PandoraPartyProject

シナリオ詳細

アソンデ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●愛猫家の屋敷にて
 バルツァーレク領、テニシャの街の片隅に建てられている5階建ての立派な屋敷に人が立ち入ったのは、実に半年ぶりのことだった。
 嘗ては綺羅びやかに輝いていたであろう玄関ホールには灯りもなく、窓から差し込んでいる日光だけが来訪者の巻き起こした埃を照らし出している。
 来訪者である人間種(カオスシード)の中年男は静かに玄関を閉めてから顔をしかめ咳き込んだ。懐からハンカチを取り出して口元に当て、これ以上埃を吸い込まないようにする。
「書斎は3階だったな」
 記憶を確かめるように一人呟き、男は屋敷の内部に足を進めた。彼はこの屋敷にかつて住んでいた人物の遠い親戚だった。
 テニシャは“猫の街"と呼ばれている。昔から猫好きな住人が多く、年月が経ち発展するにつれて、ついには街に住む愛くるしい猫達が評判を呼んだのだ。
 この屋敷に住んでいた人物も相当の猫好きであったことを男は知っており、猫を模した精巧な調度品を金に糸目をつけず買い漁っていたことも知っている。
 つまり、屋敷に残された持ち主の居ないコレクションの数々を持ち帰れば、困窮している男の懐を幾らか潤してくれる筈だ。
 来月にはこの屋敷に新たな住人を受け入れるための準備が始まると小耳に挟み、男は鍵を拝借し、窃盗という後ろ暗い行為を実行する決意を固めて屋敷にやってきた。
 埃に覆われた絨毯を踏みしめる足音だけが静寂に包まれた屋敷の中に響く。階段に足をかけてもぎしぎしという音はしない。まだこの建物は健康だ。
「……話には聞いていたが……」
 3階の廊下を眺めた男は、驚きと呆れ半分のため息を思わずついた。この長い廊下には扉がたった一つしかない。
 この屋敷の主人はあまりに猫を愛するが故に屋敷の階層を一つまるごと猫のための物にしてしまったと男は聞いた覚えがあった。
 人より猫を好み、愛情を一心に注いだ一人の老婆。家庭を持つこともなく、晩年は寂しいものだったと人は言う。
 意外と本人は猫に囲まれて逝けたのだから満足してそうな気がしないでもないが、そんなどうでもいいことに思考を割くほどの余裕は男にはなかった。
「っ……。臭うな」
 そしてこの階層には、微かに臭気が漂っている。ハンカチ越しでも判る腐敗の臭いだ。
 男は少しの間ためらうように視線を辺りに配り、息を止めてドアノブに手をかけた。
 扉の先は小部屋だった。後ろ手に閉めてから部屋の中を見渡すと、猫の遊び道具が整頓されて棚の中に眠っているのが見えた。
 そして目と鼻の先にもう一つの扉。おそらく猫が逃げ出してしまわないよう二重扉の構造にしたのだろうと容易に想像がついた。
 呼吸を再開すると鼻腔に突き刺さる臭気は、更に強まっている。男はこの扉の先の光景を想像してなかなかドアノブを握ることができなかった。
「はー……」
 できるだけ空気を肺一杯に吸い込んでから息を止め、男は決心して次の扉を開く。
「っ……!!」
 凄惨。
 そう表現してもまだ足りない光景が広がっていた。
 部屋は赤黒く汚れ、それは床にも壁にも絵の具をぶちまけたようにこびり付いている。
 そんな汚れの中で転がっているのは、多数の死骸だ。腐敗が進み判別が難しかったが、おそらく全て猫だ。
「(誰も残された猫を引き取らなかったのか?)」
 “猫の街”と称されるくせに薄情なことをすると思いかけて男は気づいた。
 ――どの死骸にも飼い猫であることを主張する首輪がない。
「(まさかこれ全部、野良猫か? だがどうして)」
 答えは出なかった。目の前の光景で既に男は吐き気を催しているし、呼吸を再開すれば鼻腔を嫌というほど刺してくるであろう悪臭を想像すると長く立ち止まれない。
「(さっさと回収して帰ろう。こんな場所に何時までも居られるか)」
 男は靴が汚れるのも構わず足早に部屋を横切り、次の扉へと向かった。猫の遊戯室の隣が目的の書斎だ。何度も引っかかれたであろう傷だらけの扉を開け素早く滑り込む。
「ふーっ……」
 すぐに扉を閉めて窓を真っ先に開ければ、まだ悪臭はあるものの呼吸をするには問題がなくなった。
 書斎はきっちりと整理整頓され綺麗なもので、物色するには好都合だ。しかし嵩張らない貴金属類はあまり見当たらず、ポケットの一つも満たしはしない。
 舌打ちを一つして、男は視線を巡らせた。一つの像に目が行った。
「こいつにしよう……」
 それは白猫を模した陶器製の像だった。
 まるで今にも動き出さんばかりのその姿は、大いに主人を魅了したに違いない。部屋には他にも色々と像がコレクションされているが、これが机から見える一番いい位置に飾ってあったのだ。
 きっと高く売れるだろうと埃を丁寧に払い落とし、男は懐からシルクの布を取り出し厳重に像に巻き始めた。
「(これを処分すれば、少しは生活が楽になる)」
 布を巻き終わり、男が安堵から思わずにんまりと笑みを浮かべたその瞬間だった。
「に゛ゃ゛あ゛」
「っ!?」
 泥沼の底から吹き出したようなおぞましい鳴き声がした。
 男は咄嗟に書斎の入り口を振り返り、息を潜めて閉まった扉をじっと見つめる。
「……気のせい、か……?」
 時間にして数分そのままの姿勢で固まっていたが、鳴き声が再び聞こえることは無かった。
 あんな光景を見た後だ、無意識に悪い想像をしてしまったのかもしれない。緊張の手汗を服の裾で拭い、男は改めて息を止めてドアノブに手をかけ、開いた。
「あッ――!?」
 その先に待っていたのは、今まさに自分に牙を剥き飛びかかってくる黒い塊。

●ギルド『ローレット』にて
「緊急の案件なのです!」
 今日も『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は足と翼をぱたぱたさせながらローレットに駆け込んできた。
 ハキハキとした声は多数の人がひしめくギルドの中でもしっかりと響く。しかし彼女の言葉に皆が皆振り向くわけではなかった。
 ギルドに駆け込んで開口一番"緊急の案件なのです!"、これはユリーカの見せるいつもの光景なのだ。
 とは言え全く相手にされないというわけでもない。彼女がこうしてギルドにやってきたということは、仕事が舞い込んだということだからだ。
「今回はあのバルツァーレク様からのお仕事なのです! 興味がある人は集まって欲しいのです!」
 『遊楽伯爵』ガブリエル・ロウ・バルツァーレク。
 イレギュラーズも知っての通り、幻想(レガド・イルシオン)の貴族三大派閥に数えられる大物だ。
 なるほどかの人物からの依頼であれば、今回のユリーカが言う"緊急の案件"は本当かもしれない。興味を持った者が続々と彼女の陣取る丸テーブルに集い始めた。
 心なしかその集まり具合にユリーカも誇らしげだ。
「それでは、そろそろ説明しますね! みなさんはバルツァーレク領にある"猫の街テニシャ"をご存知ですか?」
 ガブリエルからの依頼はそのテニシャの街に起きた問題の解決なのだとユリーカは言い、それからテニシャの街がどれだけ素晴らしい場所だったか――主に猫達とのふれあい体験談である――を熱弁し始めた。
 話が脱線しているのに気づいたのは5分ほどしてからで、彼女は"はわわ!"と慌てて緩んだ表情を引き締めて情報の提供に戻る。
 街の片隅のある屋敷の中にアンデッドが多数発生している事が発覚したという。
「そのお屋敷の主人だったお婆さんがお亡くなりになってから半年の間、お屋敷はずっと放置されていました。すごく猫好きなお婆さんだったそうなのです。そのお婆さんに飼われていた猫はみんな引き取られて今も元気に暮らしてるのですが……」
 完全に無人であったはずの屋敷内部に野良猫が入り込み、そのまま死亡。それが積み重なり、ついには無数のアンデッドと化して屋敷の内部に留まり続けているらしい。
「色々聞き込みをしてみたのですが、お婆さんは野良猫にもよく餌付けをしていたらしいのです。そしていつでも遊びにこれるようにと、屋敷を建てた時に3階の遊戯室直通の、猫専用の出入り口まで作っていたそうなのです」
 “これはボクの予想なのですが”とユリーカは前置いて言った。
「多分、餌付けに慣れきってしまった野良猫が、お婆さんが亡くなったとは知らずに屋敷に通い続け力尽きてしまった。……それが続いてできた状況かもしれないのです」
 彼女の予想が正しければ、平等に猫を愛したはずの老婆が、自らの死後に飼い猫と野良猫の間に格差を作ってしまった、皮肉な話だ。
「それを発見したのは一人の泥棒さんだったのです」
 ユリーカはそのアンデッドに襲われた人物から情報を入手してきたと説明を続ける。身柄を拘束されているそうで、聞き出すのは簡単だったらしい。
「屋敷の3階全部が猫さんのためのスペースになっているそうで、猫のアンデッドはそこに全て集まっているそうなのです。襲われた人は入ってきた場所から逃げることができなかったので、窓から飛び降りて逃げたそうなのですが……猫のアンデッドが追ってくる気配は無かったとのことなのです」
 その後も街で猫のアンデッドが現れたという話は聞かないため、問題は屋敷の3階に留まり続けているのは間違いないだろうとユリーカは言う。
「襲われた人の話によると、数は約20匹。噛み付いたり引っ掻いたりしてきたそうなのです。その人もしっかり数えたわけではないので、ボクも正確な数はわからなかったのですが、多くても20匹ということでした」
 少なくとも、依頼を請け負い現地に向かうイレギュラーズの倍は居ると考えていいだろう。
「お願いしたいお仕事は、屋敷内部に発生した猫のアンデッドの殲滅なのです。もともとはただの猫だったかもしれませんが、油断しちゃダメなのです」
 死を受け入れぬ、理を外れた存在。それに死を与えるというのは並大抵のことではない。
 この仕事が初めての者は一層気を引き締め、いくらかの経験者であっても入念な準備を怠らぬようにとユリーカは真剣な表情で伝える。
「それと、バルツァーレク様から禁止行為について掲示されたのでそれも伝えておきますね。ずばり、『屋敷を過度に損傷させる行為』。これは絶対ダメなのです。隅々まで掃除をして新しく人を入れる予定があるということなので、屋敷はなるべく破壊しないで下さい。戦闘を行った場所が汚れたり、何かが壊れたり程度であれば問題ないとのことなのです」
 屋敷の中にアンデッドが集まってるからと火を放って一挙解決、とはいかないということだ。
 必ず屋敷内部に入り込み、自分達の手で始末しなければならない。その最中に発生する小さな破損はお咎めなしということなので、戦う分には問題がないだろう。
「猫のアンデッドが集まってる部屋はかなりひどい汚れに臭いがするそうなのです」
 戦闘に支障が出るかと言えば否だが、マスクなどをして対策はしておくべきだとユリーカは強く勧めた。
 これで一通り情報は話し終えたとユリーカは頭を下げ、暫くの間そのままうつむいたままだった。
 やがて顔を上げた彼女の表情には悲しみの色がはっきりと浮かんでいる。
「もしこの状況を招いたのがお婆さんの優しさだったとしても、ボクはお婆さんを悪く言うことはできないのです。……どうかみなさんの手で、猫さんを楽にしてあげて下さい。ボクはこの事件の解決を、みなさんに託します!」

GMコメント

ごきげんよう。昼空卵(ひるそらたまご)です。
今回ご案内する冒険は、無人の屋敷に発生したアンデッド退治です。
以下、ユリーカの説明補足となります。ご確認下さい。

●依頼達成条件
猫のアンデッドの殲滅

●禁止事項
屋敷の過度な破壊
まるごと建て直さないとならないほど破壊してしまった場合は当然テニシャの街でも騒ぎになりますし、ローレットでも庇いきれません。
うっかり全焼させたり倒壊させたりしないように気をつけて下さい。

●情報の精度について
今回のユリーカの情報は極めて正確なものです。
想定外の事態(オープニングとこの補足情報に記されていない事)は絶対に起きません。

●アンデッドキャット
約20匹います。正確な数は不明ですが20を超えることはありません。
見た目は華奢(というかぼろぼろ)ですが、アンデッドらしくしぶといのでただの猫を殺すのとは少々勝手が違います。
攻撃手段は2つ。
1.戯れる(つもり)……近接距離・単
2.甘噛み(のつもり)……至近距離・単

接触するまでは3階の遊戯室に全て集まっていますが、戦闘状態に入ると遊戯室の外にも出てくるようになるようです。
ただし、屋敷の外までは出てきません。

●愛猫家の屋敷について
今回の戦いの舞台です。5階建ての立派な屋敷。猫の遊戯室は3階にあります。
イレギュラーズの皆さんは、屋敷の3階に到着した時点からのスタートとなります。
3階の廊下にあるのは遊戯室へ続く扉(二重扉になっています)と後は窓だけです。
遊戯室は広く全員が立ち入っても問題なく戦えるでしょう。
廊下は4人が横に並ぶのが精一杯の幅です。
ひどい悪臭がしますが、無対策でも特にペナルティはありません。

戦後の死骸の処理についてはしなくても問題はありません。
猫専用の入口も、イレギュラーズの皆さまがこのお仕事を解決した後、速やかにガブリエルの指示で閉鎖される事になっているのでご心配なく。
殲滅後速やかに帰還するかどうかはご自由にお決め下さい。

それでは、行ってらっしゃいませ。

  • アソンデLv:2以下完了
  • GM名昼空卵(休止中)
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年03月10日 21時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

焔宮 鳴(p3p000246)
救世の炎
ユリウス=デア=ハイデン(p3p000534)
破顔一笑
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
パティ・クロムウェル(p3p001340)
斬首機構
シーヴァ・ケララ(p3p001557)
混紡
ジョセフ・ハイマン(p3p002258)
異端審問官
Λουκᾶς(p3p004591)
おうさま

リプレイ

●悪臭満ちる猫の階層
 イレギュラーズの何人かはマスク越しにも突き刺さる悪臭に顔をしかめた。
「(これも、彼のご婦人の無償の愛故、か。何とも、物悲しい一件だな……)」
 『破顔一笑』ユリウス=デア=ハイデン(p3p000534)はそう考えながらも、いつもと変わらぬ笑みを浮かべそのやるせなさを仲間に見せることはない。
「(まぁ、これも定め。巡ってきたのも何かしらの縁だろう。確と、浄化してやらんとな)
 その代わり必ずや理を外れてしまった愛玩動物を救い出すのだと、笑みの裏に確かな決意を抱いていた。
 ユリウスは自らの力を駆使してその悪臭を"掴み取り、押しのけて"いく。
 "万象を掴み取る手"。その力は形のない臭いというものですら掴み取ってしまう。
 臭いの元凶がなくならない以上それで完全に悪臭を他の仲間たちに届けずに済んだわけではないが、仲間たちの気分を少しでも悪くしないように一役買っているのは間違いなかった。
 彼の後ろをついていく仲間の中には、彼と同じようにこの事件を引き起こした原因を考え、憂う者も多数居た。
「(お婆さんに懐いて遊びに来ていた野良猫さん達がアンデッドになっても変わらず遊んで欲しがるのは悲しいことなのっ……)」
 平等に猫を愛したはずの老婆が死後に残したもの、その討伐が今回の仕事だ。
 飼い猫も野良猫も一心に愛したはずなのに、どうしてこんな悲しい事件が起こってしまったのか。『緋焔纏う幼狐』焔宮 鳴(p3p000246)は心を痛める。
「(ん……おばあさん、良い事したのに。猫達……こんな風になっちゃうの、少し複雑)」
 『埋れ翼』チック・シュテル(p3p000932)もまた、この事件の原因に気分を沈めた一人だ。
 野良猫に餌付けをする。その行為は必ずしも善良なことだとは言えない。
 だがこの屋敷の主は間違いなく猫を愛し続けていたのは確かだ。
「(沢山遊んでから。おばあさんの所に行かせてあげられる様、手伝わなくちゃ)」
 老婆が亡くなり無人となった屋敷でも、いつもの愛情を渇望して屋敷に留まり続け命を落としたに違いない。
 それは並大抵の愛情では起こり得ないことだとチックは考える。だからきっと老婆のしてきたことは善良だったのだと信じていた。
「(いっぱい、遊べると良い……ね)」
「悲しいものだ。老婦人の慈愛がこのような事態を招いてしまうとは……」
 鉄仮面で覆い隠した頭部のちょうど額にあたる部分に手を当てて、『異端審問官』ジョセフ・ハイマン(p3p002258)は首を横に振る。
 それから彼は祈るような仕草を見せて、そのくぐもった言葉を続けた。
「おお、我が神よ。あの獣達は死を受け入れず、理から外れた異端者です。だが、どうか御慈悲を。どうか安らぎを。彼らの魂をお救いください。その為に、私はこの手を汚しましょう。彼らを肉体という枷から開放しましょう」
 彼は異端を許さない。故に遊戯室に巣食う猫達に出逢ってしまえば欠片も容赦なく滅していくだろう。
 しかしそれが彼なりの救済の手段だと考えれば、彼もまたこの状況を憂いているのは明らかだ。
 もちろん全員が憂いを携えているかと言えば、否。
「(遺品整理、の一環と考えても良いのでしょうか)」
 『斬首機構』パティ・クロムウェル(p3p001340)は今回の仕事をそのように考えていた。
 新たに人を入れる予定があるということは、この屋敷に残された調度品の殆どは老婆の遺族など然るべき人物に返却されることだろう。
 イレギュラーズの手を借りずともそういう事は誰かが勝手にやるものだ。
 しかしアンデッドという不測の事態が起きたのであればこの処刑人の少女の範疇となる。少なくとも彼女は、そう考えている。
「(それならば、私めも無関係とは言えない仕事なのでしょうね……後始末という点においてですが。獣の類の処断、埋葬にあまり経験はありませんが……まあ、いつも通りで良いのでしょう、おそらく)
 死臭も腐臭もパティは嗅ぎ慣れている。マフラーで口元を覆っているものの、鼻腔に届くそれは我慢できないものではなかった。
「それにしても、猫さんと遊ぶだなんて変な依頼ですね」
 『おうさま』Λουκᾶς(p3p004591) はどういうわけか本当に猫と遊ぶのを楽しみにしているようでその頬を紅潮させている。
 ここに来るまでにうきうきとスキップしていたほどだ。
「(見取り図も用意してもらったし、ここでの戦闘が終わった後もさほど苦労はしないだろうな)」
 『神話殺しの御伽噺』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は事前にローレットを通じて『遊楽伯爵』ガブリエル・ロウ・バルツァーレクに屋敷の見取り図を貰えないかと提言しており、それはすんなりと通っていた。
 もし別の階層に猫が逃げ出しても確実に見つけることが可能だろう。
 鉄面皮の彼女は、しかしその髪の毛がこの仕事が順調に行くだろうという満足感からゆらゆらと揺れていた。
 すぐに悪臭が鼻を刺して髪の毛がへなへなとしおれるように下を向いてしまったが。
「(優しいって残酷ね)」
 『混紡』シーヴァ・ケララ(p3p001557)もまた、老婆の注いだ優しさと愛情を手放しに賞賛したりはしない一人だった。
 優しさや愛情は尊いものだろう。しかし、時としてそれらは行き過ぎると甘美な毒と化すのだ。その毒がもたらしたものがもう扉を隔てた先に待っている。
「(でも、一心に愛を注ぎ愛するもの為に建てられたこのお屋敷はとても素敵だわ。調度品にも疵を付けないよう注意しましょ)」
 けれど、そんな優しさや愛情だけが魅せる美しさがあるのもまた事実。シーヴァはそれに気づいていた。
「さて……窓を開けるとしよう。少しはマシになるはずだ」
 廊下に立ち込める悪臭も窓を開ければ外部へ流れ出ていく。少しでもこの臭いを軽減するのは心身の疲労を軽減するのに役立つ筈。というのがジョセフの考えだ。
「変な匂いはしますけど生活臭ですよ、きっと。もちろん窓を開けるのは賛成ですけどね!」
 あっけらかんと言い放つΛουκᾶςに一同目を見張る。どうやら彼――ここでは便宜上そう表現する――はこの強烈な悪臭を物ともしない特殊な力を備えているようだ。
 さておき窓を開きにかかり、ジョセフはその窓の構造に感心することになる。窓は全て内開きだったのだ。
 その意図は明白。万が一猫が窓に向かって飛びかかったりしても開いたりしないように。
 遊戯室の扉前の窓はあえて閉じたままにして万一にも猫が外へ飛び出さないように固めて、いよいよイレギュラーズ達は遊戯室の扉を見つめる。
 前衛を務めるユリウス、エクスマリア、パティ、Λουκᾶςが扉の前に立ち、ユリウスが音を立てないよう静かに、しかし素早く開けた。
 小部屋の先の扉はもう開いている。一瞬考えれば合点が行った。
 泥棒は小部屋の廊下側の扉は閉めたが、遊戯室側の扉は閉めなかった。それができなかったのだ。
 問題はもう一つある。
「この小部屋に陣取るのはマズい」
 エクスマリアの指摘の通り、4人で小部屋は一杯だ。前衛で迎え撃つのも窮屈なぐらいで、これでは後方に位置する残りの4人が狙いを定めるのに大いに苦労するだろう。
 すぐさま前衛の4人は小部屋から廊下に出て、廊下側の扉を思い切り開いてからその入り口を囲んだ。当初と少し形は違うが、これでも猫が一斉に飛び出してくる危険は抑え込める。
「猫さん、猫さーん?」
 すべての準備が整った頃合いを見図り、Λουκᾶςが凄惨な遊戯室の中に呼びかけ、続いてチックが持ってきた鈴のおもちゃを鳴らしてみせる。
 チリンチリン、チリンチリン。鈴の音だけが暫く静寂の中に響き続けた。
 ――そして部屋の中に転がっていた死骸が、むくりむくりと起き上がる。

●アソボウ
 よたよたとこちらに向かって歩いてくるアンデッドは、イレギュラーズの姿を認めるやいなや生前と変わらぬ俊敏さで飛びかかってきた。
「ハッハッハァ! 元気がいいな!」
 ユリウスは飛びかかってきたアンデッドの頭をむんずと掴み思い切り捻り上げ、首の骨をへし折り床に叩きつける。
「おもちゃが無くても、もうこの子達は私めらに釘付けのようですよ! 攻撃を!」
 パティは鋭い爪を足に突き立てる別のアンデッドの頭を獲物で断ち切り、残った胴体も振り払いながら後方に呼びかけた。
「……首を落とした程度では止まらないか」
 腕を差し出しあえてアンデッドを絡みつかせていたエクスマリアは、生前と変わらぬ"遊び"の姿を横目に先の二体を観察していた。
 首がへし折れようが、落とされようが、まだ動いている。常識の外にいる化物だ、これぐらいは当然かと彼女は自らの髪を硬質化させ、胴体めがけて全力で叩き込みぶっ飛ばした。
 手足を一本ずつ持っていったその攻撃は確実に機動性を削いだようだ。
 奴らとの戦いで重要なのは急所を狙うことではない。物理的に動けなくすること。
「手足を潰そう。死ななくても動けなければ同じだ」
 彼女の思惑は効果覿面だ。
「猫さんこちら、手のなる方へ♪」
 Λουκᾶςはその腕にアンデッドを捕まえ、そのまま高く掲げてみせた。その間に噛みつかれたり引っかかれたりして血を流しても、彼の瞳は楽しさにキラキラと輝いている。
「こういうのも動けませんよね! ほーらっ」
 そうして掲げたアンデッドは、後衛の攻撃の的となった。
「――♪」
 口元の布をずらしチックが口遊むは甘く、切ないバラード。それをBGMに鳴の魔弾が、ジョセフの戦槌がΛουκᾶςの掲げるアンデッドに叩きつけられる。
「さぁ、始めましょう。ここで出来る最期のお遊戯」
 ゆらりと腕を振ったシーヴァの手の内にナイフが現れ、イレギュラーズは全員が戦闘態勢を完全に整えていた。
 部屋の奥からは続々とアンデッドが向かってきている。
「ワッハッハ! さぁ、来い! 私が、私達が大いに遊んでやるぞッ!」
 もともとただの猫だ。タフになったとはいえ一匹の戦闘能力はそこまで高くはない。捕まえ、攻撃し、叩き捨てるは容易なことだ。
 だが如何に元愛玩動物であっても獣には違いない。加減を知らぬ噛み付きと引っかきは、それを押さえつける前衛の4人を確実に傷つけていく。
「エクスマリアさん! 受け取ってなのー!」
「助かる」
 表情には微塵も出さないが、エクスマリアの髪の毛の動きが鈍りだしたことにいち早く気づいた鳴が薬を投げ渡す。
 彼女は見向きもせず薬を髪の毛で受け止めると乱雑に薬液を傷口にぶちまけ、戦闘を続行し始めた。
 鳴は続いてユリウスへの回復の準備を始めている。前衛の消耗具合を見るに、彼女は回復に専念することになるだろう。
「そろそろ遊び疲れた……よね?」
 前衛の合間を縫って、弱っているであろうアンデッドの一匹にチックは魔弾を放つ。小さな体躯が穿たれ吹っ飛び、動かなくなる。
 更にシーヴァのナイフが別の一体の額に突き刺さり、とさりと汚い床に倒れ伏させた。
「……じゅう、ご」
 彼は動かなくなったアンデッドの数を数え続け、そろそろ20に届かん勢いだ。
「おぉ、我が神よ。どうか……御慈悲を! 小さき躯に宿る異端への御慈悲を! 私の鉄槌へ、その力をお与え下さい!」
 前衛を抜けて飛びかかってきたアンデッドに噛みつかれながらも、ジョセフは聖なる言葉を天に発し、振り払い叩きつけたアンデッドの躰へ鉄槌を振り下ろす。正確に打ち据えた鉄槌の下で躯が動くことはついになかった。
「もうみんなおねむさんですよ! 君ももう遊び疲れたんじゃないですか?」
 Λουκᾶςはひたすらアンデッドを抱え上げ、その度に微笑み、猫の鳴き真似をし、そして後衛の的にして着実に仕留め続けている。
 自ら攻撃をすることはなく、確保に専念したために攻撃をまともに貰っているのは彼。
 しかし苦痛に顔を歪めることも疲れに顔を歪めることもない。尋常ではない体力だ。
「なぁお♪」
 鳴き真似とともに降り注ぐ後衛の猛攻。また一匹、動かなくなる。
 気がつけば動いているのは後一匹。だが、その一匹は逃げる素振りは見せない。
「逃げませんか」
 こちらにとっては都合がいいとパティは最後の一匹を両手で掴み上げ、大きく掲げた。自分で止めを刺したかったが、少し血を流しすぎてしまった。
 アンデッドはその手の中でもがき、バタバタと片足を失った躰を動かしている。パティの腕を、ばしばしと蹴っている。
「(あぁ)」
 外見は腐敗しておぞましい姿だ。けれどもそんなおぞましい化物が、普通の猫と変わらぬように遊びをせがむその姿に、チックは目の奥がじわりと熱くなった。
「(本当に、遊んでほしいだけ、なんだね。君達みんな、そうだったんだ)」
 魔弾を放てば、おそらく最後の一匹も仕留められる。だが、チックは躊躇した。
 自らこの戦いの幕を引くことがひどく悲しいことのように思えてしまって。
「……おやすみ」
 それでも彼は、魔弾を放った。
 魔弾が額を間違いなく穿ったことで、アンデッドは力なく崩れ落ちていった。
「これで最後ね。……じゅう、な――」
 シーヴァが最後のカウントを口にしようとしたその瞬間、イレギュラーズは耳にした。
 ――あちこちから響くごろごろという音を。
 誰もがその音に呆気にとられ、その音の発生源、アンデッドを見下ろした。
 動く気配はどこにもない。ただ、ごろごろという音が響き続け、そして。
「……静かになった、の」
 静寂を取り戻した屋敷の中に、鳴の声が響いた。

●安息
 ユリウスが遊戯室の中に聖水を撒き、熱心に祈る姿を見て、イレギュラーズの何人かはそれに倣い祈りを捧げていた。
 戦闘後は手筈通り二人一組で屋敷及びその敷地内の捜索にあたったのだが、アンデッドの姿は認められず、あの遊戯室に居たので全部であったことを全員で確かめた。
 それが終われば猫の死骸を全て屋敷の外へ持ち出し、敷地の片隅に埋めることにした。
 哀れな猫たちの慰霊を行うためにそうしていいかと事前にローレットを通じガブリエルへ提案したところ、これにもすんなり許可が降りていたから心配はいらなかった。
 質素な墓ではあるが、ここでもユリウスが聖水を撒き祈りを捧げたことで、きっと猫たちは天に召され、老婆の元へ向かうに違いない。
「満足してくれた……のかな」
 チックが口を開く。全員が彼を見て、少し考え込んで答えを出すものも居た。
「ハッハッハ! 猫が喉を鳴らすのは、いくつかあると聞く。だが私はきっと満足してくれた筈だと信じているぞ!」
「私めも同感です。きっと満足したんじゃないでしょうか?」
「えぇ、そうね……。アタシも満足したと思っているわ」
「鳴もそうだと思うのー!」
 ユリウス、パティ、シーヴァ、鳴はチックの疑問にそう答えた。
「満足してるに決まってるじゃないですか! ああやって喉を鳴らすのは、心地よいからなんですよ? いっぱいいっぱい遊んで、猫さんはすごく喜んでくれてました!」
 Λουκᾶςは、満足したに決まっていると信じ切っている。彼にとってはこの仕事は猫と遊んだに過ぎないのだから、当然ではあった。
「彼らの魂は救われました。枷から解放されたのですから」
 救済を信じているジョセフもまた、Λουκᾶςと同じく猫たちの幸せを信じる一人だ。
 エクスマリアもその髪の毛を左右に振って、他の仲間の考えを肯定しているように見える。
「……そう、だね。きっと、救われたんだ。今度は野良猫のあの子達が一足先にお婆さんのところへ行って……」
 これ以上やれることはない。イレギュラーズは"猫の街テニシャ"へと戻ることにした。
 テニシャの街には沢山の猫がいて、人懐っこくて、イレギュラーズにも簡単にお腹を見せて愛くるしく振る舞ってくれる。
 どの猫も幸せそうで、その姿を見ているだけで先程の仕事で沈んだ心が癒やされていくようだった。
 テニシャの街はいつもと変わらぬ様子を見せている。そういえば大人も子供も、"サーカスがやってくる"という噂に胸を弾ませてもいた。
「ハッハッハァ!」
 突然ユリウスが笑いだしたので、一同何事かと彼を見た。
「さぁ、ローレットへ戻るとしよう! ユリーカ君が首を長くして待っているぞ!」
 その提案に異を唱えるものは居ない。もう少し滞在したかったと渋る姿を見せたものはいたものの、イレギュラーズはテニシャの街を後にするのだった。

●後日談――届いた手紙――
 依頼は成功した。報酬を受け取り次の仕事への準備を進めるものや休息を楽しむもの、様々だったが。
 屋敷での仕事が懐かしく思えるようになったある日、ユリーカが仕事に参加したイレギュラーズをローレットに呼び出したので、一同何事かとローレットへとやってくることになった。
「バルツァーレク様からお手紙が届いたのです! みなさんへのお礼のお手紙ですよ!」
 それを伝えたくて招集させてもらったと、ユリーカは微笑んでいた。
「それじゃあ……読みますね」
 その内容は殆どが形式的なもので、特別ガブリエルに目にかけてもらったわけではない。
 しかし、手紙の後半に差し掛かった所で、ユリーカは誇らしげに胸を張り、読み上げる。
「――敷地の片隅に諸君らが設けた猫の墓標はその経緯を知った新たな主人たっての希望で作り直されることとなり、幸運にもその生命を全うした猫も、不幸にも命を落とした猫も、飼い猫も野良猫も区別なく、死後の幸福とその魂の鎮魂を願うための祭壇になる予定である。これは諸君らがかの猫たちを手厚く葬ったから実現したものであり、諸君らの慈悲深さに私は敬意を評し、テニシャ市民を代表して深く感謝を申し上げる」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

皆様冒険お疲れ様でした。昼空卵です。

遊戯室へ全員で突入するか、それとも廊下で待ち受けるか、おそらくこの二択で悩まれたと思います。
もし全員で突入していた場合、アンデッドからの無差別の袋叩きが発生し重傷者が発生するのは避けられなかったでしょう。
それを避けるため前衛が無理なくアンデッドを押さえ、後方からの攻撃で仕留めていく位置を取る、最適解に皆様は見事辿り着かれました。素晴らしい!

補足説明で触れていましたが、戦後のアンデッドの死骸の処理については一任させていただきました。
結果皆様は手厚く葬る選択を取り、猫たちは間違いなく最高の形でその魂を鎮められ、天に召されています。
皆様の選択に、テニシャの街の人々も大いに喜んでいるはずです。どうぞこの結果を誇りに思って下さい。

MVPはどなたに差し上げようか迷ったのですが、少なくとも皆様全員がアンデッドに対して必要以上に痛めつけること無く慈悲を示されました。
その点を考慮し、あえてMVP無しとさせていただきます。
私からの賛辞ではとても足りないかもしれませんが、気持ち的には全員がMVPです。

ご参加ありがとうございました。またお会いしましょう。

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