シナリオ詳細
群狼のフェーデ
オープニング
●狼達のワルツ
辺鄙な領地に一つの悲鳴が響き渡る。鍬や鋤を放り出した人々は、我先にと逃げ出していく。黒々とした影が地を這うように蠢き、逃げ惑う馬や牛に襲い掛かった。農具を付けられたままでは逃げるに逃げられず、影によって首を抉られ倒れていく。溢れ出す血が大地を汚した。
影の主は狼の群れであった。人間並みの大きさを持つその狼は、一斉に吼え合いながら村のあぜ道を四方八方に走り回る。こんな有様では、とても畑仕事など出来たものではない。狼の群れが代わる代わるに家畜の肉をむさぼる様を眺めている事しか出来なかった。
しかし、一人の勇気ある若者が丘陵を駆け登っていた。頂上に建つは一つの屋敷。この地を治める領主の屋敷である。
「領主様ぁ! 銀狼が! 銀狼が村を攻めておりまさぁ!」
若者は走りながら叫ぶ。勿論、叫ばれるまでもなく、見晴らしのいい屋敷からはふもとの村の惨状は丸わかりであった。
「……これは報復では?」
机に向かって頭を抱える領主の背後で、眼鏡を掛け直した青年が呟く。畑を襲い回る狼だが、一向に人を襲おうとする素振りは見せない。ただ農具を破壊し、家畜を殺し、真綿で首を絞めるように村を攻めていた。
「報復かどうかなんてどうでもいい! イレギュラーズに依頼は出したんだろうな!」
「既に出しております。しかし、依頼を出すまでもなく、要求は明らかなのですから、すぐそれに応えればよいだけなのでは」
青年は書斎の真ん中に設けられた鉄籠に目をやる。中にはふかふかの毛皮を持つ銀色の仔狼。親達の気配を感じるのか、籠の中でむずがりきゃんきゃんと吠えていた。
「うるさい! せっかく捕まえた銀狼の子だぞ! こんな美しい生き物を手にしている貴族など上から下を見まわしたところで殆どおらん! 絶対に手放してなるものか!」
「しかし、このままでは村も我々も群狼によって餓え殺しにされますが」
秘書の冷静な助言も領主にとっては騒音でしかない。ギリギリと歯を鳴らして叫んだ。
「その為に依頼をしているんだろう! イレギュラーズに銀狼を皆殺しにさせろ!」
●いざ義賊とならん
「……そーんなやり取りが、今頃も繰り広げられていると思うのです」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)はぺしぺしと依頼書を叩く。
「と言っても、皆さんへ下された依頼は狼の討伐ではなく、狼の子どもの奪還となっています。領主さんのわがままに呆れ果てて……という事なんだと思います。この一件にまつわる行動は可能な限り不問にするよう取り計らうとのことなので、どうにか子どもを助けてあげてください」
普段全く行動を顧みない君主に諫言する目的もあるらしい、とユリーカは付け足した。
「ただ、村への被害を抑えるためにも少し時間稼ぎする必要はあると思います。普段は温厚で、むしろ人間を避けて暮らしているくらいの生き物なのですが……一度戦いになるとかなり強力です。まともに当たった時は怪我の一つや二つは覚悟しておいてくださいね」
かつて銀狼の毛皮を求めた狩人の一団が、十面埋伏に嵌まってコテンパンにやられたらしい。そんな話をユリーカは諳んじるようにイレギュラーズに語って聞かせた。
銀狼の攻撃を凌ぎつつ、その子供を奪還する。今日も一筋縄ではいかなさそうだ。
- 群狼のフェーデ完了
- GM名影絵 企鵝
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年06月19日 21時00分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●狼の怒り
村に辿り着いたサフィーナ・ロレンス(p3p007222)が耳にしたのは、彼方まで響き渡る狼の遠吠えだった。見れば、小高い丘に建つ屋敷を三頭の狼が見上げている。窓の奥では兵士が弓を構えている。一触即発だ。
「初めての依頼ですが……狼はひどくお怒りの様子ですね」
「お子さんが攫われたとなれば、怒るのも仕方ないですよ……」
すずな(p3p005307)が辺りを見渡すと、村人達は小さな家から身を乗り出し、恐る恐るの顔で屋敷を囲む狼を見つめていた。領主個人の問題なら放っておきたいところだが、何も知らない農民達まで巻き込まれたならそうもいっていられない。
「何とか禍根が残らないようにしないと、です!」
「禍根が残らないようにと言ってもな……領主を直接狙えばいいものを、ぎりぎりの所で慈悲深さでも見せつけてるつもりかね。八つ当たり気味に家畜を殺してる時点でな……」
クズと変わらない、ヨハン=レーム(p3p001117)は溜め息をついたが、コルヴェット・エスメラルダ(p3p006206)は首を振る。
「八つ当たりでもないと思うわ」
銀狼が一歩踏み込むと、兵士は弓を引き絞る。すると銀狼は一歩退く。兵士は弓を緩める。まるでダンスのような駆け引きだ。
「領主を直接狙えば間違いなく互いを滅ぼし合う戦争になる。それは銀狼も避けたいのよ。けれど怒りは示したい……となればこんなやり方になるかしら」
「そんなもんか? 随分と人のいい考え方だな」
ヨハンは大剣を担いでぼそぼそと呟く。シラス(p3p004421)は黒い革手袋を嵌めながら、コルヴェットに目をやった。
「アンタは奴らが計算でやってると考えてるのか?」
「ええ。この領地で本当に大馬鹿なのはここの領主くらいのものじゃないかしら」
「……そうであってくれりゃあ、色々やりようはあるか」
シラスはちらりと背後を振り返る。灰の毛並みを風になびかせ、天狼 カナタ(p3p007224)は頷いた。
「任せろ。狼の事は狼にな」
領主の屋敷では、兵士の列に紛れて領主がじりじりと窓の外を見つめていた。8人のイレギュラーズが横一列で丘を登っている。
「やっと来たか。待たせすぎなのだ、奴らは……」
「彼らにも準備の時間がありますからね。仕方のない事です」
秘書がやんわり窘める間に、イレギュラーズは丘を駆け登り始めた。狼は屋敷に唸るのを止め、8人へと振り返る。
「彼らの活躍に期待しましょう」
三頭の銀狼は、振り返るなり足音さえ立てず、風となって8人に突っ込んできた。
「早速来たわね! 望むところよ!」
ルーミニス・アルトリウス(p3p002760)は真っ先に先頭の一体の前へ飛び出した。爪の一撃も恐れず真正面からぶつかり合った彼女は、狼の脇に手を差し込み、そのままそれを脇にひっくり返してしまった。
狼は咄嗟に跳ね起きる。坂道に爪を突き立て、毛を逆立てて唸る。ルーミニスは鼻をぴくぴくと動かしながら、周囲をぐるりと見渡す。
「ふうん。すっかり囲まれてるわね」
風に流れる芝生に紛れて、毛並みを灰銀にくすませた狼の群れが、イレギュラーズを取り囲んで静かに間合いを詰めていた。ヨハンは舌打ちする。
「ったく。てめーらのガキを連れ戻すために来たってのに、大した歓迎パーティだよ」
一際サイズの大きな銀狼は、鼻面に皺を寄せてイレギュラーズを威嚇する。箴言・鳳来守・景明(p3p007186)はそんな彼の前に踏み出すと、手にしていた刀を地面に投げ出し、両手を合わせて静かに頭を下げる。
「ドーモ、シルバーウルフ=サン。箴言・鳳来守・景明です」
景明の放つ奇妙な空気は、銀狼すらも巻き込んだ。狼は鼻白んだような表情で、小さく頭を下げる。戦闘態勢が緩んだ隙に、カナタが周囲の狼を見渡して遠吠えした。
(交渉、仔狼、取り返す、協力求む)
狼は唸ると、一頭がカナタへ突っ込んだ。ヨハンは剣の腹で突進を受け止め、嘲るような視線を向ける。狼はくるりと宙返り、降り立って再び低い声で唸った。
――何故だ。君達の同類、我らは知っている。我らを殺すのが目的。違うのか。
全身の毛並みが揺れるに合わせて、狼の意志が途切れ途切れにカナタとコルヴェットに伝わってくる。コルヴェットは杖を傍に突き立て、攻撃の意志は無いと肩を竦めた。
「今回の依頼は貴方達の子どもを取り戻す事よ。だからむしろ貴方達の味方よ。だから、矛を収めて私達に協力してくれないかしら?」
――善を語った騙し討ち、人間の常套手段。そう易々とは、信用できない。
コルヴェットは肩を縮めると、仲間達に振り返った。
「……だそうよ」
頭領と思しき一頭を残して、他の群れは再び草むらの中へと沈もうとする。着々と狼は抗戦の構えを露わにしていた。見るに見かねて、すずなも素手のまま狼へ一歩踏み出す。
「ですが、このままあなた方が暴れれば、早晩討伐対象にされてしまいます。そして間違いなく、大規模な討伐隊が結成される、悲惨な結末が待っています」
狼は牙を剥き出す。彼女はふと身構えそうになったが、何とか踏み止まった。
「私はこの世界では余所者ではありますが……そんな結末なんて見たくありません。どうか、私達を信じ、お子さんの救出を任せていただけないでしょうか?」
――その走りこそ君達。ではないのか?
しかし狼は鼻を鳴らした。身を低くして、今にも飛び掛からんとする姿勢は崩そうとしない。カナタは拳を固めたまま肩を竦める。
「お前達を殺すための依頼なら、そもそも俺は請けんさ。あの糞小領主のような、狼を舐め腐るような連中は嫌いだからな。俺も狼が如何に家族を愛するかは知っている。ちゃんと取り返して見せるさ」
そう言って、カナタはにやりと歯を剥き出して見せた。彼の得意げな顔に、ピンと立っていた狼の尻尾が若干揺れた。斧を脇に突き立て、ルーミニスも頷いた。
「そうね。アタシもあの手の奴はキライだし。ま、穏やかに生きてたアンタ達が酷い目に遭うのも許せないってコトよ。だから子供は絶対取り返してココに連れてくるわ、約束するから安心なさいな!」
「任せろって、ちゃんと取り返してきてやるから」
シラスが薄い唇をさらに引き延ばしてやると、狼はとうとう耳をひくつかせた。仲間に眼をやりしばらく逡巡していたが、やがてそれは鼻面の皺を緩める。
――理解した。ならば、その『嫌い』に賭けよう。
言うなり、狼達は一斉に姿を現し、じりじりと仲間達の輪を詰めていく。今度はヨハンが眉間に皺を寄せる番だった。斧を手に取り、ぐるりと狼を見渡す。
「ならどうして襲い掛かってくるんだよ」
――領主が見ている。その依頼をした人間、屋敷にいるだろう。怪しまれるのではないか?
狼は小さく吼えた。そんな彼らの言葉を聞き分けたコルヴェットは、口元に艶っぽい笑みを浮かべた。
「なるほど。喰えない狼さんね。家畜に手を出すだけで留めていたのも、やっぱり人を傷つけた時のリスクを踏まえてのものだったかしら」
彼らは答えない。眼の色を変えた彼らは、今にも飛び掛からんと身を伏せた。ルーミニスは勝気な笑みを浮かべると、斧を手に取り脇から背後に振り被った。
「そういう事なら任せなさいよ。“白銀の大狼”が、アンタ達に稽古をつけてやるわ。今度は子供を奪われたりしないようにね!」
サフィーナも頷いた。指揮棒を手に取り、彼女も狼の前へと踏み出す。
「まだまだ至らぬ身ですが、私も付き合わせていただきます。こちら側にいる方が、私にとっても都合がいいので」
「そうと決まったら、さっさと始めるか」
シラスはグローブを嵌めた拳をきりりと閉める。革の擦れ合う音が響いた瞬間、イレギュラーズと狼は一斉に動き出した。
●子供を奪還
狼は一斉に吼え合い、身を低く構える。眼を凝らしたシラスは、頭領の目の前で素早く猫騙しをかました。刹那、頭領がシラスに突っ込んだ。シラスは身を翻すと、頭領の脇腹に寸勁を叩き込んだ。手加減した一撃だが、狼は簡単に吹っ飛んだ。
「効くだろう。俺の威嚇術は熊だってひっくり返るぜ」
頭領が吼えると、狼は一斉に飛び出し、再びその毛並みをくすませて草むらへ紛れ込む。その姿を見届けたシラスは、身を翻して屋敷へと走る。
「マズいぞ。奴ら、屋敷に忍び込むつもりだ!」
シラスは大声で叫ぶ。傍に駆け付けたカナタは、槍を構えた衛兵に向かって一吼えする。
「そういう事だ。纏めて狩られたくなかったらさっさと通すんだな」
「……しっかりしてくれよ」
衛兵は忌々しげに呟くと、正門を開け放って二人を中へと通した。すずなとヨハンもその後に続く。しかめっ面の衛兵の目の前では、ルーミニスが狼と切った張ったの大立ち回りだ。
狼は吼えると後脚で跳び上がり、頭上からルーミニスへと飛び掛かる。大斧を振り回すと、彼女は狼の爪を受け止めた。尻尾をゆらりと振るって、彼女は金の瞳を燦と輝かせる。
「ハハッ! アンタ達も中々だけど……“白銀の大狼”って呼ばれたアタシに勝てると思わない事ね!」
そのまま斧を力任せに振り抜き、狼を宙へとかちあげる。その脇から別の狼が風のように押し寄せた。ルーミニスは斧を地面に突き立てると、それを支柱にして狼を鋭く蹴りつける。芝居のはずが、次第にルーミニスと狼はヒートアップしていた。致命傷こそ避けつつも、互いに生傷作りながら力一杯に得物で引っ掻き合っている。
青薔薇の軍師見習い、鉄火場に立つのは初めてのサフィーナ。暴れ回る狼とルーミニスを目で追うのが精一杯だ。ようやく指揮棒を振るって、傷ついてしまったルーミニスに治癒力を込めた光の珠を当てていく。
「あまり無茶をし過ぎないように気を付けてくださいね。大怪我したら大変ですから……」
そんな戦いを、領主も窓辺からじっと見つめていた。彼はただただ訝る眼をしていた。
「さっきから何なんだ。武器を捨てたと思っていたら、今度はいきなり戦い始めたり……。そもそも、何故奴らは屋敷に入ってきた……」
「それはな、銀狼がこの屋敷に忍び込んで、直接手を下そうとしているからだ」
勢いよく書斎の扉を押し開き、シラスが絨毯張りの書斎へ悠々と足を踏み入れる。その隣にはカナタ。その狼そのものの顔立ちを見て、思わず領主は青褪めた。
「な、銀狼が……立ってる!?」
カナタは敢えて否定せず、その場で高らかに遠吠えした。その叫びに応えるように、次々に狼が吼え回る。シラスはこれ見よがしに領主へ目配せした。
「もう駄目だ、直ぐに子供を寄越さないと、その喉を食い千切るって言ってるぜ」
「何を言ってるんだ! 返したらお前達を雇った意味がないだろうが!」
二人は顔を見合わせた。
「ところが、俺達の任務は、銀狼の子供を取り返して、この騒動を鎮圧するって事になってるんだよな」
「馬鹿な事を言うな! 依頼主に逆らうつもりか! おい! こいつらを捕まえろ!」
書斎で叫んだ領主の声は、あっという間に屋敷中に響き渡った。あちこちで槍を構えていた衛兵達は、廊下に立っていたヨハンとすずなに一斉に切っ先を向けた。
「……ったく。狼も狼だけど、お前らもお前らだな」
ヨハンは大剣を抜き放つと、突き出される槍を大剣の腹で受け止めた。そのまま手首を返して槍の切っ先を逸らすと、そのまま衛兵の懐へと潜り込んでいく。剣を持ち替えると、その柄頭を衛兵の鳩尾に叩き込んだ。万力を込めた一撃は、革鎧程度では防ぎきれない。衛兵は呻いてその場に崩れ落ちた。
もう一人の衛兵も、叫びながらヨハンへと突っ込んで来る。今度は身を逸らして躱し、そのまま槍の柄を蹴り上げた。弾けた槍は天井に突き刺さる。得物をもぎ取られて怯む衛兵。睨むヨハン。その隙にもう一人が書斎へ向かおうと走り抜ける。振り返ったヨハンは、一気に駆け抜け脇から突進、廊下の壁に叩きつけた。
「どこからでも来いよ。書斎には通さねーから」
ぶっ飛ばしてやりたい気持ちを留めつつ、ヨハンは三人の衛兵をただじっと睨みつけた。その背後では、すずなも妖刀の鯉口を切ったところだった。
「争いたくはないのですが、致し方ありません」
二人並んで正面から踏み込んで来る衛兵。すずなは繰り出された槍の切っ先を刀の鞘で払い、そのまま刀を抜き放つ。蒼白い妖気がその瞬間に刃から立ち昇る。刀を下段に構えると、彼女は擦れ違いざまに刀を振り抜いた。
「しばし寝ていてください……!」
刀の峰で鋭く一撃。兵士は呻き、その場にぐらりと崩れ落ちた。
待てど暮らせど書斎に増援は来ない。三人の兵士が、頼りなさそうに槍や弓を構えてシラスやカナタへ間合いを詰めようとしていた。シラスとカナタは中段に構えて兵士を見据えていたが、いきなり天井板が一枚外れて、景明が降ってきた。
「ドーモ、箴言・鳳来守・景明です」
立ち上がるなり、両手を合わせて静かに頭を下げる。彼が再び纏った珍妙な空気に兵士も次々引きずられ、両手を合わせて次々頭を下げる。
「ドーモ、景明=サン。ラリーです」
コンマ一秒、いきなり景明が飛び出した。縮地の如く踏み込み、首に右腕を搦めて素早く背後に回り込む。そのまま腕を締め、首を極めて気絶させる。鮮やかなワザマエである。突然降ってきたサイボーグ武闘家に、領主は眼を白黒させた。
「な、なんだ貴様は!」
「ドーモ、箴言・鳳来守・景明です」
「うるさい!」
礼を尽くしたアイサツも、礼儀知らずの領主には通じない。その隙に一発の魔法の弾丸が書斎の窓を撃ち抜いた。杖を片手にしたコルヴェットが、素早く領主の前へと降り立つ。兵士が槍を向けるよりも先に、杖をその鳩尾に叩きつけて黙らせてしまった。
「銀狼の仔を奪うなんて大馬鹿のする事よ。大人しく返しなさいな」
「背信行為! 背信行為だ! ローレットに訴えるぞ!」
「そんな事をしても無駄です。そのような依頼に私がしたのですよ」
書斎の隅で黙り込んでいた秘書が、とうとう口を開いた。眼鏡をきらりと光らせて、彼はつかつかと領主へ歩み寄っていく。
「な……貴様! 何の権限があってそんな事が出来るんだ!」
領主は秘書に掴みかかろうとしたが、秘書は逆に領主の腕を掴んで捻り上げてしまった。
「残念ながら。叔父上、私が幼かったというだけでこの地を治めているのですから、もう少し謙虚になって頂きたいものです。それとも、乱行三昧によって、先代の嫡男であった私が領主となるべきと世に知らしめて頂いているのでしょうか」
「ぬぅ……」
領主が黙り込んだ隙に、秘書は窓の外を顎でしゃくった。
「依頼に臨んでいただきありがとうございます。早々に仔を解放してください」
「なるほど。そういう関係だったのか」
シラスはにやりと笑うと、景明と一緒に籠を掴んで窓から飛び出した。カナタとコルヴェット、ヨハンとすずなも屋敷の外へ一斉に飛び出す。
「追いかけろ! 絶対に逃がすな!」
領主が叫ぶ。兵士達は槍なり弓なり構え、イレギュラーズを追いかけ次々外に飛び出してきた。その瞬間、サフィーナが飛び出した。タクトを振るい、その先を鉄門へ向ける。その瞬間、鉄門が震えて悲鳴のような歌を奏で始めた。その恐ろしい光景に、衛兵たちは思わず尻込みする。
「そうはさせません。私達の依頼は銀狼の仔を返す事ですから。その邪魔はさせませんよ」
「何をしてる! さっさと行け!」
領主が窓から喚いている。サフィーナはそんな領主の醜い表情を見つめた。
「世の中には、色々な権力者が居るものですね……」
ダメ押しにもう一度鉄門を震わせて嚇し、サフィーナは背後へと眼を向ける。シラスが鍵を外した瞬間、仔狼は勢いよく銀狼の群れへと飛び出していった。狼は子どもと頭を擦りつけ合い、イレギュラーズに向けて小さく唸った。
――感謝する。
「よしよし。これからはこんな事の無いように気を付けるのよ」
ルーミニスは満足げに頷く。しかし、隣で景明は表情を曇らせる。
「しかし、皆さんも家畜を殺した事で、無関係の民に被害を出している。ゴジュッポヒャッポの誹りを受けても仕方のない事であろう。それだけは心得て頂きたい」
狼は顔を見合わせる。やがて得心したように吼えた。
――承知している。相応の埋め合わせはしよう。
言い残すと、狼の群れは仔狼を咥え、一斉に森へと向かって走り抜けていった。
翌朝。イレギュラーズが村の旅籠から起きだすと、銀狼達の群れが再び村の前に居た。彼らの脇には、首を折られた鹿が何頭も転がっている。漂う獣臭に軽く眼を瞬かせつつ、サフィーナは尋ねる。
「これは……?」
――我々の獲物。我々が殺した家畜の数だけ、贖いとして提供する。馬や羊は返せないが。
小さく眼を伏せた狼。コルヴェットは微笑むと、見送りに来た秘書をちらりと振り返った。
「まあ、その辺りの補填は責任を持って領主がすればいいのよ。」
「……主が受け入れるとは思えませんが、出来る限り手は尽くしましょう」
それだけ言うと、秘書は君達に向かって恭しく頭を下げた。
「領主はあの有様ですが、領民を代表して感謝いたします。これからも、皆さんの活躍を願っておりますよ」
辺境の地を騒がせた群狼騒ぎは、かくして一件落着したのであった。
おわり
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
今回はご参加いただきありがとうございました。
上手く狼との協調が取れたので、話の流れが少々スムーズになりました。アドリブ多めですが、満足いただける出来になっておりますと幸いです。
では、また縁がありましたら。
GMコメント
●目標
銀狼の子どもを奪還し、銀狼と和解する事
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●ロケーション
昼間。草原の丘陵で戦闘を行います。
全体的に緩やかな斜面となっており、遠景に田畑などを臨む事が出来る見晴らしのいいポイントです。
雲一つない青空です。初夏の候、日光はとても眩しいでしょう。
また、小領主の屋敷の中にも入る事が可能です。厨房や広間の他、書斎や寝室なども存在します。
厨房や食堂、大広間は一階、領主の書斎や寝室は二階にあります。見張りが多く、忍び込むのは難しいです。
●登場NPC
☆銀狼×12
銀の毛並みを持つ、賢く美しい狼です。普段の気性は穏やかで、人間との争いは避けようとする傾向にあります。しかし一度戦いとなると、草原の照り返し、森林の暗闇に紛れて身を隠し、人間大の巨躯に似合わぬ隠密戦で狩人達を翻弄することでしょう。
人語を話すことはありませんが理解します。何らかの方法があれば会話する事も不可能ではないでしょう。
・攻撃方法
→陽光…太陽の光を毛皮に溜め込み、一気に放出します。まともに目にすれば必ず眩惑されるでしょう。
→爪牙…その強靭な爪と牙で襲い掛かります。奇襲的に襲われれば防ぐのは困難でしょう。
→埋伏…毛皮の光沢を調整し、草木の中に紛れ込みます。戦闘中にその正体を見分けるのは困難です。
・小領主
美しいものとみれば何でも手に入れたがる領主。最近は猟師に命じて銀狼の子どもを略取してきました。
・秘書
領主の度重なる乱行に呆れ果てている。この事件を機に説教の一つでもする気らしい。
・銀狼の子ども
小領主の屋敷の中、書斎に置かれた籠の中に閉じ込められています。
・衛兵
領主の屋敷を守る衛兵。いざとなればいろんなものに槍を向けるでしょう。
●TIPS
・銀狼は普通に攻撃してきます。
・正面切って説得しようとしても、領主は決して聞き入れる事は無いでしょう。
・屋敷には最初はある程度簡単に入る事が出来ますが、子どもに手を出そうとすれば態度を急変させるでしょう。
影絵企我です。フェーデとは自己救済。現実の中世ヨーロッパではこの理屈の下に散々略奪が行われたりもしました。そんな豆知識を公開しつつ、この度もよろしくお願いします。
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