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シナリオ詳細

陽炎千一夜恋物語

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●砂漠に伝わる都市伝説
 ラサ砂漠地帯の南に位置する土地『ジビエ』。
 例に漏れず砂にうもれたこの土地を、三台の馬車が進んでいく。
 人が乗るタイプの車両が二台と、荷物が沢山積み込まれた車両が一台。よほど荷物が大事なのか、前後で挟むように一列になって進んでいた。
 先頭車両の御者席で、チョコレートスティックのような煙草に火をつける女性。
 見た目通りと言うべきか、まるでチョコレートのような甘い香りがたち、女性は顔を陽光に上向けた。
 パカダクラの皮から作られたというサリーめいた服に、顔を目元まで覆うフードを被った彼女の顔半分には、まざまざと火傷跡が残っている。
 この顔から彼女は『ローストフェイス』バッケルと呼ばれていた。

「悪いねぇ。こんな砂漠くんだりまで護衛に来て貰って」
 バッケルはそんな風に語りながら煙を天空にふきあげた。
「首都にも傭兵会社は沢山あるんだが、あんたらはどうにも破格でね」
 全部が全部そうというわけではないが、イレギュラーズは存在し行動しているだけで存在意義をはたすため、依頼料が格安になることがある。今回がまさにそのケースであった。
「それになにより、実績もいい」
 そんな風に語りながら、バッケルは前方を指さした。
「あんたらを雇ったのは勿論護衛のためさ。
 この砂漠には都市伝説みたいなバケモノがいてね。
 『陽炎』が人を食う、ってウワサさ」
 バッケルは火傷跡の深いほうの顔でにやりと笑うと、噂について語り始めた。

●人を食う『陽炎』
 陽炎の噂話はある物語集の中に残っている。
 ラサに伝わる全ての噂話を集めたとされる本『千一夜』。権力者の秘密を暴いたことで全て灰にされたが、切り離されたページ一枚一枚がラサのあちこちに散ってごく僅かに残っているというものだ。
 その一片。人食い陽炎の物語はそこに書かれていた。
「陽炎は知ってるだろう? 暑い日に空気がゆらゆらと揺れて見えるって現象さ。
 けどこの物語では、陽炎は砂漠の精霊が踊ったあとに見える揺れだって説明していてね。
 その精霊はかつて砂漠を旅する男に恋をしたらしいのさ。
 けど男のことはよく知らなかった。陽炎の精霊は世界がゆらいで見えるから、人を見分けられないんだってね。
 だから陽炎の精霊は考えた。通りがかる全ての男に抱きつけば、きっとその男にたどり着くだろうって……さ。
 けど考えが至らなかったのさ。自分は陽炎の精霊。人に抱きつけばその身を焼き焦がし灰に変えてしまうってことに。
 やがて精霊は『人食い陽炎』として知れ渡った。
 周辺を納めていた貴族は懸賞金をかけて精霊を駆除するように命令し、そしてそれは果たされた。
 精霊は倒され、力を失い、懸賞金をかけたという貴族の前に引きずり出された。
 そして精霊はやっと、『恋した男』に出会ったのだ……と、締められてる。
 誰のことをさしてるのか研究家の間で意見は分かれてるけどね、アタシはロマンチックな解釈を押したいところだよ。
 ――おっと」
 ぴたりと手を止め、苦笑するバッケル。
「これから進む場所にどう関係があるのかって顔だね。
 いいかい? この先には『陽炎精霊の恋心』だけが残っていて、今でも道行く人間を焼き焦がそうと待ち構えているってウワサなのさ。
 けど実際は……ほら、ごらんよ」
 前方を指さすと、陽炎がドレスを纏った女性の形に固まってゆらゆらとゆれていた。
 やがてうっすらとだが形をとらえられる程度に固まると、踊るように馬車へと走ってくる。
 それがひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……。
 数えただけでも十五は超える『人食い陽炎』が、馬車へと迫っていた。
「まさかこうまで無節操になってるとは思わないじゃないか?」
 バッケルはあなたへ振り返り、片眉を上げて見せた。

GMコメント

■■■オーダー■■■
 馬車の護衛。
 迫る『人食い陽炎』を迎撃し、全て倒してください。

 『人食い陽炎』は皆さんをわざわざ無視して商人たちだけ狙う意味が特にないため、皆さんがよほど手を抜かないかぎり(または全滅でもしない限りは)商人は無事でいられるでしょう。よって庇ったりブロックに専念したりする必要はありません。そのぶんのリソースを撃破に回してください。

■■■エネミーデータ■■■
 このシナリオでは『人食い陽炎』との集団戦闘パートと、『精霊の恋心』とのボス戦闘パートに分かれます。
 このことをPCはプレイング内で知っているように振る舞ってもいいですし、実際に出てきてから驚くように書いても構いません。

・『人食い陽炎』との集団戦闘
 OPにあるように、うっすらと人の形をした陽炎精霊の集団と戦います。
 皆さんは基本的に馬車の前に出て戦闘を行ない、その皆さんに対して抱きついたり腕を掴んだりといったふうに接触をはかってきます。
 これらの攻撃には【火炎】の効果がつき、掴まれている間は『移動』が不能になることがあります。

・『精霊の恋心』とのボス戦闘
 陽炎を倒しきると、全てのかけらが集まって『精霊の恋心』へと変化します。
 戦闘方法はさしてかわりませんが、攻撃につく効果が【炎獄】や【恍惚】や【呪縛】などのバリエーションをもつようになり、通常攻撃に【必殺】がつきます。

■■■アドリブ度■■■
 ロールプレイをよりお楽しみいただくため、リプレイにはキャラクターのアドリブ描写を用いることがございます。
 プレイングやステータスシートに『アドリブ歓迎』『アドリブなし』といった形でお書きくだされば、度合いに応じて対応いたします。ぜひぜひご利用ください。

  • 陽炎千一夜恋物語完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年07月13日 21時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
亘理 義弘(p3p000398)
侠骨の拳
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
グリムペイン・ダカタール(p3p002887)
わるいおおかみさん
風巻・威降(p3p004719)
気は心、優しさは風
岩倉・鈴音(p3p006119)
バアルぺオルの魔人
無限乃 恋(p3p006272)
恋の炎を散らす者
エストレーリャ=セルバ(p3p007114)
賦活

リプレイ

●陽炎千一夜恋物語
 舞い踊る風景の中に、赤く引かれたルージュが見える。
 うっすらと笑う唇が見える。
 誘うような視線が。
 砂を蹴って踊るバレエシューズが。
 金魚が尾を引くかのように流れるドレスの裾が。
 砂と陽光と青い空の風景から浮き上がるように見える。
 こうなることを何となく察していた『静謐なる射手』ラダ・ジグリ(p3p000271)は、『やっぱり出ただろう?』という左右非対称な笑みを浮かべるバッケルと目を合わせた。
「これだけ都市伝説を引き上げるんだ。傭兵から値段をつり上げられてるんじゃないか?」
「おいおい、痛いところをつくんじゃないよ。つくべきはあっちだ」
「……分かっている。付き合い甲斐のあることだな」
 ライフルのセーフティーを解き、コッキングを行なうラダ。
 ガシャンというレバー音と同時に、『恋の炎を散らす者』無限乃 恋(p3p006272)が両手を祈るように組み合わせた。
 興奮に肩をふるわせ、顔を赤く染めて脳天まで震えをのぼらせる。
「ああ、なんてロマンチック。素敵な恋の物語……」
 うっとりと目を細め、びりびりと稲妻型に揺れたあほ毛がくるりと曲がりハートの形を示した。
「伝説になるほどのロマンスが生まれたこの場所は、つまり恋の聖地!」
「クハハハハ! 聖地か。違いない!」
 『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887)はどこか芝居がかった様子で笑ってみせた。
「願わくはその恋の結末が光明と共にその心に根差せばいい。恋とはそうゆうものだろう?」
「恋は心に突き刺さって残るものよね! やだ話せるじゃない狼男」
「ふふ……」
 ダカタールはにやりと口元を歪め、どこからか取り出したハードカバーの本を開いた。
 本が独りでに熱を放ち、あぶり出したように文字が浮かび上がっていく。
 『星守』エストレーリャ=セルバ(p3p007114)は深く呼吸を整え、加護をうけた精霊の力を身体に巡らせ始めた。
 煌めく夜空のような、夜を駆ける狼の群れのような、えもいえぬ精霊の輝きが彼の周囲を巡っていく。
 精霊の力が彼の腕輪に集まり、強い輝きとなって鼓動のように明滅した。
「恋。好きって感情は、難しいですね。精霊と人。種族と在り方の違いは、お互いの在り方を理解しないと難しいと聞きます。
 悪意のない純粋な感情でも、その在り様が人を傷つけてしまうのは、寂しいです……」

 マントを払い、堂々と立ってみせる『放課後のヴェルフェゴール』岩倉・鈴音(p3p006119)。
「なんとも剣呑なレンアイ表現だね。ダイスキな人を抱きゅできないのは憐れみを感じないワケじゃないけど」
 鈴音の存在感が水に走る波紋のように広がり、馬車から降りて戦闘態勢をとったばかりの『義に篤く』亘理 義弘(p3p000398)たちの鼓動を早めていく。
 義弘はごきりと拳を鳴らし、閉じていたジャケットの前ボタンを外した。
「物語としちゃあ面白いが、現実でこうなってしまえば笑えねぇ。
 人から好かれる雰囲気は出ちゃあいねえが、焼かれては堪らないからな」
「然様。限度を知らぬ火遊びなど、真っ平御免だ」
 馬車の屋根にあぐらをかいていた『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が、屋根のフレームに手をついて宙返りの要領で飛び降りた。
 腰の後ろで水平に固定させていた白黒の剣はあえて抜かず、ゆらりとした構えで宙と地面に陰陽のラインを描いた。
「かたづけるぞ」
「了解」
 ズボンのベルトに刀を固定していた『悲劇を断つ冴え』風巻・威降(p3p004719)もあえてそれを抜かず、どこかおっとりと笑った。
 彼らの存在を確認した『人食い陽炎』たちはゆらゆらと踊りながら、地面から数センチほど上を滑るようにして迫ってくる。
「情熱的な歓迎だなあ。物語はとっくにお終いなのに、まだこんなに残っているなんて」
 汰磨羈と共にゆっくりと歩いて扇状に展開すると、ほぼ同時に拳を突き出してみせる。
「俺もそんな風に誰かに想われてみたいものです」

●人食い陽炎
 砂に薄い波線を描いて踊る陽炎たち。
 鈴音は陣形の中央で腕組みをすると神子饗宴を発動させた。
「アタシは暫く下がらせて貰うネ」
「任せといて!」
 『恋の炎を散らす者』無限乃 恋(p3p006272)は陣形の最前ラインへ突出すると、ハート型になったあほ毛をみょんみょんと放送アンテナのように回転させ始めた。
「恋に飢えた精霊たちが恋に惹かれて夜な夜な恋のバトルロイヤルを繰り広げる恋のコロセウム……だったら話は簡単、ここを通るには恋の力を示せってことよね!」
 一度閉じた目を再び開くと、右目の中に『恋』の字がくっきりと浮かび上がった
「キミの乱れた恋心! あたしが面倒見てあげるわ!」
 扇状に展開したイレギュラーズたちへばらばらに抱きつこうとしていた人食い陽炎たちだったが、そのうち三割ほどが急速にターンをかけて恋へと躍りかかった。
 腕や首に掴みかかり、愛おしそうに身体を押しつける。しかしそのことによって身体が焼き付き、激しい炎が燃え上がった。
 火炎耐性(恋の炎)をもつ恋といえど、直接的なダメージ自体を無効化できるわけではない。
 身体がみるみる焦げ付いていく。
「とんだハーレムもあったもんだぜ」
 義弘は勢いよく走り出すと、恋めがけてドロップキックを叩き込んだ。
「伏せてろ無限乃!」
「ひっ」
 咄嗟に伏せた恋。その頭上を飛び抜ける義弘。
 回避が遅れた人食い陽炎にドロップキックが直撃し、すぐ後ろの人食い陽炎とぶつかって吹き飛ばされた。
 砂地に落ちる義弘。砂から数センチ浮いた所を転がる人食い陽炎たち。舞い上がる砂。立ち上がり、拳に気合いを込める義弘。
 と同時に拳に恋心を込める恋。
 二人は一定の幅をあけほぼ同時に地面へ拳を叩き付けた。
 まるで爆発のような衝撃がはしり、砂が柱のように舞い上がっていく。
 爆発をすりぬけ、人食い陽炎が側面方向に展開していた威降たちを取り囲むように広がっていく。
「集中攻撃はしないんですね。ま、それはそうか……」
 威降は頭を抱くように伸ばされた両腕をかがむようにしてすり抜けると、相手の腹から脇腹にかけて打撃を加えながら後ろ側へと回り込んでいく。
「ただ人を求めているだけ。殺意も悪意もない、と」
 振り返った人食い陽炎に手刀を叩き込む威降。彼の手首が掴まれ、たちまちに燃え上がっていく。
 今度こそと首に掴みかかろうとした人食い陽炎の手が、横から伸ばされた汰磨羈によって掴み取られた。
「強引な御触りは厳禁だ。常識だろう?」
 神通力を込めて勢いよく蹴りつけると、衝撃が波のように広がって周囲の人食い陽炎もろともいっぺんに押し流していった。
「方針変更だ。ここからは私が受け持とう」
 格闘の構えをとり、ちょいちょいと指で人食い陽炎たちを手招く汰磨羈。
 人食い陽炎たちはまるで魅せられたかのように汰磨羈へいっぺんに群がった。
 三人同時に伸ばされた手をジグザグに避け、足や頭に抱きつこうとする人食い陽炎を跳躍と回転によってことごとく回避。
 それても強引に掴みかかる人食い陽炎へ腕を突っ張るようにして防御し猛攻をしのぎきった。
 身体に燃え上がった炎は回転によって無理矢理振り払った。
 汰磨羈の戦いぶりを見てうーんと唸る鈴音。
「戦闘バランスがひたすらにいいネ。攻撃を避けやすくて当てやすい。そのくせ威力が高くて通りがいい。耐性はもってない代わりに地の抵抗力がとにかく高いから燃える心配がない。ユウシュウだなー」
 実際のところ、【飛】属性はクリーンヒット時にしか発動しないため命中値が低いと信頼できない。名乗り口上に至っては当たらなければ意味が無いのは当然のこと、抵抗判定を抜けなければただ空振りしたのと変わらない。その点において合計命中値70のラインを安定して超え、尚且つ一人で回避と防御を半々程度で行ない、かつ4000オーバーで耐久でき抵抗値の高さであらゆるBSをほぼほぼはねのけ、もっと言えば二割を超えるEXFとEXAで成果を倍々にできる……汰磨羈の極めて優れたバランス感覚であった。他にも褒めるべきところが沢山あって書き切れないが、とにかく全方向に隙がなさ過ぎる。
 下手すると彼女一人で解決してしまいかねないが、それでも消耗はするものである。
「ダカタール、構わん。私ごと撃て」
 ちょいちょいと手招きする汰磨羈に、ダカタールは思わず苦笑した。
「では遠慮なく行かせて貰おう」
 ダカタールの屠殺遊戯。
 汰磨羈を中心とした空間に子供たちの笑い声が響き、どこからともなく縄が現われ人食い陽炎たちへと絡みついていった。
 人食い陽炎には当たるし絡むが、汰磨羈はその全てを回避し引きちぎる力があった。
 たちまち引き起こされた混乱によって場がかき回されている間に、ラダがライフルに三脚をたてて狙いをつけた。
 後ろから、額に手を翳して眺めるバッケル。
「アンタもやるのかい? あれ」
「これは流石に当たる。汰磨羈、走って避けろ」
「言われなくても」
 汰磨羈は足に神通力を流して高速でその場から飛び退いた。(反応値も地味に50あるのでこうした雑多な敵に先手をとりやすい)
 飛び退いて空白になったエリアに、ラダは機械のようにライフルを発砲した。
 美しい彫刻が施されたライフル弾頭が発射直後に展開。花弁のように広がったかと思うと変成魔術によって無数の弾丸へと分裂。着弾地点で拡散し人食い陽炎たちへと襲いかかった。
 殆どの人食い陽炎が吹き飛んだ後。
 ゆらりと残った一体へとエストレーリャが歩み寄っていく。
「このイバラは特別製だよ。きみの炎でも、燃えたりしない」
 エストレーリャを巡る星空のような精霊力が腕輪から解き放たれ、黒薔薇へと変化して大地から飛び出した。
 人食い陽炎へと絡みつき、防御をすり抜けて心そのものへトゲを刺していく。
 まるでガラス細工のように砕けて散る人食い陽炎。
「終わったかい?」
 煙草をくわえて腕組みしていたバッケルが声をかけてくる。
 が、エストレーリャは小さく首を振ってある方向を指さした。
「ちがうよ。今から始まるんだ」
「そう……『恋物語のあとがき』が、ね」
 ダカタールは苦笑したまま大きく後退。本に浮かび上がった文字を撫で、その全てを空中に浮かび上がらせた。
「見たまえ。あれこそ本当にあった恋心。他の全てを置き去りにしてただそれだけとなった……純粋なる恋だ」

 砂が舞い上がり、熱となって渦巻き、やがて人の形を成していく。
 それは赤いドレスを着た女性のようにも見えたし、純朴な男性にも見えた。長い炎を髪のように引き、金色の腕輪をじゃらりと鳴らし、暁のような目を開く。
 これこそ――『精霊の恋心』。
「あの噂は本当だったんだねえ」
「まあ、そういうわけだ。下がっていてくれバッケル」
 腕を翳して再び守りの姿勢をとると、ラダは金色のライフル弾をポーチから取り出した。
 レバー操作で空薬莢を弾くように排出すると、空の弾倉に弾を装填。コッキング操作をかけるとスコープを覗き込んだ。
「――ッ!」
 途端に巻き起こる熱砂。
「なるほどこれが真のラブパワーか! 受け止めてやる!」
 鈴音は防御姿勢をとってはいたが、激しい熱砂によって吹き飛ばされていった。
「取り囲め! 攻撃方法はさっきと変わらない筈。何人かで抱きゅカウンターだ!」
 砂地から起き上がって叫ぶ鈴音に応じて、ダカタールが宙に浮き上がった文字を嵐のように熱砂へと叩き付けた。
 仲間たちが鐘の音を幻聴する。熱砂に含まれた恋いの熱が、そして心を侵す呪いが吹き払われていく。
 そこに残ったのは純粋な精霊の恋心である。
「わかるよ。目覚めたんだね。そしてまだ求めてる」
 エストレーリャは踊りに誘うように手を翳すと、『ゴースト・ローズ』の攻勢魔術を再び展開させた。
 茨に傷付けられながらも心に絡むトゲをすり抜け、引きちぎり、エストレーリャへと迫る『精霊の恋心』。
「千一夜があくまで噂話なのか真実なのかはわからねぇがよ……」
 それを遮るように横からゆっくりと歩いてきた義弘が、伸ばされた腕を掴み取り、強引な一本背負いを叩き込んだ。
「こんなところでさまよっていても仕方がねぇだろう?」
 砂地に叩き付けられた精霊が再び熱砂にわかれ、義弘を中心に巻き上がっていく。
 ぎろりと熱砂をにらむ義弘。
「侠気ってやつを見せてやるよ。この体と拳と、心意気でな」
 義弘を全方向から襲う熱砂が、愛おしそうに頬を撫でるさまや背より抱きつくさまや口づけをするさまとなって現われる。
 その全てが人を殺す熱であるとも気づかずに。
 対して義弘は、その全てを受け入れた。
「いいわ、その調子よ! ほら、フリーハグのポーズで! 盲目な恋を受け入れるのよ!」
 そんな彼を離れた所から応援する恋。
 こんなかんじよ! と言いながらフリーハグと書かれたプレートを振りかざしていた。
「フリーハグもいいが、そろそろ交代だ。限界だろう」
 汰磨羈が竜巻のように舞い上がる熱砂のなかに飛び込み、体当たりによって義弘を突き飛ばした。
「強引なのが好きなのだろう? ならば――こういうのはどうだ!」
 彼に変わって中心へ立つと、全方向から伸ばされる精霊の接触を掌底によって打ち払い、腰の後ろにさしていた刀を同時に抜き放った。
 地面に走った光が陰陽模様を描き、模様が乾坤八卦陣へと拡大。襲いかかる精霊の力を霊子分解して切り裂いていく。
 そうして最後に残ったのは、彼女にすがりつくように膝を突いた一人の精霊のシルエットだった。
「これで終わり、だよ」
 すぐそばまで迫っていた威降が刀に手をかけ、勢いよく抜刀。
 精霊の頭を縦にまっすぐ切り裂いていく。
「しかし残念だ。例の結末が分かるわけでもないらしい」
 それまでしっかりと狙いをつけていたラダが、このときになって改めて黄金の弾頭を発射。
 弾は精霊のシルエットを貫き、激しい電撃を放って爆発した。
 爆ぜて残ったのは、ただの平たい砂の土地。
 ラダは排出した空薬莢をつまんで拾い上げると、再利用のために耐熱ポーチへと落とした。からんという乾いた音が、吹き抜ける風の音に混じった。

●恋物語は陽炎のように
 義弘はポケットから取り出した煙草に火をつけ、深く煙で呼吸をした。
 舞い上がっていく煙を見上げ、黙ってきびすを返す。
 馬車の上にもう陣取っていた汰磨羈が腕組みをして煙を見ている。
「火遊びは適度にやってこそだ。いい教訓になったな?」
 恋と鈴音はそれぞれ負った怪我を治療しつつキャラバンの馬車へと乗り込んでいく。
 ライフルを分解し横長のアタッシュケースへと収納するラダ。
「これで人食い陽炎の噂は終わるのだろうか?」
「そうだといいね。陽炎の恋物語もお終い……と」
 息をつく威降。
 ラダは走り出す馬車から振り返り、遠くを見た。
「けれど陽炎なんて形のないもの。形の無い恋心に、終わりなんてあるのだろうか」
「そうだね。きっと、終わりなんかない」
 エストレーリャが馬車から後ろを振り返る。
 本を閉じたダカタールもまた、同じように振り返った。
「誰だか分からない誰かに届けたい恋心は、届いたと分かる日までずっと続くんだと思います。けどせめて、恋するただの女の子としてあれたら……」
「ああ。だが方法はある」
 ダカタールは薄く笑った。
「この恋が真実であったと、広くいつまでも伝えていくことだ。いずれ本人に……もしくは彼を知る誰かに伝わるだろう。永遠のような遠回りを経て、それが実るか枯れるかは分からないが、ね」
 ずっと遠くで、陽炎が揺れている。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――ミッションコンプリート。
 ――隙の無い戦いぶりから汰磨羈がラサのキャラバン界隈で『陽炎狩り』と呼ばれ始めました。

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