シナリオ詳細
<黒鉄のエクスギア>ビクスバイトの雫
オープニング
●
あたたかくて、やさしい。
アプリコット・オレンジの灯火。
揺れるランプから伸びた影は、リズミカルな靴音と共にゆらゆらと揺れる。
そんな光と影の調和と裏腹に。
鉄錆びの臭いが鼻腔を刺し、足音と共に軋む金属は鼓膜をひどくひっかいてくる。
ゼシュテル鉄帝国スチールグラードの地下――スラムの下に広がる古代遺跡が放つ異質な気配は、踏み入れた者達の胸に冷たいしこりを植え付けていた。
突き出たパイプを――小さな小さな手が――つかみ取った。
手の内に力を籠め、強く引く。
反動で飛び上がった身体。
その足先でパイプを蹴りつけ、『彩光』ベリル・トラピチェは中空高く跳躍する。
アクアマリンとライムベリルの髪がひらりと舞って――彼女は底の見えぬ奈落を軽やかに飛び越えた。
子猫のような足音をたて、ベリルは対岸へと降り立ち。
続けて。後から同行する青年もまた、奈落を軽々と飛び越えた。
巨大な遺跡の中で、二人はそんな道を延々と進んでいる。
「まだ、なのですか?」
アクアマリンの瞳には――彼女と長く付き合った者なら分かる程度に――微かな非難と諦観が揺らめいている。そんな色彩の中に、己自身にすら悟らせぬ程度の不信を一滴だけ滲ませて、ベリルは振り返る。
「そろそろですよ」
涼しい声音で応じたのは『知略の騎士』ルピエ・フェール。
共に鉄帝国軍に所属し、多少の縁を持つ間柄であった。
この数ヶ月ほどの二人は偶然か必然かさておき、軍上層部から共に同じ任務を拝命することが多かったのである。
「この先にショッケン派の軍人共が居るはずです。おっと、僕の『仲間』の、ね」
ルピエは口元に人差し指を立てると、やけに人なつこい――ともすれば酷薄とさえ感じられる――笑みを浮かべた。
ともあれ互いの実力は良く知っている。ベリルとしては相手に『独特の癖』があることは感じても、背中を預けるに足る力量を評価していた。
結局の所、この国では力こそ全てなのだ。彼女もまた、そういった気風が得手だとは云わぬが理解こそ示している、より正確には『示さねばならぬ』立場にあった。
つまるところ二人はあくまで鉄帝国の軍属なのである。
軍上層部はこのところスラムでの一件に注視していた。
様々な角度から検証した結果、ショッケン一味はこのスラムの地下に眠る古代兵器に目をつけていると目された。
古代兵器に起動には生け贄が必要であり、血潮の儀式と称される虐殺が必要であるらしい。
調査開始時には裏付けを持たぬ情報ではあったが、事実であるならば看過できぬ。由々しき事態だ。
二人の極秘任務は無論それに類する。
高い力量に相応の裁量権を持つ彼等は、軍属と言えども自由が多い。調査の中でルピエはショッケン派の懐に潜り込むことに成功したようだ。
ルピエが提示した作戦は次のようなものだった。
今回ショッケン一派が動き出した状況を利用して、仲間として作戦に乗じる。
作戦全体にはイレギュラーズの介入が期待されており、状況を動かすにはうってつけと言えた。
二人の作戦をかいつまめば、ルピエが気を惹く間にベリルが子供達を救出するといった、至極単純なものだった。
知略の騎士と名高いルピエの策は理に適っており、ベリルも賛同する所である。
万が一にも勘づかれた最悪のケースであっても、遺跡全体が戦場となる今であれば二人の腕前であればショッケン一派に遅れは取るまい。
楽な任務ではないが、ベリルとしても自信が持てるプランに思えたのだ。
「では、手筈通りに」
歯車城の奥深く。
ルピエは踵を返し、『仲間』の元へと歩いて行く。
ベリルはそれを見送ろうと――
――突如、甲高い金属音が木霊した。
ベリルの目の前で錠が降り。
「これは何の真似……?」
努めて平静を装って。ベリルは俄に降って湧いた事態が、同行者の悪ふざけであることに一縷の望みを託した。
「素晴らしい景観ですね」
口元に酷薄な笑みを貼り付けて、ルピエが振り返る。
「あなた、何を……!」
鉄格子に縋る小さな手。子供と同じ幼い肉付きの、細い指。。
見下ろすルピエのパーシアン・レッドの瞳は何処までも冷たく。
「現実を即座に把握する程度の力量は、認めているつもりなのですが?」
ベリルの細い指を踏みつけて青年は冷笑した。
「はは……っ、無様だなぁ、ベリル」
表情が更に移ろうまで、さほどの時間は要しなかった。ベリルに向けられた表情は、絶対の優位を確信する歪んだ嘲笑となったのであった。
ベリルは子供の形をしていても鉄騎種の優秀な軍人である。柔な鉄格子など取るに足らない、幼児が手に取る油粘土程度のものだ。
握る両腕に渾身の力をこめ――しかし、冷たい金属の檻は些かも拉げてくれはしない。
「硬い檻だろ?」
「……」
「戦車で轢いても壊れない、特別製ってやつなんだ」
「理由(わけ)を聞く権利はあるのでしょうね?」
少女の凜とした声にルピエはくつくつと喉の奥で笑う。
「分かるだろ……」
表情を昏く歪ませたルピエが吐き捨てる。
「お前が『嫌い』なんだよ」
言葉を受けたベリルの瞳が怒りに揺れる。
ベリルが許せなかったのは、自身が陥れられた事ではなかった。
身に覚えのない理不尽な感情をぶつけられた事でもなかった。
軍属ともあろう身の上が。こんな大事な時に。何をやっているのか。為体に憤る、ただその一心であった。
だがルピエは、義憤に燃えるベリルへ向けて、おどけたように指を突きつけた。
無表情を決め込んだいけすかない顔より、こちらのほうが余程似合っているのだと、手のひらを打ち合わせる。
「……おしえてやるよ」
そうしてルピエは毒と憎悪を煮詰めた、怖気を誘うばかりの声音で囁いた。
――ルピエ・フェールは貧民の出であった。
泥水を啜り生きながらえ、腕一つでここまで登り詰めてきた自負がある。
その為には何だってしてきた。
命令とあらば、罪を犯した貧民の子供を罰した。
同じように盗まなければ生きながらえなかった過去の自分を切り捨てるように。剣の鞘で撲った。
のし上がるために上司を陥れ、彼女の腕を切り落とし国外へ追放したこともある。
だから――
「お貴族様が栄えある産まれに胡座かいて、のうのうと。さも綺麗ですってな顔しやがってさあ!」
鋭く耳障りな音を立てて、ルピエが勢いよく鉄格子を掴む。
「ただ前を向いているだけで良いお前が、心底憎かったんだよ」
ルピエはベリルを赤い瞳で睨み付ける。
血の赤に侵食されるようにじわりと。ベリルの髪がビクスバイトへ染まり移ろい――
●
「極秘の依頼なんだ。悪いが筋は言えねえ。察しても、まあ。口にはしないほうがいいぜ」
ゼシュテル鉄帝国首都の酒場。エメラルドの瞳をした依頼人がイレギュラーズを見つめる。
海洋王国で起こった第三次海戦が終結を迎える頃、鉄帝国スラム街モリブデンではショッケン派による大規模な作戦が決行されていた。
スラム街の地下に眠る巨大な古代兵器。
それを手に入れたい鉄帝将校ショッケン・ハイドリヒは、強行な手段に出る。
古代兵器の心臓たるコアルームの奪取と、エネルギー源である人間の命を搾り取る儀式の遂行。
特に生命力が高いとされる子供は優先的に浚われたのだ。
それを良しとしない軍内部の派閥からやってきたのが、依頼人である『黒鴉』ジナイーダだった。
イレギュラーズはスチールグラード地下に眠る古代遺跡『歯車城』に潜入し、指定地点の子供達を救助するという依頼だ。
それと――
「ここからは、個人的なお願いなんだが――」
ジナイーダは少しだけ焦りの色が見えるエメラルドの瞳をまっすぐに。
「ベリル・トラピチェを救ってほしい」
はっきりと言葉を紡ぐ。
「さっきも言った通り、これは個人的なお願いだ。軍からの依頼でも何でもねえ。けど、あいつはこんな所で死んで良い奴じゃない」
ぐっと拳を握りしめたジナイーダ。
「優しくて、強情で意地っ張りで。あいつはそういうとこ全部隠して、軍人として生きてる。俺と同じなんだ――」
全てを統率するためには、抵抗する勢力を排斥しなければならない。
強さを是とする鉄帝国において、弱さが罪とすら言える場合もある。
けれど、それらを駆逐するのに心が痛まないなんてことは一切無い。
痛くて。痛くて堪らない。
「初めは無愛想なやつだって思った。けどな、頭を撫でてくれたんだ」
プライベートのベリルは、軍人ベリルとはまるで違う。
その痛みが分かると。辛いであろうと。寄り添ってくれた。
国外に出れば年単位で会うこともない存在だけど、それでも。
ベリルが頑張るならば自分も頑張れると思える人。
「だから……!」
「分かったよ」
ジナイーダの言葉にイレギュラーズは応える。
『友人』を救いたいと願う心と。
心優しい少女のために。
「ありがとう。イレギュラーズ。ああ、こんなこと言ってたなんて、あいつにゃ絶対に秘密だぜ」
ジナイーダは頬をかいてそう続けた。
さて。現実的な問題は『今から行って追いつけるか』という所だろう。
「今ならギリギリ間に合うはずだぜ」
「根拠は?」
バサリとテーブルの上に地図を広げるジナイーダ。
「これさ、ベリルの調査資料なんだぜ」
ジナイーダは特殊なライトを逆手にかざし、地図にあてる。
塗料が反応し、新たに浮かび上がって見えてきたのは秘密経路だ。一つは比較的まっすぐな道。もう一つは曲がりくねり大層大回りをする道だ。
「あいつらは、まだこっちの道を通ってるはずだ」
今から行けば地図に記された檻の運搬集積通路で遭遇できるだろう。
言い換えれば、この広場が子供達とベリルを救える最終ボーダーライン。
「案内は俺がする」
ジナイーダは地図を丸めて立ち上がる。
「背中は任せたぜ、イレギュラーズ」
拳を前へ。コツンと重ねた。
●
まるで籠の中の鳥だ――
ベリル・トラピチェはガタゴトと動く檻の中で目を伏せる。
今までもそうだった。
貴族として生まれ、強く在らねばならぬと教えられたベリル。
けれど、少女の身体はひ弱で細く。他人の何倍もの鍛錬を必要とした。
弱いベリルは必要無い。
そう言われないように血を吐く程の努力をしてきた。
血筋を違わぬように。軍人たる強さを違わぬように。
けれど、いくら努力しようとも。
周りは籠の中の小鳥として扱うものばかり。
血筋の偉勲はベリルにとっての首輪だった。
何処にも行かぬように軍に置いて、本当に危険な場所へは赴かせず。
ただ、象徴としてあり続けた。
それでも彼女のたゆまぬ鍛錬の成果と冷徹とすら思えるほどの的確な判断は、高い地位相応に重宝されてはいた訳だが。だからといって心の問題が解消されるものではない。
軍の中でも数少ない理解者と、それに『あの子』との時間は、何にも憚ることの無い。ただのベリルでいられたのだけれど――
「……それがここで終わるの?」
「大丈夫?」
小さな声にアクアマリンの視線をあげたベリル。
子供達が不安そうな目で少女を見つめていた。
「ええ、大丈夫。あなたたちの方が不安なのに、ごめんね」
小さき者たちの前で泣き言など言ってはいられない。
何か、ないだろうか。何か――
カサリと。ポケットの中にある紙を思い出す。
それはジナイーダに貰った地図。
「おい、まだ着かねえのかよ、ルピエ」
悪態をついた軍人はショッケン派の者だ。
ルピエから地図を奪い取り、しげしげと見つめる。
「こんなに曲がりくねってたら、時間が掛かるか。ったく、他に道はねえのかよ」
「さあ、どうでしょうね。古代遺跡は常に形態を変えると言いますし、この地図も正確ではないのかもしれません」
――ああ、そうか。
分岐を左に曲がったこの道しか彼らは知らないのだ。
ジナイーダが作ってくれた時間を稼ぐ為の工作。
ありがとう。ジナイーダ。
ベリルは祈る。彼女が作ってくれた時間は誰かを呼ぶためのものだ。
きっと、来てくれる。ベリルは信じることが出来る。
――――
――
ルピエは嗤う。
この紛い物の地図も。隣の煩い野郎も。檻の中の小鳥も。来るであろう特異運命座標のことも。
全ては、手中。
知略と恐れられた『裏切りの騎士』はアプリコット・オレンジのランプから伸びた影で嗤っていた。
- <黒鉄のエクスギア>ビクスバイトの雫Lv:15以上完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年01月29日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
チリチリとアプリコット・オレンジの灯火が焼ける音がする。
ゆらゆらと揺れて幻想的。
映し出される影は、歪な古代遺跡の壁面を這った。
怖いほどに無機質なのに、脈動する気配が確かに感じられる。
生きているとさえ思える程の気持ち悪さ。
湿気は黴臭さを纏って鼻孔を突く。
その臭さから己を守るように葉巻を燻らせる『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)は金眼を通路の奥へと向けた。何処を見でも無く、その最奥にあるであろう古代兵器の心奥へ思い馳せる。
古代兵器の起動には大量の生贄が必要だ。
人間の血を注ぎ、肉を散らし。動力として焼べようというのだ。
グレイシアは上部壁面を仰ぐ。飛び出たパイプに歪んだ鉄板。つぎはぎだらけの遺跡。
これを動かすのに大量の魂が必要だというのは些か効率が悪いのではないか。
ショッケン派の者達の真意は見えないけれど、動かない兵器などガラクタ以下の価値であろう。
「……」
切り札として所持するとすれば意味はあるのかもしれない。鉄帝という国、引いては隣国への脅威になりうるかもしれない。
だが、その為に『大量の』命を消費するなど欠陥が過ぎる。
スモーキー・グレイの煙を肺から吐き出してグレイシアは「酷い兵器があったものだ」と呟いた。
「大人や老人を使うならまだしも」
銀赤の瞳で『血吸い蜥蜴』クリム・T・マスクヴェール(p3p001831)は小さく溜息を吐く。
これからの未来がある子供を生贄にするなど言語道断だと眉を寄せた。
縦長の瞳孔は鋭く光を反射する。
「要は、全員救えという事だろう?」
クリムの言葉に白い尻尾が揺れた。『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が彼女に視線を送る。
誰かが血を流せばそれだけショッケンの思惑が成就されていくのだ。
これは依頼で。自分とは直接関係の無い人々を救う事に価値はないのかも知れない。
けれど、子供達の親にとってはどうだだろう。貧しい生活の中で自分たちの食べるものを少しでも子供にと、分け与え慈しみ育ててきた。生きがいであり宝。
子供の笑顔を心の支えにしてきた親にとっては何にも代えがたい価値を持つ。
永く生きてきた汰磨羈やクリムにはそれが手に取るように分かっていた。
「構わんさ。その為の私達だ」
「そうだな。己が出来ることをするまでだ」
アプリコット・オレンジの灯火に浮かぶ白い頬。ゆるりと這う文様。『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)は地図を広げ思考を巡らせる。
『知略の騎士』ルピエ・フェールという要素は事態、戦場を複雑に見せていた。
この異様な古代遺跡の空気も相まって、不安定な内情は互いの心に容易く亀裂を生じさせる。
知略と恐れられたルピエの思考を計るには、まだ情報が少なすぎる。
彼の思惑は見えてこない。
しかし、ヘイゼル達の目的は一つだけ。
「助けて帰る。それだけです」
ヘイゼルの傍ら同じように地図をのぞき込んでいたマルク・シリング(p3p001309)が頷いた。
「ルピエの狙いは気になるけど、兎に角今は救助を最優先に考えよう」
子供は純度の高い燃料になるらしい。けれど、大人が無意味ということはない。あればあるだけ古代兵器の威力は大きくなる。ベリルや軍人。果ては『イレギュラーズ』とて例外ではないだろう。
世界に選ばれたイレギュラーズはどれだけの価値があるだろうか。
奇跡の加護があるとはいえ、死なないなんてことはない。
死ににくいからこそ大量の血を流し、燃料となり得るはずだ。
ルピエの狙いが『自分たち』であるならば――
どくり。
心臓が収縮する。
マルクは外套の端を握りしめて己の思考を打ち消した。
何れにせよ、誰の命も奪わせるわけにはいかないのだから。
マルクはヘイゼルと共に平面図を凝視する。檻の運搬集積通路は円形の広場で、そこから更に通路を進めば遺跡の奥へと繋がっているようだった。
「この通路に向かって檻は移動するようですね」
「こっちの遠回りのルートを通るということは、この経路が最短だけど」
マルクは入り口付近で見つけたハイイロネズミと五感と繋げる。
触覚嗅覚聴覚視覚。低い位置の音がマルクの鼓膜に響いた。
先行して走り出した鼠の足音とレールの上を車輪が回る音。それと複数人の足音。
マルクは仲間に振り返り小さく頷いた。
敵はもう目の前まで来ている。
「はぁ、……っ」
ミルキー・ブラウンの肌に赤い唇が開かれ吐息が漏れた。
パーティの最後尾を歩く『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は骨腕で自分の身体を包み込む。
彼女の頬は朱に濡れ。表情は慈愛に満ちた聖母のようだ。
「くふ」
我慢できないというように小さく笑いが零れる。
囚われの子供達は檻の中で身を寄せっあって震えているだろう。
裏切られた少女はその瞳に絶望を浮かべているだろうか。
子供を生贄にしようとする軍人どもの汚らわしさも舞台装置には王道。
嫉妬に惑わされた哀れな男はどんな策略を巡らせるのか。
「良いですねえ」
今度の『物語』はどうなるだろうか。
信念が揺らぐほどの。魂の叫びは木霊するだろうか。
「ああ」
楽しみだ。
きっときっと盛り上がるに違いないのだから。
「さて……」
アルカーディアの風を思わせる青い視線が通路の先を見据える。
ゼファー(p3p007625)は手入れのされた、されど少し古い槍を構え仲間の合図を待った。
ビリビリとした緊張感。
根無し草の彼女が路銀を稼ぐ為に相手する弱い魔物や盗賊達とは訳が違う。
訓練された軍人は中々に強敵であろう。その中に頭の切れる厄介な男もいるらしい。
普段なら割に合わないと蹴ってしまう依頼なのだが。
チラリと隣の『黒鴉』ジナイーダを見遣る。
自分と同じように誰とも連まない飄々とした性格の彼女が『助け』を求めたのだ。
借りを作ってでも救って欲しいと願う誰かが居たのだ。
自然と口の端が上がる。
ああ、良かった。
孤独に任務へと向かう背を見送ってくれる誰かが居たという事実が嬉しかった。
ジナイーダの傍に寄り添うことは有り得ないけれど。
背中は任せられるから。
ジナイーダの『友人』を救ってあげるのも悪くない。
「此れは報酬をうんと弾んで貰わないとね、ジーナ?」
「あぁ? ったく仕方ねーな! 報酬ぐらいくれてやるよ!」
悪態は二人のコミュニケーションだ。許し合えるからこそ口に乗せられる言葉だってある。
ゼファーは視線を前へ向けたまま左手をジナイーダに突き出す。
「いくよ」
「任せたぜ」
幕が上がる。
――――
――
「偽の地図での遅滞行動、お疲れ様でしたのですルピエさん」
拍手をしながら現れたヘイゼルにディンメル隊は一斉に振り向いた。
「誰だお前は!」
銃を即座に構えヘイゼルへと照準を合わせる下官兵士。
予期せぬ事態への対応が凄まじく早い。普段から訓練されているという証左だろう。
しかし、それらもヘイゼルの予測の範囲内。
「ベリルさんを捕まえた体で信用させるとは流石知略と恐れられる方ですね」
言葉での揺さぶりを掛けて敵の出方を見るのだ。
「どういうことだルピエ」
視線はヘイゼルから逸らさずルピエに問いかけるディンメル。
「状況からして向こうが明らかに『敵』ではありますね」
焦った様子も無く言葉を重ねるルピエ。ディンメルはメルカス伍長へ視線を送る。
即座に動き出すメルカスにヘイゼルが構えた。
「――今です!」
ヘイゼルの影からイレギュラーズが一斉に飛び出す。
そう。これはヘイゼル一人へ視線を集中させるための演出。
ディンメル隊への急撃は成功したのだ。
「くそ! 何だ、お前らは!?」
ディンメルがサーベルを抜き放つ。
ふわりとアイボリーのストールが敵の視界に舞った。
「っ……!」
咄嗟に剣の背で攻撃を受け止めれば、いつの間にか目の前に現れた男の口元が歪む。
「ほう、これを避けるか」
瞬時に間合いを取ったグレイシアが二撃目を繰り出した。金属音が戦場に響く。
洗練された鎧に身を包む『特異運命座標』オリーブ・ローレル(p3p004352)は先陣を切って駆けた。
狙うはディンメル隊の兵士達。
この鉄帝国の軍人が、何故子供達を浚うのだ――
戦士として弱き者を助け悪を挫いて来たオリーブにとって『鉄帝軍人』は尊敬するべき存在であった。
武力の上に成り立つ秩序と平和。他国から弱い国民を守る姿に憧憬を抱いた。
こんな風に強くありたいと。願ったのに。
目の前の軍人の思考は読み取れない。
古代兵器を起動するというのは他国への牽制のためなのか。
その為ならば自国の弱き民を殺してもいいのか。
もしかしたら何か大いなる考えがあるのかもしれない。オリーブには難しいことは分からない。
けれど。
「だけど、なぁ!」
子供が犠牲になって良い道理なんてない。弱き者を虐げていい理由になんてならない。
オリーブの大剣と兵士のサーベルが交わる。
ギリギリと金属の擦れる音が零れた。
戦場の奥。頑丈な檻の中に『彩光』ベリル・トラピチェは居た。
アクアマリンの瞳。いつもは黄緑色の美しい髪が赤く染まっている。
「……っ」
その瞳が一際大きく見開かれた。
ベリルの視線の先。『あの子』が『玲瓏の壁』鬼桜 雪之丞(p3p002312)が居たからだ。
「ぁ……」
小さく漏れた声は安堵の色が滲む。
来てくれた。来てくれたのだ。
何の命令もされていない。自由に生きる雪之丞が。彼女自身の意志で自分を助けに来てくれた。
こんな時に泣くなど許されないのに。
藍玉の瞳から零れ落ちる涙は止めることが出来ない。
「ぁ、あ……っ、雪の、じょ」
この距離では声は届かない。けれど、雪之丞は頷く。安心させるように深く。
「大丈夫です。必ず助けます」
本当であれば今すぐ檻に駆け寄ってその頭を撫でてやりたいのだと雪之丞は眉を寄せた。
友に手を出され奪われる悲しみ。
もし、間に合わなかったら。彼女の亡骸を見る事になってしまったのなら。
そんな仮定だけで胸が冷えて軋む。失う怖さはこの身に刻まれているから。
「許しません」
ベリルをこんな目に遭わせた敵が憎くてたまらない。
雪之丞の身体から仄明かりが揺らめけば、流れる黒髪が白銀へと染まり、肌が透き通っていく。
白目は黒へと変わり、アプリコット・オレンジの灯火に深紅の瞳が浮かんだ。
ひらりと桜吹雪が舞って。雪之丞は鬼へ成る。
仄明かりが指先へ集まれば彼女は手を打ち鳴らした。
聞こえるのは皮膚を打つ音では無い。鈴をひとつ転がしたような澄んだ音色。
鬼は此処に在るぞと知らしめる呼び声。
「さぁ、おいでませおいでませ。敵は此処に。敵意は此方へ」
打ち鳴らされる鈴音。鬼の音。
「その肉体が飾りで無いなら、示して下さいませ」
戦場に響いた音と雪之丞の声にディンメル隊は引きつけられる。
雪之丞へ向けて歩を取り、剣を振り上げた。
硬質化した雪之丞の腕は高音を響かせて剣先を弾く。
敵兵が蹌踉けた先、敵陣の真中に居るマティス上等兵と目が合った。
「ああ、やはり一筋縄ではいきませんか」
引き寄せられていないということは、それなりの耐性があるということだ。
「けれど、友に手を出した報い、受けていただきます」
――さぁ、火遊びと参りましょう。
決して、火傷では終わらせませぬ。
「ルピエ……」
小さく声を漏らした『堅牢なる楯-Servitor of steel-』アルム・シュタール(p3p004375)は己を裏切った男を一瞥した。鋼の手を握り込みナイト・グリーンの瞳で戦場を仰ぐ。
「やあ、アルムじゃあないですか。また会えるなんて、嬉しいですねえ」
口の端を上げてルピエは髪を掻上げた。
「生きているだろうとは思っていましたが……」
「僕は貴女が死んでいるものとばかり思っていましたよ」
戦闘を前に不毛な問答は不要。穏やかな時を過ごすメイドの姿は置いて。
「元鉄帝騎士エーファ・ブルーメとして――貴殿に引導を渡しましょう!」
命を賭して自分を救ってくれた部下達の無念を晴らすため。
彼らの願いである『生』を全うするため。
この一時。この戦場は。騎士として剣を振るおう。
ナイト・グリーンの瞳はしっかりと宿敵であるルピエを見つめていた。
●
戦場は加速する――
乱戦の中、敵も相当の手練れ揃いである事が分かった。
隊を率いるディンメルは言わずもがな。特に目を引くのはメルカス伍長とヘイゼルの間合い。
檻の正面へと回り込んだヘイゼル。メルカスの射線を檻へと向けさせない為の立ち位置だろう。
常に二丁の銃口を読み解き、最小限の動きで躱す。
「やるな、嬢ちゃん」
言いながら一つの銃身をヘイゼルの胴へ向けたメルカス。ヘイゼルが片方を避ける事を見越してもう一つの銃で足下を狙い撃つ。
「申し訳ありませんが、貴方が此処で撃ち抜くのは、私の影だけなのですよ」
ひらりと黒い三つ編みが空中を舞う。
足下を打ち抜かれるならば、回避は頭上だ。
だが、メルカスも戦場を生き抜いてきた猛者。ヘイゼルが降りてくる地点へ駆け出し、胸に仕込んだナイフを取り出し投げつける。
「ああ、やはり隠し持っていますか」
投げナイフはヘイゼルの頬を掠めるが、彼女の視線は地上のメルカスへ向けられたまま。
本命は投げられたナイフではない。メルカスが隠し持っている短刀はその二丁拳銃にこそ隠されている。
ヘイゼルはメルカスの銃を脚で払い地面へと着地した。
「良いねえ、強い相手だ。久々に血が騒ぐ」
メルカスとヘイゼルの間に赤い糸が紡がれる。
単体でみるならば戦闘力において最大戦力であろうメルカスを押さえ込めた事は功を奏した。
「チぃ! 何をやってるんだ。メルカス!」
ディンメルが悪態をつく。
「非効率な兵器に頼る上司も愚かなら、それに唯々諾々と従う部下も愚かだな」
一瞬の隙をついてグレイシアはディンメルに拳をたたき込んだ。
軍服の上から骨に当たる感触。
「はっ、ぐ」
ディンメルは痛みを堪えながら剣でなぎ払う。しかし、既にグレイシアの姿は無い。
何処へ行ったのかと視線を巡らせるディンメル。
「碌に頭も使わず、何も考えて無いのだろう?」
突然耳元で聞こえた声に背筋が凍る。息をしてしまえば一瞬で喉を掻ききられてしまうのではないかと錯覚する程に『恐怖』を覚えた。
いつの間に背後を取られていたのだとディンメルの焦りが見える。
「貴様っ!」
男はグレイシアの気配に剣の柄を振い至近距離の間合いを抜け出した。
グレイシアはこちらへ向き直った敵に続けざまの足技を繰り出す。
体勢を崩し、防御に回るディンメル。
「兵器の強さに目が眩む辺り、多少腕が経とうとも、精神は脆弱極まりない」
「貴様に私の何が分かるというのだ!」
顔を真っ赤にしながらグレイシアへ言葉を叩きつける男。
「花開くは血桜。防御自慢も、血を失うは堪えましょう」
白い髪が揺れて。雪之丞の透き通る声が木霊する。
何処からか花吹雪が舞うように、ひらりひらりと戦場を征く。それは手にした刀が見せる幻か。
雪之丞は空気を切り裂いて迫るマティスの拳を鞘で受け流した。
『楽しかったわ。雪之丞。また、お茶をしましょう』
そう約束したのだ。
アイル・トーン・ブルーの空の下、嬉しそうに笑う彼女と指切りをした。
その笑顔は。何よりも。
「――何よりも欠け代えの無いものなのです!」
決して失われていい命なんかじゃない。
白鬼の剣は黄泉の呪いを纏い、マティスの身体を蝕んでいく。
「アルムそちらは頼んだぞ」
「ええ。任せて下さい」
汰磨羈の声にアルムが応える。
雪之丞が引きつけている敵とは別の兵士を相手取りアルムは大盾を構えた。
守るだけ、耐えるだけならば戦況を覆すことは難しいのかもしれない。
『あの時』も。自分に力があったら。
ルピエの策略を見抜く力があったのなら。仲間は死なずに済んだのだろうか。
幾度、後悔しただろう。考えない夜など無いほどに。
己の責はどれだけ隠しても、影に潜んでいた。
笑っている時も怒っているときも。
自分のせいで死んでしまった仲間が居る事実が頭から離れなかったのだ。
その元凶――ルピエが目の前に居る。
アルムの抑え込んでいた感情がグーズグレイの憤怒となって湧き上がった。
「ああ、貴女は相変わらず美しいですね」
「思っても無いことを」
敵の攻撃を弾き振り向いたアルムの背にルピエの剣が迫る。
しかし、汰磨羈の拳がそれを弾いた。
弾かれた剣を返しそのまま汰磨羈へと振り下ろす。蘇芳色の血が白い肌に散って尚、仙狸は止まらない。
傷ついてもこの戦場には仲間が居る。
「助けが必要な所に即参上。私です」
いつの間にか汰磨羈の背後に現れた四音。彼女の影から湧き上がるダーク・ヴァイオレットの腕が汰磨羈を包み込み傷口をなで上げた。
じくじくとした痛みは直ぐに引いて、黒紫の抱擁が解かれる頃には汰磨羈の白い肌はしっとりと回復している。
「あまり目立たないよう、こっそーり回復しますね。ふふ」
異様な風体の回復術は否応無しに目立つのかもしれない。四音目掛けて兵士の銃が打ち込まれる。
「まあ、一番大切なのは皆さんの命です。必要なら目立つのも厭いませんのでどうかご安心を」
白いセーラー服がカーマインの血に染まった。
『ああ、なんて――』
頼もしいのだろう。
アルムはナイト・グリーンの瞳を滲ませる。
自分の背を安心して任せられる仲間。
あの頃が蘇ったような錯覚さえ覚えるほどの高揚感。
「今みたいな安心しきった顔が、絶望に歪む姿は本当に美しく滑稽で愉快でしたよ。アルム」
「ルピエ!!!!」
剣戟一閃。
アルムの剣が唸りを上げて空気を揺らす。
――――
――
「背中は任されてやるわ。思い切り暴れて頂戴?」
「ああ、頼んだぜ」
ゼファーとジナイーダが背を合わせ。そして、走り出す。
ディンメル隊の懐へ飛び込んだゼファーは『run like a fool』を突き出して兵士を牽制した。
敵の攻撃はゼファーの頬を裂き、アガットの赤が顎に伝う。
それをものともせず、彼女は舞った。
「しっかし、あんたに友達がいたなんてね」
ゼファーは背中を預けたジナイーダに語りかける。
「何を言い出すかと思えば。友達ぐらい居るさ」
複数の敵を射程の捉え、黒鴉が紫電を放った。爆音と共に皮膚の焦げる匂いが立ち込める。
「気になるの?」
アルカーディアの青い瞳が好奇心に揺れた。
「あいつはそういうんじゃねえよ」
眉を寄せて否定をするジナイーダ。
自分に向けられる情は親近感とかそういう類のもので。禄に会話すらしたことも、ましてや笑顔を見たことすらない。それを友達と呼んでいるのは便宜上、そう説明する方がわかりやすいからだ。
触れることさえ躊躇われる存在だっている、とジナイーダは心の中で思った。
「そうね。まあ、それは帰ってからじっくり聞かせて貰うわ。報酬もはずんでくれるみたいだしね」
月の弧を攫う一閃――
ゼファーの槍が敵の兵士を業炎に包み込む。
一瞬の間合いの後、彼女が後ろへ飛躍すればジナイーダの爆雷が落ちた。
言葉を交わさなくとも相手の思考が読み取れる。
視線を交わせば次の一手が手にとるようにわかった。
久々の共闘にゼファーは口の端を上げる。
「さあ、次!」
「おう!」
汰磨羈は敵の攻撃を受け流しながら瑠璃の瞳を少しだけ伏せた。
思考の海は揺蕩い。浮上し沈んでいく。
後悔は水面に彷徨う。
救えなかった者が居た。
救いたかった者が居た。
遥か昔の記憶の底。汰磨羈の心の奥底。
救える命があるのなら。後悔なぞしたくない。
全身を苛む絶望と憎悪の炎に焼かれ幾度、幾夜涙を流しただろう。
心を通わせた相手が居なくなるということは、それだけ疵を負うのだ。
だから、汰磨羈は戦う。仲間を守り、支え。
『救えなかった命』を少しでもなくすために。
汰磨羈は瑠璃色の瞳を上げる。
嫋やかな手が敵の剣を払った。じくりと攻勢結界の負荷が汰磨羈を蝕む。
けれど、彼女は決して止まらない。
アルムと連携を取り、ディンメル隊を侵攻していく。
「そっちお願い!」
「ええ!」
汰磨羈の脚が兵士の胴に痛烈な衝撃を与え、続けざまにアルムの剣が突き刺さった。
深手を負い動けなくなった敵兵を汰磨羈は戦場の外へ投げる。
「投降して下さい!」
顔まで覆う兜の中からオリーブのくぐもった声がする。
この下級兵士達は上官の指示に従っているだけだ。規律の厳しい軍において上官に逆らうということは許されない。それだけで除隊される可能性すらある。
強制的にこの場に来ている者もいるのかもしれない。家族を養う為に従っているのかもしれない。
「ショッケンの企みはもはや潰え、皇帝陛下もじきに戻ります」
投降しなければ、未来は無いのだと。兵士達に訴えかける。
「うるせえ!」
オリーブば敵の剣を受け、アガットの赤を散らした。
鎧の隙間から入り込んだ剣に切り裂かれる皮膚。
「くっ!」
辛うじて急所を外した傷からどくどくと血が流れ出す。
息は上がり、一歩前へ進むごとに激痛が走った。
「大丈夫ですか?」
重心を傾いだオリーブが四音の骨腕に抱きとめられる。
これ以上傷を受けてしまえば命に関わると判断した四音はオリーブと兵士の間に入り込んだ。
「軍人って大変ですね。命令されたら子供だろうと殺さないといけないんですから」
挑発するようにねっとりと、言葉を絡ませる。
「邪魔だ!」
「くふ。それだけですか?」
三日月に唇を歪めて、四音は敵ににじり寄った。
オリーブの頭に痛みがはしる。
ガンガンと叩かれるように、真っ暗な意識は浮上する。
「オリーブ! オリーブ!」
自分の名前を呼ぶマルクの声に、上半身を起こしたオリーブ。
柔らかなエバー・グリーンの光に包まれた身体は急速に回復していた。
「大丈夫か?」
マルクはオリーブを支え起こし、立ち上がらせる。
しかし、二人の背後に敵兵の凶刃が光った。
一瞬先に感づいたマルクが自身の背で攻撃を受け止める。切り裂かれる肉と神経の痛み。骨まで達した刃は脳に大量の痛覚を送りつけた。
「痛っ……!」
胃の中が迫り上がってくる程の痛みに呼吸が乱れる。
「は、っ」
自身に回復を掛けようとマルクは魔導書を開いた。
その背に二撃目が振り下ろされる。
瞬間。
金属音と共に敵の剣が弾かれた。
それはオリーブの小手。マルクを背後に庇い兵士のサーベルを押し返す。
「マルクさん! 大丈夫ですか」
「っ、ああ。大丈夫、だよ」
痛みを堪え癒やしの調和を織りなすマルク。
激しい痛みはファミリアとの接続を途絶させていた。
けれど、共有が無くなる寸前。戦場の隅を回って檻に接近した鼠は重要な情報をもたらしていた。
ワイズキーでの解錠は不可能だということが分っただけでも。
ここにある檻は一般的なものではない。
もしかするとこの古代遺跡の一部なのかもしれない。
さて身も心も囚われた少女の復活劇か。悪党共の笑う悲劇か。
四音はくすくすと嗤う。
これだけの登場人物が揃っているのだ。きっと素晴らしい物語になる。
「私は……」
この先の物語に。四音は歓喜する。心が震える。
くふふふ――
●
じりじりと時間をかけて戦況は傾いていく。
あと一歩。あと一手あれば。戦場を覆す何かを――
「子供が檻から出ています……誰かもう鍵を開けたのですか? 保護を!」
ヘイゼルの声が戦場に響き渡る。
「今ファミリアで確認した! 子供達の檻が開いてる!」
彼女の声に被せるようにマルクが言葉を重ねた。
「何い!? 何故渡した!?」
ディンメルが兵士の一人を怒気を孕みながら睨みつける。それをマルクは見逃さなかった。
敵将の視線の先には焦りながら懐を探る兵士が居る。
「渡してません。ここにあります!」
シルバー・グレイの鈍色が橙の灯火に反射した。
マルクはゼファーと視線を交わす。
「ジーナ!」
「ああ!」
ゼファーが押さえていた敵をジナーダが惹きつけ、電撃を放った。ビリビリと弾ける轟音。
相棒の攻撃に敵兵が怯んだ隙にゼファーは鍵を持つ兵士へと迫る。
「あまり悠長にもしてられないからね? さっさと諦めちゃいなさい!」
ゼファーの槍は風を切った。兵士の肩から腹にかけて刃が走る。
痛みのあまり兵士は鍵を落とした。それをゼファーが風の如く速さで奪い取り駆け出す。
「しまっ……!」
「甘い甘い!」
ゼファーは迫りくる兵士を軽やかに避けて檻へ走った。
首筋に叩きつけられる剣筋。されど、それは汰磨羈の拳が防ぐ。ちらりと視線を寄越した仲間が背中を押してくれる。
風を纏ったゼファーは檻へと至る。
奥歯をギリリと噛み締めたディンメルは一瞬の思考の海に落ちた。
彼の上官は厳しく。何の成果も上げられず帰還すれば処罰は免れない。
少しでも儀式に貢献したという事実が欲しい。
「そう、か」
最深部に到達しなくとも、この場所で子供の命を散らせばいい。
血を魂を散らし。コアの糧とすればいい。
そうすれば多少なりとも役に立ったと証明できる。
「子供を殺せ!」
ディンメルの声に。戦場に居る全員の意識が檻へと集中した。
吐き気がする程の緊張感。目を見開き、呼吸をすることすらままならない。
マルクは駆ける。全身で飛んで、手を伸ばす。
「止めろぉおおおおおおお――――!!!!」
檻の中で、ぱちんと。
小さな頭が弾けた。
●
はは。予定通り、だ。
「アルム、こっちの鍵も欲しいですよね?」
ルピエは鍵をちらつかせる。他に聞こえぬようにアルムにだけ耳元でささやく。
「本物ですよ。ベリルの檻は特別製です。この鍵でしか開かない。僕を見逃してくれるなら、お渡ししますよ。一人でも戦力が欲しいでしょう?」
「な、に」
あの時と同じニヤついた視線。この男の真意は何年経ってもわからない。
アルムの手の中に落とされる鍵。
「交渉成立、ですね」
その言葉と共に爆煙を地面に叩きつけるルピエ。
一瞬の後。残るのは遠くに響く足音だけ。
子どもたちに向けられる銃口に立ちはだかったクリム。
「……っ!」
身体が重い。スローモーションで流れる残像に身体が追いつかない。筋肉繊維が引きちぎれて関節が軋みを上げる。
彼方から飛んでくる弾丸が左脇腹に中たった。回転しながら皮膚と内蔵を磨り潰し抜けて行く。
「くっ、あ」
痛みに脳髄が揺さぶられ視界が明滅した。白と濃い灰色と朱色の世界。
パンドラの炎が揺れる。
まだここで倒れる訳にはいかないのだと。
クリムは敵の前に立ちはだかる。
「――私は、神様なんて……っ、信じない」
ここに立っているのは自分の意志で。子供達を守るのも自分の意志だ。
アガットの赤に染まりながらクリムは全身全霊を掛けて戦った。
子供の泣き声が聞こえる。
力の天秤はようやく、そしてかろうじてイレギュラーズの側に傾いた。
激闘は終局を目指して走り続けている。
失われた小さな魂と、その絶望と。
戦場を広がるエンバーラストの赤が彩り。けれど失われぬ闘志の発露はついに敵の壊滅を実現させた。
可能性を燃やして戦うイレギュラーズ達は、けれど『そうすることの出来ない』命の残滓を背負って。
「ルピエ……」
呟いたベリルの声が乾いている。
そこにルピエの姿はない。狡猾な騎士は既に戦場を後にしていた。
――――
――
「報告します」
鉄帝国軍内部の一室にてルピエは上官に敬礼する。
「子供達の半数は無事。残りの子供はディンメル隊が撃ち殺しました」
「何……」
「どうされますか?」
子供達を殺した者達への処分を問う言葉。
「上に相談する。追って報告する」
「ええ分かりました」
「して、ベリルはどうした」
上官はルピエと共に任務に就いていた少女の所在を尋ねる。
「ローレットの介入により負傷しました。現在は療養しています」
檻から出て戦闘に参加しなければ怪我を負う事はなかった。
ルピエの言葉に『偽り』は無い。
「そうか。ローレットが……」
「心配には及びません。彼らは優しくお人好しです。彼女をどうこうしようという気はないでしょう」
作り笑いを貼り付けてルピエは進言した。
「しかし、余程疲弊していると見えます。少し軍部から離して静養させた方がよろしいかと思います」
「そうだな。ベリルは静養させる。その代わりルピエには働いて貰うぞ」
「ええ。ベリルの分まで精一杯勤めをはたしますよ」
ああ、これで一つ。いや、ディンメルも入れて二つ上がる事ができる。
果て無き夢。
鉄帝の王への道のりは。されど血に濡れて。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
またのご参加をお待ちしております。
GMコメント
もみじです。
関係者盛りだくさん。
●目的
ショッケン派軍人の撃退。
子供達の救出。
それから……ベリル・トラピチェの救出です。
●ロケーション
歯車城の内部。
通路から機械仕掛けの広い場所に出ます。
灯りや足場は気にしなくて大丈夫です。
子供達やベリルの檻が、奥の方へゆっくりと移動していきます。
ベリルの檻は一際頑丈です。
速度から考えて、戦闘中にタイムリミットになることはありませんが。
少なくともどこかで解決しなければ、やがて大変なことになると予想されます。
●檻
檻は二つです。
十人ほどの子供達が檻に入っています。
隣の檻にはベリルが一人で入っています。
●敵
敵の数は多く四人のネームドは強力です。
○ディンメル大尉
ピストルとサーベルで武装する若手将校です。
近接中心の軍隊格闘術で戦います。強いです。
○メルカス伍長
二丁拳銃で武装するベテランの軍人です。
戦闘力が非常に高いです。
必要とあらば遠距離から近距離までこなすトータルファイター。
一番得意なのはどこかに仕込んでいる短剣です。
○マティス上等兵
大柄で筋肉隆々。体力と防御力が取り柄です。こんなナリで回復役。
前線で戦っても強いです。
○ディンメル隊×12
アサルトライフルとコンバットナイフで武装しています。
遠近の攻撃の他、範囲に掃射を行います。
この中のいずれか一人が子供達が囚われた檻の鍵を持っています。
○『裏切りの騎士』ルピエ・フェール
アルム・シュタール(p3p004375)さんの関係者です。
かなり悪い人。強いです。
ベリルが囚われた檻のカギをもっています。
●友軍
○『彩光』ベリル・トラピチェ
鬼桜 雪之丞(p3p002312)さんの関係者です。
檻に囚われています。
○『黒鴉』ジナイーダ
ゼファー(p3p007625)さんの関係者です。
同行してくれます。頼りになる戦力です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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