シナリオ詳細
<虹の架け橋>ホウセンカのキルゾーン
オープニング
●ホウセンカ
花弁がはらはらと散り、みっちり詰まった実が剥き出しになった。
「これ乾くと弾けるんだよっ」
妖精がはしゃいで近づいた。
相変わらずモンスターの気配はどこにもない。
実があっという間に枯れていく。
種に込められた悪意が妖精にも感じられるようになり、小さく脆い羽が恐怖でひくりと揺れた。
「たすけ」
実が弾けて種が飛び出す。
どれも鉄よりも固く、銃弾よりも速い。
「て」
最期に優しい手が触れた気がした。
消えゆく意識が……否、まだ意識は消えていないし痛みもない。
「へぅっ」
すごい風を感じた。
強烈な向かい風で顔面が痛いくらいだ。
「意識はありますか。大丈夫なら私達の腕をとんとんってしてください」
最近知り合ったおねーさんの声だ。
風で目を開けていられないけれども、妖精の体を支える手の柔らかさは感じられるようになった。
「とんとーん?」
妖精が己とおねーさんの腕をとんとんする。
おねーさんが頷く気配と、大きな翼が開く音が同時に聞こえた。
白い翼の天使が減速。息を吐いて着地する。
1人で助けに向かうなんて以前は考えたこともなかった。
緊張でどきどきしていて喉も渇く。でも本心を顔に出したら妖精を不安がらせてしまうので格好良いおねーさんの仮面を被り続ける。。
「しっかり掴まってください。来ます」
旅人であり、今は深緑の住民である【共鳴の天使】Olivia(オリヴィア)は、混沌肯定の影響を受けてもなお強力な力を解放した。
防御障壁を展開。
直後に飛来したホウセンカの種が衝突し、砲弾が装甲に命中したかのような火花が散る。
「っ」
Oliviaがさらに意識を集中させる。
種から噴き出す歪んだ呪いを調和の力で中和。
種が割れ、そのうちのいくつかが結界から転がり落ちる。
緑の床に触れると、10秒もたたずに近くの草が枯れ果て茶色に変わった。
「なんでこんなのがいるの……」
妖精がOliviaの左腕にしがみついたまま震えている。
ここは『大迷宮ヘイムダリオン』浅層にある階層だ。
油断していい場所ではない。だがここまで恐ろしい場所だとは想像すらしていなかった。
Oliviaが両腕で妖精を庇い加速する。
新たに散った花から実が枯れながら現れ、先程以上の種の雨を撒き散らす。
「イレギュラーズの皆さんと合流、を」
種と種と隙間を通り抜け、躱せぬ種は翼で打ち払い、イレギュラーズがいるはずの方向に振り向いて、愕然とした。
とんでもない数のホウセンカ型モンスターが、イレギュラーズに攻撃を仕掛けている。
「おねーちゃん、あれ! あれだよ!!」
妖精はイレギュラーズの状況に気付いていない。
Oliviaが守ってくれると無邪気に信じて、本来の目的であるものを小さな指で示す。
それは鍵だ。
『大迷宮ヘイムダリオン』の次の階層に向かうための鍵、『虹の宝珠』だ。
ひときわ大きなモンスターの、蠢く花弁と葉に隠れるようにして、次の階層への鍵が柔らかな光を放っている。
花弁と葉が宝珠を隠す。
けれど、武力は無くても感覚には優れた妖精は決して見逃さず正確な位置を指差し続ける。
「おねーちゃ、わぷっ」
Oliviaは翼も防御にまわして妖精を守る。
異形の花々が、小さな妖精だけに殺意を集中させようとしていた。
●戦闘開始1時間前
「きょうはよろしくおねがいしますっ」
ローレットからやって来たイレギュラーズに、ほっそりとした妖精が勢いよく頭を下げた。
頭を下げたままだ。
ぷるぷると震え、そうっと顔をあげようとしてまた頭を下げる。
内気なのだ。
イレギュラーズが宥めるのに数分かかった。
ようやく少しだけ落ちいた妖精は、イレギュラーズと視線をあわせられないまま必死に説明をする。
「門、止まって、帰れなくて……」
妖精郷アルヴィオン、大迷宮ヘイムダリオン、迷宮森林の順番で繋がっている。
妖精達は妖精郷の門を使って、大迷宮ヘイムダリオンという危険地帯を通らず森林迷宮、というより深緑と行き来していた。
しかし何故か門が機能を停止。
深緑は大迷宮を経由しアルヴィオンへ向かうことをローレットへ依頼した。
この場にいるイレギュラーズがうけたのは上記事業の一部。大迷宮ヘイムダリオンの1階層を攻略するという依頼だ。
「っ」
妖精の緊張が限界に達する。
口がぱくぱく動くだけで言葉が出なくなる。
じわりと涙が浮かび、驚くべき加速をして何者かの後ろへ回り込んだ。
「あの……すみません」
Oliviaが礼儀正しく頭を下げた。
「知り合いが心配で……その……見守っていました」
妖精はOliviaの背中にしがみついて離れない。
節度を守って何度も差し入れしてくれたOliviaにすっかり懐いていて、甘えていた。
「だいじょうぶ? 無理しなくていいんだよ? うん、うん……」
妖精から詳しい話を聞き出すまで、さらに数分が必要だった。
Oliviaが咳払いする。
背中の妖精ほどではないが人見知りなので緊張している。
「妖精さんが道案内をすることになっていると聞きました。もしよければ」
護衛として連れて行って欲しいとOliviaが主張する。
イレギュラーズなら妖精抜きでも1階層突破可能だろう。しかし被害は増えるかもしれない。
イレギュラーズなら妖精を守り抜いた上で突破することだって出来るだろう。それでも気弱な妖精の面倒を見ながら戦うというのはきっと大変だ。
「きょ、共鳴の天使……オリヴィアです! あ、あの、妖精さんと一緒に、精一杯頑張りますっ」
戦力的には十分で。しかし性格的には戦場に向いていない印象だった。
「おねーちゃんといっしょにがんばります!」
Oliviaの肩から妖精が顔を出す。
大好きなおねーちゃんと触れあうことで精神が安定し、植物系モンスター専門家としての自信が表情に表れている。
魔性のホウセンカ蠢く階層で悲鳴をあげる、少し前の出来事であった。
- <虹の架け橋>ホウセンカのキルゾーン完了
- GM名馬車猪
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年04月21日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●赤い花
緑の葉も、華やかな花も、侵入者に対する殺意を剥き出しにして一斉に揺れた。
「私たちの故郷である深緑も大事だけど」
異形のホウセンカより大きな朱が咲き誇る。
それは『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が生み出した魔力塊だ。
「何より妖精さんたちのためにも」
ハーモニアである彼女は深緑の強みも弱みも良く知っている。
深緑はこの程度で滅ぶほど脆くはない。
けれど妖精は、深緑ほど直接的な攻撃に対して強くない。
「早くこの迷宮を切り抜けるよ!」
朱が気配を強め、輪郭が解け、呪いじみた力と化しホウセンカの群れに襲いかかる。
通常の防御は無意味だ。
花の魔力をはね除ける意思の強さか運の良さが無い限り、朱に冒され思考と行動を狂わされる。
その結果発生するのはアレクシアに対する集中攻撃だ。
見た目よりずっと重く速い緑の葉が、複数方向から彼女を捕らえようとした
「この程度でどうにかなるとっ」
花が象られた魔道具が微かに光る。
大量の魔力が、道具の補助と彼女自身の技術で以て障壁の強化にまわされる。
死の気配を纏う緑が、アレクシアの装束に触れられず障壁の表面を這いずった。
「嫌な予感がするわね」
匂い立つような魔力に包まれた『緑雷の魔女』アルメリア・イーグルトン(p3p006810)が、アレクシアを背中側で眉を寄せた。
アレクシアに対する不安は一切ない。
あるのは、この階層全体から薄ら感じられる不吉な気配に対する警戒だ。
「だから」
意識して理性の一部を緩める。
神秘に適合する本能が目覚め、魔力を薄皮一枚分身近に感じとれるようになり威力が一段階上昇した。
「激しく焼いてあげる」
魔力が、恐るべき高効率で雷へと変換される。
連続する雷撃がうねりのたうつ様は魔物の蛇のようで、1つ2つの巨大ホウセンカを焦げだらけにしただけでは止まらず、アレクシアが集めたホウセンカまで巻き込み内側まで焼き焦がす。
それは妖しいほどに美しい光景であり、暴力に怯える妖精まで魅入られてしまうほどだ。
「まずいな」
美術品の美しさと実用品としての美しさを兼ね備えた銀剣を振るいながら、『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)が思わず呟いていた。
強力なタンクとアタッカーが敵勢を圧迫している。リゲル自身も真一文字の薙ぎ払いで大型敵を複数押し返している。後方にいる敵を考慮に入れても圧倒的優位にある。
だが、壁のように見える枯れた草木の奥に、活動が鈍いとはいえ同種の存在を大量に見つけた。
展開した保護結界が弾かれた場所を透視した結果だ。
「あなたは妖精の護衛を! 虹の宝珠は……」
妖精は天使に任せ、完全に押さえ込まれた敵前衛を一瞥し、奥で逃げようとしているボスホウセンカを見る。
他のホウセンカと比べれば強く、何の妨害もないなら一騎打ちで倒せるかもしれない程度に弱い。
だがその配下は大量だ。このまま戦うなら、この階層に潜むホウセンカ全てを打ち倒すしかないかもしれない。
「ボクに」
別種の雷が地面を照らす。
『雷虎』ソア(p3p007025)のしなやかな四肢に力と雷が集まり、宝珠持ちのホウセンカが金の瞳に写る。
「任せて!」
守りも回避も考えない猛加速。
ゼファー(p3p007625)が槍がこじ開けてくれた隙間をすり抜け、増援と護衛に囲まれたボスホウセンカ目がけて一直線に駆けて行くのだった。
●天使
「初代様が怒ってますぅっ」
【共鳴の天使】Olivia(オリヴィア)は涙目だ。
『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)の背中を見た瞬間、創られ育った世界にいたときのような甘えが表面に出てしまった。
「おねーちゃんっ。このっ、おねーちゃんをいじめるなー!」
誤解した妖精に泣き顔で非難され、Trickyは……正確にはその1人格である稔が酷く不機嫌な表情になる。
「大人しく巣に閉じこもっていれば良いものをのこのこ出てきやがって。憤懣やる方ない! そも、俺が深緑の依頼を請け負っていたのは一体誰の為だと」
稔は異形の植物に攻撃せず、味方の傷を癒やすこともない。
一見無駄なことをしているようにも見えるし妖精は実際そう思っていたが、他のイレギュラーズはその戦闘経験から、オリヴィアは純粋な信頼から必要な手段と確信していた。
「来ますっ」
オリヴィアが妖精を庇う。
赤い花弁がはらはらと落ちて、実が乾き、弾けた。
飛び出た種は、長砲身砲から放たれる散弾以上に速くて重い。
1つでも妖精を挽肉に変えるのに十分な威力を持つそれを、天使の白い羽が恐るべき速さで打ち落とす。
種に満たされた呪いが非常に簡単に防御出来ることに気付いて、オリヴィアは輝くような笑みをTrickyに向けたが顔を逸らされる。
『ははーん、さてはお前シスコンてやつか?』
「違うわ戯け!」
第三者の目を気にすせず別人格と話してしまったのは、末の妹との再会で無意識に浮き立っていたからかもしれない。
「天使サマ、傷はどのくらい痛むの?」
カフェオレめいた甘い肌に無垢な笑みを浮かべ、『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)が澄んだ声で尋ねた。
「あ……傷」
オリヴィアは戦闘と再会の興奮から醒め、物理的には無傷でも霊的には磨り減ってしまった翼を見て、絶句した。
「大丈夫。治るよ」
ルフナは無垢な少年を演じながら、故郷の森が寄越してくれた霊力を誘導する。
異界由来の羽に必要以上に干渉しないよう注意して、損傷と霊的な返り血を排除し天使の羽を万全に近付ける。
「ありがとう、ご、ざ」
緊張で震えている。
ルフナの目を見ようとして失敗する。
それでも、ルフナに対する感謝の感情は誤解しようがない。
「まふ!」
勢いよく頭を下げるときに舌を噛んだ。
ルフナは、天使の感謝が自身だけでなく故郷の森にも向けられていることに気付き、面倒臭そうな色を目に浮かべる。
「オリヴィアさん、まだ戦える? 正直に答えて」
無理は誰のためにもならないと、精神年齢では大差をつけて年下の天使に問いかけてみる。
「はい、えっと、足が震えてます」
妖精を庇う腕と翼はしっかりしていても、涙腺と心は決壊寸前だった。
「そっか、よく頑張ったね」
天使も妖精も心が柔らかい。
決して悪いことばかりではないけれども、命のかかった戦場では不利にしか働かない。
だからルフナは、1柱と1体に与える刺激を慎重に調節して誘導する。
「調べるのと戦うのは僕らに任せて」
異形ではない植物と意思疎通して戦場全体を探る。
敵の首魁と1人のイレギュラーズと大量の異形が高速で動き回っていて、少し働きかけるだけで均衡が崩れそうだ。
「オリヴィアさんは守りに集中してくれるかな」
翼を癒やし終え、霊力を提供する。
天使は自分でも出来そうなことを言われて気力を少し回復させる。そして、真剣な表情で頷くのだった。
●終局
緑の葉が鋭利な刃物のように虎の精霊を襲い、しかしその速度に追いつけずほとんどが尻尾を掠めるだけで終わる。
「そ、こぉ!」
目の前にいる3メートル級ホウセンカだけで4体。
宝珠有りの個体がどれだか分からなくなってるけれども、ソアは全く気にせず爪と雷による乱撃を展開した。
切り裂かれ、焼かれ、引き千切られる。
頑丈な宝珠有り(ボス)は耐えても護衛も増援も良くて重傷悪ければ即死だ。
ソアの攻撃はホウセンカを損傷させるだけではない。
適宜攻めを強めて他のイレギュラーがいる方向へ追い立て、生死のかかった死闘を詰めの形へ導いていく。
ボスホウセンカが根っこの動きを止めた。
ソアの体から血がしたたり、息が乱れていることに気付いたのだ。
配下とは比較にならないほど強固な種が、乾ききった実の中から炸裂した。
「全ての生命に光あれかし!」
静かに舞う雪に似た光がソアに触れて傷の一部を消滅させる。
「循環を拒否するものに裁きを!」
同一人物による声が蒼き魔力へと変じ、槍のように鋭く大剣のように強靱な刃となり、ホウセンカの首魁を地面に縫い止める。
「凄まじい数ですね」
『協調の白薔薇』ラクリマ・イース(p3p004247)は単独ではこれ以上の支援は不可能と判断して数歩後ろに下がった。
「可愛いお客さん達、応援期待してるわよ」
ラクリマと入れ替わりでゼファーが攻撃を再開する。
ボスホウセンカの周囲には異形のホウセンカが大量だ。
名乗りをあげるだけで10近い個体が向かってきて渋滞が発生する。
被弾確率も被害も急上昇するはずなのに、ゼファーは少し古びた槍1本だけで防いで、しかも痛烈な一撃で先頭の大型モンスターを揺らす。
「いたわね」
アルメリアの口の端が微かに吊り上がる。
毒花粉を媒介するかのような気配が、密集したホウセンカの間を行き来している。
「雷の蛇よ、望むままに食らいなさい!」
稲光が地面を走りホウセンカの下半身が炭へと変わる。
これまでの戦いで生き残っただけあって植物モンスター達はしぶとく生き続け、しかし移動も出来ないので防御面は完全崩壊だ。
雷の虎は隙を見逃さない。
癒やされてもなお重傷な体を限界ぎりぎりまで酷使し、ろくな防御が出来ないとはいえ生命力は十分なホウセンカを爪で薙ぎ払う。
通常時でも強力な一撃だが、ここまで敵の防御が薄めると実質的威力は数倍になる。
薄い陶器か何かのように文字通り粉砕されて、ソアが味方と合流するための道が、数分ぶりに回復した。
「虎の精霊さんがっ」
「口の前に力を使え馬鹿者!」
この時点で致命的なのは生命の減少ではない。
種の呪いで動きを乱され、数的に優位にあるホウセンカに囲まれてしまうのが最悪だ。
Trickyの術がソアを呪いから守る。
危険を顧みない攻撃と追跡でこの状況を作った勇敢な虎は、生存に必要な最低限の力以外の全てを使って味方の元へ後退した。
「ったく無茶を……オリヴィア、治療だ!」
「? は、はぃっ」
本性を少しだけ現したルフナに混乱しながら、天使がルフナと協力してソアを癒やす。
ホウセンカの増援はまだ現れ続けているが、ボス周辺の戦力はこれまで最も薄くなった。
「逃がしはしない」
銀の刃にリゲルが力を込める。
距離は30メートル以上あるのに、ボスは刃が急所に触れているような感覚に襲われ、その感覚は正しかった。
「ここか」
刃が振り下ろされた。
妖精とホウセンカ視点ではただの空振り。
イレギュラーと天使の視点では、身を抉り毒を注ぎ怒りで狂わせる凶悪な遠距離攻撃であった。
「絶対に逃がさない」
2桁以上重い異形を真正面から受け止めながら、アレクシアはインクを瓶ごとぶつけて黒色く着色する。
ここまで近いと確実に当たる。
形は配下と同じでも、ここまではっきり色がつくと誰の目にもボスがどれか分かるようになった。
壁に見えていた場所に新芽が生え全高1メートルのホウセンカに変わる。
花が落ち身が剥き出しに。
明らかにラクリマを狙っているが、ラクリマは自らに向けられた実を認識した上で味方への支援を優先する。
「これでどうです」
ポーションの栓を親指1本で飛ばし、中身の塗り薬を額から首元にかけて無理矢理に塗りつける。
美貌が野趣溢れたものに変わるが本人は気にもしていない。
魔力で鞭を形成して容赦なく叩きつけ、ボスホウセンカの生命力を削ると同時に術を使うための力を吸収した。
「槍を振り回すだけが能じゃないってね」
ラクリマに釣られ、不用意に前に出たホウセンカを槍が抉る。
深い刺し傷にインクが染み込み、最早どうやっても消えない目印が出来る。
「いい腕ね。それだけは認めてあげる」
他のホウセンカとは比較にならない。
速度は数割増し、技術は素人と新兵ほどに違い、ゼファーが的確に防ぎ続けているのにダメージは蓄積し骨まで痛む。
味方が治療してくれてもこの状況だ。
「でも」
ゼファーは決して無理をしない。
ボスホウセンカが攻めて来たときは防御を重視し、離れようとしたときは名乗り口上で移動を妨害。
ゼファー以外を攻撃しようとしたときには、十分に狙いをつけてから深々と槍を刺す。
「連携が論外ね」
通常ホウセンカによる妨害が薄いので、2度、3度と槍を捻る余裕がある。
新たに生じた実がゼファーの至近距離で弾ける寸前、ルフナから補給を受けた天使が種内部の呪い全てを消し去った。
「これが見本よ」
ホウセンカの茎を蹴って槍ごと後方へ跳ぶ。
「今です」
蒼き剣が再度ホウセンカを貫く。
強靱な茎が大きく引き裂かれ、しかしその大ダメージは助走でしかない。
完全の防御が崩れた大型モンスターの前で、鋭い爪が雷で輝いている。
「とびっきりのを」
治療を受けてもぼろぼろで、けれどソアの瞳は無傷のときより生き生きとしている。
「プレゼントしてあげるわ!」
再生中の実を潰し、茎を上下に切り裂き、途中で宝珠を引っかけ勢いよく引き抜く。
ほぼ残骸と化した鼻がゆらゆら揺れる。
イレギュラーは誰一人警戒を解かず、天使と妖精は判断ができずに曖昧な構えをとる。
ぱさりと音がした。
ボスの一部でしか無かったホウセンカ型モンスターが見る見る枯れ果て枯れ草同然に。ホウセンカの階層が異形の巣から枯れ草置き場へ変わる。
天使が怯えてTrickyの背中に隠れた。
妖精は天使の胸に顔を押しつけたまま動かない。
数秒遅れて、配下と同じく枯れ果てた巨大ホウセンカが地面に倒れて砕け散ったのだった。
●影を掴む
ゼファーは目で合図を送ってから、何も気付かない演技をして枯れた花を槍で突く。
「しっかしまぁ、こんな花が咲いてるなんておっかない森ねぇ……。ピクニックにはちょっと向いてないわ」
穂先が指先のように繊細に動き、蜂とは似て非なる羽を引っ張り出す。
何もないはずの場所に音が生じた。
羽と針だけで出来た異様な物体が、予め決められた基準を元に目標を選んで急加速する。
地表近くの2つが、圧倒的冷気に耐えられずに砕けた。
「隠密活動用?」
術を使ったアルメリアは、蜂もどきが活動を再開する前からその存在に気付いていた。
逃がさないことを第一に捕獲することを第二に考え攻撃を仕掛けた訳だがここまで脆いとは予想外。
つまりこれは戦闘以外に特化した存在だ。
「じっとしていろ」
稔の声には怒りも焦りもなくただ真剣だ。
天使は奥歯を噛んで悲鳴を飲み込み、けれどイレギュラーズとは違って周囲への警戒が足りない。
「これが本当の狙いかしら?」
アレクシアが赤い魔力塊を展開して蜂もどきの攻撃をねじ曲げる。
隠密に特化したモンスターが強力かつ精密な術に耐えられるわけが無く、アレクシアに引きつけられ障壁を貫けず速度が0になる。
「これは」
ラクリマが腕をかざす。
通常の戦闘では隙を晒すだけの無意味な行動だ。
が、ラクリマの予想通りに、血を抜き取り一定時間保存するための針が、かざした腕に突き立った。別働隊による不意打ちだ。
「黒幕は他の件と同じですね」
蜂もどきが飛び立つ前に針を押し折る。
凶悪なまでの痛みに襲われているはずなのに、眉を動かすことすらしない。
羽だけが残った蜂もどきがよろめきながら飛び、銀の刃に迎撃される。
絶妙に力加減により落下はしたが破壊はされない。
飛び立てないままもがいて、根っこだけが残った針を、地面に染みこんだ血ではなく地面に散らばった何かに触れさせた。
「ボクの毛?」
多数のモンスターを相手にした際に皮膚の一部と一緒に千切れた、微細なものだ。
そして、ある種の技術を持つ者ならソアの情報を得るのに十分な量でもある。
遠くで、髪を針に巻き付けた個体が壁の亀裂へ消えた。
「まだ近くにもいます」
ラクリマが警告する。
2つの刃が地上の小型モンスターを砕く。
容赦なく広がる術が天井へ紛れようとする蜂を消滅させる。
「参りましたね。これでは終わりが見えない」
観察に専念しても蜂もどきが見つけられるかどうか分からない。
何より存在しないことを証明するのは非常に難しい。
アルメリアがいつでも術を使える状態を保ったまま、相変わらず判断と決断が遅い天使を見る。
「初代様はっ……いえ今の私はおねーちゃん」
Trickyは口出ししない。
手出しを我慢して妹の成長を促すことが出来る、見事な保護者っぷりである。
「しばらく女王様に会えないことになるが、我慢出来るかい?」
リゲルが妖精に話題を振る。
妖精の過度の緊張をほぐすと同時に、情報を収集するための行動だ。
「おねーちゃんもいるからだいじょぶです」
見た目も行動も童話に登場する騎士そのもののリゲルに、妖精の態度も柔らかくなり口が軽くなる。
「ずっとおうちにいるとつまんないです!」
素直で、危機感がない。
生贄や素材としてどの程度有用かは知らないが、これだけ無防備なら狙う者は多いだろう。
「出口だ。もう警戒を解いていいぞ」
ルフナが演技を止めて天使に声をかける。
「ハーモニアさんも複数人格!?」
「君は一般常識を学び直した方がいいと思うよ!」
価値観が違いすぎる相手は疲れる。
ルフナは大きなため息を吐いて、無人と化した階層を振り返った。
「ったく、面倒な敵だ」
迷宮の攻略は進んでいる。
しかし黒幕の暗躍は止まらず、嫌な予感が消えなかった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
今回イレギュラーズが手に入れた虹の宝珠はローレットに預けられ、次階層を攻略のために使用される予定です。
GMコメント
ハックアンドスラッシュな依頼です。
敵は散弾じみた種を撃ってくるホウセンカ型モンスター(全高1~3メートル)です。
ボスを倒せば自動的に全滅するものの、数はかなり多く、1度ボスを見失うと再特定に時間がかかるかもしれません。
『虹の宝珠』を入手出来れば依頼は成功です。
●標的
『呪いのホウセンカ』×多数
全高1メートルから3メートルの、ホウセンカ型モンスターです。
根は地面の上にあり、根を足のように使い移動しますが機動力は低いです。
攻撃手段は腕のように使う葉っぱ【物近単】【必殺】と、花弁が落ちて初めて使える実【神遠範】【恍惚】【封印】です。
大きい個体ほど相対的には強いですが、基本的に能力は高くなく、命中と回避は特に低いです。
実は1度しか使えず、使用には20秒かけて花弁落としと実の乾燥に専念する必要があります。つまり目立ちます。
『?』×少数
蜜蜂に近い、非常に小さな音が聞こえる気がします。
『ボスホウセンカ』×1
全高3メートル。
『呪いのホウセンカ』に非常によく似ています。
全体的に能力が高く、『呪いのホウセンカ』が使いこなせないBS付き攻撃も使いこなしますん。
準備無しで実を使うことも可能で、使用した後も20秒で実が復活します。
●友軍
『Olivia』
読みはオリヴィア。旅人です。内気。
多分かなり強いはずなのですが、あまり戦闘に向いていない性格に見えます。
イレギュラーズに対し好意的なので、イレギュラーズからの要請には素直に従います。
妖精の護衛に徹したなら、妖精は無傷で、自身も大きなダメージを受けず戦闘終了まで生き延びるでしょう。
『妖精』
『Olivia』よりさらに戦闘に向いていない性格で、戦闘能力も皆無です。超内気。
植物と植物系モンスターに詳しく、冷静な精神状態なら、まっさらな状態でも20秒かけることで隠された『虹の宝珠』の位置を見抜きます。
●他
『虹の宝珠』
わざと狙わない限り壊れたりしません。
●戦場
1文字縦横10メートル。戦闘開始時点の状況。上が北。無風
abcdefghij
1□□■■■■□□□□
2□□□□×□□□□□
3花■■□□■■□□□
4□■□花□□■□□花
5□■□□■■■□□□
6□■花花□花■■■□
7□初初初初初初初初□
8□□□□□□□□□□
9□□妖花□□□□□□
□=芝生に近い草が生えた迷宮。
■=枯れた巨大ホウセンカの密集地帯。通り抜け困難。『呪いのホウセンカ』が新たに出現する可能性あり。
×=妖精が指し示している場所。大型のホウセンカが3体いて、妖精は中央の個体を指差しています。
花=『呪いのホウセンカ』が2~4体いて、イレギュラーズを迎撃しようとしています。
妖=妖精がいる場所。しがみつかれた『Olivia』が、妖精の護衛に専念しています。
初=イレギュラーズの初期位置です。各人好きな位置を選択可能。
●情報確度
このシナリオの情報精度はBです。
情報は全て信用できますが、不測の事態も起こる可能性があります。
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