何れ消えゆくこの想いを、

オープニング

●愛してる、だなんて

　ねぇ、母さん。ひとはどうして、死んでしまうの。
　ねぇ、父さん。ひとはどうして、死んでしまうのに、愛し合うの。

　ぼく、まだ母さんと、父さんと、一緒に居たいんだ。
　おいて、いかないで。
　ねぇってば。


　何れひとは死んでしまうというのなら、どうやってこの想いを残しておこうか。どうやって僕が確かに此処に在ったことを残しておこうか。
　幼き日の俺の思いは、問いは、今ここに叶ったことを、答えをみつけたことを教えてあげねばならない。幼き日の『僕』に。
　嗚呼。でも、少しばかり疲れてしまったんだ。少しだけ。ほんの、少しだけ、眠ることにしよう。俺も、随分と……、年老いた、ものだ――、


　白い髭を生やした老人は、深く深く息を吐くと、眠るように朽ちて逝った。安らかな旅立ちだった。その顔に後悔だとか、悔いだとかいったものは見られなかった。

　男は生涯を『ひとの生きた証を残す』ことに捧げた。その結果。

　ひとは『あい』を残すことに成功した。

　溢れんばかりのこの想いを、ものに宿らせて。いつかの想いを、愛しい人へ届けることに成功したのだ。
　何時か朽ちゆくと解り乍らも、ソレを恐れずにはいられないのがひとという生き物だろう。

　あいしてる

　唯一つのその言葉。悲しみにくれる大切な人に、届くとしたら。
　きみは笑ってくれますか。


●There are words of love that I want to leave for you.

「集まってくれてありがとう。今日はね、少しばかり自由なお出かけをしてもらおうと思って」
　カストルは端整なその顔に笑みを浮かべると、傍らの本を紹介した。
　いつも通りミミズが這ったような理解し難い『言語』ではあったのだが、崩れないバベルを得た我々特異運命座標の前に、読めない文字は大体無い。
「ふふ、読めたかな。この本の名前は――、」
「君のための愛言葉！」
「――嗚呼、もう。ポルックスったら。大正解、ご名答」
　やったぁ、と声をあげ喜ぶポルックスとは真逆の表情。落胆、或いは退屈といった表情を覗かせたカストル。
「あのね、其処では愛の言葉をカタチにできるんだって」
「それでね、消えないように残すことができるんだ」

「「きみにさちあれ、ってね」」

「誰かのためを想って言葉を残すのもいいと思うわ！」
「一緒に言葉を残してみるのもありかもしれないね」

　けらけら、くすくす。二人は楽しそうに笑った。
　――あなたなら。どう、しますか？

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第2章

第2章 第1節

　親方は完成したそれぞれの器を見やると、髭に覆われた口を開き『いい器だ』、とだけ呟いた。
「……さて、お前さん達がやりたいのは、想いをのせることだろう。
　奥の部屋でやる。ついてこい」
　木製の扉に手をかけ、手招きをして親方は先を歩いた。その後を追っていくと広い部屋に繋がる。
「此処で、想いをこめるんだ」
　まじないは覚えているな、と呟いた親方。首を横に振ると、はぁ、とため息をついてから、口の周りの髭をもどかしそうに掻いた。
「……俺の顔には合わんのだがな。まじないの呪文は……──」

　きみにさちあれ。

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第2章 第2節

　誰かの幸せを祈る言葉を、まじないとする。その言葉を聞いたErstineは、目を伏せて暫しの間手の内のストールを見つめた。器として生成した、林檎の色をしたストールは、淡く光を孕んでいるような気がした。
（私の、想い……そうね。想い……）
　ゆっくりと、確実に、一歩ずつ。Erstineは部屋の中央へと進み、ストールを抱き締めた。そう、それはまるで、愛しい人に想いを寄せる、唯の少女のように。
（私はきっとずっと『逃げて』きたから。この気持ちを認めても、どこか『逃げて』きたから。
　なんとなく……ちゃんと思いを込めるのは躊躇いがち、だったのだけれど）
　薄らと瞼を上げて、月夜の青は、太陽の如く燃えるような赤を瞳にうつした。不器用すぎる乙女は、己の恋に対して、あまりにも臆病だった。それこそ、満月の夜のときのように。
　月は太陽の光を受けて煌めくものだ。だからきっと、Erstineも──。
（……でもね、でもね。そう、きっと誰にも譲れない…これはそんな思いだから。
　あの満月の夜にちゃんと、知った思いだから……）
　大嫌いだった。あの赤い赤い、血のような赤い姿が大嫌いだった。でも、恋しいあの赤に近いと思うようになってから、少しだけ心が軽くなったようなした。
　だから、祈ろう。ただひとり、想いを寄せる、貴方のために。
「……きみに、さちあれ」
　君に幸あれ。そして、いつか、ちゃんと。貴方への想いを伝えられますように。

成否

成功

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第2章 第3節

（おもい。想い……。わたくしの、想いは。あの人に、何を伝えたいのか）
　想いをいざ込めるとなると、自分の内に秘めた想いを言葉や形にするのは難しい、とネーヴェは思う。不安になって手元を見下ろすと、心を込めて刺した手巾の刺繍が映って。

　先程迄はネーヴェの外見と同じ、真白い布だった其れ。
　今からは沢山の色で彩った、鮮やかな手巾に。それはまるで、ネーヴェの内と同じように。

（……そう、）
　今は此処に居ない貴方に、沢山話したいことがある。
　貴方に伝えたい、貴方と共有したい、想いがある。
　一日二日じゃ足りないくらいに沢山に、沢山に溜めてきた。全部が全部、とっておき。
　またあの時と同じように、家族のように、話したいのだ。
　──ねえ、聞こえて、いますか？

　想い人に寄せる『恋』だとか、恋人に寄せる『愛』だとか、そう云ったものではないけれど。でも、親愛も屹度、ひとつの『あい』のかたち。
　溢れる想いは留まることを知らず。ネーヴェは唯、瞼を閉じて想いをのせた。
　──元気にして、いますか？
「……きみに、さちあれ」
　唇から溢れだした小さな音は手の内の手巾にひかりを与えて。薄らと、少しづつ赤の双眸にひかりを含ませたネーヴェは、嗚呼、と言葉を漏らした。
　何処かであの人に、届いたような気がして。小さな掌の中にある手巾がただただ愛おしかった。
　君に幸あれ。そして、また何時か、いつの日か。貴方にもう一度、出逢えますように。

成否

成功

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第2章 第4節

「……お前たちの想い。たしかに、受け取った」