PandoraPartyProject

シナリオ詳細

恋する貴族はバカらしい

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「はーぁ……またですわ……」
 社交界に向かう馬車の中。
 もう何度目になるかも分からない玉砕を迎えたことを思い出し、女は外を眺めてため息をついた。こんな最低な気分で仲良くもない貴族同士の集まりだなんて、気乗りしない。
 三日前に出会った殿方に、とっても熱烈で積極的で情熱的すぎるアプローチして、本日晴れて「もう勘弁してください(要約)」と書かれた手紙が届いた。届いてしまった。
「どうしていつも、断られてしまうのかしら……」
 きっと何かが違うのですわ。
 そう、本当の出会いって、きっともっと……。
 そんなことを考えている内に、馬車は目的地に到着した。

 会場内の人は、誰も皆、同じに見えて、つまらなくて。
 ぼんやりしていた。だから、うっかり人にぶつかって、尻もちをついてしまって。
「いたたたた……」
「大丈夫ですか?」
 差し出された手を見る。
 目の前にはこちらを心配そうに見つめる青い切れ長の眼差し。
 衝撃。
 閃光。
 のちの、花。

 ほわああぁぁぁあああぁぁー!!!!!
 これ!!
 間違いなく、これですわー!!!!!!

 貴族令嬢、リゼッタ・ラックレーンは、実に五時間六分ぶりの恋に落ちた。


「お邪魔しますわ! イレギュラーズの皆さん!!」
 ギルド『ローレット』の戸が勢いよく開かれた。
 開いた扉から現れたのは、どう見ても貴族の令嬢とその付き人である。
 令嬢は、中を見るや否や驚いた様子で口元を抑えた。
「まぁ! まぁまぁまぁ!! なんっっっって気の毒な拠点……! 大丈夫? ご飯はちゃんと食べてらっしゃる? これから依頼を受けていただくのに、空腹で力が出ないなんてことがあったら大変だわっ。一度屋敷で食事会を開いてからお願いした方が良いかしら」
 ヒールをコツコツ鳴らしながら歩いて、酒場の中央に向かう道すがら、彼女は手近なイレギュラーズに声を掛ける。声音や表情からして、一切の悪気は無さそうだ。
 真ん中まで来ると、ぴたりと止まり、回れ右。直角90度。
 ちょうど、貴方たちの座るテーブルの方を向いた。
 令嬢はにっこりと、自信に溢れた笑みを浮かべ、貴方がたが良さそうねと独り言のように口にした。
「はじめまして、わたくしは貴族のリゼッタ・ラックレーンと申します。今日は貴方がたに依頼をしに参りました」
 従者が椅子を引く。女は、これは本当に椅子なのかと3回ほど確認してから、ようやく腰を下ろした。
 彼女は、まっすぐ貴方たちの目を見て、話を続ける。
「依頼と言っても、何も難しいことではありませんわ。とある貴族の男性に、手紙を届けてほしいのです」
 これです、と、彼女は一通の手紙を取り出す。
 宛先には『空にかかる虹より麗しく 世界に名立たる英雄より頼もしく 我が信仰する神に勝るとも劣らず尊い 愛しい愛しい やっぱり愛しい わたくしのロンバート様へ』と書いていて、なんと封筒の分厚さが3cmある。
「あ、お待ちになって。中は見てはいけませんわ。乙女のプライベートな手紙なので」
 誰も中を見たいとか、手紙に手を伸ばそうとしていないにも関わらず、ぽっと頬を染める様子が中々に腹立たしい。
「つまり……うふふ、やだわ、恥ずかしい。でも、あの、勇気を出して言いますけれど、ええ、ここだけの話にしてくださる? ふふっ、その、これは……恋文なのです」
 きゃー! 言っちゃった!!
 リゼッタが一人盛り上がる一方、そのテンションについていけないイレギュラーズは置いてけぼりである。空気の差は広がるばかりだ。
 そんなこちらの気持ちも知らず、彼女はさらに続ける。
「貴方がたには、この恋文を、そっとロンバート様のお部屋に届けていただきたいのですわ。わたくしとロンバート様の家はあまり仲が良くなくて、表立って届けることは難しいので」
 それに、表立って届けるなんて恥ずかしいし、密かな恋の贈り物だなんてロマンチックでしょうと、貴族はすっかり夢見心地な表情で語る。
「彼に手紙が届けば、必ずや二人は結ばれます! ええ、神様は間違いなく、そのように取り計らってくださるはずです!」
 幻想貴族のご多聞に漏れず、彼女も自分の信じる神への信仰心が非常に厚いようだった。
 彼女が指を鳴らすと、付き人がぱっと、見取り図を広げる。……どうやら、ロンバート卿の屋敷の見取り図のようだ。入手手段は推して知るべし。
 彼女は悪びれる様子もなく地図を示しながら、説明をする。
「ロンバート様のお屋敷の見張りがいるところは、この三か所ですわ。もし見つかっても、気絶はともかく、命を取ってはいけませんよ。ロンバート様に悪い印象を与えてしまっては大変ですもの!」
 侵入して手紙を置いてくること自体、悪印象を与えるのでは……というツッコミはしてはいけない。なぜなら、彼女にとって、『自分のなすことは神様的にオッケーなこと』だからだ。
 リゼッタは説明を終え、頬を薔薇色に輝かせる。きらきらと輝くその瞳には、欠片の罪悪感もない。

「もし、皆さんがきちんとことを成してくださったら、結婚式にはお呼びしますわね!」
 頭の緩い貴族令嬢は、弾む声、無邪気な顔で笑った。

GMコメント

GMのシナリオ傾向や、ご注意いただきたい点につきましては、GMの個別ページをご確認ください。

初めまして、から、一歩だけ進みました。
GMの次波木夜一です。
今回は、幻想国内のシナリオです。またコメディ路線。
内容的に悪なのか善なのかとても悩みますが、多分、善の依頼です。
以下、シナリオの補足情報になります。

●リゼッタ・ラックレーン
幻想貴族。種族はカオスシード。
年齢は20前後で、恋愛さえ絡まなければ貴族としては珍しく、親しみやすいタイプの女性です。
彼女の家は貴族としてはそれなりに力が強い立ち位置のようです。
しばしば恋愛方面で暴走してはアプローチが危なすぎて相手に逃げられています。
ほぼ毎日、誰かしらに恋をしています。
ちなみに、その恋が実ったことは未だありません。
今回も敗色濃厚です。

●ロンバート卿
不運にもリゼッタ嬢に好意を寄せられてしまった貴族の青年。
人としては悪い人物でもなく、かといって特別いい人物でもなく。
リゼッタ嬢の調べでは、依頼の決行当日は屋敷を留守にしています。
曰く、「だって、知らない間に手紙が届いている方がロマンチックでしょう?」
ロンバート卿、逃げて逃げてー!!

●見張り
ロンバート卿の屋敷を見張っている警備員です。
二人一組で、一階・中庭・二階の各三か所に配置されています。
一階と二階の警備員は、時間によって通路を巡回しています。
全員、剣で武装していますが、それほど強くはありません。
巡回の隙をついたり、何かしらの工夫をすれば、戦闘自体を避けることが出来そうです。
戦闘を選ぶこともできますが、判定は緩めです。
ただし、戦闘を選んだ場合も殺害や重傷を負わせるような事は避けてください。

●ロンバート卿の屋敷
凹型の構造です。底辺のちょうど真ん中の位置に入口があります。屋敷に挟まれた部分が中庭です。
入るとすぐエントランスホールとなっており、その横に左右に分かれた通路が続いています。
二階も同様の構造です。二階へは、エントランスホールにある階段からパッと上がれます。
ロンバート卿の部屋は二階の左手側の通路、一番奥にあります。

●その他
内容はアレですがバリバリの不法侵入ですので、覆面等を着用なさるのが良いかと思います。
なお、記載されたすべての情報はリゼッタ嬢の提供によるもので非常に正確です。やだこのバカこわい。
======

悪い人ではないけれど、やや頭がお花畑な貴族令嬢リゼッタのお話。
彼女の恋路を応援しても良いですし、バカバカしいと思いながらも依頼遂行しても良いです。
「ロンバート卿の部屋に手紙を置いてくる」という依頼さえこなしていただければ、比較的自由ですので、遊んでいただくのが良いかと思います。

皆様の個性あふれるプレイングを楽しみにしております。

  • 恋する貴族はバカらしい完了
  • GM名次波木夜一(休止中)
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年02月16日 23時45分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノイン ウォーカー(p3p000011)
時計塔の住人
リュスラス・O・リエルヴァ(p3p000022)
川越エルフ
アート・パンクアシャシュ(p3p000146)
ストレンジャー
オフェリア(p3p000641)
主無き侍従
メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)
メイドロボ騎士
あずき・フェル・守屋(p3p001476)
見習い騎士
ガンスキ・シット・ワン(p3p002307)
プランB
Morgux(p3p004514)
暴牛

リプレイ


 いつもどおりの夜だった。
 主人であるロンバート卿は、周囲から恨みを買うようなこともない至って凡庸な貴族だ。館の警備も雇ってはいるが、異変なんてものは一年に一度あるかも怪しい。
 朝も日中も平和そのものだった。
 もちろん、この後も……。
 
 警備員は退屈から生じた欠伸を噛み殺した。
 警備員にとって、日中の疲れが残り、主人が不在である今が、最も気が緩んでいるタイミングだと言えた。だから――
「夜分に失礼します」
 この時間こそ、イレギュラーズにとって、『最も作戦に適したタイミング』だった。
 警備員は、声に扉を開く。訪問者は身なりのきちんとした、丁寧な物腰の女性である。
「こちらのご主人はおられますでしょうか?」
「いや、今は出掛けていらっしゃるが、何か用ですかね?」
 彼女、『主無き侍従』オフェリア(p3p000641)は、改めて警備員に対応の礼を述べ、
「そうですか……直接ご案内できないのは残念ですが、お伝えしておいて欲しいことがあるのですが」
 と言って、偽りの名前と店名を告げ、今宵訪れた目的について説明する。
 だが、警備員にとって服飾品は専門外の分野だ。言伝するにも、使用人の方が正確に伝えられるだろうと引継ごうとする。
 目的は警備員の足止め。このままでは、作戦に支障が出てしまう――けれど、オフェリアは焦りを見せない。『そうなる可能性』も、彼女は十分考慮していた。
 微笑みを絶やさず、赤い瞳に誠実な色を浮かべて言葉を続ける。
「そういう事でしたらお取次ぎをお願いします。ですが、うちには、鎧をつけるお仕事に適した通気性のいいシャツや、家族のお土産にぴったりな華やかで手頃な値段のお洋服もご用意があるんです。手早く済ませますので、今、少しだけ説明のお時間をいただけないでしょうか?」
 彼女とは真逆。予想外の申出を受けた二人の警備員は、互いに顔を見合わせる。
 一人が、思わずといった風に噴出し、参ったと肩を竦める。
「お嬢さん、あんた大した商売人だね。お店は繁盛してるだろう?」
「安くて良い品を頼むよ」
 二人は笑い、了承する。相手は女性一人。もし何か起きたとしても、大事には至るまい。それに何より、暇だった。
 オフェリアは再び礼を言って、人が通りやすいように玄関の脇に歩を寄る。自然と、警備員たちもつられて道を開けた。
 
「お疲れ様です」

 話に入り始める商人と警備員の横を、三人の『使用人』が労いの言葉とともに通る。
 警備員はちらと彼らを見るが、至って普通の使用人だ。お疲れと言葉を返し、サボりは見逃してくれと手を振る。
 振り向いた金色の目が警備員と合い、笑みとともに了解と手を振り返した。
 

「存外、あっさり潜入できましたね」
 モノクルの鎖がチャリ、と音を立てた。
 『時計塔の住人』ノイン ウォーカー(p3p000011)は、隣に立つ人物に小声で話しかけながらも、メモを取る手は休めない。
「ま、気づかれないに越したことはあるまい。と言っても、本番はここからなんだが……」
 入口で話し込んでいるオフェリアと警備員の様子を、『ストレンジャー』アート・パンクアシャシュ(p3p000146)が確認する。何やら盛り上がっているようだ。さすが、本職。この調子なら、まだ暫く大丈夫そうだ。
 キュイ、と、右目のレンズがピントを合わせる音を立て、『メイドロボ騎士』メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)が執事二人を見る。
「さて、これからはそれぞれで行動するかい? 私は二階の警備の様子を確認してくるつもりだけど……」
 早速行動に移ろうとするメートヒェンに、ノイン ウォーカーは悪戯っぽく笑った。
「その前に、“挨拶”に行きましょう」

「こういうのは、先手必勝ですからね。殴り込みに行きましょう」

 三人は、屋敷内の構造や人の動きの把握も兼ねて、大胆不敵にも、使用人たちの控室に堂々と乗り込んだ。
 《交渉術》の得意なアートが口火を切る。
「俺たちはロンバート卿から指示を受けて来た応援の者だ。夜間の業務は、俺たちが中心に動くよう指示が出ているが、聞いてないか?」
 使用人たちは首を振る。突如現れた三人を、明らかに警戒した目で見ている。
「おや、それはおかしいですね、ではここの主が嘘をついていると?」
 どこか挑発的にノイン ウォーカーが使用人たちに踏み込んだ言葉を掛ける。使用人たちはそういう訳ではないけれど……と、目を反らし、言葉を濁した。それでは、と、言葉を続けるのはメートヒェンだ。
「百聞は一見に如かず。私たちの使用人としての性能を見てもらうのが一番早いよ」
 言うが早いか、使用人たちの休憩用のティーセット一式を使って、お茶を淹れ始める。
 室内は俄かに紅茶の香りで満たされていく。
「さ、どうぞ」
 ゴールデンドロップがカップに落ち、そこにいる使用人の人数分のお茶が入ったカップを用意されると、ノイン ウォーカーがそれらを瞬きの間に配った。
 使用人たちは、恐る恐るカップに口をつけ――
「お、おいしい……!」
「この紅茶、こんなにおいしく淹れられるなんて知らなかった!!」
 皆一様に目を見開く。まるで別物だわ、と口々に、どのカップもあっという間に空になった。
「お茶淹れだけじゃない、清掃や料理、接客、給仕、秘書業務……使用人として一通りの事には精通している。臨時で呼ばれるのは伊達じゃないってことだ」
「“お望みであれば”、他の業務の腕前もお見せしますが?」
 アートが畳みかけ、ノイン ウォーカーは胸に手を当てて礼をしてみせる。しかし、一杯の美味しいお茶、それだけで使用人たちの信頼を勝ち取るには十分だった。腕前の確認を望む声は上がらない。
「それじゃあ、よろしくね」
 笑みを浮かべて、メートヒェンはエプロンドレスのスカートを軽く摘み上げ、優雅に礼をしたのだった。
 
 使用人の控室から三人が出てきてたのを見計らい、玄関で商品の説明を続けていたオフェリアがノイン ウォーカーに声を掛ける。
「すみません。そこの使用人の方、少しお手伝いいただけますか?」
「おや、俺ですか?」
 しれっと初対面を装いながらやって来たノインに、オフェリアは、持ってきた布を広げたいので端を持ってほしいと頼む。『使用人』の青年は、ええ、構いませんよと了承した。
 カウントダウン。3、
「大きな布なので、少し大きく場所を取ってしまいますが、失礼しますね」
 オフェリアが申し訳なさそうに断りながら、布を広げる準備を始める。
 2、
 ばさり。質の良い、大きな布が、玄関を二分するように広げられ。
 1、

 “入口の半分は、完全に、警備員の視界から遮られる。”
 GO。
 ガスマスク風の無骨な覆面をつけた男――『プランB』ガンスキ・シット・ワン(p3p002307)がハンドサインを出す。
 
 建物横に潜んでいた二人の侵入者と、一匹の猫……ギフト《猫妖精》を用いて猫の姿になった『見習い騎士』あずき・フェル・守屋(p3p001476)が、広げられた布の裏側をすり抜けて行く。侵入者たちは、警備員の目の前を通り抜け、まんまと屋敷内へと入り込んだ。
 すれ違う瞬間、ノイン ウォーカーは、書き留めたメモの控えを、ヤバそうな石仮面を被った『川越エルフ』リュスラス・O・リエルヴァ(p3p000022)にそっと渡す。侵入者たちは速やかに、警備員の死角を位置取る。
 仲間たちがうまく入り込んだことを認めたアートは、他の使用人たちをうまく経路から外すように指示を出しフォローに動く。
 メートヒェンは、いつでも手紙を届けにいく者のサポートをできるよう、不自然にならない位置で待機する。
 準備は万端だ。けれど、窓の外から見える中庭。そこにもまた警備員がいる。
 彼らに見つかっては元も子もない。外にいる彼らに干渉することは、屋内にいる自分たちでは難しい……では、誰が?
 その時、中庭に『炎』が揺らめいたように見えた。
 

 本命三人が動くのと時を同じくして、一人の少年風貌が行動を開始する。
 中庭、夜の闇に浮かび上がる、異様に目を引く燃え盛る炎のような髪の色は、すぐに警備員たちの目を引くことになる。
 警備員は、少年のところへ歩み寄り、声を掛けた。
「おい、お前。此処は貴族の私有地だぞ。入っちゃいかん」
 声を掛けられた少年――『暴牛のモルグス』Morgux(p3p004514)は、警備員からの警告に動じる様子もなく、平然としている。
「……は? 貴族の? ……あー、成程な。悪ぃな、どうやら迷い込んだみたいだ」
 タメ口で応じる少年に、二人の警備員は少しムッとした様子を見せながらも、口々に早く出ていくよう促す。
 しかし、Morguxはのらりくらりと言葉をはぐらかし続け、一向に足の方向を変える様子はない。
「いや、どうせなら、貴族の庭ってのも散歩しとこうかと思ってよ」
 等と言いながら、尚も庭を進もうとさえする。
 相手は子どもだが、警備員たちもそう仕事の邪魔をされても困る。慌てて、剣の柄に手を掛けた。
「いい加減にしなさい! 怪我をしたくはないだろう」
 冷静な少年は、不必要な戦闘は避ける主義だが、だからと言って闘争を厭う訳ではない。暴れてやっても構わねぇが……そう思いながら、Morguxは視線を走らせる。窓から、屋敷の中が見えた。覆面をつけた二人が階段を上り、二階へ向かう姿が目に入る。中庭の警備員たちが気づく様子はない。
「なんだよ。そう怒んなよ。冗談だろ、冗談。その物騒なもんは一旦、収めてくれ」
 それを確認すると、Morguxは足を止めた。両手を上げ、争う気はないことを示す。
 ピリピリとした警備員たちの苛立つ空気もどこ吹く風というように、やはり平然とした態度を取りながら、
「分かってるって、こっから出て行きゃいいんだろ? ただよ、また迷う可能性があるかも知れねぇから道を教えてくれ。案内してくれると助かる」

 時間稼ぎと陽動。二つの目的を果たした暴れ牛の化身は、ニヤリと笑みを浮かべた。
 

 メモで得た巡回のタイミングから、まだ警備員が左手側の通路にいることを把握したガンスキとリュスラスは、陽動に向かう。
 壁に身を隠し、警備員の様子を伺いながら、
「いやァ、奇襲とか掛けたい気分ですなァ」
 傭兵的に、と小声で冗談を呟き、ガンスキはコンコンと壁をノックする。音に気付いた警備員たちが狙い通りに向かって来るのを足音で把握しながら、陽動班の二人は一階の警備員にも見つからないよう、低い姿勢を保ち、右側の通路へ移動していく。
 階段の横で掃除していたメートヒェンの足元、身を潜ませていたあずきは、警備員が行き過ぎるのを見るや《忍び足》でその背後を駆け抜けた。目標は、まっすぐ左手側通路最奥の部屋!!
 部屋に鍵は掛かっていない。あずきは元の姿に戻ると、扉を開き、部屋の中へと滑り込み、慎重にドアを閉じた。
 月のような金色と海のような青色で、興味深そうに室内を見ながら、あずきはロンバート卿の机に近づく。
 
 誰かを好きになる素敵な気持ちを応援したい。そう思って志願した手紙の配達役である。
 依頼主が恋に落ちたという、この机に座る人物は、一体どんな人物なのだろうか。
 自分も、いつかそんな人と会いたい。
 恋って、やっぱりビビッと来るものなのだろうか。
 いろんな想いを込めて、あずきは無駄に分厚い、二重の意味で重すぎる手紙を机に置いた。
 その隣に、アートから預かっていた添え状を。
 そして、その上に、どうか神様が引き合わせてくれますようにと祈りを込めた一輪の薔薇の花を。
 
 依頼の目的を果たしたあずきは、会心! とばかりに、置いた手紙を見て、微笑んだ。
 
 一方――
「隠れる場所がねェンじゃァ、仕方ありませンわな」
「ああ、コードネーム・銃ラバー、プランBへ移行するぞ」
「はいよ、ってェ……プランBって」
 右側通路に警備員を誘き寄せたまでは良かったものの、身を隠す影がなかったガンスキとリュスラスは、そうと悟った瞬間に二人息を合わせて、同時に警備員の動きを封じに掛かる。
 不審者の姿が視界に入ったと思った瞬間の強襲に、警備員たちは剣を抜く暇もない。
 マンツーマンで、《組技》により組み伏せられる。応援を呼ぼうと警備員の首筋に、リュスラスは後ろから首に指を突きつけた。尖った指先は状況も相まって、刃物と勘違いさせるには十分で、警備員は冷や汗を流して硬直する。
「我々は組織の者だ。知っていることを喋ってもらおう。そうすれば命までは取らん」
 このエルフ、ノリノリである。
「リュスラスさン、意外とノリ良いンですねェ」
 警備員に聞き取られない程度の大きさでしみじみと呟くガンスキに、リュスラスは得意げに長い耳を動かした。
 ちょうどそこへ、任務を終えたあずきが猫の姿になって角の向こうから顔を覗かせる。
「おっ。あずきさン、いっちょ頼ンまさァ」
 ガンスキが軽い調子で声を掛けると、毛先だけ小豆色した白猫はニャアと鳴いて、瞳に宿る魔力を解放する。
 混乱状態にあった警備員の精神状況では、その魔力に抗うことは難しく、徐々にその顔はぼんやりと夢現になり、呆けたようになった。
 ヒュゥとガンスキが口笛を吹く。
「それでは、引き上げるとしよう」
 イレギュラーズは即座に、撤退行動を始めた。
 既に玄関での商談は済んでしまったらしく、1階の警備員は仕事に戻っている。
 アートに目配せし、彼がボケた振りで警備員を引き付けている間に、作戦本隊である三人は誰に見咎められる事もなく館を抜け出す。
 使用人として潜入した三人は、他の使用人が気づいた頃にはその姿はなく、中庭の警備員を引き付けていたMorguxも適当な頃合いを見て警備員たちを巻いて逃げた。
 最後に、使用人への言伝を終えたオフェリアが、客人として、悠然と館から退出する。
 こうして、二人の警備員が“勤務時間中の記憶が曖昧になった”ことと、普段より数倍綺麗になった屋敷を除き、大きな騒ぎもなく、手紙配達の任は達成されたのだった。


 数日後――
 
「振られてしまいましたわー!!」
 
 そんな大声がローレット内の酒場に響き渡った。
 机上には、一通の手紙とヒヤシンスに似た花のしおり。「I'm sorry」のお返事である。

 ほぼ全員が「やはり……」と思ったのは言うまでもあるまい。
「『想いに応えることはできないけれど、お気持ちは嬉しいです(震え文字)』ですって」
 令嬢は鼻を鳴らす。
「そうでしたか……。お力になれず、残念です」
 リゼッタの報告を受けて、肩と猫耳をしょ気させるのはあずきだ。しかし、すぐにぐっと顔を上げ、リゼッタに鼓舞を掛ける。
「押せ押せで駄目なら、引くのも、いいかもしれません。お母様は、押して駄目なら引き倒せ! って言ってまし――」
 その口をアートが手で塞ぐ。人生経験の深い男は、目の前で嘆くお嬢様に、『言葉の綾』は通じそうにないことを察していた。
 迂闊なことは言わない方がいいと言外に諭すかのように、あずきに首を振ってみせる。手遅れを宣告する医者のそれに似ていた。
 当のあずきは、はて、と、猫じみた仕草で首を傾げていたりするのだが。
「お嬢に足りねェのは内省と想像ってヤツだと思うンですよ……。突然自室に手紙が現れたら、どう思うか。想像を巡らすってのは悪くねェですよ」
 その隙にガンスキが口を挟み気を反らす。
「そうですよ、リゼッタ嬢。恋愛というのは一朝一夕でどうにかなる事は殆どありません。じっくりと、人間関係を構築するところから始めましょう」
 オフェリアも、恋路を応援したいからこそ、何とかこの暴走令嬢の軌道を修正しようと試みる。
 辺りに豊かな香りが広がる。メートヒェンは、淹れたてのお茶をそっとリゼッタの前に置いた。
「気分が落ち着くお茶だよ。貴族の恋愛のことは、私にはよく分からないけど、またチャンスは来るんじゃないかな?」
 メイドはメイドらしく。そして、
「主が危ない方向へいったら止めるのも執事の仕事でしょう。あとは託しましたよ」
 執事は執事らしく。
 ノイン ウォーカーはリゼッタの執事に話しかける。依頼の間、依頼主であるリゼッタを自身の主人として見ていた彼は、今はもう時計塔の使徒の一人に戻っている。
 面倒そうに息を吐くのはMorguxだ。
「……つーか、今までが今までなんだし、神からは既に見放されてるんじゃねぇか?」
 俺だったら見捨てていると独り言ち、金色輝く三白眼をじとりと細めた。そんな独り言を拾い上げたリュスラスは、Morguxに、まぁそう言うなと目で制し。
「恋は患い、恋は盲目という。恋が愛に転じれば、見えないものは何もないし、恋しさも盲目も消えるものだ。愛が見つかるとよいな。リゼッタ・ラックレーン」
 昔、『愛』に関する力で負けた経験から来る真摯な言葉に、リゼッタは、涙で濡れた瞳を輝かせる。
「皆さん……」
 全員への感謝を湛えて、唇は弧を描く。
「そうですわね! 皆様に応援していただいた経験、きっと次に活かしてみせますわ。本当にありがとう。今回は運命の恋ではなかったみたいだけれど……皆さんに依頼をお願いして、わたくし、本当に良かったと思っていますの!」

 何はともあれ依頼は完遂、結果はどうあれ、依頼人は今こうして笑っているのだ。一同はやれやれと笑いを零す――が、

「“次”も、ぜひ、ローレットの皆さんにお願いしに来ますわね!!」

 イレギュラーズの笑みが固まる。
 対する令嬢の、にこにこと純粋な笑み。

「だって、わたくしたち、もう“お友達”ですものね!!」

 こいつちっとも懲りてねぇ!!!
 酒場を賑わす噂話を叩き割る、そんな叫びが響き渡ったとか何とか――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

イレギュラーズの皆さん、大変お待たせしました。
『恋する貴族はバカらしい』リプレイになります。
今回も素晴らしい参加者の皆様に恵まれ、大変楽しく執筆させていただきました。
本当に楽しく、もっとガンガン皆さんの素敵な行動を盛り込みたかったのですが、泣く泣くカットした部分も多く、もっと自分に構成力があればと反省し通しです。
ですが、本当に楽しく執筆させていただきました。
ご参加いただいた皆さんにも、少しでも楽しさを還元できたら幸いです。

皆さんがGMの想定よりもリゼッタに心を寄せてくださって、本当にうれしく思います。
皆さんの配慮に心打たれ、彼女の恋の行方を急遽ダイスで決めたのですが、結果はリプレイ本文の通り。
残念ながら、ロンバート卿には荷が勝ち過ぎたようです……。
決して皆さんの配慮不足ではないので、どうぞお気に病まれませんよう!

ご参加くださった皆さん、またご縁がありましたらどうぞよろしくお願いします。
またお会いできれば、GMとしては大変うれしく思います。
そうであることを願って。
そして、それ以上に皆さんの冒険が希望溢れるものであることを願っております。

改めて、ご参加ありがとうございました!

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