シナリオ詳細
赤の侵食
オープニング
●
ギルド・ローレットの窓から見えるオールド・ブルーの空には冷たい雪が舞っている。その様子を青い瞳で見つめていた『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)はゆっくりと振り返った。
「あら、来たのね」
そう述べたプルーの近くには、ズタボロの男と、兵士が立っている。
「どうしたんだよ、それ」
部屋に入るなり驚いた顔のイレギュラーズが尋ねる。
「少し、事情があってね」
「てか、そのおっさん怪我はいいのか?」
「治癒はされているわ。大丈夫よ」
兜を脱ぎ、所在なさげに頭を掻いている兵士の横で、プルーは肩をすくめた。
「んでそっちの兵隊さんは?」
「はい! 自分は城門から、こちらの方をここに連れてきたのであります!」
そうかい。お勤めご苦労様だよ。
プルーが言うには、男はとある巡業の見世物一座のメンバーであるそうだ。
座長、詩人、道化師、占い師、商人、護衛の男という集団で、数台の馬車の御者は持ち回り。今朝早くには首都に着く予定だった。
ひょっとしたら知っているイレギュラーズも居るかもしれないが、闘獣が目玉の見世物という一座だ。
品種改良を重ねられ、屈強に鍛え上げられた猛獣同士を争わせ、賭けをする。
そんな催しである。
夕方前から幻想国王都のルミネル広場という場所で、さっそく観客を楽しませるつもりだったらしい。
「自分も、夕方にはあがって。その、ツレと見に行くつもりだったのでありますが……」
そうかい。兵隊さんにはいい人がいるのかい。
それはさておき。だがどうした訳か、城下街にたどり着いたのはこの昼前という頃合い。それにこの会計士の男一人だけだった訳である。
「自分、見世物とかサーカスとか、そういうの大好きなんす。こんどアレが来るらしいじゃないっすか!」
兵隊さんの弁の通り、そういえば近々、世界各国を巡る『シルク・ド・マントゥール』が幻想にもやって来るという噂もあった。
華美で人気のあるサーカス団だが、公演中に様々な事件が起こるらしく、不名誉で不吉な陰口が叩かれている事もあるらしい。
「自分も調査に参加したことがありますが、そんなの絶対嘘っす!」
「まあ、それは今回の事件には関係なくね?」
件のズタボロ男は、どことなく情けない表情で立ち尽くしている。
「そ、そうだったっすね!」
「後の事情は当人から直接聞くのがいいかしら?」
「ああ、聞いてくれよ」
プルーが促すと、男は堰を切ったように話し始めた。
要するに、突然檻を破って暴れだした猛獣達が、一座に襲い掛かったのだ。
這う這うの体で逃げ出した男は、どうにか街にたどり着き、ここにやってきたのだろう。
「あそこには、金も商品もあるんだ。頼む」
咄嗟の頭から、仲間のことは出てこないらしい。薄情な奴である。
「とにかく現場につれてってくれ」
ズタボロの男がイレギュラーズに追い縋る。
まあ、せめて着替えてからにしてもらおうか。
●
クローム・オレンジの太陽に照らされて、遠目にみた現場はひどい有り様であった。
数台の馬車は壊れ、馬や人の死体が散乱している。
その近くで数体の猛獣が寝ているように見えた。ご馳走をたらふく食べたのだろう。
ちょっと助かっている感じじゃあない。
現場を遠目から見ていたイレギュラーズ達は、ふと、不思議な感覚に襲われる。少し多いのだ。
「倒れてる人の数、ちょっと多くね?」
確か、座長、詩人、道化師、占い師、商人、護衛の男という集団だと言っていた様な気がする。
「い、いや、あ、あれは、しょうひ、じゃない。旅の途中で助けた子供達で」
「おいおい」
生きていたとしても、面倒は見きれないだのなんだのと。
物騒なことを言いよどむ薄情男は放っておくとして、気になるのは右側の崖に近いほう。
壊れた牢屋のようなものに向けて、しきりに体当たりを繰り返している猛獣が居る。
影が落ちてよく見えない場所だが。
「あれは――」
言うなりイレギュラーズ達は得物を抜き放つ。
猛獣の行動は、生存者の可能性を示唆していたのだから。
- 赤の侵食Lv:2以下完了
- GM名もみじ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年02月18日 20時45分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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クローム・オレンジの夕陽はゆらめきながら地平線へ向かって沈もうとしていた。
辺りは一面の茜色。崖の上の惨状は赤く赤く染まっている。
「僕、サーカスって初めて見ました」
『おうさま』Λουκᾶς(p3p004591)は散らばった死体とテントの残骸と夥しい赤色に、綺麗で楽しそうだと声を漏らした。王様であるルカにとって赤は特別な色。だって、即位式には沢山の赤が振る舞われたのだから、きっと間違いない。
大盾を持ちクリムゾン・レッドの瞳を僅かに細めた。
「あちゃー、何か思ったより大惨事みたいだね」
何があって猛獣達は牙を向いたのか。大事にされていなかったのだろうかと『業嵐』シルヴェイド=ヴァーグ(p3p004408)は翼を広げる。
「私は戦えたらそれで良いけど」
仲間は助けたい気持ちが強いらしい。その気持は尊重するべきだとシルヴェイドは頷いて見せた。
イレギュラーズは走り出す。生存者を助け出す為に。
「……檻ん中に生存者か。囮にしとけば楽なのにな」
所有者に捨て置かれた命をわざわざ助けに向かう仲間に呆れた声を出したのは『太陽の勇者様』アラン・アークライト(p3p000365)だった。
「ヒヒヒ……そんな事言って」
口では悪態を付きながらも助けるために先陣を切って走り出すアランに『闇之雲』武器商人(p3p001107)は三日月の唇で微笑む。
檻に食らいつく牙に軋む金属音。満腹になって横になっている獅子は近づいてくる足音に耳を立てた。
片目を開き檻に近づいて行くイレギュラーズを見ながら、欠伸をひとつ。
(――気づかれたか)
リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は赤い瞳で獅子を一瞥する。瞬時に襲い掛かってくる意志は感じられない。気だるげな微睡みの中にいるのだろう。
「うっわぁ~、なんだこの大惨事……」
目の前に広がる凄惨な現場に思わず声を上げる『ノベルギャザラー』ジョゼ・マルドゥ(p3p000624)は傍らのダチコーに草むらで隠れるように目配せした。
「ジュノー、猛獣ショーはこれで見納めっぽいぜ?」
「マジかよ。……おい、オッサンはこっちだ」
状況が分からずイレギュラーズに付いて行こうとする依頼人の男。それを相棒が襟首掴んで引っ張って行ったのを確認して檻へと視線を戻すジョゼ。
俊足が地を蹴る。
その勢いのまま風の加護を受けし術式を遠距離から放てば、檻を齧っている闘犬の背にアガットの赤が走った。
「キャウン!」
不意打ちに地を転がった闘犬は情けない声を上げる。さりとて闘う為に訓練された猛獣は瞬時に闘志をむき出しにジョゼへ走り出した。
アランは太陽を宿した黄金の瞳を眼前の闘犬へと向ける。鋭い眼光は青年が歴戦の強者であろう事を予感させた。彼の長剣は迎え撃つ闘犬の肩口に突き刺さり幾本かの筋肉を断つ。手応えは十分だ。
猛獣に食い散らかされ転がっていた骨が武器商人を守るように収束していく。
そこには一座の団長や詩人の姿もあった。
「ちょっとだけ、借りるよ」
少しぐらい破損したって大丈夫であろう。依頼人の男は彼らの『死体』には興味など無いだろう。
骨に守られながら、巻物を広げた武器商人は書かれた文字の一葉を拾い上げ術式を組み上げた。
文字に呼応する様に放たれた黒き影は地を這い、闘犬の足を切り裂く。
「相変わらずクソッタレな状況だ」
この惨状を見ても自分の私欲しか出てこなかった依頼主の背景も含めての事だろう。
小さく悪態を付きながら檻の前に走り込んだ『解き放たれし者』クロニア・ヴェイル(p3p001380)は傷を負っている闘犬に向けてナイフを振り下ろした。
暗殺者として闇に生きてきた彼にとって、大抵の事柄は過ぎゆく喧騒の様なものだ。目の前に広がる血の海もまた一つのざわめき。粛々と己の役割を熟すのみである。
「見世物一座……ね」
はたしてそれが本業であったのだろうか。リースリットが視線を流せば、目に入る少女の亡骸。どう見ても見世物ではない普通の子供に見える。その首には金属の首輪が嵌められていた。
どうやらこの一座は口には出来ない様な事もしていたのだろう。
しかして、終わった事を考えるのは後回しだ。生存者の命が優先。助けなければ――
流麗かつ鋭い踏み込みでレイピアを震えば、中空に赤き花が舞い散った。
シルヴェイドは足音を立てないよう飛び上がり、空を翔ける。その身に宿すのは耐性の鎧。
ルカは小柄な体躯で大盾を振るう。クリムゾン・レッドの瞳に闘犬の血が写り込めば、視界の端に『【艦長】クベリア』クレメンティーナ=ニキートヴナ=スィビーリヴァ(p3p001800)の姿が見えた。
「助けられる命はたすけたいんやよ!」
これはわがままなのかもしれない。この傍らの少女も、ともすれば地面に転がる死体と同じ様に死に絶えていたかもしれないのだ。その儚い命を拾い上げここまで育て上げたのだ。檻の中の少女も……あわよくば魔法少女に育成。もとい、助けなければ契約獣としての存在意義を見失ってしまうかもしれない。
弱っていた闘犬はクレメンティーナによる息も吐かせぬ近距離術式によって血に沈んだ。
●
小柄なジョゼが檻の中に入り込み震える少女をの手を引き、外で待つ武器商人へと引き渡す瞬間。
――衝撃。
檻全体が揺れ、崖へと傾く。
武器商人が檻の上を見上げれば獅子が翼を広げ咆哮した。
「これは……」
ジョゼは少女に体当たりする形で檻の外へと飛び出す。その反動で檻はより傾いで崖の下へと落下し、大破する音が遠く聞こえた。
獅子の爪が武器商人へ振り下ろされる。刹那。耳を劈く金属音が三度戦場に響いた。
ルカの大盾は獅子の爪をしっかりと受け止める。彼の服は汚れてはいない。けれど爪を受け止める際のダメージは相当なものであったのだろう事が間近で見ていた武器商人には分かる。
「僕は王様ですからね、皆さんをお守りするのも王様のお仕事です」
気づけば惰眠を貪っていた猛獣たちが闘志を滾らせイレギュラーズを囲んでいた。
「そっちは任せた!」
クロニアの言葉を皮切りに武器商人とジョゼは走り出した。
逃げるものを追いかけるのは犬の性であろうか。三匹の闘犬がそれを追いかける。
この時、犬の速さに追いつけたのは機敏な反応速度を見せたリースリットだ。逃げゆく者を追いかける犬の前に回り込み、レイピアで弾きながら行く手を阻む。
獰猛な闘犬が目の前のリースリットを無視するはずもなく、牙をむき出して肩口に噛み付く。たらりと夕日に血が照らされるも、僅かに急所を逸した攻撃は思ったより深くはない。
これなら――
リースリットのレイピアは噛み付こうと近づく闘犬の胴にすっと刺さる。グルルと憤怒の声を上げる闘犬は前足で彼女の頭を抉る様に爪を立てた。今度は避けきれず白く美しい肌にアガットの赤が散る。
赤い瞳を戦場へと戻せば、犬の向こうに中空へと羽ばたく獅子とそれを追いかけるシルヴェイド。地上では他のメンバーが虎と蛇に行く手を阻まれて居る。こちらへ向かってくるのは脇をすり抜ける様に動くクレメンティーナとクロニアか。
ちらりと後方を見遣れば、武器商人が身を呈して生存者を庇っているのが見えた。
単純に腕力では押し負けてしまうのだろう。一座の団長であった死体が武器商人の傷を幾分か軽減しているとはいえ、背に腕にブラッディ・レッドの傷が刻まれている。
それでも武器商人は生存者を庇い続けていた。背に闘犬の鉤爪が大きく走る。
「くっ……」
苦悶の表情を浮かべる武器商人を心配そうに見つめる少女。手を伸ばして庇ってくれている相手の額を怯えながらも触る。苦痛が和らぐようにしているつもりなのかもしれない。
「大丈夫」
小さな頭を一撫でしてジョゼに視線を送る武器商人。仲間の合図を受取り、ジョゼは少女の身を抱き上げて走り出した。
「これならオイラでも大丈夫そうだな」
少女は小柄なジョゼよりもずいぶん軽い。
だが流石に人を抱えたジョゼより闘犬の方が速く、背中に獰猛な雄叫びと耳を擽る荒い呼吸が聞こえた。
「グルルル!」
視界の端に爪が見える。
迫る爪を寸前の所で回避し地面へ転がる。
逃げ切れない。
万事休す、か。
――任せろよ、ダチコー。
「ジュノー!」
ジョゼは地に伏せた態勢から少女を解放する。
「走れ!」
怯えたように辺りを見回す少女にジョゼが叫ぶ。驚き跳び跳ねるように駆けだす少女は石に躓き――それを風のようにジュノーがさらった。
「ジュノー、今晩は猛獣ネタで一杯やろうぜ」
ダチコーが親指を立てる。
遠ざかっていく声に耳を瞬かせながらも、闘犬の目は立ちはだかるジョゼに向けられていた。
これで後顧の憂いは無く。存分に戦うことが出来るのだとノベルギャザラーは青と黄の瞳を見開いた。
●
夕日がその身を傾ける程に幾許かの時は過ぎ、戦いは加速していく。
闘犬を最初に倒していくという作戦は功を奏したのだろう。想定よりも時間は掛かったが何とか最後の犬を蹴散らして猛獣三体の前にイレギュラーズが揃った。
多少の傷は負っているものの、まだ倒れた仲間はいない。
空を舞う獅子が翼を大きく広げ旋回する。
――やっぱり、俺じゃねぇとな。
「……ォォおおおオオオオオオ!!!」
アランの咆哮に呼応する様に猛獣達が次々に雄叫びを発する。
影が落ち、つむじかぜが土埃を吹き飛ばす。
しなやかに舞い降りた獅子は、アランへ向け跳弾のように跳ぶ。
金色の剣が獅子の爪を弾き、返す刃で切り込んだ。爪と毛皮が跳ね、一筋の赤が大気に溶け消える。
眼光が鋭く交差する。放つ覇気は修羅場を潜ってきたであろう猛者の気迫。
獅子は瞳をらんらんと輝かせ、好敵手が現れた事に歓喜の咆哮をあげた。
「強そうだよねぇ。いいねぇ、高鳴るよ」
アランと獅子の対峙する勇ましい姿に身震いするシルヴェイド。自然と握る拳に力が入る。
「殺さなきゃいけないのって何だか残念だなぁ」
徐に干し肉を懐から出すシルヴェイド。ダメ元で手懐けられないかと肉を振る。獅子の瞳が僅かに彼女を捉えるが、腹の具合は上々らしく食らいついては来ない。
シルヴェイドは肩を竦めるが気にしていない様子で、干し肉を仕舞い構えを正した。
空へと獅子が飛ぶのなら、悪魔の様な黒い翼を広げて追い縋る。
高度を上げ高く昇る獅子とシルヴェイドは互いに攻撃を弾きながら空中戦闘を続けた。
「まだまだ!」
獅子の攻撃を受けて尚、その身に食らいつき離さない。
交戦は続き――
敵の爪が二度シルヴェイドの頭を裂き、アガットの赤が地上に降った。
三度目の爪が降りかかる――刹那。
その爪をソードブレイカーで絡め取ったシルヴェイド。強い攻撃故に反動も大きくメキリと獅子の爪が割れる。
「グギャァ!」
獅子が痛みに怯んだ隙きにシルヴェイドはその翼を折らんと手を伸ばした。
クローム・オレンジの光が一瞬煌いた。
それは地上において、ジョゼが短剣を閃かせた彩り。蛇の硬い皮に傷が走る。その背後から気配も無くクロニアが追撃を入れた。
いくら硬いといえど、皮の内側には柔らかい肉があるのだ。血が流れる傷口を広げるように切り裂いた。
痛みにのたうつ大蛇はクロニアに巻き付き、青炎牙を突き立てる。
「っ……!」
首元に食い込む牙に小さく声が漏れた。
「クロニアさん!」
ルカが声を張り上げながら大蛇へと戦盾を叩きつける。蛇の力が緩んだ隙にクロニアはするりと抜け出し距離を取った。肩のぬめりを手に取ればエンバー・ラストの赤に濡れている。首元の赤い長布にじわりと赤黒い色が広がっていた。
それでもクロニアは攻めの姿勢を崩さない。直ぐに剣を構え直し大蛇へと向かっていく。
蛇の尾が弧を描きクロニアの脇腹に叩き込まれた。青年はニヤリと笑う。
白い腹は、背中側の鱗程ではない筈だ。打ち付けられる尾に向けて刃が走り、蛇の腹部を尾に向けて引き裂く。アガットの飛沫が大地に散った。
ふと武器商人が頭上を見上げればシルヴェイドと獅子がもみ合いになり浮力を失いつつあった。
狙いを定めて武器商人が術式を放つ。獅子の翼に命中した攻撃にシルヴェイドの猛追が叩き込まれた。
「徹底的に殺しましょう」
落ちてくる獅子の落下地点にはルカの姿がある。それに気づき牙を向ける獅子。
シルヴェイドに抑えられ身動きが取れない獅子はそのまま高度を落として行く。
「獅子とは百獣の王様」
君臨する為に生まれた強き者の象徴。弱肉強食の頂点に立つ獣。
最上位は一人しか存在せず。また多くの王は不必要。
「同じ王様である僕の敵です」
勢いを付けた戦盾を落下する獅子に叩きつける。重い手ごたえは脛骨の寸断を伝え、カーディナル・レッドの血飛沫が舞った。
「ガァ……」
か細い声を残し、翼の獅子が命の灯火を散らす。
後はあの蛇と虎だ。両者共に疲弊は著しい。しかしてそれは、こちらとて同じこと。
油断や慢心は命取りだ。
クレメンティーナは左手に魔導書を掲げ、術印がページを次々にめくりあげる。
浮かぶ術紋がコバルト・バイオレットに輝き、巨体の蛇に突き刺さる。
蛇の奇声――だが同時に、蛇は一気に突進してくる。次の術は既に半ばの準備を終えているが、間に合わない。
下がるか。だがそれも遅いだろう。
薙ぎ払われる尾の一撃をかろうじてかわし、クレメンティーナはそのまま前に駆ける。
迫る巨大な咢に、彼女は書の表紙を突き付けた。
「これはキミが選んだんやよ?」
――閃光。
ライト・アプリコットの光が蛇の口腔に炸裂しする。
頭部もろともに吹き飛ばされた大蛇は、それでものたうち回りクレメンティーナに巻き付いた。
けれど、彼女には分かる。触れた感触で。この大蛇の命はもう潰えたのだ。
――――
――
「闘氷虎、ね」
虎は背を立たせてアランを睨み、威嚇の咆哮を上げた。
己が姿を大きく見せるように、ゆっくりと弧を描くように歩く。
アランは黄金の瞳を一瞬たりとも逸さず眼前の虎を睨めつけた。
下手に手を出す事の出来ない緊張感。高まる闘志。
こんな戦場をどれだけ駆け抜けただろうか。
無辜なる混沌に来る前も死闘を交わし、血で血を洗った。
黄金と青銀。鋭い視線の交差、先に動いたのはどちらか。
人と虎であれば、勝敗は言うまでもない。
虎が跳ね、金色の剣身がクローム・オレンジの陽光にきらめく。
鋭い爪はエンバ―ラストの血花を咲かせ、――だがアランの剣は虎の腹部を深く貫いていた。
「悪いが。狩りも修羅場も場数が違うんでな」
即座に引き抜き、一振りに血を払う。赤の飛沫が大地を染める。
それが見世物(とら)と本物(ウォーカー)の差だ。家畜と勇者ではあまりに格が違うから。
倒れる虎。絶命の吐息に凍てついたアイス・ブルーの土煙がきらきらと輝いた。
●
イレギュラーズが瓦礫を片付け、散らばった亡骸を集め終わる頃には、辺りはインク・ブルーの夜空が広がっていた。遠くに街の明かりが見える。
シルヴェイドは倒した猛獣達の肉を剥ぎ、袋に詰め込んでいた。残りの骨は埋葬することにして。銀色の瞳で振り返ればリースリットが依頼人と話し込んでいた。
「仲間はこの方たちで間違いない、ですか?」
「あ、ああ。そうだ」
地面に横たえられた大人の肉片。その側には小さな子供だったもの。
(生存者の女の子といい……奴隷商か)
リースリットは弔う遺体の身なりを調べながら赤い目を伏せる。
この小さき者達の用途は奴隷として売りさばいた時に得る金銭か、はたまた獣に追わせる為の得物か。
もし、そうであるならば身寄りなどあろう筈もなく。リースリットは小さくため息を吐いた。
「ところで、ギルドで言ってた『しょうひ』って何だ? 『商品』って事か?」
ジョゼは男の前に立ち青と黄の瞳で問いただす。そこには少しばかりの怒気を孕んでいた。
「いや、し、知らん。俺は何も知らない! これは勝手に団長が……」
言い訳ばかりを並べ立てる男にうんざりした顔になるジョゼ。疚しい事は隠したい浅はかな人間の本能だろうか。
男の言葉を遮るようにジャラっと金貨の入った革袋を依頼人の足元に放ったクロニア。
「金目のものはこれで全部か」
青の瞳は鋭利な刃物の様で、依頼人の男は言葉を止める。
「あれはこっちで保護してやるから心配するな、手間を省いてやる。金を回収できて仲間の仇も討てたなら万々歳だろう?」
クロニアの言葉にたじろぐ依頼人。
「落ちてるのなら、拾ってしまっても特に問題無いよねぇ?」
三日月の唇で依頼人の横を通り過ぎ、生存者の少女を長い袖で覆い隠した。
クレメンティーナは少女を安心させるように視線を合わせ肩を掴む。
「キミの前にはいくつもの道があるんよ」
元いた場所に帰りたいのか。どこかの街にいきたいのか。自分たちに着いてくるのならローレットに案内するとクレメンティーナは虚ろな瞳で微笑んだ。
「さぁ、キミはどうしたい?」
「……」
少女の視線は所在なさ気に泳いでいる。まるで迷子の子供の様に今にも泣きそうな顔をクレメンティーナに向けた。
「大丈夫。任せて」
クレメンティーナの言葉にこくりと頷く少女。
こちらの意図は伝わっている様子ではあるが、言葉を発しようとしない少女に、ジョゼは首を傾げる。
「まあ、この年頃のやつが行方不明になったか聞いてみる」
地元のダチコーに声を掛ければ助けてくれる良い奴らばかりだからと、笑顔を向けた。
「とりあえず……、ローレットに連れて行きましょうか」
リースリットの言葉に頷いたイレギュラーズは死者を弔い、生存者を連れて帰路につく。
星が煌めく夜空にフェアリー・ピンクの流れ星が一つ翔けて行った。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
皆様の物語に彩りを添えられていたならば幸いです。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
もみじです。魔獣とかっこいいバトルをしてみませんか。
●目的
猛獣達の撃破。男の目的を叶える事。
男の目的は、金銭の回収と仲間の弔いです。
仲間以外の生存者について、責任はもてないとの弁。
連れ帰るしかなさそうです。
●生存者。
一人だけ。男の仲間ではありません。
男の説明は、しょうひ、だの。拾って助けた、だの。要領を得ません。
ともかく関わりたくないようです。
ピンク色の髪の少女で、壊れかけの檻に身を隠してぷるぷると震えています。
●ロケーション
街道沿いの開けた場所。右手には切立った崖。
一座はここで野宿をしたのでしょう。
色々な残骸が散らばっています。
崖の近くに壊れかけの檻があり、中に例の少女が一人います。
夕刻です。いくらかの木々やガレキはありますが、広さ、足場等、戦闘の妨げになる状態ではありません。
●情報確度
Aです。つまり想定外の事態(オープニングとこの補足情報に記されていない事)は絶対に起きません。
●敵
どの敵も獰猛で攻撃力が高いです。
○闘翼獅子×1体
猛禽のような翼を持つ獅子です。この一座の花形でした。最も強力な個体です。
・爪/爪/牙(物至単)三連続通常攻撃。対象選択可
・飛行(P)
○闘炎蛇*1
4メートル程の大蛇で、青い炎を噴くことが出来ます。
・青炎牙(物至単)、尾撃(物中単)を仕掛けてきます。
○闘氷虎*1
相手を氷漬けにして襲い掛かる習性がある魔獣です。人間程の大きさです。
・噛みつき(物至単)、氷息(物近単/BS凍結)を仕掛けてきます。
○闘巨犬*4
3メートル程の大犬です。1匹は壊れかけの檻に噛み付いています。
・噛みつき(物至単)、切り裂き攻撃(物至単)を仕掛けてきます。
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