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シナリオ詳細

<クレール・ドゥ・リュヌ>狂乱のランチタイム

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●今日も飯が美味い
「ふん、ふんふん~、ビューティフル・デェィ~~」
 天義、首都フォン・ルーベルグ。
 乱立する豪奢な屋根の上に腰かけて、男は鼻歌交じりで肩掛けバッグの口を開いた。
 陽気な男である。
 ラフにして雑に気崩された流行りのスーツ。どっかの世界の旅人がもたらしたモノだったか、と男は考えて、すぐに忘れた。今ここにスーツがあるのだから、来歴はどうでもいいだろう。
 男がバッグから取り出したのは、魔法瓶――これもどっかの世界の旅人が持っていた奴だったか。いつでもどこでも暖かい紅茶が飲める優れものだ。奪い取ってよかった――と、紙に包まれた、巨大なサンドウィッチだ。具はチーズ。ハム。レタス。トマト。シンプルにして王道。男の大好物だ。
 男はサンドウィッチを膝にのせてにんまりと笑うと、だらしなく開かれたシャツの、これまただらしなく伸びたネクタイの先端を背中側にやる。ちょうどその時、眼下の街並みに変化が訪れた。静かだったそれが、瞬く間に騒々しくなる。
「殺せ! 殺せ殺せ殺せ! 騎士どもを許すな! 聖職者どもを許すな! 我々から愛しき人を奪い取る、悪魔の手先を許すな!」
 眼下、一般市民風の男が叫んでいた。手には棒にナイフをくくり付けた即席の槍を持ち、いらだたし気に、カツカツと石畳に叩きつける。
 その背後には、さらに無数の一般市民――老若男女問わず。その全てが狂気に眼を血走らせ、手に手に凶器を持ち、吠えるようにがなり立てる。
 一方、殺気立つ彼らに相対するのは、天義の治安を維持する駐屯聖騎士たちだ。
「クソ、暴徒どもをこれ以上放置するな! 捕えろ……いや、殺しても構わん! 所詮は邪教に堕ちた背教者どもだ!」
 上ずったように叫ぶ駐屯騎士隊長。彼が騎士剣を抜き放つと、控える部下たちもまた一斉に剣を抜き放った。
 果たしてどちらとも知れず駆け出し、両者は街の最中で衝突する。
 響くは怒号。打ち鳴らされる剣戟。消える悲鳴。彩る鮮血――。
「あーっ! アッ、アッ、アーッ! 待て、待て待て待て待て待て! まだ紅茶開けてねぇだろうがよぉ~~~~~~~~~~~~~!!!!」
 眼下にて惨劇が始まったのへ、男は苛立たし気に悪態をついた。慌てて魔法瓶の蓋を開けると、その湯気にのせられた紅茶の匂いを、胸いっぱいに吸い込む。
「飯の前はまず紅茶の香りを楽しむんだよ……血なまぐさいのはそれからッ! あーもう台無しだよ! 飯には段取りってもんがあるじゃねぇかよぉ~~~~~!!!」
 男は慌てて紅茶を一口、口中で転がす。広がる苦みと香りをいっぱいに堪能してから、サンドウィッチにかじりついた。
 瞳を閉じて、ゆっくりと咀嚼する。
「紅茶で湿らした口の中に……広がるチーズとトマト、ハムの味のハーモニーがよぉ……たまんねぇなぁ~~~……そしてレタスがいい仕事してるッ! 加えて最強の環境音っつーの? オーケストラっつーの? それが流れてればよぉ……」
 ごくり、と、男はサンドウィッチを飲み込んだ。恍惚とした表情で、ため息をつく。
「最高のランチじゃねぇかぁ……お前らの悲鳴で飯が美味ぇよ……ここで紅茶を一気ッ! しちゃうんだなこれがぁッ!!」
 男が勢いよく紅茶を飲み干した。……眼下に繰り広げられる地獄など、男――魔種にとっては、食事の余興でしかないのだ……。

●暴徒鎮圧戦
「ローレットのイレギュラーズだな? すまんが、事態はひっ迫している。手短に話すぞ」
 男――駐屯騎士隊長は、依頼を受けてやってきたイレギュラーズたちを見るや、そう告げた。
 現在、天義首都、フォン・ルーベルグを中心に、狂気に侵された人による事件が多発している。その狂気の伝播は、さながら幻想における『嘘吐きサーカス』をも彷彿とさせるものであった。
 だが、天義にサーカスは……狂気のキャリアーの存在は、表面上、見受けられない。
 だが、ローレットのレオンは、こう推察する。
 現在、時を同じくして発生した『黄泉返り』事件――この、『蘇った人物』こそが、狂気の伝播者なのではないか、と。
 この推察が正しければ、同事件をイレギュラーズが解決し続けてきたことは、まさに不幸中の幸いであったと言えるだろう。もしイレギュラーズたちが動いていなければ、潜在的な爆弾の解除はできなかった――つまり、被害は今日の比ではないのだ。
「その、魔種による『原罪の呼び声』……だったか? それにあてられた連中が、市街を乗っ取って……と言うか、まぁ、元からそこの住民なんだが、とにかくそこで暴徒化している。我々も鎮圧を試みたが、いかんせんイカれたあの連中のタフネスは尋常じゃない。腕を切り飛ばしても、平気な顔で襲い掛かってくる……いくら我らが信仰が篤くとも、これでは……」
 そう言って、駐屯騎士隊長は、左手の方角へと視線を移した。その先には、傷つき、うめき声をあげる騎士団員たちの姿が見える。その被害は、どうにも尋常ではないようだ。
「どうやら住民たちは、とある男に『天義は蘇ったモノたちを再殺し、もう一度君たちから愛する者を奪おうとしている』などと扇動されていたらしい。この男ってのが、どうにも魔種のようだ。今も市街でも一番高い建物の屋根に陣取ってわめいてるようだが……」
 駐屯騎士団長は忌々し気に吐き捨てると、続けた。
「だが、奴はどうも……食事にご執心らしい。住民たちを煽ってはいるが、我が我がそれを鎮圧することに対して、妨害めいたことは行っていない。奇妙だが、これはチャンスだ。我々に……そして君たちにとっても。暴徒の数は多い。それを抑えながら、魔種と戦うとなると、おそらく作戦の難易度は激増するだろうからな」
 つまり、今回に限って言えば、魔種は放置しておいた方が得策という事だ。イレギュラーズ達は、残る騎士たちと協力し、暴徒化した住民全てを鎮圧する。
「無力化してとらえろ……とは言わん。全員、殺してしまっても構わない……と言うより、少なくとも我々はそのつもりで戦う。とてもではないが、相手の身を思いやる余裕などはないのでな」
 駐屯騎士団長はため息をつくように言って、イレギュラーズたちへと視線をやった。
「それでは……頼むぞ。命を懸けろ、とは言わん。だが報酬分は働いてくれ」
 駐屯騎士団長の言葉に、イレギュラーズたちは静かに頷いた――。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 天義を脅かす暴徒を鎮圧し、街に平穏を取り戻してください。

●成功条件
 暴徒化した住民全ての無力化(生死を問わず)。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●状況
 場所は、天義の首都、フォン・ルーベルグの一市街区画。太陽が頂点に到達したランチタイムの始まりに、作戦もまた始まります。
 暴徒たちは、市街中に分散しており、すべてを見つけて討伐する必要があります。
 暴徒たちの数は甚大ですが、同時に天義駐屯騎士たちも、鎮圧作戦を開始します。そのため、すべての暴徒たちと戦う事はありません。順調にいけば、総数の半分程と戦う程度になるでしょう。
 騎士たちは、イレギュラーズたちよりは弱いため、もし騎士たちに暴徒の鎮圧を任せきりにしてしまえば、そう遠くないうちに瓦解し、全滅します。
 また、街の最も高い建物の屋根の上では、この件を扇動した魔種『アッティ』が食事をとっています。
 アッティはこちらの作戦への介入を行いません。放置しておいた方が良いでしょう。
 もし、仮にアッティの討伐を目指すのであれば、難易度は上昇し、上記の死亡判定が発生し、情報精度はBに変更されます。

●エネミーデータ
 暴徒化した市民 ×50
  特徴
   老若男女を問わず、狂気に飲まれ、狂暴化した市民たちです。
   総数は50ですが、イレギュラーズたちが順調に作戦を遂行していけば、半分は騎士たちが受け持ってくれるでしょう。
   能力値の類はイレギュラーズよりも低いですが、狂気により痛覚が遮断されているのか、EXFは高くなっています。
   遭遇状況によりますが、3~4名と同時に戦う事になります。
   使用スキルは、近距離を射程距離とする、物理単体攻撃。これは鋭い刃物による攻撃のため、出血のBS付与能力を持ちます。

 『ランチタイムの』アッティ ×1
   特徴
    本件を扇動した魔種です。街の最も高い建物の屋根の上でご飯を食べています。
    こちらからちょっかいを出さなければ、ご飯を食べているだけです。
    情報が不足しています。
    もし討伐するのであれば、『原罪の呼び声』も含み、最大限の注意を払ってください。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加をお待ちしております。

  • <クレール・ドゥ・リュヌ>狂乱のランチタイム完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年05月29日 21時50分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
マルベート・トゥールーズ(p3p000736)
饗宴の悪魔
楔 アカツキ(p3p001209)
踏み出す一歩
河津 下呂左衛門(p3p001569)
武者ガエル
アーサー・G・オーウェン(p3p004213)
暁の鎧
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
藤堂 夕(p3p006645)
小さな太陽
ソア(p3p007025)
無尽虎爪

リプレイ

●ランチタイムの始まり
 ごぉん。ごぉん。と――。
 鐘が鳴った。
 正午を告げる鐘の音は、首都フォン・ルーベルグの街に響き渡り、その一角であるこの区域にも、その音を届かせる。
 午前が終わり、ひと時の休憩――ランチタイムの合図であるその鐘の音は、しかしこと、今日この区域においては、平穏さとは真逆の事件の始まりを告げる音である。
「正午……かぁ」
 その頭の上の耳をぴくぴくと動かして、ソア(p3p007025)が言う。耳は響く鐘の音を聞きながら、しかしその視線は、音とは違った方向――街並みにたたずむ、付近でもひときわ高い建物を睨む。
「向こうもランチタイムを始めるころだろうね。悪くない趣味だよ」
 笑みなどを見せつつ、『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)は言った。そう、おそらくは、あの屋根の上、人々を扇動した魔種はいそいそと食事の準備を始めている所だろう。
 そいつはいずれ、倒すべき相手だ。だが、今は、まだ。今回の主目的は、暴徒と化してしまった住民たちの鎮圧である。
 住民達が占拠する区画、その入り口に、天義騎士の集団と、イレギュラーズ達は居た。この区域を占拠する50名ほどの暴徒……その全てを無力化するために。
「案内は要るか?」
 騎士の一人が、区画内の案内をイレギュラーズ達へと持ち掛けるのへ、『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は穏やかに首を振った。
「いえ。私たちにも、コネクションがございますので」
 寛治が取り出した地図には、地元住民しか知らぬような情報まで、細かに記載されているようだ。持つべきものは、地元のダチコーと言うべきか。
「なるほど……そこは、さすがと言うべきなのだろうな」
 その詳細な地図を確認した騎士は、感嘆の色を載せて唸る。
「では、作戦の遂行を頼む。くれぐれも……相手に情けをかけようとは思うな」
 冷たい言葉ではあったが、少なくとも、暴徒と相対するイレギュラーズ達への心配の情は、確かに受け取れた。
 故に、過剰に反発する気にはなれない。少なくとも、騎士たちが相手に情けをかけて居られる余裕などない事は事実だという事は、イレギュラーズ達も理解している。
「はい……承知の上なのです。騎士様方も、どうか、お気をつけてほしいのです」
 祈りるように言う『ほのあかり』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)に、騎士たちはゆっくりと頭を下げた。それから彼らは、自らの作戦開始位置へと向かって、この場所から去っていく。
「情けをかけている余裕はない……わかってはいます、けど」
 その後ろ姿を見つめながら、『小さな太陽』藤堂 夕(p3p006645)は吐き出すように、言った。
「……無理ですよ……! 助けたい……! 殺したくなんて、無い……! だって、あの人たちに罪なんて、無いんでしょう……!?」
 夕の言葉、想いは、イレギュラーズ達も同じくするところだろう。暴徒化したと言えど、住民たちに罪はない。彼らは狂気に飲まれ、踊らされているだけなのだ。ただただ理不尽な狂気に犯され、狂気のままに暴れる事となってしまった被害者なのだから。
「分かっているでござるよ。でも、切り替えるでござる。さもなくば、拙者らが死ぬことになりかねない……」
 『武者ガエル』河津 下呂左衛門(p3p001569)が言う。理想は、すべてを救うという事である。しかし現実的な問題、それが恐らく、限りなく不可能であるという事を、イレギュラーズ達は理解していた。
 理解していたが故に、理想を求め――傷つく。だが、諦観に身を委ねた時、人は可能性を失う。だから届かなかったとしても、諦めずに、諦めずに、手は伸ばし続けなければならない。
「……チッ。俺らがこういう気持ちになるのも、あの魔種にとっては飯のオカズってわけかよ」
 忌々し気に、『烈鋼』アーサー・G・オーウェン(p3p004213)は吐き捨てた。元凶たる魔種は、今頃こちらの様子を見ながら、お茶でもすすっているのだろうか。流石に腹立たしさがこみあげてくるというものだ。いや、あるいは怒りを抱くことすら、奴の掌の上か。
「…………」
 『軋む守り人』楔 アカツキ(p3p001209)は静かに、息を吐いた。アカツキの視線の交わったイレギュラーズには、アカツキが『奴の掌の上で踊るのは気分が悪いが、さりとて放置しておくわけにはいかない』と、そのように思っていて、そう伝えたいのだという事を理解できたかもしれない。
 騎士たちが、合図のラッパを鳴らした。作戦行動、開始。こちらも動くタイミングだ。
「では……まいりましょう。出来れば、最良の結果をこの手に」
 寛治の言葉に、イレギュラーズ達は頷く。
 そして悪意渦巻く街の中へと、一歩、足を踏み入れた。

●すくえたものとこぼれたもの
 町に足を踏み入れたイレギュラーズ達の中には、本能的に身震いをした者もいるかもしれない。一般人であれば確実に身をすくませるであろう程に、濃密な怒気、殺意、敵意、そう言ったものが、町中にあふれている。
 こうなっていては、ここが、敬けんなりし天義の民が住まう場所であるとは、とてもではないが信じられないだろう。
「さぁて、ランチタイムであるならば……まずは前菜と行こうか」
 上空、背の翼をはためかせ、マルベートは笑う。
 マルベートの視線の先には、果たして4名の暴徒の姿が見える。一人は若い女性。残りは壮年の男性。その眼は血走り、苛立たし気にあたりを睥睨するのは、侵入者を――彼らからしてみれば、『死より黄泉がえりし家族を奪う者』たちを――探し、その報いを与えようとしているのだろう。
 魔種、『アッティ』による扇動とは、つまりそれに因っている。天義に起きた、黄泉がえりの事件。家族などの大切な者を失った/これから失わない者などは、生命が今の形である限り存在しない。あの人がよみがえったのなら私にも。その淡い希望に強欲の薪をくべ、己が身すら焼き尽くす業火へと変える。
 さて、空飛ぶマルベートの姿は、暴徒たちに発見されたようだ。
「居たぞ! 悪魔だ! あの人の言った、俺たちから黄泉がえりを奪う、悪魔だ!」
 男が、叫ぶ。マルベートは笑った。
「不正解だよ。でも、正解でもあるね」
 その笑みを見るのであれば、確かにマルベートは、悪魔と呼ばれるにふさわしき妖艶さと、畏怖を与える雰囲気を持っていた。
 マルベートはふわりと地に降り立つ。それを追って、暴徒たちは奇声をあげながら走り出した。
 マルベートが降り立った先には、クラリーチェをはじめとするイレギュラーズ達の姿があった。イレギュラーズ達の姿を認めた暴徒たちが、怒りの雄たけびを上げる。
 その様子に、たまらずクラリーチェは息を呑んだ。それは、恐怖故か、あるいは、理性を失った彼らに対する憐憫故か。
「来たのです!」
 クラリーチェが声をあげるのへ、すぐ近くの路地裏の入り口にいた寛治が頷いた。
「かしこまりました。手筈通りに、こちらへ誘い込んでいただけますか?」
 手にした傘、その先端で、かつり、と石畳を叩く。寛治の背後には、即席で設えたバリケードがあった。
「挑発してやれば……って思ってたけど、その必要もなさそうだなぁ」
 ソアが言う。もはや暴徒たちには、自分たち以外はすべて敵としか映らないのだろう。とはいえ、念には念を、である。
「さぁ、こっちだよ! 君たちから大切な人を奪いに来た敵は……こっちだ!」
 ソアの言葉に、暴徒たちのなけなしの理性が吹き飛んだようにも見えた。さらに雄たけびを上げて、こちらに突っ込んでくる。
「うわぁ……まるでゾンビって奴みたいだ。孤立する前に、バリケードに行こう?」
「はい……!」
 ソアの言葉にクラリーチェは頷き、街路からさらに路地裏へ――バリケードのある狩の場へ。
 イレギュラーズ達がバリケードへと隠れると、ほぼ間髪を入れず暴徒たちがバリケードに突撃をしてきた。暴徒たちが手にした刃物が、何度もバリケードに突き刺さるのが分かる。
「クソが! 出てこい! 悪魔め!」
「殺してやるわ!」
 口々に悪罵の言葉をあげる暴徒たち。一般人であれば、恐怖に身をすくませることは間違いないほどの、むき出しの敵意と殺意。
「……ッ!」
 バリケードを背に、夕がたまらず、唇をかんだ。
「先ほども申し上げたでござるが……」
 その様子に、下呂左衛門が口を開いた。
「切り替えるでござるよ」
「分かって……ます……!」
 悔し気に、夕は言った。言葉は暴徒たちには届くまい。なれば実力の行使によって、彼らを止めるしかない。そしてそれは、彼らの命を奪うギリギリの選択なのだ……。
「…………」
 アカツキが仲間たちに目配せする。やるぞ、準備は良いか? そう言うように。イレギュラーズ達は頷いた。
「やるぜ……こいつらを止めてから、昼飯中のあいつをぶん殴る」
 アーサーの言葉に、イレギュラーズ達は一斉に行動を開始した。
「残念だけれど」
 マルベートが振るう、二振りの槍。『純心を穢すグランフルシェット』と『煌命を簒うグランクトー』。そのディナーフォークとナイフに似た形状をした槍は、斬り、突き、獲物を口へと運ぶためのものである。
「私に慈悲とかは期待しないでもらいたいな」
 食事が始まる。左手のフォークで縫い付け、右手のナイフで斬りつけた。前面にいた男は右手を貫かれ、その身体を切り裂かれた。決して少なくはない量の血が、マルベートの口元を濡らす。まともな人間なら意識を手放すであろう攻撃に、しかし男は瞳を爛々と輝かせ、マルベートを睨んだ。
「へぇ……本当に、タフになっているみたいだ」
「……貴様を、殺すまではぁ……!」
 唇から血の泡を吹いて、男が言う。が、次の瞬間、男の首筋に一閃、何かがきらめき、ずるりと頭が滑り落ちた。
「すまぬ……が、これ以上、苦しむよりは……」
 下呂左衛門である。
 一点の曇りなき、水に濡れたような刃が、静かに、流る流水のように、男の命を絶ったのだ。
 その行為は、慈悲であろうか。その胸の裡は、下呂左衛門にしかわからない。
「…………ふっ」
 静かに息を吐いて、しかしすさまじい勢いの『震脚』を地に叩きつけるアカツキ。地震のように地を揺らし、爆発する石畳。凶器と化した石片が、次々に暴徒たちに突き刺さる。
 続いたのは、寛治の放つ、無数の弾幕だ。群れとなり襲い来る、蜂の羽音の如き銃撃音が、蜂の群れじみた弾幕と共に、暴徒たちの身体へと着弾していく。
「……これでも、止まりませんか……」
 長傘――これには、銃が仕込まれている。寛治が信頼を置く武器の一つだ――を構えながら、些かの落胆の色を載せて、寛治が言う。猛攻を受けてなお、暴徒たちは足を止めることは無い。
 バリケードを破壊して、暴徒たちがなだれ込む。手にした、ぐちゃぐちゃに壊れた刃物が鈍く光った。
「くそっ、こっちだ!」
 アーサーが叫ぶ。誘われるように、暴徒たちはアーサーへと襲い掛かり、乱雑にナイフを振るった。四方八方から襲い来る斬撃に、アーサーの身体がたちまち傷ついていく。
「チッ……力も大したもんだぜ、こいつら……!」
 毒づくアーサー。理性を取り払われたとき、人はここまで凶暴性と暴力性をむき出しにできるのか。下手な魔物より、それは恐ろしい怪物のように思える。
「お願い、力を貸して……!」
 夕の言葉に応じ、夕と契約する風と闇の契約精霊が姿を現した。二つの精霊が夕へと力を注ぎ込むと、夕の背に輝く翼が現れる。
「可能な限り致命傷は避けて……!」
 翼をはばたかせる。それは、癒しと破魔の刃である。見方の傷を癒しながらも、輝く翼の刃は暴徒たちへと襲い掛かり、その刃が、暴徒と化した女の右足を切り飛ばした。勢いよく前のめりに倒れた女は、その意識を手放す。
 生きているのか。死んだのか。今は確認する余裕はない。
「少し苦しいですが……」
 呟き、クラリーチェが放つのは、生成された毒ガスである。暴徒たちを包み込み、その身に猛毒を宿わせるそれは、いかな体力が尋常ではなかろうと、確実にその生命力を削る。
「が……がふっ、が、があっ」
 苦しげにうめきながら、男が倒れる。澱んだ瞳と、クラリーチェの瞳が交差した。
(「ごめんなさい。私達もまた、死ぬわけにはいかないのです……」)
 胸中で呟き。意識を戦場へと向けるよう、努力する。
(「――人を殺す修道女……神様とやらがいるならば、今の私を見て何を思うのでしょうね」)
 しかしその想いは、脳裏にこびりついて離れなかった。
「君たちが何度立ち上がってきたって……ボクだって、そう簡単には倒れない!」
 残る男の顔面を、ソアが殴りつけた。クリーンヒットしたその一撃は、どうにか、男の意識を手放させることに成功したようだ。地に倒れ伏し、動かなくなった男を確認し、ソアは、ふぅ、と一息、額の汗をぬぐった。
「ひとまず……第一陣突破、だね」
 ソアの言葉に、イレギュラーズ達は頷く。
「これを……あと、何度……」
 クラリーチェの呟き。まだ、ファーストエンカウント。肉体的な疲労より、精神的な疲労が、イレギュラーズ達にのしかかっていただろう。
「でも……止めないと、いけないんです」
 夕がそう言うのへ、仲間たちが頷く。夕は、自らが倒した女性が、かろうじて生きていることを確認していた。
「参りましょう。まだまだ、これからですよ」
 寛治が言う。戦いはまだ、始まったばかりだった。
 イレギュラーズ達は、敵を見つけ、排除していく。
 敵の暴力性は衰えることを知らず、叩きつけられる狂気の叫びが、イレギュラーズ達の精神を削っていく。
 それでもなお、果敢にイレギュラーズ達は相対し、彼らを殺し/生かして行った。
 救えた/救えなかったもの達に想いを馳せる間もなく、進軍は続く。耳をすませば、騎士たちの怒号もまた、街に響いている。向こうもまた、壮絶な戦いを繰り広げているのだ。こちらがネをあげるわけにはいかない。
 幾度目かの交戦。そしてこれが、最後の交戦となる。

●ランチタイムの終わり
 最後のグループは、年若い男2名、女1名であった。彼らと遭遇するまでに、イレギュラーズ達も相応の傷を負い、疲弊している。
「数を数えれば……あれが最後の担当分だね」
 マルベートが言う。これが最後。その言葉に気力と力を奮い立たせ、イレギュラーズ達は武器を構えた。
 両者が、衝突する。互いの刃が交差し、倒れ、また起き上がり、刃を振るう。
 マルベートのフォークが、男の胸を貫く。男は倒れず、最後の力を振り絞って、フォークを掴んで見せた。が、男の足元で爆弾が爆発。寛治の放ったそれが、男を絶命させた。
「恨んでくれても、構わぬでござるよ……!」
 下呂左衛門が刃が、女の両腕を切り裂いた。両の手が地においてなお、女は噛みつかんばかりに下呂左衛門に迫る。
「…………!」
 危ない、とばかりに放たれたアカツキのオーラの砲弾が、女の身体へと突き刺さり、激しく吹き飛ばした。壁に強かに打ち付けられ、しかしなお女は立ち上がる。
「……もう、やめてください……!」
 懇願するように、夕は叫んだ。しかし、女は歩みを止めない。放たれる光の翼の刃が女の身体を切り裂き、ようやく、女はその意識を手放す。
「この方で……!」
 クラリーチェが、暴徒最後の一人へと、毒ガスの雲を撒く。ガスに巻かれ、苦し気にせき込む男へ、
「お終い、だぁ!」
 飛び込むソアの蹴りの一撃が、男を吹き飛ばした。ゴロゴロと地を転がり、男が倒れ、意識を失う。
 終わった――イレギュラーズ達がそう確信した瞬間。
「は~~~いはいはいはい、お疲れ様ぁ~~~~~~~~~~~!」
 人を小ばかにしたような大音声が、あたりに響いた。
 慌ててあたりを見回すが、姿は見えない。いずこかへ隠れているのか。その声の主は、魔種――アッティに違いなかった。
「いやいやいや、なかなかい~いBGMだったぜぇ~~~? んじゃあ、ごっちそうさまぁ! ま、またよろしく頼むわ!」
 その言葉を最後に、アッティの気配が消える。逃走したのだ。
「待て……待ちなさいッ!」
 夕が叫ぶ。だが、その言葉に応える者はいない。夕は悔し気に、近くにあった壁を殴りつけた。
「やれやれ、お互いの趣味について、話したい所だったけれど」
 肩をすくめるマルベート。
「逃げられた……いえ、僥倖であったというべきでしょうね」
 寛治が言う。イレギュラーズ達も、無傷ではない。このまま魔種とぶつかったならば、損害はこの比ではないだろう。
「くそっ……あいつは目的済ませて大喜びかよ……!」
 悔しげにうめくアーサーに、
「…………」
 アカツキは静かに、首を振った。まだ、終わりではない。必ず再戦の時は来る。
「その時まで……決着はお預けでござるな」
 下呂左衛門が言う。
「それもそうなのですが……まだ、今の仕事は終わっていは居ないのです。……生き残った人たちを、助けなければ」
 クラリーチェが言う。そう、暴徒と化してしまった人たちだが、何名か、命を救えたものは居る。彼らはケガをしているのであり、救助が必要なはずだ。
「そうだね。さ、最後の仕上げに、もうひと頑張りしようか」
 ソアの言葉に、イレギュラーズ達は頷く。
 再戦の時を待ちつつ。
 イレギュラーズ達は、次の仕事に取り掛かるのであった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 魔種はとり逃しましたが、騎士団の犠牲は少なく、
 何名かの暴徒と化してしまった住民の命も救うことができたようです。

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