PandoraPartyProject

シナリオ詳細

うつくしいいきもの

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●述懐
 私が目を開いたとき、視界に映るソレを「鉄」「白」と認識できた。
 鉄はすなわち「檻」だった。――私を閉じこめるための。
 白はすなわち「男」だった。――私を作ったニンゲンの。
 男は私を「ネゲル」と呼んだ。とても悲しい声で。
「失敗作だね。君はネゲルだ。古い童話に出てくる醜い魔獣。
 私は美しい生き物を作りたかったのに」
 そうか、と私は他人事のように思った。私は失敗作。醜い妖精の名を与えられた出来損ない。

 望んで生まれたわけではないのに。お前が作ったのに!

 それからしばらくして、男の娘が忍びこんできた。
「まぁ、珍しい生き物」
 目を輝かせてひとしきり私を観察してから、娘は檻を開いた。
「きゃっ」
 娘を押しのけ私は走る。割れろ、と念じれば部屋の内外から生えた氷柱が窓ガラスを叩き割ってくれた。
「待って、ねぇ! あなた、私のペットにならない!?」
 外を駆ける。森に入る。私にはそれらを知覚できる。人が作った物、自然が作った物の名が分かる。
 言葉こそないが、知性がある。それでも所詮、出来損ないの醜い獣。
 ――ああ、呪わしい。人など、人など!

●よくある話と男は笑った。
「初めまして、親愛なるイレギュラーズ。ああ、『話が終わったら、僕のことは忘れておくれ』」
 頭にもやがかかるような感覚。
 瞬く者にも、煩わしそうに手を払う者にも、『空漠たる藍』ナイアス・ミュオソティス(p3n000099)は等しく微笑む。
「練達で事件だよ。実験の産物が逃げたそうだ」
「生物実験をやってたってことか」
 場にいたイレギュラーズのひとりが嫌そうに顔をしかめた。ナイアスは目を細める。
「美しい生き物作る実験をしていたのだとか。
 依頼者であるイッシュ・ヒルマー氏は、対象生物ネゲルの討伐をお望みだよ。……ただし」
「ただし?」
「そのご息女、ウィー・ヒルマー氏はネゲルの捕獲をお望みなんだ。ペットにしたいらしいね」
「……討伐が依頼に入るってことは、人に害を及ぼす可能性があるってことじゃないのか」
「あるよ。けっこう凶暴かもしれないらしい」
 平然とナイアスはその危険性を認める。
 誰かが深くため息をついた。
「討伐、捕獲。僕はどちらでもいいと思うよ。イッシュ氏も、凶暴だからというより、失敗作だから倒してほしいようだしね」
「ったく、反省しろよな、その研究者!」
 立ち上がったイレギュラーズが武器を手にして吐き捨てる。
 椅子に掛けたナイアスは足を組み替えた。
「彼なら、『練達ではよくある話ですよ』と言って、笑っていたよ」
 困ったように情報屋が肩を竦める。

GMコメント

 初めまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
 それは「はいきされたけもの」。

●目標
・ネゲルの討伐、あるいは捕獲

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●ロケーション
 皆様が森に到着するのは昼過ぎです。
 天候は晴れ、薄く雪が積もっていますが、足をとられるほどではありません。
 ネゲルとニーヴェは開けた場所にいるようです。

●敵
『ネゲル』×1
 山猫に似た、六本足の生物。白くてふさふさしている。大きさは大きめのクマくらい。
 頭には鹿のような角、背には薄茶色の翼が生えているが、飛ぶことはできない。左の角は半ばから折れている。

「うつくしいいきもの」を作る実験の過程で生まれた魔物。イッシュの失敗作で、ウィーのペット(予定)。
ひとを呪うもの。

・咆哮(神特特):すべてのニーヴェの体力を少し回復。
ニーヴェ以外の周囲3レンジ以内の対象に【痺れ】。
・吸収(神自単):残り体力が半分以下のとき、ニーヴェを一体吸収して全快。
(吸収されたニーヴェは消滅する。ニーヴェが全滅していた場合は使用しない)
・串刺し(神特特):自身の周囲2レンジ以内の対象を氷で突き刺す。【氷結】【呪い】
・突進(物遠単)
・体当たり(物近単)

『ニーヴェ』×7
 ネゲルを守ろうとする「薄青いなにか」。
 体長60センチほど。首がないてるてる坊主にも見える。
実験の副産物かもしれないし、ネゲルがつくり出したものかもしれない。イッシュも知らない。

・再生(神自単/神遠単):自分もしくはネゲルの体力を少し回復。
・刺氷(神遠単):氷で突き刺す。【氷結】【出血】【呪い】
・接触(神至単)【氷結】【暗闇】【呪殺】

●NPC
『イッシュ・ヒルマー』
 練達の研究者。40代半ばくらいの男。
 うつくしいいきものを作ろうとしていた。
 ネゲルは失敗作なので処分したい。

『ウィー・ヒルマー』
 イッシュの娘。13歳。
 研究室の檻の中に珍しい生き物がいたから手なずけようとしたら逃げられた。
 捕まえて連れ戻してペットにしたい。

●他
 ネゲルを連れ帰らなかった場合、ウィーに「どうして殺しちゃったの?」と悲しそうに聞かれます。
 ネゲルを連れ帰った場合、イッシュに「どうして殺さなかったのですか?」と不思議そうに聞かれます。

 皆様のご参加、お待ちしています!

  • うつくしいいきもの完了
  • GM名あいきとうか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年12月23日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

銀城 黒羽(p3p000505)
ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)
穢翼の死神
リュグナー(p3p000614)
虚言の境界
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
ハルラ・ハルハラ(p3p007319)
春知らず雪の中
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
綺羅々 殺(p3p007786)
あくきつね

リプレイ


「退治をしにきたわけではないが、手加減をするわけでもない」
 各々、思うところはあるとしても感傷に流されるなと、『分の悪い賭けは嫌いじゃない』リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)は言外に告げる。
「厄介な依頼が舞いこんできたもんだ」
 ここにくるまでに幾度か思ったことを、『ド根性ヒューマン』銀城 黒羽(p3p000505)はついにため息交じりに吐き出した。
「どんな生物だって、生きる権利があるってのにな」
「……どう転んでもやるせなくなりそうだ」
 同意した『『幻狼』灰色狼』ジェイク・太刀川(p3p001103)の目の奥には研究者への怒りが燃える。『春知らず雪の中』ハルラ・ハルハラ(p3p007319)は一度強く拳を握り、そっと開くことで気合を入れ直した。
「人造に人嫌いか」
 人ならざる秘宝種の『九尾の狐』綺羅々 殺(p3p007786)は、自らと似た境遇に半ば吐き捨て、ゼファー(p3p007625)は揶揄するような口振りで言う。
「いらないし、逃げたし、始末してくれー、なんて、ね」
「……生まれを選べなかったのだ。せめて死に場所くらいは、選ばせてやろう」
 獣の怨恨に『虚言の境界』リュグナー(p3p000614)も一片の理解を示す。
「気に食わないけど、依頼だから」
『無責任で身勝手な研究者など、珍しくない』
 細く息を吐いた『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)に十字架に封じられた魂が淡泊に告げる。そうかもしれないね、とティアは表情を曇らせた。
「準備はいいな? では作戦通りに――始めよう」
 言い切るより早く、リアナルは両手で持った弓を構える。
 目標は正面、薄雪が残る森の中の、開けた場所に佇む獣とそれをとり巻く『なにか』。
「天地悉く、降り注げ」
 囁き、放つ。
「キュアアアオ!」
 数多の欠片が流星のように天から降り注ぐ。異変を察知したネゲルが甲高い声で鳴き、薄青い首なしのニーヴェたちが戦闘態勢に移った。
「悪いが、おとなしくしてもらおう」
 包帯に隠れたリュグナーの目に、しかしニーヴェの姿が確かに映る。
「……!」
 首なしの者たちが剣のような氷を生み出し、射出した。その間を黒羽とジェイクが駆け抜ける。
「さぁ、派手に行こうぜ!」
 飛来した氷の一本がジェイクの頬を掠めた。次の一撃は銃弾で砕き落とす。ヒュウ、と黒羽が口笛を吹いた。
「はーい、貴方たちの相手は私たちね」
 艶美に笑って見せたゼファーの槍がジェイクに触れようとしていたニーヴェを牽制し、一回転させた先端で薙ぐ。黒羽に追いすがろうとしていた個体はハルラに背を突かれて追走をやめた。
「耐えてくれる仲間のためにも、全力で行くぜ!」
「そうだね。……ネゲルを、死なせたくないな」
 ハルラに意識を向けていたニーヴェにティアが奇襲を仕掛ける。憂いを含んだ言葉尻に、淡々とした声が応じた。
『相手の出方次第だろう』
「それは、そうだけど」
 それでも、と天使は願うのだ。

「かかってこい! 暴れてぇなら俺たちが相手だ!」
 放たれたジェイクの銃弾がネゲルの角の真横を走る。身の一部をほんのわずかに削られた獣が六つ足を鳴らして怒った。
「させねぇよ!」
 ジェイクめがけて突進したネゲルと、間に入った黒羽がぶつかる。吹き飛ばされそうな衝撃だったが、どうにか押されるだけで耐えてみせた。
「憎いだろ。恨めしいだろ。人なんて消えろって思ってるだろ。……でもな、そんなことで俺たちはお前を見限ったりしない!」
 ぱん、と黒羽が自身の手のひらに逆の手の拳を叩きつける。彼の体から黄金の闘気が立ち昇った。
「お前のこと、救わせてもらうぞ」
「感情の全部をぶつけて見せろ」
 不敵に黒羽とジェイクが笑う。ネゲルが咆哮した。

「さて、此奴らの正体じゃが」
 ネゲルの元にすぐに迎える位置を陣取り、殺はニーヴェを見たときから考えていたことを証明するため、行動を開始する。
「儂の言葉が分かるな?」
 ――手応え。
「ふむ。やはりか」
「なにか分かったの?」
「霊魂じゃ、此奴ら」
「この森で死んだやつら、ってことか?」
 微かにゼファーが目を開き、ハルラも驚きを声にのせる。殺は首を狙って突撃してきた氷を叩き切り、頭を左右に振った。
「研究所からきたようじゃな」
「……ということは」
『あの研究所で実験体として扱われたモノの、成れの果てか。人でなければいいな』
 最も弱っていた個体にとどめを刺したティアが眉根を寄せる。体を共有している魂の揶揄するような言葉が、いっそう苦かった。
「最悪じゃねぇか」
「練達だから、で許していいことかしらねぇ」
「依頼で、依頼人、とはいえ……」
 魂の声が聞こえていなくても察してしまったハルラが盛大に顔をしかめ、ゼファーも瞳を陰らせる。
「あのネゲルとは同じ境遇のものか、友達かの? ネゲルを一緒に説得してくれんかの? 恨みを成就させるもよし、平穏に暮らすもよしじゃ」
「……!」
 六体になったニーヴェが一斉に氷柱を出した。
「なんて言ってるの?」
 答えは分かっていたが、念のためにゼファーが聞く。殺が肩を竦めた。
「交渉不成立じゃ。ここは任せるぞ、儂はネゲルの元に向かうからの」
「分かったよ。気をつけて」
「ここから先は通さねぇぜ」
 ティアとハルラはニーヴェを見据え、ゼファーがひらりと片手を振る。

 凍てつく戦場を矢が走る。灰色の魔力を帯びた一矢がゼファーに触れかけていたニーヴェに突き刺さった。
 その個体は即座に氷を生成、リアナルに向けて放つ――より刹那早く、彼女の第二の矢に先の尖った得物ごと射抜かれる。
 回復しかけたニーヴェを巻きこむ形で、リュグナーのロベリアの花が咲いた。
「躊躇はないが当惑はあるか」
「……望まれなかった命と言っても、私らヒトも望んで生まれることなどできないだろう」
 リアナルも分かっている。それは別の話なのだ。
「ニーヴェは倒す。ネゲルの処遇は対話ののちに決める。それが方針であり、依頼だ」
 頭をひとつ振って胸中を整理したリアナルに、リュグナーは浅く顎を引いた。
「然り。故にそこに至るまでの壁は崩させてもらおう」
 急速に接近してきたニーヴェがリアナルに触れる。そこが凍っていく感覚に奥歯を噛みながら、練達式の殲滅機導弓で打ち据えた。リュグナーが鎌を振り上げる。
「安心するがいい。貴様らが守らんとする者は――悪いようにはしない」

「なぁ、俺と友達にならねぇか」
 口の中の血を吐き捨て、黒羽は豪胆に笑った。
「ネゲル、お前もしかして、誰かに愛されたいんじゃないか? ただ人に害を為すためなら、呪う必要はねぇ。それこそ機械みたいに淡々と破壊したらいいじゃねぇか」
 獣の中に荒れ狂う負の感情と怨嗟の言葉の嵐を、黒羽とジェイクは理解している。
「暴れん坊じゃな。聞く耳くらい持たんか」
 吼えたネゲルが二本の前足を振り下ろした。発生した氷をかわし、殺が妖気を纏わせた刃で一閃する。
「イッシュの言葉が要因になってるんだろ?」
「失敗作とか、いらねぇとか、そんなわけねぇじゃねぇか。生まれてきたからには、生物には、等しく生きる権利がある。お前にだってな」
 降伏をジェイクは望んでいた。ただ一言、やめにしようとネゲルが言ってくれれば、この戦いはその瞬間に終わらせられる。
 ちらりと殺は背後を見る。ニーヴェとイレギュラーズの戦いは続いていた。
「娘はお前を飼いたいと言っている。娘の保護下に入れば、生き延びることができる。断るなら俺たちはお前を殺さないといけない」
「でもな、殺したくないんだ。だってお前は、生きることを、望まれることを、願っただけじゃねぇか」
「お前は、どうしたい?」
 ネゲルの双眸に思考の色が閃く。
「……そうじゃな」
 生者である彼に幸福な結末を、とニーヴェたちが叫んでいた。微かに頷き、殺は頭上からジェイクを襲おうとしたニーヴェを突き刺す。

 少し古びた長槍の先端が雪と土を引っ掻く。切っ先はそのまま半月を描いて、ニーヴェの体を縦に斬る。
「優勢じゃないかしら?」
 その勢いのまま、自身を中心に一回転、背後に迫ったニーヴェが飛び退いた。狙いすましていたリアナルの矢とリュグナーの弾丸が間髪いれず炸裂する。
「あと三体か」
 額から流れた汗を乱暴に拭い、ハルラは左腕に付着した氷を割り払った。楽勝とはいえないが、間違いなく善戦している。
「このあたりで手を打って、というわけにはいかないみたいね」
『相手も必死だ』
 ネゲルが吠えるたびにニーヴェの傷は少し塞がる。攻撃を受けても体液を流さず、ただ裂けるだけだった。
 ふぅ、とティアは肺の中の空気を吐き出す。吸いこんだ空気は冷たく、今はそれが心地いい。
「引いてくれないなら、やりきるしかないじゃない?」
 小手にニーヴェを触れさせてわざと凍らせたゼファーが、そのまま火炎を帯びた得物で敵を殴る。燃えたニーヴェが後退したところに、ハルラの拳が命中した。
「っしゃ、あと二体!」
「ネゲルも」
 殺に妨害されながらも、ジェイクを狙い、彼を庇う黒羽に攻撃を続けている獣にティアは目を向ける。

 地表から氷が生え、黒羽の腕から鮮血が散った。
「お主、なかなかにしぶといのぅ」
「っかせろ、これくらい痛くもなんともねぇよ」
 タイミングをあわせて水晶のような氷の先に立った殺は、そのまま跳んでネゲルの角を斬りつけた。反動を利用してもう一度中空に身を投げ出し、次は毛に覆われた背に攻撃を加える。
「キュアオ!」
「っと。まだ白旗は揚げぬのか」
 角があたる前に自分から距離をとり、殺は剣を構え直す。
「降参してくれよ……!」
 ジェイクの頬には焦りが浮かんでいた。こちらの死傷者を出さないように、しかしネゲルも殺さないように。ぎりぎりの加減で戦い続けるより、停戦したい。
 飛来した灰色の矢が、ついにネゲルの残りの角を半ばから折った。
「もはやニーヴェもいない。これ以上の戦いは死に値すると、理解しているだろう」
 矢を射た姿勢のまま、リアナルが問いかける。ネゲルの双眸が周囲を見回した。
「それとも、ニーヴェの仇を討つか?」
 その感情がネゲルにないことを、ジェイクは分かっている。迷いが生じている獣の胸中に、かの死霊たちは存在しない。
「キュアアアオウ!」
 ひときわ高くネゲルが声を上げる。幾度も聞いた、体がしびれるような咆哮だった。
「引くに引けない、のかな」
『ならば最後までつきあうしかあるまい』
 耳を塞いでいた手を離し、ティアは奥歯を噛む。
「お前を倒してイッシュに褒められたって、いい気はしないんだからな!」
「抵抗する限りは相応の覚悟をせよ」
 覚悟を決めたハルラの顔には、不殺の決意と緊張が浮かんでいる。殺は嘆息した。
「貴方は、なにを望むの? 本当にこれでいいの?」
「死にたいわけじゃねぇんだろ? まだ吐き出し足りねぇのか?」
 ほんの少しだけ弱った表情で、ゼファーが問う。ジェイクは銃を強く握った。
「いいぜ、全部ぶつけろよ!」
 獣の叫びに負けないほどの声で黒羽が吼える。リュグナーは一度目を閉じ、開いた。
「その選択、無意味ではあるまい」
 命を懸けて抗うというのなら、そこには正義があり、意味がある。ネゲルの意識の外にあることを知っていながら、獣を守ろうとしたニーヴェたちのように。
 開幕を告げるようにネゲルが鳴く。
 薄雪の残る森の中、イレギュラーズは失敗作の烙印を押された獣に殺到した。

「キュアアオ!」
 吼え立てながらネゲルは黒羽に攻撃を加える。リュグナーの目には、自棄を起こしているように見えた。
「――もう十分だろう」
 彼の手に握られた鎌の石突が薄雪を打つ。
 直後、黒く半透明な鎖が放たれ、ネゲルとその影を繋いだ。甲高い声で獣が叫び、暴れた拍子に薄茶の羽が散る。
「そろそろ聞いてくれよ。俺たちはあんたを討伐しにきたわけじゃないんだ」
 荒くなった呼吸を整えながら、ハルラが両手を肩の高さに上げた。各々が視線を交錯させ、武器を収める。
 戦闘終了――ネゲルの動きもとまった。
「さて、できれば貴方を殺すことなく連れ帰りたいのですけど」
「おとなしく捕まってくれるなら、殺さないから」
 冷たい空気の中に残った緊迫感を払うように、ゼファーが肩をすくめる。ティアの言葉には、事の発端であるイッシュに対する苦さが滲んでいた。
「ウィー・ヒルマーという、お主を作った研究者の娘がおる。その娘はお主のことを気に入っておる。娘に従順なふりをしつつ、イッシュにはじわじわと嫌がらせをせよ」
 雪よりもなお低い温度の微笑を殺が口許に刻んだ。ネゲルの顔に思案の色が浮かぶ。
 未だ胸の奥にわだかまりが残っているというのなら、それを晴らす方法は逃走や暴動だけではない。
「帰ろうぜ。お前を愛してくれる奴が、ひとりくらいいるかもしれねぇだろ? 俺らとか、例の娘っ子とかな。誰からも望まれてねぇなんてこと、ねぇから」
 傷だらけの黒羽は、ネゲルの体にそっと触れた。
「黒羽!」
 上がりかけた悲鳴はどうにか喉の奥で潰したが、体は傾いだ。黒羽が膝を突く前に、ジェイクが支える。
「いてぇな……。こんなに痛い思い、してたんだな……」
 何事かとそれぞれ驚いていた七名のイレギュラーズは、黒羽の苦痛に掠れた言葉で状況を理解した。ネゲルの痛みを肩代わりしたのだ。
「キャウ……」
 獣は戸惑うように六つ足を交互に動かす。どうして、と言っているようだった。
「心配してくれるのか」
 ふっと黒羽が目元を和める。傷だらけなのはお互い様だ。
「連れ帰って、飼わせるのか」
「不安?」
 小さく呟くリアナルに、ゼファーが視線を向ける。
 躊躇うような間をあけて、リアナルがそっと顎を引いた。
「相当、恨みは強いのだろう。今さら人と歩めるのか? 犠牲が出る前に……、いや、やはりいい」
 散る命は少ない方がいい。人に危害を加えないと誓えるなら、生かすのも手だ。
 だが人を呪った生物を、よりにもよって最大の呪詛の対象の側に置くことを、リアナルは案じていた。
「あんたがどうしたいのか、聞いてみたいんだよ。生き延びたいって思ってるなら、手伝ってやりたい」
「でも生きるなら誰も、なにも傷つけないで。もし傷つけてしまったら、どちらにしても私たちがネゲルを殺すことになる」
 ハルラが真摯に言い、ティアは失楽園を握る手に力をこめる。『逃げるそぶりを見せたらやるか』と十字架の中の魂が茶化すようにティアに告げて、黙殺された。
「生きるか、死ぬか。ここで決めてくれ。俺は――俺は、お前を救いたい」
 祈りをこめたジェイクの言葉にネゲルが目蓋を伏せ、リアナルは獣から目をそらす。
「忌まわしい人間への関りを断ち、死による終幕を望むか。それとも未来の可能性を信じ、今は多少息苦しい生を望むか」
 獣の身を拘束していた鎖が解ける。
 両目を包帯で隠した虚言の情報屋は、優雅ささえ感じる足どりで獣に近づき、戦いの最中に折れた角に触れた。
「死を望むなら、この鎌で一思いに。生を望むのならば、その忌々しい名を捨て、いつか目指す目標――新たな名をやろう」


 白衣をまとうイッシュと、暖かそうな格好のウィーは研究所兼自宅の門前でイレギュラーズを待っていた。
「まぁ!」
 目を輝かせたウィーが一目散に獣に駆け寄る。居心地が悪そうな獣の背を励ますように黒羽が撫で、すぐさま傍らの異変に気づいてジェイクの腕を掴む。
「やめとけ。相手は一応、依頼人で、子どもも見てるんだ」
「……チッ」
 不可解な顔をしているイッシュを殴ろうとしていたジェイクは、舌を打って拳を下ろす。だが怒りが収まったわけではなかった。
「命をなんだと思っているんだ!」
「あれは命なんて大層なものでは……」
「おっとそこまでじゃ。それ以上言えば儂の手が滑る」
 口許だけで嗤った殺が黒綺羅星に手をかける。イッシュが口を閉ざし、間をおいてから問うた。
「どうして殺さなかったのですか?」
「あの子の意思を尊重したからだよ」
「……意思?」
「そう。練達でよくある話だとしても、自分が作った生命なら、もっと大切にしたらどうかな」
 応じたティアに男は難解そうに眉根を寄せる。
「失敗作に意思ですか」
「成功作の間違いだろ。こいつには、知性も心もあるんだ」
「そういうわけだから、一言くらい謝れば? 憎みもすれば愛することだってできるかも分かんないしねぇ。心がついてこないなら、まずは言葉から尽くしましょ?」
 娘にじゃれつかれている獣にハルラが目を細め、ゼファーが片目をつむった。
「ふむ。思えばネゲルは人語を理解しているようでしたな」
「リベルタだ」
 静かに、しかし確たる口調でリュグナーが訂正する。
「理不尽な運命に抗う者は、醜くなどない」
 醜い魔獣の名を捨て、新たな名を得た獣が肯定するように目蓋を上下させた。傷だらけの獣に、ウィーがきょとんとしている。
「自由……とは、また」
「ローレットは誰の依頼でも受ける。この意味が分かるな?」
 皮肉気に笑いかけたイッシュはリアナルの発言に表情を固まらせた。
「お困りの際は遠慮なく、ってな」
「俺たちを呼ぶ方法なんて、いくらでもあるんだ」
 イッシュに対する敵意を隠さずジェイクが口の端を吊り上げ、ハルラが鼻を鳴らす。返す言葉が見つからず、イッシュは額に手を添えた。
 イレギュラーズに頭を垂れた『リベルタ』を、少女が無邪気に撫でる。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。

獣は夢を見る。
薄雪積もる森を抜け、その先に至る夢を見る。
キュアオゥ、と鳴き声ひとつ。

ご参加ありがとうございました!

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