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シナリオ詳細

貴族破産計画 ダービーを狙え

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「厩の外に鎖で繋がれたまま……かわいそうに、餌も水も与えてもらえなかったんだろうな、あばら骨が浮いた胸を横にして倒れておった」
 年老いた男は胸に詰まるものを感じたらしく、絶句した。
 カサカサした頬を紅潮させ、テーブルの上で固めた拳をぶるぶると震わせる。
  事件のあらましを語っているうちに思い出して、腹が立ってきたのだろう。
 『黒猫』ショウ・ブラックキャット(p3n000005)は依頼人が落ち着くまで待った。
 ようやく顔をあげ、目をしょぼつかせる老人に麦酒を勧める。
「……うちの馬はどこからどう見てもただの農耕馬だ。それなのに……馬を盗まれたわしらの生活がどれだけ困ることになるか、やつらはこれっぽっちも考えなかっただろう」
 もともと腰が悪かった老人の妻は、畑仕事の無理がたたって寝たきりになってしまった。いまは老人一人で畑仕事をこなし、週末に半日かけて市場へ収穫した野菜を売りに行くという。
「新しい馬を買うどころか、毎日の食い物にも困っているありさまだ。だから……申し訳ないがこれしか出せん」
 老人は腰に下げた巾着に手を伸ばすと、紐を緩め、テーブルに金貨を一枚置いた。
 ショウは金貨に人差し指を乗せると、ゆっくりと自分の元へ引き寄せた。
「十分だ。あとは任せてくれ」


 老人の馬を盗んだのはとある貴族だった。
 馬泥棒の貴族は親子そろって競馬が趣味で、息子は新春を祝うレースに自ら騎手で出るらしい。
 貴族はいつも息子の馬に大金をかける。今回はラサ傭兵商会連合から購入した強く速い馬を走らせるため、いつもより多く金を掛けるだろう噂されている。当然、前評判は本命の二重丸だ。
 この地方レースで八百長を仕組み、馬泥棒の貴族を破産させる、というのが老人がローレットに依頼した内容である。
「早い話が貴族のバカ息子が乗った一番人気を潰して、お前たちが懸けた馬を一着、二着にしろってことさ」
 そうすれば馬泥棒を破産させて老夫婦の怒りと怨みを晴らせる上に、報酬の金もちゃんと入ってくる。
「貴族の馬のつぶし方はお前たちに任せるが、地方レースとはいえ警備は厳しい。事前に馬や貴族のバカ息子に毒を盛ったりすることはまずできないと思ってくれ」
 では、どうするのか?
 ショウはレース場の客に交じってレースを妨害するほかにも手はあると言った。
「依頼金で人気のない馬の馬主と騎手を1レースだけ買収することができる。二枠、つまり二人ぐらいなら騎手して出場可能だ。三枠取ることもできるが、一枚しか馬券が買えなくなるぞ」
 いくら大穴を当てようが、馬券一枚では当然、得られる金も少なくなる。
 報酬の額よりも依頼の成功を優先するなら三枠買収もありだろう。
「ああ、そうそう。1枠だけ、馬と騎手をまるごとすり替えることができるぜ。ダイブムーリという馬なんだが、いま体調が最悪だ。馬主は出走の取りやめも考えているらしい」
 ショウは金貨を親指で弾きあげた。
 金貨はくるくると回って、あるイレギュラーズの手の内へ落ちた。
「妨害の仕方、馬券の張り方……せいぜいみんなで話しあってくれ。じゃ、幸運を祈ってるぜ」

GMコメント

【成功条件】
 ・馬泥棒の貴族(息子)が騎乗するネオレルート号を2着以下にする。  


●早春レース
 春季に行われる幻想内外の大レースを目指す実績馬や、力をつけてきた上り馬がぶつかり合う地方レースとして注目されている。
 貴族から豪商、そして街の人々が身分の差を越えて一緒に競馬を楽しむ、一種のお祭りでもある。
 ※ドレスコートが必要なのはスタンド席のみ(有料)。

●コース(右回り)
 一周距離が1.493mの楕円形、幅員が20~25mのダート(砂)です。
 スタート直線が緩い上り坂になっており、第一コーナー手前で一番高くなります。
 第二コーナーを曲がったところから高低差3メートルの下り坂が向正面まで続き、そこから第四コーナーまでゆっくりと下っていきます。
 ゴール直前の200m直線で再び急な上り坂に(高低差2m)。
 コースの高低差は最大で4.5mあります。 

  ちなみに幻想の競馬場には「マルチ画面ターフビジョン」など当然ありません。
 ので、レースを見る場合は双眼鏡等が必須です。
 競馬場の回りは森になっています。
 武装した警備兵が3人1組になって常に場内を巡回しています(30組)。

●レース当日の天候
 晴天。
 レースは昼に行われます。

●出走馬
 1、ネオレルート
  貴族の息子が騎手。本命馬。
  中盤まで集団にいて、後半一気に怒涛の追い抜きを魅せる。
 2、アルビース
  瞬発力があり、実戦を重ねながら成長してきた強馬。二番人気。
 3、ロスヴィブ
  直線で力強い末脚を見せる走りが売り。三番人気。
 4、オンティール 
  スタートが非常にきれいな馬。どのレースでも先頭に出る
 5、ダイブムーリ……(買収可)体調すぐれず。出走自体があやぶまれている 
 6、シンドイカナリ……(買収可)後半はスタミナ不足になりやすい
 7、アップアップ……(買収可)上り坂はスピードが出ないが……
 8、ヒョトスルト……(買収可)大穴。無名、初出走の馬

※金貨1枚で馬券を10枚買うことができます。
 二枠買収すると、馬券が3枚しか買えなくなります。
 三枠買収すると、馬券が1枚しか買えません。
 スタンド席は一人、馬券1枚分の値で買えます。
 
※馬ごとすり替われるのは5枠のダイブムーリ号だけです。
 すり替わりは、イレギュラーズ自身が馬か、馬に変身するかのどちらかです。
 どこからか馬を連れてきて出すことはできません。
 
※騎手として出る場合、どの馬に乗るのか指定してください。
 関連技能があればレース判定に色がつきます。

●代表で1名が馬券を購入してください(レースには出られません)。
 購入者はプレイング1行目にどれをどれだけ買ったのか記入願います。
  例)1-3を2枚、5-8を5枚。スタンド席を1つ購入します。
  例)7-8を10枚。観戦は立ち見席で。
 ※枠や席を買収した場合、購入できる馬券数が減ります。

 騎手でレースに出る場合、どの馬に乗るかを1行目に記入ください。
 2行目以降にレース運びをご記入ください。
  例)6枠のシンドイカナリ号に騎乗。
    最初から積極的に飛ばしてネオレルート号の前に出て進路妨害。

 競走馬としてレースに出る場合、騎手が誰かを1行目に記入ください。
  例)5枠のダイブムーリ号に代わって出走。騎手はそのまま。
    ダイブムーリ号の騎手はただの飾り。落ちなきゃいいわ。

 客に紛れてレースを妨害する場合は、何処で何をするかをプレイングで指定してください。
  例)第三コーナー手前の立見席(コース外側)で待機。
    ネオレルート号が近づいてきたら石を投げます。
    警備兵が飛んでくる前に走って逃げます。
  例)第一コーナー手前の立見席(コース内側)で待機。
    ネオレルート号が近づいてきたら大きな「声援」で驚かせます。
    警備兵には抵抗せず、大人しく捕まります。
  例)競馬場の外の森(最後の直線附近)に潜み、ネオレルート号の足元の砂を狙撃します。

あまりの文字数は、かけた馬への応援台詞や、騎乗する馬にかける言葉、馬泥棒の貴族の横に座ってお喋り等々にお使いください。

  • 貴族破産計画 ダービーを狙え Lv:2以下完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年03月03日 21時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

奥州 一悟(p3p000194)
彷徨う駿馬
ライトブリンガー(p3p001586)
馬車馬
アシュレイ・バーナード(p3p001775)
風来坊
Masha・Merkulov(p3p002245)
ダークネス †侍† ブレイド
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
シャルロッタ・ブレンドレル(p3p002596)
ジェリクル
シフカ・ブールカ(p3p002890)
物語のかたち
ソウヤ・アマギ(p3p004663)
これでも研究職

リプレイ


 『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194) は人生初の馬券購入に手間取っていた。
「あっち行けって、売り場どこだよ。くそ~、早く馬見に行きてぇのに。貴族専用とか言ってないでさ、売ってくれてもいいじゃん、ケチ……ん? あれは」
 なにが幸いするか分らないものだ。馬券売り場を間違えたせいで一悟はテレビ撮影のチームを見つけた。中世ヨーロッパ的な幻想にテレビはないので、まず間違いなく練達の人たちだろう。
(「競馬中継か。だったら、モニターとか見ながらレース実況するよな。よし、後ろからモニターを覗かせてもらおう」)
 ついているときはついているもので、彼らに連れて行ってもらう形で一般の馬券売り場にたどり着いた。ずっと握りしめていた金貨を格子の向こうへ滑らせる。
「『5-8』を3枚」
「はい、『5-8』を3枚とお釣りね」
 ふと、自分持ち金を足してもう一枚、『2-5』の購入を考える。が、内なる声にバカにしたように鼻を鳴らされてその気が失せてしまった。
 その頃。
 『馬車馬』ライトブリンガー(p3p001586)は、子供たちに囲まれながら装鞍所へ向かっていた。検査を終えてパドックへ向かうヒョットスルト号に、『おいしい草』を食べてもらい、ローレットの騎手をのせて走る緊張をほぐしてもらおうのだ。
 装鞍所の前で立ち止まると、子供たちの小さな手が次々と体の上を滑りだした。
「お馬さん、またね」
「頑張ってね」
 子供たちが親に手を引かれてしぶしぶ離れていく。どうやら出走すると勘違いされたらしい。
 ライトブリンガーは手を振る子供たちへ顔を向け、いなないた。
(『ぼくとしては、走ってみたかったところなんだけどね』)
 まさか、自分以外に依頼を受けた『馬』がいるとは思わなかった。もう少し、事前準備にとれる時間があればもう一枠ぐらい買収工作できたかもしれないが……。
(『ま、ぼくより走れそうな方がいるし、彼に任せることにするよ』)
 残念ではあるが、これが最後というわけではあるまい。今回は地方レースだったが、もしかしたら他の地方レース、いや、中央レースで出場の機会もあるかもしれない。
(『ん!?』)
 たてがみに絡むような視線を感じて、ライトブリンガーは建物の角へ首を振り向けた。
 誰も……いない……。
 そこへ厩務員に手綱を引かれたヒョットスルト号が、検査を終えて装鞍所から出てきた。『ダークネス †侍† ブレイド』Masha・Merkulov(p3p002245)と心配顔の調教師が傍につきそっている。
ライトブリンガーは気を取り直すと、Mashaたちに駆け寄った。前足で地面を描いて『おいしい草』を出す。
(『やあ、ヒョットスルト。これはぼくからのプレゼント、おいしい草だよ。レース頑張ってね。勝ったらまた御馳走するから』)
 調教師にはライトブリンガーの言葉がブヒヒン、という馬の鳴き声にしか聞こえない。だが、ヒョットスルトとMashaの雰囲気から察したのだろう。ヒョットスルトが草を食むことを止めなかった。
が――。
「お、おいしいですなー」
「え……ち、ちょっと。ちょっと! 貴女、なにやって……ダメだよ。腹を壊す、レース前なのに!」 
 調教師は『おいしい草』の前にしゃがんで草を食べ始めたMashaを、後ろから羽交い絞めにして無理やり立たせた。
「馬より貴女が心配だよ、まったく」
「ははは、問題ないでござる。これは大変おいしい草でござるよな、ヒョットスルト殿――!?」
 草を食むヒョットスルトに顔を向けたその時!
 Mashaは、
 建物の角から半分顔を出す、
 ロバと、
 目が、あった。
 硬直する主人を残し、ロバは静かに建物の陰に消えていった。
 『風来坊』アシュレイ・バーナード(p3p001775)と『無影拳』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は、場所取りで賑わう立見席にいた。騒ぎを起こして警備員たちの目と気を引き、仲間の妨害工作を支援するために一番適した場所をもとめ、ゆっくりと人混みの中を歩く。
 一般の立見席は円形コースの外側と内側の二種類がある。二人が選んだのは外側の方だ。逃走経路を考えれば、出入口が限定される内側よりも外側にいたほうがいい。ただ、外側は第2コーナーから最終コーナーまでの間に席がなかった。
(「ここらでいいか」)
 アシュレイが立ち止まったのは第4コーナーの終わり、最後の直線に入る直前のところだった。つかず離れずの距離を保って後ろをついて来ているはずのイグナートを、さりげなく振り返る。
(「いいんじゃないか」)
 イグナートは軽く頷き返すと、第4コーナーの向こうに広がる森へ目をやった。この位置から出は狙撃担当の仲間の姿は見えない。いや、見えては困るのだが。
 大きな声がして顔を戻すと、酒瓶を手にしたいかにも一仕事終えたばかりと言った感じの筋肉逞しい男たちがやってくるのか見えた。昼だというのに、酒で良い具合に出来上がっている。騒ぎを起こすのに一役買ってもらえそうだ。
(「恨みはないんだけれど……ゴメンネ」)
 イグナートは心の中で男たちに詫びた。
 一方、隣に立ったアシュレイはというと。
(「かるーく頼むぜ、兄さん……ってあの連中を使うのか?」)
 レース自体が中止にならないようにするのはもちろん、自分たちも酒に酔った労働者の一団たちも、そして警備員たちも、怪我をしないように気をつけなくては。
 レースが始まるまで、まだ時間があった。
 アシュレイとイグナートは芝に腰を下ろした。持参した酒を酌み交わす。
 コースにゲートが運び込まれた。ファンファーレを鳴らす楽団の一行がコースの向こう側を歩いていくのが見える。その後ろを赤いフラッグを持った男が歩いていた。着々とレースの準備が整っていく。
「しかし、なんだ。自分の金で馬券が買いたくなっちまうな!」
「ああ、まったくだね。まだ馬たちの姿が見えないというのにこの雰囲気。ワクワクするよ」
 だが、二人には走る仲間たちを応援している暇などない。それだけがとても残念だった。
 『これでも研究職』ソウヤ・アマギ(p3p004663)は、ダンディな背広姿からワイルドな迷彩服に着替え、木の上にいた。
 しっかりと体と銃身を固定して、スコープを覗く。第4コーナーの向こうに陽動組の二人を見つけて微笑んだ。
「ふふ……レース前にまずは一杯、か。少々羨ましいが、オジサンは後でゆっくり勝利の美酒で酔わせていただくとしよう」
 ソウヤはわずかに銃口を振って、コース内の立見席をスコープの円い視界に入れた。
「おやおや、ライトブリンガー君は子供たちに大人気だね。しかし……」
 コースの内側を走り、ギフトで草を生やしてレースを妨害の予定なのだが、子供たちがまとわりついたままでは危険で走れない。どうするのか。
 突然、子供たちがライトブリンガーから離れていく。おや、と思っていると視界に灰色の――。
 ソウヤは、
 スコープのレンズ越しに、
 ロバと、
 目が……あった。
(「ハ、ハート型の眼帯!? あれはマーシャ君の」)
 ソウヤは銃身を起こした。
 Mashaのロバは確かにこちらを見ていた。どうして自分の位置がわかったのだろう。動物の感というやつか。それにしても――ちょっと怖い、とソウヤは思った。
 スタート前、パドックでは馬たちのお披露目が行われていた。
 『ジェリクル』シャルロッタ・ブレンドレル(p3p002596)は『魔法の馬』シフカ・ブールカ(p3p002890) に騎乗。やや緊張していた。
 わかっていたつもりだったが、実際に馬の背に上がるとその高さに驚いた。当然の事だが、シフカ・ブールカの頭は自分よりもずっと低い位置にあり、視界を遮るものはない。レースになればこの高さで身を屈め、前のめりになるのだ。
 全力疾走時のことを想像し、きゅっと、太ももの内の筋肉が締まる。
「そんなに緊張しないで。リラックスしてくれ」
 腹に微震を感じたシフカ・ブールカが、小声でシャルロッタに話しかける。
「き、緊張してないよ。報酬はうちらの活躍にかかってるのだ。何としてでも1位を取るのだよ!」
「……ああ、必ずや先頭でゴールを駆け抜けよう。ところで、馬主との交渉はうまくいったのかな?」
 シャルロッタの緊張をほぐすため話題をそらした。
「へ? あ、うん。ばっちりだよ。優勝したらって条件付きだけど……」
「では問題ないな。これで依頼の報酬も規定額以上もらえる。みんなも喜ぶぞ」
 ダメか。シャルロッタの緊張がしっかり肌に伝わってくる。何かいい方法はないものだろうか。
 シフカ・ブールカは何よりもシャルロッタの落馬を恐れた。体を固くしたまま、疾走する馬の上から落ちれば大けがをする。後続の馬に踏まれれば大変だ。
 一馬身離れて前を歩くヒョットスルトへ目を向けた。ルーキー馬のわりには堂々とした脚運びで、落ち着いている。名の通りひょっとするとこのレースで大化けするかもしれない。
 馬上のMashaといえば緊張しているというよりも、動きが不審だった。何かを探しているようにキョトキョトと周りを見回し、落ち着きないことこの上ない。
「マーシャさんは一体、誰を探しているのだ?」
 シャルロッタも気がついたようだ。
「さあ? 誰かな」
 なんにせよ、シャルロッタの関心がレースからそれたのはありがたかった。このままいい感じに力が抜けてくれれば――。
 そのとき、
 シフカ・ブールカとシャルロッタは、
 ガンを飛ばす、
 一悟と、
 目があった。
(「な、なんだ?」)
「むむむ。一悟さん、そんな怖い顔をしなくても……心配無用なのだ。うちは身のこなしに自信がある。シフカさんには全力で飛ばしてもらうのだ! 優勝はうちらで決まりなのだ!」
 一瞬、一悟はきょとんとした顔になり、それからゆっくり笑みを広げた。手をあげて「頑張れよ」と声を前をゆくシフカ・ブールカとシャルロッタにかけた。


 スターターが台に立ち、赤いフラッグをあげた。競馬場にファンファーレが鳴り響く。観客が拍手で取るリズムに合わせ、続々と馬たちがゲートに入りだした。
「<練達競馬ファンの皆さま、お待たせいたしました。幻想シーレム地方競馬、早春杯。間もなくスタートです>」
 一悟は魔眼をフル活用して、アナウンサーの真後ろに陣取っていた。手にする馬券はすでに汗でくしゃくしゃだ。
 アナウンサーが出走馬についてコメントをつけて行く。
「<今回、直前で出走馬や、騎手が変わっております。なにやら嵐の予感がしますね。しかし一番人気はネオレルート、これは変わりません>」
 振り返る。後方、柵で仕切られた向こう、数段高い位置に馬泥棒の貴族が陣取っていた。息子と所有馬の優勝を微塵も疑っていないらしく、周りと余裕の笑顔で言葉を交わしている。
(「くそ。みんな、頼んだぜ」)
 ゲートに収まると、Mashaとシャルロッタはほぼ同時にゴーグルを降ろした。しっかりと手綱を握りしめてゲート前方に目を凝らす。
 Mashaはようやくロバの目を気にしなくなっていた。もしかして、ロバは自分もレースに出たかったのだろうか。一度も話に出なかったことに拗ねたのかもしれない。あとでご機嫌を取ってやれねば。
(「ええっと、それよりも……アシュレイさんはなんと言っていたでござるかな。そうだ、アルビース号は砂かぶりを嫌がる、であった。よし、アルビース号の前に出て、いっぱい砂をかけてやる気を失くしてやるでござるよ!」)
 頼んだでござるよ、ヒョットスルト殿。Mashaは馬の首を軽く手で叩いた。
 当のヒョットスルト号はというと、首を叩かれても平然としていた。脳裏に思い浮かべるは『おいしい草』を食む己の姿――。
 シャルロッタを乗せるシフカ・ブールカは、先行ダッシユで先頭集団に入り、後半飛び出して逃げ切りを目指す。スピードに不安が残るため、先頭集団に置いて行かれるとそのまま引き離されてしまうからだ。
 両隣に聞こえないように声を潜めつつ、シャルロッタと最後の打合せを行った。
「魔法の馬の名誉にかけて、ゲートオープンと同時に飛び出すぞ!」
「うむ。勿論目指すのは優勝だ。皆の支援を受けて、全員で優勝を掴み取ろうではないか!」
 立ちあがった一般席の観客たちに紛れて、アシュレイとイグナートもリ手を打ち鳴らしてリズムを刻む。
 ライトブリンガーはギャロップ歩行で緊張をほぐしていた。レースには出ないが、内側で一緒に駆けて雰囲気を味わうつもりだ。もちろん、妨害工作はしっかりとした上でだが。
 木の上のソウヤも狙撃体制に入った。十字線の中心に集中する。
 競馬場は広い。ここからでは第一から第二コースは遠すぎて狙えない。妨害のチャンスは終盤の一回きりだ。
(「オジサンはそれで十分だ。期待に応えて見せよう」)
「<最後に帝王ネオレルートがゲートに悠々収まります。騎手はゴードン・ゴールド。全馬、ゲートに入り体制が整いました。さあ、スタートです!>」
 各馬一斉にゲートを飛び出したかに見えた。
「<ああ!? 四番、オンティール立ちあがった! ゲートを出ない、出ない!>」
 大観衆が一斉にどよめきをあげる。
「<オンティールがゲートを出ませんでした。大きく出遅れて後方二番手、シンドイカナと五馬身から六馬身離れている!>」
 よし、と一悟は腹の横で拳を握った。オンティール号にゲートオープンで立ち止まれ、と暗示をかけていたのだ。
 スタートを見守っていたアシュレイとイグナートは、向かい合わせになって両の手のひらを打ちつけあった。
「よっしゃ!」
「グッジョブ!」
 それを見ていた労働者の何人かが舌打ちする。どうやら彼らはオンティール号にかけていたらしい。
 アシュレイとイグナートはわざと嫌味たっぷりに口角をあげて見せた。
「<いきなりの大番狂わせ! 先頭はロスヴィブ、二番手に――飛び込みの新馬、シフカ・ブールカが来ている! 先頭集団は三番手、アップアップ。後ろに八番人気のヒョトスルト、アルビースが続く。帝王ネオレルートはいつものごとく集団後方、後半にかける戦法だ! 続いて――あれ、あれれ~。内側でもう一頭、馬が走っていますね。ぐいぐいスピードを上げて先頭に走り出る>」
 シフカ・ブールカたちを応援しながら、ライトブリンガーは猛ダッシュをかけた。レースペースを乱す意図もあったが、先に第二コーナーにたどり着いて下り坂に草を生やすつもりだった。
(「そうはいっても草を生やせるのはせいぜいコースの内側だけなんだけどね」)
 二人の騎手には坂を登り切ったら外へコースを取るように指示をだしていた。
「予め分かっていれば関係ないのだ。芝の走りに切り替えて、内側を突いて抜けるのだよ」
 シャルロッタたちはアルビース号の顔にたっぷり砂をかけて戦意を失わせていた。この時点で先を行くシフカ・ブールカに追いつくためにも、あえて内側のコースを取る。経験のなさは、イレギュラーズの特権ともいえる騎乗のスキルでカバーだ。
 草に足を取られてほかの馬がスピードを落とす中、ヒョットスルトは逆にタイムを伸ばした。
「<じんわりとじんわりと、内側からヒョットスルトがついてきます。シフカ・ブールカは順位を下げた。その後ろからひたひたとネオレルートがせまってきている!>」
 先頭は依然としてロスヴィブ号。ただ、いつもとレース展開が異なることに戸惑っているのか、スピードがのらない。
「<少し遅いか、少し遅いか!? 全体的にゆっくりとしたレース運び、ここまでは各馬様子見か>」
 ここで一般席にいる一部の客が騒めきだした。何人かが森の方を指さしている。
「まずいな」
 子供が葉の間に光るものを見つけてしまったらしい。ソウヤの存在はバレていないようだが、警備員たちがぞろぞろと連れ立って森へ行くのが見えた。
「やるぞ」
「了解」
 アシュレイが予想外のレース展開に腹を立てたフリでイグナートに殴りかかる。イグナートは大げさに体を仰け反らせてよたつき、酒をしこたま飲んでいる労働者の一団の中に倒れ込んだ。
「なにしやがるてめえら!!」
 突如始まった大乱闘に、森へ向かっていた警備員たちが帰ってきた。
 野次馬たちが集まってきたタイミングで、ふたりはちゃっかり乱闘の中から抜け出した。
「天からの祝福をご覧じ召されー!」
 第三コーナーから四コーナーに差し掛かったところで、Mashaは指を打ち鳴らした。突然、先頭を走っていたロスヴィブ号にまたがる騎手が頭から水を被る。
「<ああ~、なんだなんだ。突然の雨!! ニッキ騎手首を振って水を払う、ロスヴィブ遅れだしたぁ! 間をついて先頭にシフカ・ブールカが躍り出る!>」
 シャルロッタも後につづけとヒョットスルト号に鞭を入れた。
「<一馬身差をつけてシフカ・ブールカ先頭、ここで引き離すか! 続いてヒョットスルト! あ、外から上がって来た。上がって来た。ここで外からネオレルートが上がってきたぁぁぁ! 馬上のゴールド、鬼気迫る顔で鞭を振るうっ!!>」
 前が止まらない中、ネオレルートが見事な末脚をみてせヒョットスルトをかわしにかかる。
(「残念だが、ここで止まってもらうよ」)
 ソウヤがゆっくりと引き金を引いた。
 撃ちだすのは土に返る特殊な弾丸、狙うはネオレルートの馬蹄の先。
「<ああ!!! 転倒、ネオレルート転倒!! 五番シフカ・ブールカが先頭でゴールを切ったぁ! 二番手は逃げ切り、ヒョットスルトだ! 優勝はシフカ・ブールカーっ!!>」

 絶望と歓喜の悲鳴と、どよめきが馬場を揺らす。紙くずと化した馬券が競馬場の空に吹雪いた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

見事、一位と二位でゴールしました。
おめでとう、イレギュラーズ。
当たり馬券の配当と、馬主からの特別報酬から依頼の報酬を抜いいて取ったあとは、ソウヤの提案で依頼主へ寄付していました。
そのため、名声が通常よりも少しだけ上がっています。

ほんとうにいいレースにでした!

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