シナリオ詳細
Thanatophobia
オープニング
●狂気の一匹狼
『幻想』のどこかにある、深い森。そこは知恵を以て森を守る、銀狼の群れが暮らしていた。人間が家畜の豚を森で肥え太らせたり、狩りによって鹿や鴨の肉を手に入れる事を認める一方、家や畑を得るために森を切り拓こうとすることには断固として抵抗した。人間と銀狼、二者の微妙な均衡によって、この森は静謐を保っているのである。
しかし、そんな森と村に、許されざる闖入者が出現した。瘴気を纏った黒い大狼。その眼を血走らせ、目に付いた生き物に向かって手当たり次第に襲い掛かった。鹿や鳥が抵抗する暇など無い。ただ腹を満たしたいという様子ではない。ただ目に付いた動物が逃げるか死ぬまで傷つけ、己から遠ざけようとしていた。
(これは……)
銀狼の長は、下草の陰に潜み、黒狼の蛮行を見つめていた。首筋や腹を噛まれて這う這うの体で何とか逃げ出す獣もいれば、致命傷を受けて倒れ、ひたすら肉を貪られているような獣もいた。
(旅立つ事に尻込みしたか……愚かな同胞よ)
長は唸ると、背後に歩み寄った妻の狼へ目配せする。
(逃げよ。かの者は“死の恐怖”に脅かされている。直ちに森を離れよ。ローレットのギルドへ行けば、我々の言葉が通じる者もいるはずだ。直ちに救援を求めるのだ)
(お前さまは)
狼の長は牙を剥き出し、爪を土に喰い込ませた。黒狼は涎を垂らしながら、ぎらぎらと輝く眼で周囲を見渡している。
(……奴と戦い、時間稼ぎをする。それが、この森を守り、恵みを享受する者としての務めだ)
言うなり、長は黒狼の前へと飛び出した。その姿を見るなり、黒狼は長へ飛び掛かろうとする。その頭上を跳び越えて躱すと、下草の中へ外へと飛び移り、黒狼の注意を引き続けた。
黒狼は遠吠えする。彼方まで響き渡る声が、下草をざわざわと揺らす。長はじっと身を伏せて、その声を黙ってやり過ごしていた。
●狼を討て
森の中に暮らしている筈の銀狼がいきなり群れで市壁の前に現れた時、人々の間にざわめきが広がった。彼らが現れるのは良くない事が起きる、起きている証だと考える者も少なくないのだ。ローレットのギルドは彼らと意思疎通できる者を送り出し、彼らから話を聞き出した。間もなく付近の領主からも報告が舞い込み、ようやく黒狼討伐の任務が組まれることになったのである。
ユリーカ・ユリカ(p3n000003)はじっと小さな円卓に集まった君達を見渡す。隣には美しい雌の銀狼が行儀正しくお座りしていた。
「今回の任務は、近頃流行していた奇病の根源らしき狼の討伐なのです。依頼主は銀狼さんとその地域を治める領主さんの両方……といったところでしょうか?」
ユリーカがちらりと狼を見遣ると、それはこくりと頷く。
「現れた狼は、病が重くなったりや寿命が近づいた時に、それを受け入れられなかった銀狼が混沌に囚われてしまった結果として発生したものだそうです。この狼さんの話だと、傷ついて死が近づけば近づくほど力が強まっていくそうなので、どうか最後まで油断することなく戦いきってほしいのです」
「森までの道はこの狼さんが案内してくださるそうなのです。では、ご武運を祈るのですよ」
- Thanatophobia完了
- GM名影絵 企鵝
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年08月23日 22時40分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●孤独な狼
何処からともなく2つの咆哮が轟く森の中。庚(p3p007370)は光る毛皮を揺らめかせながらその手を宙へ差し出す。どこからともなく小鳥が飛び出し、カノエの指先に留まった。
「黒い狼の姿、探ってカノエにお伝え願えますか?」
小鳥はピチクリ鳴くと、再び森の中へと飛び立った。カノエは仲間達に振り返ると、小さく会釈してみせた。
「さあ参りましょう。どうにもここは薄暗くて足下も覚束ない。少し開けたところに誘導するのが良いやもしれませんね」
「ああ。手分けして見繕っておこう」
ウェール=ナイトボート(p3p000561)は太陽と月の刻印が刻まれたアクセサリーを首から下げつつ、その耳をピンと立てる。森の中で反響する咆哮。
「死を受け入れられなかった者のなれの果て……か」
知恵があろうとなかろうと、誰もが死を恐れるもの。ウェール自身、大切な息子に会えぬまま死ぬというのなら、これほどに恐ろしい事は無かった。
「……黒狼が恐れたのは死なのか。群れや番は居なかったのか。それとも手に掛けてしまったか……」
「どっちにしろ、とっとと見つけないとな。救援要請からかなり時間が経ってる。こらえてる銀狼にしたって大分消耗してるはずだしな」
暗視ゴーグルを掛けたジェイク・太刀川(p3p001103)は、狼と共に生きて磨き上げられたその鋭い感覚を研ぎ澄ませた。小さな銀色がちらつく。彼は隊の先頭に躍り出て、一足飛びに森を駆け抜ける。そのうちに、喚きながらその爪で木々さえ薙ぎ倒す黒狼と、その攻撃を右に左に飛んで往なす銀狼の姿が見えてきた。
2体の獣の果し合いは、まるで人間の剣舞を見ているかのようだ。ジェイクは半ば感心したように呟く。
「銀狼の防衛本能が黒狼にするってわけか。生への執着は大したもんだ。やっぱ狼はすげえよ」
拳銃を引き抜くと、彼は真っ直ぐ銃を構えた。イレギュラーズも銘々武器を構え、木陰に構える。それを見届けたジェイクは引き金に指を掛ける。
「だが、今んところ銀狼と人間は共存関係にあるんだ。ここでその均衡を潰すわけにはいかねえ。同じ狼のよしみとして、速やかに終わらせてやる」
人間の気配を察した黒狼が振り返る。その瞬間にジェイクは引き金を引いた。白熱した弾丸が、狼の片耳を撃ち抜く。どす黒い血が溢れ、狼は一瞬怯んだ。銀狼もはっとして振り返る。
「しばらく後ろで休んでろ。一斉攻撃の合図を出したら、一緒にこいつを討つぞ」
彼の言葉と共に、ティスル ティル(p3p006151)が藪の中から飛び出し、流体金属を手甲に変えてその右手に纏わせた。
「私だって死ぬの怖いし、分かるよ。死ぬとか寿命とか、そういうのを受け入れられないのって。……だからって周りに当たり散らしていい訳じゃないけどね!」
ティスルは拳を振り抜く。鋼に魔力を纏わせた一撃で、狼の脇腹を思い切り殴りつける。飛び退いて勢いを殺した狼は、その身に纏う瘴気を一気に撒き散らし、影へ身を潜めようとする。
「逃げたって無駄だから!」
彼女は素早く一歩踏み込み飛び上がる。全身で風を切りながら、稲妻纏う足で瘴気の塊を蹴りつけた。しかし手応えは無い。黒狼は既に草木の陰をすり抜けていた。その姿は陰に紛れ、不意に黎明院・ゼフィラ(p3p002101)の背後から襲い掛かった。義手に展開した盾で受け止めると、そのまま狼の後足目掛けてその盾を振り抜いた。狼は身体を捻るが、バランスを崩してその場に墜落した。
「これが件の病気の感染源か……」
ゼフィラの脳裏に過ぎるは、大混乱に陥った小都市の一件。街を行く誰もが恐怖に包まれていた。
「感染した者がどういう状態になるかは別の街で見てきたが、死を受け入れなかった結果、周りの全てが恐怖の対象になるとは皮肉な話だ」
起き上がった狼は、ゼフィラに体当たりをかまして突き飛ばし、そのまま一気に駆け抜ける。剥き出しの牙は黒い唾液を纏い、いかにも毒々しい様相だ。久住・舞花(p3p005056)は太刀を鞘へ納めたまま飛び出し、黒狼の目の前で一気に抜き放つ。鞘走りが竜の嘶きのように響き渡り、抜き放たれた刃は鎌鼬を生み出す。そのまま鎌鼬は黒狼へと鋭く襲い掛かった。肩口の毛皮がぱっと裂け、黒い血がだらりと溢れ出す。
「銀狼……普通の狼とそっくりな姿をしてはいるけれど、これは、人からは神だとか神の使いだとか呼ばれるような力と知恵を持つ似て非なる種族かしらね」
狼は吼えると、爪を振るって舞花に切り返す。刃の腹でどうにか爪の直撃を避け、彼女は飛び退いて地面を転がる。間合いを取り直して見つめると、変わり果てたと言えど、ギルドにやってきた銀狼に姿形はそっくりだ。ひたすら血走った目で威嚇してくるそれは、まさしく死に損ないと表現するに相応しい。
「もっぱら祟り神……というところかしら」
「ふむ……つまるところ、銀狼とは精神生命体的な性質があるのかね?」
ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)は銀狼と黒狼を見比べながら呟く。どこからともなく取り出した小型ランタンで、澄んだ金色の瞳と爛々とする紅の瞳を見比べる。眼を剥いた黒狼は、ラルフに向かって前足を次々に振り下ろした。左手の義手で受けてその一撃をやり過ごしながら、右手の銃を眉間に突きつける。毒に塗れた銃弾を叩き込んでやると、黒狼は喚いて血の溢れた眉間を押さえた。
「混沌の影響で身体にこれほどの変化をもたらすとは。一度その身体の仕組みを調べたいものだ」
「そうだ。だから今は、我々に任せて休んでいるといい」
ゼフィラも銀狼へ振り返る。背後の木陰を指差し、ついでに顎でしゃくった。
「……意思疎通が出来る狼というのも興味深い。あとで話を聞かせてほしいな」
その為にも倒れられては困る。狼への気遣いを装いつつも、その口元の笑みを隠せない。
「いやぁ、今から楽しみだよ。是非とも色々ご教授願いたい……おっと、そんなに引かないで欲しいのだが」
銀狼は言われるや否や草陰の中へ身を潜めようとする。苦笑するゼフィラに、ラルフはそっと目配せした。
「退けと言われたから退いただけではないか?」
「ああ、そうか」
黒狼は引き下がる同胞に目を遣ると、甲高く叫びながら襲い掛かった。ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は素早く飛び出し、バイオリンを弾き鳴らして精霊を喚び出す。その息吹を受けながら黒狼の爪牙を何とか躱すと、その胸元へ掌底を叩き込む。精霊の力を乗せた一撃は、狼を宙へいとも簡単に舞い上げる。地面に着地し唸る黒狼。見つめてジルーシャは小さく溜め息をつく。
「ごめんなさいね。あともう少しの辛抱だから、我慢して」
彼が訴えても、その言葉は黒狼には届いていなかった。
●妄執の果て
黒狼が咆哮する。その眼は深紅に輝いて暗闇の中に歪な像を残し、全身から湧き立つ黒い瘴気が狼の全身を包み込む。ジルーシャは“リドル”に狼を襲わせるが、纏う瘴気に触れた瞬間、狼は飛び退き妖精の牙を躱してしまった。下草を枯らす黒い唾液をだらだら流して、黒狼は唸っている。
(……アタシはこれまで、たくさんのおかしくなってしまった動物たちに出会って、戦って、送ってきた)
狼は吼えて飛び出す。舞花はその正面へと飛び出すと、太刀を振りかざしてその突進を受け止める。刃を切り返し、彼女は狼の突進を脇へと往なした。狼は飛び退き、唸る。ジルーシャはその姿を目で追った。
(もし悪意のある誰かが、意図的にあの子たちをあんな風にしたのなら、絶対に許さない……なんて、考えていたけれど……あの子も一人ぼっちで、ずっと苦しんでいたのね)
瘴気に紛れながら、草陰に飛び込む瞬間をジルーシャは見逃さない。
(それなら、アタシのすべきことは決まってるわ)
狼へ引導を渡し、その心身を救う事。それがきっと、これまで戦い、送ってきた獣達への本当の弔いにもなる。そうジルーシャは信じて、闇へ向かってバイオリンの音色を奏でた。風の精霊が下草を吹き流し、闇に潜む狼の姿を浚っていく。その風が瘴気を僅かに揺らした瞬間、残光を曳いて黒狼が飛び出した。カノエは咄嗟に飛び退こうとするが、狼の突進が早かった。爪の一撃を受け、そのまま当身を喰らって吹っ飛ばされる。力無く地面に伏したカノエだったが、狐の精霊はタダでは起きない。
「カノエに土をつけた以上、貴方も土に塗れて頂きますよ」
混沌の力をその身に満たしながら、カノエは右手を小さく引っ張る。張り巡らせていた金糸の縄が光を放ち、狼の脚を縛り上げた。脚を絡め取られた狼は、態勢を崩して倒れ込む。もがく黒狼の前に、ウェールは静かに歩み寄った。
「死ぬのは怖いよな。俺も仲のいい奴や子供を置いて死ぬのは怖い」
ウェールはその意思を直接黒狼へぶつける。跳ね返ってくるのは、内心まで狂気に染まり切った、言葉にならぬ叫び。金の縄を力任せに引き千切り、狼はウェールへ飛び掛かる。彼は狼の牙を片腕を差し出して受け止め、そっと空いた手を狼へ差し出す。
「お前さんは、群れの仲間や番は覚えているか?」
手で触れ直接意思をぶつけても、狂気の詰まった脳みそには響かない。それでもウェールは訴えた。
「……そいつらの代わりにはなれないが、俺がお前の最期を看取ろう。その身体で生き続けて、最期はひとりぼっちなんて寂しいからな」
狼は全身を振るい、ウェールを太い木の幹に叩きつけた。飛びかける意識。混沌に身を浸して何とか正気を保ち、彼は立ち上がって狼と向かい合う。
「それでも、俺はな……お前の気持ちを肯定してやりたいんだ」
錯乱をますます強めた黒狼は、手近なイレギュラーズに飛び掛かる。ティスルはひらりと背後へ宙返り、直撃を躱して拳を構える。
「何だか、だんだん動きが速くなってきてるような?」
手に纏っていた鋼の形を短剣に変え、鋭く突き出す。黒狼は瘴気の残像だけを残して飛び退き、そのまま爪でティスルに切り返した。ティスルは短剣を振り抜き、何とか爪を弾き返す。
「精神状態に応じて、瀕死であるにも関わらずむしろ身体が強化される……か。この病気にも興味はあるが、詳しい事は後で調べるべきだな」
狼の背後へ回り込んだゼフィラは、その手の銃で後頭部を狙う。しかし狼は振り返り、弾丸を爪で弾いた。
「今はこの哀れな狼に引導を渡してやろう」
呟き、彼女もまた森の闇の中へとその身を潜めた。入れ替わるように舞花が飛び出す。脇に構えていた彼女は、黒狼と擦れ違うように目にも留まらぬ一閃を叩き込む。空を裂く刃は紫電を纏い、狼の肉を灼き斬った。狂乱していた狼も、その痛撃には思わず怯む。
「ここまでやってもまだ倒れないなんてね……」
度重なる攻撃で既に満身創痍。血を吐き地面を汚しながら、狼は呻いた。その身に纏う瘴気が、闇の如くその濃さを増していく。その姿は最早狼よりも妖魔の類だ。今まさに死への恐れと狂気が満ち満ちた。その嗅覚で真っ先に悟ったジェイクは、銃口を黒狼の眉間へ定める。
「流石にこれに暴れられるのはヤバそうだ」
「ここが限度か。ならば一気に畳みかけるとしよう」
ラルフは頭上に拳銃を向けると、空砲を放って合図を送る。イレギュラーズは一斉に得物を構えて黒狼を取り囲んだ。
「ああ、一気に仕留める」
ジェイクが引き金を引くと、大量の銃弾が一気に飛び出す。銃弾は黒狼の纏う瘴気に呑み込まれていく。手応えは無いが、黒狼は僅かに身動ぎした。今にも飛び掛からんとするそれに、ジェイクはしかめっ面で訴えた。
「俺達はお前を倒しに来たんじゃない。お前を楽にしてあげるためにここに来たんだ。もういい、休め」
言いつつ彼は顔を顰める。そんなセリフは、ただの詭弁だ。僅かな心の動揺に動きの鈍ったジェイクに飛び掛かろうとした黒狼の脇目掛けて、ティスルが一気に飛び出す。
「……さーて、一気に終わらせるよ。それがきっと一番マシなんでしょ?」
宙でその身を捻ると、そのまま右脚を一気に振り抜く。森の空気が爆ぜ散り、稲妻が瘴気を貫いた。血が瘴気の隙間から滴る。狼はくるりと身を捻ると、ティスルへ向き直って飛び掛かった。彼女は咄嗟に身を捻り、紙一重で突進を受け流す。ウェールはその瞬間飛び出し、再び真正面から狼を受け止めた。あくまで彼は得物を振るわない。ただ獣の生きたいという願いを肯定するため、黙々と狼の攻撃を受け止める。舞花は足音さえ立てずに忍び寄り、霞のように捉えがたい剣閃を狼の後足に叩きつけた。腱が裂け、瘴気が揺れる。三つ足でどうにか立っている黒狼の背後に、不意に飛び出した銀狼が飛び掛かった。その巨体で突進を仕掛け、爪を立てて黒狼を突き倒した。
銀狼を跳ね除け、何とか起き上がろうとする黒狼。ジルーシャはバイオリンを転調させる。どこからともなく飛び出した風の精霊に語り掛け、ジルーシャはその精霊に手製の香を託した。
「もう大丈夫よ。……ゆっくりお休みなさい」
浮かび上がったウンディーネが鎮魂歌を歌う。歌と香りが、狼の纏う濃い瘴気を少しずつ払っていった。その身を剥き出しにされた黒狼は呻くと、片脚を引きずりながらも駆ける。飛び掛かってきたそれに向かって、ラルフは再び義手を差し出し狼に喰いつかせた。義手を噛み潰さんばかりに牙を突き立てる黒狼。
「その威を以て死を受け入れていたら美しかったろうに、な!」
ラルフはそのまま黒狼の喉笛を掴むと、その身を捻って狼の身体を持ち上げる。そのまま地面にねじ伏せて、ラルフはその拳を狼の顎へ叩きつけた。
爛々としていた瞳が虚ろになった瞬間、ゼフィラが枝の上から飛び降りる。そのまま、黒狼の首根っこに飛び乗った。暴れる狼にしがみつき、彼女は拳銃を狼の後頭部に押し当てる。
「これで終わりだ。眠り給えよ」
ぽつりと呟き、引き金を引く。脳天を撃ち抜かれた狼は低く唸りを上げ、そのまま崩れ落ちた。
一陣の風が吹き抜け、深い森の木々を揺らす。狂気から解き放たれた魂が、混沌の世界を駆け去ったのである。
●恐怖の終わり
遂に物言わぬ亡骸と化し、地に横たわる黒の狼。ジルーシャはそれを前にして、小さく頭を垂れた。
「望まなかった死の旅も、安らかでありますように……」
隣ではウェールもそっと手を合わせていた。思いつく念仏を一通り唱えてから、彼は仲間に振り返る。
「せめてもの弔いだ。彼はこの森のどこかに埋めてやらないか」
『銀狼、死して森へ還り、子孫を見守る。しかし、黒死狼、森の毒になる。このままでは、出来ない』
しかし銀狼は首を振った。小さく唸ったジェイクは、ちらりとそれを見遣った。
「そうか。……なら、火葬にすれば毒も無くなるだろ。その骨を埋めるというのはどうだ。ごみのようにどこかに打ち捨てられたんじゃ、こいつも浮かばれねえだろ」
『火を扱う、我々には出来ない。だが、君達が手伝ってくれるなら、そうしたい』
ゆらりと尻尾を振って唸る銀狼。ウェールが訳してやると、ジェイクは満足げに頷いた。
「人と狼が協調するってのは生半可じゃねえ。だから、それをここまで実現させたお前達には敬意を払うぜ」
彼らのやり取りを横目に眺め、ゼフィラは小さく溜め息をついた。
「焼いてしまうのか。私個人としては、亡骸を持ち帰って調査などしてみたいものだがね。この病の正体を解き明かすことが出来れば、きっとこの薬に勝るものが作れるだろうよ」
ゼフィラはその手に持った薬を振る。撒き散らされた奇病に対抗するために作られた薬だ。舞花は小さく首を振る。
「一理あるけど、これ以上モノ扱いにするのもかわいそうとは思うかな」
「しかし間違いなく有益だと思うのだよ」
食い下がるゼフィラ。その隣にラルフが並び、銀狼を真っ直ぐ見つめた。
「私からもお願いしたいところだ。この奇病は既にこの黒狼を離れ、点々と被害をもたらしている。これを処理する必要もあり……ついでに科学的なメカニズムがわかればこれほど深刻化する前に治療できる可能性もある」
『これは我々の生き方、その問題。我々への介入は拒否する。しかし、この者の為に苦しむ者がいるならば、是非調べ、その者を癒す手がかり、得て欲しい』
銀狼は応えた。再びウェールが訳すと、ラルフは小さく頭を下げた。
「感謝しよう」
「そういう事なら、とりあえず血を確保する事にしよう。一瓶とって調べれば、何かわかる事もある」
ゼフィラは頷くと、鞄から小瓶を一つ取り出す。彼らのやり取りを聞いていたティスルは、腕輪の鋼を細い鉄管へ変化させた。
「手伝うよ。これが将来何かの役に立つんだろうし」
ティスルは狼の首筋に細い鉄管を突き立てる。たらりと溢れた黒い血が、ゼフィラの構えた小瓶の中に一滴また一滴と流れ込んでいった。
狼を囲う仲間達を余所に、カノエは黙々と探知を続けていた。黒狼に傷つけられた、死に損ないの獣達。鳥達が伝え聞くところによれば、今も昏い森の中をうろうろと這いずっているらしい。
(嗚呼、斯様な時は鋭敏なる感覚と、動物と心を交わすこの力が嫌になります)
「場所は分かった?」
ティスルが駆け寄り、カノエに尋ねる。その手には治療薬の瓶。
「ええ。この小鳥に案内させます」
「ありがとう。動物の治療もしっかりやっておかないとね」
かくして、奇病をばら撒いてきた黒狼は、イレギュラーズによって討ち取られたのであった。
おわり
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お世話になっております。この度はご参加ありがとうございました。
発狂する敵の対処法は発狂される前or発狂された時点でフクロにして倒すというのは定番ですよね。ベストな対応であったように思います。
ではでは、またご縁がありましたら会いましょう。
GMコメント
●目標
黒死狼を討伐する
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●ロケーション
昼間。森林で戦闘を行います。
木々の密度はやや高く、近接武器は引っ掛かり、遠距離武器は木々に阻まれてしまう可能性があります。
光は木漏れ日程度です。やや暗いため、足下には注意が必要でしょう。
●登場NPC
☆銀狼×1
黒死狼と対峙し時間稼ぎを行っている狼です。基本的には単独で判断して攻撃ないしターゲットの引きつけなどを行いますが、人語を理解するため、会話次第で協調する事も可能でしょう。
●登場敵
☆黒死狼×1
銀狼が死に損なうと発生する、混沌と狂気に駆られた魔獣です。ひたすら周囲の存在を敵と見做して危害を加えますが、あくまで防衛的反応であるため止めを刺さずに放置する傾向があります。しかしその噛み傷からはある種の病気が発生し、罹患者が各地に少なからぬ被害を齎すことになります。
・攻撃方法
→暗夜…瘴気を身に纏う事で日陰に紛れます。視認は困難であるため、見失わないよう注意しましょう。
→爪牙…その強靭な爪と牙で襲い掛かります。噛まれた場合、様々な精神的異常がイレギュラーズに襲い掛かるでしょう。
(命中時に判定。怒り、恍惚、暗闇、狂気、魅了、混乱のいずれかを付与する。)
→死恐怖症…死が近づくほどに狂気は増し、暴走を始める事でしょう。
●TIPS
・銀狼は戦闘開始段階では傷は負っていませんが消耗しています。引き続き協力を求めたい場合でも、少し休ませてあげるのが良いでしょう。
こんにちは。影絵です。
せっかく銀狼といういきものを出したので、もう少し突き詰めてみようかと思ってこんなシナリオを作ってみました。宜しくお願いします。
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