シナリオ詳細
信仰・反逆・天秤
オープニング
●
白と黒。
―――或いは、その間。
●
小さな村だった。名は、『デヴォン』という。
≪幻想≫(レガド・イルシオン)の辺境。云わば四竦みの空白地帯に位置していた。
取り立てて事の中心になりそうもないデヴォンが今この時、血潮を建物の至る所にこびりつかせ、空間には燃え焦げる独特の臭気を内包し、その上この世の終わりの様な絶叫を全体から発しているのは、聊か不可解な事象だった。
端的に説明しよう。
襲われているのはデヴォンの村人たちであり、襲っているのは周辺の所領を安堵している『ドゥムノニア』の騎士団であった。
より詳細を述べるなら、デヴォンの村人たちは≪異教徒≫(無神論者)であり、『ドゥムノニア』の騎士団は≪信徒≫(有神論者)であった。
図らずもこの二点の情報のみにおいて、既に疑問に対する帰結は得られている。詰まる所この状況は―――”聖戦”なのである。
●
突然の軍靴の嘶きに、村人たちがどれほどの驚異を感じたのか、慮ることは当事者でなくとも難しくはない。……要は、一方的な虐殺にほぼ違いないのである。
≪人間種≫(カオスシード)が凡そ百名。多くは農産で日々の暮らしを紡ぎ、管轄貴族への貢献を地道にも続けてきた者たちだ。勿論、一部には勇猛な腕自慢も居るであろう。小さな村とてルールを見張る番人が必要だ。けれどそれがなんだと云うのだろう?
『アグラヴェイン』卿。
『サグラモール』卿。
”ドゥムノニア”の奇跡とすら呼ばれる二名の副団長までもを含めた騎士らからなるこの部隊にかかれば、この村の壊滅は誰が見たとて、全く自明な結論であった。
だから、
「我らドゥムノニアの騎士団。≪幻想≫の篤き信仰を秩序するために、審判を下しに参った。
≪デヴォン≫(ここ)が≪異教徒≫で満ちていることは委細承知している!
皆、表へ出よ。姿を現せ。我々は暇を持て余した≪道化師≫(ピエロ)ではない―――」
漆黒の鎧を身に纏ったアグラヴェイン卿の低い声。
その宣言は、死刑宣告と等しかった。
●
その後、寛恕を乞うて出た村長を、有無を言わさずに槍で貫いた瞬間から恐怖は始まった。
アグラヴェイン卿が槍先の血を汚らしい汚物を見るかのような眼で眺め、振り払った
「≪異教徒≫に掛ける赦免など有りはしない。そして異教は伝染する。従って、女、子供であろうと同様に赦免は許されない。それがドゥムノニア公爵の意向だ。
さあ、聖戦へと駆り出された騎士団よ―――、始めたまえ!」
一斉に四騎の騎馬と十名の歩兵が散開する。同時に、叫喚が一際トーンを上げた。
「……無抵抗の女、子供までをも殺せとの命令を、私は承っていないぞ。アグラヴェイン」
一騎だけ動かなかった騎士。美しく輝く銀白の鎧を見に纏ったサグラモール卿は、極めて不服気な声色を隠そうともせずに、アグラヴェイン卿を睨んだ。
「『≪異教徒≫を根絶やしにしろ』というのが騎士団、即ちドゥムノニア公爵の命令だ。
何も違ってはおらぬぞ、サグラモール」
「捕縛し連れて帰るだけで十分だ。”根絶やし”は必ずしも殺害を意味しない。
……そんなことを”神”が求める訳が無いのだから」
「いつも話が分からぬ男だな貴様は。
新参者の副団長というだけで俺の機嫌を損ねるというのに、此度の遠征の指揮を命じられたのが他でもない、俺だということを失念したか?」
サグラモールが口を閉じる。「それでいい」とアグラヴェイン卿は笑った。
そんな二人の横を、泣きじゃくった少女が駆けた。彼女の後ろには、歩兵一名が迫っていた。悪鬼から逃れるのに必死な少女は、アグラヴェイン卿らに気づいて居ないのか。そこまで、追い込まれているのか―――。
「分かっているぞ、サグラモール。貴様の偽善振りは、よく分かっている。
だが、貴様はただ弱いだけだ。覚悟が無いだけだ。
ドゥムノニアの、ひいては≪幻想≫の根幹、即ち”信仰”を守る覚悟が、貴様には無い。
改めてよく見ておくがいい。これがその覚悟だ」
アグラヴェイン卿が槍先を少女へと定めた。口元には微笑みを。彼の手に掛かれば少女を串刺しにすることはパンを千切るよりいっそ簡単で……甘美な瞬間であった。
追っていた歩兵もそして少女も、その狂気に思わず立ち止まる。
そしてアグラヴェイン卿は、自身の槍を―――。
●
「何の心算だ、サグラモール」
酷く冷酷な声色だった。アグラヴェイン卿は己の槍を弾き飛ばし、少女を抱えて、眼前に立ちはだかったサグラモールを睨んだ。アグラヴェイン卿の右手からは、脈脈と血が流れ出ていた。
「私には出来ぬ」
「自分が何をしているか分かっているのか? 女を寄越せ」
「―――出来ぬ」
一瞬の沈黙の後、サグラモールは再度首を横に振った。
それがドゥムノニアに対する反逆であることは―――サグラモール自身が一番よく理解していた。
●『ローレット』への依頼
小村デヴォンにおいて、住民と管轄貴族との間で衝突が発生しそうである。
ローレットはほぼ中立的立場を尊重することから、有神論と無神論で善悪を判別しないし、そもそも、善悪で≪仕事≫(可能性)を判別しない。故に、当該衝突については特段の関心を有さない。
しかし、依頼者が現れれば話は一転する。”可能性の蒐集”は破滅回避の題目で何物にも優先されるからだ。管轄貴族ドゥムノニア公爵の騎士団、その中の一人が半ば内通する形で、冒頭の話を持ってきた。
専ら、強力な存在が現れれば、それに付き纏う派閥が形成されるのは≪人間種≫も同じこと。
サグラモール卿は≪外様≫(生え抜きではない)の騎士として初めて副団長まで上り詰めた人格者である。代々ドゥムノニア家に仕えてきた家系であるアグラヴェイン卿とは遣り口も出生も対極だ。アグラヴェイン卿の方がドゥムノニア騎士団の中では主流派に位置することには、疑いの余地を残さない。
しかし細々と、けれども熱く、非主流派のサグラモール卿を推す騎士たちが増加の一途を辿っていることも事実だ。そして、サグラモール卿の立場上の危うさも、明確過ぎる程に、部下たちは知っていた。……彼が、人格者過ぎるから。
詰まり、今回秘密裏に話を持ってきたのは他でもない、サグラモール卿派の騎士だということになる。彼は此度の『デヴォン懲罰遠征』がサグラモール卿の窮地となる事を強く予感していた。只でさえ肌の合わぬアグラヴェイン卿と、”聖戦”を共にするなど、順調に行くわけがないのだ。
だが、ドゥムノニア公爵の顔もある。依頼人の騎士は、心に正義を飼っているけれど、その大きさは、自分の地位と天秤にかけて、傾く程ではなかった。彼は、自分自身がサグラモール卿に大々的に味方する事を恐れた。そして、≪特異運命座標≫(イレギュラーズ)へと願いを託したのだ。
サグラモール卿派の騎士からの依頼は次のようになる。
1.デヴォンへと赴き、騎士団の動向を観察すること。
2.アグラヴェイン卿とサグラモール卿が衝突し、サグラモール卿が窮地に陥った場合は、助力すること。
3.可能ならアグラヴェイン卿とサグラモール卿の両名を生かして事を収拾すること。しかし、最悪の場合はアグラヴェイン卿を殺害しても構わない。
4.≪依頼人≫(自分)は立場上アグラヴェイン卿派の人間として動き、サグラモール卿派として動く事は無い。従って、”仲介”に至った場合は刃を交える可能性があるが、その場合は遠慮せず行動すること。
- 信仰・反逆・天秤完了
- GM名いかるが
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年03月10日 21時25分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
―――遥か頂にいらっしゃる至尊の代弁者気取りなんて、それこそ大罪だと思うのだけれどね。
『みどりのかみさまのこ』杜乃守 エンジュ(p3p004595)の至極尤もなその指摘は、きっと彼等には到底理解し得ぬ物なのであろう。
叫喚がデヴォンの各地で響き渡る。僅かに顔を顰めた『瑠璃蝶草の花冠』ルクス=サンクトゥスの視線の先では、≪聖戦≫(虐殺)は既に始まっていた。
イレギュラーズ達は村の脇からその状況を確認している。内通者の言っていた通り、二人の練達の騎士―――アグラヴェインとサグラモールは、やがて一触即発の雰囲気を隠さなくなる。
己の中のもう一人の自分―――虚に『騎士見習いの心優しい青年』を演じさせることを決めた『演劇ユニット』Tricky・Stars(p3p004734)。それは、彼等の出番が否が応にも近づいてきていることを予感させた。
「難儀なものだな、人と言うのも。
……ほんのちょっとした事でも道を違える要因になる」
『流浪の騎士』クロガネ(p3p004643)の呟きに「まったくなのだ」と『ジェリクル』シャルロッタ・ブレンドレル(p3p002596)が頷く。
……サグラモールが、少女を抱え、アグラヴェインの右腕を槍で貫いた。アグラヴェインの怒号が響き渡る。
『猫メイド』ヨハン=レーム(p3p001117)の視線が『双刀の朧月』玉藻前 久右衛門 佳月(p3p002860)の方へと動く。
それは合図だ。
少女を。サグラモール卿を救い出すための。
かくして、時は満ちた。
予定調和された相対に、イレギュラーズという不確定因子が溶け込む。
走り出した彼等はやがて、漆黒の騎士と白銀の騎士を目の前に、
「サグラモールさん!
―――貴方を助けに参りました!!」
『契約済み』獄ヶ原 醍醐(p3p004510)もとい、鳴海ほのかの言葉となって具現化した。
●
「何者だ……貴様ら」
アグラヴェインが訝しげにヨハンらイレギュラーズを見遣った。
「デヴォンの村人にはしては……只ならぬ様子。
邪魔をするならその対価は大きいぞ」
その異様な光景に村人たちが、そして何よりサグラモール自体が戸惑ったようにイレギュラーズたちへと視線を向けた。
「……何を血迷ったのか分からないが、その意志に対して、先に礼を言おう。
しかし悪い事は言わない。
手負いとは云え奴は練達の騎士……貴方達に迷惑を掛ける訳には」
そこまで言い掛けたサグラモールを遮ってエンジュが口を開く。
「ぼく達は運命特異点と言う奴さ。ローレットで依頼を受けてね。
サグラモール、君に手を貸せとさ」
「ローレットの? しかし―――」
「どうやら向こうは既にぼく達を逃がす心算は無さそうだ。
―――どっちみちもう手遅れってことさ」
「そうです。お二人の争いは……ここで止めさせて頂きます」
”演技”に入ったTricky・Stars―――虚が首肯する。
その様子に、アグラヴェインの口が歪んだ。
「愚か者共めが。
類は友を呼ぶ―――よくいったものだな、サグラモール!
貴様に良く似た偽善者が八名……。
よかろう、ドゥムノニア騎士団の前に散るがいい……!」
高らかな嘲笑。馬の嘶き。
アグラヴェインの槍が、左腕で高々に掲げられる。
「皆の者、―――”聖戦を始めよ”!」
それを勢いよく振り下ろした瞬間、騎士たちがイレギュラーズへと駆けた。
「……こうなっては致し方が無い。来るぞ、貴方達も構えよ!」
サグラモールが言うより先に、イレギュラーズたちはルクス、佳月、ほのかを残し前線へと駆けだしていた。
ほのかは後衛として”砲台”となる。一方、ルクスと佳月はアイコンタクトを取ると、まずはサグラモールの枷と成っている少女の保護に動き始めた。
「……」
佳月が瞳を閉じる。
一瞬の集中が彼にギフトによる恩恵を与える。
……瞳を開いた次の瞬間には、彼の周りに”彼の分身”が三体。
「サグラモール卿、少女をこちらへ寄越せ」
「……む」
ルクスの催促に戸惑いを隠さないサグラモール。ルクスは再び手招きをした。
「……案ずるな、我々は敵ではない」
「あなたが不自由なく戦闘に参加できること、それが騎士らを抑える上で重要です。
彼女の言う通り、私達を信じてくれ」
佳月が続けて言うと、サグラモールも頷き、少女を馬上から降ろす。そのまま佳月の分身三体が彼女の盾と成る様に、村の外へと誘導し始める。
しかし、彼の分身は一瞬で崩壊する危うさも内包する。佳月がそのまま注意深く少女の逃走に付き添った。
●
「アグラヴェイン。名のある有数の騎士……相手にとって不足はない!」
クロガネが裂帛の気迫で漆黒の悪鬼へと肉薄する。
「ドゥムノニア騎士団を前にして逃走では無く闘争を望むとは……。
その意気だけは買ってやろう!」
クロガネをアグラヴェインの槍が鋭く迎え撃つ。甲高い炸裂音が響くと、クロガネが弾けるように後退していた。
(この男……強い!)
クロガネが目を細めると同時に、彼女の傍らを一気の騎士が駆ける。
「……アグラヴェイン!」
猛烈な怒気と疾風。
白銀の甲冑は紛れも無くサグラモールのもの。
その彼の突きを、敢えて受け、上手く軌道を逸らすアグラヴェイン。
二人の間に、絶妙な間が空く。それが彼らの引いた”線”であった。
アグラヴェインが忌々しく睨んだその先……クロガネらの横では、続々と集結する歩兵、そして騎士たちとイレギュラーズとの鬩ぎあいが既に始まっていた。
●
「魔力の刃よ……切り刻んで! リッパー!!」
ほのかから放たれた遠距離術式が歩兵たちの動きを遮る。
そして、
「死にたくなければ聞け! 今より此処は戦場となる!
命惜しくば足を動かし、遠くへ逃げるなり家に立て籠もるなりするが良いぞ!」
サグラモールの救った少女を退避させ、前線へと帰ってきたルクスが、後方で声を張り上げた。
(うちの経験上、こういった話は大抵ろくでもない事にしかならないので関わらないが吉なのだ)
歩兵を前にしたシャルロッタがレイピアを構える。
「まー今さら言ってもどうにもなのだけどね。
なんなく無難に収まるように頑張るのだよ」
そんな彼女を前にして、歩兵が剣を強く握りしめる。
「不信仰の≪異教徒≫共め……!」
振り被られる刀身。シャルロッタが迎え撃つように突きを繰り出すと、歩兵も間一髪のところでそれを避ける。
「……くっ!」
だがシャルロッタの攻撃を躱したのも束の間、ほのかの遠術が歩兵達を襲う。
(正直聖戦なんて馬鹿らしいと思う。
でもこの世界にはこの世界の理があるように。この地方での理もある。
私達は所詮は部外者なんだけれど……)
「それでも……。
……それでも、罪のない人が傷つくのは納得できない!」
ほのかの鮮烈な攻撃に攻めあぐねた歩兵らと代わる様に、騎士たちが前線へと躍り出てくる。
「さて……敵の主力のお出ましか」
(質の悪い狂信者っていうのは何処の世界にも居るんだな。
至尊を信ずる心なんて、無体を強いずとも自由に芽生えるべきものなのに)
前衛と後衛、その丁度中間程に位置取るエンジュは、今回の熾烈な戦いにおいて重要なヒーラーだ。
「ゆくぞ……!」
騎士の一人が大きな槍を振り被る。シャルロッタはその様子にレイピアを構え直すが、少女を無事に隔離した佳月も戦線へと復帰した。
「邪教とか危ない連中の討伐ならまだわかるけど。
……異教なんてこの世界には沢山あるのではないか」
その問いに無言のまま一瞬で間合いを詰める騎士。
槍の一閃を佳月が刀の鞘で受け止めた。
彼の顔が苦悶に歪むが、
「これでどうなのだ!」
佳月の影から飛び出すシャルロッタ。予想外の攻撃に騎士も大きく体勢を崩す。
「くっ……。どうやら素人ではない様だな!」
「無抵抗の村人を襲う、だなんて騎士道らしくもない」
「なに……!」
佳月の言葉に、騎士の声が上ずる。
それは怒りゆえか。
それとも己の中に残る、僅かな良心の呵責か―――。
●
大きく流れる一閃の刃。
薙ぎ払うアグラヴェインの攻撃に、サグラモールとヨハンが共に後退した。
「簡単に落ちてはくれないな」
汗を拭ったサグラモール。その横でヨハンは、ぴたりと彼を補佐する立位置を保持していた。
「お疲れの様ですが、大丈夫ですか?」
「気遣いは無用だ。しかし、貴方のほうこそ大丈夫か?」
「私の任務は貴方を死なせないことです。
それを果たすまでは、何があっても倒れる訳にはいきません」
そう返すと、ヨハンは周囲を見遣った。
(敵の数が多いので村人をどうこうはできなさそうです)
ヨハンは、今回の事件での犠牲者が極力出ない様に努めているようだった。
……それは、かつての母親の影響か。
「まあ、あまり心配は要らなさいさ。ぼくもきちんとフォローするよ」
エンジュが適切なタイミングで治癒を施す。サグラモールの傷は、ヨハンと同様に癒えていた。
「是非騎士団へ……と勧誘したいところだが、今はむしろ追われる身でね」
彼が自傷気味に笑うと、エンジュは薄い笑みを口元に湛えながら返す。
「残念ながら、ぼくの至尊はこの世界には居られないのでね」
「……アグラヴェイン卿、御覚悟を!」
騎士見習いの心優しい青年に擬態した虚がアグラヴェインへと斬りかかる。
彼の短剣が、アグラヴェインの槍と交差する。激烈な衝突音が響いた。
「……アグラヴェイン卿。貴方は神に誓って、この行為は正しいと言えるのですか」
「何を莫迦なことを」
弾けあい両者が間を空ける。アグラヴェインはその問いに、笑った。
「この聖戦を求めたのは神自身だ。
我々はその意志に従っているに過ぎないのだよ」
「しかし、下手に行動をすれば、公爵様の名に傷がつくかもしれないのですよ」
「……良いか、”王”とは神の神託を得た者のこと。
公爵とはその神託を更に代理されたものである。
したがって公爵の声はいみじくも神の声の代理に他ならない。
神を否定する事は―――この国を否定する事に他ならぬ!」
悪臭が虚の鼻についた。火矢が放たれ、何処かで炎が上がっていた。
「全く、趣味の悪い連中だな」
後衛のルクスが悪態をつき、遠距離術式で弓兵を中心に打倒していく。
ほのか、ルクスといった遠距離の術者を適切に配置した今回の陣形は、非常に効果的であったといえるだろう。
(全てを救うのは何とも難しい事であるな……)
嘆息するルクスの心中は、幾らばかり複雑であったか。
「アグラヴェイン卿、君を殺す心算は無いが……。
必ずここで打倒してみせる!」
クロガネが幾度目かの攻撃をアグラヴェインへ仕掛ける。
彼女の熱量は、他と比べても一際高い。
「せいが出るではないか、女!
筋も悪くない。斬り捨てるには勿体ないな」
アグラヴェインがクロガネの盾へと熾烈な突きを繰り出す。
彼女の顔が歪むが、その瞳の闘志は、どんどんと勢いを増していた。
「……ああ、出し惜しみはなしだ。
―――私は守るべきもののため、今から本気出す!」
●
「何してるの?!
逃げるならあっちよ! 早く逃げなさい!」
強敵アグラヴェインはサグラモールと数名のイレギュラーズにより抑え込みに成功していた。一方で、多数の敵を相手取った戦いを強いられていたのはシャルロッタと佳月、そして後方支援のほのかだ。しかし奮闘もあり、敵の数も次第に減りつつあった。
ほのかは未だ逃げ遅れた村人を見かけては、声掛けを続けていた。騎士団はイレギュラーズたちへの対処にほぼ全力を注いでいたが、一部まだ村人への攻撃を続けているものも居たからだ。
「随分と数は減ったか」
佳月が一息つきながら周囲を窺う。彼はずっと、絶え間なく斬り合いを続けていた。服には数多の血痕がこびり付く。帰ったらヤスツナの手入れをせねば、と佳月は思った。
―――救える命も、救えない命もあった。
だがこの上位世界で、喪失された生命は、何処へ向かうというのか?
「アグラヴェイン卿がある程度賢いタイプの人だと助かるのだ。まじまじ」
シャルロッタはアグラヴェインの方へと視線を向ける。次第に形勢が不利になるその状況の中、まだ彼は戦場に居た。
「そうだね。けれど、まだ退いてはくれなさそうだ」
「騎士は、あと一人です!」
ほのかが口元に手を当てて、シャルロッタと佳月へと知らせる。二人は、同時に残る騎士へと視線を向けた。
「無辜の村人を十数人殺害した彼らに、気遣いは必要なのかな―――。
……まあ、その解釈は各々に委ねよう。
さて、そちらも終盤のようだ。治癒するから、頑張ってね」
エンジュがシャルロッタと佳月に告げる。二人共、傷だらけだ。
その様子を見届けた一人の騎士。
兜に包まれ、彼の表情は分からない。
「―――参る」
駆ける。蹄の弾ける音。
シャルロッタと佳月は、並んで騎士を待ち受ける。
「……っ!」
その鋭利な一撃が二人を襲う。
が、その槍先はシャルロッタの肩を掠る。
攻撃をやり過ごした二人は左右に離散。
そして振り向きざま、―――すれ違いざま。
「……」
ぱから、ぱからと次第にゆっくりと収まる蹄の音。
「……見事な刃捌きです。
お二人共、ローレットの仕事人にしておくには勿体ない御方だ」
次の瞬間、騎士の身体から噴出する血飛沫。
崩れ落ちた身体は大地へと叩きつけられる。
荒い息。その視線に見つめるのは―――。
「だ、大丈夫ですか?」
思わず駆け寄ったほのか。
自分達を殺そうとした相手だというのに……。
敵も味方も死にませんように。そう願ったほのかの慈愛に、騎士は己の判断が正しかったことを確信した。
「……サグラモール卿を、頼みます」
そう言って、急速に失われる視界。
最後に聞こえたのは、
「それは、お前の仕事さ」
エンジュのやはり何処か浮遊する様なその声―――。
●
「……騎士とは何だ?
少なくとも、こうして無駄な血を流すものではないだろう!」
「……ふん」
クロガネの詰問に、アグラヴェインが鼻を啜った。
(依頼人さんも、御無事であれば良いのですが……)
文字通りサグラモールの”盾”となり続けたヨハン。彼はその懸命さ故に数多の傷跡を体躯に携える。だというのに、彼は依頼人の安堵を願っていた。
「既に大勢は我々の方へと傾いています。
これ以上の戦いは無益でしょう。どうか、刃を収めて貰えませんか……アグラヴェイン卿」
虚もアグラヴェインと真っ向から刃を交えて抑え役を買っていた一人。頬が血糊でべたりと汚れている。
アグラヴェインは周囲を見渡して、思わず舌打ちをした。
「ドゥムノニア騎士団とあろうものが、下位の歩兵中心の編隊とは云え……。
こうも容易く瓦解するものがあるか!」
その苛立ちを隠そうともせず、己の巨槍を大地へと叩きつける。だらん、とぶら下がった右腕さえ無ければ、また結果は違っていたかもしれない。
「彼の仰る通りです。
僕も、貴方のしたことには賛同できませんが、だからといって貴方をどうこうしようとは考えていません」
そう続けたヨハンに、隣の虚が強く頷いた。
「サグラモール卿も、それで構わないであろう?」
「……ああ」
サグラモールはそう言ったルクスへと視線を向け首肯した。
一瞬の沈黙。だがその沈黙は永遠の様に感じられた。
「……ふん。往くが良い、サグラモール。
俺の視界からさっさと消え、何処へでも往くがいい」
アグラヴェインが槍を降し、そう言った。
「どうせ貴様はドゥムノニアの造反者。まあそれもよかろう。
だがこの地に足を踏み入れる事はこの俺が許さぬ。
貴様を殺す男の名を、忘れるでないぞ―――」
アグラヴェインが兜を取る。現れたのはまだ若い男の相貌。
長い金髪をポニーテールでまとめた碧眼の男の、憎悪に満ちた瞳……。
●
去りゆくアグラヴェインの背を眺めながら、エンジュが口を開く。
「サグラモール卿、君もその騎士に感謝する事だね」
ちらと視線を横に流す。その先には、”依頼人”と思しき騎士の姿。
「……貴方が生かしてくれたのか」
「ふふ、生き死になんてのは我々には及ばない―――それこそカミサマの領域の話さ」
サグラモールを煙に巻いたエンジュ。ルクスは、今回救い出した少女へと視線を合わせた。
「その少女の処遇は決めた方が良かろう。貴様、身寄りは?」
ルクスが訊ねると、少女は、静かに首を振った。
「ならば、サグラモール卿に責任を取って貰え」
「せ、責任とは……」
「ギャハハ、狼狽えてヤンの」
Tricky・Starsのもう一人―――稔が現れてはサグラモールの様子に下品に笑い飛ばした。
「今回ばかりは、手加減をする余裕はなかった。
戦友を幾らか殺めなければならなかったことは、詫びさせて欲しい」
「ほんとに……。もう少し犠牲が少なく出来ればよかったのに」
「それは貴方達が気に病むことではない。
これは私の我儘が引き起こしたこと。むしろ、私が責められるべきだ」
佳月とほのかの言葉にサグラモールが返す。
「騎士としての誇りと忠義、それは一騎士であった私にも理解できる。
まあ、これからは後ろ盾も無くなり、厳しい環境になるだろがな」
「これからどう為されるのですか」
クロガネの言に続けたヨハンの問いに、サグラモールが暫し思案する。
「暫くは各街を流浪する身になろう。
何時か士官先でも見つかればよいが、元より外様の身だ。なんとなるだろう」
「……うちらにできる事はここまでなのだ。
色々と厄い事になるのも面倒だし、さっさと撤収するのだ」
そういったシャルロッテに、他の面々も頷く。
サグラモールは少女を後ろに乗せると、改めてイレギュラーズ達を見回した。
「この礼はいつか必ず返そう―――」
二人の騎士と、一人の少女。
イレギュラーズが救ったその命は、やがて≪幻想≫にその名を残すことになるだろう。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
皆様の貴重なお時間を頂き、当シナリオへご参加してくださいまして、ありがとうございました。
役割分担・編成が緻密で素晴らしかったです。
それぞれの心情も興味深く、全てのプレイングがとても良質でした。
ご参加いただいたイレギュラーズの皆様が楽しんで頂けること願っております。
『信仰・反逆・天秤』へのご参加有難うございました。
GMコメント
●依頼達成条件
・『サグラモール卿』と少女の生存
●情報確度
・Aです。想定外の事態(OPとシナリオ詳細に記載されていない事)は起きません。
●現場状況
・≪幻想≫郊外の小村『デヴォン』
・時刻は昼間で、村には『ドゥムノニア』騎士団の騎士・歩兵と、村人約百名が居ます
・プレイヤーは、事前にドゥムノニア騎士団の遠征情報を事前に入手しており、既に村の周囲に位置取りしています。
・サグラモール卿は騎士・歩兵十五名を敵に回し、少女を救おうとしています。
・既に村人約百名の内十数人が、騎士団によって殺害されています。
●敵状況
■『漆黒の悪鬼』アグラヴェイン卿
・ドゥムノニア公爵直轄の騎士団副団長の一人。
・常に黒色の鎧を見に纏い、見事な槍裁きを見せる。所領ドゥムノニアの中では高位の家系の出であり、武勇にも優れますが、冷酷すぎる一面から部下からも怖れを抱かれています。
・サグラモール卿の実力を認める一方で、強く忌み嫌っています。
・説得が通じる程に忠義の薄い騎士ではありません。サグラモール卿を生存させるには、彼との戦闘は避け得ぬでしょう。右腕を負傷しており、性能が落ちています。
・下記の攻撃の可能性があります。
1 貫通性の高い槍での突き
2 近距離の薙ぎ払い
3 氷の魔術による遠距離攻撃
■ドゥムノニア騎士団(騎士)
・アグラヴェイン卿、サグラモール卿を抜いた四騎の騎士。
・何れもそこそこの手練れですが、真正面からサグラモール卿へ刃を向ける事は聊か躊躇うことでしょう。従って、性能が落ちています。
・剣を使う者、槍を使う者、弓を使う者と万遍なく編隊されています。
・今回の依頼人もこの中に居る筈ですが、皆さんは顔も名前も知らされていません。それが、彼なりの道義のようです。
◼ドゥムノニア騎士団(歩兵)
・十名の歩兵。騎士と比べて練度は低め。
・剣や弓を使う者により編隊されています。
●味方状況
■『白銀の救済』サグラモール卿
・ドゥムノニア公爵直轄の騎士団副団長の一人。
・常に銀色の鎧を見に纏い、見事な槍裁きを見せる。所領ドゥムノニアの外から流れ着いた流浪の家系の出であり、武勇にも優れますが、優しすぎる一面から一部の主流派に煙たがられています
・アグラヴェイン卿の実力を認める一方で、彼のやり方に疑問を抱いています。
・少女を抱えており、性能が落ちています。しかし、その腕は達者であり、多数の騎士を相手取る本シナリオでは共闘が強く推奨されます。指示があればその通り動きます。
■村人の少女
・サグラモール卿に間一髪で救われた少女。齢は人間でいう十代後半程度。
●その他
■『公爵』ドゥムノニア
・自身の家系の名、ドゥムノニアを有する所領を安堵している貴族。
・アグラヴェイン卿、サグラモール卿の何れかを贔屓する事はなく、平等に扱ってきました。しかしそれは、彼の誠実さと云うよりは、狡猾さ故の行動でしょう。
・戦闘には一切関与しませんし、現地には姿を現しません。
●備考。
・村人への対処(異教徒なので殺害する、可哀想なので救助する等)はプレイヤーの自由です。本シナリオの成否には関係しません。
皆様のご参加心よりお待ちしております。
Tweet