一つも自由に選ばせては貰えませんでした。何と戦うか、誰と戦うか、選べると言う自由はいいことではないかと拙者は思います」
ティエルは勧誘された孤児に向かい、選択の自由こそラサの気風であると教え諭す。
ルル家が子の前に跪くと、子は前髪で隠れた目に虐待された者同士と感じたのか神妙に頷いた。
「助ける手は必ずあります。珠緒もそうして貰った身です」
「市長さんにも約束して貰ったよ。だから諦めないで欲しい」
術の代償に血を吐いた身を蛍に支えられながら、珠緒もまた言い添える。
蛍が熱心に働きかけたことはこれから遺児の保護政策として整備されていくだろう。
「お疲れさまです。やはり逃げられてしまいましたか……」
「残念だけど。子どもの方を優先しましたからね」
馬に乗って月狼を探しに出たウィズィだが不首尾に終わった。
ただ彼女達のおかげで最初に自爆した子以外は軽傷で済んでいる。少年兵となった子も洗脳が解ければこの街で保護するか、それぞれ元の街に帰されるだろう。
最初に自爆を試みた子は瀕死で、今は病院でラクリマの白き歌の呪文を聴いているはずだ。
ラクリマもまた深手を負っているけれど、彼は歌い続けるだろう。
「Lillistine……あなたを許さない」
Erstineが呟いて月を見上げる。
残酷な夜の女王である月を。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
このたびはご指名・ご参加いただきありがとうございます。
関係者絡みのラサのシナリオということで、Lillistineちゃん初登場……と思ってよく見たらOPにしか登場しておりませんでした。
●構成について
個々の準備パートの後、救出パートと待ち伏せパートに分けて書かせて頂きました。
準備についてはほぼ完璧、アフターケアもばっちりで効果絶大。それにより勧誘活動の阻止に成功しています。成功していなければ救出パートの難易度が上がり、孤児が戦闘に巻き込まれていた危険がありました。
襲撃が早まったことは予想外の展開ですが、有利に戦闘に持ち込めています。
●描写について
やりたいことを多数書かれてきた方については、メインっぽいのを採用し、あとは可能な限り盛り込みました。
全員の準備行動を受けてのその後の展開で、出来なくなったこともあります。
MVPは追い詰められた子の危険性を指摘した彼に。
描写は全年齢向けにソフトにしていますが、彼がいなかったらMOON CHILDの子たち全員目の前で爆散スプラッタ。イレギュラーズのトラウマになること必至でした。
●テーマについて
ラサらしく、選択という自由をテーマに書かせて頂きました。
逆に言えば自由であるということは社会的に保護もされない自己責任でもあるということ。個人は自由であっても行政府がそのために責任を取らないでいると、自由は悪に絡め取られてしまいますよと。
子らに自由を説くシーンと、行政府に掛け合うシーン。両方を見比べてみると分かるかと思います。
Lillistineちゃんの暗躍はまだまた続きそうですが、今回のシナリオが皆様のご記憶に残りましたら幸いです。
GMコメント
このシナリオはErstine・Winstein(p3p007325)様をはじめとする皆様よりリクエストをいただいたものです。ご指名誠にありがとうございます。
ラサを舞台とした関係者依頼、撃破には至らない序章的な位置づけとして、さらには参加される皆様の顔ぶれを見て今回のシナリオを仕立てさせて頂きました。
相談は必ずしも必須ではなく、各自思い思いにプレイングを書いてくださって構いません。こちらでいい感じに合成致します。
以下、おさらいがてら補足します。
●依頼の目的
『MOON CHILDの阻止と調査』
・阻止と調査が両方上手く行かなければ成功にはなりません。
・Erstine・Winstein(p3p007325)様の関係者に関する有力な情報が入手出来た場合は大成功。
●関連NPC
1)|Lillistine・Winstein
Erstine・Winstein(p3p007325)様の関係者。Erstineの養父の実の娘でErstineの妹にあたる。吸血鬼。外見年齢は十代半ば。
Erstineの父から簒奪された王位を受け継ぐはずだったが、陰謀を見破られ父王ごとErstineに討たれた経緯がある。
《無辜なる混沌》に至ってからの詳細は不明。
2)|月狼《アレイスター》
『●承前』の章に登場するLillistineに拾われた獣種の子の成長した姿。外見年齢は十代後半。
MOON CHILDを率いる狼の耳と尻尾、牙を持つ銀髪の青年騎士。
剣や銃などの武器の扱いに長ける他、Lillistineにより特殊な力を与えられた模様。(※今回のシナリオでは催眠術、超回復のみ判定対象)
●MOON CHILD
5~15歳くらい子どもによる武装集団。武器は剣などの鉄器、銃などの火器、および爆発物。
訓練を受け統率が取れている。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBで、依頼人の言葉や情報に嘘はないが不明点もあり。
予想外が起きる可能性もある。
●舞台
ラサ国境付近の小都市。
近年この地方から傭兵として他国に徴兵され戻らぬ者が頻発。遺児がストリートチルドレン化して社会問題となっている。
●注意点
・『●承前』の章に書かれている内容はPL情報。月狼に何らかのアプローチをかける場合の参考に。
・子どもと接触する場合、武装を隠さないと逃げられる可能性大。
・Lillistine本人が登場するかは展開次第。
子ども相手の依頼と侮るなかれ。一歩間違うとガンガンとメンタルを削られる結果となるため、覚悟して取り組んで下さいね。
心情・信条は大切に膨らまして書きたいと思っていますのでプレイングにしっかり書いて頂けますようお願いします。皆様のプレイングを楽しみにお待ちしておりますね。
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