シナリオ詳細
少年と白銀の魔狼
オープニング
●小景
――その森の奥には春の泉がある。冬のさなかでも泉のまわりだけが春のような。そのほとりで育った瑠璃色の花は万病を治すだろう。
暗い森の近くにある小さな村には、そんな言い伝えがあった。だから少年、カムは大人たちに内緒で森へ入ったのだ。
すべては母のためだった。秋ごろから寝付きがちになった母は、最近ではすっかりベッドの住人になってしまっていた。医者の見立てでは胸を病んでいるとのことだった。高い治療薬を買えば治るともちかけられたが、母ひとり子ひとりのカムにどうして払えよう。医者に診てもらうのすら精一杯の懐具合なのだ。
だからカムは伝説にすがった。その伝説に続きがあることを知りながら……。
――春の泉は狼の群れが守っている。その頭領は左目に傷のある白銀の毛並みの狼だ。彼らは泉に近づく何者にも容赦はしない。
もちろんカムには危険だとわかっていた。だが、万が一、薬草を手に入れることができたなら。その希望が目の前の森にある。そう思うといてもたってもいられなかったのだ。
そしてカムは見つけた。昼なお暗く、雪に覆われた森の奥で、一筋の光明のように輝く泉を。その周りを巡る狼たちと、瑠璃色の花畑を。カムは木陰に隠れたまま身動きのしようがなかった。
狼は鼻がいい。カムの存在は既に知られているのだろう。時間が経てば狼達の胃袋へ招待されてしまう。引くこともできず進むこともできず、カムはぎゅっと拳を握りしめた。雪が静かに降り注ぎ、しんしんと寒さが身にしみてきて、カムはただふるえることしかできなかった。
(誰か助けて……)
●火急の用
「おおい、誰か力を借してくれ!」
ギルド・ローレットへどら声が響き渡った。なんでも深い森の近くにある小さな村の使いだと言う。ビール腹で赤ら顔の男は、集まったイレギュラーズたちに舌をかみながら状況を説明した。
「カムってやつが、ああ、うちの村のガキンチョなんだが、こいつが行方不明になっちまったんだ。行き先はわかってる、春の泉ってところだ。あ、春の泉ってところは」
まあまあ落ち着いて。と、あなたは男の手を取り安心させた。実は、と男は話を切り出した。
深い森の奥にある魔法のかかった泉がある。そのほとりに咲く瑠璃色の花を求めて、ひとりの少年が村を出た。異変に気づいた村娘が訴えて皆の知るところになったのだそうだ。
ただ、その泉は狼の群れに守られている。狼は俊敏で力も強く、急所を狙ってくる。特に親玉の白銀の狼は猟師の銃も軽々と避けてみせるため、村全体から恐れられているのだ。そのため、村人たちは泉を避けて生活をしてきた。
「狼全体の数は、おそらく10頭程度だろう。群れで襲ってくるから苦戦は必至だが、子どもは村の宝だ。どうかカムを助けてやってくれ」
男は殊勝な顔をして頭を下げた。
- 少年と白銀の魔狼完了
- GM名赤白みどり
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年03月12日 21時20分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●願いを込めて
昼なお暗い森の入り口に8つの人影があった。そのうちのひとりがくしゃんと小さく、くしゃみをして進み出た。もこもこした猫耳フード付きの短いマント、『灰塵の聖女』エデ・ミアン(p3p004860)だ。エデは手頃な太い木を見つけると、幹へ両手を当て、目を閉じた。
「ねえ、君達にとって狼ってどんな存在? 怖い? それとも守護者? できれば君達や狼の敵になりたくないけど……」
幹に添えた手のひらがほんのりと光る。ややあって、エデは手を離した。大型犬ジョニーを連れた『Dainsleif』ライセル(p3p002845)が歩み寄る。
「返事は?」
「仲間、だってさ」
「なるほど、仲間か……」
ライセルが森を見上げた。昼なお暗いその奥から、エデたちは敵意に似た雰囲気を感じ取った。
「できれば森のみんなや狼の敵になりたくないけど、生きるって難しいね」
エデはひとりごちると気持ちを切り替えるように両手で頬を叩いた。
「そうですね……。『仕方ない』こともあります」
『銀翼の歌姫』ファリス・リーン(p3p002532)がつぶやいた。彼女はカムの母から何かの役に立てばと借りてきた手袋とマフラーを身につけている。カムを発見した頃には具合良く温まっているだろう。
「危険だとわかっていても立ち向かわなければならない時もあります。相手の都合を知っていても戦わなければならない時もあるのです」
そう言ってファリスは手袋をなでさすった。
粉雪のマントに身を包んだ『白き歌』ラクリマ・イース(p3p004247)が足を踏み出した。
「無断で狼の縄張りに入り込んだのはカム少年の方。しかし少年も善意の行動、どちらも傷つかない選択肢はあるのだろうか……」
「それは狼と会ってみなきゃわからねぇな。いいじゃねぇか。出たとこ勝負は俺たちイレギュラーズの得意分野だ。こうなったのもそもそもは母を思う子供の愛……泣かせるじゃねぇか。何とか成就させてやろうぜ!」
明るい声をだす『TS [the Seeker]』タツミ・サイトウ・フォルトナー(p3p004688)。立派な胸がばいんと震えた。
「お袋さんの為って目的自体を咎める気はねぇが、力量が伴わねぇ冒険は無謀としか言わねぇんだ」
「そうです。蛮勇と無謀は別物です」
『快賊王』エイリーク=トールズ(p3p002096)とクラサフカ・ミハイロヴナ・コロリョワ(p3p000292)が重々しく続けた。
「ですが少年のその心意気はかけがえのないものであり、また共感できるもの。彼を保護し望みを叶えて差し上げる事は、力持つ者の責務と言えましょう」
「勉強代が自分の命ってことになる前に連れ戻さねぇとな」
クラサフカの決意にエイリークもうなずく。
『滅びを滅ぼす者』R.R.(p3p000021)は、重傷の体をおしてここに立っていた。
「無謀と知っても母親の破滅に抗うその勇気には、敬意を示すべきだ。そして彼を手伝ってやってもいい、その程度の酔狂はある」
彼らは森へ入り込む。寒々とした景色が続いた。
●険しき春の泉
「カム!」
ライセルが名を呼んだ少年は、驚いたのか目をまんまるにした。イレギュラーズたちは見た。狼の群れと小さな泉。その泉の周りには瑠璃色の花畑が広がっていた。
(花を手に入れるには狼の群れをかいくぐらなければ)
ひと目見てそう考えたクラサフカはいったん足を止めた。ライセルとファリスがカムへ走り寄る。
「やあカム。もう大丈夫だよ。この子はジョニー、俺達が一仕事終えるまでジョニーで暖を取るといいよ。この子の側を離れないでね」
「必ず目的を果たしますから、そこで見ていてくださいね」
「あ、ありがとうお兄さんお姉さん」
カムはほっとしたようだった。そこへRが立ちふさがる。燃え尽きた灰を包帯で人の形にとどめたような姿のRに身を固くするカム。その反応にRは喉を鳴らした。
「恐ろしいか俺が? 狼よりも?」
「そんなことない」
精一杯のつよがりで答えた少年に、Rは笑みを深くした。
「同じ破滅に抗う者としての誼だ。少しくらいは護ってやる」
そしてRは狼からカムを守るべく、彼へ背を向けた。
イレギュラーズたちの登場に、狼達は警戒を強めた。そろって動きを止め、イレギュラーズたちを注視している。エデの耳には瑠璃色の花々の嘆きが届いていた。
(アラソワナイデアラソワナイデアラソワナイデ……)
ラクリマが進み出ると狼達が低くうなり始めた。明らかに敵意を発している。中央にいるのは白銀の毛並みを持つ魔狼だ。ラクリマはこみあげてくる緊張をおさえつけ、口を開いた。
「はじめまして泉の守護者さんたち。断りなく縄張りへ踏み込んだことを謝罪します」
なるべく優しく、ソフトにをこころがける。
「俺達はあなた達と戦うためにここへ来た訳じゃありません。病で死にかけている人のために、瑠璃色の花を分けてほしい、それだけなんです」
長い沈黙の後に白銀の魔狼はあぎとを開けた。
『花ハ ワタセヌ。コノ泉ハ 今ハ亡キ アルジノモノ。アルジノ 命令ニ 従ウ コトコソ 我ラの 誇リ』
ラクリマは仲間へ通訳しながら言葉を連ねる。
「俺たちは無駄な戦いはしたくない。ほんの一房でいいのです、花を分けてください。お願いします」
『――我ラニモ カツテ 花ヲ ユズッテ ヤッタ コトガアッタ』
「では何故」
『1人 許セバ 次ノ日 2人ガ 来タ。 ソレヲ 許セバ 5人ガ 来タ。我々ハ ニンゲンノ 強欲ヲ 甘ク ミテイタ。花畑ハ 荒レタ。 長イ年月ヲ カケテ ヤット ココマデ 回復シタノダ。 我ラハ アルジノ 命令ニ 反シタコトヲ 深ク 恥ジ入リ 二度ト 瑠璃色ノ花ヲ 誰ニモ 渡サナイト 心ニ 決メタ』
ぐるる……。狼達の唸り声がしだいに熱を帯び始めてきた。不穏な前兆にタツミとエイリークがずいと前へ出る。
「所詮は破滅風情か――――――!」
Rが舌打ちした。狼達の発する敵意が雑音となって、ざりざりと彼の聴覚を削いでいた。
エデが耳打ちした内容を、ライセルは急いで通訳した。
「俺たちがここから出ていけば、もう怒らないでくれますか?」
『森ヲ 出タナラバ モウ 追ワヌ。ソレハ 約束 シヨウ。ダガ 花ガ ホシイナラ 我ラガマエニ チカラヲシメセ!』
一声高く魔狼が鳴いた。それを待っていたかのように狼たちが地を蹴る。タツミには3頭、エイリークには4頭の狼が食いつく。
「ぐっ、この程度で音を上げる、タツミさんじゃない、ぜ! お前らの相手は俺だ! もっとかかってきやがれ!」
タツミが踏ん張り、エイリークが気勢を上げる。
「関節ばかり狙いやがって、このど畜生ども……。遊び相手にはちょうどいいぜ。オレは簡単には食えねぇぞ? 全員、仕事に取り掛かるぜ!!」
残る狼は魔狼を含めて3頭。前衛2人の後ろに隠れていたクラサフカはこれを機と見て花を求め、走り出す。2頭の狼が彼女を迎え撃った。クラサフカはとんと軽く飛び上がり、飛翔したと思ったら大きく左へサイドステップ。飛びかかってくる2頭を幻惑するかのように華麗に回避してのける。顔をあげると瑠璃色の輝きが目に染みた。
(あれが伝説の花……なんと深く美しい瑠璃色なのでしょう)
追撃をかわしながら速度をあげ、泉に近づく。その時、衝撃が彼女を襲った。大砲でも食らったかのような衝撃が、真横から。2頭の狼によって動きを邪魔されていた彼女に魔狼が襲いかかったのだった。
「きゃあああああ!」
魔狼の突進の直撃を食らった彼女の体が吹き飛び、木の幹へ激突する。胸が痛い。肋骨が折れたかのような鋭い痛みだ。
「ライトヒール!」
エデの凛とした声が響いた。胸の痛みが癒やされ、クラサフカは呼吸を取り戻した。
「回復は任せて、花をお願い!」
「ええ、任せてくださいまし」
エデに答えてクラサフカは立ち上がった。深呼吸をするも体の芯に痛みが残っている。だが花を摘むことが彼女の役目だ。再び駆け出そうとした瞬間、魔狼が遠吠えをした。
「あっ、待て。お前らの相手は俺だって言ったばかりだぞ!」
タツミが焦った声を出す。
タツミとエイリークを攻撃していた狼が、クラサフカめがけて集まりだした。花を守ることを優先したらしい。タツミは体の向きを変え、狼の移動を妨げる。エイリークも噛みつかれるに任せた豪快な状態で狼の足止めをした。それでも動きを止めることができたのは合わせて4頭。フリーになった3頭の狼がクラサフカめがけて走っていく。
「あいつら、クラサフカをやる気だ……!」
エイリークが右腕と左足を狼に噛まれながら渋面を作る。その言葉通り、狼はクラサフカに群がり攻撃を加えていく。度重なる攻撃に回復が追いつかず、さすがのクラサフカも膝を突いた、赤黒い汁が地面に模様を描く。
「そこを、どけぇええええええ!」
ライセルが捨て身の突撃で狼の群れへ飛びこんだ。クリーンヒットした狼がギャインと鳴いて潰れたトマトのように弾け飛ぶ。どうにかひっぱりだしたクラサフカは羽は折れ、足は血まみれの無残な姿だった。
「……ライセルさん、は、花を」
「ああ。そのためにはどうやら最悪の選択をしなくちゃいけないみたいだな。腹をくくるよ」
かくり、と意識を手放したクラサフカ。
ぎゃんぎゃんと鳴きわめき威嚇してくる狼どもを相手に、ライセルはDainsleifの剣先を突きつけた。
「ごめんよ、俺、ラクリマみたいに優しくないからさ。命の遣り取りを手加減するの難しいよ。ましてや……仲間は絶対に守る!」
「そうだとも!」
白刃が煌き、1頭の狼が前肢を断たれた。遅れて血が吹き出し、狼が怒りの声を上げる。勇壮なる行進曲で己を鼓舞したファリスがハルバードで一刀両断したのだ。
「1頭残らず叩き切る! それが泉の守護者への返礼だ!」
ファリスにはわかっていた。泉と花を守るためならば、狼は決して引かないだろうと。それが彼らの誇りなら、全力で応えるのが礼儀であると。
「……大丈夫。戦う覚悟は決めている」
ラクリマは悲しげにそうつぶやいた。大きな瞳に憂いを浮かべたままグリモワールを開き、前肢のない狼の背をなぞった。
ボコッ。ボコボコ。
異音がたち、ラクリマが触れた部分が異常に膨らみ始める。大量の腫瘍に覆われ、狼は吐血した。血に混じってびしゃりと胃の中のものを吐きだす。すえた臭いが鼻を突いた。そのままげえげえと中身を吐きつくし、狼は絶命した。
8頭に減った狼だったが、まったく戦意は衰えていない様子だった。その証拠にエイリークとタツミが足止めした狼は殺意の権化のごとく彼らの四肢へ食いついていた。だがこれこそ2人の思う壺。二人は顔を合わせ、ニヤリと笑いあった。彼らが4頭もの狼を抑えているから、攻撃手が自由に動けるのだ。縁の下の力持ち、それこそが前衛。なかなか倒れない2人に狼どももいらだっているようだった。エイリークへ絡みついていた1頭が飛び上がり、太い首へ牙を立てようとする。
だがそこへ何かが飛来し、狼は頭を吹き飛ばされた。
その何かは放出された魔力の矢だった。それがボロボロの包帯の姿に戻り、Rの元へ戻っていく。束縛のギョルドに乗せた魔力の放出は絶大な威力だった。Rがうそぶく。
「その様が口伝として伝わる程だ。アンタ達にはここを護る理由がある」
伸ばした腕へしゅるりとからみつく包帯。
「だが、今のアンタ達は肉を喰らわんとする、只の“破滅”だ。破滅の道理を聞き入れる寛容さは、俺には無い――――滅びを知れ」
ドサッ。頭を失った狼がエイリークの体を血で汚して地に落ちた。
「反撃開始かな? 灰は灰に……今がその時」
エデがエイリークへのしかかった狼へ両手を向けた。
「焔式!」
短いまじないを唱えると炎が燃え上がり、狼の全身を包んだ。突然の攻撃に驚いた狼はエイリークの体を蹴り、バックジャンプする。毛皮の焦げた生臭い臭いがあたりに立ち込めた。くやしげに唸る狼。自由になったエイリークが凶悪な笑みを見せた。
「ちっと本気だすかぁ!! 肉を噛ませてぇ……丸ごと断つッ!!」
振り下ろした拳はハンマーのごとく。エイリークの重量を乗せて狼の頭を叩き潰す。頭蓋が砕けた狼は酔ったようにふらふらと歩き、雪の上へ鮮血とともに崩れ落ちた。
気を良くしたエイリークが、タツミから狼を1頭はぎとる。攻撃するチャンスがめぐってきたタツミが腕へ食らいついたままの狼を大地へ打ち付けた。
「お前らにゃあ悪いが、こっちも仕事だからな! 本気でいかせてもらうぜ!」
鞘から抜き放たれ、ぎらりと光るソードブレイカー。タツミはおかえしとばかりに狼を格闘でめった刺しにした。これまでのうっぷんを晴らすかのような苛烈な攻撃に狼はあえなく息絶えた。
白銀の魔狼がのそりと動いた。取り巻きの狼はイレギュラーズとの戦いで果て、すべて骸と化している。それでもなお、魔狼は泉の前から動かなかった。少しばかり下を向き、低い声でうなる。
(――祈り……)
ラクリマの耳には魔狼の声が届いていた。
『ヨクヤッタ オマエタチ ナガキ ツトメヲ ハタシ ユックリト ネムルガヨイ』
やがて顔を上げ、イレギュラーズたちをねめつける。エイリークとタツミがそびえ立つ双璧のごとくその前に立った。
「観念しろって言ってもしないんだろうなーこいつは、……ッ!」
それは一瞬のことだった。魔狼が軽口を叩いたタツミのわきを飛び越えた。次の瞬間、タツミから大量の血が吹き出した。首をかき切られたと気づいたのは数瞬遅れてからだった。
「っ! まだまだぁ!」
パンドラの青い光がタツミの意識を引き戻した。
「みんな、こいつは俺が抑える! やっちまってくれ!」
「おう、任されたぜ!」
鋭利な笑みをひらめかせたエイリークが得意の喧嘩殺法で魔狼に迫る。
「うらぁ!」
あえて言うならばジャブからのストレート。それを魔狼はよける、よける、だが最後の一撃が白い体へ届いた。
「ギャウゥ!」
魔狼の悲鳴を聞き、いけると踏んだライセルが最後の気力を振り絞って特攻する。魔狼の胴へDainsleifが柄まで突き刺さる。赤く濡れた刀身が魔狼の体を貫いた。もがくこともせず、魔狼は悲鳴をこらえているようだ。魔狼の筋肉が刀身をぎちりとはみ、ライセルは自慢の剣を持っていかれそうになり、あわてて引き抜く。魔狼の体に空いた穴からだくだくと血が吹き出た。
続けてファリスがその首を両断すべく走った。だが、わずかな迷いがその心にうまれていた。ハルバードの軌跡がぶれ、致命傷には届かない。
(――この魔狼、わざと攻撃を受けている?)
同じ疑問をエデも抱いていた。総攻撃をかけているとはいえ、あれだけの強さと速さを誇った魔狼が簡単に落ちるとは思えない。それがいともたやすく倒れかけになっている。
エデがラクリマを振り向くと、ラクリマもこくりとうなずいた。半死半生の魔狼へ近寄る。
「仲間の元へ行くつもりですか?」
長い沈黙が返ってきた。それはこの魔狼が過ごした歳月の長さを思わせるに十分だった。ラクリマは静かに語りかける。
「あなたは力を示せと言った。まだ足りませんか? あなたがいなくなってしまったら、誰が泉を守るのですか?」
魔狼は朱と白の斑に染まった自分の体をながめ、そしてラクリマへ視線をうつした。そして、笑ったように見えた。
『ゴウカクダ ハナヲ ツンデイケ』
●そして
「待たせたね、カム。行こう」
ライセルがにっこり笑いかけ、ジョニーがわふんと鳴いた。カムへ差し出された手には一房の瑠璃色の花があった。
タツミがカムを クラサフカをエイリークが背負い、一行は村を目指して歩き出した。
「お母様の手袋とマフラーをお持ちしました。どうぞ使ってください」
ファリスがカムへ手袋とマフラーをわたすと、カムはありがとうと頬を染めた。ぴゅうとふきつける寒風がファリスの背を撫でたが我慢する。
「それにしてもあの魔狼、気になります。ハルバードでざっくりやってしまいましたし」
「大丈夫だよ。ボクがしこたま治癒しておいたもの」
ファリスのぼやきにエデが答える。
「あいつはこれから長い長い時間を1頭だけで過ごしていかなきゃならないんだろうな」
「そうですね……」
タツミの言葉に、ラクリマも浮かない顔をしている。
「孤独という檻に囚われ続けるか、それもまた破滅にふさわしい」
Rの独白に、カムがひょこりと頭をあげた。ラクリマへ顔を向ける。
「あのね、お兄さん。動物との話しかたを教えて。僕もそうなりたい。そうなって、狼さんの友だちになりたい」
思ってもいなかった言葉にラクリマは絶句した。そしてくすくす笑いだす。
「そうだね。そのためには資格が必要だけれど、そんなものなくても君ならきっと……」
エイリークも目を細める。
「だけど勝手に出てきちまったのは、よくなかったな。お袋さんのためにって気持ちは解らないでもねぇ。けどなぁ、お前がいなくなっちまったらお袋さんは身体どころか気まで病むんだぜ? 今度からはすぐローレットを頼れ、依頼料が安かろうが手を貸すやつが必ずいるからよ」
はいっ、と元気な返事が青空へ響いた。森を抜けたその先には小さくもぬくもりを感じさせる村が待っていた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
おつかれさまでした。
皆さんのおかげで森は存続し、少年と母は穏やかな生活を取り戻しました。
またのご利用をお待ちしております。
GMコメント
●成功条件 カムの生存と瑠璃色の花の入手
●敵の詳細
白銀の魔狼
魔法によって強化された狼です。反応、回避、クリティカルがずば抜けています。
狼
魔狼の下僕とも言うべき狼で、ステータスは魔狼よりも低いです。また、3~4頭の集団でPLひとりを攻撃する傾向があります。
●環境
雪がちらついています。視覚に影響はありませんが、防寒対策が必要でしょう。また、カムは時間経過で凍死する可能性があります。
●備考
森の入口から始まります。
オープニングとシナリオ詳細に書かれている以外の大きな出来事は起きません。
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