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シナリオ詳細

<高襟血風録>王牙新継狗の子々雌

完了

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 私に名前はない。
 気づいた時には地べたに蹲って泣いていた。
 何もかもが恐ろしく逃げるだけの日々だった。
 辛くて辛くて仕方なかったが、その中でも一等恐ろしいのが死だ。打ち捨てられ蛆が沸き、骨を風雨に晒して土に帰る。それが何よりも救い難く、醜く、汚らわしいものに思えてならなかったのだ。
 逃げるうちに私は友連れを得た。
 やはりそいつの事も恐ろしくて仕方なかったが、背中を預けている間だけは生きている苦しみというやつが少しばかり収まるのだ。
 だから、共にいた。
 次第に髪が白くなり、牙で爪で砕けぬものが少なくなり、きっと私達は永遠にこのままなのだろう。その様な幻想を抱く程に長くいた。
 ああ、しかして、現実は残酷である。
 金色の髪をした巨大な敵が私達の住処に現れたのだ。
 私達は戦おうとした。しかし、きっとあいつにとってはじゃれつかれた程度の事だったのであろう。
 私達は逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、私は1人になった。
 どうにか連合いを呼び戻そうと強く叫ぼうとして気づいた。
 私も彼も、名前がなかったのだ。
 腹が重い。
 この子も、私の様に1人、苦しみの中を生きることになるのだろうか。
 せめて、私の居る間だけでも安らかに過ごして欲しい。
 その為なら、きっと私は自分自身の命すら投げ出せる。


 徒然に旅をするとは言え、長ければ同じ道も通るし機知も出来る。ヱリカと捨三郎もその様な仲であった。
「捨よ! 息災であったか!」
「おお、ヱリカ様。そろそろおいでになる頃かと思うとりました」
 晩秋か冬の初め、ヱリカは捨三郎の元を訪れる。それは優秀な猟師である捨三郎の作った牡丹鍋を味わうためと、もう一つ。
「ヱリカ様!」
「おコウか!大きくなったな!」
 捨三郎の娘、コウの存在であった。
「コウッ!寝てろっつったろうが!」
「だって、おとっつぁん、寝てるのつまんないんだもん」
「では我が土産話でもしてやろう。上がらせてもらうぞ」
 コウは生まれつき体が弱く、冬が訪れる度に長く床につく。故にヱリカはコウの為に旅の空での出来事を書き留めて与えてやるのがここ数年の慣習であった。
「……すいやせん」
 ヱリカを見送る捨三郎は深く頭をさげた。その表情に苦いものがよぎるのを誰もが見過ごして、木枯らしが吹く。

「コウは?」
「よく寝ている。……本当の所、調子はどうなのだ」
 その日の晩、ヱリカと捨三郎は囲炉裏を囲んで茶を飲んでいた。
「今年の冬は越せぬやもと言われました」
「そうか」
 上等な茶ではない、捨三郎が茶の葉を適当に揉んで煎っただけの代物で、茶というよりも茶の葉の煮汁といった具合の代物である。痺れる様に苦いが、せめてものもてなしとして出されればヱリカも飲まぬわけにはいかぬ。
 部屋の中もがらんとして、これから寒くなるというのに蓑すらない。
 薬代に全て売ってしまったのだろうと、ヱリカにすら想像ができた。
「薬はいろいろ試しましたが、良くならず。今日は調子がよいので起き上がる事もありましたが、一日中寝込んでいる日も多く」
「なんとかならぬのか」
 捨三郎は膝の上でぎゅうと拳を作った。
「1つだけ、アテがあります」
「なんと」
「『子々雌』をご存知でしょうか」
「こすめ?」
「狼は永く生きると王牙新継狗と呼ばれる怪性に、土地を治めるヌシなりやす」
「オウガニヰツクであるか」
「はい。それの子供を『子々雌』と呼ぶんでさ。『子々雌』は特別な獣で子供から大人になるまで生きれば王牙新継狗になりやす。
 その『子々雌』の生肝を喰えばどんな病も吹き飛んで健康になると言い伝えがありやして」
 捨三郎はヱリカの顔色を伺う様に視線を囲炉裏から持ち上げた。当のヱリカはただ渋面をつくって黙りこくっている。
 ヌシとは居るだけで土地を富ませる獣だ。殺せば如何な理由であろうと祟りが起き、禍を周囲に撒き散らす。そういうものだ。
 先日など、彷徨えるヌシである金色の熊がその土地のヌシである銀の狼の番を殺して成り代わるという事があった。
 するとどうした事だろうか、ヌシの交代劇があってより三日三晩土地の周辺に季節外れの颶風が吹き荒れたのである。木々は捻れ折れ、家屋は吹き飛び、穏やかな土地は凄惨たる有様に変貌した。
 人々は「ヌシの祟りである」と囁き合い、「ヌシが交代したのでこの程度で済んだのだ」と胸を撫で下ろしたのは記憶に新しい。
「ヌシを殺すのか」
「子々雌は怪性ですがヌシではありやせん」
 しかし、そう言い募ろうと捨三郎を見て、ヱリカは押し黙った。
 こやつ、こんな暗い目をする奴であったのか。
「子々雌はヌシではありやせん。ヌシの仔です。
 早く獲らねばヌシになるが、今はそうではない……」
「まさか、この山に」
「へえ。先週でしょうか。子を連れているのを見やした。
 丁度ヱリカ様が来てくださる時期で、天の采配というのでありましょうか」
「捨、お前、我にヌシ殺しを……」
 ヱリカが激昂し立ち上がろうとすると、しかし、天地が回った。
「熊殺しの毒ですが、ヱリカ様はハイカラだ。ほっといても朝には抜けるでしょう。
 朝までに帰らなんだらコウをよろしく頼ます」
 ヱリカは顔を真っ赤にして捨三郎の名前を叫ぶが最早舌先まで痺れて意味をなさぬ音列が飛び出すばかりである。
 視界さえも暗く狭まる中、ヱリカは猟銃を背負い戸口へ向かう捨三郎の背中を見た。


 カストルに急かさせてライブノベルの世界に飛び込んだイレギュラーズを出迎えたのはヱリカであった。何があったのかはわからないが何度かそばにある囲炉裏に頭を突っ込んだみたいに灰だらけになっている。
「貴公らか。
 いや、大事ない。クハッ何が朝まで動けぬだ。捨め、我が恐ろしくて分量を間違えたと見える」
 ぎこちなく羽織についた灰を叩きながらヱリカはイレギュラーズに向き直った。
「我のバカな知人が山のヌシとその子を狩ろうとしておる。
 ……ヌシを守って頂きたい」
 イレギュラーズの1人が知人はいいのかと尋ねるとヱリカは苦しげにに首を横に振る。
「ヌシが死ねば周囲に禍いが降りかかる。それは防がねばならぬ。
 故に我が貴公らに望むのは、ヌシの生存、それのみである」
 ヱリカはイレギュラーズにむかって深々と頭を下げた。
「しかし、もしも、出来る事ならば捨三郎も。
 どうか、どうか宜しくお願い致す」

NMコメント

 おーがにっくのこすめ。こすめはけしょう。言子です!

●目的
王牙新継狗の生存

 山の状況は時間で変化します
 具体的には

捨三郎がヌシの巣に到達、子々雌を捕らえる

帰ってきた王牙新継狗と捨三郎が鉢合わせて戦闘になる

相討ちになって一人と一匹が死亡

 こんなかんじです。
 山での探索に相応しいスキルの使用や工夫があれば早く着きますが、無策で歩き回れば現場に着くのは、捨三郎と王牙新継狗の戦いの終盤になるでしょう。
 逆に、よっぽど工夫しないと戦闘前に捨三郎と合流する事はできません。

●登場NPC
ヱリカ
 種族:ハイカラ。
 毒を飲まされている為、現場までついていく事はできても戦闘はできない。

捨三郎
 種族:人間。
 妻の忘形見である娘のために子々雌の生肝を手に入れようとする。
 子々雌を殺すつもりであるが、殺せないまま懐にいれて王牙新継狗と戦う事になる。
 猟銃の扱いにも鉈の扱いにも長ける。

コウ
 種族:人間
 病弱な少女。何も知らずに寝ている。

王牙新継狗
 種族:怪性
 歳を経た狼が変化したもの。白い毛並みの狼。
 子を傷つける者は自分の命に変えてでも殺す。怒り狂っている。
 牙と爪での攻撃の他、風を用いた妖術のようなものも使う。

子々雌
 種族:怪性
 特別な獣の赤子。生肝には万病を治す力がある。

●その他
 拙作「高襟血風録〜仇討お鈴〜」の続編になりますが特に話は繋がっていませんので、読んでいなくても大丈夫です。

  • <高襟血風録>王牙新継狗の子々雌完了
  • NM名七志野言子
  • 種別ライブノベル
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2019年12月12日 22時00分
  • 参加人数4/4人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(4人)

寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
ラクリマ・イース(p3p004247)
白き歌
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼

リプレイ


 夜半、山中には4つの影があった。
 一つは『白き歌』ラクリマ・イース(p3p004247)。病人の横顔のように細った月明かりに金糸の如き髪が煌めく青年である。
「この近くを通ったようです」
 その怜悧な面構えの左右を彩る長く伸びた耳は、自然と近しい幻想種の証。彼らにとって植物と意思をかわす事など造作もない。
「流石にここからは馬は無理だね」
 一つは『女王忠節』秋宮・史之(p3p002233)。乗っていた馬をねぎらうように撫でてやり手早く近くの木に繋いだ。
 暗闇の中、史之の顔に憂いが過る。ヱリカからの依頼はヌシを生かすことである。しかし、それは間接的にコウが助かる道を塞ぐことになる。
「秋宮殿、どうかなさいましたか?」
 一つは『クラッシャーハンド』日車・迅(p3p007500)。人よりも少しばかり感覚の鋭い彼は、(必ずしもそればかりではないだろうが)史之の揺らぎに敏感に反応した。
「 この物語には誰もが幸せになれる道がないのかなって思っちゃって」
「ああ……親が子を想う心は尊いものですが、それ故にこういう事にもなるものなのですね」
 分け入る山の行く先は闇に覆われて見通すことが出来ない。それは暗澹たる未来への予兆のようにも見える。
「まっだからって諦めちゃイレギュラーズの名がすたる。やれることをやっていくよ」
 頬を叩いて気合を入れる史之に迅もまた頷くとラクリマの指す方向へと急いだ。
 最後に『水天』水瀬 冬佳(p3p006383)は静かに星を仰いだ。
(成程、つまりヌシは山神……地主神、土地神の一種という所ですか。
 ……なら、それは決して失われてはいけないものです)
 小さく息を吐き、顔を引き締める。
「必ず、止めなくては」


 王牙新継狗の白い肢体は闇夜でこそ冴え冴えと輝いていた。燐光纏うかの如く艶めく毛皮に唯一欠けがあるとすればそれは血だ。
 返り血だけではない。毛皮の表面にできた前衛芸術のようにグロテスクな凹凸は力任せの鉈の一撃によって刻み込まれたものである。
 相対するは捨三郎。名の通り捨て子でさえなければ名うての猟師として尊敬を集めていたであろう男だ。
 額から顎にかけてゾッとするような幾筋かの溝……ひっかき傷を作っているが瞳の奥には爛々と闘志の炎が燃え盛っていた。
 長く続ければどちらかが死ぬだろう。
 そんなことは両者とも分かっている。しかし、捨三郎はともかく野生動物でもある王牙新継狗ですら引かぬのはその背に子を背負っているからだ。
 ここで手を止めれば我が子が死ぬのだ。
 ただその思いばかりが両者を死闘に縛り付けていた。
「そこまでです!」
 颶風一閃。
 両者の間に黒き風が舞い起こる。迅である。
「ここまでです、捨三郎殿。……家族が失われる悲しみを増やさないでください」
 彼の黒い耳は人より多くのものを聞く。そして、足は人よりも早い。ならば一番槍とはなるのは道理であった。
「何を……何者じゃ貴様ら!」
「ヱリカさんに頼まれてまいりました」
 涼やかな声が響く。冬佳は極めて冷静な様子で捨三郎へと告げた。
「子を狙われれば親を命を賭すものです――貴方もそうなさるでしょう。ならばヌシもまた同じという事。これ以上戦えば、貴方もヌシも死にますよ」
 冬佳の声はこれ以上なく落ち着いていて、だからこそ捨三郎の喉奥がぐぅと鳴った。
「捨さん! 子々雌は諦めるんだ! あなたがおコウちゃんを大切にしてるように、ヌシだって自分の子がかわいいんだ!」
「ヌシや人とて命の重さは同じ。自分の子ばかりがという思いではヌシも怒って当然です」
 闇の中を駆けて史之、ラクリマも戦場へと足を踏み入れる。
 4人、一匹、そして一人。
 捨三郎の唇は戦慄いて……。
「解かってございます。それでも……」
 猟銃を片手で構え、もう片手には血まみれの鉈。悪鬼の如き姿で、破滅的に顔を歪める。
「それでも、コウが死ぬ姿だけは見たくねぇんでさ」
 月が暗雲の中に隠れた。

 白銀一閃。
 闖入者を警戒して動きを止めていた王牙新継狗の顎が構えた捨三郎の喉元に迫る。
 速く鋭い一撃。しかしながらそれは喉笛を食いちぎるには至らない。捨三郎に肉薄するよりも早く史之の腕が咢に挟み込まれていた。
「子を思う親の気持ちは種族が違っても変わらないんだね。来いよ、その思い、この秋宮史之が引き受ける!」
 史之の名乗りに合わせて掲げた腕時計から赤い光が瞬く。それはやがて片手盾の如き障壁を作り出し王牙新継狗の牙を弾き飛ばす。
「申し訳ありません、これ以上は拳にて!」
 迅の拳が捨三郎に迫り、捨三郎もまた鉈と猟銃で応戦する。
 しかし、その狙いは目の前の迅ではなく王牙新継狗だ。大気を震わせる火薬の音がして、純白の毛並みがまた壮絶に赤く染まる。
「病弱な子を持つ親として子を元気にしてやりたい助けたい。それは間違いではありません」
 詩が響く。白く優しく舞い散る幻の雪。その白は冷気による隔絶ではなく、温もりを守る癒し。藍柱石の淡き輝きを纏う魔導書を片手にラクリマは慈愛を求める白き歌を紡ぎ、王牙新継狗の傷をいやす。
「しかしそれで貴方が死んでしまったら子供は喜ぶのでしょうか?」
 猟銃を握る捨三郎の手が震えるのを冬佳は見た。
「だからとコウに死ねというのか! あの子はまだ十になったばかりなのに!」
「そこまでになさいませ、捨三郎さん」
 氷剣から放たれる清冽なる水の一撃は命を奪うことはない。だが、その一撃はいっそ冷徹なほどに鋭かった。
「望まぬ結末を押し付けられて……それで生き延びられたとしても、その先の人生には暗い影が落ち続けます。
 それはとても辛く残酷な事」
 濡れ鼠になりながらも捨三郎は反論を紡ごうとするが口が動かない。
 捨三郎は、子々雌に情をかけて殺すのを躊躇う程度には善人である。
 イレギュラーズのいう事は全て承知していた。しかし、承知しているということと突きつけられるということは違う。
 突きつけられた事で、封じていた筈の良心の弁が外れかかったのだ。
 蹈鞴を踏んで動きが鈍る。振り上げた拳を振り下ろす先を見失う。
「申し訳ありませんが、捨三郎殿はコウ殿の待つ家に戻っていただきます」
 それを見逃すような迅ではない。高速の拳撃は見事、捨三郎の脳を揺らし意識を刈り取った。
 そしてすぐさま捨三郎の懐を探れば、胸の中で戦闘の余波で目を回して眠っていた子々雌の柔らかな毛皮が指に触れる。
 迅はそれを傷つけぬようにそうっと捨三郎から取り上げて地面に寝かせた。

 敵意をむき出しにした王牙新継狗は牙、爪、そして風を操る能力を駆使して史之の防御を食い破らんと肉薄する。
 史之もまた赤光理力障壁で押し返すも、それに乗っている殺意の量は違う。
 しかし、泥沼の戦いにふと変化が起きる。すんすんと王牙新継狗が鼻を動かし、周囲を探し始めたのだ。
 やがて王牙新継狗は草の上に寝かされた我が子を見つけ、愛おし気に舐め上げると優しく首根っこを咥える。
 そして、そのまま背を向けて一目散に駆けて行ってしまった。もうこの山には戻っては来ないだろう。遠く離れた別の場所に住処を見つけるはずだ。


「このっ!! 大馬鹿者がッ!!」
 薄明、あばら家にヱリカの怒声が響き渡った。もちろん相手は捨三郎である。
 戦闘の後、倒れた捨三郎を全員で送って行ったのだが、そこで怒り収まらぬヱリカの説教が始まったのだ。捨三郎はもはや何も言う気力も起こらない様子でただただ正座をして聞いている。
「大切な人に死なれ一人残される心の重さは、軽い物ではない」
 ラクリマもまた、大切な親友に残された者である。その言葉は重い。
「残される者の背負う物をもっと貴方は考えるべきです」
 捨三郎は小さく娘の名前を呟いて項垂れた。頭が冷えて残されたコウの思いに漸く実感として思い至ったらしい。
「捨三郎殿、誰かがコウ殿を殺めたとしたら、貴方はそれを決して許さないでしょう。
 ヌシも同じです。この場を切り抜けても、ヌシは必ずや貴方達に報いを与えようとする筈です」
 迅はこれが今できる最善だったと諭した。そもそも首尾よく子々雌の肝を手に入れたところで、ヌシからは逃れられないのだ。殺しても祟る存在でもある。コウは子々雌の肝があっても、二人で破滅を迎えるか、一人で破滅を迎えるかの二択なのは間違いなさそうだった。
「……あのさ、こういう時はお金じゃないか?」
 そこへ、史之がそっと手を上げる。
 集中する視線におっかなびっくり病の元は栄養失調が原因であることが多いということを説明すると……。
「だからさ、見栄を優先してる場合じゃなくない? いいんだよ、富くじにでも当たったと思いなって」
 これで、と銭袋を懐から出そうとする史之の手を止めたのはヱリカだった。
「申し訳ないが、それには及ばぬ。
 捨よ。都に参れ。都で働け。職は我にツテがある。住処付きの職であればここにいるよりもコウにとって良い環境となろう。それに給金であれば安定してコウを養える。違うか?」
「それは……」
 元々これを提案しにこちらまで足を延ばしたのだと憮然として鼻を鳴らすヱリカに、捨三郎はバツが悪そうに言いよどむ。
「――娘の事を想うなら『貴方が望む事』より『娘が望む事』を叶えてあげるべきです」
 その様子を見かねて冬佳が視線で示したのは障子から父の様子を覗き見るコウの姿であった。
 おいで、と冬佳が嫋やかに手招きすれば少女はとてとてと父の傍に寄り添う。
「おとっつぁん。あたし、おとっつあんと一緒ならどこに行っても寂しくないよ」
「コウ……」
 そして、捨三郎は佇まいを直し、イレギュラーズ達に向き直ると深々と手をついて頭を下げる。
「ありがとうございやした……」
 冬に差し掛かる寒い朝の事。根雪も溶かしそうな熱い涙が落ちた。

成否

成功

状態異常

なし

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