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シナリオ詳細

庶民派小公女の受難

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「こんにちは、おば様。今日はいいものがあるかしら?」
 フィッツバルディ公爵に所属する極々小さな貴族の領土にある小さな古書店に現れた少女が笑いながら店主に問いかける。
 良い風に言うのならさっぱりとした穏やかな衣装、悪意を持っていうのなら、やや古っぽい衣装を着た少女の登場に、店主らしき老婆は穏やかな笑みを向ける。
「こんにちは、公女様。今日もおひとりですか?」
「えへへ。だって、お父様もお継母様も私のことなんて興味ないでしょうし」
「まぁ、こんな田舎ではあまり関係ないでしょうけど、最近は物騒になってきてるんですから、気を付けてくださいね?」
「そうね……イレギュラーズの皆さんのお話はこんな田舎にも聞こえてくるわ」
「そちらではないのですよ……あぁ、っと。そうそう」
 老婆は本当に心配そうに、孫娘を見る祖母のような目で少女を見た後、ぽんと手を打ち、奥に引っ込んでいく。
「公女様は近頃、群像劇にも手を出されたのですよね? 旅人の方が許の世界を想って書いたっていう群像劇がたしか昨日……」
 少女が付いていくと、老婆は店の奥にある書庫から一冊の本を持ち出してきた。
「まぁ、それは珍しそうな……でもいいのかしら。店頭にまだ出てないのに」
「ええ、ええ。公女様がいらなければお店に出しますよ」
 にこにこ笑いながらそう笑う老婆に、少女は目を輝かせ、中身をぱらぱらと開いて流し読みをはじめ、やがてほふっと一つ息を吐いて。
「おば様! これをいただけるかしら?」
「ありがとうございます。お会計が――」
 会計を終わらせた少女は、礼を言って立ち去ろうとして、ふと思い出したように振り返る。
「そういえばおば様? 先程、何かおっしゃる途中でしたか?」
「んっ? あぁ、まぁ気にしないでくだされ。老婆の世迷言です。こんな田舎には関係ないですよ」
「はぁ……? でも、そう勿体ぶられると聞きたくなってしまいますわ?」
「むぅ……老婆の悪い癖ですか」
 柔らかいしわくちゃの顔をしかめてついっと顔をそむけた老婆を、少女はじっと見つめ続ける。やがて老婆は一つため息をして口を開いた。
「聞いた話では、遥か遠いラサでおっきな盗賊団が倒されて、その頭目が幻想に入ってきたって話です。さっきも言いましたがうちは関係ないでしょうけど」
「そういえば、以前に酒場の女主人さんからも聞きましたね……怖いことです」
 少女はぎゅっと買ったばかりの本を抱いてうなずいた。
「うちの防衛をお願いしてる傭兵さんにも、聞いてみましょうか……」
「それも良いかもしれませんね」
 うなずいた老婆に別れを告げ、少女は今度こそ書店を後にする。


 少女が屋敷に辿り着いたのは陽がとっぷりとくれた後だった。行く先々で村人たちと話していてすっかり遅くなってしまったのである。
 だが、それで別に良かった。どうせお父様もお継母様も私のことなど知ったことではないのだから。少女は鼻歌さえ歌いながらのんびりと帰宅すると、土産に買ってきたパンだけ持って傭兵たちのいる離れへと足を運んだ。
「こんばんは~」
 離れの扉の前に立ち、そう声をかけると、やがて一人の男が顔を出す。
「……ああ、姫様ですか」
 顔を出したのは雇っている傭兵の一人。右の目に眼帯をしたこの男は雇っている傭兵たちの中で二番目に偉いらしいことを、前に聞いたことがある。
「はい! 夜分遅くにごめんなさい。皆さんにちょっと聞いてみたいことがあって」
「はぁ……一人ですか?」
「えぇ。私が一人なことなんて、いつもでしょう?」
「ははっ、確かにそうですね……どうぞ」
 扉を開けられ、中に入る。ぎぃっと後ろの扉が閉まる。中では数人の男達がつまらなさそうに何やら遊戯をしているようだった。
 男達は少女を認めると、少しばかり目を輝かせて手招きする。少女は不思議そうにしながらもそちらに足を進めた。
「どうぞ」
 先程扉を開けてくれた男から渡された赤色の飲み物を受け取り、ちょこんと少女は座り込む。
「ありがとう。今日は何をなさってるの?」
「なぁに、ただの賭け事ですわ。賭けるもんは……そうだ、姫様から頂いたこの土産にしますか」
 体面にいる大柄の男――この傭兵たちのリーダーがからりと笑う。それに対して周囲にいる男達がやいのやいのと文句をはやし立てる。
 この空気は嫌いではない。少なくとも屋敷の中のどんよりとした、自分とは全く関係のない所にある淀んだ空気よりはるかに好きだった。
「まぁ! それでは私が買って皆様に平等に差し上げるしかありませんね?」
「はっ、言うようになったなぁ、姫さんも」
 渡された賽をぎゅっと握り、祈りながら少女は投げた。
 一投目、六のゾロ目。体面の男がぐぬぅと唸った。

 それから時間が少しばかり流れて、少女は差し出された飲み物の二杯目に口を付ける。
「あっ、あれ……」
「……すいません、姫様」
「ぅえ……?」
 倒れこみそうになったのを、眼帯の男に支えられてくれた――ような気がする。それに対するお礼をいう口は、動かなかった。


 少女が目を閉じて倒れたのを見て、傭兵たちはそっと立ち上がる。
「……なぁ、副頭」
「はい、なんでしょう、頭領」
「……こいつは俺達によくしてくれたぞ?」
「ええ。それに、この子を持って行ったところであいつらにとっては何の不利益もないでしょうね」
「……でも持っていくのか?」
「ええ。散々金にならない仕事を押し付けられてきたのです。少女の一人、貰ってっても文句は言わせません。私達以外のここの私兵なんて大したこともありませんしね」
「……そうか、じゃあ、そうするか」
 その会話を最後に、傭兵団はその町を後にする。自分たちが得た報酬に、貰うはずだった報酬分の代わりを一人連れて。


「おかしいわ! 公女殿下がこんなに町に顔を出されないことなんてあった!?」
「いいや、なかったよ。風邪ひいちまっても町に出てきて、俺たちに言われて薬だけ買って渋々帰ってく人だぞ!」
「そうよね……」
 ざわつく村人達は、その日を境に連携して少女を探し始め、遂には領主の館に全員で押し掛けた。
 しかし、その返答は無味乾燥な門番からの病気で休まれているのみ。
「……なぁ、そういえばここ数日、会ってない人らが他にもいないか?」
「誰の話だ?」
「いや、傭兵団の人だよ。領主様が雇ったっていう」
「あー……そういえばそうだな。でも傭兵だからなぁ」
「……おい、もしかしたらよ……」
「そういえば、わしが公女様を最後に見た日、公女様は帰ってから傭兵団に話を聞くとかなんとかおっしゃってましたね」
 集まっている人々の一人である老婆が言う。
「そういえば、うちにパンを買いに来てくださったときに傭兵団へのお土産だっておっしゃってましたな」
 若いパン職人がそう呟くと、村人たちがお互いにお互いを見合わせた。
「ローレットへ頼もう。ご領主様は興味がないようだ」
 誰かがそう呟くと、やがて誰かが同意し、そのまた誰かが同意していく。


「というわけなのです!」
 『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は少し疲れた様子を見せながら語りを結ぶ。
 その少女は珍しく民と触れ合うことを楽しむ子だったらしく、それもあってか家族からは居ない者として扱われ、領民からは大変慕われていたようだ。
「依頼をしてきたのは全員、領民だったんだな?」
 イレギュラーズの一人の問いに、ユリーカはうなずいた。
「領民の皆さんにとっても娘さんだとかそんな気持ちで見てた人らしいのです」
 だから、出来れば生きて返してあげてほしいのです。そう、小さな情報屋が締めくくった。

GMコメント

さて、お久しぶりの方も初めましての方もよろしくお願いします。
春野紅葉です。

今回皆様にお願いしたいのは貴族令嬢の救出です。
貴族令嬢さえ助かるのであれば、傭兵団の生死は問いません。
戦って奪い返すもよし、交渉して返してもらうもよし。お任せします。
交渉する場合は傭兵側だけでなく、救出対象自身にも戻りたいと思わせる必要があります。

・敵情報
《頭領》
情にもろい、けれど力自慢の傭兵です。
救出対象のことは娘のように思っています。
戦闘になる場合は
・エスプリ:アタックスタンス
・一刀両断
・スーサイドアタック
を扱います。

・副頭
どちらかというと頭が切れるほうの参謀タイプ。
戦闘になる場合、救出対象を盾に使う可能性もあります。
・エスプリ:一匹狼
・交渉術
・狙撃

そのほか、傭兵が5人
エスプリ、スキル:なし
それぞれ剣を持っています。

救出対象
貴族令嬢。
実母の死後、同母兄が継母、継母の産んだ異母弟と繰り広げている政治的なあれやこれやで居ない者扱いされています。
そのためか家族への愛情を領民へと注いでいる優しい物好きな女の子です。
すでに目を覚まし、傭兵たちが自分を攫ったことを理解したうえで、それもまたいいかなぐらいにしか思ってません。
村の人が心配して何かしないかだけが心残りになってます。
頭が悪いわけではないですが、場合によっては傭兵たちを自ら庇う方に動くことも有り得ます。

  • 庶民派小公女の受難完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年03月12日 21時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

鏡・胡蝶(p3p000010)
夢幻泡影
ホロウ(p3p000247)
不死の女王(ポンコツ)
銀城 黒羽(p3p000505)
新納 竜也(p3p000903)
ユニバース皇子
慈眼叡観 狗堂玖郎 絢神輝夜(p3p002085)
華武鬼者
アルファード=ベル=エトワール(p3p002160)
α・Belle=Etoile
メル・ラーテ(p3p004228)
火砲少女
城之崎・遼人(p3p004667)
自称・埋め立てゴミ

リプレイ


「公女様のお家族のお人柄について、教えていただけますか?」
 古書店を営んでいるという老婆にそう問いかけたのは幻想種のソレに似た風貌をした女性――『風花之雫』アルファード=ベル=エトワール(p3p002160)だ。
 傭兵団がどこにいるのか、そもそも説得するためのネタはないか、そういったことを探るためにイレギュラーズ達はまずは町の人達に話を聞こうとしていた。
「お人柄といっても、私らはほとんど知りませんよ。先代……姫様のお父様は私らのことを雑草か何かと思っておいででしたが」
「先代……ということは令嬢のお父君はなくなっているのか?」
『不死の女王(ポンコツ)』ホロウ(p3p000247)の問いに老婆は静かにうなずく。
「もうあれは二年ほど前になりますか……先代が亡くなってからは一旦、姫様の兄君がご当主になられたのですが、数ヶ月前に弟君が誕生日を迎えられてから、姫様以外のご領主の御一門は一向に我々を見もしません」
 そこまで言われればおおよその検討はつく。要するに、弟君とやらも成人したのだ。ならば、その続いている政争がよくある家督争いだということは容易に想像できる。 それにしたって、無暗に長い争いを続けていることになるが。イレギュラーズ達の調査は続く。

「さて、ある盗賊団が遠くラサで倒されたという。その盗賊団とかの傭兵団につながりはあると思うかね?」
 別の場所で居酒屋の娘に問うているのは『特異運命座標』新納 竜也(p3p000903)だ。ある主仰々しくも感じる演説じみた言の葉の使い方に、居酒屋の娘は少しきょとんとした様子を見せ、大笑いを始める。
「そんなに彼の言うことはおかしかったかい?」
「ああ、いえ。すいません。あの傭兵団の人達がそんな大きな盗賊団と関係あるはずありません」
「ほう、そう言い切れるのか?」
「だってあの人たち、お金が払われないからってうちの厨房やら他の店のところで働いて自分たちの金稼いでましたから」
 笑い転げていた娘は不意にすっと真顔になり、ふと疑問そうに首をかしげる。
「閉店後にお酒を飲んでもいいって賄いも出したりして、仲良くしていたんです。でも、だからこそ、なんであの人たちが誘拐なんてしたのか分からないんです」
 娘は心底不思議そうにぽつりとそう呟いた。
「身代金が取れるとは思えないし、雇い主の娘を売り飛ばしたなんて悪評が立てば次の仕事にも響く。メリットがないね……」
  『自称・埋め立てゴミ』城之崎・遼人(p3p004667)が言った言葉に、竜也は同意する。

「傭兵団がどこに行ったかって? さぁ、よくわからねえなぁ。でもまぁ、うちは辺境だからよ、アンタらが来た方角にいなかったなら、そっちと逆じゃねえか?」
 若い男に尋ねた方ほどまでの長さの髪をした女性――『夢幻泡影』鏡・胡蝶(p3p000010)は、それを聞いて隣にいる『黒白の傭兵』メル・ラーテ(p3p004228)と頷きあった。
 その後もある程度の調査を重ねたイレギュラーズ達は情報を集約し、結論を見出す。


「それで、結局の話、私はこれからどうなるんです?」
 何もない一本道をひたすら走る馬車の中、男は隣でぼうっと外を見ていた少女に問いかけられた。
「私なんて、身代金の役にも立ちませんし、正直、皆様の捌け口になるかぐらいしか価値がないと思うのですけど……今のところその様子はありませんし」
 そういいながら、少女はのんびりと笑い、少し眠そうに欠伸を一つ。
「姫様は誘拐されたのですよ? もう少し危機感を持つべきだ」
「だって、連れ去られたのでしょう? そりゃあ、最初は驚きましたけど、手だってこの通り。解放されてますし……なにより、価値がない私を攫うなら、私に価値ができたってことでしょう?」
 少女がゆるやかに笑って言う。しかし、すぐにその表情が曇りを見せる。男はそれを見て、この少女もやはり怯えているのだと思い、けれど未練など持つまいと目を閉じた。
「私が不安に思うことがあるのなら、村の人たちです。お兄様やお継母様に直談判と化してないといいですけど……あの方達は村人のことなんて何とも思っていませんから……本当に、何もしてなければいいですが」
「たしかに……そうかもしれませんね」
 がたごとと音を立てながら、馬車は草原を疾駆する。男は少女の横顔をちらりと見た後、視線を手元の本へ移す。 馬蹄と車輪の音が、静かに響いていた。


 傭兵団の居場所を推定し、そこへと先回りを決めていたイレギュラーズ達は、見えてきた傭兵達の一団に向けて躍り出た。
「あいや待たれよ!」
 よく通る声を発したのは、東洋龍の如き姿をした竜人の女――『華武鬼者』慈眼叡観 狗堂玖郎 絢神輝夜(p3p002085) だ。
 そんな目立つ出で立ちをした女性の声に反応したのか、或いはそもそも邪魔だったか。傭兵団は停止し、大柄の男が姿を現わす。
「なにもんだぁ? どう見ても貴族じゃあなさそうだが」
「我々は、公女殿下を取り返しに来たわけだが。俺はともかく、ここにいる皆々は歴戦の勇士たち。されど! 力ある者たちは、心ある者たち。諸君らと争うことは避けたいと言う。なればこそ、まずは話をしよう」
 絢神輝夜に続くようにして言葉を紡いだのは竜也だ。かつての世界ではまがいなりにも皇子だったからか、言いようのないカリスマ性の様な何かに、傭兵たちが注意を向ける。
「いくら攫われる方がその気になってるとは言え、娘一人勝手に連れ出して賊と何が違うのか。せめても話は通すべきだろう。その娘には親以外に身柄を心配する輩が大勢いる。そいつらに黙って連れ出して恥ずかしくないのか、誇りはないのか」
「公女様はあんた達に良くしてたんじゃないの? 傭兵って、少なくともそういう義理は通すもんだと思ってたよ」
 遼人がそれに続くようにして問うと、反応して動こうとした大柄の男――頭領を制して眼帯の男が前に出た。
 「ありませんね。我々は傭兵なので。雇い主から金を貰って、契約を果たすだけです。金も払わないだけの余所者にとやかく言われ続ける必要はないですから。契約が変わった。ただそれだけですよ」
 返答を返したのは、大柄の男ではなく、男を制するようにして前に出てきた眼帯の男だった。
 「気に入らねえな……オレ達傭兵にも仁義ってモンがある。テメーらのやった事は人攫いのゴロツキと変わらねえんだよ!! 仁義より金だってんならくれてやるから嬢ちゃん返してさっさと失せな!」
 苛立ちを露わに『黒白の傭兵』メル・ラーテ(p3p004228) が言う。その言葉に眼帯の男はまるで動揺の気配を見せない。
「要りませんね。契約を反故にして見知らぬ子娘一人に金渡されてすごすご返すなんて、それこそ糞ですし。我々は傭兵です。契約を遂行するだけ。どうやら、貴女がいう傭兵と我々の言う傭兵とは別物なようだ」
 努めて静かに、眼帯の男は答える。あまりにも冷たく、静かな物言いは、遼人への対応に比べて明らかに壁がある。
 傭兵を相手に論じる姿を見ながら、『暇人』銀城 黒羽(p3p000505)はじっと彼らを見る。
 今度は盗賊まがいの傭兵かよ、そんなことを思いながら、ほんの少しの理解と共に、けれどもその小狡さには不愉快でさえある。
「もし少しでも令嬢の誘拐を戸惑っているならやめた方がいいと思うぞ。今は特にどうも思わんかもしれん。だが、これが1年後、5年後にはどうなっているだろう。人間はそんなに強くない。その選択が本当に正しかったのか迷ってしまうものだ。後で後悔したくないなら辞めるべきだろう。一度病んでしまうと本当に取り返しがつかなくなるぞ」
 ホロウは向き合った傭兵、特に頭領の方へ向け告げる。どことなく含みのある言葉に対して、ぴくりと頭領の表情が動く。その反応にホロウは内心で聞いていることに気づいてほくそ笑んだ。
「ねえ、皆様? 何がどうなったのかしら? もう出ても大丈夫ですか?」
 ふと、そんな声と共に、傭兵たちの後ろに止まる馬車の中から、一人の少女が姿を現わす。不思議そうな顔をしてひょっこり姿を見せた少女は、まるで人質と思えぬ軽快な足取りで頭領と副頭領の間から顔を出す。拘束など一切存在しなく、あたかも自分の意志でそこにいるかのように見える。 
「もしかして、貴女が公女様かしら?」
 胡蝶はそんな少女をみて、優しく声をかけた。傭兵団のことを理解できそうにない胡蝶はそれもあってか公女への説得を行うつもりでいた。
「はい? えっと……多分?」
 きょとんとした後、少女は周囲を見て、小さくうなずいた。
「領主の家の方、領民を守るべき存在と判断いたしました。初めましてアルファード=ベル=エトワールと申します」
「あっ、はい。よろしくお願いします? えっと、どういうことなんです?」
「オレ達は嬢ちゃんを連れ帰しに来たんだ」
「えっ!? 誰がですか?」
「僕達は、町の人達の依頼でここに来た。意味、解るよね?」
 心底驚いた様子を見せた少女は遼人の返答を聞いてさらに目を見開き、少し悲しげに表情を揺らす。
「領民の皆さんは、貴女を愛しておられる様ですね。貴女は、領民の皆さんを愛しておられますか?」
「そ、それは――もちろん、大切な人たちです」
「では、ご家族は、領民の皆さんを想うておられますか?」
 アルファードの続いた言葉に、少女は一瞬、視線を逸らす。
「もしご家族が領民を然程想うておられないのであれば、いいえ、例え想うておられたとしても」
 静かに、アルファードは少女に目を向ける。ふわりとした幻想種のそれに似た風貌で微笑んで、どこか威厳さえ感じる声色で次の言の葉を紡ぐ。
「よいですか、“公女様”。領民を心より想う公女様は、皆さんを守る事が出来るのです。しかしそれは領地やその位置から離れて出来る事ではありません」
 彼女は本気で手を伸ばせば自治に関与できる立場にある。かつての世界ではその柱を担った一人である。だからこそ、その道は苦難の道であることぐらいは分かる。
「領民より、傭兵団やご自身を選ぶのであれば、それも良いでしょう。しかしもし、真に領民を想う手おられるのであれば――ご決断を」
泰然とそう語って言葉を終えた。少女の反応は、良いように見える。
「貴女には、待ってくれている人や、身を案じて私たちに救出を依頼してくる人がいるのよ? ……幸せじゃない、羨ましいくらいに。貴女を大切に思う、まだ貴女が必要だと行動する人達に…貴女がどうするのか、どうしたいのか。その答えを、教えて?」
 自身の様な故郷もない根無し草ならともかく。彼女は違う。胡蝶はアルファードに続くように語りかける。
「自分がしたいように生きるのがいいんだけど。流されて、ヤケになってるってだけなら……後悔先に立たず、覆水盆に返らず……ってね。取り返しがつかなくなる選択肢、どちらが自分の為になるのか……考えてから決めてね」
「うむ、令嬢よ。今回、依頼を頼んできたのは領民たちだ。すごく大切に思われているのだ。その者らを泣かせたくはないだろう?」
 ホロウが続く。少女は少し考えたような表情をする。
「……分かりました。帰りましょう。ごめんなさい傭兵さん達」
「姫様……分かりました。では――」
「やんのか外道!! 心配すんな。痛えかもしれねーけど殺しゃしねえよ、嬢ちゃんが悲しむからな!」
 武器を構えたメルが臨戦態勢になる。少女が走って胡蝶の胸に飛び込むと共に、傭兵団が武器を構える。全員が武器を構えようとしたその時だった。
「さて、傭兵団の諸君。君らは、”盗賊団にさらわれた公女を救いに来た。”ということで相違ないかな」
 ここまでの経緯など、まるでなかったかの如く仰々しく、竜也が声を上げた。
「な、なに言ってるんだお前さん」
 頭領の男が素っ頓狂な声を上げる。
「そうであるならば、領主より褒美をせしめることも可能。無論、そこには公女殿下の計らいが必要ではあろう。さて! となると、傭兵団の諸君は公女殿下に借りができるわけだ。となれば、君らは公女殿下に対し借りを返さねばならないとは思わないかね?」
 竜也はあたかもこれこそが正論と言わんばかりの無茶な話を続けていく。
「公女殿下。貴殿には、彼らを傍に置き許容する人の上に立つものとしての器はお持ちかね?」
「はえ!?」
 突然に振られた少女もまた素っ頓狂な声を上げる。
「傭兵はこれから必要になる。噂の盗賊団――砂蠍、奴らはもう動いてる。俺は別件で砂の刀使いと会った。そして重傷を負った。噂がマジだと広まりゃ傭兵は引く手数多だろうよ。盗賊共から雇い主を守る。そのために傭兵はいるんじゃねぇのか」
 続くようにそれまで敢えて押し黙っていた黒羽は静かに声を上げた。どことなく喧嘩を売っているかのように聞こえるらしい自分だからこそ、敢えて口出しはしなかったがここならばこそ、そう思っての判断だった。
「……ああ、分かりました。では、そうしましょうか」
 胡蝶に抱かれたまま、少女は唐突に凛とした表情を見せる。
「多分、傭兵さん達は私を攫うように雇われたのでしょう。だから――私が雇いなおします」
「何言ってんだ嬢ちゃん!?」
「なので、お願いします。武器を収めてください」
「……姫さん、本気か?」
「それがあなたのご決断ですか?」
 傭兵団の頭領が構えを解くと共に、アルファードが言うと、少女は静かにうなずく。
「……嬢ちゃんがそう決めたんならしゃーねえな」
 メルは不機嫌そうに告げながら武器を収める。やがて傭兵団が武器を完全に収めた。

「……ところで何故このタイミングで公女様を攫ったのですか?」
 傭兵団を連れて帰還する中で、アルファードは眼帯の男へ問いかける。
「……依頼を受けたのです。あれは酒場で仕事を終えて帰ってきた後ですか。姫を連れてある領地に届けろとね。元より代替わりしてから一銭も払ってもらえてませんでしたから、依頼を受けたら早々に他所に行くつもりでしたし、何より、断ったら殺される、そう感じました」
 恐らく、断ればその場で首を飛ばされたと、言外に告げて、男は首を振った。
 小さな謎を残しつつも、馬車は草原を疾駆する。春先の心地よい風が、馬車の窓を通り抜けた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

春野紅葉です。

お疲れ様でした。

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