PandoraPartyProject

シナリオ詳細

愛しきあなたと愛に焦がれて

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 恋をしたのだと思います。
 言い切れない未熟をお許しください。私は長年、そういった感情から無縁の鳥籠に居たのです。
 今日までの自分を振り返れば、なんと怠惰な事だろうかと憤慨するほどなのです。
 貴族の娘として産まれ、蝶よ花よと育てられ、欲しいものは与えられ、嫌いなものからは遠ざけられて生きてきました。
 そう、屋敷から出る必要も無いほどに。
 およそ半径30m程が、私の世界の全てだったのです。
 なんと狭い世界でしょう。そこから見える景色など、ほんの一握りの砂粒にも劣るというのに。
 その事に気づいたのは、いいえ、気付かせてくれたのが、彼でした。
 屋敷で開かれた、私の20回目の誕生祝い。
 そのパーティーの時、どういった流れだったのかはもう覚えていません。
 ただ彼に、自身の生い立ちを話したら、そんなの勿体無いよと手を引かれ、夜の街に出た事は覚えています。
 その時の、彼の眩しい笑顔を、覚えています。
 キラキラと光る街並みや、通りすぎていく人たちの笑顔や、うるさいほどの活気の音を、覚えています。
 こっそりと帰って、バレなかったね、怒られなくてよかったね、と、笑いあった時の胸の暖かさを、私は、一生忘れはしません。

 恋を、したのだと思います。

 あれから半年。
 また彼に会える時を待っていました。
 父と母に願い、パーティーの開催を計画し、侍女に彼を調べさせ、好みや家柄を把握し、自分自身は魅力的になれるよう努力をしたつもりです。
 そうして、ようやく、計画は実現出来る目処が立ちました。
 私と、彼と。乗り越えるべき壁との、相対する時です。
 ご存知かと思いますが、基本、男女の縁として、夫婦は一対一。所によれば一夫多妻、またはその逆もあるでしょう。
 しかしながら、私の個人的な観点で、非常に狭い常識では、やはり男女はお互いを見つめているべきであると、そう思うのです。
 ですから、今週末。
 我が別荘で開かれるパーティーにて。
 その邪魔と成り得る存在を、除害していただきますよう、宜しくお願い申し上げます。


「さて」
 読み上げ聞かせた内容は、依頼の文面だった。
 それを机に伏せて置き、前置きを挟んだ『新米情報屋』シズク(p3n000101)は、イレギュラーズに常と変わらない顔で告げる。
「これは元々、別の組織に送られた依頼だ。ただまあ色々問題があって、手に余る仕事だと言うんで、うん。私が引き取ってきた」
 コネは内緒だよ、と。情報屋らしい雰囲気だよねと頷いた彼女は続ける。
「君達に、排除して欲しい人達が居る。先に断っておくけれど、ターゲットはただの一般人。触れれば一瞬で絶命させられる程に脆い相手ね」
 それが何故、手に余るのか。
 何故身を引かざるを得ない状況になるのか。
 当然そこに、疑問が生まれる。
「現場はとある貴族の別荘……うん、そこまで広くはないわね」
 敷地は四角の鉄柵で囲われている。高さは3m程だろう。
 内部に入ると池や花壇等の庭園があって、一つしかない入り口から草のアーチを潜って邸内へ行ける。
 庭の外周はおおよそ100m。
「警備は居るよ。入り口に二人。内部の庭園に巡回で八人。強さは……少し解らない」
 解っているのは、異常な程に警戒している事。五感がかなり鋭い事。特殊な訓練により、状態変化への強い耐性を持つ事などだ。
「後は攻め力よりも守りに傾倒していて、索敵に特化している、という所かな。中には、伝令係も居るだろう。……まあ、中の要人を逃がす事が第一なんだろうね?」
 そこら辺、専門職が匙を投げている程度には侮れないのだろう。
 もしかしたら誰も知らない抜け道が建物内にあって、攻めきる前に逃げられる可能性を危ぶんだのかもしれない。
「君たちはこれを倒してもいいし、上手くやり過ごしてもいい。目的はそれじゃないものね」
 そこでシズクは、見取り図を出した。
 今伝えた外形があって、邸内の平面図が中央に描かれてある。
 広い空間だ。
 三つ……いや四つ程区分けされていて、一際大きな空間がパーティー会場なのだろうと予想できる。
「ここには集められた客と、集めた主催がいる。客の中に目標がいて、主催は依頼人の両親ね」
 さて。
 と、一つ区切りをしたシズクは一息。
「この現場に依頼人と、手紙にあった彼は居ない。居るのは、君達が間違いなく仕留めるべき人間だけだ」
 それは。
「それは文面にあった邪魔者。彼の妻子に当たる二人と、その現場を目撃するであろう主催を含めた参加者十名だ。君達には、その十二人の一般人を全員殺してもらう」
 そうするには幾つか理由がある。
 妻子はもちろん、文面にあった通りだ。他の参加者は目撃者でもあるし吹聴されては困る。そして、依頼人の両親。
「彼と懇意な両親は、もしかしたら事後の動きに良い働きをするかもしれない。でも、逆の可能性も有り得る不安要素でしか無く、且つここで失われる事で、彼女と、彼と、結び付きが生まれる」
 そういう打算的な思考の結論があるのだ。
 人として、娘として、道徳的に捩れていても。
「恋をすると、人は、それしか見えなくなるのだろうね」
 よく解らないが。
 言葉を締めたシズクは再度の視線をイレギュラーズに向けた。
「それで、受ける? 受けない?」
 コテン、と首を傾げた彼女に、イレギュラーズの答えは。

GMコメント

 ユズキです、ご無沙汰&初めましてな流れで、はい。
 こいついつもご無沙汰してるな?

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●依頼達成条件
 別荘内にいる十二人の一般人を殺害する。

●現場
 別荘です。
 周りは林に囲まれていて、見通しはそこまで悪くないです。
 大まかな外観はOPの通りとなります。
 時間は昼から夜まで、パーティーは続きます。

●敵戦力
 警備員が全部で十人います。
 警備能力と強い耐性を持ち、索敵に役立つスキルを複数所持している可能性が高いです。
 またその中の一人が伝令係となっているため、それに見付かると仲間を呼ばれ、目標に逃げられる確率が上がります。

●ターゲット
 特別な力は持っていません。
 老若男女様々です。
 小突いたら絶命する程に呆気ないでしょう。

 以上、簡単にはなりますが補足として。
 よろしくお願いいたします。

  • 愛しきあなたと愛に焦がれて完了
  • GM名ユズキ
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年11月26日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

メリンダ・ビーチャム(p3p001496)
瞑目する修道女
極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
梯・芒(p3p004532)
実験的殺人者
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ニル=ヴァレンタイン(p3p007509)
引き篭もり魔王
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
桐神 きり(p3p007718)

リプレイ


 笑顔には種類がある。
 作る側の意図と、受け取る側の感じ方に差違はあり、厳密な細分化の区分けが出来る物ではないとしてもだ。
 例えば、どこかの暗殺で名高い女性の浮かべた笑みだとか。恐怖を感じるか、それとも愛らしさを得るかは人それぞれで。
「……?」
 今、『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)が浮かべてるのは、度し難い類いの笑みだ。
 ローレットを出る前の見送りに、例の暗殺女に倣った笑顔を作ったつもりの彼女は、しかし、芳しくない出来に納得を得ようとしていた。
「フゥー……」
 形容し難いその数面相に、『瓦礫の魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)は咥えていた煙草を地面に落として踏み消し、口から煙を空へ放った。
 うんまあ少女的に笑顔は大事だもんなァ。とは心中に吐き出して、視線を遠目に逸らす。
 見る先は林だ。
 今、ことほぎと秋奈を含むイレギュラーズ達は、伝えられた別荘を囲む敷地、林の外側に居る。
「警戒してるアイテってヤリにくくてキライなんだケドなぁ……」
 そうだ。目標は厳重な警備によって守られている。
 ぼやきを吐いた『ガスマスクガール』ジェック(p3p004755)は、ぼわっと広がった白髪を広げて座り込み、ガスマスクのレンズ越しにことほぎと同じ目線を送っていた。
「マスク越しでも声はハッキリしてるんだね」
 その横、しゃがんだ『実験的殺人者』梯・芒(p3p004532)は前後に緩く揺れながら素朴な感想を前置きにして続ける。
「ただのパーティにしては妙に警戒されてる、ってことは……あのサイコパス例文の人、尻尾出しちゃってるんじゃない?」
「まー、確かにそこまで過敏になってる理由は気になりますけど……いやぁ、恋する乙女は怖いってことですねー」
 そう言うものだろうか。のんびりとした桐神 きり(p3p007718)の賛同に芒は考え、そう言うものか、と、重ねた思考で疑問に蓋をする。
「意中の相手を落とす為なら、ソレ以外の全てを切り捨て障害を排除する……私としては、嫌いじゃありませんよ? 何より、請けた仕事ですしね」
 仕事。
 ローレットに寄せられた一依頼で、それを受けたのは自分達だ。
 それを理解した上でしかし、ゼファー(p3p007625)は噛み砕けない感情を胸に抱く。
「愛は盲目、なんて云うけれど……」
「人の子の愛とは、ここまで周りが見えなくなってしまうものなのじゃろうか?」
 度が過ぎた代物だなぁ。という趣旨の呟きに、『夢想の魔王』ニル=ヴァレンタイン(p3p007509)が疑問を続ける。
「まあそも、妾は人を理解しておらぬが」
「お子ちゃまだから?」
「……いや子供扱いするでないぞ……?」
 軽口は、紛らわしだ。二人とも、それぞれ思うところはあって、ただだからといって何が変わるわけでもない。
 受けるのか、受けないのか。そういう問いかけに、頷いたのは自分なのだから。
「私達がやんなくったって別の誰かがあてがわれるだけですものねぇ」
「殺される側からすれば災難じゃろうけどな。しかし、それが仕事なら妾達で殺るしかあるまい」
 割り切りは必要だと、そういう思考を持っている。
「……ロクな死に方出来なさそうね、お互いにさ」
 自分も、依頼人も。
「さーて」
 と、笑顔に満足した秋奈が、不意に立ち上がった。
 視界で動いたから、という理由で図らずも注目を集めた彼女は、一度首を傾げて、戻して、頷きの縦振りをする。
「暗殺依頼だし静かにしないとね!!」
「イヤうるさいですヨネー、と言ったらフシギそうな顔されてびっくりデス」
 ガスマスク越しに半目が見えた気がした。
「ではそろそろ参りましょうか」
 日が傾いた、と、空を見上げた『瞑目する修道女』メリンダ・ビーチャム(p3p001496)は思いながら促しを作った。
 閉じた瞳で別荘の方角へ向き直り、静かに歩を進め、小さな笑みから吐息を漏らす。
「愛しさの為、家族を含む周りを消し去るという願い……彼女の愛。叶えてあげましょうね? その結末が悲喜のどちらに転んだとしても、ね」


 八人の刺客は散らばる。
 位置は別荘から死角となる林に生えた樹の影だ。
 きりとジェックの、スキルを使った内部への窺いで、ある程度の方針を定めた上での行動だった。
「まず、凄く目が良いです」
 遠方から覗いたきりは、そう言っていた。
 超視力を持った彼女の視界、何度か目が遇いそうになったと感じていたのだ。
「それから、入り口の二人は動きません。中の八人は定期的にすれ違う形で巡回していますね」
 身を隠しながら、探れたのはそれくらいだ。
「耳も鋭いと思うヨ。アタシはバレなかったケド、アタシが感じた物音に警備サンも気づいてたカラネ」
 ジェックの気が付いた情報も合わせて考えると、少なくとも警戒しているレベルは最大だ。
 正攻法で侵入などしようものなら、一瞬で見付かり問答無用に敵視され、依頼を果たせなくなると確信出来るほどに。
「こほん」
 故に、メリンダは、入り口へ真っ直ぐ歩いていった。
 厳重過ぎる内側と比べ、ただ一つしかない入り口の警備は二人。つまり、その境界に建てられた柵の外側では、問答無用は起こらない可能性が高い。
 筈だ。
 少なくとも、猶予はあるだろうと、そう予測する。
「こんばんは、衛兵さん。お勤め、ご苦労様──」
 近づき、声を掛けた瞬間、目の前に突き付けられた警棒を見るまでは。
 ……下手を打ったかしら。
 沸き起こる失敗の二文字は、仕方ない感情だ。
 だが、しかし、とも思い直す要因もある。
 もし最悪そうなったなら、突き付けられた警棒は自分の体を打ちのめしているだろう、と言う確信だ。
「すみませんがシスター。見逃すのは一度です、立ち去りなさい」
「何者であれ、本日の招待客は出揃っています。招かれざる相手を迎える手段は、一つしかありません」
「……なるほど、これは失礼をしましたわ」
 不意を突くのは失敗した。だが完全な曲者と断定されたわけでも無い。
 しかし今、この瞬間に攻勢に出たとしても、臨戦態勢の相手では速度で劣るだろう。
 状況は正しく理解し、恭しい一礼でメリンダは一歩を後ろへ。
「では」
 と。
「祈りましょう」
 後方へ跳ぶのと同時、二人の警備員を揉み込むように、嵐が巻き起こった。
「……ったく、面倒な奴等だなァ」
 それは砂嵐だった。
 礫の様な砂が乱雑に跳ね回り渦を巻き、加えて圧し込む重みを範囲内に叩き込む。そういう魔法だ。
 術者のことほぎは、警備二人に直撃をさせた実感と、想像以上に効果が無い現実を目の当たりにした。
 嵐に佇む相手は、顔を覆いながらもこちらをじっ、と見ていて、
「冷や汗の一つもかかねーかよ」
 憎たらしい顔だと、そう思う。だが、目的としては達成している、とも。
 メリンダも自分も、いや、他数人も、引き付け役としての役割がある。
「ふふ、頑丈ですね」
 空に立ち上った砂煙は間違いなく、内部の警備も気付いているだろう。僅かでも隙が出来れば、潜入の助けになるはずだ。
 まあ、ターゲットにまで届いていたら不味いだろうが、ただの一般人ならその心配は少ない。
「あは。素敵ね!」
 諸々懸念はあるが、楽の感情を表したメリンダが行った。開いた双眸に光は無く、窪んだ空間には闇が在る。
「化物か、シスター」
 嵐から抜け出た警備がそれを認め、平淡な表情のまま構えを取った。メリンダはジャラ、と重みに金鳴るモーニングスターの柄を握り、歯を剥いた笑みで「ええ」と応え、そうして。
「理知的な、ね?」
 背後に隠した砲撃を通す為、思い切り上へと跳んだ。眼下に、驚きを見せずに左右へ避ける動きが見える。
「不意撃ちだったんだけどなぁ」
 攻撃を放ったきりは、被弾無しの結果に緩く笑った。
 それなりに重ねた連続は、敵の意識を削ぐ意味もあったし、本命の一撃をぶつける為でもある。
 いやぁ、参ったね。と、ふぅ、と息を吐いた彼女はやはり笑って、
「ここまで上手く行くとはさ」
 魔砲がぶち抜いた正門から一直線に駆け抜けたゼファーの背を見送った。
 ……上手くいった。
 敵の意識はメリンダ、それから砂嵐の術者と移って、不意討ちを狙うきりにまで惹き付けられたのだ。自分達を倒そうとしている。警備にそういう前提を誤解させられた時点で、囮としての役目は叶っていた。
「なるほど」
 自由落下から振り回されるメリンダの攻撃を回避しながら、警備の一人は得心した。
「お前達の狙いは、まだわからないが。いいか? ここを抜けた程度で目的を果たせると、そう思ったなら、間違いなくお前達の願いは叶わない。そう思っておけ……!」


 正門での嵐が起こった頃。
 芒は、音もなく鉄柵を乗り越えて敷地の中に降り立った。
「……」
 即座に伏せて、踏んだ草が微かでも鳴らないようにゆっくり進む。
(警戒キツすぎじゃないかな?)
 一瞬のチャンスだった。
 ことほぎが起こした騒動に、警備の目が正門へ向いた刹那の隙。その瞬間でしか、柵を越えられるだけの猶予は無かった。
 それは多分、他の潜入者にしてもそうだろうと思うが、別々に動いていた分だけその辺り、彼女の知る由は無い。
 わかるのは、ここで下手を打てば、依頼の達成は不可能だという、純然たる事実だけだ。
(なにせ出口、林の中に無かったからね)
 建物の内部に、逃げるための抜け道があるのは確実で、しかし、周囲の林にそれらしき出入り口が無い。つまり、逃げられた場合、追いかけるにはその抜け道を辿るしかなく、こういう場合の抜け道は追撃を振りきる為の分岐が多いはずだ。
「ここで決めなきゃ、ね……?」
 と、思考する彼女の視界に、正門を吹き飛ばす光が見えた。
 随分と派手過ぎる囮だなぁ、なんて考えていると、開いた道から突入するゼファーの姿もある。
 正門から邸内へ。
 そこまでの道は長く無い。が、低い草花で化粧された庭は見通しが良く、進む道を遮る警備がやはり、そこには居る。
 一人だ。
 その他の警備は、他に居るかもしれない侵入者を気にして、索敵の態勢に移行している。
「仕方ないわ」
 ゼファーは行く。
 身の丈の槍を両手で引っ張る様に構え、無手で構えた警備へと真正面だ。
 既に迂回する余裕など無く。
 伝令の報告の恐れがあって。
「他の子が動きやすい様にも──ね!」
 今、攻めるのが正しいと、そう決断した。
 行く。
 踏み込み、槍の穂先。敵の身体を食い込ませる様に振り抜きを放つ。
 だが相手は一歩を前に、柄の部分を腕で受け止めることで惨事を回避した。
「お利口さんね」
 しかしそれは、彼女の想定通りだ。
 ミシッという、肉を越え、骨の軋む感触を得たゼファーは、振り抜いた槍の軌跡を追うように、蹴りを長柄へとぶちこんだ。
「ぐっ……!」
 二撃。
 打ち込み、しかし逃げられた手応えがある。横っ飛びに距離を離しながら、威力を抜けさせた感覚だ。
「行かせねーよ!」
「もう、しょうがないわね」
 立ちはだかる敵に方針を変えたゼファーは、槍の柄を腋に締めて構えを直した。


 騒ぎが起きた。
 そう気付いたのは、正門で争いの音がしたからだ。
 その場合、伝達の要として配置された彼は、二つの選択を思う。
 一つは、連絡を取り合い、一先ずの鎮圧を優先する事。
 一つは、邸内でパーティに勤しむ貴族方を、迅速に逃がす事。
 前者は敵の規模によっては押し切られる可能性があるが、後者を選んでそうじゃなかった場合、徒労に終わって責められるのは自分だろう。
 思い、考え、数秒の間。
 命あってこそだ、と。そう結論付けた彼は、周りの仲間の位置を把握し、邸内を見て、一気に駆け出した。

「マァそうするでショウネ」
 ガスマスク越しの照準を、ジェックは覗いていた。
 鉄柵の外、編み目になった空白へ、黒のライフルを乗せた状態だ。
 見る先には白い邸宅の壁があって、弾ける様な打痕が一つ付いている。
「気付いた? サスガ、敏いなぁ」
 ただ一度、トリガーを引いただけ。
 音は殺されていたけれど、弾けた火薬の臭いや、弾丸が空気を裂く波に、鋭い感覚を持つ警備員が気付いたのだろうと、そう推察する。
「囮役とシテ考えタラ、成功デショ。スナイパーとシテも、戦果は頂クケド、サ」
 注意を集められた。その点で目的は達成した上に、射撃した一撃は狙い通りに邸宅の壁を撃った。
 後は、ジェックがすべき事は、一つだけ。
「モット、しっかりアタシにキを付けナ」
 自分を後回しにしようとする警備の足を、止めることだ。

「お?」
 秋奈の前で、警備の一人が膝を折った。
 いや、正確には片方の足が弾けとんだと言うのが正しい。
 それは、ジェックが放った一撃。邸宅の壁を跳ねた弾丸が、真っ直ぐ伝令に向かおうとした出鼻を文字通り砕いた形だ。
「……なるほど!」
 別に、確固とした確証を覚えた訳ではない。だが仲間の誰かが、わざわざそれを狙ったのに理由はあるのだろう。
 そういう、単純な理由で秋奈は長刀の柄に手を添えて、
「……ぁ?」
 閃きを一つ、そこに残して通り抜けた。
 ズルッと上下でズレた警備員を残し、多発的に起きた騒ぎを隠れ蓑に駆ける。
 邸宅の入り口に辿り着き、開き戸を音も無く押して、前室に入り込み、目の前に警備員を見つけた。
「!?」
「……おい待て、妾じゃ」
 咄嗟に刀を抜きかける。その姿を片手で制したのは、ギフトで成長し警備員の服装をしたニルだった。
「あ、なんだ……びっくりした~」
「すまんの。……妾達だけ、か?」
 外の喧騒は、聞こえない。だが戦いの気配は感じ取れて、パーティ客が気付くのは時間の問題だろう。
 そう判断したニルは、秋奈に頷きを一つ見せて、扉を一つ越える。
「……会場へ至る道筋は、部屋を二つ越えたはずじゃのう?」
 頭に浮かべたのは、説明された間取り図だ。俯瞰した平面図では、確か、会場はサロンを一つ経由した向こう側の筈だ。
 もう一つ、裏口の風除室も出口はあったが。
「あら、あなた警備の──」
 一人、休んでいた婦人の首を無造作に刎ねた。
 跳ねる頭は秋奈が掴んで、倒れる身体を軽く支えながら床を滑らせ隅へ隠す。
「……密集しておれば妾が殺る」
「離れてたら私、だね」
 取っ手に手を掛け、聞き耳を立てる。話し声も、気配も感じないのは、室内の防音のせいだろうか。
 思い、開けようと力を込める寸前、ノブが下がり扉が引っ張られた。
「!」
「?」
 自然、開かれた空間の前に立つことになったニルの前、目を見開いた老人の顔がある。驚きも見え、しかし遭遇より前から焦りがあるのは分かった。
 息は荒く、整髪料で撫でられた髪は脂汗に濡れて崩れ、血走った瞳に怯えを孕んでいる。
「助」
「あ、お疲れ様ー」
 乞う声は、降ってきた芒に潰された。
 両肩に着地して押し倒し、勢いのまま首の骨を殴り潰す動きだ。
「わ、一番乗りだったんだ」
 気楽に言いつつ死体を跨いだ秋奈はホールを見渡す。
 広い。
 壁際に寄りながらこちらを見る人達が居て、右手側の壁にある裏口へのドアは赤黒い塊がべっとりくっついているのが見えた。
 芒の仕業だろう。裏口から入り込んだ彼女が、適当なターゲットを、わざとらしく惨たらしい塊に変えたのが想像出来る。
「き、貴様らは一体何が目的だ、何故私達を狙う!?」
 何故だろう。当然の疑問を投げ掛けられれば、理由を考える程度の余裕は三人にある。
 ただまあ、考えても、何も変わらない事ではあるのだが。
「お仕事だから?」
「殺せるから、かなぁ」
 だから秋奈の刃は子供を斬るし、芒の貫手は女の心臓を破壊する。
 怯え、祈り、生き残る事の許しを望む声に、
「そちらの命がここで消えるのは、ただ、そうあれと願われたからじゃ」
 ニルはただ、静かに首を落とす。
 駆け付ける警備員が扉を開ける音に振り返らず、秋奈がぶち抜いた逃走経路に飛び込んで行き、
「怨むな、とは言わぬよ」
 物言わない亡骸へと、別れを告げた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 久しぶり過ぎてさてここで何を言うべきかと迷ったので、参加してくださった皆様に感謝を。
 ありがとうございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM