PandoraPartyProject

シナリオ詳細

【アネクメネ】俺、入隊するんじゃなかった!

完了

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

 物事というものは、こっからここまでと線を引いて「ここでお終いだ。この先はもう関係のないことだ」とハッキリと区切りをつけて仕舞えることばかりで有ればよいのだが、残念ながら大抵そうは行かないものだ。全く、ままならないものである。
 片耳のハブチと云う男も、区切れが付かずいつまでも纏わり付いて離れない汚点に頭を痛めていた。左の耳の穴の周りに残った痕跡を弄りながら、今日も今日とて溜め息を吐く。心配事もなく、こころ穏やかに健やかに過ごせたのはいつのことだったか。
 明日の暮らしも定かで無い他の者達と比べればまだまだマシ方ではではある。そうではあるが、「死ななければ丸儲け。まだまだこれから巻き返せる」なんて言われたところで何の慰めにもならない。むしろ苦しみが長引くばかりと悲観的になるのが当然だろう。兎に角、ハブチは彼一人では精算しきれない悪縁を抱えていた。

「邪魔だマヌケ!!」
 物思いに耽っていたところにドカンと一発。怒声と共に強烈なエルボーをお見舞いされる。
 ぐえ、と呻いて倒れたハブチには見向きもせず、男達は当たり前のように戸棚を漁り食糧や嗜好品を持ち出し、テーブルや床を占領して酒盛りなんて始めている。ああ、それでも、妻や娘まで奪われないのは不幸中の幸い、いやそもそもいないわ妻も娘も。こんな有様で持てるはずないわ所帯なんて。
「おいおいチミ、なんだいその不満げな顔は。困った時にはお互い様だろ? 今まで散々助けてやったじゃねえかよう。んん〜?」
 床にへばりついたハブチを助け起こす、というよりも片腕掴んでぶら下げた大男は、明らかに馬鹿にした調子の猫撫で声でそう言った。自社製アーマーの胸にペイントされた猛禽の爪は、ハブチの肩に(無理強いされて)彫られた刺青と同じものだ。当然、大男にも、その取り巻きにも身体の何処かに同じ形の刺青がある。
 お互い様だなんてとんでもない。確かにハブチは彼らと同じ民間軍事会社に所属していた。ただ、直接戦闘行為を行う彼らとは違い、ハブチは輸送を担うドライバーだ。共に任務につき、護衛をしてもらったこともある。仲間として恩義は感じている。だがだからといって、非番の間に家に押し入られ居座られ、テイの良い拠点がわりにされるような謂れなどどっこにも無いのだ。だいたいこちとらとっくに退社して全く関係無いキャラバンで働いてるんじゃい!!!!!
 そんなハブチの内なる叫びが元同僚らに届くことはない。当然である。内なる叫びと言えば聞こえは良いが、要するに頭の中でぐるぐる不満が渦巻くばかり。実際は小さく縮まって薄ら笑いを浮かべているだけだ。そういう気弱な所につけ込まれてこういう状況になっているのだ。
「へへ、へへへ、えへへへ……。いえ、文句なんて無いです。ただ……あっ! それは触らな…いやっ何でもないですホントですハイィ……」
 ガシャーン、と面白半分に何かが破壊される音。高いものじゃないと良いね。あっ、顔色的にダメそう。ご愁傷様です……。


 ここは『アネクメネ』。見渡す限りの不毛な大砂漠。暴力と欲望が渦巻く乾いた世界だ。
 高度に発達した技術力によって、誰もが豊かに穏やかに暮らしていけた黄金時代は今は昔。文明と呼べるものはおおよそほとんど戦争と気候変動によって破壊し尽くされ、砂に埋もれた白骨都市がかつての栄華を示すのみ。
 多くの動植物が絶滅し、大地は不毛な砂漠に覆われた。昼間は太陽光が容赦なく降り注ぎ、装備も無しに出歩けば脱水症状全身やけど確定の灼熱地獄。夜は昼間の暑さは何処へやら、熱という熱は全て奪われ岩さえ凍る極寒地獄。
 しかし! それでも人類は相も変わらず欲の皮つっぱらせ、犠牲を払いながら元気に愚かに生きていた。人々はオアシスに寄り集まり、時には僅かな資源を巡って命を取り合う。オアシスからオアシスへ渡るキャラバンは、常に悪党ごろつき共が舌舐めずりして狙ってる。

 そんな『アネクメネ』のとある日の夕刻、とあるオアシスの街外れに、トレーラーを改造したキッチンカーが止まっていた。名は移動食堂『くんのこ』。
 イレギュラーズと境界案内人、そして依頼人はその『くんのこ』の傍に張った天蓋の下、依頼の打ち合わせを開始していた。

「ですからね、連中の気を引いてほしいんです。その隙に別のオアシスへ夜逃げするんで。ハイ」
 左半身に火傷痕があり、左耳も無い、スキンヘッドの男が申し訳なさそうに背中を丸めて頭を掻いた。彼が片耳のハブチ。砂漠を渡るキャラバンに欠かせぬ熟練のドライバーで、今回の依頼主だ。
「彼は前の職場の同僚に付き纏われてるらしくてな。かなり荒っぽい連中な上、しつこくもある。この悪縁を断ち切る為に心機一転、遠く離れた新天地へ旅立とうと思ってる。その為にお前たちイレギュラーズに手を貸して欲しいってえワケなのさ」
 『くんのこ』の主の境界案内人は状況をザックリと説明しながら、イレギュラーズと依頼人が対面して座す長卓の上に豚汁の器を置いた。もうそろそろ砂漠は冷える頃だ。
「ええ、このままだと今の仕事に支障が出かねませんし……。こんなツラと経歴で、良い条件で雇ってくれるところなんてそうそう無いんですよ。今回だって、社長に相談したら新しい家まで紹介してくれて……もうこれ以上心配かけるワケにはいきません。ハイ」
 ハブチは火傷痕を撫でて笑った。彼は数年前までとある民間軍事会社に所属していた。
 警備・戦闘の為の人員派遣だけでなく、軍事に関わる輸送や整備等の業務代行、武器の製造販売、戦闘訓練プログラムの提供などの多岐に渡るサービスを提供する器用な傭兵団のようなものだ。オアシスによっては自衛(あるいは侵略)のために自前で戦力を備えられる所もあればそうで無い所もある。最低限は備えても、後は必要な時に必要な分だけを調達する方針のオアシスもある。そういったアオシスが彼らの顧客になる。金さえ払えば仕事は選ばない為、悪名はかなり高い。
 ある輸送任務中に盗賊の襲撃に遭ったことを切っ掛けに、ハブチは退職を選択する。半身の傷、そして失った左耳はその時のものだ。あえて言う程の強い理由は無い。ただ、怖くなったのかもしれない。それはハブチ自身にもよく分からなかった。分からないようにしているのかもしれない。

「まあそれでとりあえず、軍事とは関係ないキャラバンに関わる仕事に着こうかと思いまして……。このツラですし、前職は悪い評判も立ってたんで少々苦労もしましたが、今ではこの通り。並の砂漠の民よりずっと良い生活させて頂いてます。ハイ」
 言われてみれば、イレギュラーズとの打ち合わせの為もあるだろうが身なりも悪くない。今の住処も一等地とまではいかないが、オアシスの内側よりにあるそうだ。
 そうして生活が上向きになった頃、偶然ハブチが住むオアシスに派遣された元同僚たちによる嫌がらせが始まった。最初は軽いゆすり、たかりから、今では家をほとんど占領されている。交代で任務に就く彼らの非番時の溜まり場扱いをされているのだ。
「俺だって運が良かっただけで、今の社長がいなけりゃ前職に出戻って命擦り減らしながらカスみたいな生活してたかもしれない。でも、だからって……ここまでされる謂れは無いんですよう! こんなことになるならいっそ……俺、入隊するんじゃなかった!」
 相当参っていたのか、長卓に突っ伏しておいおいと泣き出すハブチ。その背中をさすりながら境界案内人は肩を竦めた。
「てなワケで、よろしく頼むよ。お膳立てはする。メシだってなんだって作るからさ」

NMコメント

 はじめまして、ゴブリンです。初ライブノベルですやったー!
 『アネクメネ』は一度文明が崩壊した過酷な砂漠で、人々が時に真面目に不真面目に生きている世界です。ちょっと物騒な世界が欲しかったので早速作ってみました。
 今後もちょくちょく舞台になるかと思います。どうぞよろしくお願いします!

●目的
 依頼人が夜逃げを完遂するまで、丸一日、民間軍事会社時代の同僚の注意を引き付ける。

 今回は雑に言ってしまえば、荒くれ者相手に好き勝手やりたいことやろうぜ!というライブノベルです。彼らに出したいちょっかいをプレイングに書いてください。ゴブリンはそれに答えます。

 丁寧に言えば、とにかく依頼人と、依頼人が夜逃げの準備を進める家に元同僚たちを近寄らせなければ良いのです。手段は問いません。アイディアの数だけ道があります。色仕掛けなんかもどうでしょう。
 手っ取り早いのは喧嘩を売ってぶちのめしてしまうことでしょうか。その場合は代わりに境界案内人が果たし状でも書いて呼び出しますので、どういう風にどんな奴と戦って勝ちたいかとか書いてください。この世界ではイレギュラーズであればレベル1でも実力者に相当しますし、そういうライブノベルなので確定ロールOKです。SS発注文みたいなもんです。

 依頼人はなるべく命までは奪わないで欲しいそうですが、選択はイレギュラーズに託します。

●ロケーション
 『アネクメネ』のとある中規模のオアシス。
 『アネクメネ』ではオアシスの水源を取り囲む町も含めてオアシスと呼びます。水源に近い程住民の所得が高くなる傾向があります。

 オアシス内は比較的過ごしやすくなっていますが、昼間は非常に日射しが強く、夜間は急激に冷え込みます。イレギュラーズは基本的にステータスに補正がかかる程の影響は受けませんが、RPとして調子が悪くなったり良くなったりしても一行に構いません。
 時間帯は指定されれば反映します。指定がなかった場合、こちらの判断でシチュエーションを設定し描写します。

●標的
・元同僚
 OPでも説明している通り、依頼人の民間軍事会社時代の元同僚です。
 ある時期から依頼人の家に居座って嫌がらせを行なうようになりました。
 輸送の仕事で家を開けている間に好き放題荒らされ、帰ってきたらむさ苦しい男どもに囲まれ虐められ、依頼人はかなり参っているようです。彼らは新たな人生を順調に歩んでいる依頼人に嫉妬しているのかもしれません。

 十数人の男のみの集団です。直接的な戦闘行為を担当し、現在はオアシスに雇われて警備任務に就いています。依頼人が一人一人の名前を教えてくれましたが、基本的に砂漠用の空調付きアーマーとヘルメットを身に付けている為見分けがつきません。
 全員銃器や白兵武器で武装しており至近から遠距離レンジまで対応できますが、イレギュラーズであれば問題無く対処できるでしょう。(たまたま強敵が混ざっていたというテイでプレイングをかけるのもアリです。)
 一人一人でも良いですし、一人で複数人相手しても構いません。状況(プレイング)次第では何人かは任務中でオアシスの中に居ないかもしれません。

 戦闘になると何故か民間軍事会社の社名を叫びながら戦います。そういう契約らしいです。

●依頼人
・片耳のハブチ
 今回の依頼人です。夜逃げの準備中。
 かつては民間軍事会社に勤め、ドライバーとして戦闘員や武器の輸送を行っていました。任務中に盗賊に襲撃され負傷した事が切っ掛けで転職しました。
 現在は主に食料品や日用品を取り扱っているキャラバンのドライバーをしています。腕は確かで収入もあり、一般的な『アネクメネ』の砂漠の民より水準の高い生活をしています。
 傷とスキンヘッドのせいで人相は悪いですが、お人好しで気に病みやすい性格です。

●境界案内人
 トレーラーを改造したキッチンカー 移動食堂『くんのこ』の主の中年男性です。特技は料理。名前はありません。トレーラーを牽引するトラクターを『彼女』と呼んで溺愛しています。
 
【相談場所について】
 今回の相談は夕刻のオアシスの外れでOPに登場した移動食堂『くんのこ』で行っているというテイです。
 前述の通り、あまり相談を行う必要がないライブノベルです。だいたい何やっても成功します。ですがせっかくなので、相談場所を利用して居合わせた人とRPなど楽しんでみるのはいかがでしょうか。料理は境界案内人に注文すればその場でだいたいなんでも出てきます。
 通常依頼での相談の練習として、誰に声をかけて行動を合わせてみても楽しいかもしれません。

  • 【アネクメネ】俺、入隊するんじゃなかった!完了
  • NM名ゴブリン
  • 種別ライブノベル
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2019年12月31日 22時15分
  • 参加人数4/4人
  • 相談8日
  • 参加費100RC

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(4人)

ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)
穢翼の死神
スー・リソライト(p3p006924)
猫のワルツ
アウローラ=エレットローネ(p3p007207)
電子の海の精霊
ウィリアム・ウォーラム(p3p007502)
軍医

リプレイ

 夜の砂漠は冷える。大気にも地中にも水分が乏しい為、昼の内に温められた熱を留めることが出来ないのだ。そんな夜の砂漠に『軍医』ウィリアム・ウォーラム(p3p007502)は身を潜めていた。
「負傷を切っ掛けに引退、ね。良いんじゃないか。組織に全てを捧げる義理なんざねェんだしよ」
 スキレットの蒸留酒を舐めながら依頼人にかけた言葉を思い出す。それを聞いた依頼人はほっと安堵の表情を浮かべていた。他者に言葉で肯定される。それだけでも心が救われたのだろう。
 ウィリアムはあの後すぐに夜の砂漠での偵察を開始していた。オトモには境界案内人が用意した蒸留酒。極めて厳しい気候に適応した植物の地下茎を原料にしているそうだ。
 視線の先にはオアシスの周囲で警戒にあたる依頼人の元同僚達の姿。黒いヘルメットとアーマで身を固めた彼らの装備と練度を鋭い目付きで見極める。敵について知ることが戦いの第一歩。基本にして奥義だ。
(しっかし砂漠ってのはひたすら暑いイメージがあったんだが……寒ぃなオイ)
 酒と共に境界案内人が用意した厚手の毛布の端をきつく巻き付けてブルリと体を震わせる。この世界との強い結び付きがない為、気候による深刻な影響を受けにくい。が、それでも体感的に厳しい寒さには違いない。

『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)は日干しレンガのドームの上から夜明け前の静かなオアシスを見下ろしていた。
「人を妬む気持ちは分からなくはないけど、そこまで妬むのなら軍事会社から依頼人の様に転職すれば良いのに」
『そうもいかん事情もあるかもしれんが、少なくとも元仲間だからと言って迷惑を掛けるのはただの害悪だな』
「うん、命まで殺るつもりは無いけど、少しは痛い目見てもらおうか」
 十字架に封じられた『魂』と少女の姿をした『天使』が密やかに語り合う。
 ティアは夜明けの太陽を待っていた。闇に紛れて偵察するウィリアムとは違い、空から索敵するつもりなのだ。それには太陽が昇っていた方が見通せて都合が良い。そして、太陽が強く厳しく照りつけるアネクメネの空をあえて見上げる者は多くない。彼らは大地を焼き、飢えと渇きを齎す太陽を畏れているのだ。
 砂漠の夜空に光が射した。掌で影を作って目を守りながらティアは東の地平線を視る。束の間空を染めた赤は昨夕『くんのこ』で飲んだ異世界のワインを思い起こさせた。
『行くぞ』
 黒に満たされた四枚の翼が開く。
 さあ、狩りの始まりだ。

「スーだよ、よろしくねー!今日はめいっぱい楽しませてあげちゃうよー!」
 裏通りの道が交わる四辻で『猫のワルツ』スー・リソライト(p3p006924)が飾り布を翻し、激しさと繊細さを併せ持ったダンスを披露していた。
 純白の髪は陽光に照らされキラキラと輝き、しなやかな手脚は巧みな動作で視線を誘導する。昨夕依頼人を元気付けるために披露したダンスを元に、砂漠に吹く熱い風と豊かなオアシスをイメージしたアレンジを加えたものだ。
 アネクメネの大多数の住人はその日暮らしで他の事にまで気を回せるような状況ではない。その為芸術文化の水準が低く、理解にも乏しい。そんな状況でも、いやそんな状況だからこそ、本当に良いものは人の心を動かすのだ。
 彼女のダンスと花のような笑顔に砂漠の民たちはあっという間に魅了されてしまった。老いも若きも男も女も、じっと見入る者もはやし立てる者も、そして、巡回していた黒づくめの武装した男達までもが例外無くその心に刻み付けられた。
「いいぞーっ、嬢ちゃん!」
 いつしか、歓声と共に手拍子のリズムが聞こえ始めた。それらのうねりはスーのダンスを中心に寄り添い、混ざり合って音楽となった。
 それは過酷な死の砂漠に芽生えた希望の調べ。ともすれば簡単に散らされてしまう、砂漠の民の心に萌えた小さな芽だった。

「お?」
 黒いヘルメットの下からこもった声が漏れる。依頼人の家近くの通りを列を組んで巡回していた元同僚達は、先頭の背中に向けて抗議の声を上げた。
「んだよ急に立ち止まんなよ」
「や、違うんだよ。見てみろアレ……」
 男達の視線がある一点に集まった。そこには午後のつむじ風に巻き上げられた砂煙の中、胸を張って仁王立ちする『電子の海の精霊』アウローラ=エレットローネ(p3p007207)の姿があった。
 男達は困惑した。身の程知らずなごろつき共に因縁をつけられるのはいつものことだ。だがアウローラのような華奢で可憐な少女に立ち塞がれた事などあるはずもない。
「こんにちわ!アウローラちゃんですよー!」
 ニッコリ笑って元気な挨拶をするアウローラ。釣られて「へへ」と笑って手を振った一人の横っ腹を仲間が小突く。
「あのな、お兄さん達ね、お仕事してんの。かまってやる暇なんざねえんだよ。失せな」
「アウローラちゃんはね、悪人の成敗に来たんだよ」
「ああ?」
 低くドスの効いた声と共に銃口がアウローラに向けられた。だが、そんなことで怯むアウローラではない。笑顔のまま、ホームラン予告のように人差し指を突き出した。
「当たらないでねー!」
 真上に輝く太陽にも劣らぬ閃光。轟音、そして、男達の悲鳴が辺りに響いた。


 スーのダンスの評判はいつしかオアシス中にまで知れ渡っていたようだ。夕焼けの赤に照らされた四辻はダンスを一目見ようと集まった人々でごった返している。しかしそうした人混みで起こりがちなトラブルもなく、人々はダンスを通じて心地よい一体感を得ていた。
「私は明日にはいなくなっちゃうけど、今日はめいっぱい楽しんでいってね!」
 今、スーは休憩も兼ねて人々に酒を振る舞っている。ダンスに魅了された人々はスーへの労いの言葉と共に杯をを受け取った。
「大したもんだねえ、お嬢ちゃん!」
「本当にいなくなっちゃうの?惜しいなあ……うちで働かない?お給金は弾むよ?」
「子供相手に何言ってんだいアンタ!」
 可憐な103歳の少女である。
 スーを取り巻く人々の中には依頼人の元同僚達も居た。ダンスで彼らの気を引いて足止めをするスーの作戦は成功したのだ。
 ただし、そのうちの何人かは隅の方で背中を丸めて横一列で正座していた。黒いヘルメットにはベッコリと凹んだお仕置きの痕跡が見える。
「踊り子へのお触りは厳禁でーす、なんてね」
 正座する元同僚達の傍には輝く笑顔のアウローラが立っていた。更にその足元には、破壊された武器が無造作に積み上げられていた。ベコベコに痛めつけられ、武器も破壊された元同僚達は借りてきた猫ちゃん状態。勿論、全てアウローラの仕業だ。
 派手な砲撃を皮切りに高い反応と圧倒的な火力で先程の一群を蹴散らした後、アウローラは一人でも多くの元同僚達を足止めしようとオアシスの路地を見回っていた。そんな時、スーのダンスショーを遠巻きに見ながら、彼女を『お持ち帰り』しようなどとよからぬ言葉を交わす不届き者達に出会したのだ。
「まったく!悪人ばっかりなんだから」
 笑顔を曇らせ、ため息をつくアウローラ。そんなアウローラの肩を叩く者がいた。振り向けば、そこにはピコピコと猫耳を動かすスーの姿。
「代わりにお仕置きしてくれてありがとね、アウローラ。それでね、私ちょっと思い付いたんだけど……折角だし、一緒にダンスショーを盛り上げてくれないかなっ?」
「もちろん!そういうことならアウローラちゃん張り切っちゃうよー!」
 白猫の舞と、電子の精霊の歌。偶然から生まれたコラボレーションは夜が更け、朝日昇るまで人々を楽しませ、その心に儚くも力強い希望の花を咲かせたという。

 銃声と呻き声が聞こえる。無線機からは状況を把握できずイラついた様子の怒声。オアシスのあちこちで仲間が何者かに倒されているらしい。だが、それに応答する暇などない。
 空から舞い降りた襲撃者は容赦なく黒ずくめの男達を蹴散らした。最初の一人は一撃でヘルメットを砕かれ地面に崩れ落ちた。自分の身に何が起きたかも理解できなかっただろう。二人目は銃を抜いた瞬間、意識外から繰り出された突きで脳を揺らされ背中からひっくり返った。
 ある男は意識を手放す直前、黒い翼を広げて武装した男達の間をすり抜け、次々に意識を刈り取るその姿を見た。怒りも恐れも超えた、敬服にも近い感情が男の中に深く刻み込まれただろう。
『一先ず、ここはこいつで最後だ』
「案外呆気なかったね」
『油断はするなよ』
 地に伏した敵対者を見下ろすティア。訓練を受けた民間軍事会社の戦闘員であっても突然の、しかも経験のない空からの襲撃には対応出来なかったのだ。
 その背後で乾いた拍手が聞こえたのは、彼女が再び空から索敵しようと翼を広げたその時だった。
「お見事。つい身惚れちまったぜ」
 振り向けば、煙草を咥えたウィリアムが路地の陰から姿を現した。
『こちらも空から見ていたぞ。鮮やかな手口だった。おまけに、治療までこなすとはな』
 「見てたのか」と肩を竦めるウィリアム。彼は大胆にも敵のねぐら、つまり民間軍事会社のオアシス支部に単独強行突入したのだ。昨晩行った綿密な情報収集が功を奏し、ウィリアムは傷らしい傷も負わず目的を達成した。勿論、相手側の死者も出さなかった。
「ついでだ、こいつらの手当てもしてやろう」
 短くなった煙草を踏み消し、足元に転がる哀れな元同僚達に対して簡易な治療を始めるウィリアム。ベテランの魔導軍医だけあってその手捌きは鮮やかだ。
「お嬢さん方もうまくやったみたいだぜ。無事依頼達成だ」
「そっか……」
 ティアは先程まで飛び立とうとしていた空を見上げる。雲一つない澄んだ空には無数の星々が輝いている。今頃依頼人は砂漠を渡る大型トレーラーでオアシスを旅立っている頃だろう。

 イレギュラーズの活躍により、人々の生活を支えるキャラバンのドライバーが救われた。これは少なからずこの世界に良い影響を与えただろう。

成否

成功

状態異常

なし

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