PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ディスカヴァー・フロッグ・オン・スプリング

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●子供だけの、秘密の園にて
「ほら、こっちだよ」
 そう、先行する少女が少年に言う。手を引きながら、疎らに生える木々の間を縫うように歩いていく。大人の姿は周囲に無い。少女が繋いだ手の反対側では、小さなバスケットが揺れている。
 目的地は小高い丘を越えた先。木々の疎らに伸びる林の向こう。人目から隔絶された、少女だけの秘密の遊び場。
 単純に遊びに行くだけだ。雪の積もる以前であれば、何度も何度も足を運んだ慣れた道。大人にだって、わざわざ行先を告げる必要は無い……告げてはならない。何といっても秘密なのだ。幼い子供にとって、秘密は何よりも大事な事のように思えるもの。隠される事で生まれる価値が有ると信じている。その遊び場も、そうしたものの一つだった。
 視界が開け、見えた空間には溶け名残る雪も無く、春の訪れを告げるように緑が芽吹き始めていた。風が僅かに木々を揺らし、仄かに緑の香りを孕む。蕾を揺らす花は未だ咲く事を知らず、花冠を作れるのは先になるだろうが、子供達にとっては大人に知られる事無く遊ぶことが出来るだけで十分に過ぎる。
 少女がバスケットからサンドイッチを取り出し、少年の敷いた麻布の上に並べていく。「美味しそうだね」
「でしょ。頑張ったんだよ」
 褒められて胸を張る少女に、少年は思わず笑みを零す。つられて少女も、ほんのりと頬を染めながらくすぐったそうに笑った。
「お茶はないんだけど。ほら、あそこ。美味しそうな果物が成ってるんだ」
 少女が指をさした先には確かに、鈴生りの苺の様な果実が実っていた。「とってくるよ」と少年が告げ、「お願い」と少女が答える。
 果実に駆け寄った少年が身を屈め、手を伸ばす。その瞬間、ぐらり、と地面が揺れ、少年は思わず尻餅をついた。どころか、隆起する大地に堪えきれず、ごろごろと地面を転がってしまう。何事か、と少年は顔を上げ、驚愕に目を見開いた。
 蛙だ。大人でさえ見上げる程の大きさの。身を震わせて土を払い落とし、無機質な目をぎょろりと少年に向ける。背筋を凍らせる少年は、しかし耳に届いた少女の怯えるような声を聞く。振り返って、叫んだ。
「逃げ――」
 少女の目の前で、叫んだ少年の姿が消えた。遠くで湿った何かの潰れる音が聞こえる。ぬめぬめとした光沢を放つ肉色の槍……蛙の舌だ……それが少年のいた空間を貫いていた。少女が恐る恐る、舌の伸びる先へと首を向け、瞬時に舌が引き戻される。少女の目が捉えられたのは、一際太い木の幹にこびりついた血液と脳漿だけだった。
「ひ」
 喉が引き攣れ、悲鳴が漏れる。惨劇を引き起こした蛙は素知らぬ顔で咀嚼を続ける。少女が泣きながら駆けだすと、そこでようやく目を向けた。舌を伸ばす事は出来ない。口内の“食料”を吐き出してしまうからだ。蛙は少女から目を逸らすと、今は食事に集中する事にした。



●ローレット:エントランスホール
「以上が事のあらましになるのです」
 今回の目的はその食人蛙の討伐です、とユリーカが言葉を添える。
「周囲には遮蔽物と成り得る物は殆どなく、開けた場所での戦闘になるのです。動き自体は緩慢なものの、舌の射出速度と威力は高く、まともに受ければひとたまりもない……と思うのです。耐えられたとしても舌は粘性の液体で覆われていて、拘束されたまま口の中に放り込まれてしまうようなのです」
 以上なのです、と説明を終えたユリーカが、資料と共に嘆息を机の上に落とす。
「緊急性はないですし、放っておいても近付かなければ危害はないのですが、食人蛙が村や集落に向けて移動しないとも限らないのです。近隣の村から集められた報酬も有る事ですし、恐らく皆さんも異存はないと思うのですが……ひとつだけ」
 視線は机に落とされたまま上げられもせず。
「襲われた女の子から『友達を助けて』と。……正直生存は絶望的……と言うよりも、生存を望める可能性はゼロです。ですが、このままでは心に非常に大きな傷を残してしまうかもしれず……申し訳ないのですが、フォローして頂ければ有難いのです……」
 お願いします、と顔を上げたユリーカが、深々と頭を下げた。

GMコメント

 こんにちは、へびいちごです。今回もシンプルな討伐依頼。
 冬眠から覚めた食人蛙の討伐が目標となります。それさえ果たせれば成功となるので、それ以外は些事だと切り捨てるか、少女のフォローを行うかは皆様次第でございます。食人蛙もそれなりの強敵ですので、くれぐれも油断なさらぬよう。
 判明している情報は以下の通りです。

・冬眠からは覚めている為地面に潜るような事はしない。
・動きは緩慢。特に横に対しての動きには弱い。
・縦の動きで有ればそれなりに機敏。跳躍力も高く、体重を活かした圧し潰し攻撃も。
・舌には注意。ほぼほぼ必殺の威力な上、耐えても拘束され、身動きが取れなくなります。
・唾液は粘性の消化液でも有り、これを飛ばしての攻撃も行います。ダメージは然程有りませんが、「足止」状態になり、更に回避にマイナスの補正値が付きます。
・圧し潰し以外は単体攻撃となります。

 以上となります。では、皆様の創意工夫溢れるプレイングをお待ちしております。

  • ディスカヴァー・フロッグ・オン・スプリングLv:2以下完了
  • GM名へびいちご(休止中)
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年04月06日 23時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ミーティア・リーグリース(p3p000495)
竜騎夢見る兎娘
シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)
花に集う
ウォリア(p3p001789)
生命に焦がれて
竜胆 碧(p3p004580)
叛逆の風
アマリリス(p3p004731)
倖せ者の花束
レオンハルト(p3p004744)
導く剣
ヨランダ・ゴールドバーグ(p3p004918)
不良聖女
ココル・コロ(p3p004963)
希望の花

リプレイ

●ブリーフィング
 葉を伸ばし始めた草花を踏みしめ、緩慢な動作で食人蛙が歩く。巨体が仇となり、木々に進行を阻まれ、林を抜ける事は困難なのだろう。イレギュラーズが見たのは、体を揺らしながらゆっくりと移動する食人蛙の背中だった。しかし好機、と捉えるのは早計だ。身を隠す事の出来る林から、少なく見積もっても百メートルは離れている。体の向きを変えるには十分だろう。『竜騎夢見る兎娘』ミーティア・リーグリース(p3p000495)はそう判断を下し、突撃のタイミングを計る為、同じように潜む仲間達へと向き直った。
「特異運命座標になってから初めての実戦なのです! 頑張るのです!」
 握り拳を作り気合を入れる『羽無し』ココル・コロ(p3p004963)が、作戦の概略を声に出して再確認する。
「右がシルフォイデアさん、碧さん、レオンハルトさん、私」
 指差し確認。
「左がミーティアさん、ウォリアさん、アマリリスさん」
 そして。
「ヨランダさんですね!」
「あいよ」
 苦笑交じりに『不良シスター』ヨランダ・ゴールドバーグ(p3p004918)が返答する。
「気合十分なのは重畳だ、でも少し肩の力は抜いていきな」
「頑張るのです!」
 ヨランダの苦笑は濃くなる一方だが、しかし怯え竦むより良いのだろう。本能的な恐怖を抱いていた『花に集う』シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)も、内心で気合を入れ直す。得手不得手は有っても、放っておく事など出来はしないのだ、と。
「問題ないであります」
 竜胆 碧(p3p004580)は淡々と。
「仕留めるべきあの蛙。我々が必ず殺すであります」
 作戦の了解を伝え、暖機を開始する。熱を持ち始める体をよそに、頭脳は冷静さを保とうとする。天命を待つ前に、人事は尽くさねば。熱情と冷静さの狭間で一握りの勝利を掴み取る。博奕とはそういうものだ。
「そうですね。必ず……仇は取る」
 低く呟く『戦花』アマリリス(p3p004731)の様子に、『緋鞘の剣士』レオンハルト(p3p004744)は眉を顰める。一瞬、彼女の瞳の奥に昏い光が過ぎったような。らしくない。記憶の中の朗らかに笑うアマリリスの姿との差異に、腰の据わりが悪くなる。
「俺もそちらに回ろうか」
 きょとん、とした表情は、即座に笑顔へと変わった。「お気遣い有難う御座います」とのやんわりとした否定に、レオンハルトは眉間を抑えた。どうにも、らしくない。
 事ここに至って、二の足を踏む者は居ない。過度に急く者も恐らく。ミーティアは押し黙ったままの『嘘か真か、虚の戦士』ウォリア(p3p001789)へと目を向けた。頷きが返るのを確認すると、
「それじゃあ、行こう」
 一つ、息を吸い込み。イレギュラーズは倒すべき敵へと向けて駆けだした。



●仇討ちに断罪の剣は降る
 食人蛙がゆっくりと向き直る。足音で気付かれたのだろう。金属鎧を身に着けている者も居る。勘付かれずに接近するのは至難の業だ。だからこそ、その選択肢はないものとして全力で駆けた。イレギュラーズに向けられた無機質な目。その目を真っ直ぐ睨み返し、弓を引き絞りながらミーティアが告げる。
「貴方がただ生きる事に、罪なんてないけれど……」
 人を食らって生きるのならば。
「ここで狩ります!」
 放たれた矢が空を裂き、食人蛙の顔面に突き立った。感覚が鈍いのか、痛みに漏れる声も無い。ぎょろぎょろと忙しなく眼球が動き回り、湿った音と同時に食人蛙の頬が膨らむ。
「散開ッ!」
 碧が叫び、イレギュラーズは地面を蹴った。各々食人蛙を挟み込むような位置に身を飛ばし、どぽりと粘つく液体が直前まで彼らの居た場所に着弾する。噎せ返るような悪臭に、頬を引き攣らせたのはシルフォイデアだ。クイックアップで身体の強化を施した彼女に、こんな鈍い攻撃は当たる筈もない。ない、が。抑えきれない生理的な嫌悪感に覚えた吐き気を、何とか飲み下して突剣の切っ先を向けた。魔力が稲妻のように迸り、弾丸となって射出。食人蛙の体を打ち据える。
「オオオォォォォオオオ―――!!」
 シルフォイデアへと向けられる意識を引き剥がすように、ウォリアが吠えた。食人蛙はウォリアへと顔を向ける。表情など読めはしないが、どうやら効果が無いと言う訳では無いようだ。自分に向けられる敵意を、ウォリアは敏感に感じ取った。
「理の通り生きることに罪も恨みもない、ましてや俺たちは第三者だからな」
 呟きが零れ落ちたのは、怒りの為、僅かに生まれた意識の隙間。
「だが人を襲えば人に排除される、それもまた人の理、覚悟しろ」
 肉薄したレオンハルトが、反動を顧みずに抜き手を放つ。銀碗は軋みをあげながらも食人蛙の胴体へ深々と突き刺さった。
「そんじゃ1発ぶちかますよ、ッと!!」
 逆側ではヨランダが打ち込んだ掌底から、逆再生の術式を起動して食人蛙の体組織を破壊。更には、
「たあああああああっ!」
 アマリリスの振るう戦鎌が円環を描き、胴を横一文字に斬り裂いた。湿った音を立てて傷口から零れ落ちるのは、しかし透明なゼラチン質の塊だ。それは傷を埋めると、すぐさまに凝固して失血を防ぐ。横目で先程の消化液が凝固しているのを確認した碧は、成程同等の成分でありますか、とSPDをレオンハルトに投げながら判断する。
「私はココル・コロ! 特異運命座標の盾となる者! 絶対に守ってみせます!」
 食人蛙の胴に剣戟を叩き込んだココルが勇ましく叫ぶ。言ってみたかっただけの一言では有るが、自身を鼓舞するには十分だ。返す刃で十文字を作る。
 事ここに至っても、食人蛙の動きは緩慢だ。再度顔面に矢が突き立ち、魔力の弾丸に撃たれ、斬撃を嵐と浴びても、鳴きも呻きもしない。しかし、無機質な瞳は常にウォリアを捉えており、身をゆする様からは、確かな苛立ちのようなものが感じられた。
 苛立っている。弓を引き絞るミーティアの背筋に悪寒が走った。回復に備える碧も同じく。攻撃を貰わぬよう、距離を取って移動するウォリアを狙う食人蛙の動きはアマリリスが止めており、火力の回転も悪くはない。順調だ。しかし往々にして、順調に思える時ほど、思わぬ落とし穴が足元に潜むものだ。経験則か、天性の勘か。警鐘を鳴らす曖昧な感覚は、しかし次の瞬間には確信に変わる。食人蛙が足をたわめ、身を深く沈み込ませたのだ。
「皆――」
「――跳ぶでありますッ!」
 言葉の通りに、食人蛙が跳んだ。高々と、天を衝くが如く。至近にいた幾人かが、煽りを食らって転倒する。距離があればこそ気付けた。至近距離では兆候さえに気付く事は無かっただろう。警告に反応し即座に身を跳ばしたレオンハルトとシルフォイデア。片や受け身を取って即座に姿勢を立て直し、片や制動をかける足で新芽を掘り返しながら突剣の切っ先を上空に向けた。落下する食人蛙の体は、しかし遠術に撃たれても小動もしない。ミーティアが放つ矢ががら空きの頸部に深々と突き立とうと、レオンハルトの焔式に焼かれようと、物理法則に従って落下する質量兵器を止める事は出来ない――
「――ッ!」
 衝撃が音と響き、イレギュラーズの体を打擲する。大地が波打つように捲れ上がり、芽吹きを迎えた生命を無造作に摘み取った。至近、直撃はせずとも衝撃に打ち据えられたヨランダの体が転がり、ココルは掲げた盾に降った腕に、自身の骨が軋む音を聞く。たたらを踏みながらも食いしばり、顔を上げて、叫ぶ。
「アマリリスさん!」
「無事……です……!!」
 食人蛙の下から這い出し、呼びかけに答える。直撃した。全身が悲鳴を上げるが、しかし致命傷ではない。腹部と大地の柔らかさに救われた。転がる様に距離を取り、仰向けになった所で、
 振り上げられた腕を見た。
「が……ッ」
 振り下ろされた腕はそのままアマリリスの胴に叩き込まれる。込み上げるのは肺腑から押し出された空気だけではない。湿った音を立て、ごぼりと口から血が零れた。無機質な目は再度ウォリアへと向けられる。
 食人蛙の視界の外で被害状況を確認しながら、碧は思考を回す。こちら側の被害はココル一人。食人蛙の巨体が遮蔽となって、反対側の様子は分からない。負傷者の数も。しかし食人蛙の意識がこちらに向いていない事を鑑みると、致命的な崩壊は避けられているように思える。
(ならば為すべき事を為すまででありますな)
 SPDを二つココルに向けて放り投げ、内心で独り言つ。一人であれば立て直すのは容易だ。
 反対側。吹き飛ばされたヨランダは自身の傷を顧みず、アマリリスへと回復を飛ばしていた。未だ圧し潰されたままのアマリリスの顔に血色が僅かに戻る。しばらくは回復に専念する事になりそうだね、と内心で独り言ちた。
「――――ッ!!」
 ウォリアが咆哮と共に、食人蛙へと飛びかかった。頭上で回転する斧槍が、その勢いのままにアマリリスを圧し潰す足へと叩き込まれる。思った以上に頑健な脚は両断には至らず、しかし半ば斬り裂かれ僅かに血を散らしながら弾き飛ばされた。すかさずミーティアが後ろ脚に矢を射かけ、膝を抉って体勢を崩す。
「今だよ!」
 ウォリアがアマリリスを助け起こす傍ら。反対側でミーティアの声を聞いた面々がすかさず行動に移す。
 シルフォイデアは突剣に指を這わせると、浅く指に切り傷を作った。流れる血液が剣身を走る。くるりと掌中で突剣を回転させれば、鮮血の軌跡は呪となって食人蛙の体を蝕む術となった。食人蛙の喉から僅かに、苦悶の声が漏れる。
 レオンハルトが大地を蹴って横合いから食人蛙に肉薄、跳躍。大地に剣を突き立てると身を捻り、それを支点に宙へと体を躍らせた。棒高跳びに似た要領で跳び上がった体。眼下には食人蛙の姿を収めている。剣を巻き込む様にして体を回すと、断頭台の刃の如く、首筋目掛けて剣を振り下ろした。刃は弾力のある肉に食い込むと、柔らかに押し返すそれを食い破り、剣身を肉に埋めていく。一直線に。レオンハルトの足が大地を踏む。溢れ出した血液はゼラチン質の体組織を押しのけ、噴水のように宙を染めた。機を逃さず、レオンハルトは身体を回す。横薙ぎの一閃が、更に深々と食人蛙の体を抉った。やがて傷口はどろりと埋まるが、体力の損耗までが回復した訳では無い。タフネスにだって限りは有る。二度目の呪術が放たれると同時、大地を蹴って距離を取った。第六感でしかなかったが、体勢を整える食人蛙の体から、筋肉の蠕動を感じ取ったような気がしたのだ。
 果たしてそれは正しかった。体制を整えた食人蛙は大きく跳躍し、イレギュラーズから離れたのだ。視界の先、音を立てて着地する食人蛙の後ろ姿が見える。一瞬膝を折ったように見えたのは膝に突き立った矢のせいか、はたまた失われつつある体力のせいか――何にせよ、逃がす理由は無い。体勢を立て直す時間を与える理由もだ。食人蛙が次の行動に移る前に、ココルは地を蹴って駆けだした。行動を起こしていない彼女だけが、この瞬間に行動出来る唯一の人員だった。ゆっくりと方向転換する食人蛙の動きを止めるべく、全力で駆ける。耳に届く湿った音。一度聞いた。振り向きざまに放たれる消化液が盾に着弾し、僅かに触れた肌にひりつくような痛みが走る。鼻を刺す刺激臭に頭が痺れ、凝固する消化液は、
「どっせええええええい!」
 完全に固まりきる前に、ココルが裂帛の気合と共に突撃を敢行した。懐に潜り込み、構えた盾を叩き付ける。弾ける様な快音。打たれた食人蛙の脚は、しかし自身の消化液に絡め取られて弾かれる事さえ叶わない。動きの止まった好機にと、残るメンバーも駆けだす。その瞬間だった。食人蛙の体が傾ぎ、半身を大地に付ける倒れ込む。固定された脚を抱え込むように身を捩ると、無理矢理首を捻じ曲げ、無機質な目で狙いを定めた。
「ッ!」
 ミーティアがすかさず矢を番える。精密な射撃は過たずに食人蛙の眼球を貫いた。しかし食人蛙の口は大きく開けられ、瞬時に肉色の槍が放たれる。ウォリアは眼前に迫る舌に覚悟を決め、せめてもの一撃にと斧槍を構える。
 響く湿った音。舞う血飛沫。一目で致命傷と分かる量の血液は、しかしウォリアの物ではない。彼を庇ったアマリリスの物だ。未だ傷の癒え切らぬ彼女に、この攻撃を耐える術は無い。腹部を貫かれ半ば脱力しながら口腔内へと運ばれるアマリリスの体を、追うように鋭く踏み込んで、レオンハルトは剣を薙いだ。舌の伸縮は早い。空を切った剣は、けれどもすぐさま持ち変えられて空を裂いた。投擲された剣が食人蛙の体に突き立つ。呑まれかけたアマリリスの体が、苦悶の呻きと共に零れ落ちる。
「捕縛など、許さないでありますよ」
 風の如く。舌に絡め取られたままの彼女を助けるべく、碧が瞬時に肉薄し拳を深々と突き立てた。二連撃。倒れ伏した体では回避もままならず、舌も一人を捕縛している限り使用する事は出来ない。好機と言えばこれ以上ない好機に「畳みかけるよ!」とミーティアも矢を射かけ、食人蛙の脚を射抜く。これで最早立ち上がる事は叶わないだろう。
「これでッ!」
 逆側の脚。魔力の奔流を纏い、シルフォイデアが踏み込みと共に突剣を突き立てた。固定・伸長された肉は弾力を失い、剣先を容易く受け入れる。半ば程埋まった剣身。伝導する魔力。放たれる魔力の弾丸は内側から肉体を抉り抜き、捲れ上がるように食人蛙の脚が吹き飛んだ。衝撃にべったりと固まっていたココルも解放され、傷口を抉る様に剣を叩き込む。響く、食人蛙の叫び。
「……返せ」
 呟きは低く。舌に巻き取られたままのアマリリスの腕が伸び、突き立ったままの処刑人の剣を取る。彼女の運命《パンドラ》とて、尽きては居ない――!
「返せ」
 生き永らえる為の食事だろうと。少年が選ばれたのが不運であろうと。連綿と続く殺し合いを命の運びと呼ぶのだとしても。それが、届かぬ願いなのだとしても。
「返せえええええええッ!」
 奪われた物を思えばこそ。悲嘆を声と叫ぶのだろう。
 大上段から振り抜かれた剣が食人蛙の拘束する舌ごと顔面を断つ。宙に浮く体。頬を伝う輝きは、刹那に春の露と消える。掌を離れる剣は、
「残念だが、その願いは届かない」
 けれど。
「その想いに、応えろ銀碗!」
 伸びた手が掴み取る。そのままふわりと宙に身を投げ、レオンハルトは再度、眼下の敵へと狙いを定めた。応、と地上でウォリアが吠える。下段、正しき憤怒に滾る力の全てを乗せて、斧槍が大地を削り割る。かち上げられる刃と振り下ろされる刃が交錯し、

 ――音を立てて、蛙の首が撥ね飛んだ。


●触れ得ぬ手、触れ得る手
 食人蛙の屍体を解体し、簡素な墓をを立てた後。イレギュラーズは、少年の帰りを待つ少女の元を訪れた。結局のところ遺品は無く。開けた臓腑には骨さえも残っては居なかった。墓の下は空のままだ。戦闘で荒れ果てた草原では、代わりに供える何かを見つける事すら難しい。
 一行の姿を見て、ぱっと顔を華やがせる少女とは対照的に、彼女の両親は沈んだ表情のままだ……果たしてそれは。イレギュラーズとて同じだったのかもしれないが。口下手を自負する男二人はそっと距離を取り、事の顛末を見守ろうとする。
 少年の姿を探しきょろきょろと首を回す少女に、口火を切ったのはアマリリスだった。そっとその体を抱きしめ、「申し訳ございません」と零す。凍り付いた笑顔は、信じられない、とでも言う風に動かない。否、否。信じたくないのだろう。この時に至るまで、自分で自分を誤魔化し続けたように。シルフォイデアは当て所なく揺らしていた手を、胸の前で握りしめる。ミーティアがそっと彼女を抱き寄せ、慰めるように優しく肩を叩いた。
「嘘」と告げた少女の唇が「……じゃない、の」と続ける。イレギュラーズも無傷ではない。土に汚れた防具、こびりついた返り血。何よりも彼ら自身の流した血を見て、仇を討った事を疑う人間は居ないだろう。
「いいかい? お嬢ちゃん」
 呆然とする少女に視線を合わせるよう、ヨランダが膝を屈め、腰を折る。
「アンタの友達はもう居なくなっちまったんだよ。アタシ達は傷を癒す事は出来ても、死んじまったモンを蘇らせる事は出来ないのさ」
 茫洋とした少女の瞳に、涙が滲む。
「うん……うん。私、私」
 嗚咽が零れ、
「逃げて、しまったから……助けなきゃ、いけなかった、のに……」
 心を蝕むのは悲嘆と、慚愧の念だ。
「生きていれば。私、ゆるされると、思って……」
「違うのです」
 ココルが首を横に振る。
「貴女は逃げたのではなく、逃がされたのです。彼に」
 それは、とても大変な事で。
「それを成し得た彼は、勇者でした」
 涙はついに零れ落ちて、抱きしめるアマリリスの肩を濡らす。
「今は悲しんでも良いです。沢山泣いても。でも、悲しみに囚われないで欲しいです」
「そうだね。それと、有難う、って言ってやりな。そっちの方が、泣きっぱなしの御免なさいより喜んで貰えると思うからさ」
 沢山泣いたら、ちゃんと笑って送ってやるんだよ、とヨランダが頭を撫でる。嗚咽は止まらず、涙は絶えず頬を流れ。けれども膝を屈め、顔を寄せて碧が言う。
「困った事が有れば、いつでもローレットへ来るであります」
 自分は勇者ではないけれど。
「友人として、力になるのであります」
 差し出された手に、おずおずと伸ばされた手が触れるのを感じて。手をしっかりと握り返し、碧はゆっくりと微笑んで見せた。生きる事は辛いけれど、それでも前を向いて歩いて欲しいと。そう、願った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 遅くなりまして申し訳ございません。へびいちごです。年度末進行のスケジュールには、皆さん気を付けましょう。
 低レベル帯に容赦無く突っ込まれた蛙さんですが、見事討伐することが出来ました。被害はそれなりに出ましたが、きちんを対策していただけたお陰で軽微な物となりました。女の子に対してもきちんとフォローされており、良かったのではないかな、と思います。地味に私の性格の悪さが滲み出てますが。
 では。あまり長々と書き連ねるのも余韻を壊してしまいますので。
 また機会が有りましたら、ご参加頂ければ幸いです。この度はご参加ありがとうございました。また会う日まで。

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