シナリオ詳細
<YcarnationS>ダークリザード
オープニング
●
隅にうずくまる闇。
臭いはじめた血、糞尿。
さらりとした暖かさで包みながら、手首から肘へ、黒絹のオペラグローブがなめらかにあがっていく。
肘の上を過ぎた時、縫い合わせたばかりの肌が低く笑った。
――憎い。
ダークリザードは奥歯を強く噛んでオペラグローブを引き上げた。
あの男が投げた槍によって上腕骨が砕かれ、続けて放たれた銃弾で尺骨が砕かれた。まわりの筋肉と皮膚は醜く引きちぎられ、女を掴んでいた肘から先が落ちてなくなった。
いまついているのは素材から取った右の上腕だ。
体を傷つけられた怒り、それを上回る嫉妬が激しい炎となって渦を巻き、痛みをともなって体の内を舐め焼く。
男は女を宝石と言った。自分ではなく、女を取った。
長い間、執念深く私を追っていたことを匂わせながら、地下深く追いかけてきておきながら、あの男は……あの女を……躊躇うことなく……選んだ。
長耳の大男はともかく、幻想種でもないあの女にどうしてあの子たちの臭いが強くついていたのか。あの瞬間、解った。うずく胸が教えてくれた。
あの子たちは私の作品であり、私の分身。きっとあの女の体に男の匂いを嗅ぎ取ったに違いない。そして、私の代わりに嫉妬して女を襲ったのだ。
――憎い。あの男が憎い。それにもまして、あの女が憎い。
ノックの音が響き、音もなくドアが開かれた。風が吹き込み、灯りが揺れる。
「失礼いたします」
慇懃な声が、闇に沈むドアの向こうから入ってきた。
「ダークリザードさま、残存しているオラクル派の奴隷商人から共闘要請が届いております。いかがいたしましょう?」
オラクル派? 当のオラクルはローレットの連中に殺されたというのに、今さら……。
もともとオラクルの仲間でも何でもない。単に利害が一致したので、暇つぶしに助けてやっていただけだ。残りカスがどうなろうと知ったことではない。
イライラしながらつけたばかりの手を振って、くだらない問題を退けた。
「そんなことより、ローレットの動きを報告してちょうだい」
下僕の報告は簡潔にして明瞭だった。
第二の『ザントマン』たる『カノン』の配下に強力な魔種がいる事と、オラクル派の分裂と抗争の後始末に人手を割く必要もあり、ラサは継続してローレットの協力を依頼していた。遠からず、『砂の都』にローレットから派遣されたイレギュラーズたちが押し寄せるだろう。
あの男も来る、必ず。
「牢にいるハーモニアの内、兄弟、親子、夫婦、それに恋人同士をここに連れてきなさい。片方を新しい作品の餌に、もう片方をメッセンジャーとして放ちましょう」
あの女もくるだろうか。
もしも、来たなら……。
あの男の目の前で右腕を奪い、生きたまま作品に食わせてやろう。
●
「魔種ダークリザードから胸糞悪いパーティーへの招待状が届いている。開催地は『砂の都』だ。招待を受けて参加しやろうってやつはこっちに来てくれ」
『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)は、名乗りを上げた数名のイレギュラーズをローレットの片隅へ誘った。
「ダークリザードに買われて監禁されていたハーモニアたちが保護された。彼らが言うには、幻の『砂の都』のどこかで、ダークリザードが彼らの親兄弟、恋人を公開処刑するそうだ。彼らの背中にはご丁寧に、黒い糸でメッセージが縫いつけられていた。そのメッセージがこれだ」
クルールは懐から取りだした四つ折りの紙を広げ、テーブルの上に放った。
親愛なるローレットの皆さまへ。
私、ダークリザードの新作発表会にご招待いたします。
新作の巨大アリジゴクは大顎だけを砂から出し、獲物となるハーモニアが落ちてくるのを待ち続けております。
皆さまには、ハーモニアたちがもがきながら砂の底へ沈んでいく様子や、体液を吸われつくしたハーモニアが窪みの外へ投げ捨てられる様子を、高みから存分にお楽しみいただきましょう。
もちろん、最後の獲物は皆さまご自身――。
どうぞ、皆さまふるってご参加くださいませ。
「半狂乱になっていたハーモニアたちから話をなんとか聞きだした。巨大なウスバカゲロウの幼虫は殺されたハーモニアたちの体をツギハギして作られている。アリジゴクの半径は約200メートルだ。アリジゴクの上には細い十字の橋がかけられており、その中心にダークリザードがいる。
……彼らの目の前でデモンストレーションが行われたらしい。
餌にされるハーモニアたちは、目と耳を覆われ、後ろからダークリザードの下僕たちに槍で突かれて50センチ幅の橋を渡らされた。橋の両側には手すりなんてない。落ちりゃ、底に引きずり込まれて終わり、砂の上に這いあがるのはまず不可能。デモンストレーションに出されたハーモニアは全員、途中で落ちて死んだそうだ。
で、ローレットが助けに来なければ、次はお前たちの片割れがこうなる、と脅したらしい」
この時は4本の橋を同時に一人ずつ、渡らされている。ちなみにダークリザードの下僕は魔物ではなく、ダークリザードに陶酔している幻想種だ。
「ダークリザード自身も元は幻想種らしいな。幻想種が幻想種を――胸糞悪い話だ」
イレギュラーズたちが助けに行かなくても、処刑は行われるという。見殺しにした、と大々的に広めてローレットの名を貶めるつもりなのだろう。
「もちろん、ここまで話を聞いておいて、いまさら俺の依頼から降りる……なんてことは言わないよな?」
- <YcarnationS>ダークリザード完了
- GM名そうすけ
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年11月02日 22時30分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
地に紋が刻まれ、乾いた砂の匂いが漂う。
風といっても程度のそよ風で、砂漠の中にあってはむしろ心地よく感じられる。とはいえ、それはしっかりと大地に足をつけているから思うことであり、橋とは名ばかりの、細く不安定な足場の上で目と耳を隠されていればどうだろうか?
「何スか、何なんスかアレ……魔種の考える事なのは承知っスけど、やることが外道過ぎるだろうが!?」
『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)が激しく憤る。
「ただ意地悪するためにこんなもの用意するなんて、ボク、信じられないよ!」
『雷精』ソア(p3p007025)も葵の横で怒りをあらわにする。
「おうおう! わざわざこんな悪趣味な施設拵えて、さらに悪趣味なバケモンまで用意してるなんて、魔種ってのは相当拗らせてやがんな!」
『暴猛たる巨牛』ルウ・ジャガーノート(p3p000937)は奥歯をかみしめた。
一体どういう人生を歩めばあんなに拗れるのか、と。
『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)はルウとは逆の見立てを口にする。
「オレはあれを見てさ、なんか欲望にまっすぐすぎて痛々しいなって思った。みんなから愛されたくてしかたがないんだろうなって」
一悟はこの悪趣味なパーティーの、真の招待客であるカップルにちらりと目をやった。
『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は受けた視線をおだやかな笑みで包み込み、さらりと風に流す。
「ダークリザード様はジェイク様に随分倒錯した感情をお持ちのご様子。……人はそれを愛と呼ぶそうですよ」
ダークリザードが美しいもの、とりわけ彼女と同じ幻想種を憎み、殺すのは、愛情を求める心の裏返しなのかもしれない。
「しかし、死体で絵を作るだけでなく、蟻地獄まで作るなんて、どれだけの犠牲の上に生きるつもりで御座いましょう」
「これはダークリザードを取り逃がした俺の責任だ。あの時きっちり倒していれば、ヤツもハーモニアたちも苦しまずにすんでいた。この上――」
芝居とはいえ心ない言葉で幻を傷つけるなんて。
『『幻狼』灰色狼』ジェイク・太刀川(p3p001103)の顔を苦い影が覆う。幻を見つめる赤茶色の目が、心から吹きだした血で黒く沈み、痛みに揺れた。
『自称未来人』ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)が胸の前で腕を組み、うんうんと頷く。
「なるほど、つまりダークリザードは暇と愛憎を拗らせたおば様ですねっ? そんなおば様に向けてとっておきの策がありますっ!」
ジェイクと幻に痴話げんかの芝居をさせ、ダークリザードの気を引きつける。題して『崖っぷち! 昼ドラ作戦!』だ。
「ジェイク様」
声とともにジェイクの暗く沈んだ瞳に光が刺す。薄紅色の花びらが降りしきる。瞳の中が愛おしい人の微笑みでいっぱいになる。
「無事に終わったら、好きなだけ甘えさせてくださいね。そして思う存分、僕に甘えてください」
ジェイクは頬に添えられた白い指に手をやり、軽く握った。
『紅獣』ルナール・グルナディエ(p3p002562)は咳払いした。
風の流れが変わる。
「事情も理由もよくは知らないが……。何やら色々拗れていることだけはよく分かった」
魔種の事情に思いをはせれば矛先が鈍る。哀れといえば哀れではあるが。
「……まぁ、俺は俺の出来ることをするだけさ」
聞こえるか聞えないかという小さな呟きを残し、ルナールはゆっくりと砂丘を下り始めた。
●
二人の姿を目にした瞬間、胸をいやな痛みが駆け抜けた。砂漠の砂のようにザラリとした不快感が全身をうっすら覆う。
どうしてみんな、私をこんなみじめな気持ちにさせるのだろう。
どんなに美しいものを集めても、お前自身に愛される価値はない、と耳元で暗い声が囁く。
足元が揺れた。風に流されるよりも強く、はっきりと。
ダークリザードは下唇を強く噛んで体の震えを止めた。
――死ねばいいのに。
私ではない。私を愛さないものこそが醜いのだ。
醜いものはみんな死ね。
●
ルウとルナールはアリジゴクの淵に立った。
「まずは人質になってる連中から助け出さねえとな!」
「ああ、行こう」
五十センチは文庫本を横にして四冊半、新聞紙の縦をすこし短くしたぐらいの長さだ。意外と幅広い。
ただし、この手すりのない橋は長さが二百メートルあり、風に揺れている。
「ゆっくり、慎重に」
「落ちたら飛べばいい」
「違う。人質を怯えさせないためだ」
もう着いた、とルウは人質の手前で立ち止まり、顔をあげた。
黒いドレスを着たダークリザードが体ごと回して、南から橋を順に見ていく。一周したあと、さらに体を半回転させて固まった。
ジェイクと幻が、ひと芝居打ちながら北の橋を渡り始めたのだ。
「いま助けてやるぞ……って、おい!?」
ルウが抱きかかえようとした途端、人質が暴れ出した。助けて、と喚きながら手足をばたつかせる。
「目隠しと耳栓をとるんだ!」
横から抑えに入ったルナールの頬に、骨張った肘が入った。
突然の悲鳴に気を殺がれ、一悟はかけるべき言葉を失った。目の前の人質が恐慌をきたし、叫んだと思ったのだ。
「いまのは南っス。そのまま魔眼をかけ続けるっスよ」
落ち着いた葵の声で我を取り戻す。
「えっと……そうだ、おまえは超一流の綱渡り師だ。こんなの渡り切るなんて屁でもない」
暗示をかけた後はスムーズだった。
飛べる一悟が背を支えながらではあるが、人質は狭い橋の上で葵と体を入れ替え、一人で悠々と橋を渡り始めた。
「少しでも危ないと思ったら橋にしがみついてでも踏ん張るっス!」
二番目の人質は見るからに震えていた。両腕を前にして、すり足。ステージからあまり離れていない。
時々、あ、だとか、い、だとか声を漏らすのは、後ろから槍で突かれているためだろう。
一悟が人質に横から近づいて、耳栓と目隠しを素早く取る。
そのタイミングで葵はワイズシュートを放った。山なりに飛んだ銀のボールは、人質の頭を跳び越え、その後ろにいた手下に当たってステージまで突き飛ばした。
南の橋の騒ぎを目にしたヨハナはすぐに作戦を切り替えた。
ロープはやめだ。ここは強力トリモチの出番だ。
「これでよし。ソアさん、お願いしますっ」
ヨハナは飛べるソアの手を借りて、橋に固定した人質をまたぎ越えた。
ふと、南の橋をみる。
人質を抱きかかえたルウとルナールがようやく陸地に戻ったところだった。
西の橋は早くも二人目の救助に取りかかっている。
二人ともダークリザードの間合いに入ってしまっているが、北の橋の二人が気を引いていてくれているおかげで今のところは無傷だ。
「ボクたちも急ごう。西と同じようにボクが手下を雷で痺れさせるから、ヨハナさん、人質をお願い」
ステージの下で、巨大アリジゴクがつぎはぎの顎をガチリと噛み鳴らした。
●
幻を睨むダークリザードの視線は、まるでじくじくと地表にしみ出してきたアスファルトのように、憎しみで黒く粘りついていた。
幻は手さばきも鮮やかに白昼夢のカードをロープへ変え、橋と自分を結んだ。腹ばいになって橋を進む。
「ジェイク様は粗暴ですから別れたいんです。僕なんかよりジェイク様を狙ってください!」
「俺がダークリザードを選んでいれば、こんな事にはならなかった。お前のせいだ幻! お前が俺を惑わせた!」
ダークリザードは突然始まった痴話げんかに戸惑いを見せ、真意を測るようにじっと二人を注視する。
初めは疑っていたが、二人の芝居が白熱してくるにつれて、ジェイクの身を案じてオロオロしだした。
横を飛ぶジェイクを幻が手で叩き落とすフリをすると、か細く悲鳴をあげた。
「そんな女、もうどうでもいいわ。早く、こっちへ」
ダークリザードの態度が豹変したのは、幻とジェイクが一人目の人質とともに橋を引き返し始めてからのことだ。
「騙したのね!」
ダークリザードは、ダン、と音に聞こえるほど北の橋を踏み蹴り、地獄を吹く風のような声をあげた。
手下に脅されていた人質が上下の激しい揺れによろめき、倒れ、落ちた。
下からは無残に殺された幻想種たちの霊魂が悪霊化し、泡のように立ち昇ってくる。
悪霊は人質救助に向かうジェイクにとりついて自由を奪った。橋から落ちかけている手下を助けに飛んできた一悟やソアの体にも、ステージの端に足をかけた葵とヨハナ体にもとりついて自由を奪った。
動けるのはルウとルナール、幻の三人だけ。
鋭いものが肉を貫く音と断末魔の声がステージの下で聞こえた。
「ダークリザード!」
ジェイクが怒りも露わに叫ぶ。
ダークリザードは唇をめくり上げて歯を見せると、憎しみ込めて北の橋をまた蹴り踏んだ。
橋の中まで進んでいた幻がよろめき、落ちた。白いロープ一本でぶらさがる。
槍を手にした手下がロープを切りに走った。
「させるかっ」
ジェイクはなんとか鳥黐手投げ弾を取りだすが、思うように動けない。
もがいていると干からびた死体が飛んできて当った。虚を突かれ、がくんと高度を落とす。
体液を吸い尽くしたあとのゴミを、アリジゴクが投げたのだ。
ダークリザードはステージの中央に戻ると、体から黒いオーラを出し、触手のように伸ばした。
悪霊に抑え込まれた葵と、南で死にかけている手下を持ち上げる。猛然と駆け戻ってくるルウとルナールを睨みつつ、東にいたヨハナ――ではなく、その後ろ、トリ モチで固定された手下を触手で引きはがした。
一悟は歯を食いしばった。
(「くそ!」)
助けに行きたくても動けない。こうやって浮かんでいるのが精いっぱいだ。
気がつけば悪霊たちに向かって叫んでいた。
「必ず怨みを晴らしてやる。だからあの女を倒せるようにオレたちを自由にしてくれ!」
奇跡。
思いが通じ、悪霊の呪縛が解ける。
「そんなばかな!」
ダークリザードは驚きに顔をこわばらせた。
葵は逆さに釣り上げられながら、自由に動く片足で無回転シュートを放った。
「どんな時でもゴールを決めるのがストライカーっス!」
予測不能な動きで曲がった攻撃をまともに胸に当てられ、ダークリザードが息を詰まらせる。
葵たちを振り落とすのがその分だけ遅れた。
「ここ一番でお役立ち。ヨハナのトリモチもっちもちっ!」
ヨハナは立ち上がるや否や、自分の足に弱めのトリモチを大量につけ、ステージから飛び降りた。腕を伸ばし、トリモチまみれの手下を捕まえる。
落下はアリジゴクの顎の先で止まった。
「ひぇ~」
瞳孔を縦に細め、ジェットパックをセットする。伸びきったトリモチが切れないよう用心して体を揺らし、砂の斜面に着地した。
その間に一悟が葵を、ソアが半死の手下を助けて橋に戻っている。
北の橋ではジェイクが、ロープを切る手下にありったけの銃弾をぶち込んで肉塊に変えていた。
怒り狂ったダークリザードが北へ足を向けたその時――。
「うおー!」
橋の上を飛ぶように突進してくる赤い闘牛に恐れをなし、ダークリザードが原罪の叫び声を放つ。
「なめるな!」
唸りをあげたルウの拳が、ダークリザードの腹にめり込む。
ジェイクとともに駆けつけた幻が、シルクハットから眩くも美しい花を洪水のごとく溢れさせた。ステッキの一振りで沙漠の空を蝶が乱舞し、ダークリザードを幻影の中に閉じ込める。
ジェイクは銃で狙いをつけた。
「地獄で会おうぜダークリザード! 俺の行き先も地獄だ」
地獄への招待状を携えて、銀の弾丸が飛ぶ。
黒いドレスに血の花が咲く。
ルナールは牙で己の手首を噛み切った。
吹きだした血で作られた刃が、砂漠の太陽に照らされてルビーの輝きを放つ。
「踊れ、踊り子。まもなくフィナーレだ」
鉄扇でルウの頬をぶった腕を、肩から切り落とした。
片腕を失くした女がくるくる回る。顔から仮面が落ちる。
ジェイクはステージの中央に進み出ると、差し出された血まみれの腕を取り、引きよせた。
口づけ代わりに冷たい銃口を額に押しつける。
「あばよ」
――嗚呼。やっぱり……ね。
涙。血、血、血。
頭をぶち抜かれてなお、ダークリザードは黒いオーラでジェイクを絡め取り、ステージの外へ身を投げる。
「おまえなんか一人で食べられてしまえば良いんだ!!」
ソアの放った雷が、ジェイクを掴む黒いオーラを激しく打ち据えた。
一人、ダークリザードは地獄へ落ちていく――。
●
「ぺっぺっのぺっ!」
ヨハナは手下と砂まみれのトリモチまみれになりながら、ズルズルと滑ってアリジゴクに近づいていた。このままでは二人一緒に食べられてしまう。
やけくそになってヘルプ・ミーと叫んだところで、激しい砂掛けがぴたりと止んだ。それどころか、アリジゴクの顎が上がっているではないか。
「あ。拗らせおば様」
呑気に呟いた瞬間、落ちてきたダークリザードの体が、悲壮かつ凄みを帯びた音をたてて、アリジゴクの顎に挟まれた。
潰れたダークリザードの体から玉を砕くような鋭い音が発せられ、すり鉢の中を螺旋状に駆け上がってく。
原罪の声だ。
くっついている手下が魔種化した。怪力を発揮してトリモチを千切る。
「マジですかっ!?」
アリジゴクはまだダークリザードを食している。体液だけでなく、骨まで食うつもりらしい。おかげでこちらに見向きもしないが、それも時間の問題だろう。
「一悟さん、ルウさん、ルナールさーん!」
ヨハナは叫んだ。
魔種化した手下に殺されるのが先か、魔物に食われるのが先か。
橋の上では半死状態だった手下がやはり魔種に転じていた。
こうなったらやるしかない。でももう下には落とせない。
「せめて最後は故郷の夢の中で」
蛇のようにズルズルと橋を這う魔種を、幻が深い森に閉じ込める。
憎しみに染まった赤眼をジェイクが撃ちぬく。
東からコウモリを引き連れた葵が、西から稲妻を拳にまとわせたソアが、同時に拳を振って魔種を倒した。
「ソア、葵をつれて下へ。オレは幻と行く!」
魔種はヨハナの腕を掴み、勢いよく引っ張りあげた。
「腕がちぎれる。チェロが弾けなくなったらどうしてくれるんですっ。掴むならへこんでないほうの胸にしなさい。平らになってちょうどいい――ってウソウソ、やめっ!」
ありったけの力を込めて魔種の腹を蹴り、抵抗する。
魔種はぐらりと体を揺らしたが、手は離さなかった。バランスを崩したまま、ヨハナをすり鉢の底へ投げ捨てる。
ルウの巨体がヨハナを受け止めた。
ほっとしたのもつかの間、魔種がルウとヨハナに体当たりしてきた。
「こ、この野郎!」
仰向けに倒れて、三つ巴で滑り落ちていく。
一悟は上から魔物の口へ爆弾を落としたが、滑り落ちてくる獲物に気づいたアリジゴクが下を向いてしまった。
頭の上の爆発に驚いたアリジゴクが、砂を吐き散らしながら巨大な顎をあげる。
ルナールが血の刃を振るう。が、砂に目を打たれて大きく軌道がそれた。
「く……切れたのは顎の先だけか」
ルウが体を起こしてアリジゴクの胸に拳を叩き込む。
一悟は魔物に手をついて頭を爆砕した。
「わっ!」
アリジゴクが割れた頭を振り回した。
一悟とルナールが顎にあたって飛ばされ、砂にめり込む。
魔種がアリジゴクの口へ向かっていく。ルウをつき飛ばして食わせるつもりだ。自分も食われるかもしれないのに。
「貴方、バカですかっ。バカなんですねっ! 排除しますっ!」
ヨハナはギアをフル回転させた。両腕をマシンガンのごとく繰り出して、高笑いしながら魔種を背後からぶちのめす。
魔種は顔面から砂の上にたおれた。
ルウは滑り落ちて来た魔種をもちあげた。降りてくるジェイクたちに向けて投げ、空で始末してもらおう。
パンパンに張った腕と足の筋肉を伸ばした瞬間、背中からアリジゴクに挟まれた。ぐいっと持ち上げられる。
「こ……の……」
砕けるほど奥歯を食いしばるが、刺さった顎の棘から毒を入れられたらしく全身が痺れて動かない。
アリジゴクが顎を開いた。
ルウと魔種が口へ落ちていく。
ギリギリのところでソアとジェイクがルウが飛んできて、足と腕を持って上へ引きあげる。
魔種を食らったアリジゴクが砂に潜り始めた。繭を作って最後の変態をするつもりだ。
幻と葵が砂を滑り落ちながら、一悟とルナールとともにありったけの力を込めてアリジゴクを攻撃したが――。
一悟は砂に拳を打ちつけた。
「ちくしょう」
間に合わなかった。
上空の橋を震わせる風の音が、ダークリザードの高笑いに聞こえる。
「まだあきらめるのは早い!」
ジェイクが檄を飛ばす。
「そうです。まだチャンスはありますっ! みなさん、輪になってください。アリジゴクいえ、ウスバカゲロウの化け物が飛び出してきたら一斉攻撃ですっ」
ジェイクは底の一点を囲む仲間たちを見まわした。
全員が立て続けの戦いで傷を負い、消耗している。隣にいる幻とルウの体を支えるソアだけが無傷だ。
目を閉じてダークリザードを想う。
「思えば可哀想なヤツだったな」
「……ええ。可哀想な人でした」
どちらからともなく指を絡め、手をきつく握りしめあう。
振動。
足元が揺れながら盛り上がる。
「来るぞ!」
砂が高く吹きあがった。
四枚の羽根のうち二枚をメチャクチャにされ、短い触角と足を一本切り落とされたが、ウスバカゲロウは巣から飛び立っていった。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
失敗です。
ダークリザード撃破しているものの、巨大アリジゴクを取り逃がしてしまいました。
序盤、『崖っぷち! 昼ドラ作戦!』がかなりの効果をあげたのですが、中盤から終盤の連戦による消耗が激しく、最後の最後で魔物を倒し切ることができませんでした。
成功ではない結果をお返しするのは大変辛いのですが……。
ご自分も含めて誰かを責め過ぎることなく、また新たな気持ちで次の事件を楽しんでいただけたら……と、思います。
MVPは『崖っぷち! 昼ドラ作戦!』の立案者に。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
●依頼条件
・魔種ダークリザードの撃破
・巨大ツギハギアリジゴクの撃破
●日時と場所
『砂の都』の東。
昼。
ちょっと風がでています。北から南へ吹いています。
●敵
・魔種/『蠱惑の華』ダークリザード
武器は鉄扇。
【原罪の叫び声】…ウォーカー以外、聞くと魔種に転ずる可能性があります。
【悪夢再来】…死霊を呼び出し苦しめ、生者にとりつかせて身動きを封じます。
【嫉妬の影/近列】…体から出した黒いオーラで捕獲、締めつけたり投げたりします。
・魔物/巨大ツギハギアリジゴク
【吸血/近単・毒・麻痺】…落ちてきた獲物に咬みつき毒でマヒさせ、体液を吸い取ります。
【吹き出し/遠列】…大量の土砂を吹きあげます。
【投擲/遠単】…岩や体液を吸い取った得物を投げつけます。
※あと3人ほどハーモニアの体液を吸うと成熟し、腹部から糸を出して砂と絡めながら蛹室を作って籠ります。
数分後、羽化して巨大ウスバカゲロウの姿となり、巣から飛び立ちます(飛行)。
・ダークリザードの下僕……4人
全員がハーモニアです。槍で武装しています。
●巨大アリジゴク(巣)
半径が約200メートル、深さが600メートルほど。
巣の上空に十字の橋がかけられています。
砂は常に底に向かって流れています。
●橋
巣に掛けられた4本の橋の幅は50センチ。手すりはありません。
もろく見えますが、蜘蛛の糸のような弾力があって丈夫な素材で裏側が補強されており、落とすのは困難でしょう。
4本の橋の根元に直径3メートルの円形ステージがあります。
円形ステージは橋に支えられて巨大アリジゴクの上に浮かんでいます。
非常に不安定で、強い衝撃を与えると4本の橋にも振動が伝わり激しく揺れます。
ダークリザードは円形ステージにいます。
●捕らわれのハーモニア
男女合わせて8名。
最初から4本の橋の真ん中にそれぞれ4人います。
彼らは恐ろしさからうずくまっています。
イレギュラー到着と同時に、円形ステージから残り4人が、それぞれ下僕に背を突かれて橋を渡り始めます。
●
よろしければご参加ください。
お待ちしております。
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