＜痛みの王国＞痛みの終わり

オープニング

●痛みの王国＜ペインフルキングダム＞
　それは、永遠の痛みを抱え続ける者、『カインドマン』だけが自由を許される国。
　それは、痛みを知らずに大人になった者、『デッドマン』が人並みに生きる事を許されない国。

　王が、そう定めたからだ。
　王に逆らった『デッドマン』は、絶対服従の『エース』へと改造されてしまう。
　あるいはその場で殺されて、無念と未練の死霊となって彷徨い続ける事になる。
　王が、そう定めたからだ。
　痛みを知る人は善き人で。王の傷の痛みに少しだけ近い王の民であると。
　痛みを知らぬ人は罪深く苦しむが、その苦しみが王の傷を癒やす王の民であると。

　――本当にそうだろうか。
　異邦人達は疑問に思い、王の心を改めようとした。
　痛みは、無い方が幸せである。それは誰より、王自身がわかっているのではないかと。

●結末へ
「間違った国ってさ、滅んでもいいのかな」
　境界案内人は、突然物騒な言葉で切り出した。
「その国がある事で、苦しむ人がいるなら。その国が無くなれば、解放されるなら。滅ぼされた方が人の為になる国って……あると思う？」
　イレギュラーズ達はどう答えたか。
　いずれにせよ、境界案内人はひとつの本の終盤あたりを開いていた。
「痛みの王国っていう、何度かイレギュラーズの皆に行ってもらった国があるんだけど。そこが戦争を仕掛けられたみたいなんだ。相手は隣国なんだけど、その軍を率いてるのが女将軍……『元・痛みの王国出身者』だっていうから驚きさ」
　更にこの女将軍は、痛みの王国民の解放を謳いながら彼らを味方に付け、王城へ攻め込む勢いだという。痛みの国王も『エース』達に対応させているが、如何に彼らが優れた魔力を与えられていようと、数と士気で勝る軍に敗色は濃厚だった。
「王様も、『エース』を束ねてる王女様も、不思議な能力を持ってるからね。もしかしたら、何とか切り抜けちゃうかも知れないけど。
　少なくとも女将軍は、王様をただでは済まさないんじゃないかな。処刑も有り得るかもね」
　それもまた、ひとつの結末としてはありだろう。これまで散々、『デッドマン』は元より、『カインドマン』も我が子に無理矢理痛みを覚えさせねばならなかったのだ。その生命の終わりを以てすれば、彼らの不平不満を収める事はできるだろう。
「それでもまあ、いいんだけど……実際にどうするかは、皆が納得する方向で決めていいよ」
　特に希望が無ければ、軍が攻め込んでくる前の謁見の間に皆を送るという案内人。そこでは痛みの国の王と王女が、残り少ない『エース』を従え軍を迎え撃つ準備を整えているという。
「いい結末を、期待してるよ」

●痛みの終わり
　城のあちらこちらで火の手があがっていた。国民のほとんどが、隣国の軍に協力しているという。『カインドマン』も『デッドマン』も区別なく合流しているというのだから、彼らの不満と女将軍の手腕は相当な物なのだろう。
『王を出せ！　王女を出せ！』
『私達は人間だ！　痛みを知らなくても人間でいていいんだ！』
『痛みが無い事は、怖い事じゃない！』
『王を出せ！　王女を出せ！　私達を解放しろ！』
　最後に彼らを迎え撃つべく、少年王は瓜二つの王女と共に謁見の間の玉座に座していた。
「おうさま、だいじょうぶだよ。もし、『エース』がひとりもいなくなっちゃっても、わたしがまもるから。わたしはぜったい、おうさまのみかただよ」
「……美しい女だったな、あの将軍。顔を見た」
　街を侵攻してくる軍の先頭に立っていた、美しい女将軍。
　忘れるはずも無かった。
　胸が、痛い。ひどく痛い。締め付けられるようだ。息もできなくなりそうな程の。
　――この国の始まりに追放した、あの娘に間違いなかった。
　傷つけたくなかったから、遠ざけたはずの。目を離せなかった娘だ。
「無垢だった娘は、民を煽る将軍となり。同じく無垢だった娘も、痛みを知って王に尽くそうとする……」
　――僕が守りたかったものは、何だったのだろう。
　傍らで警戒態勢を取る王女と、少し離れて扉を警戒する『エース』達を見て。少しの間だけ、そんな思考が過ぎった。

参加者 : 4 人

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参加者一覧（4人）

リプレイ

●答
　痛みの王国へ転移する直前、彼女は境界案内人の問い――『間違った国は滅んでいいのか』という内容に対して、簡潔に答えていた。
「わたしはイエスよ。わたしは間違っていない国も気に入らなければ潰すけど」
　『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル（p3p007440）。彼女にとって大事なのは、『彼女にとって』都合が良いか悪いか、それだけだ。
　これから向かう国も、国民の望みを阻むもの全てを排除してしまうのが手っ取り早いのだろうが――他の三人は平和的解決を望んでいるらしい。それを乱してまで我を通すよりは、依頼の完遂を優先させるのが今のメリーだ。
（見させてもらうわ。力に頼らず、言葉で収められるのか）

●問⇒王
　自分の考えは綺麗事なのかもしれない、という自覚はある。
　この状態で、怪我人が出ない方がいい――などと。
「痛みを知らぬ民を殺シ、民の痛みを食い物にしてきた王カ。そりゃア、民草にも積もり積もった物があるだろうヨ」
　『ホンノムシ』赤羽・大地（p3p004151）が言う事も十分に理解できる。
　それでも、幾度かこの世界に関わった者として。
「これは、この世界の人間が決めなければいけない事ですが。いきなり攻撃的では何も変わらないと思うのです」
　まずは、双方が落ち着いて言葉を交わせるように。それができるのは、第三者――部外者である自分達であるとも、『協調の白薔薇』ラクリマ・イース（p3p004247）は思うのだ。

　突如謁見の間に現れた四人のイレギュラーズに対し、王と王女は『エース』達に臨戦態勢を取らせたが、『初日吊り候補』セリア＝ファンベル（p3p004040）が対話を望むと一旦警戒を解いた。
「この国の事、聞いたわ。『痛みを知る人は善き人』……確かに痛みは大事よ。痛くなければ覚えないし、痛いから成長することだってあるし。人の痛みもわかるようになるかもしれない」
　今更そんな話を、と一笑に付そうとした王に、「でも！」と強く食い下がる。
「痛みだけじゃ駄目なのよ。あなたが強いた痛みだけの世界で、人は成長した？
　優しくなれた？　こんな痛みを紛らわすために誰かを差別し続ける人たち、優しい？」
　そして、彼女は問うた。

　――あなたは国民に成長してほしいの？
　――それとも。
　――自分の胸の痛みを分かって、慰めてほしいの？

●問⇒民
　王への問いの間にも、扉の向こうから足音が聞こえてくる。
「俺は向こうへ回るよ」
「わたしも一応行くわ。何かあったら面倒だし」
　『大地』が向かう扉の先へ、メリーが同行する。あくまで自分は『力』での保険である姿勢を崩さないままではあるが、彼はそれを良しとした。

　『大地』は謁見の間の外に出るとすぐに扉を閉めた。国民達はこれまで退けてきた警備の『エース』以外の人間が出てきた事にどよめく。
「お前達は……この国の民か」
「この国どころカ、この世界の人間じゃねぇんだよなァ」
　女将軍の問いにさらりと返し、一瞬ニタリと笑う『赤羽』。訝しむ彼女の前で、彼は『大地』として国民達に問いかけた。
「『カインドマン』は生きるために愛すべき人を傷つけねばならず、『デッドマン』は祖国に亡き者として扱われてきた。立場は違えど、王に怒りを抱くのも当然だろう」
　『大地』の言葉に、そうだそうだと、揃った声が返ってくる。
「だけど一つ、気掛かりなことがある――王は『痛みを知らぬ民は、この国に不要だ』と言っタ。そしてあんた達ハ、『痛みを知らぬ王は、この国に不要』と言う訳ダ」
　話しながら、人格は『大地』から『赤羽』へ。そして彼は肩を竦め、また笑うのだ。
「……おヤ？　不思議だなァ。これはあんた達の嫌う王の振る舞いそのものじゃねぇノ？」
「王が痛みを知っていようがいまいが、関係ない。王の存在自体が間違っているのだから。我らの望みは王と王女の断罪のみ」
　静かに『赤羽』を睨みつけながら殺気を隠そうともしない女将軍に、メリーはいつでも威嚇の術を放てる体勢を整えていた。『赤羽』は上げていた口角を下ろして、再び『大地』として語る。
「王や、それに与する者を許せとは言わない。けれど、彼等を虐げ傷つけたら、憎しみの連鎖が続くだけじゃないのか？」
「王に味方するものを滅ぼし尽くせば良いだろう」
「……ま、確かに死人に口は無ぇがナ」
　しかし、あまりにも余地のない意志は時として次の『民の痛みが分からぬ王』を生む事にもなる――と、一抹の懸念を覚えながら。『大地』から入れ替わった『赤羽』は少しだけ譲歩した。
「だガ、王の口があるうち二、本音ヤ、こんな国になっちまった理由くらいは聞いてやレ。死んじまったラ、誰も何モ、真実を聞けなくなっちまうからなァ」
　「尤モ、俺のような死霊術師なら話は別だがナ！」と、ケラケラ笑って付け加える。彼らが革命という形で不満を爆発させ王へ伝えたように、王からの言葉を聞いてやってもいいのではと。『赤羽』は女将軍と国民達に視線を合わせた。

●王⇒答
　謁見の間の扉は、静かに開けられた。警戒に当たる『エース』達も危害を加える事はない。
（このまま、最後まで平和に進むのかしら？）
　『大地』と共に部屋へ戻ってきたメリーは、楽観半分、懐疑半分で見ていた。国民達は目立った暴動は起こさなかったが、憎悪の対象を実際に目にすればどうなるか。
　様々な思惑が渦巻く中、イレギュラーズ達は国民と王の対話を見守る。
「言い残す事はあるか」
　女将軍は、王を殺す前提でいた。王を守ろうと、王女と『エース』達が構え出すのを、王が制する。

　少年王は、思い出していた。部屋の外での説得が行われていた間、自らもイレギュラーズから受けた言葉を。

　＊

「セリアさんの言うように、人は痛みから成長する事もあります。俺も昔、大切な人を亡くしました。今も心にその後悔や悲しみ、苦しみ、沢山の痛みがあります」
　それは、ラクリマの心に刻まれた消えない痛み。喪われた右目と合わせて、彼はこの世界では間違いなく『カインドマン』に類される存在だろう。
「ですが、それで得られたのは、絶望が大きかったのです……何度も何度も後を追おう。そばに行けたらと、そんな事ばかり考えていました」
　痛みを知った所で、必ず善い人間――心の強い、優しい存在になれるわけではない。その痛みの為に絶望し、道を外してしまう事もある。
　その証左に、己は今の形でここに在るのだから。
「痛みは、人の善し悪しを決める物では無いのですよ」
「それとも、その善し悪しは……『あなたにとっての』善し悪しなの？」
　セリアが再び尋ねる。王が痛みを強いたのは、国民の成長の為なのか、自身の痛みを慰めて欲しかった為なのか。
「どっちも大事だけど、区別はつけないと。あなたも含めてみんな不幸になる」
「その結果が、現状だ。もう何も言うな」
「いいえ」
　既に諦めていた王をセリアが否定した時、王はセリアに振り返った。
「どれだけあなたが国民に痛みを与えたって、あなたの胸の痛みを察して理解してくれる事なんてないわ。痛ければ痛いほど、みんな自分の事しか考えられなくなるんだから」
　だから、国民は王に優しくなれなかったという。真の意味で、王の思う『善き人』とはなっていなかったはずだ、と。
「痛ければ、痛いから助けてって自分から言わないと駄目よ。世の中にはいくら痛いって訴えても聞いてもらえない人はたくさんいる。けど、あなたの立場なら耳を貸してくれる人だってたくさんいたでしょ？」
「言えば、助けてくれたのか？　他の者は痛みを除いてなどくれない、だから皆痛みを知れば良いと、」
「取り除けなくても、許して貰えなくても。あなたも痛くて、助けて欲しいんだって知る事はできるよ」
　その痛み――孤独か、恋心か、わからないけど。
　今からでも、謝っちゃいなさい。

　＊

　――こうしている今でさえ、爆ぜそうな程胸が痛いのに。この痛みの名は、そうなのか。

　少年王は己の胸に手を当てて、口を開いた。
「逢えて、よかった。民を頼む。……すまなかった」
　あまりにも無抵抗で、微笑さえ浮かべる王に戸惑いを隠せない女将軍。
「すまなかった、で済むかぁぁ！！」
「だめ、おうさま！！」
　一方で、ついに民の一人が武器を手に王へと迫る。王を庇おうと王女が身を翻すが、民の刃は王女へ届く事なく床へ落ちる。メリーの威嚇術だ。
「殺したければわたしがやってあげるわ。その方が誰も罪を感じないでしょ？」
「だガ、その前に語るべき事は語ってくれヨ？　王様」
　国民に痛みを与え続けた王の務めを果たせ、と。『赤羽』がこの国の真実を話すよう求めると、王はいくらか逡巡した後に語った。
　全ては、名のわからぬ己の痛みの為。目の前の女の為。

　痛みの名は――『恋』だった。

●民⇒答
　王の恋のために、多くの命が失われた。多くの痛みが生まれた。幾許かの同情はあっても、到底許されるものではない。
　民が王への罰として望んだのは、『処刑』だった。命の罪は、命を以てのみ贖われる、と。
　当日、処刑の執行人に名乗り出たメリーだったが――処刑台に連行されてきた『王』と目が合った時、違和感を覚えた。
　だが、それも一瞬の事。
（わたしが執行人でよかったわね）
　他の誰かならきっと、躊躇うか、怒り狂ったかも知れないから。
　一切の迷いなく、その小さな体を雷で打ち砕いた。

　因果の果てに、消えない痛みを新たに刻みつけられた少年がいる。
　彼と瓜二つだった少女はもういない。彼女が笑って、それを望んだからだ。
「どうか……生きて欲しい。彼女の為にも。この国が確かに変わっていく様を、見届けて欲しい」
　高台から、処刑台に下った雷の方向を見つめている少年に、『大地』は静かに言葉をかけた。

　雷鳴を祝砲とするかのように、解放の喜びに沸く民。
　『生きているはずのない人』となった少年の背に、ラクリマの歌が響いていた。

成否

成功

状態異常

なし