シナリオ詳細
そうして夜は砕け散った
オープニング
●moonlight
肌を撫でた風は僅かに春の麗しさと共に夏を求める湿気たかおりをさせていて。
静かに落ちる夜の帳が朝との境界線を続く砂漠にぐるりと引いた。
朝日が昇るまで未だ時間はあるだろうか。
誰にも悟られぬよう――静かに、息を潜めて。
喉を潤す水も、いのちを煌めかすその欠片も落ちぬ砂の海。世界の一辺たりとも輝きを見せんその場所をザクザクと進んだならば風化した煉瓦がこちらを草臥れた様子で覗いていた。
傍らで腰を下ろした相棒はダカァ、と小さな声を漏らすのみ。
「――……遠くに来たなあ」
昇る月はまるでシャンデリアだ。星屑を通してこの砂だらけの荒廃した世界を照らしている。
背を砂に埋める。忘れ去られた煉瓦の一辺と共に。
今日は、ここで死のうと思う。
●introduction
自殺志願者?
そう、口にしたのは誰であったろうか。『サブカルチャー』山田・雪風(p3n000024)は何処か曖昧に笑う。
「そう、自殺志願者。ラサは知っての通り砂漠地帯なんだよね。
その砂漠地帯にとある自殺志願者の男が居るんだ。まあ、これを止めて欲しいとかそういう訳でもなくて」
雪風は曖昧な表情をして、依頼書を特異運命座標へと差し出した。
「依頼人、その自殺志願者なんだよね」
今から死のうとするものから、今を生きる者へとの願い。
それは荒唐無稽に思え、余りにもナンセンスだ。何せ、憂いもなくこれから死に至るだけの男が生者の心に傷を残すのみなのだから。
「何を、って顔だよなぁ」
曖昧に、雪風はへらりと笑った。眼の下にくっきりと刻まれた隈は本件で悩んだ証拠のように何時もよりもくっきりとしていた。
――『死ぬ前に話を聞かせて欲しい』
これから死に至る者の死を看取って欲しいという依頼。
「ユリーカやエルピスにはさ、『死ぬなんて駄目だ』って止めるべきだって言われた。
けど、死ぬって考える人にもそれなりの理由があって、俺は彼のその理由を聞いて『あー、それを否定するなんてとんでもないな』って思ったワケ。
だってさ、これはその人なりの一大決心でそれを否定しちゃおしまいだろ。倫理とか、そういうの考えたら否定したいけど」
その分ご案内に悩みました、と雪風は椅子に深く腰掛けた。
彼とて、倫理観が狂っている訳でもない。一般的な少年であり、一般的な『一般人』だ。並み居る存在と大差もない、感情の揺れ幅だって普遍的な男子に違いはない。
彼とて『自殺します』と言われたら『早まるな』と言いたいのだろう。
「事情は――まあ、伏せておきたいんだけど。
あ、最近俺が読んだマンガの話していい? 唐突なんだけどさ。登場人物の話ね。
この人は、『恋人と妹を殺された事のある』男性です。
この人は、『その復讐の為に犯人を殺した』男性です。
この人は、『犯人にも大切な人がいた事に気づいた』男性です。
罪を償う様に死ぬことにしました。身勝手だって言われたら『そもそも復讐が身勝手』だと返される。
生きて償うべきだといわれれど、『誰かを殺した重責には耐えられなかった』」
雪風は言う。
誰かを殺された復讐心が燃え尽きたときに自分はとんでもないことをしでかしたと悟ったのだと。
彼には、もう寄る辺もない。
大切な恋人も、唯一の肉親であった妹さえいない。
だから――だから、死にたいのだそうだ。
唯一、旅の共とした動物はいるが、その今後をローレットに任せたいのだという。
「で、何をしてほしいのか。話をしてほしい。
楽しい冒険譚だとか、辛かったことだとか、旅人だったら元の世界の事だとか。
この世界に生きる色々な人の話が聞きたい。
彼は人生の最後を誰かと過ごして、それから、死にたいんだそうだ」
死に至るには、練達にて『眠る様に死ねる薬』を手に入れてあるらしい。
最後だ、おやすみなさいと目を閉じる前に。
この世界の話をしよう。
- そうして夜は砕け散った完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度EASY
- 冒険終了日時2019年07月25日 20時45分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
春の麗しさを忘れ、夏の爽やかな風を求める様に。
荒野と呼ぶに相応しい砂の海の中、一人の男が相棒に凭れて座っていた。
ただただ、見送りにきただけと。彼の依頼である『最期に話を聞かせて欲しい』という死の看取りの為に、荒む砂の海を歩んでいた『忘却の彼方』アオ(p3p007136)は夜空を眺める青年の横顔を見詰めた。
疲れの滲んだ、夜の色の瞳をした男であった。
「……どうも、名前も分からぬ御人。
……随分と星が綺麗な夜ですね……明日も同じ景色なのでしょうか……」
豪奢なスカートの裾を小さく持ち上げて『幻灯グレイ』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)は小さな礼をする。夜の帳も落とされ、星々のヴェールに彩られた空色は、今にも手が届きそうなほどの眩さを放っている。
「ああ、どうかな。……こんなに星が明るければ、自分の悪行がばれてしまうかもしれない」
囁く様な声音で青年はそう言った。クローネはまるで眠りにつく前の、ベッドの上で布団を胸まで被り眠るまでの物語を聞いているかのような夢うつつに居る気分になった。
どしりと腰を下ろした相棒に深く凭れた青年は瞼を押し上げるようにして、特異運命座標をのろのろと見遣る。
「悪い依頼を……したね」
「いやね、とんでもないわ。アタシたちってそういう仕事なの。
ハァイ、初めまして。お隣いいかしら? ああ、敢えてアタシは名乗らないわ。ナンセンス、でしょ」
これから死ぬ人間に縁と言う重荷を背負わせないように。『ヘリオトロープの黄昏』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は唇に淡い笑みを湛えて青年にそう言った。
知ろうと思えば青年の名を聴く事が出来たのだろうとクローネは茫と思った。ただ、名前を知って今更どうなるのかという気持ちが湧きあがらなかったとは言えない。
正義。悪。誰が正しく間違っているか。問答の様に繰り返せば余りに空虚なソレは噎せ返る程の星々の下ではどうでもいい。
特異運命座標に求められたオーダーは名も知らぬ青年が安らかに眠れるように――憂いを残さず逝けるように彼の望む子守唄を紡ぐだけ。
「子守唄を望むだなんて、ロマンチストね。私はネクロマンサーのコルヴェットよ。貴方の死出の旅、しかと見届けさせて貰うわ」
黒衣に身を包み、『愛死の魔女』コルヴェット・エスメラルダ(p3p007206)は形の良い唇に笑みを湛えた。ルージュで彩られた唇に甘やかな笑みを浮かべれば、極上のワインに酔い痴れる様に乙女の唇は績。
「警戒しないでね。別に貴方の霊魂を操ろうだなんて思ってないから
それでも、死した魂の行く末を願うには――それなりに適任じゃなくて?」
「死を看取るに適任か……そんなのも、あるんだなあ」
青年の言葉に、死霊を手繰るアオはぐ、と息を飲んだ。止める事も嘆く事もなくフードで顔を隠した彼の前には青年の傍に寄りそう恋人と妹の姿が見て取れた。
(――一緒、なのか)
彼は大層な幸せ者だ。死しても尚、愛おしいと思った人がそこに居た。彼らは何というだろうか――?
死人に口なし。恋人と妹が為と復讐を果した彼に『そんなことをして』と恋人が語る事も無ければ、感謝を述べる事も無い。それが死者と生者の違いだともアオはよくよく知っていた。
「はじめましてッス! 僕は鹿ノ子ッス! 握手、いいッスか?」
鮮やかな桃と緑。エキセントリックなのはその外見だけではない。何処までもポジティブに、そして今を大事にすると 鹿ノ子(p3p007279)は青年に手を差し出した。
「僕は過去も未来もそんなもの考えてません。大事なのは今ッスから」
「ええ、ええ、そうですわね!
オーホッホッホ! 貴方が私の話を聞きたい依頼人ですわね! 存分に語りますわ!」
『農家系女騎士令嬢様』ガーベラ・キルロード(p3p006172)は堂々と胸を張った。それが貴族の矜持だという様に――幻想貴族が彼を罰するというなればその身柄をキルロード家が保証し、保護することも叶った。しかし、それは彼の決断を穢すものだと知っているからこそガーベラは只、気丈に笑みを浮かべるのみだ。
「はは、騒がしいだろうか? 初めまして。風巻威降といいます。
まずは復讐お疲れ様でした。貴族を相手に敵討ち、お見事です」
鹿ノ子と握手をし、ガーベラを眩そうに眺めた青年に『悲劇を断つ冴え』風巻・威降(p3p004719)は笑みを溢した。穏やかなその声音は漂う夏の風のように頬を撫でる。
「……大事な者を理不尽に奪われたのなら、俺も必ずそうするでしょう。
なので、お疲れ様でした。後は皆の話を聞きながらゆっくり休んでくださいね」
「……有難う。それじゃあ、話を聞かせてくれるかな」
うとうとと、眠たげに目を細める。微睡の中、千夜一夜語らうシェヘラザードの様に言葉を続けていくのだろう。
誰もが物語のような幸福を願った。有り得もしない未来を――
●
彼岸会 無量(p3p007169)は云う。
「申し上げておきますと、私には此方の世界に来る前の確かな記憶は御座いません」
穏やかな声音で、三つ目の剣客は指折り数えた。
記憶しているのは只の4つ。名前、血潮のかほり、そして額の目、そして――他者を斬ることへの妄執。
「殺すのかい?」
「ええ。此方の世界に来てからは佰……幾つでしょう? 斬りました。
その中には貴方が復讐した方の様に、大切な者が居た人も居る事でしょう」
そう言葉にする。無量の言葉に青年はそうだろうね、と静かに言った。
激昂するでもなく、肯定するでもなく、只、事実として白い指先がページをなぞるが如く、虚無の響きで。
「……然しその様な事、考えても栓無き事。私は刀を抜き、そして相手は剣を抜いた。唯それだけの事を佰以上、それだけです」
「はは、そうか。君程になればそれだけ――なんだか、自分はとてもちっぽけだなあ」
青年が浮かれた様に笑った。その乾いた笑いにいいえと無量は首を振る。
「その中に家族が居る者が居たとしたら、共に葬って差し上げたいと思うくらい……
……いいえ、違いますね。それすらも唯斬りたいと言う想いのみ」
「それが、君の妄執?」
「そうでしょうね。例えば、冒険者、等と言うのは所詮他人の評価です。
人を殺さぬ盗人であれ、人を殺めた勇者であれ――そして私の様な者でさえ、他人から見れば冒険者でしょう?」
そうだ、と青年は頷いた。剣客は只、静かに『彼とは真逆の言葉』を並べる。
「本当は貴方の事も斬ってみたいのですよ? 自殺だなんて、勿体無い。
貴方だけではない、周りにいるローレットの方達ですら私は、斬ってしまいたい。
どんな風に血を流すのか、臓腑の色は、今際の際の相貌は―――」
その思いにぞわりと背筋をなぞる何かがあったのだろうか、青年の傍に居たパカダクラが驚いた様に僅かに身じろぐ。嗚呼、けれど、そうしないのにも理由があるのだと無量は凪ぐ風の中、沿う様に言葉を並べた。
「この方達は未だ、未だ未だ未だ強くなるでしょう。鉄が熱くなる前に打つ鍛冶師は居りません」
「はは、確かにね」
「次は、私の話でもどうかしら? 貴方、お酒は?」
グラスを揺らして、コルヴェットは目を細めた。私はそんなにだけれど、と蠱惑的な笑みを浮かべ、彼女はゆっくりと彼の傍らに腰を下ろす。
「そうね、大した話じゃないのだけど。
私は名乗った通りネクロマンサー、死霊術師。死を弄ぶもの――そんな私がこの依頼を受けた事、不思議かしら?」
「……そうだね。人を殺したい剣客に、死者を弄ぶ死霊術師。不思議だ」
自分のいのちをも弄ぶのが君達だろう、と青年は眠たげに目を擦った。グラスに注がれた酒は少しばかり減り、死という絶対的な存在に頬寄せる青年の唇を潤した。
「私は死を学び、死に近しいからこそ、死を尊ぶわ。
無惨な死を私は望まない。安らかなる死が全てに訪れるように願ってる。
――だから……ええ。貴方の境遇は、ひどく……悲しいものだわ」
「悲しい……?」
「ええ、そうよ。ひどく、悲しい。無様な死なんて命には相応しくないもの」
コルヴェットはグラスを揺らす。鮮やかな月の光がグラスの中の液体に反射して、まるで掌の上に空を閉じ込めたかのようだと青年は笑った。
「素敵ね。そんな素敵な貴方の、そして貴方の恋人と、妹の魂に安息のあらん事を。
……願わくば、私の本業が必要にならないように、ね?」
だって、とコルヴェットは女の顔をして笑った。
いとしいいとしいと言ふ心。戀とはそういうものだから。その思いはその相手が魂となっても尚、続くのだと淑女は笑う。
「でも、貴方達はそれとは違って……だからこそ、尊いのね」
尊厳のある死、それは素敵だわ、と死に魅入れれた女は目を細めた。
●
「次は僕の話ッスか? 僕はとあるお屋敷でメイドをしてたッス」
鹿ノ子は甘い笑みを浮かべて、青年の隣に腰を掛けた。
例えば、と指折り数える思い出の数々。平和な――少女らしい思い出の話。
「例えば、思い付きでカラフルな料理を作ってご主人に文句を言われたり。
例えば、掃除用のモップでギターパフォーマンスしてご主人に怒られたり。
例えば――洗濯物を取り込んで畳んでる途中で居眠りしてたら肩にご主人の上着が掛けられてたり……あ、メイド仲間に飴ちゃん貰ったりご近所さんにお野菜わけてもらったり」
「平和だ」
「はい。平和そのものッス。
たまに夜更かしして恋バナしてご主人の名前が挙がって全員一致で『ないよねー』って笑ったり……」
少女の声音は只、楽し気に。思い出をなぞるその言葉を聞きながら青年はそんな彼女がどうしてこんな依頼にやってくる冒険者なのだろうと首を捻った。
「平和な世界のオンナノコがこんなことしてるって不思議ッスか?
あー……色々あってご主人は失踪しちゃって、いま探してる途中なんッス。
だからメイド業は長期休暇ってやつッス。お屋敷で待ってる他のメイドたちも心配してるッス。
だからご主人を見つけたらまず一発ぶん殴ってやらないと!
たとえ死んでても引きずって帰らないと、僕の気が済まないッス」
「君は」
青年は鹿ノ子を見る。明るい髪に、明るい笑みに。そこからは想像もつかぬ過去に。
過去、そう口にすればクローネはぎこちなく息を吐くしか出来なかった。
「過去……過去ッスか……そうだな、私は吸血鬼であって、悪魔であり、怪物……
自分でもよく分からない……とにかく、悪の怪物とでも思って貰えれば」
「君が――?」
明るい少女の次に見遣ったのは線の細い、目を伏せる少女のなりをした怪物だった。
そうは見えないというのは鹿ノ子の明るい笑みの後ろに隠された真実を知ったからであろうか。
「ええ………他の人を殺した事もある悪の化物です」
意外だと、青年は云った。その言葉にその場の特異運命座標は誰もがぎこちない表情をしたことだろう――そう無量が『妄執』を持つように、クローネの『過去』は変わらない。
「……そんな私もここじゃ唯の旅人…ローレットの一員ッスよ……
……こちらに来てからは私も世界を救う為のお手伝い……善から悪まで……色んな仕事で、色んな人を見ました。
……幻想を襲ったサーカス、海洋の海に現れた魔種の渦、天儀の悪夢に蘇り……色々あった…そして、事件の度に英雄が現れる…触れられる程近くにいる英雄が。
……ここに来て中々、悪く無い……と思うんですよ……」
「君に、俺がさ、聞きたいことがあるんだ」
クローネは何でしょうか、と月の色をした瞳を向けた。青年は今から死ぬ人間が質問だなんて呪いのようだなと小さくぼやく。
「俺は過去を背負えなかった。君は背負えた? 君は、英雄の傍にいてどう思った?」
クローネはその言葉に僅かながら目を伏せた。首を振る、僅かなテンポで息を弾ませる様に立ち上がる。
「……私は悪魔だ、甘言で貴方を惑わす事もあるでしょう……これは、眠りゆく只の人に向けた悪魔の甘言だ……。
復讐の証拠を消す事が出来るかもしれない……もしかしたら、狙ってる貴族を暗殺してくれる様な人も私達の中にはいるかもしれませんね……? ……みっともなく、生きたいと願えばいいんですよ……人間なんて……」
――過去を背負えないなんていうなら、そんなの叶うことはないのだろうけれど。
●
アオは首を振った。『僕』のこと、なんて聞いても良いことなんてないよ、と。
「どうして?」
「どうしてって……だって同じだから。
幸せな事も楽しい事も、辛いことが全部覆い潰して死を渇望する人生だった」
生きて居ることに幸せじゃなかったんだとアオは云う。その後ろに見える彼にとっての幸福が――どうしても羨ましく思えて。
「ここにきて……少し、ほんの少しだけ、生きてる事が楽しいと思うけれど。
君が最期を誰かと過ごして眠りたいとそう望むから、僕はそれを叶えようと思う。ここにいる理由はそれだけで十分でしょう?」
「君は、優しいんだなあ」
青年は茫とした儘に、そう呟いた。アオはフードで顔を隠すようにして「さあ」と小さく呟く。
惑わす事も、意志を鈍らす事も考えてはいなかった。
「それじゃあ、俺も。俺は旅人なので別世界の出身です。東の果ての小さな島国。巡る四つの季節、豊かな自然と水の国。
綺羅星の如き英雄達が覇を競った内乱も、四海の外――世界の全てを巻き込んだ大戦も、遠い遠い昔の話」
威降は柔らかに笑みを溢す。豊かで自由で、泰平で。古さが地盤の武芸の家に生まれた彼にとって、不満を溢しながらも鍛錬は楽しかったのだと静かに告げる。
「でもこれはただ継ぐだけのもの。この時代に出番など無いと思っていました。
――それが今では異世界で剣を振るっているんだから人生はよく分からないですよね」
「異世界、か」
素敵な言葉だなあ、と青年は笑う。威降は、誰かの助けになるんですよ、この力、と彼の隣で柔らかに笑った。
「……欲を言えば、こうなる前に貴方も救えたら良かったのですが。
これで、俺の話は御仕舞いです。おやすみなさい。もしも次があるのなら、今度こそ恋人さんと妹とお幸せに」
威降がゆっくりと立ち上がる。その傍らでジルーシャはにこり、と微笑んだ。
「じゃあアタシは、元いた世界の話でも聞いてもらおうかしら。途中で眠ったりなんかしたらほっぺた引っ張るから、覚悟しなさい♪」
ジルーシャがウィンクを一つ。心地の良い風が頬を撫でる。穏やかな香りに包まれながら青年は『普通に会話を交える』様子に目を伏せながら「ああ」と頷いた。
「アタシがいた世界では、死んだ人の魂は精霊になるって言われているの」
人であったころの記憶をなくし、精霊として新たに生を受ける。精霊は死んだら森に溶け、そして人となる。巡る、輪廻に繋がるいのちがそこには確かにあるのだから
「ね。アンタも精霊に生まれ変わったら、アタシの所に来なさいな。恋人と、妹と一緒に」
「――悪くは、ないなあ」
「ええ、悪くはありませんわ」
ガーベラは微笑んだ。幻想貴族だと言葉を告げて。
運営している農園が今年は豊作で特にスイカが美味しそうな事。
雇ってる農園の従業員が結婚しておめでたが発覚して嬉しかった事。
愛すべき民達が健やかで幸せそうに暮らしているのが我が家の自慢である事。
キルロード家は民の幸せに尽力している――だから、と言葉を発しかけて彼女は唇を噤んだ。
「同じ『幻想貴族』として謝罪します。愛すべき民を…貴方達を己が欲望で不幸にする貴族を野放しにしてました」
民の幸せを願い、民に尽くし、民に愛される。
それが果たせなかったことに報いを。そして、彼の幸福の為に只のひとつ、提案を。
「なので貴方の死後について二つ了承があれば引き受けたいことがありますわ。
一つは貴方のパカラクダを我が農園で引き取り大切に育てたいですわ……まあ、パカラクダの意思を確認してからですが。
もう一つは貴方の遺髪を貴方の恋人と妹のお墓に埋めてあげたく……コネクションを使って秘密裏に埋葬しますわ……勿論嫌でしたらこのままこの地に埋めますの」
ガーベラは穏やかに言った。自身の身分を晒したうえで『幻想貴族に復讐を果した彼』へとその言葉をかける事がどれ程、勇気のいることだっただろうかとジルーシャは穏やかな音色を奏でながら聞いていた。
「こいつのことは、任せたいなあ……」とパカダクラの背を撫でて青年は眠たくなった、と小さく告げる。
そう言われれば、パカダクラが『NG』を出す事も無いのだろう。ガーベラは有難う、と静かに告げる。
音楽が止む。昏き闇に包まれて、星が僅かに煌めいている。
アオに残るのはこの一夜の思い出。事後処理も、誰かの想いも興味はないけれど、けれど――ただ、少しだけ、羨ましい。
「……ああ、本当に救えないな……人間って
悪魔は約束は守ります……さようなら、おやすみなさい……恋人の為に命を燃やした名無しの英雄」
クローネの言葉に、青年は何処か照れた様な、困ったような笑みを浮かべて笑った。
――俺が、英雄になれるなんて、さ。
静かに、雨垂れの様に打った言葉だった。彼の物語は途中で潰えた。
「良い黄泉路を! また来世!」
穏やかに、ひらひらと手を振った鹿ノ子の声が残響になっていく。
笑顔に見送られたまま青年は目を伏せた。
おやすみなさい。これから深い夢を見る――
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
この度はご参加ありがとうございました。
穏やかな星が煌めき、ただ、静かに過ぎていく時間の中で。
MVPは穏やかな時を演出した貴方に。
また、お会いできますことを楽しみにしております。
GMコメント
日下部です。
●成功条件
話をして、男の死を看取る。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●或る砂漠の夜
星が美しく、何処までも鮮やかです。
砂の海。
何一つないその場所は空虚です
この話は『幻想』に響く事がないため悪依頼ではありませんが幻想で取り扱えば悪となるのかもしれません。それ故に、彼の屍骸を幻想に持ち込む事は禁じます。
ラサという自由な国家故に舞い込んだ依頼だと考えてください。
●自殺志願者の男
依頼書には名前はありませんでした。
人間種の青年です。傍らには恋人の残したパカダクラ。
誰かを殺した重責には耐えられず、生きながらえても待つのは罰のみです。
彼が復讐相手としたのは幻想貴族であり、捕縛された場合は死を免れません。彼は尊厳のある死を望むため、自殺を選びました。
追手が迫る中、皆さんに死を看取って欲しい。そして、冒険の話を聞かせて欲しい。
恋人と妹を亡くし、何もなくなった自分と誰か話をしてほしい。
もしも、辛いことがあったなら、その話を聞こう。
もしも、嬉しいことがあったなら、その話を聞こう。
彼は最後の最後、誰かの役に立ちたいとも思います。
もしも、復讐心が無ければ自分だって冒険者だったかもしれない。
旅人の話を聞いてみたい。いろんな世界の話がしたい。叶わぬ夢を叶えるように皆さんに話を乞うています。
――一人で死ぬのは、寂しいでしょう。
●よくある話
村の口減らしの為にと貴族の召使へとある村の女二人が出されました。
結婚を誓い合った男が居る女と、その義妹となる筈だった女です。
ある程度の纏まった金を払えば村へと戻すという貴族の約束に恋人は頷きました。
さて、可笑しくないでしょうか?
貴族が召し抱えるだけで村に賃金が舞い込むだなんて。
貴族は口減らしでやってきた召使の女に×××し、××し、××し、××―――
恋人の男が目にしたのは無残なる女の屍骸だったのでした。
……その貴族は恋人に復讐を果されましたが、名の或る貴族であったため、恋人は罰に処される事となるようです。
普通に考えれば貴族が悪役ですが、この国は幻想。貴族に寄って腐敗した国家なのです。
お話するだけですが、心情などたっぷり詰め込んでいただければ。
どうぞ、よろしくおねがいします。
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