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シナリオ詳細

<バーティング・サインポスト>青き雫醒める時

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●
 パライバ・トルマリンの潮風と揺れる水面。
 陽光は降り注ぎ、海の上を跳ねた。

 遠く。微かに。甲板を駆ける靴底の音が聞こえる――
 懐かしい匂い。
 陽と潮風に焼けた甲板と、弾薬の残り香。
 残響は剣の摩擦。怒号と、仲間の断末魔。
 食いちぎられた、右足と、左目が疼いた。

 毎日週末亭の『看板娘』ヨナ・ウェンズデーはサックス・ブルーの瞳を窓の外に向ける。
 女王の大号令と共に絶望の青へと突き進む『戦友』達を幾度見送っただろう。
 この右足が健在ならば、誰よりも速く敵に追い着けるのに。
 この左目が健在ならば、誰よりも早く敵を撃ち抜けるのに。
 自分を信じて着いてきた期待の眼差し。そして、無残に散った仲間の命。
 責任は。この身にあって。
 憎悪と未練は募るばかり。

「よお、お嬢ちゃん。駆けつけ一杯こっちに!」
「はーい!」
 思考の海から這い上がり、元気よく返事をするヨナ。
 左目に眼帯をした女の右足は膝から下が無く、代わりに特注の義足が嵌められていた。
「ワイズ・ラガー大ジョッキお待ちどうさま!」
 ドンとテーブルに置かれたビール。黄金に小さな気泡が上がって美味そうだ。
 男はジョッキを手に取り、ごくごくと喉の奥へ流し込む。
 独特の苦味と切れのある炭酸が味わい深い。

 一気にビールを飲み干した男はテーブルの前に佇んだままのヨナを見上げた。
「青鰭がこんな湿気た店で給仕とはねえ」
 目の前に居るのは『赤髭王』バルバロッサ。
 かつて、ヨナが『青鰭帝』オーディンと呼ばれていた頃のライバル。
「……お客サン人違いじゃあないの? アタシはこの毎日週末亭の看板娘よ。若いのにボケちゃった?」
 挨拶代わりの言葉の応酬。

 ヨナが未練を押し殺し。
 努力して。
 諦めに似た境地で。
 たどり着いた居場所を。

 貶しに来たのかとヨナの瞳に苛立ちが混ざる。
「湿気た面しやがって。船を降りて心身ともに『か弱いお嬢ちゃん』になっちまったのか?」
 バルバロッサの黄金の瞳は挑戦的。何度も剣を交えた好敵手。
 青鰭と赤髭が海上で相見えれば激しい闘いが繰り広げられる。心躍る剣戟にお互い酔いしれた。
 そんな相手からの失望の科白。
「……はいはい。お客サン。こんな昼間っから、絡まないでよ。それとも、デートのお誘いかしら?」
「あー、まあ……そうだ。デートの誘いだ。ちょっと付き合ってくれよ。お嬢ちゃん」
 この居場所を守りたいという思いが伝わったのか、バルバロッサはヨナを外へと連れ出す。

 ――――
 ――

「外は冷えますから、こちらをどうぞ」
 店の外で待ち受けていたのは美しい顔をした青年。
「アンタは確か……バルバロッサの所のローレンスだったね」
「ええ。お久しぶりです。オーディン。お綺麗になられましたね」
 ヨナの肩にローレンスのコートが掛けられる。
 前を歩くバルバロッサに続く形で二人は店の前から離れた。

 桟橋に停泊している船が幾重にも並び、荷を運ぶ船員達が慌ただしく駆けていく。
 陽光は日に日に温かさを増して行くけれど、まだ少し冬の風が吹いていた。
「なあ。青いの。もう、戻らねえのか?」
 水兵達の喧騒に混じってバルバロッサの声が耳に届く。
「こんな成りだしねえ」
 サックス・ブルーの視線を落として、ヨナは答えた。
「関係ねえだろ」
「あるさ」
 言い訳を剥がさないでほしい。未練を暴かないでほしい。
 誰よりも海の上が好きだった猛きオーディンを呼び覚まさないでほしい。
「……チっ。湿気た面すんなよ。俺は回りくどい言い方は好かねえからな。単刀直入に言う」
 バルバロッサの黄金の瞳が真っ直ぐヨナを見つめる。

「アイツが現れた。お前をこんな風にした。『海狼』だ」
「な、何だって!? 最近は影も形も無かっただろ? 強いヤツがどんどん入って来て倒されたんじゃないのかい?」
 自分の右足を食った怪物の情報は、できる限り集めていた。
 誰かに倒されるならば、散った命も報われると信じていたから。
「ああ、負傷した『海狼』は逃げ込んだのさ。グレイスヌレより先の。絶望の青に」
 賢い怪物が思考する事も出来ない程、命の危機に遭った。死に物狂いで辺りのモンスターを喰らい、怨嗟をため込んだのだろう。
「アイツはもう『海狼』なんて可愛いもんじゃねえ。言うなれば『ヴァナルガンド』だ」
 何処かの世界で語られた神喰らいの獣。
 弱さという鎖から解き放たれようとする今。この機会を逃せば、強さを増して手に負えなくなる恐れもあるだろう。悠長に構えている時間は残されていない。

「俺は、お前と戦ってる時が楽しかったんだ。強いお前と」
 冷たい海風が三人の間を流れる。
 バルバロッサは己のコートをローレンスに被せてヨナに向き直った。
「この先。俺もお前もどうなるかわからねえ。自分の未練を晴らせる時はもう来ないかもしれねえ」
 掴みかけた可能性を離すなと力強い視線がヨナを射貫く。
 ヨナはぐっとエプロンの端を握りしめた。
 喉の奥が乾いて、言葉が引っかかる。

 弱くなった自分が。それを望んでもいいのだろうか。
 散って行った仲間は。それを望んでいるのだろうか。

「アタシは――」


●
「よう。お前ら。この前ぶりだな!」
 毎日週末亭に豪快な男の声が響く。
 黄金の瞳に赤い髪と髭。『赤髭王』バルバロッサの声だ。彼の横には『右腕』ローレンスが控えている。
「呼びつけたのは、他でもねえ。例の橋頭堡の話だ」
「橋頭堡……アクエリアか」
「おお、知ってたか。やっぱり、ローレットの情報屋はすげえな。んで、まあそこへ乗り込もうって話よ」
 なるほど、分りやすいとイレギュラーズは頷いた。

 絶望の青へと走り出した王国の受難。局地嵐(サプライズ)、狂王種(ブルータイラント)にドレイク。
 自身や仲間を蝕む廃滅病(呪い)は絶望の青の支配者・冠位嫉妬アルバニアの権能という情報。
 このまま突き進み、アルバニアを倒さなければ目の前で仲間を失う事になりかねない。
 その足がかりとなる大きな島が見つかったと知らされたのは記憶に新しいだろう。
 多数の魔種と狂王種が確認されたその島『アクエリア』を攻略するのが今回の目的だ。

「俺達の相手は『ヴァナルガンド』っつう、でかい魔狼だ。狂王種ってやつだな」
 水の上を自由に走り回り、襲いかかってくる。
 近くには幼体と思わしき小さい狼の存在も確認されていた。
「アイツも生きるために、子を守るために必死なんだろう。だがな、俺達にも守るべきヤツらがいる。放置すればやがてこの街だってヤツに飲み込まれるかもしれねえ」
 どちらが生存するか。弱い者が死に。強い者が生き残る。単純だからこそ難しい。
「まあ、俺は強いヤツと戦うのが楽しいんだが……やってくれるか? イレギュラーズ」
「もちろんだ」
 その声を受けて、ニカっとバルバロッサは笑顔を向ける。

 ――――
 ――

 桟橋に出たバルバロッサとイレギュラーズはアルセリア号の前に集まった。
 赤髭に続いて乗り込もうとするイレギュラーズを男は制する。
「お前らの乗る船はこっちじゃねえんだ」
「どういう……」
 ギシギシと木の擦れる音がした。
 パライバトルマリンの水面を割って。桟橋に近づいてくる一隻の船。
 使い古された船体。けれど、丁寧に修復され大切に使われて来たことがわかる。
 白い帆とマストの先端が太陽の影になってキラリと光った。

「またせたなァ!」
 コバルトのコートが空に広がる。
 バサバサと風を受けて翻った。
 カツンと独特の着地音で桟橋に降り立つ影。
 サックス・ブルーの瞳が強い眼差しをイレギュラーズに向ける。

「準備はいいか! 野郎共!」
「オオ!」

「この『青鰭帝』オーディンに続け! 出航だ――!!!!」
「「「オオォォッ――!!!!」」」


●
「お前その痣どうしたんだ?」
 ローレンスの白い背に紫色の痣が広がっていた。以前はそんなもの無かったのに。見覚えの無いソレ。
「……何でもありませんよ」
 興味の無さそうな表情は。悟らせない為の仮面。それを見抜けないほどバルバロッサは愚かではない。
「おい! ローレンス!」
 引き寄せて、背中の痣に視線を落とす。
 縮こまる身体が怒られる事を恐れる子供のようで。
「くそっ!」
「ごめんなさい」
「お前のせいじゃねえだろ」
 青年の背中に広がるのは『アルバニアの首輪』。滅びの呪い。廃滅病。
 絶望の青に到達した者ならば誰でも発症しうる可能性がある鎖。
 ローレンスが罹ったということは、バルバロッサとていつ発症してもおかしくは無い。
 青年の頭をくしゃりと撫でて、落ちる涙を掬い上げた。

「いよいよ俺達も覚悟を決めるときが来たんだろうな」
 絶望の青を突き進む理由。
 娘(アルセリア)との誓いだけじゃ足りない。
 支えてくれる仲間との約束だけじゃ足りない。
 また、失いたくない。
 大切な存在が、手の中から消えて行くのは、もう、御免だ。
「ローレンス、心配するな。俺が必ず――」
 胸に抱いた赤き炎を燃やす時は、きっとこの瞬間なのだから。

 だから。
 だから。
 前へ――


GMコメント

 もみじです。いよいよ絶望の青への航海が始まります。

●ロケーション
 アクエリア島を望む海上での戦闘です。

 敵は狂王種とその配下です。
 自船と友軍船の合わせて三隻で挑みます。

●作戦
 弧を描く三隻が、ありったけの砲撃をぶち込みます。
 巨大な狂王種に対して、船と船をぶつけ合う接舷攻撃よろしく白兵戦闘を仕掛け、撃破する作戦です。

 つまり皆さんは普通に戦うということだ!

 成功目標は作戦は撃退となっており、追い払えば勝利です。
 あくまで橋頭堡アクエリアの確保が第一なのです。

●船
 自船『スレイプニル号』
 自称海洋王国客員提督! ヨナ・ウェンズデーが所有する船です。
 年代物のジーベック船ですが、非常に堅牢。
 イレギュラーズが搭乗する旗艦です。
 撃った後で接近する係その1。

 友軍『アルセリア号』
 海賊バルバロッサ率いるジーベック船。
 ヨナの指揮下にあります。
 撃った後で接近する係その2。
 乗りたければこっちに分かれて乗ってもいいです。皆さんの作戦次第。
 操舵手トニーや料理長モリモト、ネコのエリザベスももちろん乗っています。

 友軍『サンタ・エルミニア号』
 海洋王国の正規船です。ガレオン船。
 ヨナの指揮下にあります。
 イレギュラーズの手前、しぶしぶといった所ですが。それはさておき。
 撃った後は、いい感じの砲撃を継続してサポートしてくれます。

●敵
『ヴァナルガンド』×1
 ヨナの身体の一部を奪った怪物です。とうとう狂王種になってしまうとは!
 船ほどの巨体である上、おそるべきことに多少の『俊敏さ』を兼ね備えています。
 耐久力と攻撃力がとんでもないのは、言うまでもないでしょう。

 フレーバーですが、実際のところ『乗れるほどの大きさ』なので。
 プレイングではどんな風にかっこよく戦ってやろうとか。
 そういった辺りも考えておくと色々捗るかと思います。

・アイシクルクロウ(A):物近列、凍結、流血
・ミュラッカ(A):神超遠域、氷結
・ヴォーテクスクライ(A):神中扇、麻痺
・デバウアー(A):物至範、HA吸収、ブレイク、必殺
・レイヴナス(P):通常攻撃HA吸収
・ヨークルフロイプ(P):四つ足は波すら凍らせ駆け抜ける。
 ※海の上に巨大な氷が沢山出来ますので上手くやれば足場にも。
・神喰らい(P):???

『海狼』×無数!
 毎ターン、数匹ずつ甲板に飛び移り襲ってきます。
 速やかに撃破しなければ大変なことになるでしょう。
 至近距離での爪や牙、中距離単体の神秘攻撃を行ってきます。
 ヴァナルガンドを撃退すれば、同時に撤退します。

●味方NPC
『黄昏の青鰭』ヨナ・ウェンズデー
 毎日週末亭の看板娘。
 ウィーク海賊団の元船長で、かつては『青鰭帝』オーディンと呼ばれていました。
 海狼に身体の一部を奪われ海賊を引退していますが、今回は参戦します。
 引退してからも密かに鍛錬を積み重ねていた為、強いです。
 自船を使ったアクロバティックな戦術と剣技は、全盛期に劣るものの苛烈に敵を襲撃します。
 アーリア・スピリッツ (p3p004400)さんの関係者です。

『赤髭王』バルバロッサ
 精悍な顔立ちに赤い髭。傷だらけの身体は筋肉隆々です。
 強い者に戦いを挑み続けています。
 性格は豪快豪傑。気さくでお茶目ですが、戦いとあらば容赦はしません。
 仲間は大切にします。特にローレンスは血を分けた家族同等の扱いです。
 本名はブレイブ・クラウン。
 遠近範囲を兼ね備えたトータルファイターです。
 剣の達人ですが、ピストルを携行しており、爆弾を投げるなどトリッキーな動きをします。


『赤髭王の右腕』ローレンス
 バルバロッサの副官。美しい顔立ちの青年。
 海難事故でバルバロッサに拾われ、忠義を尽くしています。
 バルバロッサに命の危険が及んだ際は身を挺して庇います。
 遠近範囲を兼ね備えたトータルファイターです。
 バルバロッサ譲りの戦闘スタイルですが、能力値は劣ります。多少の回復魔法が使えます。

『他友軍』×多数
 適当にわちゃわちゃと。皆さんをしっかりサポートしてくれます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はB-です。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
 
●重要な備考
<バーティング・サインポスト>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。

  • <バーティング・サインポスト>青き雫醒める時Lv:18以上完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年03月18日 23時30分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

十夜 縁(p3p000099)
結んだ縁
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)
自称未来人
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
この手が動くうちに
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年

リプレイ

●
 ゆらゆらと揺蕩う水面。
 光はパライバトルマリンに折り重なり流れていく。
 蒼穹の空を見上げれば、薄く三日月が見えた。

 苛烈なる陽光に圧倒される残月に、儚く笑う月の君を重ねる。
 追いかけるように手を伸ばした『濁りの蒼海』十夜 縁(p3p000099)は、波の音に視線を落とした。
「守るべきやつ、か」
 水底に落ちて行く言葉。
 己のしたことは取り返しのつかないものだ。怠惰の罰定は全てを無にしようとした。
 だから『彼女』が望むならば深い海の底に引きずり込まれても構わないと。
 そう、思っていたのに――
 月夜の丸窓に紅い唇が紡ぐ言葉。
 金に優光讃える月の君に嵌められた『嫉妬の首輪』を見たとき、新たな未練が生じた。
 白い肌に広がる毒を。死の兆しを。解かねばならぬと心が揺れたのだ。
 濁っていた泥の瞳に『彼女』の優しい月光が差したから。
 そのためならば。どんな無茶であろうと。足掻いてやろう。
 安心して、別つために。

「まさかヨナちゃんが名の知れた海賊だったなんてねぇ……」
「今はこんなだけどねえ」
 義足を上げた『黄昏の青鰭』ヨナ・ウェンズデーに『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は微笑みを返す。
 海風にアーリアのライラックの髪が揺れた。
「でもまぁ、貴女が何だろうと私の友達なことは変わらないもの」
 毎日週末亭に行けば、彼女の笑顔が迎えてくれる。
 寛容で懐が深くて、無為に深酒をすれば叱ってくれる。
 そんな懸替えのない友の過去に驚きこそすれ、胸に灯る親愛は不変。
「因縁の相手を討って、祝杯といきましょ!」
 陽気に努めて明るく振る舞うアーリアに、ヨナも笑顔を取り戻す。
「ああ、そうだね!」
 この友人を自分の復讐の為に喚んだこと。後悔が無いなんて嘘になる。
 けれど。アーリアだからこそ、全てを曝け出しても受入れてくれると確信もしていた。
 彼女が示してくれた言葉にどれ程ヨナの心は救われただろう。
「赤髭さん達二人とも、いいお酒が飲めそうだものね?」
「おおー、アーリア嬢ちゃんが一緒に飲んでくれるなら目の保養にならあな!」
 快活に笑う『赤髭王』バルバロッサと彼の左脇腹に手刀を突き入れる『赤髭王の右腕』ローレンス。
 二人は戦場がスレイプニル号になるならばと、こちらの船に移って来たのだ。

「ヨナさんとバルバロッサさん……海賊、なんすよね」
 四人の後ろ。遠慮がちに声を掛けるのは『蛸髭 Jr.』プラック・クラケーン(p3p006804)だ。
 世代的には自分の『糞親父』と一緒なのだろうかと期待の眼差しが向けられる。
 母から父親の英雄譚を聞かされ目を輝かせた幼少時代。
 父のように格好いい海賊になりたいと純粋な心で願った。
 しかし、成長するにつれて。
 帰ってこない父と寂しさを押し込めた微笑みを浮かべる母の姿がプラックの心を苛んだ。
 憧れたからこそ。相反する憎しみは膨らむ。
 母を苦しめる父親は『嫌い』で。魔種に成り果てた彼は『憎悪』の対象であった。
 だからこそ。知りたいと思うのだ。本当に糞であれば安心できる。憎悪を肯定できる。それが出来ないのはプラックの心に正義があるから。英雄譚に憧れた清い心を未だに持ち続けているから。
「あ、あの……」
「ん? どうした、坊主」
 
 静かな波間に突如、けたたましい鐘が打ち鳴らされる。
「水平線に敵影確認! 砲郭を全門開け!」
 緊張が走った。
 一斉に船員が動き出す。
 プラックは紡ぎ掛けた言葉を飲み込んで水平線を見据えた。
 今は目の前の相手に集中する時なのだから。

「アーリアさんのご友人は良い方ばかりだな」
「あぁ、皆仲間を思える素敵な人たちだ」
 戦闘準備は万全。マストは風を受け。船体から櫂を漕ぐ男達のかけ声が聞こえる。
 コバルト・ブルーのマントが海から吹き上げる風にはためいた。
『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は隣に立つ『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)の指先に触れる。
 この先。リゲルは白い鎧を赤に染めるだろう。これはそういう戦い。死と隣り合わせの激闘だ。
 けれど憂いはしない。
 誰よりも背中を任せられる相手が居る事が頼もしい。
 リゲルが知るポテト=アークライトという存在は、気高く美しく慈愛に満ちている。
 それでいて、戦闘において己の役割を的確に把握していた。
 たとえ愛する者だからといって優先的に回復を施さない。平等さ。
 戦場を見渡す戦略眼は最も信頼の置けるものだろう。
 だからこそ。リゲルは迷い無く剣を振るえるのだ。
「彼らの為にもヴァナルガンドを倒し、アルバニアも倒して廃滅病を治そう」
「ああ。そうだな」
 指先が絡みしっかりと握り込まれる。お互いの存在を確かめる様に。誓いを立てるように。
「行くぞ、ポテト!」
「背中と回復は任せてくれ」
 自分の力の最大限を尽くし。支えるから。
 だから。
 敵を打ち倒してほしい。
 願いは、パライバトルマリンの水面に揺れる――

「あらあら、あらあらあら?」
 マストの上。帆を支える柱に座って『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は微笑んだ。
 潮風と共に香るのは良質な物語の気配。
 手元の本を開く。ある世界の神話が書かれた頁を捲る。
 なぞらえた配役と道筋は正しく繋がっていた。
「このまま進めばオーディンはヴァナルガンドに食べられてしまいますね」
 神々の黄昏は滅亡をもたらす。
 人から神(オーディン)へと舞い戻った女は獣に喰い尽くされてしまうのだろうか。
 因縁と心情が絡み合う物語。
 四音が本を閉じればダークヴァイオレットの霧となって霧散した。
「ああ。楽しみですね」
 シャレイ・ブルーの空には残月が白く光り。
 きっと素敵な物語が紡がれるのだろうと。四音の表情は歓喜に満ちていた。

 ――――
 ――

「全砲門、撃てぇええええええ!!!!」

 戦端は開かれ、爆音と共に集中砲火が始まる。
「さて、海を走る狼とは……」
 目の前の巨大なヴァナルガンドに『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)はピオニー・パープルの瞳を向けた。
「まったく、この海は新しい驚きに満ち溢れているね」
 爛々と輝く瞳は未知との遭遇に喜びの色を示す。
 この戦場の誰よりも知識(じょうほう)を読み解くのが好きな彼女は、神話の獣に心躍らせていた。
 とある世界の神話に準えたピース。何処が欠けて。何処が違うのか。
 四肢を動かせぬ程の死病に侵されていたからこそ、未知への欲求は膨大になった。
 吸収してもし尽くせない、この混沌世界をゼフィラは楽しいと思っていた。
 未だ身を苛む病はあれど。
 それでも、笑顔を絶やさない。
「では……全力で攻略させてもらうとしようか!」

「一丁ド派手に決めますか!!」
 プラックの炎のガントレットから放たれる魔力はヴァナルガンドの周りを取り囲み、海を高ぶらせる。
 津波となって押し寄せた水流が巨体に叩きつけられた。
 彼の攻撃に続いて先陣を切ったのは『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)だ。
「デカイのに素早いってのがなかなかヤッカイだね。これはヨハナのビックリドッキリメカに期待かな?」
 船から飛び降りたイグナートは近づける距離までジェットパックで飛ぶ。
 不安定な推進力で進むよりは敵目がけて落ちた方が良いと判断したイグナートは自由落下に身を委ねた。
 自身の体重を乗せて。
 一番槍が加速度を帯びてヴァナルガンドの巨体に暴風の嵐を落とす。
 遠心力に合わせて氷上に着地したイグナートの身体を巨大な爪が襲った。
 皮膚の裂ける音がする。
「やっぱり、ツヨイね」
 急所を躱しダメージを最小限に抑えたのにも関わらず、イグナートの腕はアガットの赤に濡れた。
 白い胴着が赤く染まるのにイグナートは口の端を上げる。
「そうこなくっちゃ!」
 強い相手と戦えること。それは心滾る闘志に火が付くのだ。

「あっちじゃ割と色々な怪物と戦って来たつもりだが」
 神々と人が争う世界に生きていた『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)はラージャ・ルビーの瞳でヴァナルガンドを見つめる。
「大きい狼というのは初めてだね」
 帆船程の大きさ。自身の何倍あるだろうか。
 それでも。
「やれるだけやってみるかな」
 マリアの身体が赤い電気を帯びる。ジリジリと空気を震わせる電子が目に見える程に迸っていた。
「――電磁加速機動・最大戦速!」
 水の上を走るように回り込みながら加速するマリアはヴァナルガンドの左側面に潜り込む。
 氷上へ滑り込んだマリアはそのままの勢いで拳を繰り出した。
 紅の雷が轟音を響かせる。

「最早海洋生物ですらないっ! まるで数字を重ねすぎたゲームですよっ!」
 カァと目を見開いた『自称未来人』ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)は甲板の下、船体部の砲門近くに居た。窓から見えるヴァナルガンドは嫌になる程に大きい。
「でもとっても叙事詩的で面白そうじゃありませんっ? だってそうでしょっ? きっと盛り場の皆がこの話を歌にしちゃいますよっ!」
 ツインネックのリュートを持った胡散臭い吟遊詩人が何処かの酒場でくしゃみをした。

 ギリギリと砲門が動く音。
 ハラタの作り上げた対ヴァナルガンド用のアンカー。
「さしずめ『レージングの鎖』といったところでしょうっ!」
 引きちぎれる前提の戒めではあるが、何本も用いる事で強度を上げる。
「良い腕してるじゃねえか、嬢ちゃん」
 器用に銛と錨を改造していくハラタに船員が親指を上げた。
「男の子ってこういうのが好きなんでしょっ! ヨハナも好きですっ!」
 バシュー……ジャラジャラジャラ。ザクッ。グギギギ。ビーン! ミシ、ミシ。
 擬音でハラタは用途を説明する。
「あとは」
 ハラタは戦場の仲間を見つめた。

 アーリアの星夜ボンバーが煌めき。射線上の仲間が散開する。
 その挙動に聡いヴァナルガンドは気づいたのだろう。
 散ったイレギュラーズと同じように巨体を震わせた。
 俊敏さで逃げ回られれば手が付けられない。
 マリアは氷上を飛び上がり、ヴァナルガンドの視界に入り込む。
「悪いがさせない! もう少し私と遊んでもらおうか!」
 紅電の閃光が蒼穹の空に迸った。

「よし! 今です!」
 放物線を描いてアンカーが射出され、鎖が摩擦により火花とけたたましい音を散らす。
 ヴァナルガンドの右肩に突き刺さるアンカー。
 ハラタは大砲の隙間から身を乗り出して見据えた。
「どうですかっ!」
 巨体と船の間に細い糸が張る。揺れるスレイプニル号。
 しかし、ヴァナルガンドの身体からアンカーがずるりと抜けた。
「駄目だ! 浅いですっ!」
 アンカーが海に落ちるのを見届ける前に、ハラタは踵を返し次の砲台へと走り込む。

●
 リゲルは船首に立ち剣を抜いた。
 ヨナは足を食べられ味を覚えられている。バルバロッサは何かあれば体を張るだろう。その腹心であるローレンスもバルバロッサに危険が及べば身を挺して守る。
 皆を守るには必要以上にヴァナルガンドを近づけさせてはならない。
 しかも、ローレンスの背には嫉妬の首輪が広がっているらしい。バルバロッサも心配だろう。
「廃滅病は治ります。俺達がアルバニアを倒して治してみせます!」
 だから。諦めてはならない。心を強く持てとリゲルはヨナ達に告げる。
 青いマントを翻し船から氷上へ走り込むリゲル。

 その背を蜂蜜色の瞳で見つめるポテト。
 声を交さずとも。指先の温もりはまだ消えていないから。
 ポテトは赤い血を流し甲板へ戻ってきたイグナートの傷を優しい光で包み込む。
「大丈夫か?」
「うん。へっちゃらだよ。ありがと」
 塞がった傷口を見遣り、ポテトに笑顔を返すイグナート。
「おう、俺達はどうする?」
 剣を抜いてバルバロッサが強気に笑った。
「そうだね。ムゲンに湧く海狼の処理を担当してほしいな」
「ああ? 俺達に雑魚の相手をしろってのか?」
 イグナートは物怖じせず頷く。
「ヨユウが出来たときだけヴァナルガンドへの攻撃をしてもらいたいな!」
「私たちを守ってくれ。バルバロッサ」
 ポテトの声に肩を落とす赤髭。
「ま、可愛い嬢ちゃんを守るのも強くなきゃ出来ねえからな」
 任せたぞとイグナートに拳を突き出すバルバロッサ。
 それに応えてイグナートは再び戦場へと舞い戻る。

「来なすった」
 水面から船体に爪を掛けて瞬時に登ってきた海狼。ヴァナルガンドの子供達。
 仄暗い緑の瞳を上げて。十夜はそれでも紫煙を燻らせていた。
 殺気を纏わせ戦闘態勢に入っているバルバロッサやローレンスを相手取るよりは、弱そうな十夜を狙う方が効率が良いと考えた海狼は十夜に向かって走り出す。
「おお、怖い怖い」
 ヨタヨタとゆらゆらと。逃げるような素振りを見せたかと思えば煙管を吸って空へと吹き上げた十夜。
 興味は苛立ちに変わる。この人間をズタズタに引き裂いてしまいたいと本能が叫ぶのだろう。
「ほおら、お前さん方。遊んでやろうか?」
 嘲るように笑う十夜に。
 海狼の牙が食い込む。
 これこそ。欺瞞偽証――
 十夜の揺蕩う術。
 海狼の牙は皮膚を突き破り、内蔵まで達する。
 四肢を腹を喰らい。
 それでも。十夜は挑発する。仲間へ気を逸らさせない為。
「こんな死にかけのおっさん食ったら腹壊すぜ、お前さん方。大人しく陸でウサギでも追い回してる方がいいんじゃねぇかい?」
 痛みに意識が遠のく。肺に空いた穴から空気が漏れる。
「十夜! 今回復する!」
「嬢ちゃん……」
 海狼の集中攻撃を受けた十夜に調和の癒やしが降り注ぐ。
「くっ、間に合わない」
 しかし、回復の手より牙の数が多い。
 それならば。
「鶫!」
「ふふふ。安心してください。私も皆さんを癒しますから」
 ポテトのハニーゴールドの光に。四音のダークヴァイオレットの腕が重なった。
 何度見ても四音の回復は禍々しいが腕前は確かだからとポテトは頷く。

「ヨナちゃんも、海狼の対処をお願い」
 アーリアは剣を抜いたヨナに視線を送った。
「あいよ」
 実践から離れていたヨナの肩慣らし。アーリアは自身が左目になると頷く。
 無茶な突撃をしないように気分を乗せる意味もあった。
 それに懸念もある。
 ヴァナルガンドの神喰らいという能力。
 ローレットの情報屋を持ってしても分からなかったそれが。何なのか。
「アーリア?」
「ううん、何でもないわ」
 分からない事に気を揉んでも仕方が無い。アーリアはかぶりを振って目の前の敵に集中する。
 
「船に乗り海の怪物と戦う。挿絵がつきそうなつきそうな状況ですね」
 幾度海の物語に登場しただろう。ありふれた非日常。
 そういうありふれた物語は。王道。何度読んでも面白いものだと四音は目を細める。
「たくさんの触手が船に巻き付いてるとかそういうのも」
 巨大生物に蹂躙される様は見ていて小気味よい。
「まあ、私達は怪物に食われるだけの獲物ではりませんけれど」
 物語を繰る者として。弱者になるわけにはいかないのだ。

「我が魂は誰がために――祈れ。宴の笛よ鳴り響け」
 凜とした声が甲板の上を走る。
 ゼフィラの心臓にビキリと魔力の奔流が流れ込み、激痛が全身を駆け巡った。
 己の生命力を犠牲に。味方を鼓舞する光と成す。
 ぜぇ、と呼吸が漏れた。
 光が差す部屋で、何度も胸を引き裂いた慟哭を思い出す。
 もっと知識が欲しい。全てを知りたい。無限に広がる未知を追いかけたい。
 動かない手足を。酸素が足りない肺を。死の病を幾度呪っただろう。
 命尽きるまで苦しみ続けた地獄の日々を覚えている。
 だから、こんな一瞬の苦痛なんて、生きている事を実感するだけ。前を向く糧となるだけ。
 ゼフィラの瞳は前を向く。
 視界を覆う巨大なヴァナルガンドの体躯。
 ブルータイラントの知識はこの中の誰よりも持ち合わせているはずだ。
 それを見極める事は今後の戦況を優位にするだろう。
「さあ行こう!」
 未知なる世界は広がっているのだから。

「他の船へ逃げんのも、俺以外の相手も簡単にさせねぇ!」
 プラックはヴァナルガンドの巨体に張り付く。
 駆け上がっては拳を打ち込み、反動を付けて海へと潜り込んだ。
 足下を凍らせて海上を走るヴァナルガンド。
 即ちそれは、水の中よりも地上の方が自由に動けるということ。
「海の中じゃあ俺の方が早いんじゃねえか?」
 視界を動き回るプラックにヴァナルガンドの意識が集中する。
「ふふ。生憎私はか弱くてね。手数とスピードくらいしか取り柄がないんだ」
 プラックの後方、マリアが飛び上がった。
 真紅の髪が風に吹き上がる。
 本来であれば、一呼吸置いて繰り出される技。
 それを持ち前の素早さで補う技量。鍛え抜かれた戦士としての矜持。
「まぁ少しは付き合ってくれたまえ」
 紅の雷がマリアを覆う。
 空気が爆砕した――

 ヨナは自身の中に滾る闘志が迸るのを感じていた。
 青い海を駆け強い敵と戦ったあの頃に胸に抱いた炎。

 バルバロッサにせっつかれ、それでも海に出る事を躊躇っていた自分の元に駆けつけた部下達の顔。
「お前達まで……、でも」
 自分の足に視線を落とし眼帯に触れるヨナ。
「足ならありますぜ!」
 部下の手で買い戻され『改造』されたスレイプニル号。
 手放した筈の居場所。光り輝く海。期待の眼差し。
 ならば、応えなければならぬ。
 再び命を預けてくれるかと問う事すら愚問。
 視線は海へ。偉大なる背が語る。黄昏の青が再び立ち上がった瞬間だった。

 ――――
 ――

「なぜこんな船内に大砲が?」
 しかも船体部ではなく、甲板にほど近い場所。
 ハラタの頭上の木片がボトリと落ちた。この上はまさしく戦場。
 激しい戦闘の余波でメリメリと甲板の一部が崩れていく。
 材質が他の作りと違う。部分的に弱くなっているのだ。
 ――ああ。なるほどですっ!
 ヴァナルガンドとの戦闘を誰よりも予測しシュミレートした、オーディンの船(スレイプニル)。
 そこに有るべきものは、初めから存在していて。けれど、この未来を拓いたのは。
 仲間が気を逸らし、奮闘してこそ出来る好機をつかみ取れと。黒光りした砲身が告げている。
 甲板がバキリと音を立てた。
 光と共にシャレイ・ブルーの大空が視界いっぱいに広がる。
「今だ、ハラタ――!!」
 甲板からヨナの声が聞こえた。
 好機は一瞬。
「これが、この船の……」
 苛烈なる『青鰭帝』オーディンの主砲。

「――――魔槍グングニル!!!!」

 伝承の絶対必中の槍が青い空へと解き放たれた。

 グングニルとグレイプニールたり得る鎖(アンカー)は見事にヴァナルガンドを捉える。
「これで俊敏さを封じる事ができたな」
 ポテトは張り詰めた鎖を見遣った。
 ギリギリと鎖の摩擦の音がする。
 アンカーを撃つということは、船という重りを使って敵を留めるということ。
 船体の負荷は計り知れないだろう。
 ふと、ポテトの耳に怒号が聞こえた。

「帆を畳めぇ!」
 ブリッジから副船長の指示が飛ぶ。
「ひっぱられる!!」
 操舵手が面舵を切ってヴァナルガンドの力に対抗していた。
「船が転覆しちまいますぜ!」
 ぐらりと傾く船体に櫂を持った男達が泣き言を漏らす。
「てめえらが漕ぐんだよ! 立て直せ!」
 怒号はブリッジの副船長だ。
「無茶だ! 櫂がおれちまう!」
「うるせえ! やるんだよ!!!」
 此処で自分たちが踏ん張らなければ、上で戦っているイレギュラーズは何のために此処に連れて来られたのか分からない。己共の青き黄昏の仇を討つ手助けをして貰っているのだ。
「俺らが惚れ込んだ頭の為の戦場だろうがァ!!!! 腑抜けんな! 馬鹿野郎!」
「「「アイアイサー!!!!」」」

 彼らが頑張ってくれているから、仲間も戦闘に集中することができるのだとポテトは思う。
 戦場を広く見据える彼女だからこそ気づけた、見えぬ戦力。
 なんと頼もしいことか。

●
 戦場は加速する。幾度、剣檄が鳴り響いただろう。
 皮膚が裂ける音も。骨が折れる音も。もう何度も聞いた。
 止めどなく溢れる海狼、巨躯ヴァナルガンドの攻撃にイレギュラーズは肩で息をする。
 ポテトは背中を流れる汗を感じていた。
 距離が近くなったことで、こちらの攻撃を当てられるようになった。
 それは、ヴァナルガンドの攻撃も届くということ。
 ハイリスク、ハイリターン。
 此処で支えるのは自分の役目だとポテトは歯を食いしばる。
 ポテトの視界にローレンスが写りこんだ。
 ヴァナルガンドの吹雪に視界を一瞬奪われた隙に迫るのは、背後からの牙。
 気づいていない。疲弊している状態の彼が喉元を噛みつかれでもしたら致命傷になりえる。
 イレギュラーズではない普通の人は、奇跡なんて起こりえない。
 そんなのは――
「嫌だ!」
 ポテトは己の体を牙の間に滑り込ませる。
 ミシリと骨が折れる音が体にに響いた。
 激痛に視界が揺らぐ。
「鶫!」
「分かってますよ。ポテトさん」
 ポテトを含めた負傷者に四音の癒やしが施される。
「全員で無事に帰るんだッ。……っ、誰一人倒れさせないのが私達ヒーラーの……っ、目標だ!」
「ええ」
 肩で息をしながら立ち上がるポテト。
 彼女を支える四音は微笑む。
 なんと瑞々しい物語だろう。頁を捲る手が止まらないみたいに。
 続きを急かしている自分がいる。
 決着の時はいつになり、どんな形で終わるのか。
 未だ、戦況は。勝利の道筋は見えてこない。
 どちらに転がるか分からないダイス。
「ええ、とても気になります。ふふふふ」

 アーリアは十夜に群がる海狼を茨の棘で苛む。
「乱戦でも仲間を巻き込まないとっておき!」
 巻き付き、棘を這わせ。絡みつく悪意と悦楽の死滅結界。
「こっちには頼もしい回復手達がいるし、散らずに戦いましょ」
 ポテト立ちにウィンクを送るアーリア。
 子供達を巻き込んでの攻撃はしてこないと踏んで。

 グラリ――

 引きずられる船体。
 アンカーは絡まり、距離は縮まっていく。
 巨体から繰り出される攻撃。爪が食い込んだマストがミシミシと音を立てて折れた。
「これ以上持たねえぞ! 船がバラバラになっちまう!」
「まだだ! 行ける!」
 突き刺さったままのグングニルが徐々に抜けて行く。
 これが抜けてしまえば、他のアンカーは簡単に外れてしまうだろう。
 俊敏さを取り戻したヴァナルガンドの足を止めることは出来なくなる。
「おいこっちだ! ヴァナルガンド! アタシの身体が欲しいんだろ!」
 大砲の上に乗ったヨナは大声を上げた。
「ヨナちゃん! 何を!」
 今この場で敵の注意を引く事は自殺行為に等しい。それでも、やらねばならぬ道筋がある。
「来い!!!!」
 迫り来る巨大な爪。微動だにせず。オーディンの背が目に焼き付く。
 アーリアは手を伸ばす。けれど、届かぬ指先に、ヨナの笑顔が見えた。

「今だ!」
 青いマントでヴァナルガンドの視界を奪い、次手を悟らせない。
 ハラタは撃ち出す。
 スレイプニルの主砲を。
 抜けかけのグングニルに向けて。
 寸分違わず同じ場所に打ち込まれた槍は。
 抜けかけのグングニルを押し込み、深くヴァナルガンドの体内に食い込ませた。
 マリアは唸りを上げ巨体が暴れ出すのを見つめる。
 折角打ち込んだ楔が引きつっていた。
「このままじゃ、また抜ける!」
 ハラタの秘策を繋ぐためマリアは飛び上がる。
 だが、自分の力だけでは奥まで穿てない。
 ならば、と。マリアはイグナートに視線を送った。
「私を基点に! 行ける!?」
 指を組んで待ち構えるマリア。
「うん、分かった!」
 イグナートはマリアの手を踏み込み飛躍する。
 パライバトルマリンの水面がキラキラと輝いていた。
 ヴァナルガンドの毛並みに反射して、青を纏うみたいに。
 其処に突き刺さるオーディンの槍。
 皆で繋いだ。希望の楔。
「オレがちゃんと、やるよ!」
 イグナートの右手に力の奔流が宿る。
 熱く血が巡るようだ。
「勝利の。一撃、この拳に! この右腕は熱く燃える無影拳!」
 絶対に抜け得ぬ深部まで。グレイプニールの鎖が役目を果たせるように。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」
 イグナートの拳はグングニルを深く深く。押し込んだ。
 ヴァナルガンドの雄叫びが海上に木霊する。

 ここまで来れば、あとはどちらが先に『壊れるか』の勝負だ。

 ――――
 ――

 ヴァナルガンドが口から吹雪きを繰り出そうと顎を上向ける。
 今、甲板にその攻撃が吹き荒れれば、動かなくなったローレンスや肩で息をするヨナ、回復役のポテトと四音にも被害が及ぶ。
 リゲルは巨体の背に駆け上がった。
「俺はアーリアさんの剣となり盾となると誓いました」
 彼女の大切な人であるヨナを、命を懸けて守り抜くと。全員で生きて帰り、アルバニアを討つのだと。
 リゲルの意図が皆にも伝わる。

 きっと、ここが正念場。
 全身全霊を賭して。
 力を振るう時だと。
 銀閃は告げる。

「後でとびっきり美味い酒を飲ませてくれるんだろ?」
 十夜はヨナに声をかける。
 普段は本気を出さない彼の。ほんの少しの輝き。
 前へ出た十夜はヨナの盾となるように拳を繰り出す。
 しかし、反撃に血を吐いた十夜。
 ぐらりと倒れ込む身体。
 リンと小さな鈴の音がした。
 寄り添う月の君の声が十夜の耳朶の奥に響く。
 負けられない理由が、あるのだ。
「……言っただろ、どんな無茶でもやってやるってよ」
 真紅の血を滴らせながら、十夜はヴァナルガンドの眉間に一撃をたたき込んだ。
 十夜の攻撃に間髪入れず繋ぐのはハラタだ。
 七色の色彩がハラタを包み、拳に纏う闘気となる。
「砕けろ――!!! クソデカワンワン!!!!」
 爆音が戦場に轟き煙が上がった。

「じゃあ、私もここは……」
 四音の影からダークヴァイオレットの腕が咲く。
 普段の癒やしではない。
 これは攻撃の一手。
「ふふふふ。たまには、ねぇ?」
 こうするのも悪くない。意外性というものだ。
 骨腕でヴァナルガンドの背に張り付いて、その拳を叩き込む。
 ダメージは微少。しかし、積み重ねる事で繋がるものもあるから。
「次、お願いしますよ」
「まかせて!」
 イグナートは温存していた魔力を右腕に回す。
 グロウタイタントたる戦場の覇者。
 破壊の名の元に。高みへ。高みへ。手を伸ばせ。

「ライコウは――この手に。放て正義の鉄槌!!!!」

 輝きは瞳に宿り。超弩級の暴君がヴァナルガンドの後ろ足を捉え。
 吹き上がる水しぶきと共に巨体が傾いた。

「つないで!」
 拳を止めるな。歩みを止めるな。
 まだ、獣は健在である。
「ああ!」
 ゼフィラはイグナートが繋いだ襷を受け取る。
 この先はきっと誰も到達していない、黄泉への道筋だ。
 何方かが渡りきるまで引き返せはしない。
「海よ。応えよ――! 我、強大な敵を穿つ戦槍を欲す」
 船の周りに無数の晶槍が浮かび上がり、光を反射する。
 ゼフィラは手をヴァナルガンドに向けた。
「舞え穿て! 晶槍は主神の息子を象るものなり!!!!」
 円となった無数の槍は魔力を帯びて、次々とその身を氷狼に落としていく。
 アガットの赤で視界が霞んだ。
 
 微動だにしないローレンスを一瞥してバルバロッサはヴァナルガンドに向き直る。
「糞犬がッ! 俺の大事なモン傷つけやがって。ぜってえ許さねえからなァ!!!!」
 あれは手塩に掛けて育てた大切な『家族』だ。
 畜生風情が触れていいものではないと怒りの闘志を燃やす。
 バルバロッサは銃で目を狙い、本命は豪快な剣技。
 剣筋によって作り出された血の花が咲く。

「――行くでしょ? ヨナちゃん」
 手を差し伸べるアーリア。
 あの飲んだくれていた友人がこんなにも頼もしいと思えるなんて。
 しっかりとアーリアの手を掴み立ち上がるヨナ。
「もちろん。行くよ。アーリア!」
「ええ!」
 折れていないマストに駆け上がるヨナと、全速力で空へ飛び立つアーリア。
「穿つ――『青鰭帝』オーディンの名において。青き雫の刺突は海をも割く」
 自身を一本の槍に。一直線に降るヨナの身体。
 ヴァナルガンドの項にアガットの赤を走らせる。
「海の上で炎に包まれるのも一興でしょう? なんて」
 簡易飛行を解いたアーリアがヨナの付けた傷目がけて毒炎を放つ。
 燃ゆる恋の炎。甘く溶ける程の情熱。
 ねっとりと絡みついて、気づいた時にはもう手遅れ。
 ヴァーミリオンレッドの炎が巨体を包んだ。

 好機。
 リゲルは皆が繋いだ勝機を己の剣に込める。
 ヴァナルガンドの頸椎目がけて銀の閃光が迸った。
 だが、まだ浅い。
 突き立てられた剣は致命傷たり得ない。
「まだ、だ!」
 暴れる獣にしがみ付いて剣を押し込む。身は吹雪に苛まれ雪が赤く染まる。
 血吹雪は甲板に降り注いだ。
 耳が冷たさに感覚を失う。
 親を守ろうと子狼がリゲルの身体に噛みついた。
 
 上からの剣が届かないならば。
 下から押し上げればいい。
 マリアは赤き雷を宿し。自分の身体を一陣の雷へと昇華する。
「放て。紅雷――届かぬ事なぞありはしない。絶対命中。電磁加速拳・裂華ァ!!!!」
 爆雷と共に空気が震えた。
 しかし。マリアの雷はまだ止まらない。
「ヘイスト。ヘイスト。――ヘイスト。我、留まる事なかれ。裂き誇れ――!!!!」
 猛打はヴァナルガンドの巨体を浮かす程に苛烈。

「リゲル――――!!!!」
 薄れ往く意識の中に愛しき者(ポテト)の声が聞こえた。
 彼女の暖かい癒やしがリゲルを包み込んでいる。
 辛うじて剣を掴んでいたのはリゲルの意地だったのだろう。
 突き刺さったままの剣を踵で踏み込む。自重で突き進む剣先。
 まだ、足りない。まだ――

「お前を放置すればヨナさんみてぇな被害者をまた生むことになるっ!」
 戦場は最高潮。
 短く切ったオーボエはリズミカルに耳を震わせる。
 高まる闘志。プラックの右腕が開く。
「お前にも事情は有るんだろう!! 生きる為かも知れねぇ!!」
 握り込まれた拳。
 まだ見ぬ誰かの為。未来を護る為。
 上げる視線。黒曜石の瞳が氷の獣に向けられる。
 ドラムは乱打されシンバルは打ち鳴らされた。

「さぁ、行くぜ、BBGィ!! もっと輝けぇぇええええええ!!!!」

 地上の星輝く時。天空の星もまた光を放つ。
 プラックの赤き拳は脊椎を下から穿ち――

 それを受けるはリゲルの剣。
 押し返すだけでは、まだ足りぬ。

 ならば。
 ならば。

 ならば――

 全身全霊をこの剣に。

「輝け。銀閃。星散る夜に終焉を――――――!!!!」

 星の輝きは戦場を揺らし。
 ヴァナルガンドの巨体が水飛沫と共に崩れ落ちた。

 精魂尽き果てたリゲルは意識を手放し海へと投げ出される。
 伸ばされた手に触れる白い指先。
 もう大丈夫だと。包み込む優しい腕。
 水面から顔を上げたポテトの胸の中にはしっかりとリゲルが抱き込まれていた。

 静かになった船首の階段に座るバルバロッサは煙草を燻らせる。
 ボロボロになったローレンスを膝に抱え。血の付いた頬を拭ってやる。
「早くしねえとな」
 首筋まで到達した廃滅病に。険しい顔でバルバロッサは紫煙を空に吐き出した。

 程なくして水面に浮かび上がった氷の塊。
 中にはサックス・ブルーの輝きと――

成否

成功

MVP

ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)
自称未来人

状態異常

十夜 縁(p3p000099)[重傷]
結んだ縁
ポテト=アークライト(p3p000294)[重傷]
優心の恩寵
リゲル=アークライト(p3p000442)[重傷]
白獅子剛剣
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)[重傷]
黒撃

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 ヴァナルガンドの俊敏さを潰した貴方にMVPを。

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