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シナリオ詳細

灰狐ヴィズマ
灰狐ヴィズマ

完了

参加者 : 10 人

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オープニング

●雨風の奥深く
 ざあざあざあ。ざあざあざあざあ。
 人の手が入っていない山の中、現地人の目印にもなっている大きな樹の下でひとまずの雨宿りを決め込むと、男は深い溜め息をついた。
 雨が続いて、もう3日になる。
 雨季とはいえ、この地方でこれだけ雨が長引くことは早々ない。いいや、有り得ないとすら言い切れるのだ。こと、ここに至っては、だが。
「あいつは、どこにいるんだ……?」
 それ故に、この大雨の原因を探るため、男は山に足を運んだのだった。
 この山をぐるりと囲む村々の雨は、全て彼女が管理しているものだ。
 管理、というよりは本能的なものに近いのかもしれない。だが知能が高く、優しい気性をした彼女に任せておけば問題はなかった。
 問題はなかった、筈なのだ。
「まさか、本当に病気か怪我でもしているんじゃあないだろうな……?」
 心配になってきた、その時だ。
 がさりと音を立て、茂みから大きな灰色の狐が顔を出した。
 大の男でも丸呑みできそうなほどの大きさをした、一匹の獣。
 灰狐ヴィズマ。雨を降らせる魔獣。
 彼女が雨の管理人だった。
「嗚呼ヴィズマ、良かった。何かあったのかと皆心配して……ヴィズマ?」
 ヴィズマは温厚だ。
 飼いならされたわけではなく、まさしく野生の獣であるのだが、人懐こく、こちらの話を理解してくれる。
 村で祭りがあれば獲物を手土産に顔を出し、先日あった葬儀では、祖母の墓前から丸一日動こうとはしなかった。
 そのヴィズマの様子がおかしい。
 飢えた獣のような目をしているのは気のせいだろうか。
 お前を縛るように全身を駆け巡る、緋色の模様は何だ。
 どうして、どうして尾が八本しかないんだ。
「ヴィズマ? まさか、嗚呼、そんな……」
 知らせなければならない。本当に、誰がこんな……

●金網の内側に
「セディオラの紐って知ってるッスか?」
 集まったイレギュラーズ達に向けた『可愛い狂信者』青雀(p3n000014)のそれは、魔術呪術の類に明るい者以外には馴染みがなく、殆どが首を横に振っていた。
 暴走した灰狐ヴィズマを救ってほしい。依頼内容は理解したが、実際にどうやって。そう頭を悩ませていたところを、青雀が口を出したのだ。
「セディオリズムという小規模宗教にある呪術の類ッスね。こういう、緋色のリボンみたいなものが現れて、対象の理性を削るッス」
 ホワイトボードにマジックで描かれたそれは、確かに複雑な呪文が刻まれたリボンのようになっている。
 しかし理性を削るとは。原罪の呼び声のようなものだろうか。
「あそこまで強制的なものじゃないッスよ。ただ、ちょっとしたきっかけさえあれば、簡単にタガが外れてしまうものッス」
 ホワイトボード、けしけし。
「解除方法はひとつ。対象を衰弱させること。ヴィズマは強力な魔獣ッスけど、悪い生き物じゃないッス。どうか、先輩方の力で助けてあげてほしいッスよ」

GMコメント

皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。
大人しいはずの妖狐、ヴィズマが突如理性を失い、周辺に雨を振らせ続けています。
ヴィズマは周辺の村々とも関係が良く、今回は村の総意もあって『暴走した魔獣の討伐』ではなく、『ヴィズマの理性回復』が依頼内容となります。
まだ人的被害は出ていませんが、時間の問題です。
ヴィズマの暴走原因も気になるところですが、今回の成功条件とは関係がありませんのでご注意ください。

【エネミーデータ】
■灰狐ヴィズマ
・雨を操るのことのできる魔獣。温厚で高い知性を持っていた筈が、呪術『セディオラの紐』で理性を失っており、凶暴化している。尾が一本失われている。
・神秘攻撃力、EXAが高い。また、以下のスキルを持つ。

◇婚儀の祭司
・雨を降らせる、ないし止ませることができる。本シナリオ中は常時降らせている。
・ヴィズマのHPが50%以下になると追加効果。敵対相手全てが持っている有益な付与効果をこのシナリオ中、消去する。

◇帰りの迷宮
・水を出入り口にした別空間を使用して移動する。凶暴化しているため、これを使って逃走することはない。
・ヴィズマをマーク、ブロックするにあたり、非常に困難な判定を追加する。
・ヴィズマに付与されたバッドステータスの数が多いほど、この能力の成功判定にマイナスが生じる。

◇孤独の遠吠
・咆哮を聞いた相手を呪う。
・特レ(ヴィズマの山全域)【万能】【無】【恍惚】【怒り】【不吉】

◇雨中の灰狐
・戦闘開始後、雨が降っている限りターン終了時にステータスが向上し、一番新しく付与されたバッドステータスから回復する。

【シチュエーションデータ】
■ヴィズマの山
・道らしい道もない山。
・昼間だが、雨が降り続いていて薄暗い。

【用語集】
■セディオラの紐
・ヴィズマにかけられている呪術。
・呪いを受けた相手を衰弱させることで解除される。
・解除時には対象を包むリボン状の紋様が消えるので、すぐに分かる。

  • 灰狐ヴィズマ完了
  • GM名yakigote
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年06月21日 21時20分
  • 参加人数 10/10人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヘルモルト・ミーヌス(p3p000167)
告げる拳
ルアナ・テルフォード(p3p000291)
守護の勇者
オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)
果ての絶壁
カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
ゲイムメイカー
ニル=エルサリス(p3p002400)
コゼット(p3p002755)
孤兎
レスト・リゾート(p3p003959)
おばロリババア
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)
天棲鉱龍

リプレイ

●雨音の境目
 自身がそうではなくなっていく感覚に、ずっと苛まれている。引きちぎられた尾っぽの痛みはジクジクと熱を帯び、私の全身を締め付けるようであるというのに、頭は反対にひどく朧げになっていく。心がひとつの感情に乗っ取られていくかのようだ。悲しみも、憂慮も、守らなければという意志すらも、憎悪に塗り潰されていく。

 それは不思議な光景だった。
 太陽が顔を出しているというのに、雨がずっと降り注いでいる。
 日の丸は確かに見えているというのに、周囲はやけに薄暗い。
 天気雨、というには激しい。狐の嫁入りというには、些か物悲しさの深いものであった。
「殺害ではなく救助とはまた難しいお仕事ですが……」
『強襲型メイド』ヘルモルト・ミーヌス(p3p000167)の声に、否定の感情はない。
 難解であるとは思うが、不可能ではない。困難であるとは分析するが、投げ出すものではないと判断できるのだ。
「やりがいはありそうです。オーダーに応えるのはメイドの務め。やり遂げて見せましょう」
 殺さないでほしい。村人の願いが込められた依頼に、『守護の勇者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)はいつもよりも強いやりがいを感じていた。
 ヒトと魔獣。その隔たりがありながら、彼らは確かな関係を築き上げてきたのだろう。
「命を奪わないように、また村の人と一緒に過ごせるように。ルアナ……じゃないや。わたしも頑張る」
「我等『物語』の――我々に必要な理性を忘れた存在果たして狐が狂暴化した所以はノイズ※※※で我々は最初から知っているのだが最早ない大鴉の――」
『腸々と蠢き続ける思考の鍵られt』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)は動画が停止したかのようにピタリと動きを止めたかと思うと、ゆっくりと首を傾げていった。
 自分の言葉を、自身で解読できなかったのだ。
「雨のみといえど、天候を操るほどの魔獣、か」
 非常に強力な魔獣であると、『沈黙の御櫛』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は認識する。
 天候は最大級の広域兵器である。どれほど叡智が発達した世界でさえ台風には抗えず、無限に続く日照りはあらゆる作物を枯らすのだ。
「それを、殺さず無力化とは、難題、だな」
「今回の依頼はお狐ちゃんの呪いを解くことだお」
 降り注ぐ雨に、濡れないことを諦めながらニル=エルサリス(p3p002400)が依頼の内容を確認する。
 セディオラの紐。耳にしない言葉だが、マイナーな信仰上にあるのだとあの情報屋は言っていた。気にはなるところだが、まずはヴィズマを救わねばならない、
「なるべく早めに解いてあげたいところだぬ……」
「ヴィズマって、村からとっても好かれてるん、だね」
 行きがかり、立ち寄った村で誰からもきっと救ってくれと『孤兎』コゼット(p3p002755)は懇願されていた。
 彼らは本当に、心からヴィズマを思っていた。それを考えるだけでも、熱いものがこみ上げてくる。
「はやく、あの趣味が悪いリボンを、とってあげきゃ」
 村での様子を見れば、『レストおばさん』レスト・リゾート(p3p003959)もヴィズマがどれだけ温厚で理知的な魔獣であり、人々から信頼されているのか理解できた。
「うんうん~、おばさんそういうの大好きよ」
 生物的な枠組みを超えた関係には、素直に好感が持てる。
「この優しい関係が失われるなんて悲しいもの。ええ、おばさんにもお手伝いさせてちょうだい~」
「討伐じゃなく理性回復の依頼なんて、この子はきっと愛されてるのねぇ」
 大狐。それも元が九尾とくれば民間信仰対象にもなりかねない。気位も高かろうに、村の誰もがヴィズマをを恐れてはいなかった。理性を失い、暴れ始めてもだ。
 ヴィズマを狙った何者か。『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400) も、それは気になるところであるが。
「原因を探るのは後回し、まずは止めてあげないと!」
「誰かが術を掛けて尻尾落とした様だけどどこのどいつだか」
 顔にあたる雨粒のそれを感じながら、『天棲鉱龍』ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)は訝しむ。
 天候を操作できる大妖。その象徴とも言える尾に、如何様な意味を見出したのか。
「殺さない程度に消耗させろってのは中々難しいオーダーだけど、やってみせるよ」
『風読禽』カイト・シャルラハ(p3p000684)が翼についた雨を払っているが、諦めて嘆息をしていた。
 大雨というのは厄介だ。地面はぬかるんで滑りやすく、降り注ぐそれらが体温を奪っていく。
 まさか戦闘中に傘をさすわけにもいかず、辟易とした気分だった。
 日が差しているのに薄暗い。そんな矛盾した空の下でそびえ立つ山を見る。
 灰狐ヴィズマ。この雨の主を思いながら。

●山の支配者
 逃げてほしい。逃げてほしい。私という暴虐から、逃げてほしい。最早この体は憎しみによって操られ、心奥にて抗う私の命令を受け付けてはくれない。無くなった尾が痛む。制裁を与えろと強く叫んでいる。何に、誰に、そう尋ねる理性への答えはなく、膨れ上がる悪情は私を今にも、嗚呼、憎い。

 山に、一歩。
 その瞬間だった。
 獣の咆哮。狐とは思えぬほど深く力強いそれに、心が揺さぶられる。
 そして同時、理解していた。
 ヴィズマは侵入者の存在に気づいている。
 山全域を射程とする超広範囲呪術。
 鼓膜にまだ響いた感触を残す中。
 ヴィズマはゆっくりと、茂みに奥から姿を現した。

●灰色の大狐
 憎い。

 ぱしゃん、と。
 水の弾けたような音を、アーリアは聞いたような気がして。
 振り向いた次の瞬間には、肌に幾つもの牙が食い込んでいた。
 続いて背中に衝撃。これは大木に当てられたものだろうか。
 血流の音が五月蝿い。あんなにも激しかった雨音が、今はまるで耳に入ってこない。
 血は吐かない。内蔵に傷がつかなかったらしい。なんとも幸運だと、自嘲気味に頭の中の誰かが指さしていた。
 歯を食いしばらねば悲鳴を上げてしまいそうな激痛。しかしアーリアのとった行動は、自分を労る行為とは真逆のものだった。
 ゆっくりと、灰狐の頭を撫でる。雨に濡れている筈が、それでも深く沈み込む毛並み。嗚呼なんと、この目は悲しく怯えているのだろうか。
「痛いわよねぇ、苦しいわよねぇ。でも大丈夫、今助けてあげるから……」
 意識は手放さない。悲鳴もあげない。子をあやすように、気丈に笑んで見せるのだ。

 泥を跳ね上げながら、コゼットが宙を舞う。
 雨の中でさえ、木々の間でさえ目を引くその動きは、怒り狂う獣の視線すら誘い導いていた。
 雨音に混じる雑音で、敵意が自分に向いたことを悟る。
 イヤホンを引っこ抜いたような音と、黒板を引っ掻いたような音と、スピーカーをふたつ引っつけたような音が自分の耳にだけ鳴り響く。
 顔をしかめたくなるようなそれがヴィズマの心を占めているのだと思うと、爛々と輝く赤い帯のなんと憎いことか。
 迫りくる牙を、地を蹴って回避する。肉と血のこびりついた並び。大きく開かれたそれは、自分など丸呑みにできそうなほど大きい。
 礫を放ち、怯んだところを懐へ潜り込む。その瞬間。
 ぱしゃり。
 水の音がして、目前より狐が消えた。
 どこへ。
 振り向いた瞬間、目前に大アギト。
 しかしその動きは、先程までと比べればひどく鈍く。

 だから、オラボナはその隙間に己を割り込ませることができていた。
「Nyahahahahahahahaha!!!」
 呪いのような笑い声が山中にこだまする。
 牙は食い込み、肉は裂け、生物特有の痛みという激烈な信号が脳髄に文字の奔流として流れ込んでくる。
「じくじくと殴り込むように浸透する三本の六本の咥え込まれたる解釈が打鍵の音を激しく激しく――」
 だが、痛覚神経に支配されない思考回路のどこか一部が、この痛みは好機であると微笑んでいた。
 現状、既にヴィズマを蝕んでいる幾つもの楔。雨が降り続いている限り打ち直す必要はあるのだろうが、それでも自分が割り込めるだけの隙間は作り出すことができるというわけだ。
 ぱしゃりと、また水音。
 しかしそれも、目で追えなかった程のはじめの一撃と比べれば、手を加えられた映像のようにゆうくりと、ゆうくりと見えていた。

 大口を開けて迫るヴィズマの横合いから、その頬に拳が添えられた、ヘルモルトのものである。
 直拳を放つ姿勢で構えられたそれは、ヴィズマが牙の矛先を変えるよりも先に撃ち抜かれた。
 手首、肘、肩、腰、膝、足首。ひとつづきの回転動作。その全エネルギーを乗せた拳の衝撃は、僅かだがヴィズマの頭部を突き抜けていた。
 知性があるということは、脳が大きいということだ。明確に局所を捕らえた正拳は頭蓋の中をたしかに揺らしている。
 ぐらり。
 動きが鈍る。いいや、動きが戻っているという方が正しいか。雨はヴィズマのテリトリーだ。その中でひたすら加速し、強大化し、鬼気迫る様であった狐の動きは、茂みの中から顔を出した頃のそれに戻っている。
 敵意は変わらない。雨は降り止まない。しかし再度繰り出されたヘルモルトの拳は、先程よりも容易に、狙いすました急所へと突き刺さっていた。

「狐さん狐さん。ルアナとあそぼ。たくさんあそぼ。狐さんこちら。手のなる方へ」
 雨音に掻き消されぬよう、理性を失った狐の耳にも届くよう、少しだけ高い音域を意識して出された声。
 それは喉を唸らせるヴィズマの意識を傾けさせるには十二分であったようだ。
 ルアナの背丈によるところもあるだろうが、それでもやはり見上げるほどにヴィズマは大きい。
 その牙も、声も、展開される術式の全てが脅威であり、ひとりだけを狙わせるというのは自殺行為だ。
 よって、その矛先をそれぞれに分散させてやる必要があった。
「痛い思いさせてごめんね。狐さんのこと、村の人たちが心配してるの。だから、落ち着いてもらうために。呪いを解くために……我慢してね」
 巨大な獣。明確な憎悪。それは恐怖でしか無いが、ルアナの声はけして震えてはいなかった。

 帰りの迷宮。ヴィズマ特有の移動手段である。水を起点・終点としてどこにでも移動する。
 その速度は水音がしてから、一秒にも満たない隙間であるが――イレギュラーズにとっては、カイトにとっては、十分な時間であった。
 一秒にも満たない。逆に言えば、一秒に迫るほどには遅い。はじめに見せた、瞬間移動にも近いそれに比べれば、止まっているようなものだ。
 移動後のヴィズマに割って入りながら、カイトはこの術が本来の使い方をされていないであろうことに気がついてた。
 このような狭い範囲で使用するものではない筈だ。圧倒的な速度を持って距離を稼ぎ、雨の中で自己強化を待たれれば、自分達の勝機はなんと薄まることだろう。
 知性を失い、理性を失い、本当の獣のように落ちた狐。
 その様はなんだか痛々しくて、祈るように緋色の帯を斬りつけていた。

 獣と、見つめ合う。
 視界いっぱいに広がる灰狐の顔。鼻をつく獣臭。血を洗い流す容赦のない雨。
 地面に倒れ、仰向けにその憎悪に染まった瞳を見つめながら、エクスマリアはここにおいて自分が未だひどく冷静であることを自覚していた。
 体の動きが鈍い。だが、視線を狐から外すことができない。
 これはヴィズマの呪いだ。自分は今、怒り狂った獣の心を一身に受けているのだ。
 子供のような目だと、そう思った。
 雨を降らせる程の妖狐。どれほどの歳月を生きてきたかなど想像もできない。
 だが、どうだ。憎悪と言うにはあまりに不安げな。憎悪と言うにはあまりに悲しげな。
 不意に、それが『心配』という感情なのだとエクスマリアは気づいた。
 いるのだ。そこに。憎悪で塗り固められ、大雨を降らしながらも、その瞳の奥に、ヴィズマはいる。
 そう思うと、自然に足に力が入っていた。

 少しだけ雨が弱まって、その後すぐにまた強くなった。
 いいや、先程よりも少しだけ強くなった。
 その変化にレスト以外の誰が気づいただろう。
「は~い、お手当てしましょうね~」
 特徴的な空気感を持つ彼女の発言は、張り詰めていた緊張を適度に和らげてくれる。
 牙に裂かれ、あるいは穿たれ、術式を浴びせられた体。治癒の術式がなければ、ここまで痛みに鈍感になれただろうか。
 だが、興奮した獣を前にしているのだ。肉食獣を前に、逃げ出さないというのは本来こういうことだ。血を見ることを是とし、生き残ることを死中に見出さなければならない。
 だが、それももうじきだとレストは感じていた。
 疲弊は激しい。ヴィズマの傷も相当に深いが、こちらも全員が無事というわけではない。
 雨が体温を奪っていく。荒い息が白くなり、中空へと消えていった。

 獣の爪が身を裂いたが、ニルの拳も止まることなくヴィズマを捕らえている。
 だくだくと血が流れているはずだが、痛みは感じない。戦闘に集中している為か、それともアドレナリンが痛みという負債を引き受けてくれているからか。
 どちらにせよ後でのたうち回りそうではあったが、少なくとも今ではない。
 爪先が骨に引っかからなくてよかったと、幸運に感謝する。骨は無事。肉は残っている。ならばヒトは戦うことできる。
 何度めかの渾身の一撃。振り抜いた勢いをそのままに体を回転させ、ぬかるみで不安定な体勢のまま次弾の構えを取る。内股の筋肉で無理矢理に姿勢を維持し、重力に逆らいながら軸足を蹴りつけた。
 それと、自分をまた爪が襲うのは同時。だがニルの狙いは本体ではなく、迫り来るそれにあった。
 交差する爪と拳。撃ち抜いた先、爪に罅が入り、ぐちゃりと折れ落ちた。

 痛みはない。
 そういう風にはできていない。
 だがどれだけ少なく見積もったとしても、これは満身創痍であるとェクセレリァスは自身の状況を結論づけていた。
 立ち上がれるか。腕を立て、身を起こそうとするものの、泥が滑って転がってしまった。動かない。
 体が動かない。雨は降り続いている。体温を容赦なく奪っていく。腕をあげようとしたが、力なくばしゃりと地に落ちた。
 ぬうと、獣の顔が覗き込む。なにか重たいものが伸し掛かったような錯覚に囚われた。
 それは首にあたっている。冷たくて鋭利なものが、首にあたっている。
 錯覚だ。そうわかっているものの、実態のないそれを払いのけることができない。
 ヴィズマの顔が近づく。口を開けている。牙が並んでいる。
 顔の前まで来た。獣の匂いが酷い。
 首に当たる冷たさが増したように感じた、次の瞬間。
 ぺろり。
 狐の舌が、呆然とする自分の顔を舐めていた。

●八尾の幻獣
 頭を垂れよう。感謝も謝罪も、こうするのだと昔、ひとから教わった。

 大妖の背に乗って山を降りる。
 既に雨は上がっていたが、皆、泥だらけだ。
 赤い帯の取れたヴィズマの背。その上でまだ気力の残っている何人かは灰狐にねぎらいの言葉をかけている。
 八本になった尾が目に入り、痛々しげなそれに目を伏せた。
 犯人の目星はついていない。
 ヴィズマに尋ねはしたのだが、記憶は曖昧でいつ奪われたのかもわからないようだ。
 山を抜けると、木々の間にしか見えなかった日が差し込んできた。
 太陽が偉く久しいように感じられて。ひとまずは灰狐ヴィズマを救えたことを、心から喜ぼうと思うのだ。

 了。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787) [重傷]
ゲイムメイカー
アーリア・スピリッツ(p3p004400) [重傷]
キールで乾杯
ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156) [重傷]
天棲鉱龍

あとがき

第一因素:天狐の第七白尾

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