シナリオ詳細
<Sandman>眠る命、価値の色は
オープニング
●
ザントマンによる幻想種拉致売買。
其の騒動はローレットの活躍により――其の悪事と顛末、共々に――広く知られるところとなった。
眠りの砂を振りまく謎の男ザントマン。彼の名はオラクル・ベルベーグルス、ラサの古参商人である。
顔が割れては動かずにはおれない。ラサは深緑との絆を守るため、有力者が集う全体合議の場でオラクル一派をあぶりだし、糾弾する事になった。――のだが。
ここでオラクルがカードを切った。すなわち、深緑との同盟関係を破棄し、大々的に侵略を開始しようとラサの商人たちを焚きつけたのである。幻想種を売る事がどれだけの利益を生むのか。其れはこれまでで十分に立証済みである。深緑を売り、幻想種を売れば、どれだけの富が手に入るか。謳うようにオラクルは誘って見せた。
この火種は見事に燃え上がり、オラクルを裁けるはずもない。国主ディルク派とオラクル派に分かれた商人たちはお互いの論を曲げようともせず――オラクル派が一方的に退場する事で、合議は幕を閉じた。
●
「ふははは、オラクルのやつめ! 深緑を侵略するとは大きく出たもんだ、なあ?」
葡萄酒をグラスに注いだ。其の色は血に、己の財を肥やす種によく似ている。武器だとか、人だとか、そういう。
「だが、悪くはない……侵略すれば幻想種は至高の財として出回る事になるだろうなあ。なあ? お前たちも悪くないと思うだろう」
ねっとりとした視線を送る。其の先には壁にならんだ3人の青年の姿。ぐっと黙したその顔は、歪んでいても美しい。
「深緑の……アー、なんといったかなあ。最も美しく、最も支配力の強い幻想種……傍に置いてみたいなあ。或いは幼子でも美しければ良い……美しく育ててみたいなあ……或いは深緑の木々……資材としてよく売れるだろうなあ……夢が広がる! なんという事だ、わしの人生、此処で大盛り上がりではないか!」
「……め」
「んあ? ……今、なんと?」
「外道め……! 人の命を、木々の命をなんだと思っている……!」
「マー。こやつ、自分の立場を判っておらぬ。ほれ、“跪け”? “跪いて顔を床に付けて、わしに忠誠を誓ってみろ”?」
「っ!! こ、この……! ぐっ……!」
細い足が、頼りない膝が徐々に折れていく様は美しい。美しいものが屈服し、わしの言った通り白い頬を床に擦りつけるのは、余りにも美しい。普通の奴隷なら殴り、蹴り、鞭で打って立場を判らせるところだが、この首輪があれば言葉だけで彼らを屈服させられる。
おお、泣いておる。屈辱に濡れる赤い頬。美しいなあ。
「もうすぐお前の親兄弟も、同じ首輪をつけて市場に並ぶんだ。其の時は家族セットでたかぁくして売ってやろうなあ。ああ、地下に兄弟がいたら必ずいうんだぞ? 明日のオークション会場で、揃えて売り出しだ! ははは、ふはははははは!」
●
「これで敵の全容がはっきりした訳だね」
グレモリー・グレモリー(p3n000074)は図を描きながら一連の流れをイレギュラーズに説明し、頷いた。
「本当なら此処でオラクル討伐を御願いしたいんだけど、其れはほかに任せて。君たちには今もなお続いている幻想種売買を阻止して貰いたいんだ。何せ、オラクルの侵略宣言で彼らの一派は意気高揚しているからね」
グレモリーが別の地図を広げる。ラサの首都、ネフェレストと其の付近を描いた地図だ。
「此処に、前々から人身売買を疑われていた商人のお家がある。彼は――勿論、というべきかな。眠りの粉を使って幻想種の売買にも手を出していたらしい。やっとその尻尾を掴んだ。……明日がオークションだというから、ぎりぎりで油断したんだろうね。君たちには囚われている幻想種の救出と、商人の然るべき措置を御願いしたい」
絵筆が丸を描く。オアシスに程近く、首都の喧騒からは少し遠い過ごしやすそうな場所だ。倫理に唾を吐き私腹を肥やして安穏と過ごす商人に、ついに罰の時が訪れるのである。
「幻想種は地下に閉じ込められているみたいだ。……商人はラサ合議での争いを間近で見ている一人だ。勿論ローレットを警戒して護衛を付けている。けれど――護衛も今は“人手不足”みたいでね。そちらは君たちの敵ではないと思う。問題は、何故か商人の傍についている幻想種が確認された事だ」
年のころは20にもならないだろう、若い青年が3人だという。深緑を侵略しよう、という意見に賛同する幻想種など考えられないが――なら、何らかの術か仕掛けが施されていると見るべきだろう。
「……それが、グリムルート。操りの首輪だ。これを付けると本人の意思に関わらず、主人の命令に従わされるらしい。効果がどれくらいなのかは、僕は付けた事がないので判らないけど……出来るなら、彼らも助けてあげたいよね」
商人は彼らを気に入って、合議以降の少ない外出にも連れていたらしい。分が悪くなっても、自害だけは命令しないだろう。庇わせる事くらいはするかも知れないが――
「解放するには首輪を壊すか、彼らの意識を奪うかだ。割と簡単だね。商人自身の処遇は君たちに任せるよ。彼が生きようが死のうが、絵にはならないだろうから。――この燃え上がりは、まるで絵画の連作に似ているよね」
でも、絵画には終わりが来る。筆を置くときが、連作には終わりが、悲劇にも終止符が、訪れるべきなのだ。
もうそろそろ、この“絵の具”も終わりにしないといけないね。
グレモリーはそう言って、くるり、と手に持っていた絵筆を回した。
- <Sandman>眠る命、価値の色は完了
- GM名奇古譚
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年10月11日 22時00分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●Ready
「ぐおあ……!」
暗闇の中、誰かが宙を舞った。
ネフェレスト郊外、とある商人の屋敷前。黒い服を纏った誰かが倒れ伏している。其れが誰かなど、『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887)には興味の一つもない事だった。
「これで全員か」
『イルミナティ』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)が静かに周囲を見回した。男たちの数を数えていた『お節介焼き』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)がうん、と頷く。
「情報通り、弓が10と剣が5なのだわ。あとは地下にいるのと……」
「商人の部屋を護衛している3人、ですね」
『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)が言葉を継ぐ。正確には、其の3という数字は護衛には含まれない。8人は其れを判ってはいたが、頷きあった。
「人命を弄ぶ悪徳商人を成敗する。うんうん、判りやすい物語です。ハッピーエンドもはっきり見えていて、いいですね。良い結末を迎えられると良いと思います」
まるで他人事のように頷く彼女だが、其の体はイレモノに過ぎないのだから仕方ない。彼女が何かを好ましいと思うのは、其の由来や在り方に興味がわいた時だけだ。
「そうさな。物語……或いは餌か」
「……商人は悪い人だと思うけれど。必要以上に痛めつけるつもりなら、私は賛成しないからね?」
『チアフルファイター』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)が不安げにダカタールを見た。商人は法によって――幻想ではなく、ラサ式の法になるとは思うが――裁かれるべきだと、彼女は思うのだ。一番に考えているのは幻想種の身の安全だが、私刑の類を黙ってみていられるほど、彼女は非情にはなれない。
屋敷の扉の強度を確認していたジュリア・クロフォード(p3p007483)がふと振り返った。
「だが許せんものは許せん! 人を商売道具としかみなさぬ商人には、相応の罰を下すべきであろう。其の点はミルヴィ、君も承知のはず」
「……判ってる」
「うむ! しかしまあ、世にはこういう言葉がある。憎まれっ子世に憚る、だ! ならば心配する事はあるまい、そうそう死ぬような奴ではなかろうよ」
「そうね。心配なのは幻想種のみんな……悔しいけど、商品だから大事にされているのを祈るしかないわね」
抜き身の長剣をしろがねに輝かせ、『旋律を知る者』リア・クォーツ(p3p004937)がジュリアに同意する。死ななそうだから何をしてもいい、という訳ではないが――少々痛い目に遭うくらいが、この屋敷の主には相当かと思うのだ。どっちみち、ラサと深緑に堂々と反旗を翻したオラクルについていった時点で、老い先はそう長くなかったのだから。
「まあまあ、商人の処遇はとっつかまえてから決めるとして――班分けは覚えているかしら?」
「はい! メイは覚えているです! メイは2階なのです!」
華蓮のとりなし兼確認に、『羊飼い』メイ=ルゥ(p3p007582)が元気よく手を挙げる。其の通り、と華蓮が頭をなでると、嬉しそうにメイは笑った。幼子の笑みはどんな状況でも空気を和らげる。
入り口の敵を掃討した後、イレギュラーズは2手に分かれて行動する事になっている。2階で商人と其の護衛を相手取るA班。地下におりて囚われた幻想種たちを救出するB班だ。A班はメイ、ダカタール、ラルフ、リア、ジュリア。B班は四音、華蓮、ミルヴィ。制圧に重きを置いた班編成となっている。
本来なら入り口の護衛を使って牢屋への道を開こうとしていたが、全員倒してしまったので――ミルヴィは代替案を考えながら、手頃な護衛の身ぐるみをはぐ。そんな彼女に、ラルフがずい、と手を差し出した。
「これを」
「ん? ……これは……飴?」
「舐めると良い。“こんなこともあろうかと”、という奴だ。良い事が起きるぞ」
にやり、とラルフが笑う。毒じゃないわよね、とミルヴィの口端がひきつった。
●Side:B
「おねんねの子守りも飽きて来たな」
商人屋敷の地下にある奴隷用の牢。“商品”が目を覚まさないのをもう何度目か目視で確認した護衛の男は、溜息交じりに呟いた。そういうなよ、と笑いながら、同じく剣を腰に差した男が答える。
「ただ突っ立ってるだけでオイシイお礼が貰えるんだ、こんな仕事はそうそうないぜ。これから増えるかもしれねえしな、今のうちに顔を上のお方に売っといた方がいいかもしれねえ」
「……それもそうだな。奴隷の子守りってのは今まで大変だったからな……やれ傷はつけるな、やれ切るなら足だけにしろだとか」
「ははは、お互いワルだな……ん? 足音だ」
どたどた、と上階を走る音がする。俺がいく、と笑っていた護衛が言い、階段を上がっていった。
「おい! 大変だ!」
「なんだ、どうした? ラサ側からの襲撃か?」
「ローレットだ! やつら動きやがった! 商品を取り戻しに来たんだ!」
見慣れた黒装束を土で汚した影がいた。男が問うと、“低い声で”慌てたように報告する。
「クソ、あいつらか……! どっちが依頼したかしらねえが、商品を護衛する仲間じゃねえんだな?」
「そんなわけな……ねえだろ! 商品は無事か!?」
「ああ、無事だぜ。入り口の仲間はどうなった?」
ローレットが来たとなれば、扉を破られるのは時間の問題だろう。籠城した方がやりやすいと判断した男は、先立って牢屋へと降りる。なんの変哲もない部屋のドアを開き、棚をずらせば地下への階段がある。
「仲間はやられた。俺だけが報告に逃げてきて……」
「そうか。此処は仕掛けさえ閉めりゃあ見付かることはねえ。明かりをつけるから扉を、」
「そう。道案内ありがとう」
“低い声が”、落ち着いた口調でそう言った。その言葉遣いに違和感を感じて振り返った男は――踊るような蹴撃を体に受けてよろけ、階段を転がり落ちた。
「!? なんだ!?」
「おい、大丈夫か!」
他の護衛が其れに気付き、駆け寄って来る。階段の上、蹴りを仕掛けた男が顔の布をぐっと下げると、美しい女の顔が現れた。
「ご案内ありがとう、お兄さん! もう用済みだから、大人しく気絶してて良いのよ!」
「てめえ……! 謀ったか! ローレットの奴らか!?」
「見事な展開です。拍手を送りたいですね」
「貴方たち! 大人しく降伏しなさい! 私たちが来たからには、売買なんて許さないのだわ!」
女――ミルヴィの後ろから、四音と華蓮が階段を下りてくる。男たちはしゅらりと剣を抜き、陣形もばらばらながらに戦闘準備をした。どうやら大人しく降伏はしてくれないらしい。
「随分と男らしい声じゃねえか……!」
「フシギなアメをもらったおかげでね。貴方、仲間の声くらいちゃんと覚えておいたら?」
「人身売買は良くない事です。皆さん判っていますよね。改心する気はありませんか?」
「ああ? お嬢ちゃんにはまだ早ェ世界だよ、お家に帰ンな!」
「女3人だからってバカにしないで。貴方たちのお友達よりは強いのだわ?」
「ああん!? もういい、やっちまうぞ!」
其れは華蓮の煽りに怒ったのか、ミルヴィの眼差しに囚われた故に怒りが燃えたのか、其れは定かではない。
しかし彼は怒りに任せて剣を振るい――華蓮によって戦力強化されたミルヴィの洗礼を受けた。首筋に綺麗に蹴りが入り、吹っ飛ぶ護衛。
「見事に入りましたね。あれはしばらく動けなさそうです」
親切に解説を入れる四音は回復役、そして華蓮は強化役と――
「おい! 子どもを人質に取れ!」
「させないのだわ!! 絶対に、誰にも触らせない!」
華蓮は敵中を駆け抜けると、男たちと牢の間に割り入って盾となった。自分がこうしている間、敵はうかつに動けないはず。
其の間に。と、華蓮はミルヴィに視線を向けた。傷付いても大丈夫ですよ、と四音が声をかけ――ミルヴィが再び、中空に踊った。
●Side:A
おい、と低い声がロビーに響き渡り、2人分、そして其の後を付いていく2人分、計4人の足音が消えたのを確認してから、2階制圧班は商人屋敷に踏み入った。目的地は判っているが、自然と足取りは早くなる。
「おい、あの低い声はなんだ?」
「渡した飴の効果だな。我ながらなかなかどうして、効き目の強い」
不思議そうにジュリアが問うと、笑いながらラルフが答えた。
「向こうは巧くやるだろう。此方も巧くやらねばな」
「です! メイは頑張るのです! 妖精種さんを助けるのですよ!」
「助ける……ねえ」
2階へ続く階段を上がったイレギュラーズを待っていたのは、苦し気に顔をゆがめた妖精種3人と、其の後ろに立つ商人だった。ほう、とダカタールが片眉を挙げる。
「これはこれは……部屋で眠りに就かなくて良いのかね?」
「無粋な客のおかげで目が覚めてしまってな。見たところわしに賛同し、協力してくれる風ではないようだ。ローレットの手のものかね」
「私はジュリア! 貴様にゼシュテルの鉄槌を下すために来た!」
「ゼシュテル……野蛮だが武器の質は良い。まあ、今では2番手の商品だ」
「く……逃げてくれ! 今の僕たちは自分の体がままならない!」
「どうせだ、殺してくれ……! このままこいつのいう事を聞くだけの奴隷になるくらいなら!」
妖精種の青年たちが叫ぶ。逃げてくれ、さもなくば殺してくれと。
だが、其の要求を呑むことは出来なかった。だって皆、彼らを助けに来たのだから。
「マー。首輪(コイツ)の性能を確かめる良い機会だと思おう。よし、では“目の前の奴らをやってしまえ”」
二重顎を撫でながら、商人が命じると――青年達はぎこちなく前に出た。
「くそっ……! とまれ! とまれ!」
「頼む! 殺してくれ……!」
「ああ、喋らなくていい」
ダカタールが片手を挙げ、幻想種たちを制した。
「其れより、歯を食いしばりたまえ。痛くて堪らないだろうからね。其れで舌でも噛まれたら、寝覚めが悪い」
「絶対、絶対、メイ達がお助けします! だから、少しだけ我慢してください!」
「そう、ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」
リアが微笑む。其れはまるで聖母のようで――彼女らしくはないけれど、其の言葉は確かに、妖精種たちの救いになった。
ダカタールが施した怒りの呪詛が、青年たちの一人に撃ち込まれる。神秘を打ち込もうとしていた彼は怒りに理性すらも忘れ、呪詛を施した男へと接近戦を挑んだ。
「えっと、えっと、メイは攻撃するですよ! ちょっと痛いかもしれないのですよ、我慢してほしいのですよ!」
駆け出したメイのいた場所を、見えざる攻撃が穿つ。ひえっ、と声を上げながら、幼いイレギュラーズは其れでも勇気をもって走り、其の速力を攻撃力に変えて青年を翻弄する。
ジュリアは戦況を見て、構えている残りの一人に視線をやった。
「巧い具合に分断できそうだな! ははは、という事は君は私の相手という訳だ! 運が良かったか悪かったか、あとで皆で相談してみるといい!」
「いや……僕たちはきっと、運がいい! だって君たちが助けに来てくれたから!」
ジュリアもまた、容赦なく青年に肉薄する。神秘攻撃特有の“間合いの隙”を狙って、イレギュラーズは一斉に接近戦を挑んだ。鈍重で、しかし高威力。――逆か。高威力故に鈍重な一撃が、青年の体を捉えた。かは、と意図せず外に出る息。だが青年は倒れられない。前に行くことも、後ろに行くことも出来ない。だって後ろには商人がいて、彼はこう言ったのだ。“生きてる間はわしの前にいろ”と。
「頼む……! 首輪さえ、首輪さえ外れれば……!」
「生憎、器用な技は私の担当ではない! が、努力はしよう! その前に死んでくれるなよ!」
「ぐぬ……」
商人は護衛とイレギュラーズが交戦に入ったのを見て、内心舌を噛む思いだった。明日だったら……明日の朝には此処を出て、オークションを開く予定だったのだ。明日の夜だったら、彼らはもぬけの殻になったこの屋敷に立ち尽くしている筈だったのだ。
「おのれ、何処から情報が漏れたのだ……」
「さあ、どこだろうな」
「ひっ!?」
冷徹な声は直ぐ傍から聞こえた。ダカタールではない。ジュリアでもない。メイでも、リアでもない。
「おっと、逃げるな」
思わず後ろに下がった商人の足を、何かが鋭く撃ちぬく。感じた事のない鋭く強い痛みに、ひぎゃあ、とヒキガエルのような悲鳴が上がった。
ラルフは静かに銃を構え、商人を見下ろしていた。妖精種たちの相手をしているのは4人。すり抜けるのは容易だ。
「腸が煮えくり返る思いだよ」
太腿に一発。
「これまで何人の奴隷を流してきた?」
ふくらはぎに一発。
「ルートと首輪の入手先を残さず吐いて貰うぞ。其の良く回る舌でな」
もう片足の太腿に一発。
痛い。痛い。痛い。逃げたい、逃げられない、妖精種たちは戦っていて役に立たない!!
「おいおい。私が食べる分を残しておいてくれよ」
「頭は残るさ、少なくとも」
こいつらは何を言っているんだ。余りにも恐ろしくて、内容が頭に入ってこない。食べる分? 何を? 何を食べると?
「えいっ! 1人倒れたのです! 気絶してるのです!」
幼子がいるんだぞ? 目の前で銃を撃つのか? 撃ったのか? 妖精種はどうなっている? 命令を、わしを庇うように命令を出さなければ――
「細っこい体にしては頑張ったな! あとは首輪の処理だけだ、安心して眠れ、若人!」
――。
「……」
何も、考えられない。怖い。どうして。部屋の中にいれば良かった。あいつらを囮にして逃げていれば? 判らない。何も、考えられない――
「待って!!」
若い女2人が、ラルフと商人の間に割って入った。
ミルヴィと華蓮だった。
●商人の未来
「待って、……待って欲しいのだわ」
「……。下はどうなった?」
「護衛は全員倒した! 妖精種の子たちは全員寝ていて、苦しんでいる様子はなかったわ……其れより! こんな事をしたら駄目!」
ラルフは銃口を動かさない。放心した商人を押さえつけるような姿勢のメルヴィと、其れを庇うように立つ華蓮。やがて、ゆっくりと後ろから四音が歩いて来る。
「銃声が聞こえたので、慌てて上がってきました。成程、これも興味深い展開ですね」
「殺しては駄目。私刑のような真似は、私が許さない」
「何故だ?」
「殺す事じゃ何も変わらない! こいつはしっかり法で……ラサでもいい、幻想でもいい! とっ捕まえて、何処かに突き出して、償わせなきゃ気が済まないの!」
「……」
「……ラルフさん。殺すのなら私は邪魔はしないけど、……ミルヴィさんの言葉に賛成よ。今の情勢でこいつを殺すのは、救う事と同義になるわ。世界は確実に、オラクル派をつぶしにかかっているんだから」
リアが言う。其れでもラルフが殺すというのなら、目を逸らすまいと凛として。
「正義とか、救いとか、そういう難しい事は私には判らないのだわ」
華蓮が言った。其の表情はラルフの視線と銃口で強張っている。
「でも、優先すべき事を間違えてはいけない。私たちは、妖精種を助けに来たのよね?」
「……。……。……。」
ラルフが銃口を下ろし、歩む。華蓮とすれ違い――……ミルヴィの頭を一撫でした。
「……ラルフさん」
「おやおや、食事の時間だと楽しみにしていたのに」
「悪いな。食わせるものはこの屋敷にはないようだ」
ダカタールが残念、と肩をすくめるのと同時に、ばきん、と音がした。
「――やったのです!」
「おお! これは割れるのか……軟弱だが、僥倖!」
それは、メイがグリムルートを叩き割った音。彼女には、商人の痛ましい姿を直視する勇気はなかった。だからずっと、ジュリアと一緒になってグリムルートを壊す事に専念していたのだ。
幼子のひたむきさに心を打たれる程、やわい人生を送ってきた訳ではない。だがラルフは、愛用の銃を仕舞った。
「……任務は完了だな。あとは地下の妖精種を解放するだけだ」
「いい物語でした。ハッピーエンドですね」
ぱちぱち、と四音が拍手する。ミルヴィは商人を担ぐのを手伝って欲しい、とラルフに言った。其処には既に、向かい合った時の緊張感はなかった。
大局はまだ判らない。
ハッピーエンドか、そうではないのか。
だが、少なくともこの屋敷では――誰も死なないという素敵なハッピーエンドが紡がれた筈だ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
遅くなりました、ごめんなさい!
お疲れ様でした。
妖精種救出作戦は無事成功となります。
皆さんのプレイング、楽しく読ませて頂きました。巧く反映出来ているかは判りませんが……人の気持ちのすれ違いとぶつかり合いを書くのは大変楽しかったです。
MVPはミルヴィさんにお送りします。
さて、馬脚を現したオラクル一派ですが――これからどうなるのでしょうね?
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。
人身売買許すまじ。さあさあ成敗の時間!
●目標
幻想種を助け出せ
●立地
ネフェレスト近郊、商人屋敷(2階建て、地下あり)
オアシスが傍にある商人の屋敷です。
翌日にオークションを控えている事もあり、それなりの警備がついています。入り口は一つしかなく、弓を持った護衛が10人、剣を持った護衛が5人控えています。
屋敷に入るとまず、大広間があり、2階の最も奥まった部屋に商人がいます。
問題は部屋の前で商人を護衛している「グリムルートを付けられた幻想種の青年たち」でしょう。彼らは己の意思に関わらず主人の命令に従って攻撃してきます。
(本来はザントマンの意思をアンテナする道具ですが、今のところ「商人の指示に従え」とプログラムされているようです)
商人自身に戦闘能力はありませんが、これまでも奴隷売買を行ってきた悪逆非道の徒ですから、殺した方が世のため人のためかもしれません。
地下には幼い幻想種たち十数人が眠らされています。
次の日のオークションで目玉商品として売り出される手筈になっており、傷などは負っていません。眠っているのでグリムルートも嵌められていません。
剣を持った護衛が4人ついています。傭兵並みの強さです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●エネミー
剣護衛(近距離)x9(入り口に5、地下牢に4)
弓護衛(遠距離)x10
幻想種(神秘による範囲攻撃)x3
護衛の強さは傭兵並みですが、幻想種は意図せず全力で商人の為に戦うでしょう。
グリムルート自体は通常の攻撃1回くらいでは壊れない硬度を誇ります。幻想種が意識を失うかグリムルートが壊れるまで彼らは戦わされる事になります。
●
アドリブが多くなる傾向にあります。
NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
では、いってらっしゃい。
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