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シナリオ詳細

<溺れる魚>深海暴食フィーディング

完了

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●溺れる魚と進む導(しるべ)
 境界図書館の端の方の席で『境界案内人』神郷 蒼矢(しんごう あおや)が頬杖をつき、ぼうっとしている。
 心ここにあらずといった調子の彼に特異運命座標が声をかけると、彼は力なく笑って肩を丸めた。
「ありがとう。ごめん……気を遣わせちゃったね」
 いつもはいい意味で何も考えていなさそうな笑顔の陽キャの癖に、今日はなんだかしおらしい。
 招集された特異運命座標は不穏な空気を察しつつ、促されるまま席についた。

「回りくどい言い方は苦手だから、率直に話そう。赤斗が行方不明なんだ」

 赤斗というのは蒼矢と同じ身体を共有している『境界案内人』神郷 赤斗(しんごう あかと)の事だ。
 仕事人間の彼が、案内人としての責務を放って何処かに消えるのは、彼を知る者であれば疑わしいと思うだろう。
 失踪の理由を聞かれると、蒼矢は一冊の本を取り出した。
 夜空に大きな満月がたゆたう常夜の世界《深海シティ》。
 水もないのに魚たちが街中に生息し、悠々と泳いでいる不思議な異世界。

「もしも皆が、今まで生きてきた中で"悔いている過去"があるとして。
ーーそれをやり直せるとしたら、君はどうする?」

 これまで《深海シティ》で解決した依頼はふたつ。

 ひとつ。街中にある信号機を直す依頼。
 ふたつ。死んだ筈の人間を悲劇から救い出し、蘇らせる依頼。

 いずれも蒼矢と赤斗が境界案内人が"悔いている過去"を再現するような内容だったのだ。

「最初の依頼が終わって以降、赤斗は頻繁にこの《深海シティ》に顔を出していたみたいなんだ。
 不審に思った僕は2回目の依頼の終わりに、彼を押しのけて特異運命座標を迎えに行った。……赤斗のフリをしてね」

 違和感に気づく特異運命座標がいたものの、再現度は我ながら完璧だったと思う。
 しかしその時は、事件の裏で糸を引く者から何もアクションを起こされなかった。
 杞憂と思って気を緩めてしまったのは完全な落ち度だ。

「あの異世界はきっと、"溺れる魚"を待っている。
 記憶を抉るような疑似餌(わな)をぶら下げて、その世界に来訪した人間を虜にしてーーどうしてそんな事をするのか、僕には分からないけれど」

……と、ここまで話した後に蒼矢は眉間へ皺を寄せた。

「分かっている事はひとつ。"僕が"赤斗とこんな別れ方をするのは嫌だって事だ!」

ーー嗚呼。やっぱり僕は、考えながら喋るのは大の苦手だ。そういうのはアイツの仕事なんだから。

「赤斗が僕の事を嫌いなのは知ってるけどさ、同じ身体の同居人に対して一言も言わずに消えちゃうなんてヒドくない!?

 過去を忘れろとは言わないよ。でも……縋ったって、歩みを止めてしまうだけで何の解決にもならないじゃないか。
 だから頼むよ、特異運命座標。あの薄暗い異世界からーー赤斗を取り戻してきて!」

●溺れる魚と大鯨
「抜け出してもう3日か。蒼矢のヤツ、怒ってンだろなァ」
 一方その頃、噂の『境界案内人』神郷 赤斗はというとーー蒼矢が睨んでいた通り《深海シティ》で囚われていた。
 霊体のみの身体は弱るあまり希薄になり、今にも消えてしまいそうだ。

 これが数年前の自分だったら、とっくのとうに諦めてしまっていただろうと赤斗は思う。

 環境の変化、時間の変化。あらゆる変化に対応するのが億劫だ。叶うならば時間さえも止まったままでいて欲しい。
 光のささない深海であれば、静寂にのまれて溺れたって仕方がない。
ーー立ち止まる事に執着し続けていた筈なのに、こんな足掻き癖がついたのはきっと、特異運命座標の影響だ。

「終われねぇ、まだだ……まだやり残した事も、アイツらを連れて行きたい世界もいっぱいあんだよ。こんな所で消えてたまるか!」

 脱出を試み壁をよじ登ろうとする彼へ、ひどく穏やかな声が降る。

『まだ足掻いてるんだね。いい加減諦めてくれたら、俺も良心が痛まなくて済むんだけど』
「欠片でも良心が残ってんなら話し合おうじゃねェか、ノリキ」
『懲りないね。それは出来ない相談だよ。君はもう、鯨のお腹の中だから』

 かつてこの異世界で、特異運命座標が死の運命から救った青年ノリキ。
 その口元は悪魔が宿ったかのように歪にゆがんでいた。爽やかだと評されていた頃の面影はなくーー深海に濁り切った瞳を細めて笑う。

『嗚呼、可愛そうに。そこまで弱り切ってしまったらもう、元の世界に渡る力もないだろう?
 たまらないよね。魂の芯までどろっどろのグチャグチャになるまで胃液で溶かされてさぁ……混ざりあうんだよ。同じように食われていった人間達と』
「お前……」
『満たされないんだ。この世界の人間が"最後の一人"になるまで食い尽くしたのに、まだ足りない。
 ねぇ。赤斗を消化しきったらーー君の異世界に渡る力、俺も使えるようになるかな?』

 赤斗の返事を聞く前に、幻影を消してノリキは欠伸を噛み殺した。
 ビルの屋上から見上げた空は曇天で、雲の合間を縫うように大きな鯨が泳いでいる。

「そろそろ特異運命座標が来るかな、ピカ吉」
「あーん」
 心配そうに鳴くペットのチョウチンアンコウを撫でてやり、ノリキは「離れて」と一言告げて距離を置かせーー静かな声で呪いを唱える。

「彼等は嫌いなんだ。惑わそうにも意思が固いし、キラキラしていてさ。深海に届く光なんて、在りはしないのに」

 詠唱によって練り上げられた負の魔術は黒い魚の群れへと変わり、密集して人の姿をとる。
 フラつきながらも形を成していったソレは、赤斗にそっくりの姿をしていた。

「少しでも魂を齧れば、こんな事もできるんだ。本人によく似た"疑似餌"だろう?
 救いに来たはずの相手に殺されたら、彼等はどんな顔をしてくれるかな」

 この街で数々の奇跡を起こした特異運命座標。
 十年に一度の奇跡と呼ばれた鯨。
ーーひとつの街に奇跡はふたつも要らない。

「おいで。挑んで来るなら迎えようーーそのまま丸のみにしてあげる」

●海色の瞳に映る奇跡
 多くの家の灯りが消えている中で、ぽつりとひとつ小さな灯りがついている。
 安アパートのキッチンで完成品を眺めながら、この世界に残された唯一の人間ーータカヤは腕で額の汗をぬぐった。
「まーた食ってくれる奴もいないのに作りすぎちまったな」

 特異運命座標がノリキを事故から救って約一カ月。タカヤは再びパティシエの夢に向かって真っすぐ向き合っていた。シンクの上にはいかにも高級そうに飾り付けられた一口サイズのチョコレート達が所狭しと並んでいる。

「あーん……」
「ピカ吉は駄目だぞ。お前に変なモン食わせたらノリキに怒られるの俺なんだからな。ーーって、何でお前がここにいるんだ!?」

 事故が収束した後、ノリキと一緒に海外へ渡ったはずのピカ吉がここに居るというのは不思議なものだが……元々放浪癖のあるペットなのは知っているので、そこまで驚く事でもないかとついつい思ってしまうのだ。

 仕方ないなとピカ吉を抱えてタカヤが窓の外を見上げると、曇天の雲の切れ間から大きな尾ヒレがゆらめいていた。大鯨である。
「また来てるじゃん、奇跡の鯨」

 奇跡。その言葉に彼は、親しみを持ち始めていた。

「特異運命座標も来ねぇかなぁ。次会ったら驚かせてやるんだ、
 すっげー美味いスイーツをさ、腹いっぱい食わしてやってさ!」

NMコメント

●目標
 赤斗の救出
 ノリキ、影赤斗の討伐

●場所<深海シティ>
 夜空に大きな満月がたゆたう、常夜の世界です。
 文明レベルは練達に近く、街並みは私達の過ごす現代に近いです。
 特徴といえば、水もないのに魚たちが街中に生息し、悠々と泳いでいる事。

 十年に一度、鯨が奇跡を運んで回遊しに来る――という噂がありましたが、その正体は厄災を運ぶ暴食の怪物でした。
『巨大鯨プローディギウム』の体内で戦闘する事になりますが、酸性の消化液がそこかしこから滲み出ています。
 何かしら対策をもって向かうといいかもしれません。

●エネミー
 『プローディギウム分体』ノリキ
  ボスその1です。プローディギムが人間を惑わすために生み出した分体。
  姿は人間ですが母体と同等の力を持ち、特異運命座標の敵として立ちはだかります。
  遠距離~中距離へ戦闘フィールドの消化液を操り攻撃してきます。

 影赤斗(かげあかと)
  ボスその2です。ノリキが赤斗から吸い上げた負の感情を捏ねてつくり上げられたモンスター。
  赤斗とうり二つの姿をし、あたかも本物を装って特異運命座標に近づいてきます。
  歩行者用の信号機を模した長槍を武器に、近距離~中距離へ攻撃してきます。

●登場人物
『境界案内人』神郷 赤斗(しんごう あかと)
  神郷 蒼矢と同じ身体を共有していた境界案内人。異世界へ渡る力に目をつけられ、捕まってしまいました。
 『巨大鯨プローディギウム』の体内で消化されかけています。
 
『境界案内人』神郷 蒼矢(しんごう あおや)
  今回、特異運命座標に赤斗救出の依頼を出した境界案内人です。
  同行はしますが、基本的にプレイングで呼ばれなければ活躍しません。戦闘以外の事であれば協力してくれるでしょう。

 ピカ吉
  ノリキが飼っている飼いアンコウ。「あーん」や「あー」などのゆるーい鳴き声で鳴きます。
  ノリキも特異運命座標も心配のようです。プレイングで呼び出せば登場します。

 タカヤ
  深海シティ唯一の人間。海色の瞳を持つ青年。
  幼馴染のノリキが蘇ったと思い、パティシエの夢を追おうとひたむきに活動しています。
  鯨の秘密には気づいていませんが、プレイングで呼び出せば登場します。
  
●その他
 境界案内人と初めて会う事になる方も、<深海シティ>に初めて向かう方も大歓迎です。
 ぜひご参加戴ければ幸いです。

 それでは、よき深海の旅を!

  • <溺れる魚>深海暴食フィーディング完了
  • NM名芳董
  • 種別ライブノベル
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年04月04日 22時05分
  • 参加人数4/4人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧 (4人)

スー・リソライト(p3p006924)
猫のワルツ
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
ボーン・リッチモンド(p3p007860)
嗤う陽気な骨
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
しろがねのほむら

リプレイ


 子供の頃、小さな魚を飼っていた。

 別れは突然で、空になった水槽を抱えながら泣きじゃくる俺に「どうしたの?」と声をかけてくれたのがノリキだった。

 魚の行方は分からない。なのに不思議と安心感に包まれて、俺はその場でまた泣いた。

 それが二人のはじまり。

「へぇ~! ノリキさんは昔から面倒見よかったんだねっ!」
 タカヤの話に猫耳を興味深げに揺らしながら、『猫のワルツ』スー・リソライトが相槌をうつ。
 深海シティの巨大鯨『プローディギウム』の腹の中。赤斗を救おうと乗り込んでいったメンバーは、特異運命座標の他に、その世界の最後の人間タカヤとお供のピカ吉がいた。
『虹を齧って歩こう』ウィズィ ニャ ラァムの熱い願い故である。

「同行してもらってすみません。危険な依頼ではあるのですが、
 タカヤさんを蚊帳の外にして、私達だけで解決してはいけない気がして……」
 ぺち。タカヤに急なデコピンを喰らってウィズィが思わず額を押さえる。
「水臭ぇぞ。これでもアンタらを信じてるんだからな」

 世界に人間は自分だけ。ノリキが赤斗を喰らおうとしている。
 荒唐無稽な話でも彼の心にストンと落ちたのは、ウィズィと更にもう一人。『今は休ませて』冬宮・寒櫻院・睦月との信頼関係に他ならない。

「ダメですよ。僕がダメと言ったらダメなのです」
 普段の自己紹介も忘れるほどに睦月は怒っているようだ。
「何せ僕はかみさまなのです。本の中の儚い世界だろうと、知己へ害を加えることは許しません」
 言い切る彼の肩に、ぴとりとピカ吉が寄り添う。
「……ノリキさんを止めたいですか?」
「あーん!」
 止めたい。それでも無理はして欲しくない。ピカ吉にとって、睦月もまた大切な友達なのだ。
「ありがとう。私は大丈夫です」
 懐へとピカ吉を潜り込ませ、睦月は気持ちを切り替える。

「にしてもよぉ、赤斗の旦那が行方不明とか……一大事じゃねぇか」
「おわっ!?」
 突然暗がりに浮かび上がる髑髏にタカヤが驚くと、『嗤う陽気な骨』ボーン・リッチモンドはカラカラ陽気に笑った。
「カッカッカ! まだ慣れねぇか、タカキ!」
「タカヤだ! べっ、別にビビってねぇ!」
(あっ。これは完全にビビッてますね)
 ムキになって言い返すタカヤを見て糸目になるウィズィ。
 しかし和気藹々とした雰囲気は、一瞬にして壊された。行手に人の気配を感じ、それぞれが身構える。
「……皆?」
 しかし、耳に届いたのは聞きなれた声。探し人の赤斗そのものだった。
「思ってた以上に大事なさそうじゃねぇか」
「そりゃ、自力で逃げ出したからなァ」
 最初に赤斗へ歩み寄ったのはボーンだ。自然に話しながら――ちら、と後ろ手にサインを送る。
「心配したぜ、赤斗の旦那。これはバレンタインデーの時に奢ってもらった"恋信号"をまた作ってもらわねェとな?」
「私もっ!」
 赤斗の腕にスーが懐き、じっと上目遣いで見上げる。
「……ねぇ、赤斗さん。私また、カクテルの”恋信号”が飲みたいなぁ?」
 普段は元気ハツラツ104歳児が、舞台で見せるような大人の香を滲ませて迫るのだ。赤斗も頬を赤らめずにはいられない。
「も、勿論。あの時お前らいい飲みっぷりで――」
 言葉はそこで途切れた。睦月が神々しいほどの光をもって辺りを照らし、気を取られた赤斗の頬にボーンの拳が抉り込む。
「なんっ……」
「悪ィな旦那。"感知"しねぇもんだから俺とスーちゃんで試させて貰った」
 人助けセンサーにかからないのを見て、ボーンとスーはその場で話を合わせたのだ。2人ともバレンタインに赤斗と会ってはいるが、恋信号とは別のカクテルを飲んでいる。
「何だよ試すって。俺を信じてくれないのか?」
「信じろと言うのならーーねぇ、赤斗さん」
 ウィズィは問う。何度も顔を合わせていたからこそ感じる違和感。その歪みを確信に変えるために。
「最初にこの世界に案内してくださる前。赤斗さん――夜の街が、何に見えるって言いました?」
 彼女の真っすぐな瞳に、赤斗の目が揺らいだ。
「忘れるわけないですよね、あんな赤斗さんらしからぬ物言い
 正答できなかったら――偽者だ!!」
「さぁ、赤斗さんを助けにいくよっ!」
 先手を取ろうと動き出すスー。しかし、踏み出した後の違和感にすぐ気付いて身を翻した。

 ばしゃん!

 波を被るように頭上から降り注いだ消化液をケープで防ぎ、新たに表れた人物へと警戒するように尻尾をピンと張る。

「惜しいな。あと少しだったのに」
 睦月が見る限り、それは今まで通りのノリキだった。爽やかな笑顔と柔らかな声。それなのに。
「嗚呼、でも一人ずつ溶かした方が美味しい悲鳴を聞けるかな?」
 最早思考は相容れない。

「ノリキ!」
「抑えてください!」
 飛びかかろうとしたタカヤを睦月が制す。その様子に目もくれずノリキは続けた。
「勘違いしているようだけど、それは赤斗本人さ。彼の負の感情を固めた"影"だけど」
「負なら倒しても大丈夫だよね!」
 ノリキは言葉で惑わすつもりだ。それ以上はさせないと、スーが軽やかにステップを踏む。不敵な笑みを浮かべながら"踊りましょう?"と誘惑する供儀の花は、ノリキの目に美味そうに映り――。


 スーがノリキを引き付けている間に、残る三人は赤斗と対峙した。
「近づくな!」
 信号機を模した槍が拒絶の赤色を灯し、突き出される。重い一撃を骸の盾で受け止め、ボーンは眼窩の奥に怒りの炎を揺らめかせた。
「赤斗の旦那に手を出されてこっちはキレてるんだよ……覚悟してもらうぞ」
「その目だ」
「あ?」
 槍を一菱流の妙技をもって捌き、確実に敵を追い詰める。いや、追い詰めている筈だ。にも拘わらず相手の殺意は1ミリも揺らがない。
「うぜェんだよ。赤斗、赤斗って……。俺に構うんじゃねェ!」
「――ッ!?」
 赤斗の身体から発現した槍が、鋭くボーンを貫いた。突かれる勢いのまま吹き飛ばされ、傷ついたボーンを睦月が治癒符で癒しにかかる。
「大丈夫ですか、ボーンさん!」
「睦月ちゃんのおかげで大分マシだ」
 干渉を拒む影赤斗は、仕事以外で特異運命座標を避ける赤斗を体現したような存在だ。その上、傷ついたような顔で武器を振るうのだから、やり辛い事この上ない。
「ここは私が!」
 今、この一瞬。巨大テーブルナイフを"両手で持って"ウィズィは真っ直ぐ赤斗へ向かう。

‪‪──‬──‬立ち止まっている姿を見せたくない人がいる。
 胸に宿った恋の炎が、私を前に進ませる。
 けれど彼はその"逆"だ。失う事に怯え、誰も自分に近づけず――自らの心に赤信号を灯してしまった。
 この世界に溺れる魚。立ち止まってしまった人。

「さあ、Step on it!! 私が通ります。負の貴方さえも踏み越えて!!」
 その一太刀は大振り。されど偽物に避ける力はなく。
 ざく、と斬り払われた影は――「頼もしいな」と最後は笑い、泡のように弾けて消えた。


(あの攻撃が来る!)
 挑発し続けて数刻。ノリキは武器を手にしていない。彼の武器はこのフィールドーー巨大鯨の腹そのもの。ノリキの体と鯨の体がリンクしていて、彼が自らの腹を指で押せば、胃壁が凹み消化液が飛び散るのだ。
「――っ!」
 何度も消化液を受けたケープは既に穴あき、最早防護の意味を成さない。
「諦めが悪いなぁ」
「明けない夜が無いように、諦めないなら――希望は絶対に、訪れるんだから!
 たとえそれが深海の底でも、鯨のお腹の中でもね!」
 まだ踊れる。まだ戦える!
 トランスで極限まで自分の力を引き出し、ボロボロになりながらも舞うスー。その足元がフラついて、バランスを崩した刹那。
「待たせたな!」
 暗がりからゆらりとノリキの死角をとり、ボーンが剣魔双撃を放った。
「な、ッ……!?」
 倒れ込むノリキに毒蛇が絡みつく。差し向けた睦月は間髪入れず衝術で吹き飛ばし。場を掌握するような技をまた出す前にと、指輪をはめた手を向ける。

「……なにか言うことはありませんかタカヤさん?」
 せめて、とどめを刺す前に。
 睦月なりの優しさに、タカヤはぎゅっと胸を押さえた。
「ノリキ。ごめんな」
「は? 何言ってんの、騙されてたのはタカヤの方だよ?」
 なのに"ごめん"だなんて。そういう愚直な所が心配だから、君を守るために沢山食べて、大きく立派になろうって。
 あの水槽から抜け出して――暴食のままに、本来の目的すらも忘れていたのに。

「さよなら、親友」

 呪殺の一撃が決定打となり、ノリキの身体は泡となって――全て消えた。

 足場の巨大鯨ごと。

「って、そんなにアッサリ消えます――!?」

 いきなり空中に放り出されて叫ぶウィズィ。自由落下に悲鳴を上げる一同だったが、それぞれの身体をぽふっと柔らかいものが受け止める。
「これは……泡、でしょうか」
「あーん!」
 大きな泡に包まれながら睦月が不思議そうに呟くと、ピカ吉がお決まりのドヤ顔をした。どうやら彼の力らしい。
「ピカ吉さんは、赤斗さんも助けてくれたのかなっ?」
 辺りに浮かぶ泡のサイズは大小様々だが、人の姿は自分達だけだ。猫耳をしょげさせるスー。
『そんな顔するなよ、声かけづらいだろォ?』
 泣きそうな顔をする彼女に降ってきた声は、聴き馴染みのある声だった。
「赤斗さんっ!」
『おう』
 手のひらサイズの赤い人魂が、ふよふよと特異運命座標のまわりを漂う。
 姿は違えど、今度は本物の神郷 赤斗だ!
「蒼矢も待ってるし帰ろうぜ! 礼は今度カクテル奢れよ」
『それで済むなら構わねェさ。
 ……信じてたぜ、皆。助けに来てくれてありがとう』

 一層赤く光って照れる人魂を、5人と1匹は迎え入れ。
 その夜、彼らは光の海を見た。
 泡の中から見える夜景と、泳ぐ色とりどりの魚達。
 ボーンの奏でるヴァイオリンが景色の美しさを引き立てて――。


 その世界はきっと、また貴方が訪れるのを待っている。
 今度は溺れないように、深海のように静かで深い愛をもって。

成否

成功

状態異常

なし

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