PandoraPartyProject

シナリオ詳細

血染めの薔薇

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●高原に咲き乱れる薔薇
 ある日、一人の男が山道を登っていた。最近彼が住む街に溢れるある噂の正体を確かめる為である。
「そんなはずがない。この山にバラが咲くような事は……」
 男は街で一番植物学に長けた男であった。薬師として様々な草花の知識に通じたこの男は、最近街である噂がまことしやかに囁かれていることが全く我慢ならなかった。
「この山の事はわしがよく知ってる。そして、この山の中には野薔薇一本さえ咲いとらん。薔薇そのものが咲いているという話がそもそも怪しいというのに、それが、それが人を食うだと。ふざけた噂を流しおって……!」
 彼は草花の事で眉唾物の話が流れるという事がおおよそ許せない男だった。草花への間違った理解は、あらぬ悲劇を世にもたらすと、彼はそう信じて疑わなかった。
 しかしここは混沌と未知に溢れた世界。昨日までの常識があっさり裏切られるなど日常茶飯事であった。

「ば、ばかな……」
 男は思わず息を呑む。山の頂上近く、平らになった草原のど真ん中に、深紅の薔薇の巨大な一株が植わっていたのである。その色はまさに鮮血で染め上げたが如くだ。山頂から吹き下ろす風は、咲き乱れる薔薇の蠱惑的な香りを男の下へと運んでくる。吸い込んだ男は、思わず陶然としてふらふらと歩き出す。
「ああ、花。花だ……」
 よたよたと近づく男。しかしその時、不意に薔薇から何本もの茨が伸びた。茨は男の両手両足を絡め取り、ずるずると中へと引きずり込んでいく。男は茫然としたまま、薔薇の中へと飲み込まれていく。
 やがて、薔薇の株の隙間から血が溢れ出す。

 花弁の色は、鮮やかな血の色に染まっていた。

●人喰いバラの謎を追え
「今回の依頼は、最近その街の付近で噂になっている『人喰いバラ』の調査なのです。それを一目見ようと山に登った人が、実際に何人も行方不明になっているのですよ」
 誰から送られたのか、『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)はその手に大きな薔薇の花束を持て余したまま君達に依頼内容を説明する。
「なにぶん花を見て帰ってきたという人がいないので、薔薇についての情報も完全に噂に留まっているのです。ですが薔薇が咲いているという山は人間にとっての危険生物はそれほど多くないので、動物に襲われたという事はあまり考えられないのです。滑落にしても、相当道を外れない限りは起こり得ない……という事なので、その薔薇がやはり何らかの形で良くない事を働いたのは間違いないはずなのです」
 君達はテーブルに置かれた依頼書の写し書きを見つめる。どれもこれもあいまいな話ばかりだ。どうにもあてにならない。
「分からないことだらけではあるのですが……もし山を登ってみて薔薇じゃなかった、なんて事になったらそれはそれで大変なのです。皆さんには是非万全に準備をして、もし問題があったらそれをどうにかして来て欲しいのですよ」

「それでは、よろしくお願いするのです」

GMコメント

●目標
 人喰い薔薇の討伐。
 当該敵NPCが討伐された時点で終了となります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●ロケーション
 昼間。高原で戦闘を行います。
 十分な広さが確保されており、武器を振り回すには困らないでしょう。
 ただし、隠れる場所もありません。

●敵(PL情報)
☆人喰いバラ×1
 混沌の魔力によるものか、意志を持って人を喰らう植物。外見は薔薇に見えるが、何故薔薇の無い土地に生えたのかは不明。非常に生命力が高く、しぶとい。

・攻撃方法
→芳香…甘い香りによって、人の判断を惑わせてきます。
→茨攻撃…棘付きの硬い茨を鞭のように振り回します。命中すると拘束される事があります。
→種攻撃…小さな薔薇の種を飛ばして攻撃してきます。視認が難しく、命中すると大分痛いです。

●TIPS
 敵は植物のため殆ど動きません。落ち着いて対応しましょう。


影絵です。桜の下には死体が埋まっている……なんて言いますが、こんかいは薔薇です。
ビオ何とかみたいな事にはならないのでそこは安心してください。

ではよろしくお願いします。

  • 血染めの薔薇完了
  • GM名影絵 企鵝
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年10月21日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)
死を齎す黒刃
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
白き寓話
ユーリエ・シュトラール(p3p001160)
優愛の吸血種
クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)
幻灯グレイ
リナリナ(p3p006258)
ポムグラニット(p3p007218)
慈愛のアティック・ローズ
天狼 カナタ(p3p007224)
夜砂の彼方に
回言 世界(p3p007315)
狂言回し

リプレイ

●湧き立つ茨
 イレギュラーズは山を登る。山頂近くに生えたという噂の野バラ、その伐採の為だ。ユーリエ・シュトラール(p3p001160)はその道すがら、託された依頼書をぱらぱら捲って読み直していた。
「人を食べてしまう薔薇……もし本当だとしたら、とっても危険ですね」
「そもそも、事実として明らかになっているのは、その噂の真偽を確かめに行った者が一人として帰ってこないことの方だ。山頂に薔薇が咲いている、という話は今も噂に留まっている事を頭に留めておかないとな」
 天狼 カナタ(p3p007224)は気難しげに唸る。賢い魔獣が手ぐすね引いて待っている、なんて可能性も無しではないのだ。ユーリエは依頼書を束ね直して頷いた。
「いずれにせよ何かの危険があるには違いありません。まずはその正体を確認して、何としても私たちがここで駆除しないと、被害がさらに広がってしまいそうです。頑張りましょう!」
「そうだな。何が来てもいいように、心構えしておくのが第一か」
 カナタは頷き、腰のベルトを締め直す。その背後について歩きながら、ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)はかくりと首を傾げた。
「人喰いの薔薇があったとして……どんななのかしらね?」
 人になった人形は様々な事に興味津々である。頭の中で、あれでもないこれでもないと想像を巡らせていた。
「面白い匂いがするらしいから、無害なのがいたら欲しかったのだけれど……いないわよね……残念だわ……」
「摘んでしまえば、後からじっくり調べられるさ」
 回言 世界(p3p007315)は上着代わりの白衣に術式を込めていく。少なくとも敵が動いて襲ってこないのは確か。ならば、と登山中からじっくり準備をしていた。そんな彼を横目に見遣り、ヴァイスも小さく頷いた。
「……そうよね。気を引き締めないといけないわ。まずは依頼を達成する事に集中しましょう」

 彼ら四人が戦支度をしながら山道を進む一方で、リナリナ(p3p006258)は揚々と山道を駆け登っていた。秋も深まった山は肌寒いが、この野生少女はいつもの格好で坂を駆け登っている。肉さえあれば大丈夫なのだ。
「るらー! リナリナ一番乗り!」
 リナリナは剣を振り回しながら山の高台に足を掛ける。背の低い雑草だけが生い茂る空間、その中心に、確かに薔薇の巨大な一株が鎮座していた。茨が入り組み、深紅の花が咲き乱れている。
「おー、あそこに真っ赤なバラ! アレが人を食う不思議バラだな!」
 噂は本当だったらしい。血の色に染まった鮮やかな花びらが、艶やかな輝きを放っている。しかし噂が本当となると、リナリナには気になる事がある。
「何でこんな所に生えてるんだ?」
 しばらく考えてみたが、思いつく事は無い。しばらく首を傾げていたリナリナだったが、やがてだしぬけにジェットパックを背負った。
「センテヒッショー! トツゲキるら~!」
 いきなりリナリナはぶっ飛び、剣を構えて薔薇へ突撃する。一輪の薔薇を散らした瞬間、ふわりと薫香が漂う。鼻腔をくすぐられたが、彼女は素早く頭を振る。
「おー、甘い香り! でもソレ、リナリナに効かない!」
 満面に笑みを浮かべると、剣を構えて素早く空を切る。謎の斬撃が、薔薇の茨を一本切り落とした。
「ガチンコしょーぶ! 倒す! 倒す! マズそうだけど倒す!」
 ジェットパックで飛び回るリナリナに続いて、ユーリエが高台に辿り着いた。蒼白い鎖の巻きついた指を、そっとこめかみに当てる。紅色の瞳がうっすらと輝き、世界の色を変えていく。蠢く薔薇は、僅かばかりの熱を持っていた。
「……なるほど。皆さん。あの薔薇はやはり生きて行動しています。気を付けてください!」
「そうですか……人喰い薔薇の噂は本当とみて良さそうですね……」
 さらにクローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)が高台へ辿り着く。彼女はクマの濃い目でじっと薔薇を見つめた。生命力が旺盛なのか、茨が切り落とされたそばから、新たな茨を次々伸ばしてくる。クローネは蠢く薔薇を見つめて溜め息をつく。
「綺麗な薔薇には棘があるとは言いますが……人を食う薔薇は果たして美しいものなのでしょうか……」
 指先を宙へと向ける。宙に浮かんだ魔法陣から、カラスが一匹飛び出してくる。
「……喰われるとなってしまえば、醜いも美しいも関係なく、唯々恐怖の対象として映るだけなのでしょうけど」
 カラスが飛び上がる。茨が素早く伸びて、鞭のように襲い掛かる。カラスはふわりと上空へ舞い上がって躱した。しかし茨の先から次々に生えた薔薇の実が弾け、放たれた小さな種がカラスの翼にぶち当たった。カラスは地面へ真っ逆さま、そのまま茨に絡め取られて呑み込まれる。咄嗟に五感の共有を断ったが、最後に視た茨に包まれていく瞬間に、思わずクローネは震え上がる。
「コレ、割と逃げ場無さそうっスね……私たちまでああならないように気を付けないと……」
 人喰いバラも戦闘態勢へ入ったのか、茨を幾本も伸ばす。草原が次々に罅割れ、そこからも茨が生えてきた。獲物を探す蛇のように蠢く茨を見上げて、ポムグラニット(p3p007218)はぽつりと尋ねた。
「ねぇ あなたは ほんとうに ばら なの?」
 彼女の髪にも茨が混じり、深紅の薔薇が咲いている。その掌に薔薇の形をした結晶を載せて、彼女はそっと首を傾げた。同じ薔薇から生まれた者同士、彼女は化け薔薇に尋ねる。
「どうして ひとを たべてしまうの?」
 薔薇の水晶に魔力を込めて、化け薔薇の意志と己の意志を結んでいく。微かに伝わってきたのは餓えだ。ただでさえ養分に乏しい大地に根付いた薔薇は、今も養分を求めていた。
「そうね ばらがさくには たいへんだもの さむいし おみずもないし」
 鋭く振り抜かれた茨の鞭にその身を打たれる。ポムグラニットは咄嗟に距離を置き直し、薔薇の水晶を掲げた。
「ごめんなさい わたしは たべられるわけにいかないの」
 水晶から放たれた輝きは、茨を一本焼き切った。しかし茨を一本切ると、今度は二本の茨が生えてくる。茨の先にはみるみる深紅の花が咲き乱れ、威嚇するように花びらがてらてらと輝く。どの花も、鮮血のように輝きを放っていた。
「……薔薇は別に嫌いじゃねえが、人の血を啜って咲く血染めの薔薇ってのは、これまた趣味が悪ぃな」
 混沌入り乱れるこの世界で発生するモノは、植物に至るまで物騒だ。一人でそんな事を思いながら、シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)は己の影から短剣を生み出し手に取った。何はともあれ、排除対象には違いない。
「お前が花を咲かせる時間は、もう終わりって事だ」
 鋭く言い放つと、薔薇の茂みへと一気に飛び込む。蛇のように蠢く茨に四肢を切り裂かれながらも、彼は構わず短剣で茨を切り落とした。深紅に染まった甘露が溢れ、芳香が辺りに漂う。シュバルツは風上側に回り込むと、スカーフで鼻に口を覆いながら再び刃を振り下ろす。
「人喰い薔薇なんぞに容赦はしねぇ。おら、くたばりやがれ!」
 薔薇が地面に落ち、花びらがはらはらと零れる。遅れて駆け付けた世界は、自ら傷つくのも恐れず戦い続けるシュバルツへとその手を翳し、傷を癒していく。
「高原に咲く唯一の赤い薔薇……なんて言えばちょっとイイ感じに聞こえるが、その本性は食人植物なわけだ。おっかないもんだな」
 今度は左手の指を胸元に突きつけ、己の生命力を引き出して仲間達に加護を与える。
「どれだけの人を喰らって来たかは知らんが、ここらで終わらせるとしよう」
 まるでその言葉に応じるかのように、薔薇の茨が草原を突き破って飛び出す。崖っぷちに立って薔薇の株を狙っていたヴァイスにも、茨が容赦なく襲い掛かってきた。彼女は横っ飛びに茨を躱すが、茨は次々に実を付け、小さな種を次々に放ってきた。ドレスの袖や裾へ穴を開けられたヴァイスは、僅かに笑みを歪める。
「いけない子には、お仕置きをしてあげないといけないわ……枯れなさい?」
 ヴァイスは咄嗟に右手を茨へ翳し、幽鬼の幻影を放つ。幻影は鎌を振り抜き、襲い掛かる茨を切り落とした。傷口からは深紅の蜜が溢れ、蛇のように茨がのたうち回る。辺りに漂う香りを敏感に察知し、カナタは思わず顔を顰める。
「俺の鼻にとったら、この匂いはかなりどギツいもんだな……」
 少し香りを感じただけで、胸の奥がかき乱されそうになった。このままでは誘惑される。彼方は鼻面に皺を寄せると、感情を深く閉ざしていく。静かに牙を剥き出し、爪を立てて足音忍ばせ彼は一気に敵へと間合いを詰めていった。
「きれいなバラには棘がある。俺の地方ではそんな話が有名ではあるが……人狼ですら人を喰わんというのに、悪食な奴め」
 彼が人を喰わないだけではあるのだが。カナタは茨の隙間に飛び込み、太い株へと爪の一撃を加える。深紅の蜜が溢れ、カナタは香りから逃れるように素早く飛び退く。
「植物の考える事はわからんな……」

●根本を断て
 イレギュラーズが束になって火力を叩き込んでも、何人もの命を呑み込んできた人喰い薔薇はしぶとく耐え続けていた。茨の鞭を振り回し、種の弾丸を飛ばして、手当たり次第に彼らを傷つけていく。
「随分とオイタが過ぎるわね、薔薇さん」
 茨の鞭を右へ左へ飛び回って躱すものの、鋭く種弾丸の雨霰に撃ち抜かれ、思わずヴァイスは膝をついてしまう。彼女を取り込もうと鞭が襲い掛かるが、どこからともなく現れた糸が、ヴァイスを無理矢理立ち上がらせる。赤い方の瞳を爛々と輝かせ、両腕を広げる。
「あまり暴れると優しく殺してあげられないの。大人しくして頂戴?」
 彼女の身体から次々這い出した茨が、人喰い薔薇の鞭と次々に絡まり合い、棘の先から毒を流し込んでいく。その脇から飛び込んだカナタは、再び狼に一撃を叩き込む。しかし薔薇も種の弾丸を彼の脇腹へと叩き込んだ。彼は吹っ飛び、地面に転がる。シュバルツが咄嗟に飛び出し、カナタに魔力を流し込んでその傷を埋めていく。
「おいおい、大丈夫か?」
「問題ない。……が、中々戦況が優勢に傾かないな。やはり性に合わない事はするべきではないか」
 カナタは外套の裾を翻すと、地に伏せて地面へ爪を立てる。
「一撃で削り取る。支援を頼めるか」
「……しゃあねえな」
 シュバルツは鮮血で編み上げた刃を構え、襲い掛かる茨を次から次へ切り落としていく。あまりに早いその動きは、人間業とも思えない。彼は一際太い茨を切り落とし、背後のカナタに向かって叫んだ。
「おら、空けたぞ!」
「助かる」
 カナタは低姿勢で一気に飛び出す。シュバルツの切り開いた隙間目掛けて飛び込み、カナタは薔薇の株の根元を切り裂く。深紅の蜜が大量に溢れ、カナタの身に降りかかった。
「うわっ、……ちょっと気色が悪いな、これは……」
 見るからに深手を負った人喰い薔薇だったが、なおもしぶとかった。カナタが刻んだ傷口を蜜で固め、なおも力強く茨を振り回す。踊るように跳び回って躱し、クローネは魔力の塊を目の前に捧げる。彼女の魂から弾丸を削り出し、薔薇の株へと叩き込んだ。
「……最初はじわじわと腐らせて、最後には軽く捻れば手折れるように……」
 薔薇は茨を繰り出し、網の目状に組み合わせて弾丸を受け止める。その隙にリナリナが上空から突っ込み、茨の網をバッサリと切り落としていく。
「リナリナ知ってる! 肉食系あまりウマくない! ましてやコイツ、植物! 野菜でもない! きっとマズイ。たぶんマズイ……」
 ぶつぶつ呟いていたリナリナだったが、ふと別の考えに思い至る。これほど甘ったるい蜜で満たされた薔薇、実は美味しいのかもしれない。これを食べ損なえば、一生の不覚になる、と。
「るら~!」
 彼女は叫ぶと、いきなり薔薇の花びらへと噛り付いた。口に広がる強烈な甘み。砂糖をそのまま齧ったような味。脳髄を突き抜ける刺激に、思わずリナリナは身震いした。
「マズゥ~、ぺっぺっ」
 リナリナはどこからともなく取り出した骨付き肉に噛り付く。香ばしい肉の油で口直しだ。
「うな~! リナリナ騙したな! 何だか怒ったゾッ!」
 逆切れしたリナリナは、再び剣を構えて突っ込む。
「るら~! ヒトクイバラ、アウト!」
 仲間が傷をつける度に、薔薇の芳香が辺りを満たしていく。今まで抵抗を続けていたユーリエも、とうとう耐え切れずにふらふらと崩れ落ちる。
「んん……これは、ちょっと……」
「風の流れが良くないな……」
 世界は天を仰いで口笛を吹く。風の精霊がどこからともなく漂い、山から激しい風を吹き下ろす。高原に漂う薫香を、一気に押し流していく。彼は素早くユーリエへ駆け寄り、彼女の身体に掌を翳し、その傷を癒していく。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか」
 ユーリエは何とか立ち上がると、右手の鎖を一気に引き延ばす。鎖の色が赤黒く染まり、鎖を握りしめる左手からも血が滲む。
「これ以上、好きにはさせません!」
 鎖を鋭く振り回し、蜜で埋め合わされた株の傷口を絞め上げる。薔薇は見る間に苦しみ、手当たり次第に鞭を振り回した。同じ薔薇であるポムグラニットをも容赦なく打ち据えるが、彼女は平然と立ち尽くす。深手を負っていたが、痛みがなければ怖気を感じる事も無い。彼女は混沌に身を浸して己を癒し、水晶を薔薇へ掲げる。
「かわいそうに おみずじゃ たりなかったのね」
 魔力が溢れ、一条の光となって薔薇の株を貫く。大きな穴を開けられた株は、やがて真っ二つに折れた。
「でもだいじょうぶ これでもう こまることもないわ」
 切り株から突如血が溢れる。薔薇の薫香を包み隠し、血の鉄臭さが辺りを覆い尽くしていく。見る間に萎びていく薔薇の怪物を見下ろして、ヴァイスは乾いた笑みを顔に張り付け尋ねる。
「……なんで貴方、人なんて食べてたのかしら。なんて、倒した後の貴方は応えてくれないのかもしれないのだけれどね」
 花びら一枚一枚が縮れ、はらはらと草原に散っていく。血の海のようになった草原に沈んでいく枯れた茨を、イレギュラーズはじっと見つめていた。

●After Mission
 散らばった蘇芳色の花びら、茶色く萎びた茨。穴だらけになった草原。戦いの果てに、高原はすっかり荒れ放題となっていた。ユーリエは鎖を伸ばすと、茨を手頃な長さに折って束ねていく。切り口からジワリと溢れる血の蜜からは、蠱惑的な香りが今も漂っている。
「ふむ……」
 ユーリエは首を傾げる。アイテムギルドのマスターとして常日頃積み重ねている化学の知識を総動員して香りの正体やその背景を想像したが、一向に思い浮かばない。
「これは、分からない事が分かった、と言うべきでしょうか……」
「どうしたんです……?」
 そこへふらりとクローネがやってくる。その腕の中には、赤いバラの花びらが山ほど抱えられていた。ユーリエは茨を一本手に取った。
「さっき嗅いでも今嗅いでも、やっぱりこの薔薇の芳香に人を幻惑させるような成分は含まれていないようなんです。きっと薔薇が芳香に魔力を乗せていたのですが。どうしてそんな薔薇が、こんな所に咲いたのか。それがさっぱりで」
「そうですねえ。……薔薇の一部を学者に見せるとか……すれば何かわかったりはしませんかね……?」

 一方、カナタは布切れで毛皮を拭っていた。薔薇から溢れた赤い蜜で、すっかり毛皮がべとべとになっている。布に張り付いた蜜を見つめ、彼は匂いを嗅ぐ。
「ふむ……この花、何かに使えないだろうか。香水か、或いは、この蜜で何か菓子でも作るとか……すっかり萎びてしまっているから、あまり量は取れないだろうが……」
 思わず舌なめずりするカナタ。隣でリナリナはブンブン首を振った。
「リナリナはいやだゾ! あまあまでげろげろだゾッ!」
「そうか?」
 カナタはちろりと舌を出し、そっと布に着いた蜜を舐める。蜂蜜を数段甘くしたような味だ。たまらない。髭を揺らしているその顔を、ヴァイスはちらりと覗き込む。
「それは人の血で……いえ。止めておきましょう……」
 ヴァイスは溜め息をついた。

 人喰い薔薇を根っこまで掘り返し、岩肌の上に集めて火をつける。あまりに大荷物で山の麓へ持ち込む事は出来ないし、山の中に残骸を打ち棄ててまた何かおかしな事が起きないとも限らない。こういう時は火にくべて片付けるに限る。漂う甘ったるい匂いに、煙を見上げたシュバルツは顔を顰める。
「まーた、キツイ匂いがしやがるな……」
「まあ、これで無事に事件は解決だろう。ほんの少しの辛抱だ」
 世界は背後を振り返る。激闘を終え、薔薇の抜かれた高原はすっかり荒れ放題になっていた。世界は肩を竦めると、仲間達に尋ねる。
「さて、薔薇を駆除したらしたで、少しばかり物寂しい風景になるな……どうだ? 無理を承知でホントの薔薇をここで育ててみるか? もちろん人を喰わない普通の薔薇だがな」
「いけないわ ここはさむすぎるし つちがまずしすぎるから ばらがくるしむだけ」
 薔薇の精霊は首を振る。世界はそんな彼女を見遣り、小さく首を傾げた。
「そうか。……なら、どうしてこの薔薇はここに咲いてたんだろうな」



 かくして、高山の薔薇騒ぎはこれにて幕を下ろした。華やかさこそ失われたものの、イレギュラーズ達の活躍により、平和な山の景色がそこに蘇ったのであった。

 おわり


成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

この度はご参加ありがとうございました。
どうしてこの薔薇こんな所に生えていたんでしょうね。

何はともあれ、またご縁がありましたら宜しくお願いします。

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