シナリオ詳細
<刻印のシャウラ>アグラク・ヤー・シムシム
オープニング
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「幻影王都より遥か南方の街リーデンバーグの外れに、そこらじゃ今まで見かけなかった盗賊団が姿を現した。盗賊団はすでに街の近くの村を制圧し、支配下に置いている、との報告が来ている」
『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)は、ぐっとテーブルの上に身を乗り出した。
「ここんとこ鳴りをひそめていた砂蠍……村から命からがら逃げて来たやつは、手配書の女盗賊が頭を張っているという。その女盗賊の名は『ジャミラ』。以前、オレが手配した依頼で討ち損ねている新生砂蠍の一人だ」
正体不明の資金力と人脈を発揮し続けている『新生・砂蠍』は、イレギュラーズたちの働きにも関わらず、勢力を拡大しながら幻想の辺境を中心に荒らし周り、確実に力をつけていた。 自分達の利益を最優先にする貴族への対策として中央に牽制を入れつつ動く彼等は、さながら盗賊団のレベルを超え、軍隊の如しだ。
これまでは金品や資材などの略奪を中心に動いていた『新生・砂蠍』だが、この程、別の動きが見えてきた。彼等はこれまでに溜めた力で強烈な部隊を編成し、幻想南部の貴族領、街、村へ本格的な侵攻を開始したのだ。
「どうやら、砂蠍は幻想を乗っ取るつもりらしい。何を考えているのか分からないが、裏で魔種が事件の糸を引いている、といった噂もある。これは単に盗賊どもが調子に乗っているわけじゃないようだぜ」
事実、既に失陥した拠点や重要な主要都市があった。いままさにこの瞬間、落ちようとしている街もある。壁に囲まれた鉄の街・リーデンバーグがそのうちの一つだ。
クルールはゆっくりと体を起こすと、卓に集まったイレギュラーズの顔をみまわした。「なぜリーデンバーグが国にとって重要とされているのか、ウォーカーまたは他国から来たもののために説明しておこう」
リーデンバーグ近郊は良質の鉄鉱石、露天掘りで大量に採取できる赤鉄鉱で有名だ。また、リーデンバーグの街では鉄帝国(ザーバ)の技術を輸入、建造した巨大高炉で赤鉄鉱を製鉄し、非常に質のよい鉄を大量生成している。下町では、それらの鉄を使った武器や甲冑の生産が盛んだ。
「……というわけで、ここをヤツラに落とされるといろいろ困ったことになる。解るよな?」
それだけ街に武器や防具が豊富なら、盗賊団ぐらい自力で退けられるのではないか。当然、周辺地域から貴族たちが援軍をだすだろう。
クルールはイレギュラーズたちがあげる声を片手で遮った。
「街の回りに巡らせた高い壁のおかげでなんとか持ちこたえているというのが実情だ。というのも、『街に武器は豊富にあれど、兵はなし』だからだ」
リーデンバーグは自治都市だ。有力ギルドによる合議で政が行われている。住んでいる者のほとんどが商人で、憲兵すらいない。
周辺地域の幻想貴族達は街に部隊を派遣しようとしたのだが――。
「『サリューの王』クリスチアン・バダンデールの諜報によると、間の悪いことに北部国境線で鉄帝国が侵攻の兆しを見せているらしい。北部を抜かれれば国防上に最悪の問題が発生する。だから貴族たちは自国を守るために北部の国境線に戦力を集中しなければならない……というわけだ」
そこでローレットにお呼びがかかった。
イレギュラーズの出番である。
「鉄帝国と砂蠍が連携しているかは不明だが、それにしてはあまりにもタイミングが良すぎる。案外、噂は本当なのかもしれないぞ」
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クルールは椅子に座ると、卓上に地図を広げた。街の回りを高い壁が囲み、その周りをまた大きな川が囲んでいる。北と南に街に繋がる大きな橋が描かれていた。
「現在、リーデンバーグは防衛線の真っ最中だ。幸い、まだ壁の中には入られていない。主戦場はここだ」
指で示された一点に、イレギュラーズたちの視線が集中する。そこは街に至る二本の橋のうちの一つだった。南側の大橋だ。
「北の橋は盗賊たちが落としてない。街を陥落した後、守りやすくするためだろう。橋を渡られて街の中に入られてしまえば、大げさでなくお終いだ。壁の分厚い鉄の門扉を閉じられたら、外から開かせるのは難しい。そこへ魔法で鍵でもかけられたら……」
クルールは一枚の手配書を地図の上に重ねて置いた。
「こいつが女盗賊『ジャミラ』だ。前の依頼で顔を見たイレギュラーズの話を基に、似顔絵を描いた。かなり似ているはずだぜ。で、こいつも前の依頼で解って事だが、この女、魔法を使う。『開門』と『閉門』の魔法だ。すぐ逃げ出したらしいので、他にどんな魔法が使えるかは解っていないが、剣の腕は相当立つというから気をつけろ」
現在、長い大橋の街側、壁のすぐ近くで戦闘がつづいているという。聖人たちの像が立ち並ぶ橋の下は、川までかなり高さがあり、商人たちと連絡をとるには盗賊たちの上を飛んで越えるしかない。
「お前たちは橋の南側から盗賊を攻めてくれ。挟み撃ちにするんだ。だが、商人たちの頑張りが何時まで続くか分からない。さあ、今すぐ準備を整えて現地へ向かってくれ。大至急たのむ」
- <刻印のシャウラ>アグラク・ヤー・シムシム完了
- GM名そうすけ
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年11月15日 21時20分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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銃声と悲鳴が途切れることなく闇夜を打ち続ける中、イレギュラーズたちは橋のたもとに身をひそめた。
『瞬風駘蕩』風巻・威降(p3p004719)は、ガラスの破片を踏み砕かないよう気をつけながら、トーガの裾が欠けた聖人の像に忍び寄った。まず、足場の確認だ。石でできたサンダルの上から頭を出し、橋の口から城壁門まで視線を走らせる。だが、暗くて良く見えない。
雲に隠れた月が恨めしくなり空を見上げる。風向きが変わった。とたんに腐った血と内臓、硝煙の臭いが鼻を突く。
「大分血が流れてしまったね……。でも最後の最後に間に合って良かった」
威降の耳に、微かな羽音とともに地に降り立つ音が入った。振り返る。
『風来の名門貴族』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)が、偵察から戻ってきたところだった。
レイヴンは漆黒の翼を折りたたむと、指でサイバーゴーグルのレンズかかった髪をかきあげた。
「まったく……世の中が一気にゴタゴタし始めた」
「それで、どうでしたー?」
『特異運命座標』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)は、砂の詰まった樽を背負い直すと、偵察の報告を求めた。
「聖人の像は全部で二十四体、左右に十二体ずつ。最前線まで約五十メートル。情報通り、明かりがついているのは壁の一番手前に立つ聖人像だけだ」
あとは街に近づくほど破損がひどくなり、橋の上に倒れている像も多いという。
橋の上は蠍のものか街の人のものか分からぬ血肉と、橋や聖人像が壊れてできたと思われる瓦礫、それに折れた剣や木片がそこかしこに散らばっていた。
「比較的マシな足場があれば、と見ていたが……ないな」
「あら、まー」
予想されていたことではあったが、そこまでひどいとは。
「あ、そうだ。穴は? 橋に穴は開いていましたかー」
「ない」
黒い破片を縁に散らばらせた小さな窪みはあっても、穴はひとつも開いていなかったらしい。それなら谷底に落ちて川に流されることはなさそうだ。地上進行組はひとまずほっとした。
ここリーデンバーグに砂蠍たちが攻め込んできたのは、二日前のことだった。街の反対側にかかっていた木造の橋は、街の人たちによって一日目に落とされている。早い段階でこの街に至るたった一本の石橋が主戦場になったのは間違いない。
いまや一刻の軍隊並の戦力を擁し、戦い慣れした盗賊たちを相手に、街の者たちはよく持ちこたえている。
「数と地の利は敵が上。ですが、それでも成し遂げねばなりません。その為の私達ですから」
『Tender Hound』弓削 鶫(p3p002685)は、闇の先で燃える戦いの火をきっと睨みつけた。
足場が悪いのならその場にあるものを利用してでも進む。例えそれが遺体であっても。ぐっと顎を引いて決意を固める。
鶫の横で、『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)がおっかなびっくり体を浮き上がらせた。今日、初めて空を飛ぶ。空中浮遊に体が慣れるまで大変じゃないかと思っていたが、意外にすんなり馴染んだ。
「障害物な……いい頃合いでオレが吹き飛ばすぜ。連中の気を引くとマズイし、ほとんど手前でやることになるけど」
「乾いていない血の対処は任せてー。樽とこの寝袋に詰めた砂を撒いて滑り止めしますわー」
ユゥリアリアが言い添える。
最前線の足場対策は一悟たちに任せ、空を飛べるものは空を、飛べない物は足元に気をつけつつ敵に接近することになった。
「この街の人達の頑張りを無駄にしない為にも、今私達に出来る事を全力でっ!」
『煌きのハイドランジア』アリス・フィン・アーデルハイド(p3p005015)が、脚に手紙を括りつけた小鳥を放つ。
とどける手紙には、イレギュラーズたちがどう動くかや、敵の伏兵や動きに警戒して欲しい事、大型大砲の使用は考えてない事を書いた。小鳥はそのまま街側に留まらせ、伝令役になってもらうことになっている。
「手紙を届けた後も、敵とかに何か妙な動きがあれば教えてもらえるようにね」
アリスは暗視ゴーグルをつけた。これで移動中に障害物につまずくことはまずないだろう。残念ながらアイテムで得られる暗視効果は、小鳥の目を通じてみる風景には適応されないが。
「僕は後ろからついていくっス」
飛べないし、便利なアイテムも持っていないっスから、と『簒奪者』ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)がいう。
ヴェノムは耳に手を当て、風に運ばれて来た音を拾った。銃撃の音に交じって、鋼の刃と刃がぶつかりあい、火花を散らす音が聞こえた。
「んー、ナイフとか剣とか面白そうなモン持ってそうよね。狩りの獲物としちゃー悪く無い」
腰から伸びた補食器官が、カチカチと嬉しそうに歯を鳴らす。
「鉄帝と蠍、きな臭いわよねえ……まるであのサーカスの時みたいな……」
『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)もいひひ笑を浮かべた。カンテラの灯りを下から受ける人の顔に、サキュバスとしての本性が透けて見える。
「まあ、何にせよ悪い子ちゃん達は倒して魂頂いちゃうけど、いひひ♪」
華奢な体が快楽に震え、ふつふつと沸く欲望で胸を大きく膨らんだ。利香は体から翼を出すと、音もなく空へ上がった。
襲撃の準備は整った。
「この街を守るために散っていった命を無駄にしないよう、これ以上の犠牲が出ないように、あそこで暴れている奴らを斬り伏せるとしようか」
●
一人、列を離れてライフルに弾を込めていた盗賊の一人が、キュルキュルという小さな異音が次第に近づいてくることに気づき、後ろを向いた。足元を見る。
傷だらけのブーツの先に、輪っかをつけた四角い箱がコツリと当たった。
「あん? なんだ、これ」
拾い上げようと腰を落としかけたところで、瓦礫の向こうに浮かぶ赤毛の青年に気づき、ライフルを構える。照準器越しに見た風景が、盗賊の最後の記憶となった。
盗賊の足元で急激な爆発が起こり、熱と共に衝撃波が発生した。下半身を吹きとばされた盗賊と、その周辺に落ちていた瓦礫が轟音とともに飛び散る。
「よし、いまだ!」
「オッケー!」
焚き木用に集めた木材を降ろしながら一悟が合図すると、ユゥリアリアは寝袋を裂いて中に詰めた砂を撒き散らした。
不意を突かれた盗賊たちは、振り返るなり目に砂を浴びせられた形だ。わっと言って手で目をこすり始めた。
威降は盗賊たちが立ち直る前に抜刀し、太刀を振るって斬撃を飛ばした。一気に間合いを詰める。
目を血走らせた男と刃を合わせると同時に、どっと押し返す。男の後ろに、長い黒髪を腰まで垂らした女が見えた。ジャミラだ。
「やあ、また会ったね。今夜は逃げないなのかな?」
なんのこと、と恍けて口角をあげた女頭とイレギュラーズたちの間に、ターバンを巻いた男たちが割り込み、壁を作った。
レイヴンは上空から瓦礫の払われた石畳に魔法陣を描くと、短く詠唱した。
「起動せよ、起動せよ、魔砦の巨蟹」
魔法陣が揺らめき、波立つ。遠き海より魔獣カルキノスが呼ばれ、その巨大な蟹爪で魔法陣の海面を割り裂いた。
天を突くほどの高さまで伸びあがった巨大な蟹の爪を目にして、イレギュラーズたちの前に立つ盗賊たちが一斉にどよめく。
「砕け、魔蟹の腕よ」
驚きよりも恐怖で足をすくませ、身動きが取れなくなった一人の盗賊に、ごつごつと尖った固い甲殻が振り下される。
石橋を震わせた爪の下に鮮血が広がった。
仲間が流した血からじりじりと後退する盗賊たちを、さらなる恐怖が襲う。絶望の海を歌うユゥリアリアの声が、暗くそそり立つ津波となって飲み込んだ。呪いに打たれた盗賊たちが、冷たい石の上に膝を突く。
「何をしているんだい! こいつらが来るのは予想済みだっただろ!」
しっかりしな。ジャミラの一喝で生気を取り戻した盗賊たちは、まだ震えが残る膝を立ててライフルを構えた。それぞれ手に得物を持ち、駆け寄ってくる女たちに向けて一斉射撃する。
ヴェノムは夜風を巻いて飛んでくる弾丸をかいくぐり、砂の上を滑りながら最前線に飛び出した。
壁のような大盾を突きだして攻撃の第二波を防ぐと、補食器官を振り回し、目の前にいた盗賊の太ももに食らいつかせた。
ジャミラが顔を横向ける。
補食器官が身をよじりながら、盗賊の太ももをごっそり骨ごと食いちぎった。ギャッと太い悲鳴があがった。
ジャミラはもう顔をイレギュラーズに戻していた。
「うるさいっス。いま女ボスが何言ったか、聞えなかったじゃいなっスか。太ももの半分食いちぎられたぐらいで喚くなっス」
さらりと無茶を言う。
補食器官に太ももを食いちぎられた盗賊の顔は、燃える焚き木の照りをうけても青白かった。チョンと盾で押してやると、白眼を剥いて後ろ向きに倒れた。細かく震える唇からは、悲鳴ではなく泡が吹き出ている。なんと情けない。この男はもう、戦えないだろう。出血の具合からして、朝日が拝めるかどうか。
ヴェノムはもしゃもしゃと肉を咀嚼する補食器官を後ろへ戻し、とぼけた口調で眉間に皺を刻むジャミラに声をかけた。
「あ~、ジャミラさん? さっき後ろの連中に何言ったか、もう一度きかせてもらえないっスかね?」
「は? アタシは同じことを二度言わせる奴が大キライなんだ」
イレギュラーズたちの回りで、チャリチャリと音を立てて、折れた剣やナイフの刃が浮き上がった。集まった刃は、ガス燈と焚き火、カンテラの灯りを四方から受けながら、グルグルとまわり、さながら火柱のようになる。
同時に、ジャミラの回りの闇が歪み、開かれた虚空より無数のナイフが現れた。
「死ね、コウモリども! 『死刃乱舞』!」
無数の刃がイレギュラーズたちに襲い掛かった。刃を防ぐには手数が足りず、なすすべもなく嵐に飲まれ、上も下もなく、荒れ狂う刃に切り刻まれる。
黒い羽の落ちる石橋が、薄皮を剥がれた肌のように赤くなった。
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血の臭いが辺りに立ち込める中、体中に受けた傷をものともせず、ジャミラの前へずいっと進み出たのは利香だった。胸の傷に指を這わせ、ついた血ごと口に含む。ちゅぽん、と音を立てて指を引き抜くと、銃を構えた盗賊たちへ色香漂うウインクを飛ばした。
一瞬、盗賊たちが構えた銃の口が下を向く。
その隙をついて、利香は盗賊たちの間を抜け、ジャミラの前へ進んだ。
「魔女さん、ごきげんよう?」
「ふうん。あんた、サキュバスかい。アタシは――まあ、いいや。何か言いたそうだね?」
「さっきのコウモリって、私のこと?」
うふふ、と笑って広げた翼をヒラヒラさせる。
「アンタ個人のことじない。イレギュラーズとやら全部をさして言ったんだよ。時に正義の味方、時に悪党……随分と好き勝手にやってるようじゃないか」
コウモリのどちらにも属せない絶妙なバランス感覚で、混沌世界に居直っている。そうジャミラはイレギュラーズたちを嘲った。
「それが何だっていうの。イレギュラーズってだけで一括りにしないで!」
アリスの指先から一条の雷撃が迸り、ジャミラの腹とその後ろにいた盗賊の背を貫いた。バリケードの向こうから歓声が上がる。
たった一人倒しただけだったが、イレギュラーズたちに流れ弾が当たらぬよう、銃ではなく剣や槍で応戦していた市民たちは勢いを盛り返したようだ。
アリスには小鳥の目を通じて、その様子がありありと分かった。グッと拳を握る。
「へえ、そうかい! 話し合えるとおもったんだけどねぇ。条件次第じゃ、手を組めるんじゃないかって。金ならはずむよ」
「お断りよ。金で転ぶと思われていたなら心外ね。イレギュラーズも舐められたものだわ」
鶫は射線上から自分を庇いに入っていた赤毛が消えると同時に引き金を絞った。銃口を飛び出した弾は、空気をあたかも液化させるように波紋広げ、ジャミラの胸に向かって飛んで行く。
「金じゃない? じゃあ、アンタたちは何のために……ああ、パンドラ、ね」
被弾まであと僅かというところで、ジャミラがすぐ近くに寄ってきていた手下の襟首をつかみ、引き上げた。
手下の後頭部から噴き出した血でジャミラの首から下が赤く染まる。
「アンタたちが何したって集まるんだってね。だったら、金で動いてもいいじゃない」
ジャミラは血みどろになった男から手を離し、ゴミのように捨てた。
「たったいま、鶫が『断る』と言ったはずだよ」
アリスから治療を受けつつ気を研ぎ澄ませていた威降が、妖刀の恐れにも似た冴えたる太刀筋で、あっという間に盗賊四人の胴を薙いだ。
これでジャミラの前に一人と横に一人を残すのみ。市民たちも奮闘し、バリケード前の手下たちもアリスが倒した一人を入れて二人倒しているので、砂漠の真珠たちを半分近く片づけたことになる。
だが、まったく油断できない状況だ。
もう一度あの『死刃乱舞』を食らえば、回復役がアリス一人しかいないイレギュラーズはじり貧になる。徐々に押さ返されて敗走、いや、皆殺しにされるだろう。そうなればリーデンバーグは落ちたも同然。
ユゥリアリアがボロボロになった樽を背から降ろし、蹴り転がした。樽からこぼれ落ちた砂が血を吸って固まり、しっかりとした足場を再構築する。
迷った末、一悟は空を飛んでバリケードを越えた。ジャミラがじりじりと下がっていることに気づいたからだ。次に『死刃乱舞』が行われれば、確実に街の人たちも巻き込まれる。その前に人々を壁の向こう側へ避難させ、門扉を落とさなくては。
アリスは小鳥を通じて、バリケード前の敵があわただしく位置を変えたことに気づいた。
「気をつけて! 何か企んでるよ」
威降とレイヴンが『死刃乱舞』を発動させないよう、ジャミラの気を反らしにかかった。二人がかりで張りつき、途切れることなく攻撃を浴びせる。
「ミス……この街を攻めた真の目的を聞かせてくれ。鉄じゃないな?」
「勘がいいね。アタシたちの狙いは――これのデカい奴さっ」
ジャミラが身を翻すと、そこにはイレギュラーズたちを狙う小型の大砲が口があった。
●
ヴェノムの叫び声は砲撃の音に掻き消されたが、咄嗟に振った捕食器官が威降の足を払い、寸で転ばせることができた。あと少し遅ければ、威降は吹っ飛んでいたかもしれない。
砲弾はレイヴンの左の足の親指を掠り、ライフルを構えた鶫の近くに落ちて爆発した。
「くっ」
鶫は痛みをこらえながら、小型大砲を動かす盗賊に照準を当て、引き金を引いた。闇に赤い血の粉が刷かれる。
ほぼ同時にアリスが雷の槍を放ち、レイヴンが召喚したクジラに尾を振らせて、バリケードの前にいた盗賊を四人片づけた。
両刃剣を振り回すジャミラを、ヴェノムの大盾がくい止めた。全身に雷を纏った利香が、内側からヴェノムの大盾を突いて衝撃波を飛ばす。
「いひひ、痺れちゃった? ねえ、さっきジャミラちゃんが言いかけたことだけど――」
「ん? ああ……アタシはこれさ!!」
仰け反った体を起こす勢いを利用して、ジャミラは両刃剣を大盾に重い一撃を打ち込んだ。
「アンタたちの世界にも似たような化け物がいただろう?」
ヴェノムたちは大盾ごと押されて石の上に膝をついた。
威降が助太刀に入ろうとしたが、生き残りの盗賊から銃撃を受けて下がる。
街の人たちは、と見ると、一悟の手招きで壁の向こうへ駆けていくところだった。
遠くでパン、パンというライフルの特徴的な発砲音が聞こえたと思ったら、ターバンを巻いた頭が二つ割れた。鶫だ。
レイヴンが再びカルキノスを召喚し、小型大砲ごと盗賊の残り一人を叩き潰す。
「これはウロコっスか?」
大盾の下から伸ばした捕食器官の歯は、変身を解いたジャミラの鱗に弾かれた。
「ふうん、ジャミラちゃんは下半身がヘビなのね。ブルーブラッド?」
肯定も否定もせず、吊り上げた口の端に狂気を湛えてジャミラが笑う。
アリスがマジックミサイルで牽制し、大盾の下になっていた二人から引き離した。
「生き残っているのはあなただけだよ、ジャミラさん」
「アタシだけで十分さ! 手を組むつもりがないならさっさと細切れになっちまいな!」
まずい。『死刃乱舞』が発動される。
イレギュラーズたちが、絶叫を喉元で飲み込んだその時――。
分厚い壁門の扉が落ちた。ドンという音とともに吹き飛ばされた土埃が、バリケードを越えて押し寄せる。
砂埃の中で舌打ちの音がした。
「大砲が運び出せなくなるじゃないか。イフタム・ヤー・シムシム!」
「アグラク・ヤー・シムシム!」
すかさず一悟が反転呪文を唱えて打ち消す。が、門扉は落ちない。
「げっ、また……なんで閉まらねぇんだよ」
癇癪を起こした一悟は、門の溝にはまっていた大剣を投げ落とした。門扉は術ではなく、数本の剣やナイフで物理的に止められていたのだ。
「ふっ、バカめ。閉められるのは術者のアタシだけ――!?」
ユゥリアリアが投げた氷の鎖がヘビの下半身にきつく巻き、ジャミラの自由を奪った。
「馬鹿は貴女の方ですわー。わたくしたちに背を向けたのが間違い」
絶好の好機を見逃すイレギュラーズたちではない。
「いまです!」
鶫の声が闇を裂いて凛と響く。
攻撃に次ぐ攻撃でジャミラを欄干に追い詰めた。
雲が切れ、月が顔を出す。
「これで終わりだ」
レイヴンが急降下でジャミラに体当たりして、橋の上から突き落とした。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
みなさんの頑張りで、リーデンバーグの街は守られました。
谷底に落ちたジャミラは、川の速い流れに飲み込まれてしまったようです。その後の捜索でも、死体は上がりませんでした。
ただ、橋から落ちる寸前、イレギュラーズたちから総攻撃を受けて虫の息だったのは確かです。
ご参加ありがとうございました。次の戦いに備えて、しっかりと体を休めてください。
それでは、また。
GMコメント
●日時
夜です。薄曇り。
壁の手前のガス燈が左側だけついています。
バリケードの内、3か所でで松明が焚かれています。
※盗賊たちはジャミラ以下全員、夜目がききます。
●橋
横幅が荷馬車5台分ある、石造りの巨大な橋です。
鉄の板やくびきで補強されているので、かなり丈夫です。
橋の下から川まではかなりの高さがあり、普通の人が落ちれば即死するでしょう。
5メートル置きに、橋の左右に聖人の像とガス燈が立てられています。
壁まで聖人の像あと1つのところに低いながらバリケードが作られており、
ジャミラを頭とする盗賊団と街商人たちがそこを境にして戦っています。
橋のたもとから盗賊団たちの手前まで、死体が幾つも転がっています。
血や体液で汚れた石の上は滑りやすく、うっかり転んで折れた剣や瓶の上に倒れると
とても危険です。
●街の商人たち
武器ギルドに所属する武器商人が中心となり、交代で日夜戦ってきました。
しかし、少しずつ盗賊たちに押されて壁の手前までバリケードの位置が後退、
死傷者が続出したため、前線には女や子供、年寄りが混じりだしています。
あと半日ほどでバリケードを突破され、街に入られてしまうでしょう。
●新生砂蠍・砂漠の真珠部隊
・女頭/ジャミラ
美人だがとてつもなく気が強い。その上冷酷。
女だてらに重い両刃剣を振り回す。その他、ナイフを所持。
攻撃方法などの詳細は不明ですが、魔女だという噂があります。
意思を持ったナイフが幾つも周りを飛んでいた、という話がありますが真偽は不明。
※ジャミラは街側の最前線で戦っていますが、イレギュラーズが現れると
手下の半分に街の攻略を任せ、残り半分とイレギュラーズたちの前に出てきます。
・手下/カオスシード……20名。
全員、剣と短銃またはライフルで武装しています。
近くの村を襲ったときに押収した小型の可動式大砲が1台あります。
相手が女子供、年寄りであっても一切手加減しません。
殴る蹴るなどの肉弾戦も得意です。
当初はかなりの人数がいたようですが……。
・隊列
街側に2列(一列手下5人と小型の大砲1台)。
真ん中にジャミラと手下(ライフル持ち)2人。
イレギュラーズの前に手下8人が一列になっています。
●その他
街の中心に可動式の巨大な大砲が1台ありますが、重くて人力では門まで運べません。
大砲の砲撃可能距離は約800メートル。
発射角度は15度から75度まで調整できます。
ちなみに壁の高さは50メートル、厚みは3メートルです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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