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シナリオ詳細

<第三次グレイス・ヌレ海戦>偽善なるファム・ファタル

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――酷い音だ。ブゥゥゥンと喧しく響くモーターの音と跳ね返す様な囂々という水音は凍て付く焦土では訊く事は余りに少ない。人々の熱狂より離れた鉄の群れが占拠する孤独な青は聞いて居たよりも寂し気に見えた。
「いやねェ」と息を吐き出して、胡乱に地図を見下ろした青年は揺れ動く船内でも奇妙な程に凛とした姿勢を保っていた。己を美しく見せる事のプロフェッショナルを自負する事はあるのだろう。彼――ビッツ・ビネガーは欠伸を噛み殺す。
 もう直ぐ船はグレイス・ヌレ海域へと到達する。ガイドブックで見た温暖なる美しき海を穢すのだと考えれば……ああ、ぞくりと彼の背には何かが走った。

『手を貸せ』と。端的にその一言だった。
 曖昧な反応を見せたパルス――ビッツに言わせれば力不足であり『アイドル』は政治に絡まないものだろう――や興味なさげなガイウスの中で真っ先に手を上げたのは皇帝が『イイオトコ』だったことに過ぎない。S級ともくれば毎日ファイトがある訳でもない事で欲求不満であったこともある。
 グラスの中の水がぱしゃり、と地図に掛ったのを横目で見遣ってからビッツは言った。
「それで? いつから戦えばいいのかしら」
 闘争に飢えた獣の様に感情を露わにした男の笑みは美しい。ベリス・ロアロス船長は「グレイス・ヌレに入れば『お迎えが来る』でしょうよ」と適当な返答を返した。
「お迎え? ああ……そうねェ! きっと、来るわ!」
 王国大号令なんて言う爛れた愛に溺れていた国家に最近は玩具(かれら)は手を貸しているらしい。
 皇帝直々にお誘いかけた強者が出てくると言われれば彼らを此方に派遣する事は間違いないだろう。
「ところでベリス。皇帝のオネガイだから同乗してるだけのアタシが裏切るとは思わないの?」
「その心配をしてどうする? 『Sクラスの最も華麗で美しく残酷な番人』さんよ。
 俺らよか『玩具』と遊んでる方が楽しいだろうさ。存分に遊んでくりゃいい。その間に俺らは包囲網を抜けるだけだ」
 そうね、と唇が弧を描いた。そうだ。そうなのだ。

 ――『Sクラスの最も華麗で美しく残酷な番人』!
 その呼び名に嘘はない。たっぷり痛め付けて戦えなくなるほどに甚振った相手の泣き顔がビッツは何よりも好きだ。
 背に奔る焦燥。心の奥深くから沸き立つ欲求。ぺろりと舌を覗かせて、彼は笑った。
「イイわねェ――玩具(イレギュラーズ)」


「事態は急を要します」
 書類をその両脇に抱えながら陣頭指揮を執る様に王宮に立つ『貴族派筆頭』ソルベ・ジェラート・コンテュール(p3n000075)はイレギュラーズへとそう言った。
『海洋王国大号令』で浮足立った王国は遙かなる外洋の先に広がる新天地(ネオ・フロンティア)に夢を見ていた。ソルベに言わせれば『国民総出で夢見る乙女状態』だったのだ。
 先の連絡では『鉄帝国の民間船』と名乗った船との交戦が確認されている。厳しい気候に覆われる広大な土地が繁栄には程遠く――その為の侵略を是とする彼らが理由を付けて海洋王国の目指す新天地を略取する事など分かっている。
「鉄帝国の出方については偵察船を送っています。カヌレ、引き続き情報を取り纏めなさい。
 ああ……野蛮な行いを見過ごす見過さないではありませんね。イレギュラーズ、巻き込んで申し訳ありませんが、今回は此方に一枚噛んで頂けますね? 海洋王国からのオーダーは『侵略を防ぐこと』。その為に、我らはグレイス・ヌレにて戦線を引きます」
 地図を、とソルベが指すのは海洋王国の拠点が多く存在する海域グレイス・ヌレであった。元より海は得意分野たる彼らと言えど今回ばかりは楽観視しては居られなかった。
「近海掃討での海賊たちの反発に、そして鉄帝国……ですか。あの『アイゼン・シュテルン』まで出てくるとは」
 歯噛みしたソルベは鉄帝国の旗艦であり皇帝自ら出てきているという情報を苦し気に吐き出した。
「お兄様? お顔が疲れて居ましてよ。……イレギュラーズの皆さん、私たちにとって鉄帝国の皇帝陛下は確かに脅威ですわ。けれど、それにばかり目を奪われていてはいけません」
 気丈に振る舞うカヌレは不安げに兄の傍に寄る。コンテュールの重責に潰されぬようにと乙女は毅然としてイレギュラーズへ言った。
「ビッツ・ビネガー。ラド・バウS級ファイターが皇帝の命を受けてグレイス・ヌレに向かっておりますわ」
 その情報はコンテュール家の偵察船より舞い込み――そして、それ以上の情報を得る事は出来なかった。
 呻きと叫び、そして小さな男の笑い声だけが通信機より響いていたとカヌレは唇を噛み締める。
「S級……。申し訳ないですがイレギュラーズの皆さんはそちらに向かって頂いても構いませんか? すぐに、コンテュールからも兵を――」
「必要ありませんわ。ソルベ卿」
 そっと顔を上げたカヌレは「バニーユ夫人!」と安堵したような表情を見せた。困惑した王国を憂う様に涙を浮かべたバニーユ夫人は「バニーユも力をお貸しいたします」と堂々と言い放つ。
「お兄様、バニーユ夫人にお任せすれば安心ですわ! コンテュールは引き続き偵察を行い、指揮に集中いたしましょう?」
 バニーユ夫人に絶対的な信頼でもあるのかカヌレはにんまりと笑いソルベの手を握りしめる。年の離れた妹の笑みと、その奥で柔らかに微笑んでいるバニーユ夫人を見比べてソルベはゆっくりと頷いた。
「それではすぐに精鋭を皆様の援軍として派遣する準備を致しますわ。一度失礼いたしますわ」
 グレイス・ヌレにてお会いしましょうと微笑んだその声を聞いた後、カヌレから離れてソルベはイレギュラーズへと耳打ちした。

「私は彼女を信用していません。……どうか、用心してください」

 広間でこうして堂々と『コンテュールは士気に、バニーユが援軍として』と言い放たれたのだ。コンテュールからの援軍は出せないとソルベはイレギュラーズへと頭を下げた。
 その言葉の意味が何なのか……この時、ソルベ以外には分からなかっただろう。

 ――そう、『この時』は、だ。
 グレイス・ヌレ海域にてビッツの乗り込むシュラハトシッフ・フランメと相対していたのは海洋王国のトレディシェンという一隻の戦艦であった。
 トレディシェンと共にシュラハトシッフ・フランメより攻撃を仕掛けてくるであろうビッツ・ビネガーの無力化と戦艦の撤退を促す事がイレギュラーズには求められている。ソルベは其れを『無謀な賭け』と呼んだ。
 無謀なのは絶望の青に挑む事と同じだ。ならば、此処で指を咥えて居る訳にもいかぬとカヌレの激励を受けて小型船でトレディシェンに合流した時、船員たちは精鋭を見て安堵した様に胸を撫で下ろした。
「もう直ぐです、イレギュラーズ。彼方より『鉄』が進んできます。接敵時の号令はおまかせします!
 バニーユ家の援軍が合流するまで持ち堪えれば我らの勝利も決定的でしょう……!」
 そう明るく告げるトレディシェンの船長は通信員の言葉を聞いて蒼褪めた。唇を戦慄かせ、甲板へと飛び出した彼は「これだけ!?」と声を荒げる。
「まるでクルーズにでも行くかのような、客船が二隻! たったこれだけが『援軍』だと!?」
 バニーユ家より送られた援軍。
 その数は2。
 戦を小莫迦にしたような客船がのんびりと進み、トレディシェンへと手を振っている。
 迫る鉄の気配を見てみぬふりして楽し気に笑った客船の船員たちの振る舞いはまるで死への誘いの様にさえ感じられた。 

GMコメント

 夏あかねです。役立たずの援軍と共に、何としてもこの海域を護りましょう。

●成功条件
 ・トレディシェンが海洋王国に帰港すること
 ・ビッツ・ビネガーの撃退/シュラハトシッフ・フランメを撤退させる

●ビッツ・ビネガー
 ラド・バウのS級ファイター。自称『Sクラスの最も華麗で美しく残酷な番人』。
 皇帝の命を『イイオトコだから』という理由で請けてグレイス・ヌレ海域にシュラハトシッフ・フランメで向かっています。
 暗器遣いで嫌らしい戦い方を好みます。徹底的に他人を甚振り、命乞いをさせる事こそが彼のスタイル。その戦闘スタイルに異を唱えるラド・バウの闘士も居ますが『番人』の前ではその口も閉じざるを得ないというのが現状です。
 S級ファイターであるという事から非常に強力なユニットです。(自分より強い相手とは戦わないという信条がある為、彼の戦力は未知数です)

●シュラハトシッフ・フランメ
 鉄帝国の戦艦。ベリス・ロアロス船長率いる鉄帝軍人たちが乗船しています。
 鉄の体を持ち非常に持久力に優れて居る事、統率が取れている事が彼らの特徴です。
 甲板で戦う帝国海兵の数は20。船内の海兵の数は不明です。

 ・ベリス・ロアロス船長
 非常に古い火縄銃を愛用している鉄騎種。非常に強力なユニットです。指揮能力持ち

 ・甲板の帝国海兵*20
 トータルファイターが多く乗船しています(ビッツのサポート役という面が強いようです)

 ・時間経過:敵軍増加
 時間の経過によりグレイス・ヌレ海域には『新たな敵戦艦の出現』が予測されます。
 トレディシェンにて情報収集を行っていますが、最終防衛ライン付近での戦闘になる為、海洋軍を打ち破った船の出現は免れないと考えられます。

●トレディシェン
 偵察を兼ねる海洋王国の戦艦です。海洋軍が乗船しており、遊軍ユニットとなります。
 脱出用ボートやロープなどは備え付けられていますので必要ならば使用してください。

 ・海洋軍人*???
 トレディシェンを護るために戦います。但し、戦力は鉄帝国と比べれば余りに差があります……。

●バニーユ家の援軍*2
 客船を思わせるのんびりとした雰囲気の船です。一応は巡洋戦艦のようですが、その雰囲気が余りに戦場には会いません。トレディシェンは『この後にも援軍は来るだろう』と口にして居ますが……。
 乗組員も居ますが余りあてになりません。どちらかと言えば足手纏いかもしれません。
(バニーユ家が何を考えているかは分かりません……夫人は「我らが国を護りましょうと言いますが……」)

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●重要な備考
<第三次グレイス・ヌレ海戦>ではイレギュラーズ個人毎に特別な『海洋王国事業貢献値』を追加カウントします。
 この貢献値は参加関連シナリオの結果、キャラクターの活躍等により変動し、高い数字を持つキャラクターは外洋進出時に役割を受ける場合がある、優先シナリオが設定される可能性がある等、特別な結果を受ける可能性があります。『海洋王国事業貢献値』の状況は特設ページで公開されます。
 尚、『海洋王国事業貢献値』のシナリオ追加は今回が最後となります。(別途クエスト・海洋名声ボーナスの最終加算があります)

●優先参加について
 鉄帝国主力シナリオにはそれぞれ二枠の優先参加権が付与されています。
 選出基準は『海洋王国事業貢献値』上位より、高難易度に付与する、となっています。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

  • <第三次グレイス・ヌレ海戦>偽善なるファム・ファタルLv:20以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度VERYHARD
  • 冒険終了日時2020年01月04日 22時35分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)
騎兵隊一番翼
十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)
共にあれ
ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)
穢翼の死神
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
業壊掌
ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)
我が為に
シラス(p3p004421)
竜剣
津久見・弥恵(p3p005208)
銀月の舞姫
湖宝 卵丸(p3p006737)
蒼蘭海賊団団長
チェルシー・ミストルフィン(p3p007243)
トリックコントローラー

リプレイ


 ――酷い音だ。そして、酷い景色だ。
 美しい青を占拠した鉄の群れは当たり一面を曇天のように埋め尽くす。
「……あれが、鉄帝の軍艦?」
 顔を上げて『蒼蘭海賊団団長』湖宝 卵丸(p3p006737)はその鉄の群れを眺めていた。
 遥かなる大海を越え、未だ見ぬ新天地(ネオ・フロンティア)を目指す海洋王国。国家を挙げて発令された大号令は海洋王国だけの話に留まらない。彼らと類似した問題――海洋王国が小国であるように、国家の大半を厳しい焦土に晒されている――を持つ鉄帝は外洋へ出んとする王国の事業に『一枚噛みに』来た。
 彼らの進軍ルートはソルベ・ジェラート・コンテュール曰く、ネメシス沿岸部を通り抜け、海洋島嶼部へと到るルートである。海洋王国にとって、多くの防衛拠点を有する海域、グレイス・ヌレで待ちうけよと言うオーダーは海洋王国軍だけではなく『大号令』の協力者たるローレットにも下されていた。
「ローレットから直々の呼び出しって時点で、嫌な予感はあったんだよなぁ……」
 流れる水が如く、そして、空を行く雲が如く。為すが儘に進んでいた『うそもまこともみなそこに』十夜 縁(p3p000099)は酷く嘆息した。
「うん。本当に嫌な予感的中。厄介な依頼だね」
『鉄帝側も安易に攻め込んできた訳でもなさそうだ』
「『オールスター』で攻められたら見過ごすわけにも行かないね」
 胸元の十字架と対話しながら『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)はゆっくりと顔を上げた。鉄の群れに近寄れば近付くほどにその重圧は重苦しくなっていく。
「多少、無茶しなくっちゃ厳しそう」
「ええ、厳しいも厳しいわ。軍同士の戦争、それに助力だなんて今までにないハードな依頼じゃない」
 苦しみとは幸福のスパイスとして認識する『魅惑の魔剣』チェルシー・ミストルフィン(p3p007243) は浪漫とそして苦難の溢れうこの展開を感じ取る。
 それは『無影拳』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)や『ラド・バウD級闘士』シラス(p3p004421)も同じだったのかもしれない。
 鉄帝誇る大闘技場ラド・バウ。憧憬集めるその場所の栄光をイグナートもシラスも知っていた。それ故に、状況がどのような物であれどラド・バウのS級戦士が来ているのであればその実力を魅せぬ選択肢はない。
「敵対するのは心苦しいけれどキッカケが気に入らないからね。
 S級のウデマエも気になるし遠慮なく暴れさせてもらうよ!」
「ああ――ビッツ・ビネガー!」
 確かめるように。シラスはその名を呼んだ。
 ビッツ・ビネガー。
『Sクラスの最も華麗で美しく残酷な番人』
 その彼が、鉄帝国戦艦シュラハトシッフ・フランメに同乗して来たのだ。
「S級闘士か……万一はあるだろうが、怖気づいてもいられないな。が、常にリスクは冷静に見極めねば……な」
「うむ。それが上に立つ者としての役目であろう」
 ポルードイ家として。そして、クラーク家として。
『麗しの君』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)と『大いなる者』デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)はその肩に大いなる責務を荷ってその海に立っていた。
「勇敢なる海の戦士たちよ! 敵は強国鉄帝である!
 だが、ポルードイが断言する……海での戦で我らに勝るものなし! 総員、一層奮起せよ!」
 堂々と、トレディシェンの乗組員たちへとレイヴンは言った。
 眼前には巨大な鉄。『リーヌシュカの憧れ』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)は振り返る。バカンスにでもやって来たかのような穏やかな調子で追従するバニーユ家の援軍がそこには存在する。
「ラド・バウS級ファイター……ってのがどんなモンか、海洋から出ねぇ俺にはわからんが、とりあえず最悪なやつが来たってのは理解した。ついでに最悪な状況になっちまってるってことも」
 縁の言葉に『嫣然の舞姫』津久見・弥恵(p3p005208)は頷いた。そうだ、最悪も最悪だ。
「ええ……盤上は不利から始まりますから」
「……だがまぁ、おかげで腹は括りやすい。
 どうせ最初から最悪なら、これ以上悪くはならねぇってことだ――多分」


 敵の艦の航行に支障が出た場合はシュラハトシッフ・フランメが早期撤退する可能性が上がると卵丸は考えた。
 縄や網に頑丈な重しを結びつけ深い海へとその身を投じる。巨大な鉄の塊の走行機能を減少させることが盤外戦術だと鉄の下と潜り続けた。
「侵略者がこの蒼き海で、安全に航行できるとは思わないんだぞ……これが卵丸の海賊戦法だ!」
 深き海の上、海鳥を空高くへと派遣してデイジーはカリスマを発揮してぐるりと背後を振り返る。ラルフと同じく見つめる先はバニーユ家。
「お主らはバニーユ家の援軍であると聞いているのじゃ!」
 デイジーの脳裏によぎったのはコンテュール卿の言葉であった。

 ――私は彼女を信用していません。……どうか、用心してください――

 それがどういう意味を持っているのかは分からない。
 デイジーの記憶ではバニーユ家は海洋王国でも貴族派の名家ではなかったか。現在の当主代理セイラ・フレーズ・バニーユ夫人の亡き夫が当主であったころはポルードイ家もクラーク家もそれなりの交友はあったそうだ。
 そうした過去を確認した中ではコンテュール家もバニーユ家とは旧知の仲であり、代表であるソルベがそうした言葉を口にすること自体がどうにもおかしいのだ。現に、彼の妹君であるカヌレなどは夫人によく懐いていたではないか。
(どうにもおかしな話じゃな……『あの』バニーユ家がこのような援軍を送るとは……)
 バニーユ家ではない。彼女と言う言葉は『セイラ』を信頼していないと言うことだ。
 この儘では無用な荷物どころではなく極めて戦闘に悪影響を与える存在だ。
「さて、バニーユ家より派遣された援軍と見受けるが――君たちにも任せたいことがある」
 堂々とそう言ったラルフに合わせてデイジーは大仰に頷き「バニーユ家の者達よ!」と援軍の士気をあげるべく声を張り上げた。
「これはお主達にしか出来ぬ極めて重要な任務じゃ!
 妾達に協力して頂きたく思う! コンテュール卿よりバニーユ夫人へと助力を懇願した事より、無視分けないのじゃが妾達の指示を聞いてほしいのじゃ」
 強く声を響かせてラルフは「さて、君たちには重要な任務を荷って欲しい」と言葉をかける。説得と交渉は似て非なるものだった。無論、そこに付属するのは洗脳と言う技能であった。
 心を掴み、堂々と告げるラルフが感じ取ったのはコンテュール卿が口にした『信頼』の意味であった。
(この局面で非協力的な兵を派遣。しかもそれを自身から進言。
 ……バニーユ夫人は最初から此方を捨て駒として考えている可能性が高いか)
 この海域を護りきれずともある程度の打撃を与えられていれば鉄帝がリッツパークに攻め入る可能性は低い。
 士気の低い援軍たちにラルフは「損失を蒙る訳には行かない」と声を大にした。どのような状況であれど海洋王国の誇る海軍に打撃が入れば国益と国防に被害を受けるのは仕方がないことだ。
「この海域は鉄帝の援軍が来る可能性がある。海域に居る以上は君たちだって標的だ。
 ……援軍に『倒されない』様にくれぐれも尽力を頼むね。我々からしても諸君(えんぐん)の損失は避けたい」
「まあ、ご主人に言われたとおり位には働きますさァ」
 バカンス中に仕事を申し付けられたかのような雰囲気であった。その異様な穏やかなさにラルフは眉を吊り上げる。
(妾達は『指示』はした。それを聴いてくれるかどうかはあちらしだいなのじゃ……)
 しかし、そちらにばかり構って入られない。足並みそろえてシュラハトシッフ・フランメへと飛び込んだ特異運命座標へとベリス・ロアロス船長が「敵襲!」と声を上げる。
「手厚い歓迎ね?」
 くすりと笑ったチェルシーはやる気ドリンクを煽り艦隊へと降り立った。
「侵略なんてさせないわよ! 可能性を探る邪魔はさせないわ」
「ええ。此処は舞いの鑑賞だけでお帰りいただけないでしょうか?」
 ルナティックヴェールを身に纏った弥恵はしっかりとベリスをその双眸に映し込んだ。
 アウェーとなる敵艦隊。この場で援軍の支援なくては袋の鼠だ。統率取れた兵士の中で乙女はその場所さえも舞台へと変貌させた。
 レイヴンは探す。ビッツ・ビネガーを。脅威と呼ばれたラド・バウの戦士のその姿を。
 そして――弥恵が顔を上げる。ピュウ――と海鳥の鳴き声が聞こえデイジーが「上」と顔を上げたそこ暗器が飛び交った。
(ビッツ・ビネガー!)
 イグナートは奇襲に顔を上げ、彼の奇襲により周囲より一斉に現れた兵に声を張り上げる。
「まさかS級ファイターの実力におんぶで抱っこなワケないよね?」
「言ってろ! 遊技場の戦士様なんかと鉄帝軍人を一緒にするな!」
 戦士が飛び込まんとするそれをイグナートは受け止めた。声を荒げ、ビッツへの支援を遮る様に闘気を滾らせる。
「いくわよティア、あれを倒せば指揮が乱れるわ。あなたの火力をサポートさせて貰うわ」
 チェルシーが抉じ開けた『穴』へとティアがその身を投じる。ビッツばかりを優先するわけではないのだとティアが狙うはベリス・ロアロス船長その人だ。
「指揮に長けているようだが、指揮する兵が減れば……!」
 レイヴンが放ったは全身全力の魔砲。それが甲板より内部へ通じる通路へと放たれれば、その扉は歪みを与える。甲板だけではない。内部へ狙った敵襲だと戦艦内部で軍人たちが動き始めたことに気づきラルフは激戦となる前にと万能金属を海へと投げ入れた。
 海中の卵丸が艦隊へ打撃与えんと狙うそれを支援する動きを受けながら縁は腹括りぼんやりとした表情で立った。
「さて……暇つぶし程度になりゃあいいが」
 ビッツやベリスへの援軍を防いで見せるが為と縁は自らを弱く無力な存在に見せた。
 それは鉄帝軍人たちの戦意を煽る。自身らを見くびられたのかと苛立つその勢いを見詰めながらやれやれと肩を竦めた縁に向けて敵軍の攻撃が飛び交ってくる。
 特異運命座標の狙いはベリスであった。それが詰まらぬのであろう、気怠げな毒の花はその美しき髪を靡かせて甲板へとその姿を躍らせる
「ビッツ・ビネガー!」
 叫んだ。ただ、声を張り上げて。 
 シラスの目はしっかりとその男を見つめている。
 電子回路が明るい光を灯した美丈夫は「特異運命座標(おもちゃ)から熱烈なラブコールだわ?」と小さく笑う。
「遊んでもらおうじゃねえか、今日は最後まで付き合わせてやるぜ」
 シラスは知っていた。ビッツ・ビネガーは非常に享楽的だ。
 守りを固めてブロックしているだけでは彼は直ぐにでもシラスから興味を損なうだろう。
 ならば、興味を引けばいい。身体が千切れたって、這い蹲ったって噛み付いてやればいい。
 痛め付ける事を好む『悪趣味』にはそれがぴったりなのだ。
 火縄銃を手にしたベリスの指示を受け統率取れた兵たちが一斉に縁へと攻撃を仕掛ける。
 不吉の象徴たる赤い月はクラーク家の秘術。書き写したリトルリトル写本を手にしたデイジーの指先が頁を捲る。
「さて、遊び相手と侮るなかれ。此度の戦で妾達と出会った運命、悔いて貰おうかの?」

 ――深く、そして暗かった。
 ラルフの落とした万能金属を使用しながら卵丸は戦艦そのものへと妨害工作を仕掛けた。
 船に存在する機構、スクリュー。そこに打撃を与えればきっと。それは一縷の望みであったのかもしれない。
 船上ではビッツの相手としてシラスが回り、その周囲立ち回る軍人をイグナートと弥恵が相手取る。
 ベリスを狙うのはチェルシーとティア、デイジー。
 周囲の軍人たちの数を減らすべく縁が的となりラルフとレイヴンが攻撃を重ね続けている。
 周辺環境の様子よりそれを感じ取りながら、乱戦に飛び込むべく卵丸は息を潜めていた。
 音がする。
 音だ――今だ! 
 蒼蘭の船長服を身に纏う。まるでドレスのようなそれを人魚の鰭のように揺らして、卵丸は意表をつくように飛び上がる。
「掛かれ希望の虹……必殺、蒼・海・斬!」
 蒼海の水平線に掛かる虹を獲物に纏わせる。その輝きの幻惑を振り仰いだ鉄帝軍人はぎょっとしたように受け止めた。
「な――!?」
 煌く虹は貫くように勢いよく甲板を走る。少女のように愛らしい顔を僅かに歪めた卵丸は鉄帝軍人は脅威なのだと感じるように改めて実感する。
(統率が取れてるってだけで、回復行動なんかもぴったりなんだぞ――!)
 しかし、その統率を乱すことも自身らの仕事なのだと弥恵は確かに分かった。結い上げた黒髪が揺れる。抜群のテクニックを持った舞姫はくるり、くるりとその身体を躍らせ天爛の魅力で舞台(ふね)を染め上げる。大胆に艶美にして無防備な乙女は男たちの視界に靄をかける。
「さあ、魅せましょう――天爛乙女の舞、とくとご覧あれ!」


 チェルシーが走る。ひらりと白いマントが揺れた。その背より噴射されるは背中の刃。
 狙うベリスは火縄銃より弾丸を吐き出した。「舐めた真似しやがって」と毒吐いた。
「やる気が全てを解決するわ、難しい依頼でも可能性に突き進む力が不可欠!」
「そうだね」
 チェルシーが抉じ開けたその場所へ、ティアが宙を踊り飛び込んだ。
 失楽園の名を持った杖より放たれた奇襲攻撃。腹立たしいと唸った船長への支援をかき集める縁との連携を忘れる事無くティアは魔と武を組み合わせた一撃を放ち続ける。
『気をつけろよ』
「うん。海に落ちたって大丈夫なように備えてる」
 水中での行動だってこなせる。甲板の上には全員が揃った――盤上は決して有利とはいえなかった。
 周囲を見回したチェルシーは攻撃を受け止める縁、そしてビッツが『わざとらしく甚振る』シラスに蓄積するダメージを感じ取りこの状況を打開しなければと魔力を噴射する。
「この魔剣を受け止めて気持ち良くなりなさい!」
 足先に力を込める。
 距離を詰めた、そして、跳躍する。
 弥恵が舞い踊る。その間より呪詛の声が響いた。
 人皮で装丁され幾つもの口がついた悍ましい魔導書『は』詠唱する。その悍ましい声音に背筋へ走る悪寒を振り払うように兵士たちが連携とってイグナートの元へと飛び込んだ。
(さて、『仕込み』は終わったが――)
 船への仕掛けは十畳だ。しかし、とラルフは顔を上げた。
 暗器が宙を踊る。それは酷くおざなりに、そして気怠げに見えた。

「死ぬわよ」
 冷たい声音が降った。シラスは歯を食いしばる。
 暗器が飛び交う。靭やかなる闘士の攻撃は全てがじくじくと身体を痛め付けるものだった。
 甚振って楽しいと認識されなくてはならない。
「ねえ、アナタ」
 だから、止まってはいけないのだ。
 そこで、足の力を抜いてしまえば楽になれる。
「ねえ、死ぬわよ?」
 助けてくれ? やめてくれ?
 そんな命乞い冗談じゃなかった。
 それなのに、シラスはビッツに対して拳を振り続けている。
 臆する事無く、まっすぐまっすぐにビッツに向かう。
 そうしなきゃ『興味』を失われる。
 だからって、死に急いでるわけじゃあない、ヤバい橋は適当に避けてきた。
 そうやって生きてきたのだ。
 例え泥被ろうと敗北の烙印を押され様とも譲れないものはある。
 殺されたって口にしちゃいけない言葉があることも知っていた。

 ――這いつくばって笑われたままなんて死んだ方がマシだ!


「――――ッ!」
 咽喉が切れた感覚がする。鉄錆の香りが付き纏う。
 何処からそんな声が出たのかさえ分からない。込み上げた叫びを其の侭に力に変えて踏み込んだ。
「あーあ」
 毒花が笑う。美しい儘だとか、綺麗だとか、そんなのどうでも良いじゃないか。
 潮がべたべたと肌に張り付く感覚なんてどうでもよかった。
 もう、避けなかった。殴る。拳を其の侭突き立って、名前を呼んだ。
「ビッツ・ビネガー!」
 視界が。
 眩む。
 眩む。
 痛い。
 そう思った。

「シラス―――!」
 イグナートの呼ぶ声がした。滑り込みビッツの暗器が頬を切り裂く感覚にイグナートは唇を噛み締める。
 闘志宿したその身でビッツの攻撃を受け止めればビッツの瞳に嬉々とした色が宿る。
 シラスを庇うようにたち、イグナートがビッツを見る。
「S級の実力を直にミレルなんて光栄だよ」
「あら、言ってくれるわね」
 にんまりと笑ったビッツの攻撃をイグナートは何度も何度も受け止めた。
 シラスに攻撃全てを任せるため。ビッツはまだ遊んでいる。まだ特異運命座標を玩具にしている。
 イグナートは両の掌に力を込めた。
「遊んでよ」
 唇が吊り上った。
 彼の元へと集う兵士たちを振り払う。弥恵が踊り兵士の意識に靄かけながら唇を噛んだ。
 舞い踊る。美しくもその肢体をアピールしながら。
 長い髪を揺らし、その軌跡を銃弾が踊る。魅了するように跳ねる。
 縁は気怠げにそれを手招き、兵士の前で弱音を吐くように息を棄てた。
 イグナートは見る。ビッツ・ビネガーを。
 ラド・バウがどんな場所か知っていたではないか。
 S級? 今の自分たちにとっては圧倒的高みだ。
 憧憬と絶望のダンスフロア。その場所で咲き誇る毒の花が目の前で笑ってる。
 カヴァーへと滑り込んだラルフは小さく舌を打つ。ビッツの抑えは一人で出来る代物ではない。
「君は嘘吐きだね、自分を偽っている」
「あら。戯言(おはなし)が好きなのは嫌いじゃないわ。
 けれど、無粋じゃないかしら。戦場っていうのはベッドの上で交わす言葉のように享楽的であるべきでしょ」
 男と女。その両面を持った戦士は少女のような仕草を見せて首傾げた。
 ラルフは小さく笑う。戦闘時にジョークを交える様子からビッツはまだ余裕がある。
 暗器がラルフの腕を裂いた。
 ラルフははっと顔を上げる。ベリスは自由自在に行動し、彼自体を抑えるための布陣は存在しなかった。
 圧倒的な武力で彼を制圧しなくてはならないのだ。攻撃手であるティアを痛め付けた弾丸に気づき、ラルフはその身を躍らせる。
 じわりと滲む傷に、シラスが徹底していた『興味を失わせない』という戦法が最も似合うことをイグナートは察する。
(ナルホド? 『痛め付ける』のがスキだから、そうされる様に持ち掛けなきゃならないか……!)
 蓄積する傷が広がっていく。ビッツ・ビネガーは享楽的に特異運命座標と『遊ぶ』事をやめてしまった。
(それにしてもビッツ様、なんて嗜虐的な方なのかしら?
 嗜虐的で享楽的。甚振るに適する相手かどうかで『人』を見ているのね。ああ、『楽しそう』)
 その様子は『嫌いじゃない』のだとチェルシーはそちらを見る。
 ビッツが甚振り遊ぶことを止めてしまえばその実力差は圧倒的だ。
「あっちは――」
『長くは持たない』
「うん、でも、船長も強い……」
 兵士たちもそれぞれが実力者だ。どん、どん、と内部より出てこようとする音もする。
 指揮官を倒せば戦線が瓦解するとは考えてはいたが、それぞれの狙いがバラつき、ビッツを唯の一人で抑えていたシラスの様子を見ればティアは継続戦闘のタイムリミットを感じて仕方がない。
 チェルシー、ティアの連携により十分にベリスへとダメージを与えた、しかし。
「……勘弁してくれ、か弱いおっさんにどんだけ無理させる気だ」
 ぼやいた声と共に縁はベリスを見詰める。司令官を落とすための攻撃を流石は軍人か、徹底して妨害するように連携で回復と支援も含めて上手く戦場を回してくる。それこそ、技巧の見せ所だ。
 振り仰げばトレディシェンは防衛に徹している。戦力は余りに差があるのは確かだがトレディシェンを温存し続ける事は特異運命座標たちの両肩に掛かる負担が重くなるということだった。
 卵丸はベリスへと飛びついた。セーラー服を思わせる襟を揺らす。
 ドレスを改良したそれが風に揺れ、音速の限りを尽くした。
「蒼蘭海賊団団長 湖宝卵丸参上だ! 喰らえ、音速のドリルの一撃」
 ぐん、とそれを差し入れた卵丸が一歩下がる。身体を捻り、唇を噛む。
(く――!)
 ベリスが顔を上げ、火縄銃で卵丸を打ち抜いた。しかし、そこで退く蒼蘭海賊ではない。
 大壺蛸天を手にし、ベリスを狙うデイジーはビッツをちらりと見た。
 月の気配。鮮やかなるその光。それに意識を眩ませる事を『苛立つ』様にベリスは吼えた。
「鉄帝軍人の誉れが為――!」
 それにしぶといと、デイジーは思った。
 このままではいけない。
 このままでは――
(バニーユ家は……?)
 海鳥での警戒が感じ取る。バニーユ家は『一応は援軍に備えて警戒している』ようなのだ。
 脅威のシュラハトシッフ・フランメ。その統率が乱れ、ベリスが「糞、糞」と何度も繰り返す。

 ――起動せよ、起動せよ、碧玉の担い手――

 遥か青き海よりレイヴンが飛翔する。サファイアの輝石を煌かせた魔獣がぴょこりと跳ね上がり魔力の光を放ち続ける。
 がん、と音がした。その音の反響を聞き弥恵は倒れた軍人をそちらへと押し遣る。船内より援軍が上がってきたのだと卵丸は、弥恵は認識した。
 だからこそ、タイムリミットが近付いていると彼女たちは悟る。
 卵丸は意表をつくようにベリスを狙い続けた。
 自由気ままに動くベリスの指示を受けた兵士たち。その掃討を担っていたラルフがビッツを相手取る。
 イグナートはビッツの攻撃を反射し続けた。その甲斐もあったのだろう。
 どこか苛立った調子のビッツは傷ついた自身の白い肌を見下ろして呆然と立っていた。
「さて?」
「――……じゃない」
 ラルフがビッツを見る。シラス、イグナート、そしてラルフと言う三人の前でビッツは苛立ったように髪を振り乱した。

「酷いじゃない」

 地面を、踏んだ。そして、跳ねる。
 ビッツ・ビネガーは長期戦に向かぬイレギュラーズと遊ぶことをやめた。
 ビッツ・ビネガーは甚振るのではなく圧倒的な力で倒すことに行動をシフトさせた。
 その様子をベリスは見ていた。元より彼へとアタックする者たちにより男自体は自身の保身に走っていたのは確かだった。兵士の数も減り続けている。
 健在であった兵士たちの中で弥恵が踊りながら恍惚なる舞を見せつけ、ティアとチェルシーがベリスを追いながらも周辺兵士の波に飲まれる。
(ここで落ちるわけにいかないじゃない――!)
 嵐のようであった。周囲に広がった暗器がチェルシーの頬を切り裂いた。
 それが抑えきれずに一人歩き出したビッツのものであると気づいたとき、S級の脅威を知った。


 リトルリトル写本を手にし、存在するとも知れぬ『神』の呪いを落とす。
 ドレスを揺らしたクラーク家の跡取り娘は空中より哨戒する海鳥が大きく鳴いたその声を聴く。
 それがラルフたちの用意した『仕込み』であった。
 軍艦シュラハトシッフ・フランメのスクリューに『何か』が起こる。万能金属に卵丸の盤外戦術が功を為したか、船員よりすぐさま荷伝達された情報を聞いてビッツは首を傾いだ。
「アタシのことを無視して船と遊ぶだなんて酷いじゃない。
 皇帝陛下のオネガイだからって遊びに来たけど――本来のオネガイ通りにしても良かったのよ?」
 目を細めるビッツにデイジーは背に走った寒気に肩を竦める。
 縁は「勘弁してくれ」とぼやいた。数を減らし続けた敵兵たち。
 最悪も最悪だ。これ以上の最悪はないだろうと言った彼は自身の住む環境を思い浮かべる。
 あの美しき青き海。そして、柔らかな空。脳裏に浮かんだ一人の女の姿。
 そして、その女の縁者たる青年、全てを知ったような顔をしたバニーユ夫人。
 一体全体、これ以上『最悪』があってたまるというのだろうか!
 呪いを伴った翼を羽ばたかせたティアの身体に無数の暗器が飛び込んでくる。
 翼広げた乙女に『避けろ!』とロザリオは言った。
「分かってる」
『強敵だ。気をつけろ』
「うん……それも、分かってる」
 嫌という程に実力差は明らかだった。だからこそ、時間を引き延ばし船長を狙った。
 船長ベリスは「皇帝陛下より賜った船にまでなんて事を」と声を荒げた。
 その身に刻まれた傷は確かなものだったのだろう。苛立った彼は『遊技場の踊り子』が余裕綽々としている様子が気に食わないとビッツを振り返る。
「手ェ抜いて遊ぶんじゃねえ! 遊ぶなら本気で遊びやがれ!」
「そんなのしちゃ『遊ぶ暇』もないじゃない。
 自分がギブアップしそうだからって文句言うなんてモテないわよ?」
 暗器がひゅ、と周囲を舞った。チェルシーはそれを真似るようい糸を手繰る。本来の自身と言うように刃を躍らせて、それに切り裂かれながらも苛立ったように地団太踏んだベリスの背後よりビッツが躍り出て笑う。
 もう、誰も彼の『意識』を惹いてはいなかった。
 甚振る相手として認識するように自身を誘った意中の相手も存在していない。
「お前さんが居りゃ撤退する必要もなかろうよ!」
「……ふうん?」
 ベリスの言葉にビッツが首を傾いだ。船への細工を含めればある程度の打撃は与えられた。
 しかし、ビッツはまだまだ健在である。その美しく化粧の施された顔に笑みを浮かべる事無く袖よりするりと暗器が落ちる。
「そうね? もう誰もアタシと遊んじゃくれないみたいだもの。
 ――じゃあ、『本気』で遊びましょ?」
 空気が裂かれる。

 ぐらりと意識が刈り取られていく。

 それが、S級なのだ。
「ねえ、ベリス」
「ンだよ……」
 傷だらけのベリスにビッツは首を傾げて笑った。
「『皇帝陛下』の兵士は結構傷ついたのよね?」
「ああ」
「『皇帝陛下』の命令を受けたアンタも無残な姿なのよねぇ?」
「……ああ」
「『皇帝陛下』のこの船だって酷い目にあったのよねぇ?」
 ビッツはベリスを見た。その瞳が嬉々とした色に変わっている。
 まるでどうすれば褒められるかを知っている子供のように、悪戯をするように笑って足元に倒れていたシラスの手をぐ、と持ち上げる。
「お土産ってどうかしらァ。アタシもサボってたものね。
 お仕事したわよって証明しなくっちゃ? ふふ、うふふ、ケド、気に入っちゃったのよね」
 自身を楽しませてくれたから、と機械染みた瞳がきょろりと動く。
 お土産、という言葉を頭の中で逡巡させてデイジーが「駄目じゃ!」と声を響かせた。
 呪いの一撃を放つがひらりと彼はそれを避けて反撃するように暗器を投げ捨てる。
「アタシ、カワイイ系の男の子が好きなのよね。特に生意気なコ。……苛めたくなっちゃうもの」
「そりゃ皇帝陛下への土産じゃねぇ。テメェの趣味だな。ビッツ・ビネガー」
 呻いたベリスの声に「ほんとにね」とチェルシーはぼやいた。ベリスの不機嫌は船への細工によるものなのだろうか――帝国軍人として『皇帝より預かった船』に何らかの細工をされることが彼にとっては我慢ならなかったのだろう。
 ビッツがイグナートとシラスに暗器の糸を絡めて「お土産ゲットよぉ」と嬉々とした様に笑ったその声を聞きながらベリスは痛む身体を持ち上げ内部より走り寄ってきた兵たちに彼らの捕縛を命じる。
「ま、待ッ――」
 手を伸ばしたデイジーの腕をぐ、と掴んだレイヴンは理解した。
 これ以上は駄目だ。
 深追いすればさらに被害が上がるのは確かなことだ。
 空ろに仲間を見たイグナートが「逃げて」と唇を動かした。
『逃げろ』
「でも」
 十字架の声にティア画顔を上げる。ビッツ・ビネガーと目が合った。笑っている。
 唇が動いている。何かを言っているのだと気づいたときティアは息を呑んだ。
 逃げなくては、そう思ったときに意識が混濁する。
 それはチェルシーも同じであった。やる気満ち溢れた彼女は兵士たちの波の中に居た縁と共にじりじりと後退した。
 だが、それももう駄目だ。
 レイヴンは戦線が瓦解したと唇を噛む。
「引け!」
 レイヴンは叫んだ。何度も何度も声を荒げる。
 海洋貴族ポルードイとして、王国の『財』を損ねてはならぬのだ。
 ビッツ・ビネガーにこれ以上責められては堪らない。
 幸いなことに防衛高度をとっていたトレディシェンは万全にリッツ・パークに帰還できるであろう。
「総員、離脱!」
 繰り返す。何度も。レイヴンの声を聞き、デイジーが背後を見遣る。遠く黒鉄の壁が迫り来る。
 至急、と防衛行動を中心に行っていたトレディシェンより特異運命座標へと声が掛かる。
「本艦は離脱します! イレギュラーズ、至急、本艦へ!」
「通達します。バニーユ家援軍、撤退開始! 我々も至急、この海域を離脱しましょう!」
 口々に。
 繰り替えされる。その言葉にデイジーは歯噛みした。
 シュラハトシッフ・フランメよりビッツ・ビネガーが見てる。
 振り仰いだデイジー。そこに見えたのは黒鉄の壁だった。

成否

失敗

MVP

シラス(p3p004421)
竜剣

状態異常

レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)[重傷]
騎兵隊一番翼
十夜 縁(p3p000099)[重傷]
幻蒼海龍
デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)[重傷]
共にあれ
ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)[重傷]
穢翼の死神
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)[不明]
業壊掌
ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)[重傷]
我が為に
シラス(p3p004421)[不明]
竜剣
津久見・弥恵(p3p005208)[重傷]
銀月の舞姫
湖宝 卵丸(p3p006737)[重傷]
蒼蘭海賊団団長
チェルシー・ミストルフィン(p3p007243)[重傷]
トリックコントローラー

あとがき

 お疲れ様でしたイレギュラーズの皆さん。

 VH、とても難しい戦いであったと思います。
 ラド・バウS級闘士と言うのは非常に強力なのです。
 MVPはビッツ・ビネガーの撃退に尽力した貴方へと差し上げます。

 ご参加ありがとうございます。どうか、傷を癒してください。

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