PandoraPartyProject

シナリオ詳細

コキュトスの妖精

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●冬の妖精
 星が囁くほどに底冷えする真夜中。
 硝子のように凍り付いた泉の傍で『彼女』は静かに謳う。
 この世の悲しみを、切なさを、そして苦しみをすべて知っているかのような悲哀が宿った声で、妖精は聲を紡いだ。透き通った蒼い髪を夜風に揺らし、自分以外には理解出来ぬことばで歌い続ける。
 その歌声は人の心を蝕むのだという。
 言い伝えを知る村人達は決してこの時期の泉に近付こうとはしなかった。妖精とは呼ばれているが彼女は人に仇を成すもの。唄を聴くだけで惑わされる。妖精に気に入られてしまうと氷漬けにされて泉の底に沈められてしまう、なんて話もあった。
 そのかわり、冬の泉に近付きさえしなければ害はない。
 人は人の、妖精は妖精の領域でそれぞれに生きてゆく。至極簡単な、ただそれだけのルール。それゆえに冬の泉に行くことは禁じられ、わざわざ向かおうとする者はもう何年もいなかった。だが、その領分を侵すものが現れてしまう。

 はじめは好奇心だった。一度だけで良いからあの妖精を間近で見てみたい。
 そう願った青年は周りの目を盗み、真夜中の泉に向かった。
 樹の陰に身を隠した彼はそっと目を凝らす。
『――、――♪』
 すると微かな声が聞こえた。
 確かに彼女は謳っていた。たったひとりで、ひっそりと。
 氷めいた色をした眸。流れるような蒼の髪。そして、雪のように白い肌。全てが美しいと感じた。
 本来なら妖精の歌を聴いたものは凍てつくような痛みと苦しみを味わうはずだ。しかし、青年は平然と、寧ろ恍惚の表情で歌に耳を傾け続けた。そして、青年は思わず呟く。
「彼女こそ、僕の運命の人だ……」

●其れは悲恋の物語
 妖精に恋をした。
 今夜、彼女に逢いに行く。

「依頼人の子のお兄さんは今朝、そんなことを告げてから家を出ていったようです」
 『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は心配そうな様子を見せ、特異運命座標達に今回の依頼の内容について語ってゆく。
 依頼者はとある村に住む少女だ。
 彼女は幼い頃に両親を亡くし、兄と助け合いながら懸命に生きて来たらしい。
 だが、近頃は兄の様子がおかしい。何をするのも上の空でずっと何処かを見つめてぼんやりしている。仕事も手に付かず、食事のときもほとんど反応がない。おかしいと感じて問い詰めてみた結果、兄は村で怖れられている『冬の妖精』に恋をしたと語った。
「妹さんは彼を方々探し回ったそうなのです。でも、見つけられなくて依頼に来たみたいです」
 きっとお兄ちゃんは妖精に殺されてしまう。
 それだけは絶対にいやだ。お父さんとお母さんだけじゃなくて、お兄ちゃんまで失いたくない。
 最悪の事態を思い、零れ落ちそうに涙を堪えながら少女は強く願った。
 ――どうか冬の妖精を倒してください、と。
「少し調べましたが、村で冬の妖精と呼ばれているのは魔物の類なのです。倒してしまっても問題はありませんが……たぶん、お兄さんも皆さんとほぼ同時刻頃に泉に来ると思うのです」
 ユーリカは静かに瞳を伏せ、彼の対処についてどうすべきかはイレギュラーズに任せると告げた。
 依頼人である妹の願いは切実だ。彼女の為にも、そして村の今後の為にも妖精は討伐するのが正しい道だろう。だが、そんな存在に恋をした青年の心がどうなるかは分からない。
 どうか最善だと思うことをして欲しいと告げ、ユーリカは哀しい恋の行方を思った。

GMコメント

犬塚ひなこと申します。どうぞよろしくお願いします。

●成功条件
『冬の妖精』の討伐

●状況
時刻は真夜中。とても寒い冬の日。
戦場は幻想内のとある村近く。凍り付いた泉の傍。
周囲には幾本かの樹々があり、枯れた草木が生えていますが足場の問題はありません。皆様は妖精が泉の傍で唄を歌っている所に向かう形になります。
戦闘が始まってからすぐに、件の青年(後述)が戦場に現れます。

●敵詳細
・冬の妖精
 姿かたちは成人女性程度。とても美しい容姿をしています。
 もう正しい名前も忘れられてしまうほどに古くからこの地に住む魔物。冬の間だけ姿を現して泉の傍で歌を謳うということを繰り返しており、近隣の村人からは恐れられていました。
 基本的に自分から人を襲いに向かったりはせず、夜の間中ずっと歌い続けます。
 その歌声は周囲の人間を苦しめ、痛みや苦しみを与える力を持っています。微かに聞こえる程度ではダメージはありませんが、歌がしっかり聞こえる範囲(戦闘が行える距離)に近付くと攻撃と同様の力となって皆様にダメージを与えます。

●村の兄妹
・兄(18歳)
 真面目で勤勉な青年。これまで村の人達に助けられながらも懸命に妹を育て上げてきたようで、そのせいか初恋もまだだったようです。何故か妖精の歌を聞いても苦しまない性質を持っています。
・妹(13歳)
 同じく真面目で素直な女の子。兄が大好き。他の村人と同じく妖精を恐れているので、現場に近付くことはありません。

  • コキュトスの妖精完了
  • GM名犬塚ひなこ(休止中)
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年02月20日 21時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
Lumilia=Sherwood(p3p000381)
渡鈴鳥
レナ・フォルトゥス(p3p001242)
森羅万象爆裂魔人
桜小路・公麿(p3p001365)
幻想アイドル
河津 下呂左衛門(p3p001569)
武者ガエル
Briga=Crocuta(p3p002861)
戦好きのハイエナ
雫(p3p002862)
生き人形
ティスタ・ルーンベルグ(p3p002926)
白の書

リプレイ

●歌声は遠く
 凍てついた空の下、妖精は謳っていた。
 何処か哀しさを思わせる透き通った聲は夜のしじまに響き渡る。
 あと少し、かの歌が明瞭に聞こえる距離まで近づけば、あの聲は刃のような鋭利さを持って此方に襲い掛かってくるのだろう。
「存在するだけで人の害となる魔物と、それに恋をしてしまった人間か……」
 哀しい話でござるな。そう呟いた『武者ガエル』河津 下呂左衛門(p3p001569)は首を横に振った。
 彼も、彼の妹も、己の大事なものを守りたいだけだというのに。
 されど、人と魔が相容れることなど稀だ。
 胸糞悪ィ、と口にした『戦好きのハイエナ』Briga=Crocuta(p3p002861)は妖精と称される魔物を見遣る。念のために耳栓をしてきたが、どうやらあの歌は魔力的な物が籠っているらしい。
「後からきたくせに邪魔だから殺せっつーのは酷ェモンだぜ」
 効果はなさそうだと判断したBrigaが耳栓を放り投げると、『森羅万象爆裂魔人』レナ・フォルトゥスも(p3p001242)も倣ってそれを外す。
「うーん……簡単に解決しそうな問題じゃないのね」
 表向きは魔物討伐。だが、異なる者に恋する青年の目を覚ますことが本当の目的となるのだろう。
 その間も妖精はずっと歌を紡いでいた。
 離れた場所からでも感じる歌声の魔力。不思議とぞくぞくするような感覚に『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)は身を震わせる。
「おそろしい、歌ですの。けれども…先に住処をおかしたのは、人間のほうですの」
 また元どおりになればいちばん。けれど、ままならないことはノリアにも分かっている。複雑な気持ちを抱くノリアの傍ら、『ジャミーズJr.』桜小路・公麿(p3p001365)は髪を華麗にかきあげた。
「あれが冬の妖精、かい? とても美しい容姿のようだが、いやしかし! この僕! 美の化身かつスーパーアイドルである桜小路・公麿を超える美などあるワケがなぁい!」
 普段と変わらぬ調子で公麿は両手を広げ、意気揚々と戦いへの思いを抱く。
 そして、『白き旅人』Lumilia=Sherwood(p3p000381)は唄う妖精の元へ向かおうと皆に告げた。
「討伐依頼を引き受けた以上、最後までやり遂げる義務があります。……お兄さんには恨まれるかもしれませんね。それでも――」
 少女が悲しむ結末は迎えたくない。Lumiliaはこれから戦場となる泉をしっかりと見つめ、仲間達と共に戦いへの一歩を踏み出した。

 一方、その頃。
 泉から少し離れた所で『生き人形』雫(p3p002862)と『白の書』ティスタ・ルーンベルグ(p3p002926)は件の青年に話しかけていた。
 本来は泉に先行する心算だったのだが、青年はまだ現場には居なかった。それ故に周囲を探した結果、泉の手前で出会うことになったのだ。
「残念ですが、あなたを此処から先に通す訳にはいきません」
「どうしてだい。いや、分かっているよ。この先に妖精がいるからだろう。でも……!」
 ティスタが進路を塞ぐように立ち塞がると、青年は頭を振った。
 近付いてはいけないことは知っている。それでも来たということはそれなりの覚悟があるということだ。雫は彼を見つめ、真っ直ぐに告げる。
「このままでは取り返しがつかなくなるわ」
「素直に引き下がる事があなたにとっては幸運な事と思われます」
 続けてティスタも青年を諭していくが、はいそうですかと帰ってくれるとは二人とも思っていなかった。
「……彼女の歌を聞いた時、胸を打たれたんだ」
 こんな気持ちは初めてだ。だからもう一度、会いたい。
 そのような旨を青年は告げ返したが、雫達が首を縦に振るはずがない。
「あなたのその一時の思いで、これまで紡いで来た絆を全て断ち切るというならそれも良いでしょう。万が一自分が死んでしまったら、とは考えませんでしたか?」
 置いていかれた者はどうすればいいのか。あなたにとって、家族とは何なのか。
 自分の昔の事を思い出しながら、ティスタが暗に彼の妹のことを告げる。そして雫は端的に、自分達が妖精の討伐依頼に訪れていると説明した。すると彼の顔が驚きと焦りの入り混じったものに変わる。
「待ってくれ、ただ逢いたいだけなんだ!」
「元はと言えば、あなたが妖精に近付いたのが原因。そのせいで彼女は、人に害為す存在として私達に討伐される事になる」
 そう言った雫は呪髪を伸ばして彼の身をきつく縛りあげた。雫は青年を泉の様子が見える所に移動させ、その間にティスタが戦場へと足を向ける。
「後はお願いしますね、雫さん」
 そして、ティスタは仲間に青年のことを任せて駆け出した。

●意思のないもの
 同じ頃、先に泉へと向かっていた仲間達は妖精と呼ばれる者との対話を試みていた。
 だが、間近で歌声が聞こえる距離。
 既にびりびりと痺れるような痛みが特異運命座標達の身を貫いている。ノリアはおそるおそる、少しでも歌声を弾こうと盾に身を隠しながら語りかけた。
「こんばんはですの……ちょっと、歌をやめて、お話させてほしいですの」
 されど歌は止まない。
 公麿は謳い続ける彼女を眺め、思わず「oh, beauty……」と呟いた。
 そして公麿は徐に衣服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿へと戻る。究極的薔薇幻想の力によって美しい薔薇が周囲に咲き誇り、その姿を良い感じに修正、もとい装飾していく。
「フッ、中々のビューティだがしかし! これからが本番さ妖精君! Beauty is world……」
 腰を捻り、薔薇を咥えてポーズを決めた公麿は防御を取ると同時に妖精を見つめる。
 しかし、それでも反応はない。同時にBrigaが静かに、されど確かな挑撥で以て相手を睨み付けていたが、それにすら応じなかった。
 下呂左衛門は腰に提げた刀の柄に手を掛けたまま相手を見据える。言葉は聞こえているはずだ。しかし、声を掛けられたというのに妖精は此方を生気のない瞳で見つめるのみ。
 否、此方を向いてはいるが見てはいないのかもしれない。
「これは……交渉どころではないでござるな」
 相手が意思さえ持っていれば、または言葉を紡げばやりようもあっただろう。その間にも歌は響き続け、仲間達の身を蝕んだ。
 Lumiliaは歌の魔力に耐えながら思いを言葉にする。
「彼女は人と相容れることのないただの魔物なのでしょうか。あるいは……」
 実は意志を持たないただの現象なのだろうか。おそらく、あれはそのようなものだ。
 Lumiliaは嫌な予感を覚えながら討伐は避けられぬと判断した。それが絶対であるなら、自分はその後に何ができるのかを考えたい。
 かの妖精に、恋をした彼のために――。
 仲間が其々の思いを抱く中、ティスタが到着する。
「お待たせしました。あれが、冬の妖精……」
 参ります、と斧を構えたティスタはひといきに踏み込み、振り上げた刃で一閃を見舞った。
 その瞬間、斧は妖精の身体に到達する前に何かに弾かれる。だが、手ごたえはあった。まるで丸い防御壁が張り巡らされているようだと感じたレナは身構える。
「ま、倒すのは間違いないわね。それこそが、今回の仕事ですし」
 おそらくはこれは魔物の防御機構。つまり、それもまた妖精の一部であるのだろう。
 あれを壊せば討伐となるのだと察し、特異運命座標達は頷きを交わした。
 そして、ひらかれたレナ掌の上に術式が展開された。途端に魔力が弾け飛び、妖精の身体を貫くが如く舞う。其処にBrigaが駆け、一切の遠慮も衒いもない一撃を叩き込んだ。
「……ま、あの妹が男の心無視してンだ、どーゆう結果になってもイイだろうよ」
 身体は無事に返してやる。心はどーなろうが知った事じゃねェ、と口にしたBrigaは捨て身の一閃から生まれた反動に耐え、身を翻す。
 素早い身のこなしで後ろに跳躍したBrigaに続き、下呂左衛門が刃を抜き放った。
「避けられぬのならば、短期決戦を狙うでござる」
 凛と響き渡った声と共に下呂左衛門の一閃が敵の防御壁を削る。その隙にLumiliaが勇壮のマーチを奏でて仲間の士気を向上させ、歌に対抗した。
 ノリアは攻撃を始めた仲間の中で、諦めずに妖精の周囲を泳ぐ。
「聞いてください。その歌声は、人を苦しめるのです。おねがいです……」
 歌に魅入られた人がいて、その人を助けねばならないこと。人里遠くへ去らねば倒すしかないこと。そして、自分達は妖精を倒しにきたこと。
 真摯にノリアが紡ぐ言葉にも妖精は一切の反応を見せなかった。深呼吸をして響く歌からの痛みを和らげたノリアは妖精に手を伸ばした。
「――っ」
 妖精に優しく抱きつこうとしたノリアだが、障壁めいた力がそれを拒む。倒すにも触れるにもまずはそれを壊さねばならぬのだろう。
 公麿はノリアに首を振り、共に戦おうと呼びかける。
「どうやらあれはイキモノですらないかもしれない。それでも! 僕は何せアイドルだからさ」
 目の前の者を笑顔にするのが生業。そう告げるようにレイピアを掲げた公麿は華麗な構えを取り、刺突の一閃で妖精の防御壁を貫く。
 その途端、パキ、という何かが罅割れる音が響いた。此方の攻撃は確実に効いているはずだと感じ取ったBrigaは不敵に笑み、身構え直す。
「さて、次行くわよ」
「歌に蝕まれる前に決めるでござる」
 其処に好機を見出したレナが更なる術式を解放し、下呂左衛門も再び刀閃を見舞いに駆けた。魔力の奔流と刃の煌めきが重なり、妖精の力を大きく削る。Lumiliaとティスタ、更にはノリアも攻勢に回ることで戦いは激しく巡っていく。
 響く歌は何処か物哀しく、それでいて痛みを孕むものとなって戦場を支配していた。
 その頃、離れた樹の陰にて。
 激しくっていく戦いの様子を見つめた後、雫は傍らの青年に視線を向ける。
「やめてくれ、彼女は何もしてない……!」
 妖精の元に行きたくとも縛られている青年は身動きが出来ない。
 雫もまた、髪で彼を拘束し続けている故に戦いに加わることは諦めていた。青年に危険がないこと。そして、妖精の最期を見届けさせることを選んだ以上、それは必然だった。
 また、もし自分がこの場を離れて戦いに集中すれば彼は這ってでも乱入して来ようとするだろう。
「憎みたければ、今あなたを引き留めている私を憎みなさい」
 雫は静かに告げ、泉の光景を再び瞳に映す。
 其処には果敢に戦い続ける仲間達と、徐々に弱っていく様子の妖精の姿が見えた。

●ただ其処に存在した歌
 響く歌が揺らぎ、妖精の力が弱まっていることが分かった。
 言葉も、意味も乗せられていない。それでいて哀しいということだけが解る不思議な歌。聲は弱まっても苦しさを呼び起こし、身体を侵食していく痛みはまだ続いていた。
「苦しい、ですが……白の書、ティスタ・ルーンベルグ。あなたを此処で倒させて頂きます」
 しかと告げたティスタは斧を横薙ぎに振るい、妖精の防壁を全力で壊しにかかる。
 次の瞬間、刃が何かを砕くような感触がティスタの手に伝わって来た。
 今です、と仲間に呼び掛けたティスタの声を聞き、Lumiliaは顔をあげる。対象に意思がなくとも、歌には歌を返そうと思った。
「彼女の歌の意味は分かりません。心だって、其処にないのかもしれません。それでも……せめて私自身はこの歌に負けたくはありませんから」
 そう願ったLumiliaは静寂の唄を響かせた。相手が哀しい歌で人を傷つけるのならば、自分は甘く切ない唄で皆を癒そう。白い翼を広げるLumiliaと、氷めいた妖精の歌声は似ているようで対極。
 公麿は両方の歌、どちらも美しいと感じて双眸を優雅に細めた。
「人は人の、妖精は妖精の領域で生きられればよかったんだけどね」
 なんて不幸で、なんて悲しいのか。
「ワケの分からないイキモノ、僕はソレでいい。それでも、それでもさ。そんな悲哀の籠った歌を聞かされちゃあ、アイドルとして笑わしてみたいじゃあないか」
 そう願っても妖精を笑顔にするのは難しいだろう。それならば、と考えた公麿は刺突剣を振るい、妖精に目掛けて刃を突き放った。
 せめて兄妹の間に笑顔を取り戻してやろう、と決めた公麿の一閃が、防壁を打ち貫く。その途端、氷が割れて崩れ落ちるかのように妖精の周囲に魔力の欠片が散った。
「ここから、もっと強いのをお見舞いするわよ。さて、このまま終わるのかしらね?」
 レナは終わりが近付いていると察し、魔力を放出させる。
 妖精の身体が傾ぎ、一瞬だけ歌が途切れた。その隙を狙ったBrigaは地を蹴り、敵との距離をひといきに詰める。しなやかな獣の動きで以てBrigaは妖精を捉えた。
「悪ィな、これも依頼なンだわ……せめて、長く苦しまないようにするからよォ!」
 容赦なく振るわれた斧が相手を深く切り刻む。
「駄目だ……ッ!!」
 その瞬間、遠くから青年の悲鳴めいた声が響いた。刃を握り締めた下呂左衛門は肩を竦め、一度だけ其方を見遣る。
 仲間達の注意が此方に向いたと気付いた雫は首を振り、青年に告げた。
「彼女の事を想うならば、辛くても目を逸らさず最期まで見届けなさい」
 雫は冷静に仲間達に視線を返し、戦場を示す。
 歌はもう、止んでいた。
 虚ろな瞳で虚空を見つめる妖精を見たティスタは掌を握り締め、不意に呟く。
「あなたにも何か物思う事があったのでしょうか。いえ、今となっては仕方がない事ですか」
 静かに俯いたティスタは目を閉じた。LumiliaとBriga、ノリアが、公麿が、そして雫が見守る中、下呂左衛門は刃を掲げる。
「斬り捨て御免。これにて、終幕でござる」
 そして――振り下ろされた刀は冬の妖精に終焉を与えた。

●葬送の歌と祈り
 雪がとけていくかのようにゆっくりと、妖精の躰が薄れていく。呪髪から抜け出した青年は腕を伸ばしたが、手が妖精に届く前にその姿は消失した。
「……、……――!」
 声のない、慟哭めいた叫びがあがる。
 ノリアは傷ましさを感じたが、青年に声をかけることは出来なかった。
 魔物として、屠られるべき対象として彼女は討伐されたのだ。彼が恋をしていなければ、彼が想いを捨てきれていれば、ただ人に害を成す物がいなくなったというだけで終わっていたはず。
 それでも釈然としないのは人の心が絡まっているゆえ。
 そんな中、レナは徐に凍った泉を覗き込んだ。
「さて、ここには、何があるのかしらね?」
 しかし其処には何もない。ティスタもレナに倣って凍てついた底を眺め、ぽつりと零す。
「妖精はどうして此処にいたのでしょうか。村の一番御歳を重ねた方ならばきっと何かを知って……」
 すると、ティスタの声を聞いた青年が顔をあげた。
 実は自分も同じ事を考えたのだ、と。そして、彼は震える声で殆ど情報が得られなかったことを告げた後、静かに目を細める。
「彼女の名はコキュトス。そう、呼ばれていたらしい……けれど、」
 最後に名前を呼ぶことも出来なかった。
 その姿を見て、知りたいと想い、恋い焦がれた所為で彼女は死ぬことになった。
 自分が殺したも同然だと俯いた彼は嗚咽を零す。
 Brigaは溜息を吐くと、項垂れる青年に近付く。そして、おい、と声をかけてからその頬を叩いた。
「……覚えとけ。オマエの最愛を殺したのはオレ達だ。間違いなく、ここにいるオレ達だ……で、だ。誰が殺せってオレらに依頼したと思う?」
 オマエの妹だよ。
 ニィ、と悪どい笑みを浮かべたBrigaはしっかりと告げた。しかし、其処に雫が一言を伝える。
「思い出して。あなたの事を想って涙を堪えていた、妹の姿を」
「つまりは兄妹愛! ビューティだね。この僕には負けるが、劣らないほどに!」
 公麿が思うままの感想を言葉にすると、青年がはっとした。
 下呂左衛門は、思い出したでござるか、と問う。彼はきっと今になってやっと大切なものに気付いた。愛しいと思ったものを失くしたからこそ気付けたというのは皮肉ではあるが、きっとこれで良かったはずだ。
「生きるとは、難しい事でござるな……。それでも、まだ大事なものは残っているでござろう?」
「……ああ」
 青年は俯いたままだったが、雫達が伝えたかったことは受け取ったようだった。
 ノリアはこくりと頷き、Brigaは明後日の方を向いて肩を竦める。下呂左衛門がせめてもの手向けとして妖精の墓を作ってやりたいと思った。
 相容れぬ存在だったとはいえ心の底から憎む事は出来ない相手。
 Lumiliaも仲間の意思に同意し、自分なりの思いを送りたいと願った。彼女の全てを理解することはできない。この思いも自身のエゴに過ぎないのだろう。それでも――。
「誰も痛むことのない歌で、誰も苦しむことない歌で、彼女の心だけを形にした鎮魂歌を届けます」
 Lumiliaが花唇をひらき、思いを歌に変えた。
 暫し冴えた空気が辺りに満ちる中に静かな音が泉に響き渡ってゆく。ノリアは両手をそっと重ね、暗い空を映す氷の鏡面を見つめる。
(これが、いちばんの結果であったことを、祈りますの……)
 今宵、ひとつの命が散り、ひとつの恋が終わった。
 けれどどうか、この先に続く未来がいつかの倖せに繋がりますように。
 兄妹の歩むみちゆきを思う、静かな祈りと唄が冬の空に捧げられた。


成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
本当の意味で始まることのなかった恋の結末は哀しく、切なく。
ご参加ありがとうございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM