シナリオ詳細
<終焉のクロニクル>ふめつのきずな
オープニング
●やさしいきもち
「ここが秋永一族の興った地だ」
冬越弾正(p3p007105)はアーマデル・アル・アマル(p3p008599)をつれて、深緑へ訪れていた。
冬越弾正、またの名を秋永久秀。双子の弟を戦いで失い、その過程で秋永一族のかしらになった。白を尊び、ノイズのない清らかな音を好む音の精霊種、それが秋永一族だ。
「なつかしいか、弾正」
「ああ、子どもの頃のことを思い出す」
父上、と弾正はくちごもった。先の戦いで、微笑みながら消えた父の姿が脳裏に浮かぶ。
「いや、父上はもはや呼ばれてしまった。同情はすまい」
そういいつつも弾正の顔から憂いはさらない。アーマデルはこのやさしすぎる恋人に近づいた。弾正の頬をぬくもりがかすめる。キスされたと気づいて弾正は目を丸くした。
「俺が、となりにいる」
「ありがとう、アーマデル」
ふたりは寄り添い、手を取り合った。至近距離で見つめあえば視線が溶け合う。顔と顔が近づき、吐息が香った。
空を割く音がして、アーマデルは腰に鋭い痛みを感じた。痛みをこらえて見れば黒に赤の混じった矢羽根が視界に入った。
矢は立て続けに飛んでくる。
弾正はアーマデルの名を叫びながら彼を木の陰へ隠した。そして飛んでくる矢からアーマデルをかばう。アーマデルは見抜いた。矢が意思を持っているかのように複雑な軌道を描きながら自分だけを狙っていることを。
「弾正、俺を置いていけ。弾正だけなら助かる」
「そんなことができるか! 見捨てるくらいなら、俺もともにここでくたばる!」
ぱたりと、矢の猛攻がとまった。
「こまったね」
小枝を踏み、その男は姿を現した。理知的な顔の、眼鏡の奥、ほのかな殺意を交えた瞳。
「父さんはその馬の骨さえいなければ久秀はもとにもどると考えていたけれど、どうやら違ったようだ」
狂愛の父、秋永理一は、ゆっくりと弾正とアーマデルへ近づく。
一気に踏み込むと、理一はアーマデルを弓で殴った。吹き飛ばされるアーマデル。反射的に動こうとした弾正のくびねっこを理一がつかむ。
「よくよくおはなしをしようね、久秀。久秀のこころの悪い部分を切除しよう。そうすれば父さんとまた一緒に暮らしてくれるだろう?」
ゆっくりと、理一の姿が消えていく。弾正を連れて。
「弾正!」
アーマデルが叫んだ時には、冷たい風だけが吹き抜けていった。
●まけないきもち
「アーマデル・アル・アマルだ。真名を明かすには理由がある」
ローレットの深緑支部で、アーマデルはあなたへ向かってなにやら仕草をした。故郷における最大限の敬意をあらわすしぐさであることを、あなたはのちに知ることになる。
「俺の恋人、冬越弾正が、父親である秋永理一にさらわれてしまった。場所は俺の友人であるラウラン殿が調べだしてくれている。いまからそこへ行き、理一と戦い弾正を取り戻したい」
秋永理一は父親以上の愛情を、子である弾正へ抱いているのだという。
「理一は膠窈(セバストス)、呼び声に負けた肉種だ。生前から秋永一の弓取りと呼ばれ、弓の腕は確かなものだ。さらに、矢を念力で操ることもできるようだ」
俺は弾正を助けたい。アーマデルの声からは血を吐くような思いがにじんでいた。
●とまらないきもち
弾正はゆっくりと目を覚ました。
「久秀」
ああ、父上。『帰ってきたんだ』。
『とつぜんいなくなるから、心配してたんだ父上』
『また会えてうれしい』
「『会いたかった、父上』」
「そうだろう久秀」
微笑みかける理一の姿は霞にまかれたように見えない。思考が上書きされる。考えが外からもたらされている。ねむい。ねむくてたまらない。弾正、いや久秀にはわかっていた。このまま目を閉じれば、また父とのおだやかな日々に戻れるのだと。
けれど。
心の底で誰かがわめく。罠だ、弾正。戻って来い。
- <終焉のクロニクル>ふめつのきずな完了
- りいちぱぱさんをなぐるはなし
- GM名赤白みどり
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2024年04月06日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
かきむしるような想いだった。ただひたすらに祈っていた。願っても願っても沙汰はなく、己で選んだ道だから引き返しようもない。忸怩たる思いに毒され、祈りは穢れていく。
理一はうっとりと『終音』冬越 弾正(p3p007105)のはいっている繭を撫でた。まるで赤子をあやしているようにも見えた。
「もう何も苦しいことはないよ久秀。父さんが守るから。たとえば……」
理一は振り向いた。
「そこの、横柄で我儘な人々から」
理一の視線がイレギュラーズを舐めた。『ガイアネモネ』紅花 牡丹(p3p010983)は目をすがめ、片眉を跳ね上げる。
「ええとしこいた成人男子を、オギャらせてバブみを得ようなんざ、もうシンプルにきもちがわりいんだよ。なにが守るから、だ。害してんじゃねーか!」
どうせ、と牡丹は続ける。
「その繭だってろくなものじゃねえんだろ!」
繭を牡丹から指さされた理一はまるで初めて焼いたクッキーを褒められた童女のように微笑んだ。
「これはね、僕の魔力から作った糸で編み上げたんだ。この弓の弦とおなじものを使ってある。知ってるかい。蝶は蛹の中でいったん溶けるんだよ。どろどろにね。そしてイモムシから華麗なる蝶へ再構成される。同じように、久秀の心も今、とろけていっている。そして、赤ん坊だった、純粋だった頃の久秀に生まれ変わるんだ」
「白痴を赤子と同一視するとは根が深いにも程が在る。私ですら音を上げる悍ましさだ」
『同一奇譚』ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)の足音がさりさりと別の音をまとう。霜だ。見ていると吸い込まれるような不安を覚える彼女の黒い肉体に、霜が降りている。冷気を引き連れて登場した彼女は、無慈悲な嘲笑を浮かべたまま理一へ迫る。
「――赤子を抱くのが好きだと宣ったが、最早、抱ける大きさではないのだよ。――愛とは斯くもおぞましい感情だったか!」
にちゃりと粘液質な笑みを深め、ロジャーズはうつむいた。あるいは笑ってみせたのはそれ以外の何かを悟られたくなかったからなのかもしれない。
「――いあ、その通り。腐った果肉めいている」
自嘲。自嘲? まさか、呼ぶことすらはばかられる邪神の化身のひとつが? ロジャーズにはなにか急激な変化が起きているようだった。『闇之雲』武器商人(p3p001107)はそんなロジャーズをおもしろそうに眺めた。このモノはいつもそうだ。常に凪いでいる。そのうすやわらかな視線を理一へ送り、武器商人はなにげなく口にする。
「キミの過去が視えるよ。なかなか散々な目にあってきたようじゃないか。我が子の無事のために身を引くくだりなど、この我(アタシ)でさえ涙をそそられる」
ちっともそんなことはなさそうに、武器商人は低く笑った。香に混じっていた火薬が、爆ぜたかのようだった。
「なのにどうしてこうなったんだい? いまさらいりもしない庇護欲を発揮して。ヘリコプターだってこんな急降下はしやしないぜ」
「よく回る口だ。縫い上げてあげようか。僕は縫い物も得意なんだ」
いい案だとばかりに理一は頬へ手を当てにっこりと笑う。だが、表情の下には隠しきれない敵意が見えた。
『晶竜封殺』火野・彩陽(p3p010663)が、そんな理一の姿に唇を歪めた。
「あんたは役割に固執してるだけや。父親いう役割にな。けど役割いうんは時と場所で変わるし、変わっていかなあかんものや。それなのにあんたときたら」
彩陽はいっそかわそうなものを見るかのように眉尻を下げた。両手を上げて、茶化すようにおてあげポーズ。
「どっかいったまんまやったら、せめて弾正はんの記憶の中でセピアに染まっていくこともできたやろうに、こらまた盛大にやらかしたなあ。あんた、一生恨まれるで」
「そんなことない」
理一はあきらかに機嫌を悪くしていた。物騒な雰囲気が彼を包み、理一は繭ではなくイレギュラーズへ体を向ける。
(あと一押しといったところか)
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は冷静に距離を読む。現在理一は繭のすぐ隣だ。牡丹を走り込ませるだけの隙間もなければ隙もない。ただでさえ理一の攻撃には厄介なことに吹き飛ばし効果があると聞いた。イズマはこちらに誘い出すべく挑発の文句を考えようとして、やめた。相手はきっと何を言っても聞く耳を持たないだろう。そうまでして家族の残骸にすがっているのが、イズマから見れば哀れでしかない。だから正直な思いを口にした。
「賛美歌の旋律が狂ってしまったんだな。調律してあげたいが、あなたは楽器の扱いをそもそも知らないようだ」
イズマは軽く息を吸い、厳しい目つきで理一を見た。
「音楽は調和の上に成る。ノイズと不協和音すら取り込んで、楽譜に変わる。時に議論し、あるいは尊重しあい、音楽は奏でられるものだ。指揮もない、楽団もいない、メトロノームすらない、理一さん貴方の独りよがりの賛美歌じゃ、狂って当然だ」
「……狂ってなんかいない。久秀だって父さんと一緒の方が良いに決まっている」
「そうか」
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が一歩踏み出し、目隠しを取った。こんじきの瞳が、理一を映す。『月へと贈る草の音』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)が彼をサポートすべく隣へ立つ。
「弾正様には親切にしていただいてますし協力させてください。僕はあなたの事も失いたくないのですよ、アーマデル様。それに、理一様は孤独のあまり気が触れたご様子。すみませんアーマデル様、少しだけ、理一様に同情してもいいですか?」
アーマデルがジョシュアへ顔を向け、しずかにうなずいた。この精霊種が毒の因子をもっていること。それゆえに口にしがたい苦しみを味わってきたこと、悲しい時間を過ごしてきたことを、アーマデルもまたよくわかっていた。
「ありがとうございます、アーマデル様。内心の自由を認めてくださって。ええ、だいじょうぶです。手加減などしません。まずはともかく、弾正様を救出しなくては」
「そうだな」
短く答えたアーマデルは、ついに理一と対峙した。
「弾正は『俺の』だ、返してもらう。たとえ相手が弾正の実の父であっても、だ」
「蝿のようにこうるさい子。何様のつもりでそこに立っている?」
アーマデルはうっすらと、けれどたしかに勝ち誇った笑みを浮かべた。
「弾正はクリスマスに、俺に求婚したぞ?」
理一が青ざめ、よろめいた。目を限界まで開き、信じられないとばかりにアーマデルを見つめる。引いていた血がすぐに頭へ登ったのか、理一は叫んだ。
「ありえない! ありえない、ありえない! 父さんは認めないぞ! お前のようなやつに久秀がやれるか!」
弦が鳴る。大量の矢がアーマデルへ降り注ぐ。同時に理一がアーマデルへ肉薄し、拳でアーマデルを殴り飛ばした。吹き飛んだ軽い体は、しかし空中で回転し、危なげなく着地した。全身に受けた矢傷から血をこぼしつつ、アーマデルは隠しようもない笑みを浮かべていた。
「俺はそれに応えた。だから弾正は『俺の』だ。理解したか、義父上?」
●
一族の皆が俺を認めてくれなくても、父上だけは俺の味方でいてくれた。帰ってきてくれたなら、もう安心だ。父上は俺を守ってくれる。壊れ物を扱うように大切にしてくれる。
薄暗がりのなかは、あたたかく心地よかった。二度寝のために潜り込む布団の中にも似て、意識が緩慢になっていく。心の底に響くサイレンすら溶かすように。
「「……兄さん」」
ああ、長頼、いっしょにくるか。
「「いかないよ」」
どうしてだ、父上が帰ってきてくれたんだぞ。
「「忘れてしまったの、兄さん。ほんとうに?」」
久秀はまばたきをした。
「「父さんが帰ってきた、それは嬉しいことかもしれない。だけど、何もかも預けてしまってもいいの? 兄さんの好きなものまで、ぜんぶ父さんに預けちゃってもいいの?」」
久秀は唇を舐めた。サイレンが鳴っている。きっとこれは手放してはならない音だ。
「「とびっきり格好つけて、父上に証明してやろう。兄さんは歌えば誰よりも強いんだってことを!」」
久秀、いや、弾正はもがいた。歌が聞こえる。歌が。聞こえる。歌声が。彼らの声が、仲間の声が、愛しい愛しい、あの人の声が。
がなりたてるよな歌は 夜空
掻き消えることなく
「おらあああああ! 出てこい弾正おおおおおおおお!!!」
牡丹が繭を殴っている。サンドバッグのように重い感触が返ってくる。汗を散らし、髪を振り乱し、牡丹は全身の力を拳に込める。
「こんなとこで終わりにすんじゃねえ! そうだろ!? ハネムーンはどうするよ!! 求婚したのはそっちだって聞いたぞ!? 責任とれやあああ!!!」
繭の表面が剥がれていく。無数の糸が交差している表皮が薄くなっていく。牡丹は殴り続けた。繭を叩く音が激しいビートを刻む。
闇夜の中
黒と赤は
光となり 結ばれていく
「HA――! 姿を消したか。愈々、世界破滅の跫音響くと謂うのに、何を莫迦な事を。貴様は小癪にもそれで一騎当千を得たつもりだろうが、生憎と切札は幾らでも出てくるのだよ、私を捲れさえすればな! Nyahahahahahaha!」
見た者が思わず足を止めるほどに、ロジャーズは伸び上がった。漆黒をまとった少女が、片腕を天へ掲げる。
「嗚呼、勿論、貴様は嗤う事すら赦されない。似た者同士ではないか、遂行者……アーノルド! 力を貸せ! 自ら望んで私の一頁となったのだ、応えてみせろ!」
あふれだすは吹雪。突風と共に。視界が白に染まる。その白銀の中でうごめくかすかな違和感をロジャーズがたしかに見据えていた。
冷たい風
切り裂くよな
叫ぶ声を その身に受け続け
「あのね」
子供を諭すように優しく、武器商人が語りかけている。
「キミのその行動はもう、『どんなことをしたって僕を受け入れて愛してくれる最高のペットを作り出そう』って意味しか持っていないよ。キミは『息子に拒絶されている』んだ。それが『キミの妄想』に合わないからって捻じ曲げようとするんじゃァないよ」
聞こえる。声が。激しく否定する父の声が。けれどそれ以上に、力強い歌がともすれば沈みそうになる弾正の意識を後押しする。
「キミの執着はね、正直言ってかわいいし、愛らしいくらいのものさァ。我(アタシ)に比べればね」
共に重なる、あの声は秋永一族の英霊たちか。偉大なる魔法使いにとって、この地はまったく魔力に満ちていた。ほんのすこしでいい、そのモノが持つ権能を解き放てばいい。
大切だと思ったそれを
果たしていくと決めたのならば
今歩むべき世界を決めて
永遠を知れ 哀れな魂(たま)よ
「聞きたくないて? なにも? ほんまに? 何も聞きたくないて、正気ですかいな。あ、ちがったな。そんなもんほうってまったんやね。はー……身勝手な父親ですこと。どこもかしこもそんなのしかおらんくてほんまにこの世を終わるんやねとしみじみ思うてまうわ」
彩陽は軽口を叩きながらも正確に理一の矢を叩き落としていく。そしてぴたりと焦点を理一へ当てた。
「父親やったら息子の気持ちくみ取ってその思いを掬い取ってやらんかい。とは思うけどね。ま、その息子さんに色々お世話になったし、助けたいと思う人もおるし。自分はあんた倒すだけですわ」
音が消える。ボリュームを絞るように小さくなっていく。ぷつりと消える寸前で、また音がもとへ戻った。
「邪魔すんなって顔やね。ええ顔やわ。めっちゃたぎるで。けどそれこそが俺の仕事やねん」
紅蓮なる歌よ 刃
研がれるよう 心(しん)に声に
蜘蛛糸を垂らすような
慈悲など与えるはずもない
「あぁ何て勿体ない。弾正さんの響きを聴かないのか? 音の精霊種が奏でる音楽は、それはもう見事なものなのに。俺が今借りているのは、弾正さんの魂の響きだ。この歌は命の脈動だ!」
イズマの瞳が妖しく輝いた。ただでさえ不安定な理一の心を揺さぶっている。
「俺は貴方の知らない弾正さんのことを、よく知ってるよ。彼は文化祭で称号を紹介したり、茨に操られた子供を助けたり、焼けた村の跡地で戦ったりしたよ。遂行者や孤児院の子供達とも関わってたし、他にも色々ある」
いつだって彼は迷いながらも前向きで、へこたれそうなときでもくじけたりはしなかった。イズマはふと優しい笑みをこぼした。
「彼の事を知ろうともしない貴方に彼が愛を返すと思うか? 愛し合いたいなら彼の声を聞いて考え直す事だ。今ならまだ間に合うよ? ……本当は、わかっているんじゃないのか? なんだかそんなふうに見える」
風に音 響くような
平蜘蛛よ 爆ぜて叫べ
その熱を帯びた血潮
赤黒く脈を打つのなら
イズマの指揮に導かれ、不得手ながらも懸命に歌っている、あれはジョシュアだ。
「自然から生まれた僕に父親というものはわかりませんが、些か行き過ぎた行動ではないでしょうか……。そうして弾正様の音を殺す事での調和など難しいと、本来であればわかっていたはずでしょうに……」
涙ぐみながらも、攻撃の手は止めない。戦士の魂とやさしいこころ、その両方を持つ稀有なる存在、それがジョシュアだ。
「悔しいです。できるなら理一様の音から毒を取り除きたいです。毒のプロフェッショナルとして、毒と向き合ってきた者として」
ねえとジョシュアが声を上げる。
「大切な人の声に、アーマデル様に、応えない弾正様ではないでしょう……!? 教えてくださったボードゲームも合奏も、皆ですると楽しいのです。そんな繭に包まっていないでください……!」
がなりたてるよな歌は 夜空
掻き消えることなく
「理一殿」
さきほどまでの挑発ぶりは嘘のように、アーマデルの声は、おだやかだった。
「俺は毒だ。『あるべきカタチ』に収まるよう、矯正されて育った」
彼の認識は生ぬるい。実際には洗脳だった。まだ幼い自我を粉々に砕き、更地にして無意味な塔を建てるような、そんな扱いだった。その経験を踏まえ、アーマデルは言葉を重ねていく。
「あんたは毒親だ。自分の思うカタチに子を矯正し、理想を押し付ける。その理想は妄執で、執着だ。俺はその感情を知っている。俺の中にも、ないとはいえないものだ。生きている限りついてまわる苦痛だ。それでもなお、見て見ぬふりをしてはならないものだ。己で己を諌め、律し、魂に住まう獣を飼いならす。それが幸福への王道と俺は信じる」
あんたが見ているのは、と、アーマデルはこんじきのひとみへかすかな憂いを浮かべた。
「夢だ。叶わなかった、暖かく優しい家族の夢の名残、残響、未練。夢は覚めるもので、子は巣立つもの。あんたが弾正の親を名乗るなら、本当に弾正のことを思うなら、その手を離さねばならない、その毒が弾正を腐らせる前に」
「もうちょい!」
牡丹が叫ぶ。イズマがソウルストライクを放つ。繭がやぶれた。大量の溶液が流れ出し、弾正の姿が現れる。震える手で弾正は自分の頭を殴りつけ、大地を支えに起き上がった。眼の前には父が立っていた。無敵化も音の消滅も無効化され、血まみれとなった父が、呆然としていた。言わねばならない。伝えねばならない。弾正は踏み出した。気管につまった溶液を吐き出し、ぜえぜえと喉を鳴らす。そして、その手で、大きながっしりとした両手で、父の肩を掴んだ。
「父上、聞いてくれ」
父の目が泳いでいる。その意識までもが逃げ出す前に、弾正はたまりにたまっていた想いを吐き出した。
「俺は……父上が大嫌いだ!!」
凍りつく理一。両手がだらんと垂れ下がり、弓が滑り落ちた。弾正は続ける。
「どうしてこんな事になるまで独りで背負い込んでしまったんだ! 昔からそうだ。父上は都合が悪いとすぐはぐらかすし話も聞かない。俺は子供である以前に、父上の家族だ。何かあったら支え合うのが家族じゃないか! 違うのか! 俺は、俺はたしかに秋永久秀だ。秋永理一の息子だ。そしてそれ以上に、冬越弾正、悲しみの冬を打ち砕き、希望の春を運ぶ者、世界が選んだ救世の歌い手だ!」
やおら弾正は自分の髪へ手を伸ばした。子供の頃から伸ばし続けてきた彼のトレードマーク、それを、バッサリと切り落とした。はらり、はらり、髪が落ちていく。吹雪の残滓に飛ばされていく。遠くなっていく。
理一は呆けた顔のまま、膝を折った。
●
「あれ……ここは、僕は何を」
混濁した意識にふと光がさした。乳白色の視界に影が落ちた。かきむしるような想いにかられて、父は声を上げた。
「久秀、久秀なのかい?」
間違えようはずもない。かわいい我が子なのだから。父は片手で顔を覆い、もう片方の手であっちへいけと手を振った。
「だめだよ久秀、父さんは、父さんはもう肉種になってしまった。危ないから遠くへ行きなさい。僕のことは忘れて幸せになりなさい。それが僕のたったひとつの祈りだ」
朦朧とした影は、遠ざかるどころか近づいてきた。力強く手を掴まれる。あたたかい。命の持つ熱量だ。これを守るためなら死んでもいいと心から思った肌の熱さだ。
「父上、俺は」
泣いているのか久秀。どうしたんだい。誰かにいじめられたのかい。だったら僕が……。理一の心が再び闇に支配されようとした時、銀の剣がそれを切り裂いた。
「俺はちゃんと幸せだ」
涙でぼやけていた理一の視線が、はっきりと像を結んだ。そこにいたのは、惚れ惚れするような立派な男だった。理一の心に安堵が広がる。
「……そう、か。よかった。それなら、いいんだ。よか、た」
「将来を誓った相手もいる。彼だ」
「アーマデルだ、義父上」
まだ幼さを残した手が理一の手を包み込む。
「俺と弾正が添い遂げても、あんたが弾正の父であることは変わらない……だから……義父上、安らかに、往くべき処へ」
せつせつと語りかけるアーマデルの声には感情がこもっていた。
「ああ、わかるよ、やさしい、いい子だ。すてきなひとを、選んだね久秀、ごふっ」
大きく咳き込んだ理一は黒い血を吐いた。細い息のした、弾正とアーマデルの手を重ねさせる。
「よかったなあ、久秀、あ、いまは、弾正、だった、か……けほっ……髪を、切ったんだね、似合ってるよ……おめで、とう、弾正」
幸せに、どうか幸せに。いついつまでも、君よ健やかで平和たれ。そう考え、子の前から姿を消した父の、小さな祈りは天へ通じていた。そのことに感謝しながら、理一は目を閉じた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
おつかれさまでした!
理一ぱぱさん討伐成功です。しあわせになあれの呪いをかけていったので、弾正さんとアーマデルさんはしあわせにならないといけません。がんば!
それではまた、どこかで。
GMコメント
みどりです、こんにちは。
理一パパさんとそろそろお別れしましょう。
やること
1)『廃滅の月』秋永理一の討伐
2)冬越弾正の救出
●エネミー
理一
自分が肉腫になったと気づいたとき、まわりを傷つけないためみずから故郷を捨てた。しかし孤独の果てに狂いはて、セバストスとなった。弾正さんを愛しちゃってる。EXAが高く、攻撃力もめちゃくちゃ高い。半面防御はもろい。精神的にももろい。弾正さんから愛されているという思い込みでかろうじて正気を保っている。動揺を誘う言葉かけをすると効果的。
A透明化 自身の姿を消し、3T無敵状態になる。
A貫通 物超貫 毒 麻痺 万能 溜1
A連射 物扇近 毒 麻痺 溜2
A近接攻撃 弓で殴る。けっこういたい。
EXA 念力矢 物レンジ無視単 万能 毎ターン2~5発のファンネルによる攻撃が発生。
P 精神無効 怒り無効
P すべての攻撃に防無・飛がつく
弾正さんの入ってる繭
物理的に殴って壊して救出することもできます、なかのひとこと弾正さんの精神補正がプラスされます。
●弾正さんのハンドアウト
あなたは理一による繭につつまれています。おくるみですね!
眠くてたまりません。精神は一時的にこどものころにもどっています。つまり、アーマデルさんのことを忘れています。
あなたは強い意志で自分自身の記憶を取り戻し、繭を打ち破らないといけません。
●アーマデルさんのハンドアウト
あなたは理一からしつこく狙われ、危険な状態に陥る可能性があります。
それでも繭のなかの弾正さんに呼び掛けてください。弾正さんの大きな力になることは間違いありません。
●戦場
森の中の開けた場所
戦闘に問題ない広さ。逆に言えば遮蔽物無し。
だいたいの初期位置
繭
理 一
み な さ ん
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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